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第96話 過去を捨てて

 真央side ―


 小さい頃から男勝りで肌は黒くて髪の毛は短くて、口調は男っぽくて可愛くなくて。気づけば空手一筋だった自分は周囲の友人からおいて行かれていて、この立ち位置から一歩踏み出すことができなくなっていた。空手は嫌いではない、全国制覇を目標にやってきたくらいだ。嫌いだったらできはしない。でもそんな自分だって恋はしたい。


 人並みに可愛くだってなりたい。


 

 96 過去を捨てて



 中学二年の春、佳代に彼氏ができた。佳代は幸せそうで、クラスに遊びに来る彼氏といつも楽しそうに話していた。それを見て純粋に可愛いと思うし、羨ましいと思っていた。

 自分には一生縁のないものだから。


 「賀来ーお前一番力持ちなんじゃけこれ持てよ」


 掃除時間に皆が机を教室の後ろに下げる中、教卓を後ろに下げるのはもっぱら自分の仕事になっていた。クラスメイトの男子にからかわれ、教卓を運べと言われるのは毎日のことだった。半分本気で半分冗談。思ったような反応をするのが面白いんだろう。だから無視すればいいのに、いつもカッとなって言い返してしまう。


 「てめーらたまにはやれよ!」

 「うっせーゴリラ!一番力あんのはおめーじゃろ!」


 その言葉に少しだけ傷ついたのは顔に出さない。傷ついているなんて知られたくない。だからそれを隠すためにわざと舌打ちをしてあたかも不機嫌な様に見せる。本当はなぜ自分ばかりがこんな風に言われるのか。そう思っているくせに。


 「こえー。チッだってよー」

 「やっぱ賀来は男じゃ。男より男じゃ」


 お前らがヒョロイだけだ。同じ掃除当番の女子でも男子を怒っている者もいれば、クスクス笑ってる者もいる。佳代がいたら反論してくれるがあいにく階段掃除でこの場所には居ない。

 手伝ってくれる子と一緒に仕方なく今日も俺は教卓を下げた。


 ***


 「真央は自分を女の子らしく見せんとダメじゃ!」

 「何だよ佳代」


 放課後、日直だった俺を待っていた佳代が大声でどなりつけてきた。掃除の一連の話を誰かから聞いたんだろう。呆れたように返事を返せば、佳代は本当に悔しそうに地団太を踏む。


 「だってあたしは悔しい!真央のこと知らん癖に好き勝手言うあいつ等が!真央はお洒落すれば絶対に可愛いんに!!てか、可愛いとかもう関係ない、あいつらブチ絞める。ほんまにボコボコにしたろうぜ!」


 その言葉に胸が苦しくなったのを感じた。可愛くなる?俺が?

 確認するために出てきた言葉は自分を卑下するようなニュアンスを含んでしまっていた。


 「本当に可愛くなると思うんか?」

 「もちろんじゃ!あたしの化粧道具使う?ってかあたしが今メイクしてあげよっか!!?」

 「持っとんの?」

 「うん、マスカラとアイラインと眉マスカラは持っとるよ!じゃけ真央ここに座りんさい!」


 佳代はやる気満々で化粧ポーチを取り出した。行為は有難いけど、とてもそんな勇気はない。佳代にまで可愛くなれないことがバレてしまったら、もう助けてもらえないような恐怖に陥った。


 「止めとく。日誌も書き終わったし……早く帰ろうぜ」


 でもその言葉が嬉しかったのは嘘じゃないんだ。


 ***


 家に帰って黙って買っていた化粧道具で必死にメイクをしてみる。

 慣れないマスカラ、アイライン、全く上手くいかない。化粧ってこんなに難しいんだ。


 「真央!」


 夢中になっていたせいで呼ばれていたことに気づかず、突然入ってきた親父に慌ててマスカラとアイラインを隠した。


 「呼んでも気づかんで何しよったんじゃ!」


 ずかずか入ってくる親父に怒鳴って出て行けと言ったけど、振り返ることはできない。だって化粧がばれてしまう、そんなの恥ずかしすぎる。上手くできていないし新しいことを始めたことがバレるのは恥ずかしいものだ。

 顔を見せたくなくて俯いてた俺の顔を不審に思ったのか親父が覗き込んでくる。顔を隠すも腕をとられて顔から離されて親父と目があった。

 見られてしまった……恥ずかしさで顔が赤くなる。でも親父の言葉は俺が予想してたものと違った。


「お前いじめられとるんか?」


 親父の言葉に目が点になる。てっきり下手くそとか十年早いとか色恋沙汰に浮かれるなとか、そんな言葉が返ってくると思ってたのに。


 「そんな顔に落書きされて……誰にやられたんじゃ!言わんか!!」


 落書き……一生懸命やった成果が落書き……その言葉に呆然としていたが、悲しくて涙が出そうになる。


 「何でもねえ!出てけ!!」


 俺は親父を追い出してその場に座り込んだ。

 目からは涙が溢れ、顔がますますひどい事になっていく。


 「何しても変わらんのじゃ……」

 

 佳代はお世辞で言ったんだ。じゃなきゃあんなこと言えるはずがない。それなのに真に受けて浮かれて……馬鹿すぎる。

 俺には一生無理だ。


 ***


 それから化粧をしなくなった俺はいつも通り過ごしていた。男子と口げんかして、それで皆にまた男呼ばわりされて、正直学校は嫌いだった。

 でも体育の時間は楽しみだった。だって隣のクラスと合同だったから、隣のクラスには翔がいる。翔は王子様だから俺なんかと釣り合わないってのはわかってる。だけどやっぱり諦められないで今の状況だ。


 「ねえ翔ってどんな子がタイプ?」


 げ、西野……

 西野は男子から人気のある奴だ。もっぱら男子に媚びてるから女子の評判は悪いが、あいつ翔狙ってんのか?わかりやすく媚びた声色に翔は苦笑いをしている。おい離れろよマジで。でも翔の好きなタイプが気になって聞き耳を立ててしまう。スポーツができる子、とか答えてくれないかな……なんて淡い期待を抱いてしまっていた。


 「タイプ?」

 「うん」

 「そんなん可愛い子に決まっとるやろ」


 その言葉に頭が真っ白になった。


 やっぱり女の子らしくないとダメなんだ。佳代みたいにふわふわした子じゃないと俺はダメなんだ。空手のおかげでついた筋肉がこれほど憎らしく感じるなんて……

 その日俺は決心した。


 ***


 「空手を辞める!?」


 親父の大声に思わず顔をそむけた。親父からしたら自分の夢を潰されるとでも思っているのかもしれないが、それ以前に俺の人生をこいつに潰されているんだ。

 空手は嫌いじゃない、でも俺だって一人の女になって可愛らしくなりたい。その為にはこの筋肉もこの生活も必要ないんだ。


 「何でじゃ?大会は一ヶ月後じゃろうが!何ふざけたことを!」

 「ふざけたことは言っとらん!俺は辞めたいんじゃ!!」

 「真央!」


 親父が俺の胸倉を掴む。


 「情けねえ!根性出さんか!!練習嫌でやめるんか!?」


 そんなんじゃない、そんなんじゃないけど……このままいったら俺は一生男のままだ。

 俺は女だ!佳代みたいになりたい!あんな風に可愛くなりたい!!付き合いたいとか大それたことは思ってないけど、せめて翔から“あんな女の子もいたな”って記憶に残してもらいたい。


 「俺は女じゃ!男じゃねえ!!」

 「だから何か!?」

 「もう親父の理想に付き合わされるのはごめんじゃ!俺は女らしく生きたいんじゃ!」


 親父が息を飲んだのがわかる。でもそれに気づかない程、俺はパニックになっていた。

 格好悪く涙を流して大声を上げる。


 「こんな生活嫌じゃ!!親父のせいで俺の人生台無しじゃ!!親父なんていなくなればいいのに!!」


 親父の力が弱まったのが分かった瞬間、俺は親父の腕を振りほどいて外に走って行った。

 親父の声も聞こえない。追いかけても来ない理由はもうわかってた。


 ***


 「う、うぅ~~ううぅ~~……」


 誰も居ない公園で一人うずくまって涙を流す。

 行く場所なんてない。あんなこと言った手前もう家には帰れない。どんな顔をして会えばいいか分からないからだ。携帯には母親からの着信がいくつも入っており、早く帰って来いと連絡が来ている。

 

 「何で泣いてるの?」


 声が聞こえて顔をあげたら、子どもが俺の顔を覗き込んでいた。何で子供がこんな時間に外にいるんだとか、早く家に帰れとか言いたい事はあったのに言葉が出ない。子供は零れ落ちる涙を服の袖で拭ってくれる。


 「あー目と鼻真っ赤だよ。大丈夫?悲しいことあったの?」


 何も答えない俺を見て、子供は笑う。見ず知らずの相手なのに、向こうはフレンドリーで初対面だと言うことを忘れそうなくらいだった。


 「ねえ、俺が助けてあげよっか?俺が嫌なこと全部失くしてあげる。その代わり俺と契約しよう?そろそろ誰か見つけないと俺もまずいんだよね。あ、大丈夫だよ。他に契約したい人出来たらそっち行くし、とりあえずの止まり木になってくれれば。君が泣いてるのって多分人間関係だよね?人間の悩みって半分以上は対人関係らしいし。任せてよ、俺の得意分野だ」


 それがグイソンとの出会いだった。状況の飲み込めない俺はすぐには頷くことができなくて、グイソンが何十分も自分のことを説明した。最初は何訳の分からないことを言っているんだと思った。自分のことを悪魔だと言うグイソンに馬鹿なことを言ってないで家に帰れとも言った。しかし、グイソンは悪魔の証明をすることが君の望んだ解決を得ることができると言った。


 その時に理解できた。グイソンの力は和解、そしてその力が強ければ確執の原因を綺麗さっぱり忘れて許してくれると言う事。それならまた戻れる?どのみち今考えれば俺は空手以外にどうしようもないんだ。

 何か秀でてるものがそれ以外にない、なくなったら俺は駄目になってしまう。でもこいつがいれば、また元に戻れる。


 そう考えたらグイソンと契約する答えはすぐに決まった。悪戯ならばぶん殴ればいい、そんな軽い気持ちだった。


 ***


 「真央君、今日の小テスト勉強した?」


 グイソンと契約してから俺の生活は一機によくなった。親父との喧嘩もなくなったし、翔とも仲良くなれた。継承者が昨日来てからもグイソンは慌てることがなかった。それを見て俺も少し安心してる。

 グイソンがいなきゃ俺は駄目だから。


 「え!?いや全然……」

 「俺もなんよ。やばいよなあ」


 男の容姿をこれだけ喜んだことはない。だって目の前に翔がいる、そんなこと今まで考えられなかった。

 同じクラスの女子がヒソヒソと怪訝そうに俺を見てるけど、そんなの気にしない。だって翔から話しかけてくれるんだから。西野が悔しそうにしており、翔に話しかけてくるが、翔は西野に一言答えただけでこっちに振り返る。


 「翔ーお前賀来と仲いいよなー」


 翔と仲がいい後藤が翔につるんできた。


 「マジ賀来といたらお前のが女子に見えるぜ」

 

 そんなこと……え?まさか……俺が?いや、待て、動揺するな。いつものことじゃないか。こいつの嫌がらせなんて。だから相手になんかするな。

 後藤が放った言葉を聞いて、翔が声を荒げた。


 「ごっちゃんには関係ねーやろ。わざわざ嫌味言いに来たんか。暇人かよ」

 「何だよ。それより知ってっか?こいつ前喧嘩売ってきた先輩達を逆に返り討ちにしたり」


 後藤は根も葉もない噂を翔に言いふらしてる。やめろ、翔の前でそんな話するな。


 「二年の頃なんか教卓下げるのはこいつの仕事じゃ。一番力あるから……」


 思わず立ち上がった俺を見て、後藤が構えの体勢をとる。


 「何だよ賀来!殴るのは勘弁!」

 「真央君……」


 恥ずかしくてこの場所にいられなくて逃げるように教室を出た。

 こんな所に居たくない!俺が出て行った教室は静まり返っていた。


 「後藤」

 「あ、なんだよ佳代」

 「あんたってサイッテー。自分が非力なくせに真央が力持ち?ふざけんな!あんたが弱っちいだけやん!!教卓ぐらい女子皆持てるわ!」

 「ごっちゃん、俺からも一言言っとくわ。お前、真央君なら傷つかんと思っとるんじゃろ。お前訴えられたら負けるで。いい加減、かまってちゃん卒業しような。赤ちゃんかよ」


 行く場所のない俺は結局学校を抜け出していつもの公園に向かった。


 「最悪じゃ……」


 こんな時間に家にも帰れない。なんで我慢できなかったんだろう、いつものことじゃないか。情けなくて学校まで飛び出して戻ることもできなくなってしまった。担任から連絡が来て、今日俺は絶対に怒られるんだろう。

 駄目だグイソン。やっぱ俺、変われないよ。


 ***


 拓也side ―


 「そんなことが……」


 次の日、土曜だった俺は午前授業だった為、澪と一緒に帰っていた。

 光太郎は兄ちゃんと買い物に、中谷は部活だからという理由でパスだったから。そんな中、澪が付き合ってくれると言う返事が来て、もはや中谷と光太郎がいないことを喜んだ自分がいた。だって澪と二人の方が嬉しいんだもん!

 グイソンも危険な悪魔じゃないって言ってたし、澪が一緒でも大丈夫かって思ってついてくると言った澪と一緒にマンションに向かった。


 「きゃー澪だぁ!!澪澪!」

 「ヴアルちゃん久し振り」


 飛びついたヴアルを澪は抱きとめる。あんまり勢いつけるなよ。澪はお前と違って華奢なんだからな。

 そんな澪を眺めて、俺はソファに座ってるストラスに近づいた。


 『拓也、行くのですか?』

 「そのつもり」

 『そうですか。では行きましょうか』


 今日のメンバーはいつもと違う。パイモンとセーレとストラスが一緒なのは同じだけど、そこに澪とヴアルがいる。ついて行きたがるヴォラクをシトリーが抑え込んで、俺達は真央の道場の前まで来た。


 「今の時間ならもう学校終わってるよな」


 もう十六時五十分だし、相変わらず道場からはかけ声や物を叩く音が聞こえる。多分教室をしているんだろう。勿論この中に入る勇気はない。ただ、今日は事情が違った。


 「けーいしょーしゃ」


 俺達が悩んでいると道場から一人の子供が出てきた。

 真央の写真の隣に写ってた子供。こいつがグイソン……!?なんでいきなり出てくるんだ!突然の出来事にパイモン達も構える。


 「やっぱり。真央が言ってたけど間違いじゃなかった。指輪してるのとストラスはいい目印だな」


 グイソンはにこにこしながら俺たちに近寄ってくる。その姿に敵意は感じられない。友好的な態度を取られ、緊張の糸がほどけた。


 「何なんだよ……」

 「俺を地獄に返しに来たんでしょ。別にいいよ。でもその代りに俺のお願い聞いてくれない?」


 別にいいよって言った?そんな簡単に?でもこいつのお願いってなんだ?やばいことを言われるんじゃなかろうか。警戒して一歩下がった俺にグイソンは危害は与えないよ、とでも言うように両手をヒラヒラ振った。


 「大丈夫、危険なことじゃないから。俺の契約者の真央を変えてほしいんだ」


 真央ちゃんを、変える?いったい何に?

 混乱してる俺を目の前にグイソンはポツリポツリと語りだす。


 「真央はねー自分に自信がないんだ。そのせいで何事にも自信が持てないでいる。家族とも確執が出来て、俺の力がなかったらバラバラになってた。可哀相でしょ?俺は真央を助けたいんだ。真央を変えてくれたら大人しく地獄に帰る。いいでしょ?」

 「なんであんたはそこまでして……」

 「まあ最初はチョロそうだったから契約したんだけどさ、段々愛着湧いてきてね。俺がいなくなっても自分の力で幸せになってほしいって思ったんだよ。だから真央が翔ともっと正面から話せたらいいのになって!」


 グイソンは真央ちゃんのことを本当に大切に思っていたのか。だから、自分がいなくなって、自分の能力の恩恵がなくなっても真央ちゃんが自分でやっていけるようにしてほしいってことか?でも翔って誰なんだ?


 「翔って?」

 「真央が好きな男の子。今俺の力を使って真央と仲良くしてんの。だから俺の力なしでも真央が正面から話しかけられるようにね。そのくらいの協力はしてくれていいよなパイモン」

 「なぜ俺に聞く」

 「だって、俺達七十二柱の統括者的な部分あるじゃん。実力的なことは置いといてバティンとお前中心で回ってると俺は思ってるよ。だからお前が俺を地獄に戻すって言うのなら、それはルシファー様の意思なんだろうね。だって、お前は俺達を裏切らないもんね」


 グイソンの警告や探りを含んだ言い回しにパイモンは返事をしなかった。七十二柱はパイモンともう一人「バティン」って悪魔を中心にしている?確かバティンって奴はパイモンの相棒?みたいなやつでルシファーの側近てストラスが言ってたよな。

 パイモンがまだバティンと手を組んでいるなんて信じたくない。それを疑ったらキリがないから。でも、サブナックの時に俺と中谷を本気で怒ってくれた、あの時の気持ちが嘘だと思いたくないんだ。


 だから今は何も考えずにグイソンを地獄に戻すことだけを考えろ。その他のことはストラス達が考えてくれるだろうから。

 つまりグイソンが言いたいのは、俺達がその子を元気づけろと……難しくないか?だって昨日会ったばっかの俺たちにそんなことできるわけないじゃん。でもグイソンは言いたい事だけを言ってどこかに走って行ってしまった。

 悪い奴じゃないんだよな。だって契約者の為に動いてるから、真央ちゃんを変えてくれたら地獄に帰るって言ってる。できる限りやってみるしかないよな……


 「とりあえず真央を探そうか」

 「その心配はないみたいよ」


 ヴアルが指差した方向には真央ちゃんが立っていた。げんなりした表情で見つめており、敵意むき出しだ。


 「真央ちゃん」

 「また来た。グイソンはお前らには渡さねー。絶対に」

 「真央ちゃん話を……」

 「帰れ!!」


 いきなり掴みかかられて恐怖で足がすくむ。だってそうだろ?去年空手で全国制覇してんだぜ!絶対に俺より強いだろ!

 パイモンが真央ちゃんから俺を引き離し、腕をひねり上げた。真央ちゃんが小さく悲鳴をあげて、痛みに耐えているが、パイモンは容赦する気配はない。パイモンって真央ちゃんより強いの!?その細身の腕でどんだけの力だしてんの!?

 てか真央ちゃんに被害出したら駄目だからな!?


 「主に何をする。その腕、使えなくしてもいいんだぞ」

 「くそっ!離せ!グイソンを俺から奪おうなんて絶対にさせねえ!」

 「パ、パイモン駄目駄目!暴力は駄目だ!」

 「貴方は振るわれたのに……あまりこの女を調子に乗せない方がいいですよ」


 俺がそう頼めば、パイモンは舌打ちをして突き放すように真央ちゃんを開放した。よろけながらも睨みつけてくる真央ちゃんはグイソンに随分依存しているようだ。

 家族同然に生活してたんだろうか。セーレと沙織みたいに……?だったら、そりゃ引き離されるのは嫌だろうけど。


 「貴方は、どうしてあの子と契約したの?」


 澪の問いかけに真央ちゃんの動きが止まる。


 「あの子の力が……そんなに必要なの?それとも本当にあの子が大事なの?」


 真央ちゃんは黙って答えない。

 そんな真央ちゃんを見て、澪の目が悲しそうに揺れる。


 「どうして?」

 「だって……」


 何か理由があるのか?あいつと契約しなきゃいけなくなった理由が……真央ちゃんは澪に話しかけられ急にしおらしくなってモジモジとしている。可愛いお姉さんに声をかけられて恥ずかしがっているように見えるけど、俺と態度違いすぎね?俺なんか話しかける前に掴みかかられたんだけど。


 「お、俺は見た目こんなだし……」

 「うん」

 「空手ばっかやってるし、男みてーだし、だから女らしくなりたかったんだ。その為には空手辞めるべきだって思って……そしたら親父と溝ができて、でも何やっても可愛くなれなくて……俺、俺……」


 澪の優しい問いかけと、自分のことを話している間に感極まったのか真央ちゃんがグスグス泣きだした。こういう所はまだ中学生の女の子なんだろう。


 「結局頑張っても駄目で、親父との溝のせいでどうしていいかわかんなくて、グイソンの力を……」

 「グイソンの?」


 言葉が途切れ途切れでいまいち理解できない。しゃくりあげている真央ちゃんに無理やり話をさせるのも酷でストラスに問いかける。


 「どういうことストラス」

 『グイソンの能力は和解。契約者と敵対者の人間関係を修復します。おそらく父親との関係を彼の力を借りて修復したのでしょう』


 そっか……それで契約したのか。親子喧嘩で悪魔の力なんて大げさな……って思う気持ちと、なんだか直哉と真央ちゃんが重なって見えて仕方ないのかなとも思ってしまう。家族と喧嘩したら、どうしていいか分からなくなるもんな。俺もまだ世間一般では子供だけど、小学生や中学生だと仲直りの仕方が分からなくなるのも理解できる。

 未だに泣きじゃくる真央ちゃんの肩に澪は手を置いた。


 「真央ちゃん」

 「え?」

 「変わろう」

 「……変わる?」


 澪の突然の言葉に俺達も目を丸くする。

 どういうこと?澪はなに決意したわけ?


 「セーレさん、一回マンションに帰っていいですか?」

 「え!?なんで?」

 「真央ちゃんを変えるんです。化粧品は持ってるけど、ここじゃできないから。真央ちゃん、あたしが絶対に可愛くしてあげる。だから自信もって!」


 なんだかよくわかんないけど、取り合えず一度マンションに戻った方がよさそうだ。澪に押されてセーレが帰る準備を進めており、ストラスと一緒に呆気に取られているとパイモンが振り返った。


 「主はグイソンの傍に居てくれませんか?」

 「へ?」


 パイモン今何て?俺に広島に残れと?なんで俺だけおいてくの?


 「こちらも澪の用が終わり次第戻ってきます。グイソンを逃がさないように監視していてください。ストラス、頼むぞ」

 『わかりました』


 いやいやいや、何勝手に決めてんの。そう言いたいのに、なぜかパイモンが言うと反抗できない空気がある。そのせいで俺とストラスだけが広島に残されてしまった。

 全員がいなくなった空を見上げて呟く。


 「……あーどうする?」

 『どうするも何もグイソンを探しましょう。彼は向こうに行きましたよ』

 「はいはい」


 ***


 「あ、いた」


 俺とストラスはあの後しばらく探していたらグイソンの姿を見つけた。グイソンは公園の入口の階段に座り込んでいた。その後ろ姿は少しさびしい。


 「見つけたぜ」


 頭上から声をかけると、グイソンは勢いよく振り返った。少し泣いたんだろうか、かすかに目が赤いグイソンの隣に腰かけた。グイソンは恥ずかしい所を見られたなと恥ずかしそうに笑う。


 「なんで真央ちゃんと契約したんだ?」


 グイソンは目をこすりながら、理由を打ち明けていく。


 「だから言ったっしょ。興味本位。俺も契約者探しが上手くいかなくてね……ほら、この時代でいきなり悪魔と一般人が契約してくれるか?って話だろ?俺の力振りまいて契約者探しても良かったんだけどさ、ギリギリまでは穏便に契約しようって思ってたんだよ。真央に関しては可哀相だったからかな……俺さ、日本で言う岡山かな?そこに召喚されたんだよ。そんでのんびり日本を観光しながら気づいたら広島に来ててさ、真央はたまたま見つけたんだ。いつも泣いてたんだよ。自分の容姿に酷くコンプレックス感じてるから。女の子っぽくなりたいって思ってるのに……それを何も知らない奴に馬鹿にされて悲しくて、でも誰にも言えなくていつも泣いてた。俺の能力の関係上、他人の苦しみの感情ってすげえ響くんだよね」


 思い出しながら、懐かしみながらも語るグイソンの目つきは優しい。悪い奴ではないんだよな。危険な悪魔ではないって言うのは本当のようだ。問答無用で地獄に戻すことに少しだけ罪悪感が湧いてしまう。


 「俺は真央の事が好きだよ。世渡り下手だけどひたむきで可愛い子だよ。だから真央に泣いてほしくない。翔と幸せになってほしいな」


 そう語るグイソンの表情は優しい。グイソンは最後の審判についてどう思っているんだろうか。手伝ってくれる気配はなさそうだけど、邪魔をする気もなさそうだ。


 「このままだと、もう会えなくなっちまうけど……いいのか?審判が起これば真央ちゃんだってどうなるか」

 「でも審判の時には会える。俺が守ってあげればいいだけだ」


 そういう問題じゃないだろ。守ってあげればいいって……すべてを失った真央ちゃんがその後どう生きるかとか、そういったことは考えないのかよ。


 「そう言う問題じゃないだろ。真央ちゃんが悲しむのが嫌なら、審判を防ごうと思わないのか?」

 「俺にどうこうできるレベルじゃないもの。だから俺は君の手助けはできないよ、その代わり邪魔もしない。君の話は聞いているよ。ソロモン王の再来である召喚者様が俺たち悪魔を地獄に戻して回ってるって」

 「いや、だから召喚してるのは俺じゃなくて……」


 まーだそんなこと言われてんのかよ。俺は何回訂正すりゃいいんだ。しかしグイソンはそんな訂正を気にかけている節はない。

 我関せずってことかよ。邪魔されるよりはましだけど、釈然としない。


 「どいつもこいつも審判賛成かよ。お前も諦めてるなら同じだな」

 「俺は別に審判はどうだっていいと思うけど、堕天使はそうは捉えてないんじゃないかな?天使に恨みを持ってるから」


 グイソンの言葉に首をかしげた。

 堕天使?名前はゲームとかで聞いたことあるけど、正確な意味はわからない。


 「堕天使って……急に新しいワード出てきたけど」

 「悪魔に関する知識が無さすぎる。召喚者じゃないってのは本当ぽいな。天使が堕ちて悪魔に変わるんだよ。その歴史は何百万年もさかのぼる」


 グイソンは丁寧に俺の質問に答えてくれる。


 「悪魔の始まりは生物の欲望や罪。それらに心が染まった奴は死んでも天界に行けずに地上よりも遥か下層……地獄に落とされた。でもそこに集まっていたのは低級の悪魔ばかり。秩序も何もなく、己の欲望を満たすための争いばかり起こっていた。そこに堕天した天使達が現れた。彼らは昔天使だったけど神と天使すべてに戦いを挑んだ。結果は今の通り、負けた彼らは地獄に落とされ悪魔になった」


 なんだか少しよくわからない。大体何で戦いを起こす必要があるんだ。そこまでして手に入れたいものがあるんだろうか。現に負けて悪魔に成り下がってしまったのに。


 「なんで戦いなんて……」

 「当時の天使長はルシファー様」


 ルシファーって確か魔王の……どういう事なんだ!?

 俺に会いたいって言ってるやつだよな!?


 「ルシファー様は実力も最も高く、気高く美しかった。神以上に神のような存在だった。それこそ全てに崇められ最高位の位を貰い、何不自由なく生きてきた。でもルシファー様は自分が神よりも立場が上であると思い、神になるべく自分を慕う天使達を率いて戦争を起こした。その被害は地上にも及んだ。結果は負け、ルシファー様は堕天して悪魔になった。でもルシファー様達が現れたことにより秩序ができた」


 話が難しくなってきて相槌すら打てずに集中して聞くしかない。少しでも理解しないと。

 グイソンはそんな俺に笑みを浮かべて、続きを話していく。


 「ルシファー様はそこで魔王となって今に至るわけ。秩序もできれば地獄も変わる。無能者だけじゃなく環境に適応し、力をつける悪魔もいる。それが俺やストラス達なんだよね」

 『拓也、彼の言う事は全て本当です。あのお方が来たお陰で地獄に秩序ができた』


 ストラスを見てグイソンは少しだけおかしそうに笑う。


 「でもさ、パイモンが裏切ったのは予想外って皆言ってたよ。最初は情報が行き届いてなかったからしょうがなかったけど、シャックスが戻ってくるように言ったら返り討ちにしたんだって?」

 『先ほどのパイモンへの問いかけは圧力をかけていましたものね。彼がルシファー様の命ではなく単独で行動していることを知っている風だった』

 「まあね」


 「それは……」そう言いかけた俺の言葉を遮ってグイソンは言葉を紡ぐ。グイソンは先ほどまでとは打って変わり険しい表情をしている。


 「でもパイモンがルシファー様を本当に裏切るとは考えづらい。多分密命を受けているのは間違いないと思うんだよ。お前、心から信頼してると裏切られるよ。あいつの中心はいつだってルシファー様だ。あいつは絶対にバティンとマルコシアスとは結託してる。パイモンの夢って知ってる?」

 「夢?」

 「……堕天使だからな。パイモンの夢はルシファー様が天界を手に入れることと、親友を天使に戻すこと」


 親友?パイモンの親友って誰なんだ?口ぶりからしてバティンてやつではないらしい。じゃあ、マルコシアスって奴?


 「あいつはルシファー様のために戦い、マルコシアスの夢を叶えるために奔走するだろうな。だから気を付けとけよ、利用する分にはいいけど、全てを預けようとはしない方がいい」


 皆いう。パイモンは俺を裏切るって……あそこまで俺を守ってくれて助けて呉れるパイモンが本当に裏切るんだろうか。だとしたら、もうどうしようもないのかもしれないな。疑う気持ちが全くないって言ったら嘘になる。こういった瞬間にまた心に嫌なもやがかかるけど、でも決めたんだ。


 「パイモンを信じるって決めた。あいつは俺を裏切ったりしない」

 『拓也……』


 ストラスは未だに信用してはないんだよな。複雑そうな顔してるもん。でも今更パイモンを問い詰めたところでどうすればいいんだ?

 バティンって奴と結託してるなんてことは分かってるよ。あれだけ名前が出てくるんだ、随分仲だってよかったんだろうさ。でも、苦しそうに胸の内を語ってくれたパイモンの言葉を嘘だと思いたくない。

 ハッキリとパイモンを信じていると口にした俺にグイソンは怪訝そうな表情を浮かべている。


 「お気楽なんだね。君との絆なんてパイモンにとっては大したことないはずだ。バティンやマルコシアスとは何万年もの付き合いだ。数か月の君を選ぶなんて思えないけど。特にマルコシアスはパイモンの親友だ、彼を裏切ることだけはしないと思うけどな」


 うるせえ、月日じゃねえんだよ。大体不快なこと言いやがって誰だよマルコシアスって。バティンは知ってるけど……話が飛びすぎだろ。

 親友を裏切らないとか、そんなことは俺には分からない。そこにはパイモンの事情だってあるんだろう。地獄にだってそういった交友関係があるのかもしれないけど、今この時はパイモンは俺に忠誠を誓ってるんだ。俺しか使役できない、俺だけの悪魔なんだ。他の奴の命令や願いなんて優先させてやらない。


 「お前がなんて言おうと、パイモンは俺の契約悪魔だ。あいつは言ったんだ、全ての忠誠は俺の物だって。マルコシアスって奴が何だろうと、それは絶対に変わらない」


 グイソンはそれ以上何も言わなかった。

 澪からの連絡はまだない、もう少し待つ必要がありそうだ。それ以降、俺達の間に会話はなかった。

 そんな状態が一時間ほど続き、澪からの着信が来て電話に出るためにグイソンから少し離れた場所に移動する。その間にストラスとグイソンが何かを話していたけど、まあ良くないことなんだろう。


 「お前も気づいてると思うが、パイモンはマルコシアスとバティンと連絡を取っているのは間違いないと思う。そのうち何かのコンタクトをとってくる可能性があるから気を付けといたほうがいいかもね」

 『貴方はバティンやマルコシアスの行方を知っているのですか?』

 「いや、あんまり。でもバティンは何か大きな計画を立てているって話は聞いたことがある。詳しいことは知らないが、そのための契約者選びに余念がないってこともな」

 『……そうですか』

 「気をつけろよストラス、継承者のあの態度……随分パイモンを信頼してるみたいだけど、俺はどうしてもパイモンを信じることができない」



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