二十九 戦い
私とクラウスとラインハルトとルルは奥の個室に身を隠して、その時を待っていた。
真っ暗な中で、毛布をかぶっているのは不安だった。
クラウスは「あの時と同じだな」と、つぶやく。
ルルと出会った日のことを思い出しているのだろう。あの時も私達はこんなふうに待っていた。
クラウスは暗闇の中で、私の手を握りしめて言う。
「心配いらない。……必ず、やつを止めよう」
そう言うクラウスの声は痛々しかった。彼にも思うところがあるのだろう。
ラインハルトは「こういうの初めてだ」と、一人だけ楽しげだった。王太子なのに牢獄にいて良いのだろうか。
「……もしかして、【魔の森】の家の方に行ったんじゃないか? もし家に入られてたら、俺達がいないことに気づかれるぞ」
クラウスが不安そうに言う。
私達の作戦がバレている可能性がある、と。
けれど、私は首を振った。
「大丈夫。家に鍵がかかってるし。もし無理に家に入ろうとしたら、森の生き物達に侵入者の邪魔をするよう、ルルが命じてくれたから」
森の生き物の王である不死鳥のルルには、そういうこともできるのだ。
怪しい者がやってきても、大量の鳥達に糞を頭上に落とされて帰るはめになるだろう。
そうして、私達は何時間もじりじりと待ち続けた。
──もしかしたら、今日は現れないかもしれない。
そう考え始めた時、コツコツと、ブーツのかかとが石段を叩く音が聞こえてきた。
その靴音は個室の半ば辺りで止まる。
私達がそっと開いたままの扉から廊下を覗き見た。
「……ハハッ、なんてざまだ。アガルト」
そう聞き慣れた男の声が言う。
男が手に持っていた明かりで、その人物の顔が浮かび上がった。
赤銅色の髪に、笑顔の口からこぼれる八重歯。
「ディオラルドッ!! お前……ッ!」
父がそう叫び、牢屋の柵を掴んだ。
ラインハルトが廊下に飛び出て、大声で叫ぶ。
「おとなしくしろッ!!」
その叫びに応えるように、階段から何人もの兵士達がぞろぞろと降りてきた。奥の個室にひっそりと待機させていた兵士達がやってきて、ディオラルドさんに向かって剣を構える。
ディオラルドさんは目を丸くしていた。
「えっ!? 何事なの? フィーとクラウスもいるし……」
ディオラルドさんは父と私とクラウス、そして自分の周りを囲む兵士達を見まわした。
──大丈夫だ。ルルがいる。
私の肩にはルルが乗っている。先程まで布で火を隠していたが、今は煌々と尾羽に炎が灯っていた。
ディオラルドさんは困惑した様子で言う。
「フィー? 皆も、どうしたんだ? そんなに怖い顔をして……俺はアガルトを助けにきたんだ。フィーにもそれを伝えてなかったのは悪かったけど……危険だから巻き込みたくなかったからだよ。分かるだろう?」
──これは何かの誤解だったのかもしれない。
そう思ってしまいたくなるほど、ディオラルドさんの声音は優しくて、いつも通りだった。
私は泣きそうになるのを堪える。
「あなたが犯人であることは分かってる。ディオラルドさん……いいえ、オーリン」
そう私が呼びかけると、ディオラルドさんの顔からは表情が消えた。
「へぇ? どういうことかな。聞いても良い?」
私はうなずいた。
「そんなに難しい推理じゃないよ……色持ち魔法使い達とオーリンは、目玉をくり抜かれて死亡していた。だから同一人物の犯行と考える。真夜中が死亡推定時刻だったことから、犯人はそんな時間でも被害者達の家に招き入れてもおかしくない人物。でも、被害者の友人や家族の中に共通する者はいない。──つまり、犯人は被害者の友人や家族ではなく、けれども、被害者達の家に夜中に訪ねても怪しまれない人物である……それは、魔法協会の人しかいない」
ディオラルドさんは魔法協会の王都支部長──お偉いさんだ。
そんな相手が夜中にやってくれば、重要な仕事の話かと思って魔法使いなら招き入れてしまうだろう。
ディオラルドさんは楽しげに肩を揺らした。
「面白い推理だね。でも、それなら俺以外だって、怪しいじゃないか。魔法協会の職員全員が容疑者になるんじゃない?」
私は声を落として言う。
「もちろん、この時点では、そこまで確信はなかった。……でも、ディオラルドさんは大きなミスを犯したの」
「それは?」
続きを促してくるディオラルドさんに、私は思い出しながら言う。
「ラインハルト殿下に、魔塔の事件の資料を見せてもらったの。そこには、こう書かれていた。……『燃えた魔導具の大半が原型をなくしており、焼失物については現在調査中。ほとんどはまだ瓦礫の中』と」
ディオラルドさんはピクリと眉を動かす。
「……それが?」
「でも、ディオラルドさんは、お父さんにこう言ったの。覚えてない? 『お前が監修した過去映像投影機を含め、多くの魔導具が焼失した』と。──どうして、過去映像投影機が焼けてなくなったと知っていたの? 魔塔の魔法使いにだって、瓦礫の中じゃ、どこに何があるのか探すのも難しい。その上、魔導具の大半が焼けて原型がなくなっていたのに。はっきりと過去映像投影機が焼失したと分かるのは、どこに油をまいて火を放ったか知っている人物……、つまり犯人しか分からないことのはずだよ」
ディオラルドさんは長いあいだ押し黙っていたが、体を曲げて大笑いを始めた。
「あっはっは……いや〜見事な推理だねぇ。感心したよ」
ディオラルドさんの仮面が剥がれた。
赤銅色の髪や顔立ちはディオラルドさんのままだが、その紺色の瞳に赤、黄、緑と色が混ざる。
本当は、自分の予想が外れていることを願っていた。……けれど、やはり彼が犯人だった。
──私に優しくしてくれたのは、すべて偽りだったのだろうか?
「どうしてだよ!? 師匠!」
クラウスが悲痛な表情で、そう叫んだ。
ディオラルドさんは無感動な目でにクラウスを見返す。
クラウスの眦からポロポロと涙がこぼれ落ちていた。
「信じてたのに……っ! 師匠は俺を助けてくれたじゃないかっ! な、なぁ、嘘だって言ってくれよ。師匠はオーリンなんていう胡散臭い占い師じゃないだろう? だって、師匠は良い人だ! 俺がまだ幼いから仕事もできなくて困っていた時、魔法使いとして仕事ができるように取り計らって、弟子にしてくれてじゃないか……っ」
クラウスはまくしたてるように言う。
ディオラルドさんは小指で耳をほじっている。
「面倒くさ……そんなの、良い人に見せかけるための演技に決まってるじゃないか。あ〜ぁ、お前ももうちょっと利口なら、俺の手足として働かせてやったのに」
父が格子を叩いて、ディオラルドさんを睨みつける。
「オーリン! お前、よくも俺を五年間も騙してくれたな……!」
「ああ。まったく気づいてないお前の顔を見ているのは痛快だったよ」
両手を上げて、ディオラルドさんは言う。
ディオラルドさんは、クラウスが話していた心を穏やかにする魔法を使っていたのだろう。
だから、これまで父に怪しまれることなく、家に入ることができたのだ。
父は苦悶の表情で、こぼす。
「どうして、五年も時間をかけたんだ? 家に侵入できたお前なら、いつでも俺の命を狙えただろうに」
──そう、それが分からないところだ。
「すぐ殺しちゃうのはもったいない、と思ってな〜。どうやったらより苦しめながらお前を殺せるか悩んでいるうちに、時間が過ぎて……フィーが家にきちゃったんだよ。そうしたら、いつの間にか不死鳥と契約してしまって、ますます殺しにくくなって困ったよ。……本当はあの晩に殺すつもりだったのに、なんでやらなかったかなぁと、今でも後悔してる」
ディオラルドさんが私を見つめた。
殺意のこもったその瞳に、ゾッとする。
「オーリン、おとなしくしろ。形勢が不利なことは分かるだろう?」
周りにいる兵士達が全員剣を構えて、ディオラルドさんを狙っている。
父や私、クラウスまでいるのだ。
その圧倒的に不利に見える状況下でも、ディオラルドさんは笑っていた。
「俺が、もしもの時の対策も考えずに、ここにきたと?」
そう言って、ディオラルドさんはポケットに手を差し込む。それに反応して兵士が「動くなッ!」と叫んだ。
「お〜、怖い怖い……。ちゃんと俺の話を聞いたほうが身のためだぜ。俺と心中したくないならな」
固唾を飲んでいる一同の前にして、ディオラルドさんはポケットから三枚の四角い小さな紙きれを取り出した。
「それは……?」
当惑気味に私が問いかけると、ディオラルドさんは爽やかな笑顔で言う。
「王宮内に、魔塔で使ったものと同じ爆発魔法をしかけた。時限設定つきだ。……万が一、俺が捕まってしまった時のために、三十分以内に王宮が崩れ落ちて、油に引火する仕組みになっている。ゆっくり話をしていたから、あと十五分くらいになったかな?」
「なっ……」
クラウスが唖然としている。
ディオラルドさんはゆったりとした口調で言う。
「どうする? これを止めるためには魔法陣を見つけて、無効化しなきゃいけない。けれど、魔法陣を読み解くのは時間がかかる。……アガルト、お前になら時間内に解呪できるだろうが、さすがにお前でもどこにあるか分からない魔法陣を無効化することはできない。探しまわっているうちに、バンッだ!」
その大声に、ビクリと身が震える。
ディオラルドさんは猫なで声で言う。
「だが、俺は優しいからな。この地図をやろう……ただし、俺を逃がすことが条件だ」
──ディオラルドさんは何言っているのか。
ここで彼を逃がせば、犠牲者は増え続けるだろう。
けれど、彼を捕まえたら王宮で働く人々に多大な犠牲が出る。
──どちらかなんて、選べるはずかない。
ラインハルトは血の気が失せた顔で、絞り出すように言う。
「それは本当なのか? 逃げるために、ぼくたちを騙そうとしているんじゃ?」
ディオラルドさんは肩をすくめた。
「心配なら、アガルトに確認させれば良い。魔法陣の陣形を見れば、本物かどうか見分けはつくはずだ」
そう言って、ディオラルドさんは父のいる檻の中に紙片を見せつけるようにする。
その文字を眺めていた父は、顔をくもらせてつぶやいた。
「確かに……爆発魔法だな。時間設定もしてある」
クラウスが叫んだ。
「で、でもっ、本当に仕掛けてるかは分かんないぞっ!」
その言葉を制するように、ラインハルトが手を横に伸ばした。
「クラウスの言う通りだよ。だが、今は議論している時間はない。もし本当に爆発魔法がしかけられているのなら……刻一刻と爆破時刻が迫っている。この王宮には何千人もの人々が働いているんだ……彼らの命を危険にさらすことは、王族としてできない」
「オーリン、お前……畜生がッ」
父が悪態を吐いたが、ディオラルドさんは意に介さずといった様子だ。
「どうする? この場で燃やしても良いんだけど」
オーリンの呪文で、片手の人差し指に火がともる。それが紙に近づきそうになり──父が叫んだ。
「やめろッ!!」
「じゃあ、分かるな? 殿下、兵士を下げろ。……それとも皆で一緒に死ぬか? それも良いだろうな」
本当にそう思っていそうな顔で、ディオラルドさんは言う。
「……お前達、下がれ」
ラインハルトは苦悩の色を見せながら、そう周囲の兵士達に命じた。
人垣が割れて、ディオラルドさんはゆっくりと階段をのぼっていく。
「では。さよなら、皆さん。また会う日まで」
ディオラルドさんはそう笑って言うと、姿を消した。
皆で駆け上がったが、もう一階には彼の姿はなかった。近くの窓が開いていたから逃げられたのだろう。
「あいつ……!」
クラウスがそう怒鳴った。
父が遅れて階段を登ってきた。万が一ディオラルドさんから逃げる時のために、父の牢屋の鍵は開けてもらっていたのだ。
廊下に落ちていた三枚の紙を拾い上げて、私は父のところに持って行く。
「お父さん……! これ!」
父はそれを手にして、顔をしかめる。
「ああ。すぐに魔法を無効化しなければ。だが……それぞれの場所が離れているな。これではひとつひとつやっていたら間に合わない……」
王宮内は広い。
ディオラルドさんは爆破まで十五分後と言っていた。
あれから時間が経ったから、実質、残り十分くらいかもしれない。
私は意を決して言った。
「お父さん! 私もやるっ! 王宮内のことはよく知ってるよ。迷うこともないからっ!」
クラウスも必死の形相で言った。
「……俺にもやらせてくれ! 師匠だった奴の魔法陣なら、どんなものかよく分かってる。解呪もできるはずだ」
父は目を見開いて、「お前達……」とつぶやく。
そして決意したように、父は二枚の紙を私とクラウスに渡した。
「分かった。お前達に任せる。……フィオナ、後で必ず、生きて会おう」
「うんっ!」
私は走り出した。
背後でラインハルトが大声で兵士に命じる声が聞こえる。
「爆発物が仕掛けられている。すぐに城内全員の避難をッ!」
必ず、また父に、皆に会える。
──そう信じて。




