夏の夜の一時
眼前に迫る。ナニカが私の顔を焼き付け、皮膚を溶かし、肉を炙ろうとする。不思議と痛みは感じない。むしろ、どこか懐かしく暖かい。それは母のぬくもりであり、父の熱いエネルギーであった。
なおも私に迫るナニカは私の身体ごと引っ張ろうとする。どこに連れていきたいというのか。君は普段、そんなに激しいやつじゃないだろう?世界は静寂に包まれているというのに、君はそんな世界に反抗したいのか?いいね、そういう対抗心ってやつは嫌いじゃない。私も充分に君に対抗しよう。これはいわば君との勝負であり、コミュニケーションだ。君と私、お互いどこまで理解できるかな?
勝負は平行線。なかなか決着がつかない。ナニカはひたすら私を引っ張ろうとするが、私は全身に力を込めて石のように動くまいとする。力比べという、なんとも原始的な勝負方法であるが、やつには丁度いい。むしろぴったりだ。しまいには、私の友も参戦してきた。無論私の味方だ。同族同士、仲良く力を合わせようじゃないか。そうでもしなきゃ、二人そろって奴に連れていかれちまうからね!
そんなことを思ってたら、フッと引っ張る力が抜けた。どうやら勝ったらしい。私は、喜びも安堵も感じはしなかった。ただ、一抹の寂しさだけが残る、そんな夏の夜の一時。
ー完結ー