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その5

 険しい山道を登りながら、王様は顔にぬったオイルのにおいをずっと思い出そうとしていました。


 ――このにおい、わしは絶対に一度かいだことがある。よく知っているにおいじゃ。そして、それをわしは()()()()()()()()はずじゃ。つまり、毒なはずがないんじゃ。それにこのにおい、ずいぶんと刺激が強い感じじゃが、本当にドラゴンが嫌う匂いなんじゃろうか――


 そこまで考えると、王様はブンブンッと首をふりました。


 ――いや、イースターのやつと三日間すごしてきたが、こやつは信用できるやつじゃ。城でいったとおり、わしへ復讐しようなどとは思っておらんようじゃ。もう疑うのはやめよう。こやつはわしが恐ろしいから、もしくは命令されていやいや料理を作るようなやつではない。本当にわしにうまい目玉焼きを食べさせようとしてくれているんじゃ。信じよう――


 王様は一人うなずきました。しかし――


「クハハハッ! まさか、本当にこのスクランブル王国の王を連れてくるとはな! キャビアンオイルのにおいで、すぐに居場所が分かったぞ!」


 王様の前に、牙がびっしり生えた口をゆがめる、恐ろしい卵食らいのドラゴンが舞い降りたのです。




「そなたは、わしをだましたのか……? わしに復讐しようと、そう思っていたのか?」


 卵食らいのドラゴンを見あげながら、王様は静かにイースターさんにたずねました。イースターさんはやはり静かに首を横にふりました。


「以前のぼくなら、そうしようと思ったかもしれません。エッガーさんを、そして他のたくさんの料理人たちを、残酷な方法で処刑しようとした王様を、ぼくは憎んで復讐しようとしたかもしれません。でも今は、そんなことをしてもなんにもならないと知っています」

「なぜじゃ? なぜそなたの心から、復讐心がなくなったのか?」


 王様の質問に答える代わりに、イースターさんは卵食らいのドラゴンにお願いしました。


「ドラゴンさん、ぼくたちをあなたの巣へ、温泉卵山の厨房へと連れていってください」


 ドラゴンはボウッと炎を空へ向かって一はきして、それからイースターさんと王様を、そのかぎ爪でつかみ、ふわりと空へ舞い上がりました。あっという間に二人とドラゴンは、厨房へとたどり着いたのです。


「そうか、この厨房でわしを料理しようということか?」


 王様の言葉に、イースターさんは思わず笑ってしまいました。


「いいえ、王様を料理したところで、おいしいものなどできないでしょう。それよりも、約束です。王様にこの世で最もおいしい調味料を振りかけた、最高の目玉焼きを召しあがっていただきましょう」


 イースターさんが厨房の奥へ入っていきます。王様もそちらに目を向け、そして「あっ!」と声をあげてしまったのです。


「なんじゃ、そなたらは、ドラゴンに食われたはずでは……」


 厨房には、王様の料理を作ってきた、コックたちがいたのです。しかし不思議なことに、誰一人として、その目には怒りの色が見えなかったのです。まだなにかいいたげな王様に、ドラゴンが「クハハハハッ!」と豪快に笑っていいました。


「このわしが人間などというまずそうなものを食うはずがなかろう。まぁまぁ、ゲストはすわって待っておくがよい。おぬしは食ったことがないかもしれないが、イースターの作る卵料理は絶品じゃ。特に、()()()()()()()()()、その味は格別じゃろうて」


 ドラゴンの意味深ないいかたに、王様は目をぱちくりさせました。しかし、とにかく用意されていたテーブル席につきます。そして――


「さぁ、出来ましたよ、王様。最高の調味料を使用した、最高の目玉焼きでございます」


 イースターさんが、お皿に目玉焼きを乗せて持ってきました。質素なテーブルの上に、なんの変哲もないお皿に乗った、普通の目玉焼きを置きます。いったいなんの香辛料がかけられているのかと、王様は目玉焼きをよくよく観察していきました。黄身の部分に、白い小さな粒がちりばめられています。王様のお腹が、グゥゥーッと元気よく鳴りました。


「さぁ、お召し上がりください」

「しかし、これは、わしの目が正しければ、ただの……」


 黄身をフォークで軽くつつき、とろりと流れ出た黄身と白身を、王様は口に運びました。『ただの塩ではないか』、そう王様がいおうとしたときです。


「……うまい」


 代わりに王様は、ただ一言そうつぶやいていました。なにもいわずに、今度は白身だけをナイフで切り分け口に入れます。


「うまい」


 流れ出た黄身を白身でぬぐって、口に運び、半熟になった黄身を口に運び、王様はもくもくと食べ続けました。王様がつぶやくのは、ただただ、『うまい』という言葉だけでした。目玉焼きはあっという間になくなり、王様はしばらくぼうぜんと、空になったお皿を見つめていました。


「……いかがでしたか?」

「なぜじゃ、これは、わしが良く知っておる香辛料じゃ。いや、香辛料ともいわないかもしらんな。これは塩じゃろう? しかも、特殊な塩、虹色塩などでもない。ただの、本当にただ単なる塩じゃ。なのに、なぜ、なぜこんなうまいんじゃ……?」


 王様はぱちぱちと目をまたたいて、魔法にかけられたかのように、空になったお皿をじっと見つめます。イースターさんは答える代わりに、王様にたずねました。


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