二十 予期せぬ再会
市庁舎や協会、商館、職人ギルドの建物などと並んで、歴史を感じさせる見事な石造りの建物がそびえていた。裁判所だ。
私達は中に入って受付を済ませると、父と共に通路を歩いていく。
その時、向かいから一際きらびやかな一行が歩いてくるのが目に留まる。
六人くらいはいるだろう。
その物々しい警護の様子に眉をひそめて、先頭の少年の顔を見て、ぎょっとした。
王太子ラインハルトだ。
父が舌打ちする。
そして一応貴族の礼儀にならってか、父は道を譲るように脇に立って立礼をした。
私も慌てて、スカートをつまみ上げて礼をする。
最近はしてなかった貴族令嬢の礼だ。体が覚えてて良かった。
けれど、頭の中はひどく混乱している。
──どうしてラインハルトが、こんなところにいるの!?
ラインハルトは私と同い年だから、七歳になったばかりだ。
サラサラの金髪に青い目をした、幼いながらに天使のように美しい容貌。
まだ体が小さいせいか、豪奢な王族の衣装は、どこか着せられている感がある。
王立学園時代は、クラウスと双璧をなすほど、女生徒からの人気が高かった。
ラインハルトが太陽の王子ならば、クラウスは月の貴公子だと謳われていたほどだ。
──でも……。
私は元婚約者だった王太子ラインハルトに身に覚えのない罪をきせられて、断頭台に立たされたのだ。
あの悲劇から一年が経っている。
ようやく風化しつつあった恐ろしい記憶がまざまざとよみがえり、思わず身を縮こませた。
もう一生、ラインハルトと会う機会なんてないと思っていたのに……。
「お前がアガルト・リッターか?」
その子供らしい声に、父は「……はい」と答える。
「今日はめったに公に顔を出さない英雄の裁判ということで、様子を見にきた。本当は国王陛下も参加したがっていたのだが……知っての通り、ずっと病で臥せっているのでな。父に代わって、王族席から裁判の行方を見守らせてもらう」
裁判の傍聴は希望すれば誰でも参加ができる仕組みだが、今回は傍聴希望者多数のため抽選となっていた。
ディオラルドさんもクラウスも残念ながら抽選漏れしたらしいけれど、王族席は特別に用意されていたようだ。
「……それはそれは。身に余る光栄です」
父が含みのある口調で、そう言った。
ラインハルトは年には似合わないほど、しっかりした態度だった。
「それで、その子が渦中の娘か」
「は、はいっ」
ラインハルトに声をかけられ、私はビクリと身を震わせた。
急いでスカートをつまみ上げて礼をする。
「はじめまして。フィオナ・リッターと申します。アガルトの娘で……弟子をしています」
私からするとはじめましてではないし、挨拶も二度目だ。
けれど、あの時と決定的に違うのは、私のそばにいるのは義両親ではなく実父だということ。
ラインハルトの沈黙が長すぎる。
私が挨拶したのだから「そうか」と一言でも良いから言って、この場を終わらせてくれたら良いのに……。
そう思って、ちらりと顔を上げてラインハルトを見ると、彼は顔を赤らめて固まっていた。
そういえば、彼と初めて会った時もこんなふうに見つめられていたことを思い出して、『あの時と同じだ……』と感じた。
かつて義両親に連れられて王宮に行った時に、王太子ラインハルトと出会ったのだ。あれも、確か今と同じ年の頃のはず。
ラインハルトの視線に耐えきれず音を上げそうになった時、父がかばうように私の前に出た。
「……フィオナはこういう場は慣れておりません。殿下、ご容赦を」
父に睨まれて、ラインハルトはハッとした様子で身じろぎした。
ようやく自分が不躾なことをしたことに気づいたらしい。
「す、すまない……」
そう言ってラインハルトは恥じ入るように顔を背けた。
私は父のスボンの後ろをつかんで、ラインハルトから隠れるようにする。できるだけ彼と顔をあわせたくなかった。
「……あまりに可愛らしいご令嬢なので、見惚れてしまいました」
ラインハルトが子供らしい丸みを帯びた頬を染めて、そう言った。
私はその言葉が脳に浸透するなり、総毛立つ。
──怖ッ!!
一年前に私を断頭台に追い込んだ少年が、そんなことを言うのだ。
あまりの恐怖に涙がじんわりと目ににじんでしまう。
褒められて、こんなに恐ろしい思いをしたのは初めてだ。
どうか私に興味なんて持たないで下さい……。オリヴィア・ビュッサーとお幸せに……。
私が怯えまくっていることに気づいたのか、ラインハルトは怪訝な表情をしていた。
王太子の背後にいた黒いフードで顔を半ば隠した男性が前に出てきて言う。
「フィオナお嬢様は、裁判の前なので、緊張なさっているのかもしれませんね」
「あ、ああ、なるほど。そうだな」
ラインハルトはようやく納得したようだ。
「では、参りましょうか。殿下」
黒ずくめの男性はそう言って、ラインハルトを促した。
たぶん彼が噂には聞く、占い師オーリンだろう。
一年ほど前から王家の専属占い師となった色持ちの魔法使いで、あらゆることを言い当てるという。
最近では病床の国王に代わって、幼い王太子を支えるためという名目で──摂政のような立場になっていると聞く。
顔の上半分はフードに隠れて目も髪も見えないが、まだ若そうだ。背は高く、声に張りがある。
足首までマントで隠れていたが、下には紺色のローブをまとっており、赤い石のついた蛇柄の銀細工のペンダントがマントの隙間から覗いていた。
──え?
私は、その変わったデザインのペンダントに見覚えがあった。
でも、どこで見たんだったっけ……?
私はもやもやした気持ちのまま、ラインハルト達が過ぎ去るまで頭を垂れる。
「オーリン……?」
王太子達がいなくなった頃。
隣で父が呆然とした表情で、つぶやいた。
「……お父さん?」
そう声をかけると、父はハッとしたように目を剥いた。そして父は頭を振って、こちらに顔を向ける。
「い、いや……。なんでもない。裁判が始まる。早く行こう」
「う、うん……」
私は父の態度が気にかかったが、もう時間がないのは確かだ。
私は父に手を引かれて、法廷へと向かった。




