十九 裁判
父とルルと一緒に朝食を食べ終え、私は自室の姿見の前で襟元のリボンのしわを伸ばした。
いつもよりパリッとした襟つきのブラウスと、ふんわりと広がる膝までの青いスカート。その下は革ブーツだ。
金色の髪は一部だけ編み上げて青いリボンをつけ、残りは背中にふんわりと垂らしていた。
ふだん家ではもっと楽な格好をしているのだけれど、今日はきちんと身なりを整えなければならない。
姿見の上に留まっていたルルに向かって、私は言う。
「ルル。今日はちゃんと、おるすばんできる?」
私が尋ねると、ルルは嫌がるようにブンブンと頭を振った。
賢い鳥なので、人語を理解しているのだ。
「でも、ルルの姿を誰かに見られたら、大変なことになっちゃうんだよ? ルルは不死鳥だし……」
今までも何度かルルを残して父と町に買い物に行ったことがある。
だが、そのたびに置いていかれたルルが拗ねて、家の中を荒らしてしまうのだ。
机の上の物を落としたり、餌をバラまいたり。あげく、叱りつけると、ストレスで自分の羽をむしり始めてしまう。
その様子があまりに可哀想なので、最近は懐に忍ばせて一緒に出かけていたのだが……さすがに、裁判の場に連れて行くのはリスクが大きすぎる。
買い物に行くだけなら、服の中に隠したルルがもぞもぞと動いても、その時だけ私が変な動きをして「え? 何か?」と誤魔化せばなんとかなりそう(?)だけど、法廷となれば話は別だ。
しばらくは座ってじっとしていなければならないし、偉い人達も見にくるのだから。
不死鳥のルルの姿を見られたら、大騒ぎになってしまう。
「ダメだよ。おるすばんしてなさいっ」
ルルに向かって言い聞かせているが、ルルはツンと顔を背けてしまった。絶対言うことを聞かない体勢だ。
とうとう、私の襟の隙間から服の中に飛び込んでしまう。
「わっ、もう。くすぐったいよ〜」
ボタンとボタンの隙間から、ルルがちょこんと顔を出した。
私はこめかみを押えて、ため息を吐く。
「……仕方ない。じゃあ、お父さんに連れて行って良いか聞くからね。……もし一緒に行くのを許してもらえても、絶対に外で顔を出しちゃダメだよ。鳴いたり、身動きするのもダメ」
私がそう言うと、ルルの眼差しがこころなしかキリッとしたように見えた。任せておけ、ということなのかもしれない。
それからルルはシュッと体をブラウスの中に引っ込めた。鳩時計みたいだ。時間がきたらピィと顔を出してきそう。
私はため息を吐いて、白い毛皮のコートをはおった。これなら多少の膨らみは誤魔化せるだろう。
ルルを説得しておけ、と、お父さんに言われていたんだけど……お父さんに、なんて言おう。
階段を降りて居間につくと、そこには父が椅子に座って私を待っていた。
「お父さん、準備できた?」
そう尋ねると、父は「ああ」とうなずく。
いつものよれたシャツではなく、貴族のような格好をしていた。整った顔立ちがなおさら引き立って見える。
じつは父は前の大戦の褒美として、一代きりの称号だが、名誉男爵の位を国王から賜っていた。
本当はもっと高い爵位と領地をやろうと言われたらしいのだが、『面倒くさい』と言って断ったらしい。とても父らしい話だ。
今はひげは剃ってさっぱりとしている。
父の肩下に無造作に金髪が落とされていたので、私は自室から木櫛を持ってきて父の髪をとかした。
ついでに首の後ろで一つのみつあみにして、私とおそろいの青いリボンをつけて完成。
「あのね、お父さん……ルルが付いていくって言って聞かないの」
私がそう言うと、父が肩をすくめた。
「ルルは、お前に懐いているからな。……まぁ、良い。いざという時は、俺が魔法で何とかする」
父がそう言ってくれたので、私はホッとした。
お父さんは大賢者だから、やろうと思えば、できないことは何もないはずだ。片付け以外は。
出かける準備を終えて、私達は家から出て鍵を閉める。
父が呪文を唱えると、足元に【転移の魔法陣】が構築され、青白い光が私達の足元を照らした。
今日の裁判では、私の養母マルグレードが、私をブラウン伯爵との間の子供だと偽ったことの審議が行われる。
だから私達が訴えられた側ではないのだが……血の繋がりはなくても一時期の育ての親であるということで、ブラウン伯爵は私と養子縁組する権利がある、と訴えているらしいのだ。
父と一緒にいられなくなるんじゃないか、と私は内心不安だった。
「怖いか?」
隣にいた父が、そう問いかけてきた。
「……うん、少し」
「大丈夫だ。俺がついてる」
父はそう言って、私の頭を撫でた。
いつもは無愛想な父だが、いまは私を安心させるためなのか、穏やかな笑みを浮かべている。
「お前と俺は、魔力検査で親子関係が証明されている。この国では血の繋がりが重要視されるからな。間違っても、ブラウン伯爵と養子縁組されることはないだろう」
「うん……そうだよね」
父の言葉で気持ちが落ち着いていくのを感じる。
何が起こったとしても、父がそばにいるなら大丈夫。そう思えた。




