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第98話 拓也を探す者たち

 ?side ―


 『今どんな状況だっけ?』


 古ぼけた洋館の中で誰かの声がする。明かりは蝋燭しか付いておらず、蝋燭の周りにはトランプが数枚落ちていた。


 『状況は最悪』


 一人の少年がトランプを隣の少年から引き、同じ数字を見つけたのか、それを床に投げ捨てた。

 どうやらババ抜きをしているようだ。



 98 拓也を探す者たち



 『地獄に戻された悪魔は十六匹。裏切り者が六匹も出てきた』

 『結局フォラスも裏切ったんだっけ?』

 『さあ、でも人間の体は居心地いいみたいだけど?』


 別の少年がまたトランプを引いていく。

 どうやら当たりだったようだ。少年は二枚のカードを床に投げ捨ててブイサインを作った。


 『俺あがった。ラッキー』

 『はぁ?早くね?』


 一番目にあがった少年は空いた手で巨大な弓を抱え込み、残りの三人を見ながらため息をついた。


 『あーダンダリオン様見つけらんねーんだよなー。せっかくハルファスから逃げ切ったのに』

 『お前はあいつを尊敬し過ぎだろ。俺も上がり』

 

 頭に鳥の頭部を象った兜をつけている少年もカードが出そろったのか床にトランプを投げた。

 弓をもった少年はその言葉に顔をしかめた。


 『ダンダリオン様は尊敬するところしかねえよ。すげえんだよ、ぜーんぶお見通しって感じなんだ』

 『お前分かりやすいし、お前の行動なんか誰だってお見通しだろ』

 『なんだよ失礼だなあ』


 二人の少年を他所にトランプを持った少年達は最後の一枚を何とか捨てようと必死で二人の会話など全く聞いていない。

 一人の少年がじっと見据えて一枚のカードをとる……しかしそれはジョーカーだった。


 『げ……』

 『お前駆け引き下手すぎ。俺の手元ばっか見てたもんな』

 『はあ!?こっちがスペードのエースだったはずだろ!』


 少年が呆然と右手でジョーカーを眺めていると、その隙に左手に持っていたカードをもう一人の少年が引っこ抜いた。当然それはジョーカーではなく、自分が欲していた数字が書かれたもの。


 『俺も上がり』

 『せけーぞ!』

 『何がだよ。勝負の世界に待ったなし。セコイもなし』

 『最悪……』


 少年はジョーカーを床に捨ててため息をついた。こうやって時折集まって情報交換をして、あとは久々の人間の世界を満喫して……気楽に過ごしていたと言うのに状況は一変しそうだ。

 今から自分たちがしなければならない事、それは他の悪魔たちと少し違ったから。


 『このままもう少し気楽に楽しみたかったんだけどなー』

 『ルシファー様直々の命令だ。しょうがないだろ』

 『結局パイモンって本当に裏切ったんだっけ?』

 『知らねえよ。あいつルシファー様から密命受けてんのは間違いないだろうし、完全に裏切ってはないと思うけど、俺らに協力はしてくれなさそうだよな』


 牡牛の耳と手足を持った少年が肩を叩く。

 それを見て一部分だけ長い青髪を結っている少年は面倒臭そうに首を振る。


 『確かに状況は芳しくないけど、なんで俺らが駆り出されるんだよ。魂集めりゃいいだけって言ってたじゃん。そんなのアスモデウスとかベリアルがやれば一発なのに』

 『あいつらルシファー様の命で地獄に戻ってるからな。サタネルと七つの大罪は特別なんだよ』

 『ちぇー何だよそれ』

 『フォカロルはサボってていいぜ。俺が出るから。そんでルシファー様に褒美貰う』

 『ザガンは相変わらずだなー』


 弓を持った少年がケラケラ笑う。久しぶりに集まった友人たちは相変わらずで、何も変化していない友人にお互いどこか安堵していた。和やかな空気に牡牛の耳と手足を持った少年、ザガンは軽く笑う。


 『ルシファー様の命令は絶対。ダンダリオン崇拝者のレラジェにはわかんないんだよ』

 『何だよそれー。それなら無法者のアンドラスの方がもっとわかんなくない?』

 『俺に振るなよ』


 鳥の頭部をかたどった兜をつけている少年、アンドラスは呆れた目でレラジェを見た。

 それを見て髪の毛を結っている少年、フォカロルは横になった。


 『ま、ザガンがやってくれるならいいけど。俺は好き勝手にやるから。今の契約者、面白い奴だし』

 『海賊だっけ?』

 『あー?トレジャーハンターだよ。幻のアトランティス帝国を探してんだって。馬鹿みてーだけど実際お宝は何個か発掘してるしな。分け前もらえるし』


 人間の世界は久しぶりに召喚されてから随分と変わっていた。かつては自分が仕えていた国は崩壊しており、新しい国がいくつもできており、世界は変革を迎えていたのだ。自分たちが過去に召喚された時代が歴史として扱われており、感慨深くすらある。

 全員の近況報告を終わらせたザガンは興味なさそうに話を聞いて立ち上がる。


 『どこ行くんだ?』

 『帰んなきゃな……そろそろあいつも俺を恋しがってんだろーから。フォカロル、レラジェ、アンドラス、賭けようや。誰が継承者を地獄に連れていくか。連れて行けた奴の言う事を何でも一つ聞くこと』

 『でも俺らそれぞれ命令内容違うだろ』

 『最終的には地獄に連れて行かなきゃいけないんだからさ、順番なんかどうだっていいだろ』


 その言葉に三人は笑みを浮かべる。今から始まるハントを楽しんでいるように見える。


 『賭けって言われちゃ負けらんねえなー』

 『じゃあ俺も行くかな』


 アンドラスも立ち上がり、フォカロルとレラジェもお互いの顔を見合わせ立ち上がった。


 『狩るぞ』


 フォカロルの一言で四人はそれぞれ歩きだした。


 ***


 拓也side ―


 「あー四月っていいねー」


 急な俺の言葉に後ろの席の上野は顔をしかめた。二年生になってから二週間が経過した。もう少ししたらゴールデンウィークに入り、五月病にかかるだろう。


 「なんだよ拓也、藪から棒に」

 「だって暖かいし快適だし、こないだまでは冬だったのになー」

 「えー爺くさ」


 爺くさくてもいいわ。だって快適なんだもん、ここ最近悪魔の話も聞かないし。

 四月も今日で二十一日。このクラスに馴染んだクラスメイト達は今日もゲラゲラ騒いでおり、中谷も相変わらずジャストや立川と騒いでる。

 そういえばオガちゃんに聞いたところ、真央ちゃんは元気でやってるそうだ。それどころか急変したってオガちゃんは驚いてた。あんだけ急に可愛くなったらなあ……オガちゃんの気持ちはわかるわ。しかもそれの立役者になったのは澪だし。それも良かったけど、もうすぐあれが来るんだよねー


 「上野ーもうすぐGWだぞー」

 「あぁそういやそうだな。今年何連休?」

 「確か五」

 「最高じゃん!」


 そうなんだよなー。今年はちょうど月、火、水に来てるから土、日と合わせると五日もあんだよなぁ。嬉しいなぁ、ヤバいなぁ。別に何かをするわけではないけど、学校が休みってだけで嬉しいんだ。一日くらい遠出できたらいいな。上手くいけば澪と一緒にどこか行けるかも!?


 「こらーお前ら席つかんかー!」


 あ、やべ。吉良来た。

 まだ教科書も出してねーや。俺は慌てて数Ⅱの教科書を机の上に出して、ページを開いた。


 ***


 「やっぱ数Ⅱって難しいよな。俺マジで何とかなるかな~」


 昼休み、弁当を食っていた中谷があからさまにため息ついた。確かに、数Ⅰよりも遥かに難しいんだよなぁ。これからどんどん内容が難しくなっていくんだろうな。今からついていけないとか洒落にならない。


 「大丈夫だろ。公式覚えろ公式」


 それを適当に受け流しながら光太郎はコンビニで買ったらしい弁当の包みを開ける。くそーこいついつまでこうやって余裕ぶっこいてられるんだ。


 「それが無理なんだってばー」

 「お前勉強してないじゃん」


 いつも通りの軽い会話を交えながら俺達は昼飯を食っていき、弁当を食べ終わった中谷がチョコレートを食べながら、思い出したように問いかけてきた。


 「そういや悪魔のこと何にもねーの?」

 「あーうん、何も言われてない。見つかんないんじゃない?」

 「悪魔も春は暖かくて活動したくねーんかな。まあ、俺これから結構ついて行けるようになったんだよね」


 どういうことだ?まさか部活辞めたとか!

 表情に出ていたんだろう、目を丸くした俺と光太郎に中谷は違う違うと両手を振る。


 「新しい顧問が来たじゃん野球部。そいつが週二日は部活休みにするって言いだしてさ。前の顧問が熱血だったから毎日部活あったけどさ。これから休み多くなんだよね。少し複雑だけど」


 あーそういう事か。こちらとしては人手が増えるのは嬉しいし、ヴォラクも喜ぶだろう。

 まあ皆学校で自主練するらしいから、俺もある程度は参加するけど。と中谷は続けた。


 「マジか……お前ついてこれりゃヴォラクも大喜びだろうけど」

 「最近あいつと会ってないなぁ。二週間前遊んだけど」


 遊んだって……そんなことしてたのか。二週間前に会ってるんなら最近会ってないっていう表現は可笑しいと思うんだけど。あいつシューティング上手くてさぁ!と中谷はその日のことを思い出しながら語っている。やっぱこいつらマジで仲いいよな、失礼だけど中谷も子供っぽいから一緒に居ても違和感ないし。


 でも確かに悪魔はできることなら早く見つかってほしい。だってじゃないと最後の審判が始まってしまうかもしれないから。その為には一刻も早く終わらせて最後の審判を止めないと。

 弁当を黙々食べながら考え込む。どうしようか……今日マンションに寄ってみようか。


 俺は飯を食い終わり弁当箱を片づけながら考えた。


 ***


 「主、お久しぶりです」


 学校帰り、塾の光太郎と部活の中谷と別れ、マンションに向かった。

 パイモンにリビングにあげられてソファに座る。側では相変わらずゲームをしてるシトリーとヴォラク。


 「おー拓也」

 「よっす。早速だけどパイモン、悪魔の情報何か見つかったのか?」


 俺の問いかけにパイモンだけじゃなく、シトリー達もこっちに視線をよこしてきた。先ほどまではなんともなかったのに、急に重い空気になり不安になる。悪魔を見つけたのかもしれない、でもこんな空気初めてだ。かなり危ないやつなんだろうか。


 「それなのですが……何者かが私達を探しています」


 探してる?どういうこと?この間のマヤみたいにってことなのか?でもなんでそんなことが分かったんだろう。俺は別に悪魔のことを言いふらしてるわけでもないし、皆だって、普段は人間の姿をしているんだ。怪しまれることはしてないはずだけど。


 「今日早朝、人通りの少ない住宅街でセーレが悪魔に襲撃されました」

 「セーレが!?」


 そう言えばセーレの姿がマンションに見当たらない。まさか大怪我負ったとか!?

 慌てふためく俺を見て、パイモンは「安心してください」と話をつづけた。


 「心配はいりません。大した怪我はしていません。相手の悪魔が低級だったらしくセーレでも難なく倒せたようですが、七十二柱のどいつかの部下だと考えています」

 「じゃあ居場所ばれてるってこと?ってかセーレは?どこにいるんだ!?」

 「ヴアルと買い物に行っています。軽いかすり傷を負っただけです」


 よかった……セーレ酷い怪我はしてないんだ。安心した俺とは違い、パイモン達の表情は険しい。

 確かに向こうから仕掛けてくるとか言うことなんてなかったから。しかも顔すらも知らない奴に。


 「もしかしたら何かしら直接の命を受けている悪魔かもしれませんね」


 直接の命令?セーレを襲うように?

 話に付いていけない。でもパイモン達は話をどんどん進めていく。魂を集めているだの、俺を探してるだの。聞いてるだけで怖い。


 「何で俺を狙ってるのなら今更なんだ?最初から来ればいいのに。そりゃ来ない方がいいけど」

 「……基本的にルシファー様の命は死んだ後に天使となる優秀な人間の殺害と魂の収集です。貴方を地獄に連れて行くといった命は出ていないはずです。とはいえ、ルシファー様への供物として貴方を連れて行こうと考える輩はいますが」


 人間でも死んだ後に天使になる奴がいるんだ。それの殺害……。なんとなく理解できるけど魂を集める意味は分からない。大体それを集めて何になるって言うんだ。

なんだかよくわからないけど、とりあえず俺はずっと気になってた事を一つ質問した。


 「魂の価値ってなんで決まるの?」

 「想いの強さです。心が囚われるほどの憎しみや愛情などを持っている者は魂の価値が高いと判断しています。マヤのあの嫉妬心も魂の価値を高めるには十分な感情でした」

 「そうなんだ。じゃあ大統領とか偉い人ってわけじゃないんだ」

 「そう言うのは判断基準に含まれませんね。経歴や地位は地獄では無意味ですから。ですが一国の大統領になるほどの野心がある人間は総じて魂の価値が高いとみて間違いはないですが」


 確かに……言われてみたら納得だ。悪魔がこう言ったらなんだけど一般人と契約しているケースが多すぎて実感なかったけど。確かに肩書とかで決まったらお偉いさんばっかりを狙うもんな。


 「しかし今回は主、貴方を直接狙っているみたいですね」


 そんな事言うなよ。ちょー怖くなってきただろ。

 どうしよう、今までは自分から探す立場だったから探されてるって感じただけで怖くなる。しかもセーレが襲われたのなら、もう俺の近くまで来ているのかもしれない。学校とかたくさん人がいるような場所で襲われたらどうしよう……


 「セーレも自分を見つけた悪魔が報告の為に自分の君主の所に戻るのを阻止するために、悪魔を消去したので、我らの居場所がすぐにばれるとは限りませんが……」


 それって殺したってことか?呆けてる俺を見て、パイモンはしょうがないとでも言うような視線をよこしてくる。わかってるよ、でもやっぱり殺したって単語は少し心に引っかかるものがある。

 俺が俯いているとパイモンは少し気まずそうに俺の顔を覗き込んだ。


 「主、この中このようなことは申したくないのですが……もう少し力をつけた方がいい。今回主を探してると言うことは私たちと別行動している際の襲撃も視野に入れなければなりません。最悪の場合悪魔との一騎打ちになる。鍛える必要があります」


 身震いする。ビフロンの時ですらフェリックスがいなきゃどうにもならなかったのに、誰の助けもなく一人とかになったら絶対に無理すぎる。勝てるビジョンが全くない。


 「主、稽古を行いますか?」


 流石にこの状況で断るなんて選択肢は流石の俺にもなく、パイモンの言葉に拒否することもできず、頷いた。


 ***

 

 ザガンside ―


 『Ist es damitWerfe,ich es weg und mache die hinter Rückkehr nicht(そうか。ステリアは帰ってきてないのか)』


 スイス、チューリッヒ。そこにある研究所の一角は俺の部屋だ。親切な契約者様がご丁寧に俺のために部屋を与えてくれたから。普段はそちらに籠って自身の研究をしていたけど、今は違う。俺の元に直々にご命令って奴が来たから。

 

 『(で、バティン、ルシファー様からの命令を伝えに来たのは分かるんだけどよお。お前は指輪の継承者の場所は知らねえの?』


 目の前のテーブルに凭れている悪魔に伺うも、相手は素知らぬ表情をしている。バティンはソロモン七十二柱の一角でルシファー様の腹心を務める三悪魔の一角だ。地獄でも名が知られており、妙な知恵ばかり回る厄介な奴。正直相手にはしたくない。


 『(んー知ってるけど、教えるかって言われたら別の話かな)』

 『(は?お前がお願いしてきたんじゃねえか)』

 『(うん。僕はルシファー様から伝えてって言われただけだからね。それが僕のお仕事だからさ、それ以上のお節介を焼く気はないんだ。君たちは僕の言う事なんて聞いたためしがないからね)』


 あっさりと言ってのけるけど、お前自分が可笑しいことに気づけ。ルシファー様の命令ならお前だって従うべきだろ。なのに、俺達に情報を渡さないなんて、そんなバカな話があるか?バティンは髪の毛を指でくるくる巻いて遊んでおり、これ以上教える気が本当になさそうだ。


 『(ザガン、向こうにはパイモンがいる。アウェイで戦うことはお勧めしない。こちらに誘き出して叩き潰した方がいい。それと失敗した時の保険も兼ねて、あまり大事にはしないでほしいんだ。一般人に悟られる行為もよしてほしい)』

 『(なぜ?)』

 『(それは僕の契約者にも不都合になるからさ。僕のお願い、聞いてくれるよね)』


 言い方は柔らかいが、絶対に言うことを聞けと言う威圧が込められた奴からの“お願い”に、舌打ちを返す。面倒なのはこいつにはコネクションが大量にあること。敵に回したら厄介なのは、こいつ自身も強力な悪魔なあげく、こいつの背後にはルシファー様がいる。だから逆らえないのだ。

 返事をしない俺にバティンが満足そうに笑う。返事をしないけど反抗しないってのが俺の答えだから。


 『(賢い君のことだ。僕が情報を与えずとも、きっともう手は打っているんだろうな)』

 『(なあ、本当に指輪の継承者と契約している悪魔は俺達を裏切っているのか)』


 時々いる。契約者に愛着がわいて情に流される奴。それに関しては興味はない、好きにしたらいいと思う。だが、今回に限っては話が別だろう。単体での活動じゃねえんだ。俺たち悪魔の未来がかかってるってのに、契約者にほだされて味方討ちってのは許されない。

 俺の問いかけにバティンはそうだねーと呑気にしている。


 『(パイモン自身が僕も知らされていない密命を受けているのは間違いないからね。彼の行動を理解はできないが、咎められないんだよね。でも他の悪魔についてはわからない。まあ、彼らの処分は地獄に戻ってからにしようね。まずは指輪の継承者君のことをよろしくね。彼を、限りなく僕たちに近づけてくれ)』

 『(へいへい)』

 『(じゃあ僕はもう行くよ。頑張ってザガン、何か情報が欲しいときは連絡をしてね。僕は隣国のリヒテンシュタインにいるからね。スイスも良く来るから、連絡はすぐに取れるよ)』


 連絡することとかねえっつの。継承者の居場所を教えねーんじゃ意味ねえんだからよ。

 バティンも帰っていき、やっと部屋で一人になれたと思っていたが、静寂はすぐに壊された。俺のお使いをしていてくれた部下の連絡が途絶えたから。


 『Ich werde enttäuscht.Sie kam nicht zurück.(残念だなぁ。帰ってこなかったか)』


 バティンの言う通り、何もしないで待っているわけがない。ちゃんと継承者の居場所を探っていたさ。世界各地に俺の使い魔を向かわせ、契約者を探させていたからな。他の使い魔はすべて俺の元に戻ってきたがステリアだけが戻ってこない。それだけでそいつがどこにいるのかが理解できた。


 『Japan ist weit weg oder.(日本か。また随分遠いな)』


 馬鹿な奴らだな。ステリアをこのまま逃がしたら恐らく俺に報告する。それを防ぐためにステリアを殺したんだろうけど、ステリアだけが戻ってこないのも十分な証拠になるってこと気付かなかったのか?


 『Aber ich wollte, daß ich es wegwarf, und der Hintern, um sogar eins des Haarheimes wenigstens zu nehmen.(でもステリアにはせめて髪の毛の一本でも持って帰ってほしかったんだけどなぁ)』

 『zagan.(ザガン様)』


 一人でぼやいた俺の背後に配下の悪魔が現れた。


 『Rostig Irgendein Unternehmen?(ラスティ何だ?)』

 『Als ich es wegwarf und den Hintern suchte, entdeckte ich den Teil der Leiche(ステリアを探していたら遺体の一部を発見しました)』

 『Was ist es?(何?)』


 ラスティが出してきたのはステリアの皮膚の一部。腕とかどこの部分か分からないくらい小さいものだった。


 『Ich wurde gut nicht der Sand.(よく砂にならなかったな)』


 悪魔は殺されればその魂は地獄に引きずり込まれ、結局は砂になる。

 でもステリアの皮膚の一部は残っていた。


 『Ich agglutinierte hier eine magische Macht und würde nicht nur hier der Sand.(ここに魔力を凝集させてここだけは朽ちないようにしたのでしょう)』


 そうまでしてステリアは何を伝えたかったんだ?まじまじと奴の残した残骸を手に取って確認すると、何かが付着している。ステリアのものかもしれないが、それならばこのような形で保存をするはずがない。となると……


 『Ist es Blut.(相手の血か)』


 ステリアの皮膚には血が付いていた。それはおそらく戦った奴のだ。なるほど、これは最高のプレゼントをしてくれた。流石俺の配下だ。死ぬ間際まで優秀なことだ。


 『(ステリアの奴。最後にとんだ置き土産をくれたな……ラスティ、血を綺麗に取り除け。残ったステリアの皮膚はちゃんと儀式して砂にしてやれ)』

 『Ja.(御意)』

 『Spenden Sie das Blut zu mir.(血は俺によこせよ)』

 『Ich verstehe es.(わかっております)』


 ラスティが去って行くのを確認して俺は後ろを振り向いた。途中から部屋に入ってきていたそいつは随分とやせ細ってやつれており、生気の感じられない目でこちらを見つめていた。


 『Wurden Sie bekannt?Sie bereiten die Sache vor zu brauchen.(聞こえただろ?要るものはお前が用意しろ)』


 そこにいたのは俺の契約者様。この研究所の一つのチームで主任を務めている男。そのお陰で俺はこの研究所で悠々自適の生活ってわけだ。勿論、他人に見つからないようにな。


 「Meine Familie wird es wiederbeleben, wenn ich es mache.(それをすれば俺の家族を生き返らせてくれるんだろうな)」


 男は俺に縋りついてくる。毎度のやり取りに辟易するが、突き飛ばさず奴の話に耳を傾ける。俺の腕を掴んで項垂れているそいつは、過去の不幸から未だに抜け出せていない。


 「Ich bin wie es Sogar so ein Fall muß passieren Eine Frau, Ein Sohn Obwohl ich nicht starb……(あんな事件さえ起こらなければ妻も息子も死なずにすんだのに……)」


 そう、こいつは妻と息子を犯罪者に殺された。強盗目的だそうだ。哀れなこの男ダニエルは途方にくれた。自分の父と母はとうの昔に他界しており親戚も居ない。本当の孤独になってしまったことから悲しみで泣き続け、その結果ある考えに行きついた。


 妻と息子のクローンを作ろうと。


 この研究機関は遺伝子、つまりクローンの研究もしている。今の技術では人間のクローンも作れるんだそうだ。その為にダニエルは妻と息子の爪や髪の毛を今でも大事に持っている。


 クローンを作るために。


 でも倫理的な問題、独断での研究の不可、また人間のクローンの寿命の短さからうまくいかない事に途方に暮れていた。そしてもし成功しても性格は死んだ妻と息子、そのままではないという事も尾を引いた。

 だからダニエルは俺と契約した。


 妻と息子を生き返らせてほしいと。


 『Es ist eine Gelegenheit.(しょうがねえな、ついでだ)Ihre Familie belebt es auch wieder.Materialien sind ideal.(お前の家族も生き返らせてやる。材料持って来い)』

 「Die Wahrheit!?(本当か!?)」


 ダニエルは嬉しそうに目を細め、部屋を出ていく。まあいいだろう、随分役に立ったしな。あいつのおかげでクローンという面白い技術を知ることができたし、学ぶこともできた。そろそろ俺の力を見せてもいいだろう。


 『Aber Alchemie und Chemie Es ist eine ähnliche Sache(しかし錬金術と化学、似てるもんだな)』


 俺の能力は錬金術。人間の材料とDNAが付いている物を持ってくれば、その人間を作り出すことができる。所謂ホムンクルスって奴だ。そしてその中に魂を入れ込む。魂を練成するのなんて簡単だ、感情を集めて錬金術で凝縮すれば魂の完成だから。ダニエルが妻の性格、特徴……それに関係する感情を集めれば魂は完成する。

 後は入れ物に入れてお終い。


 完全な記憶まではいかないが、ほぼ90%くらいの記憶を持った人間は作れる。


 それを俺はダニエルには告げていない。ダニエルは家族その物を取り戻せると思っているから。馬鹿だな……死んでしまった魂を取り戻すのは錬金術の範囲じゃないのに。でも絶対にばれない自信はある、それほど俺の錬金術は完璧だから。


 『Bequem Zuerst……Machen Sie gelauntes Gold von einem Verbrecher vom Blut, den Sie ihm wegwerfen, und erreichten den Hintern.(楽しみだねぇ……まずはステリアについてた血から犯人を錬金するか)』


 完成した人間はそのまま俺の手足として使えばいい。新たな人間には感情がまだない。だからこそ俺の下僕とし好きに使えるというものだ。フォカロル達、悪いけど賭けは俺の勝ちだな。あいつらは契約者が自分を探しに来るの待ってるようだけど、その前に俺がいただこっと。契約者を地獄に送ったらルシファー様が褒美をくれるみたいだしな。


 それに直接の命を受けてるのは俺たち四匹しかいないわけだし。


 ルシファー様は一番フォカロルに期待してるんだろうけど、そんなのどうでもいいや。俺は褒美が欲しいだけだし。その褒美で地獄で新しい施設を作り、そこでもっと錬金術を鍛えよう。


 『Ich bin lang im Kommen Ein Nachfolger.(待ち遠しいな継承者)』



 どんな顔か見てみたいな。

 俺が見る顔は恐怖に染まった泣き顔だけだろうけど。


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