その3
「なに、ひまをもらいたいというのか?」
卵食らいのドラゴンのもとで、料理を作り始めて半年が過ぎました。イースターさんは、ドラゴンにしばらくのあいだ地上へ戻してほしいとお願いしたのです。
「……おぬし、わしのもとから逃げようと思っておるのか?」
ボワッと口から火をはきながら、ドラゴンがイースターさんを射抜くように見すえました。長い間ドラゴンとともに暮らしてきたイースターさんでさえも、恐ろしさで腰が抜けそうになります。それでもなんとかこらえて、イースターさんは粘り強くお願いを続けます。
「お願いでございます。わたくしは必ず戻ってまいります。それに、今のように卵を盗んで食べるだけでなく、もっと自由に食べられるようにしたいのです。そのためにも、わたくしの旅をお許しいただけないでしょうか?」
卵食らいのドラゴンは、しばらく疑わしそうにイースターさんを見ていましたが、やがてゆっくりとつばさを開いて、それからイースターさんを問いただしたのです。
「まずはなにをするか話してもらおう。そのうえでわしを納得させられるのであれば、地上へ戻してやる。だが、わしが納得するような理由でなければ、地上へは戻さん。もちろんうそをついていれば、地上へ戻すどころか、この場でおぬしを食ってやるからな。ドラゴンにうそいつわりは通用しない。それはおぬしもわかっておろう?」
イースターさんは静かにうなずきました。ドラゴンはフゥーッと鼻からけむりをはきだし、それからつばさを閉じました。
「いいだろう、申してみよ。おぬしはわしの料理人たちの中でも、ピカイチに腕がいい。わしも食ってしまうのは惜しいし、たいていの願いは聞きとげてやりたいと思っておる。……さぁ、話してみるがよい」
「実は……」
温泉卵山に、高らかな笑い声がひびきわたりました。
「なに、それはまことか? 『ショウユ』を超える調味料がある場所を知っているものがいるとな?」
スクランブル王国の王様は、部下たちの報告を聞いて、目を輝かせてよだれをだらだらと流しまくりました。そんな王様に、エッガーさんはえんりょがちに声をかけました。
「しかし王様、いささか危険ではありませんか? いくら『ショウユ』を超える調味料があるからといって、そのような素性もわからぬやからと面会されるなどとは。それにこのエッガー、今まで千を超える調味料や香辛料を探して味わってまいりましたが、王様のおっしゃられる『ショウユ』を超える調味料があるなどとは、にわかには信じられません」
王様はエッガーさんを、きつい目でにらみつけました。ふんと鼻を鳴らしてとげとげしく反論します。
「ふん、部下のコックに料理を作らせるような料理人のいうことなど、信用できぬわ。わしは面会するぞ! 『ショウユ』を超える調味料、ぜひとも味わってみたいのじゃ!」
イースターさんのことを思い出して、エッガーさんはなにもいえずにうつむいてしまいました。
「とにかく早くそのものを連れてくるのじゃ! あぁ、待ちきれん! 最高の目玉焼きを、ついに味わうことができるんじゃな! 楽しみじゃ、楽しみじゃ!」
手をたたいて喜ぶ王様を、エッガーさんは複雑な表情で見ているのでした。
「なに、このわしに、一人でついて来いと申すのか? お供も無しで、温泉卵山へ?」
フードと布で顔をおおった、旅の香辛料売りは、静かにうなずきました。くぐもった声で王様を説得します。
「その通りでございます。わたくしは温泉卵山に未知の調味料があるといううわさを聞き、単独で温泉卵山へ潜入したのです」
「一人で? まさか、あそこの卵食らいのドラゴンは、人間を極端に嫌うはずだ。人間が山に登ろうとしたら、すぐにやってきて食べられてしまうはずなのに」
エッガーさんの指摘に、他の大臣たちも何度もうなずきました。王様もしかめっつらのまま、フードの香辛料売りを問いただしました。
「そなたはいかようにして、温泉卵山に潜入したのじゃ? そしてどのように帰ってまいったのか?」
「わたくしは、卵食らいのドラゴンが嫌がるにおいを発するハーブを発見したのです。そのハーブから抽出したオイルをからだにぬることで、ドラゴンを遠ざけることに成功しました」
「ならばわしのお供たちにも、そのハーブのオイルとやらをぬればよいことではないか。なにゆえにわしとそなた、二人きりで温泉卵山へ行かねばならんのだ?」
「大人数で潜入すれば、さすがのドラゴンも見逃してはくれません。いくら嫌がるハーブをぬっているとはいえ、きっと炎をはかれて、一網打尽にされるでしょう。……王様とわたくし、二人でなければご案内できません」
フードの香辛料売りを、大臣たちもエッガーさんも完全に疑いの目で見ています。しかし、王様だけは違いました。『ショウユ』を超える調味料が手に入ると知って、完全に自分を見失っていたのです。
「よいじゃろう、ならばそなたとわし、二人で行こう」
「王様、しかし!」
「うるさい、だまらんか! わしは長年、『ショウユ』の味を超える調味料を夢見て、コックどもに料理を作らせてきたのじゃ! その夢がついにかなうというのじゃぞ!」
「ですが、王様一人で、そのような見知らぬ者といっしょに行かせるなど」
「いいえ、わたくしは見知らぬ者ではございません」
いうが早いか、フードの香辛料売りが、そのフードをバッと取り払ったのです。エッガーさんが「おわっ!」と驚き、腰を抜かしてしまいました。
「そなたは、まさか、いつぞやのコックではないか!」
王様も目を見開きます。その香辛料売りこそが、イースターさんだったのですから。衛兵たちがあわてて王様のまわりを囲みますが、もちろんイースターさんは王様に危害を加えようなどとはしませんでした。
「御覧の通り、わたくしは温泉卵山から帰還しました。その際に、わたくしの祖国が誇る、伝説の調味料、『ショウユ』を超える素晴らしい調味料を発見したのです」
「しかし、そなた、どうやって」
「それはおいおい説明いたしましょう。ですがこれだけはお約束いたします。わたくしは王様に危害を加えようなどとは、みじんも思っておりません。ただ、料理人として、王様に『真においしいもの』を召しあがっていただきたい。そう思っているだけでございます」
みんななにもいうことができませんでした。エッガーさんも、口をパクパクさせるだけで、言葉が出ません。大臣たちも、王様の言葉をじっと待ちます。そしてついに、王様は重々しくうなずいたのです。
「……よかろう、そなたのいうことを信じよう。しかし、これだけは肝に銘じておくがよい。もしそなたがいう、『ショウユ』を超える素晴らしい調味料とやらが、このわしのめがねにかなうものでなければ、二度の幸運はないと思うがよい。よいな」
イースターさんはしっかりと首をたてにふりました。