二十八 牢獄
城の地下はジメッとしていた。
すえた臭いと、こもった空気は、四方の壁の圧迫感をより感じさせられる。
牢屋は一本の廊下を挟むように左右に個室が奥まで続いていた。
「今は牢獄はあまり使用されていない。囚人がまばらにいるだけだ」
石段を降りながら、ラインハルトはそう言う。
私の頭に留まったルルの尾羽の炎がランタンの明かりように薄暗い地下牢を照らしていた。
通路で見張りをしていた二人の衛兵がラインハルトに気づいて「でっ、殿下!?」と驚いたように居住まいを正す。
「きみは下がっていてくれ。アガルト・リッターと話がしたい」
ラインハルトがそう言うと、衛兵達は脇に下がる。
父がいる牢獄は、通路のただ中にあった。
私は「お父さん!」と声をかけて中を覗き込む。
石造りの個室の天井近くには、手首ほどの通気孔があったが、夕陽の明かりはほとんど入ってきていない。
奥に座り込んでいた人物が身動きをして、驚いたような声を出した。
「……フィオナか?」
「お父さん! 無事で良かった……」
「お前、家にいろと言ったのに……っ」
父がこちらに近付いてくる。
朝きちんと髭をそっていなかったから、無精髭が生えていた。
そのややだらしない姿は出会ったばかりの頃を思い出させられて、私は思わず笑ってしまった。涙が出そうになるのをグッと堪える。
父がクラウスとラインハルトをちらりと見て、顔をしかめた。
「……また、お前は俺が見ていない時に変な虫をくっつけてきやがって……」
「変な虫? どこかにいるのか?」
ラインハルトは天然なのか、そう言って周りを見回している。
虫扱いして申し訳ない……そう思ってクラウスを見ると、彼は明後日の方向に顔をそらしていた。
不思議には思ったが、今はそれどころではない。
私は「お父さん、あのね……」と己の推理を父に話して聞かせる。
「……そうか。よく、そこまでたどり着いたな」
すべてを聞き終えた後、父は複雑そうな表情を浮かべていた。
クラウスはうつむいていて、表情が分からない。
ラインハルトは「へぇ」と興味深げに聞き入っている。
父は苦悶の表情で、絞り出すように言った。
「……俺はひとりで犯人が接触してくるのを待っていたんだ。【魔の森】の外なら、犯人が狙ってくる可能性も高いと思って……」
──そうだろうと思っていた。
父は私を安全圏において、ひとりで犯人と戦おうとしていたのだ。
けれど、それだと父が犯人にどんな目に合わされるか分からない。
火事に見せかけて殺される危険だってあった。
父は目を伏せて言う。
「だが……俺の選択は間違いだったな。お前を護ったつもりになっていたのに……お前を危険にさらすことになっていたんだな。悔やんでも悔やみきれない」
そう、私の考えている者が犯人なら、むしろ危険なのは父ではなく私の方だった。
私はきっと、今夜か明日にでも家で殺されていただろう。私は【彼】のことを疑っていなかったし、今は父が家を留守にしているのだ。いくらルルがいるとはいえ、油断したところを狙われていたら、どうなっていたかは分からない。
赤い石のついた蛇のペンダントは、オーリンが父をおびき出すための罠だったのだ。
「ひとりで戦おうとしたからだよ。……私はお父さんに護られてばかりいるほど、弱い子どもじゃないもの。だって、私は大賢者アガルト・リッターの娘で、弟子なんだから」
私がそう言うと、父は目を見開いた。
「お前……」
「私は……いつかお父さんみたいな大賢者になる。そして、私もお父さんを護るから」
父は驚いたように目を丸くして、押し黙る。
「お前……本当に大きくなったな」
嬉しいような、少しさみしいような──万感の思いがこもった虹眼の瞳で、格子越しに父は私の頭を撫でた。
「……だが、気持ちはありがたいが、ここは子供の出る幕じゃない。お前は王太子達に匿ってもらえ。俺がなんとかするから」
「いやです〜」
私はそう言って、父の手からすり抜けた。
えっ、と困惑している父と距離を取る。
──父ひとりで、危険な目に合わせられない。
私は言った。
「奥の部屋に待機してるから。私達が犯人を捕まえるの!」
そう言って、私はクラウスの手を取って奥の個室に向かおうとした。
ラインハルトが衛兵の一人に「軽食と毛布を三人分、持ってきてくれ」と命令する。王太子だと言うのに、まさか参加するつもりなのか。
「お前ら……」
父が格子越しにこちらを睨みつけてきたが、私はあっかんべーと舌を見せた。
それを見た父が激怒の表情で、格子をつかんでガンガン揺らす。
「……クソッ! まったく思い通りにならないな!」
「それが子育てですよ」
父のぼやきに、そばに立っていた衛兵が慰めるように言った。




