二十五 犯人像
巡回していた兵士に王太子への手紙をたくして、私とクラウスは被害者宅に向かって歩いていく。
家の場所は通りがかりの人に尋ねたら、すぐ分かった。
ルルは今は服の中に隠れている。
魔法使いオーリンの自宅は、王都の中央にある一軒家だ。
石造りの小ぢんまりとした家で、目抜き通りの十字路近くにある。
今は玄関周りにはロープが張られており、警備兵が脇を固めていて、とても中には入れそうにない。
「う〜ん……やっぱり無理か」
中を見ようと入口付近から背伸びしたり、目を細めて見るが、内部は明かりがついていないためか昼間だというのに真っ暗だ。
「こらっ。子供はあっちに行きなさい……って、虹眼!?」
警備兵に追いやられそうになったけれど、その年若い青年は私の目を見て仰天していた。
「ここらで虹眼っていうと、大賢者アガルト・リッターの……いや、容疑者の娘か……」
もごもごと、青年は口ごもった。
捜査関係者には父が容疑者であることは伝わっているのだ。
──街の人に知られるのも時間の問題かも。
おそらく、夕刊にはデカデカと『アガルト・リッター犯人か!?』と太字が載るのだろう。
そう思うと、苦い気持ちがこみ上げてくる。早く真犯人を見つけなければ。
「どうして、こんなところに……」
「中を見ちゃダメですか?」
私の問いかけに、警備兵は頑として首をふる。
「ダメだ。中を見たけりゃ、捜査令状でも持ってこい」
……やっぱりダメか。
ラインハルトに頼むしかないかもしれない。
仕方なく私達は周辺住民に聞き込みをしてまわった。
けれど、オーリンはあまり周囲と交流する人ではなかったらしい。
オーリンの家は人通りの多い通りに面しているのに、家に誰かが出入りするところを見た人はほとんどいなかった。
クラウスは広場のベンチに座り、背伸びして、ぼやくように言う。
「やっぱり、家に入れないとできることも少ないなぁ。とりあえず、フィーも座れば?」
「うん……」
私はクラウスの隣に座り込み、頭を悩ませる。
色持ち魔法使いの変死事件の被害者はこれまでに三人。オーリンを入れると四人だ。
私はオーリンが生きていると確信していた。
仮に彼が生きているとしたら、オーリンと思われている男の死体は別の人間だろう。
オーリンはいつもフードで顔を隠していたから、素顔を見たことがある者は少ない。
一般人を殺して両目をくり抜いて自分自身の死体だと偽装することはたやすいはずだ。
「たしか、これまでの色持ちの魔法使い達は……皆一人暮らしをしていたよね」
私はつぶやいた。
犯行はおそらく真夜中。
というのも、だいたい遺体が発見されるのが朝なのだ。
発見時の遺体があった場所は全員が家の中で、玄関には鍵はかかっておらず、部屋の中を荒らされた形跡もなかったという。
新聞でもそう記されていたし、ディオラルドさんもオーリンの遺体が明け方発見されたと言っていた。
すべての犯行が夜中だったから、犯人らしき者の目撃証言もない。
今回初めて、お父さんが容疑者として浮かんだ形だ。
私は顎に手を当てながら言う。
「やっぱり、おかしいよ。魔法使いを殺すのは難しいもの」
魔法使いは普通の人間より殺すのは難しい。
彼らは魔法が使えるし、色持ちの魔法使いとなれば、なおさら強いはずだ。
魔塔の研究職タイプのような魔法使いもいるが、通常の魔法使いは戦時なら魔法部隊に所属して従軍する義務がある。
すべての魔法使いは魔法協会に登録する決まりがあって、平時は父のように魔法協会を通して仕事の依頼を受けることができるのだ。
ポーション作りの仕事だって自宅で薬草を栽培していなければ森に採取しに行かなきゃいけないし、そこで獣に出会うことだってあるだろう。
あるいは、魔物の討伐を依頼されることもあるかもしれない。
そんな魔法使い達が、あっさりと何者かに殺されるなんて考えられないのだ。
しかも、三人目ともなれば連続色持ち魔法使いの殺人事件で警戒していたはずだし、なおのこと殺すのは難しい。
クラウスも顎に手をあてて「ふむ」と考え込む仕草をする。
「つまり、犯人はよほど強いってことか?」
「う〜ん……そうかもしれないけど。そんなに腕に自信があるなら、被害者の目玉を奪う必要もないよね。殺すだけで良いわけだし」
逆説的な考え方になるが、魔力に自信がないから被害者を殺して体の一部(眼球)を奪って食べているのだろう。殺した相手の魔力を得るために。
なら、犯人が己の強さに自信を持っているとは考えにくい。
そして己の力に自信がない者が、やみくもに色持ちの魔法使いに戦いを挑むとも思えないのだ。
私は考えをまとめながら言う。
「最初の被害者はともかく、二度三度と連続して色持ち魔法使いが殺されていたら、被害者達だって『次は自分かもしれない……』って警戒するはずだよね。そんな時に見ず知らずの他人を真夜中に家に招き入れるというのは、考えにくいと思うの」
私はまくしたてるように、そう言った。
クラウスは目を剥く。
「つまり、犯人は被害者の身近な人物ということか?」
私は言葉を選びながら言う。
「……少なくとも日頃から接点がある人だと思う。それなら、被害者達も油断して犯人を家に招き入れるだろうし」
「なるほど! フィー、お前すごいな。名推理だ」
クラウスがそう興奮したように言う。
私は照れくさい気持ちになる。
犯人は容姿を変えることができるから、被害者の身近な人に毎回化けている可能性もあるけれど……この可能性は薄いと思う。
あの父でさえ、他人に姿を変えるのに、一人につき二週間はかかるのだ。
被害者は四人、一人で二週間なら単純計算で二ヶ月。
これは人間離れした知能と魔力を持つ大賢者の父だからこそ可能なだけで、普通の色持ち魔法使いならもっと日数がかかるはずだ。
もちろん周到に用意された殺人事件なら可能性ゼロとは言わないが……。
──とりあえず今は被害者達の共通の知り合いを探してみた方が良い。
少なくとも、やみくもに犯人探しをするよりマシだろう。
と、その時、大通りから豪奢な黒塗りの六頭立ての馬車が走ってきた。
それは目が点になっているクラウスと私の前に停まると、扉が開いて、中から執事らしき老年の男性が降りてきた。
「……はじめまして。私は王太子ラインハルト様の侍従をしております」
後ろに撫で付けた白髪まじりの黒髪と立派なひげは、とても気品と威厳があった。
戸惑っている私に向かって、王太子の従者は言った。
「王太子殿下の命令を受けて、フィオナ・リッター様をお迎えにあがりました。宮殿へお越しください」
「えっ、殿下が……?」
先ほど返信の手紙を兵士に預けたばかりなのに……。てっきり数日はかかるだろうと思っていた。
まるで、監視でもされていたのかと思うほど対応が早い。
「ありがとうございます」
私とクラウスが馬車に乗り込もうとすると、クラウスの前で王太子の従者は手で遮った。
「申し訳ありません。殿下から許可されたのは、フィオナ様だけなのです」
「お手紙でクラウスも同席したいという希望は伝えたはずなのですが……私ひとりきりと言うことでしたら、今回は遠慮させてください。また改めて、殿下にお手紙を差し上げますので」
私はそう言った。
さすがに王太子と二人きりになるのは避けたいし、単独行動は不安もある。
私の返答に従者は一瞬だけ顔をしかめた後、深く腰を折った。
「……大変失礼いたしました。でしたら、是非ご同伴を」
自分だけ追いやられそうになったせいか、クラウスは道中ブスッとした顔をしていた。
──私は、なんとなく前途多難になりそうな予感を感じた。




