その4
「なんじゃ、まだ着かんのか? もうずっと歩きっぱなしではないか。馬車も使えん、馬にも乗れん、これでは死んでしまうではないか」
王様がイースターさんをののしりますが、イースターさんはどこ吹く風です。まったく取り合わずにすたすた先へ進んでいきます。王様が声を荒げました。
「これ、待たぬか! せめてわしをおんぶしていってくれ!」
「まだまだ温泉卵山にすらついていません。さぁ、早くついてきてください。……それとももうあきらめますか? 素晴らしい調味料をかけた目玉焼き、食べたくないんですか?」
イースターさんの言葉に、王様のお腹がググゥーッとすごい音で鳴きました。王様はふんっと鼻を鳴らして、よろよろと立ちあがりました。
「……さぁ、行きましょう。荷物くらいは持ってあげますから、ちゃんとついてきてください」
「ふん、これでもしまずい目玉焼きなんぞ食わせてみよ、絶対にドラゴンのエサにしてやるからな!」
本人はすごんでいるつもりなのでしょうが、やはり歩きっぱなしでおなかが空いているからでしょうか、王様の声はいつもよりも弱々しく、今にも倒れてしまいそうです。イースターさんは野原に腰かけると、せおっていたリュックから、硬いパンを取り出しました。
「それじゃあ少し早いですが、お昼にしましょうか」
「おぉ、待ちくたびれたわい! さぁ、目玉焼きを」
「なにをいっているんですか。まだ温泉卵山まで距離があります。さっさと食べて先を急ぎましょう」
イースターさんから渡された硬いパンを、王様がうらめしげに見ています。
「……まさか、これだけか?」
「ええ。今日は日が沈むまで歩きますから、我慢してください。とりあえず晩ごはんは温かいスープを作りますから。ただ、卵は温泉卵山で食べる目玉焼き用に、一つしか持ってきていませんから、食べられませんよ」
「なんじゃと! そなた、なぜ卵を山のように持ってこんのじゃ! わしは三食目玉焼きを食べんと気がすまんのじゃぞ!」
「それじゃあ今から戻りますか?」
イースターさんがにべもなくいうので、王様はうぐぅっと押しだまってしまいました。しばらく考えこんでいましたが、やがてくやしそうに硬いパンにかじりつきます。
「その代わり、最高の調味料をご用意していますから、期待していてください」
イースターさんにいわれて、王様の顔がほころびました。イースターさんもおかしそうに笑いました。
「……そなた、ずいぶんとうまいスープを作るのじゃな。わしは、目玉焼き以外はなにを食っても同じじゃと思っておったが、このスープは気に入ったぞ」
日が沈んだあとも、予定の半分も進めていなかったので、二人はしばらく歩き続けて、ようやく晩ごはんの支度をし始めたのは、あたりが真っ暗になってからでした。たき火をたいて、その日で近くの川から組んできた水をわかして、近くで採れた香草と野菜、それに干し肉を入れただけの、シンプルなスープでしたが、王様にはお城で飲む最高級のスープに匹敵する味に思えたのです。
「温泉卵山に近づいていけば、もっともっとおいしく感じられますよ」
イースターさんがにこりと笑いかけます。王様は首をかしげながらも、イースターさんからおかわりをもらって、スープにあの硬いパンをひたして食べるのでした。
「ふぅっ、ふぅっ、もう限界じゃ! 足が、足がぼうのようじゃ」
「もう少しで温泉卵山のふもとに出ますから、さぁ、がんばりましょう」
お城を出てから三日目の夕方、二人はようやく温泉卵山のふもと近くまで歩いてきていました。最初は不平不満ばかりで、歩くスピードものろのろでしたが、だんだんと王様もがんばってついてくるようになっていました。もちろん不平不満が止むことはありませんでしたが……。
「さぁ、それじゃあそろそろここらへんでテントを張りましょう。温泉卵山に入れば、ドラゴンに気づかれるかもしれませんからね。明日は一気に山を登りますから、しっかり今日は食べて休んで、元気をつけておきましょう」
「おう、待っておったぞ! そなたはテントを張るがよい。わしがたき火を燃やせそうな木を集めてきてやるからな」
ウキウキした足取りで、森で枯れ木を集めに行く王様を、イースターさんはふふっと笑いながら見ていました。
「よかった、王様もだんだんこの旅に慣れてきていらっしゃるみたいだ。でも、そうじゃないと本当においしい目玉焼きを召しあがっていただくことはできないからな」
王様のうしろすがたを見つめていたイースターさんは、ハッとしてテントの設営に取り組みました。
「……ようやく、温泉卵山のふもとじゃな」
王様がごくりとつばを飲みこみます。赤土がむき出しになった山には、木々はもちろんのこと、緑は少しも見られませんでした。
「ここのふもとには、かつて温泉街が栄えていたそうですね。温泉卵がそこの名物だったとか。それが理由で、『温泉卵山』と呼ばれるようになったらしいですね」
「そなた、良く知っておるな。そうじゃ。だが、あるときあのいまいましい卵食らいのドラゴンが住み着いてしまい。それから温泉街はすたれていったそうじゃ。まったく、うまいものを独り占めするなど、しかもうまいものを食べるために他の者を傷つけるなど、ひどいドラゴンじゃ」
王様の言葉を聞いて、イースターさんはじとっとした目を王様に向けました。その目に気づいたのか、王様はコホンッと一つせきばらいして、それから威厳たっぷりにたずねたのです。
「して、どのようにしてこの山を登っていくのじゃ? そなたの話では、ドラゴンの嫌うハーブのオイルをぬると申しておったが」
「はい。こちらでございます」
イースターさんが取り出した小ビンには、とろりとしたはちみつ色の液体が入っていました。
「こちらをぬってください。顔と手足、肌が出ているところだけで大丈夫ですよ。あとはこのマントをはおってください」
「なんじゃ、このマントは?」
「これもこのオイルをしみこませたマントでございます。さ、どうぞ」
イースターさんにマントと小ビンを渡されて、王様はしぶしぶオイルを顔にぬっていきました。鼻のあたりにぬる際は、クンクンクンと、鼻を動かし、けげんそうな顔になりました。
「……このオイルのにおい、どこかでかいだことがある気がするな。少しなめてみようか」
「あっ、おやめください!」
イースターさんがあわてて止めます。王様は首をかしげました。
「なにゆえじゃ? 少しくらいなめてもよかろう?」
「いいえ、このオイルには、人間にとって毒となる香草も含まれているのです」
「なに、毒じゃと! それならからだにぬってはいかんではないか!」
「大丈夫です、からだにぬる分には無害なのです。なめさえしなければいいんです」
イースターさんの言葉に、王様はまだ難しそうな顔をしていましたが、やがて静かにうなずきました。
「さぁ、それよりも早く行きましょう。もうすぐですよ」
イースターさんにいわれて、王様の顔がぱぁっと明るくなりました。




