第92話 唐突の訪問者
「あぁ~疲れた」
やべえ、もうクタクタだ。俺のギブアップ宣言を受けて、パイモンが剣をしまう。
パイモンから鍛える宣言を受けてから、俺は毎日のようにパイモンに目いっぱいしごかれているのだ。家族もほぼ毎日マンションに泊まっている俺を心配している。
そろそろ家に帰りたいよー……
『お疲れ様です。少し休憩にしましょうか』
92 唐突の訪問者
「拓也、お疲れ様」
空間を出てソファに勢いよく座った俺に澪はお茶を出してくれ、それを一気に飲み干してやっと少し息抜きをする事が出来た。全身筋肉痛だし、しんどいし、こんな状態じゃ悪魔が襲撃してきても筋肉痛で動けないと思うんだけど。
「ぷはーヴアルは?」
「ヴォラク君が励ましてる」
リビング内にはヴアルの姿が見当たらない。この間のことをまだ引きずっているようで、未だに落ち込んでいるようだ。今は隣の部屋にいるらしく澪はドアを心配そうに眺め、うつむいた。
「そっか」と呟いた俺に澪はこっちに振り返る。
「本当にマヤなのかな」
澪が信じたくないのも分かる。ヴアルだけじゃない、澪もマヤの事を本当に憧れてたから。嬉しそうに雑誌を見ていたから。でもシトリーが嘘をつくはずもない、認めたくない現実なんだろうな。
「もしそうだとしたら……あたし軽蔑する。最低な人と思う。人を殺してまで守るものじゃない」
「深く考えんなよ」
相手の気持ちなんて俺達にはわからないんだ。それは痛いほど身に染みて理解してきたことだ。今までの契約者だって契約理由に納得できない人もいたし、理由なく契約している人もいた。同情する人もいた……だから、マヤの本心を本人から聞かない限り憶測で俺たちが軽蔑するのは間違っているのかもしれない。
マヤが最低なことをしていることには変わりないけど……真実は本人しか知らないんだ。
握り拳を作って、肩を震わす澪に最低限の励ましを送る。こんな時、もっと頭がよかったら気の利いた事の一つでも言えたのだろうか。そう考えると、頭が回らず簡単な言葉しか吐き出せない自分がもどかしい。でも澪は少し無理をして笑った顔を作った。
「そうするね。頭がパンクしそう」
そうだ、深く考えたら駄目なんだ。そんなことをしたら先に進めなくなってしまう。相手のことを考えると足が動かなくなり手が止まる。だから悪魔と契約をして殺人をした - この一部分だけを切り取って相手にしないと進めないような気がする。
だから考えたら駄目なんだ。
『拓也、調子はどうですか?』
澪との話を黙って聞いていたストラスが、間に割り込むように俺に話しかけてきた。はっきりいってストラスの質問に期待される答えは返せそうにない。
「え、えへへ……」
笑って誤魔化した俺にストラスは顔をしかめ、パイモンに視線を送る。状況聞かなくていいじゃん、この反応で分かってくれよ。
そしてパイモンが簡潔に今の状態を述べた。
『全く駄目だ。このままでは五秒以内にするのだけでも休まずにやり続けてもいつの日になるか』
そう、パイモンの言うとおり。まったく俺の詠唱時間は短くなってない。寧ろイメージをし続けたのに疲れて、逆に時間が長くなってる。マンション缶詰三日目で全く進歩はない。大体そんな急にうまくなるわけないだろ。
もう春休みも終わってしまうのに、なんで俺は最後まで悪魔に振り回されなくちゃいけないんだ。
『魔法を使うのには思った以上に集中力と想像力を使うみたいだ。三回連続で使ったら主の詠唱時間は途端に長くなった。今のところは三回が限度だろう』
自分ではピンとこなかったけど情けない、数字に直すと三回しか駄目なのか。何も答えない俺を目の前でパイモンは淡々と事務的に現状を並べていく。でもそれは逆に俺がいかに足手まといかを分からせる結果になってしまい、ますます委縮してしまう。
『剣技も実践レベルではないし、今のままでは戦える状態ではないな』
パイモンの言葉がぐさぐさ突き刺さる。
思わず苦笑いしか出ない俺にストラスは更に失礼な一言をかました。
『そうですねえ。拓也はただでさえ運動音痴なのに剣技と魔法の両立は中々難しいかもしれませんね』
『しかしやってもらわなければ困る。主の魔法が頼りになる場面はこれからも来る。それに……魔法が使えなければ剣技だけで悪魔を倒すのは不可能だろう』
……なんだかボロクソに言われてんな。なんで本人の前でそんなこと言えるの?俺が傷つかないと思ってるの?俺めっちゃ傷ついてるんだけど。でもすべて本当のことだから悔しい。
それにパイモンの言うことは最もだ、魔法を上手く使えないで悪魔を倒せる訳がない。案の定今までコテンパンにやられてるし、はっきり言って俺が入ったところで状況が好転した事は一度もない。むしろ状況を悪化させた記憶しかない。
もっと運動神経よかったらな、もっと才能があればまだマシだったかも。
『とりあえず奴が行動を起こすまではできる限り主を鍛えるしかないな』
『ではついでに中谷と光太郎も鍛えては?彼らも戦いには巻き込まれるわけですし』
ぼーっと会話を聞いてたけど、光太郎の名前が出てきて、俺は慌てて会話に首を突っ込んだ。
「あ、光太郎は駄目だぞ」
『なぜです』
「あいつ昨日から家族でオーストラリアに旅行に行ってっから」
ストラスの眉がピクリと揺れる。
でもそんな反応されてもな。こればっかりはしょうがない、だって結構前から決まってた事だ。今更キャンセルもできないだろう。てかシトリーには伝えてたはずなんだけどな。連絡してるって言ってたし。
『なんと呑気な……』
いやでもそれ二月くらいから決まってたし……呑気っていうのか?どう考えても一人だけ残るとかできないだろう。俺が光太郎の親なら行かないって言っても無理やり連れて行くわ。高校生一人を一週間近くも日本に留守番させるわけがない。
話しこんでいる俺にパイモンは声色を変えずに一言。
『とりあえず主、休憩は十五分です。あと五分後にはまた始めます』
その言葉は俺にとって死刑宣告のように思えた。
***
「まったく音沙汰ないな」
パイモンからの帰宅許可をもらい、三日ぶりに実家に帰宅して、久しぶりの自分の布団で爆睡した次の日の朝、母さんに作ってもらった昼食を食いながらぽつりとつぶやいた。マヤがシトリーを探しているかもって話だったけど、シトリーは偽名使ってたし、マンションの場所は教えてなかったぽいし、今は男の姿で行動してるから、このまま見つからないんじゃないかなとすら思えてきた。
その横で今日も昼前まで爆睡して昼食を食ってる俺の横でサラダをつついていたストラスもその言葉に頷く。
『そうですね。事を起こされないだけマシなのでしょうか』
そうなのかなー。返事をしてテレビをつける。いつもならアニメアニメとうるさい直哉がいるんだけど、今日は大輝君と遊びに行くと言ってゲーム機を手に公園にすでに向かっていて不在。おかげでゆっくりワイドショーが見れると言うものだ。
「拓也、あんた今日もマンションに行くの?」
洗濯かごを持って部屋に入ってきた母さんに「うん」と言って頷く。
それを聞いて母さんは心配そうな顔で一言だけ釘を刺した。
「また行くの?今日は帰ってこれそう?」
「パイモン大先生次第」
「無理しないでよ。帰してもらえないのならお母さんが文句つけに行くから言いなさい」
「わかった」
母さんとパイモンの喧嘩とか修羅場確定すぎて見てられないよ。パイモン絶対母さんにも容赦せずに帰れババアとか言いそう。いや、そんな汚い言葉遣いはあいつしないか。でも絶対に母さんの説得には応じなさそう。流石に自分の母親をババアとか言われたら切れるわ。
母さんに釘を刺されて頷いたあと、テレビのチャンネルを回す。うーん……ニュースしかないしチャンネル変えよ。なんかいいのあるかな。そう思ってチャンネルを変えようとしたのをストラスが止めた。その止め方がなぜか体当たりで顔に羽でビンタされた俺は飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。
『拓也!待って下さい!!』
「んぐっ!何だよおどかすなよ!!」
『画面を見てください』
「は?」
言われたとおりにテレビを見れば火事のニュースが取り上げられていた。これがなんなんだ?テレビではニュースキャスターが事件の詳細を述べている。
『今朝、江戸川区西葛西で○○社勤務の吉原宗助さんの自宅で火災がありました。この火災によって吉原宗助さん(43歳)と妻の美代子さん(42歳)、長男の良樹君(13歳)と長女の麻里ちゃん(10歳)が焼け跡から遺体で発見されました。家族は寝ている間に火災が起こったことで逃げ遅れたと警察庁の調べで判明しております。警察は不審火の疑いが強いと見て捜査を行っています』
詳細を述べた後は現場のリポーターが悲惨な焼跡を中継してる。でも火災なんて今まで何度もニュースで見てきたし、そんなストラスが慌ててチャンネルを変えるのを阻止するほどのニュースとは思えない。
「これがどうかしたのか?」
全く理解できないと言う俺にストラスはため息をついた。
『シトリーがもらった名刺、見ませんでしたか?』
「名刺?見たけど……そんな詳しく見てねえもん」
『シトリーをスカウトした男の名前です。吉原宗助……』
目が丸くなった。ウソ……マジで?こんなタイミングでシトリーに関連している人間が殺されるって。しかも火事で死んだって……契約している悪魔のアミーって炎を使う奴なんだよな?
「じゃあもしかしてマヤが?」
『死因も恐らく焼死。そして不審火の可能性が高いと言っていました。十中八九そうでしょう』
「……マジかよ」
携帯の着信音が鳴る。画面には澪の文字。電話に出ると、慌てた様子の澪の声が聞こえてきた。多分考えてる事は俺と一緒なんだろうな。
『拓也?今ニュースで見たんだけど……』
「ああ。シトリーをスカウトした奴が死んだんだって?」
『うん。ヴォラク君が言うには絶対にマヤのせいだって』
澪は今マンションにいんのか……それにしてもこんな火事を起こされたらたまったもんじゃない。もし俺の存在がばれたらここも放火される?それだけは絶対に避けないといけない!少し朝ご飯を食べる速度を速めながらすぐにマンションに行くと言って電話を切った。残りを一気に口の中に流し込んで食器をシンクの上に置いた。
「スホラフいふぞ」
『口の物を無くしてから喋りなさい。まったく』
ストラスが肩に乗ったのを見て、俺は急いで家を出た。
***
「よお拓也、澪ちゃんに聞いたか?」
「聞いた。なんかヤバくない?」
「やべーに決まってんだろ。相当いかれてるぜマヤって奴」
シトリーに手招きされてリビングに入るとパイモン達が顔をしかめていた。
パイモン達は俺とストラスをが入ってきたのを確認すると、まずはどこまで知っているのか聞いてくる。
「主、話は?」
「澪から聞いた。あとテレビでやってた」
頷いたのを見て、説明する手間が省けたのか早速状況の整理を始めた。
「向こうが仕掛けてくると思っていましたが、こんな形は予想外でした。他の人間を巻き込むとは……こちらから行動を起こした方がいいかもしれません」
行動を起こすっつったって……肝心の俺は未だに水魔法をうまく使えないし、相手がどこにいるのかもわからない。所属している事務所の場所は分かるけど、そこにはほかにも人がいるし、俺達の存在に気付いているマヤは警戒しているだろうから、中々マヤだけを呼び出すなんてできないと思う。
「でも俺まだ魔法の詠唱の短縮が……」
「そうですね。今のところ全く成果が出てませんからね」
「うぐ」
「ですが、一般人に被害が出たのは流石にまずい。下手したら貴方の家族にも被害が出る可能性が出てきた。こちらから奴を仕留めに行く方向にシフトしましょう」
そんなこと言われても……大体想像力鍛えろとか言われても抽象的すぎて難しいじゃんか。妄想は上手くできるんだけど想像は種類が違うみたいだ。
全員で頭を抱えている中、呑気にインターホンが響く。
「あれ?誰か来たぞ」
こんなタイミングにどいつがインターホンを鳴らすって言うんだ。誰か配達でも頼んだのか?
パイモンも場違いな音が鳴ったせいで、少し苛つきながらインターホンの画面を睨みつけた。
「おそらく新聞の勧誘でしょう。セーレ、悪いが出てくれないか?」
セーレは苦笑いしてインターホンの画面に近づいた。けど画面を見たまま固まって動かない。
「セーレ?」
「……マヤだ」
その言葉に俺は慌ててインターホンを覗きこんだ。画面に映っていたのは雑誌で見た奴とまったく同じ姿。間違いなくマヤだった。
「マジかよ……」
俺の声を聞いて、澪が体を強張らせるのが分かる。なんだってここがわかったんだ?シトリーは住所は教えてないって言ってたのに。居留守を決め込むと、インターホンをしつこく鳴らし続ける。
「しつけえな、さっさと帰れよ」
聞こえない事をいい事にシトリーが画面の中のマヤに向かって悪態をつく。しかしその瞬間、マヤの後ろに立っていた男の手から炎が出だした。それを見て、あいつがアミーって悪魔なんだと理解できた。それと同時に最悪の事態を予測する。
「まさかマンション燃やす気?」
アミーは壁の近くに炎を持っていく。壁に触れた途端燃えだすだろう。
まずい!そう思ったのは俺だけじゃない。これ以上居留守を決め込むと本気でマンションを燃やされそうだ!
同じ事を感じたのか、セーレが慌ててインターホンの呼びかけに応答した。画面のマヤはセーレの声を聞いて、怪訝そうに顔をしかめる。
『開けろ。言う事を聞かなかったらこの建物自体を燃やすぞ』
なんだよこいつマジで怖い!!もう普通の人間じゃない、他人に危害を加えるのをここまで平然と行えるなんて、頭がおかしいとしか言いようがない。
セーレは息を飲んだ後、俺を見て頷いた。
「……解錠しよう」
震える指で開錠ボタンを押すと、画面でマヤがマンション内に入っていくのが見える。やばいやばい!ここに来るってのかよ!?
『参りましたね』
「そんなのん気に言ってる場合じゃないだろ!」
この展開は予想してない、パイモンもストラスもヴォラクもシトリーも皆唖然としてる。どうすればこの事態から逃げれるのかが分からない。そして玄関の前でインターホンの音が鳴る。その音を聞いて、ついに来たんだと思った。
「ヴアル、澪を連れて隠れろ」
パイモンの言葉に、話を振られたヴアルと澪が肩を震わせる。
「でもパイモン」
「いいから行け。澪を巻き込みたいのか。できるだけ玄関に近い場所に隠れていろ。いざとなったらすぐに逃げろ、分かったな」
ヴアルは黙って、澪の手を引く。澪が不安そうな表情でこっちに顔を向けたため、根拠なんて全くないけど適当な言葉を並べて無理やり笑顔を作った。
「すぐ終わらせるかんな」
澪とヴアルが隣の部屋に移動したのを確認して、セーレが玄関のドアを開けた。
そこに立っていたのはマヤとアミー。マヤは敵陣に乗り込んだくせにその振る舞いは堂々たるもので、全く臆することせずに腕を組んでいる。しかしセーレの姿を見て、マヤは眉間にしわを寄せて問いかけてきた。
「あの女はどこだ」
「何のこと?」
セーレが誤魔化すと、マヤは不機嫌そうな顔をしたまま、声を低くした。
「とぼけるな。上がらせてもらうぞ。来いアミー」
「ちょっと!」
マヤがズンズンとリビングに上がってきて部屋の中をキョロキョロと見渡す。てかこいつ靴はいたままだろ!?どんだけ図々しいんだよ!
こちらの視線なんかものともせず、マヤは目当ての物を探している。
「あの女はどこだ」
「お前がマヤか」
「人の質問に答えろ。あの女はどこだ」
パイモンとマヤの間に火花が飛ぶ。思わず少し後ろに下がって、その様子を観察した。しかしパイモンを見たアミーがマヤの肩を掴んだ。その表情は先ほどと違い、口元に笑みを浮かべている。
「なるほど……パイモンの根城か。だからこれほどまでの悪魔が集まったのか……納得がいった。悪魔一匹で俺に挑んでくるとは思わないがパイモンが統率していたのなら頷ける。マヤ、あの男がそうだ」
ずっと黙っていたアミーがシトリーに指をさす。でもシトリーは今男の姿、マヤは声を裏返して拍子抜けした顔をした。
「悪魔シトリー。あの時の女はお前のもう一人の本体か。あの男は男と女、両方の性を持っている。あいつの女の姿がお前の探していた奴だ」
「よくわかんねーけど男が女に……ただの変態じゃん」
「変態じゃねぇ!失礼だな!!」
でもマヤは満足したように笑みを浮かべた。お目当てのものが見つかったと言う表情は嬉しそうだったが、口から出た言葉はあまりにも無常だった。
「だが見つらけれたな。アミー、殺せ」
殺せ?そんな簡単に言ってのけるのか?
こんなところで暴れられたら堪らない。俺は慌ててマヤの前に出た。
「いい加減にしてくれよ!エリカと言いシトリーと言い、簡単に殺そうとするなんて……あんた頭おかしいよ!」
「お前、なぜエリカを知っている?目障りだ。お前もこの場で殺してやる。アミー、こいつも殺せ」
おかしいよ、こんなの絶対におかしい……
マヤの命令を遂行しようとしているのか、アミーの体が炎に包まれだす。これがあいつの力……てかこんなとこで暴れられたら火災になるじゃんか!思わず身構えた俺にアミーは炎を飛ばす。
でもアミーが狙ったのは俺たちじゃなかった。
「きゃあぁぁああああ!!!」
「マヤ!!」
アミーの炎をくらい、マヤの体が燃え始める。
熱さに苦しむマヤをアミーは冷徹な笑みで見つめる。
『俺はお前と契約したときに言ったはずだ。願いを叶える為には魂が必要と。そして必ず命令時に誰の魂を捧げるかを指定しなければならない。お前はそれを指定しないまま命令を行った。その場合の魂は契約者の物と決まっている。馬鹿な女だな』
なんだよそれ……なんなんだよこれ!!なぜ、それしきで契約者を殺そうとする?お前にとって、マヤはその程度の存在だったのか!?
「た、助けなきゃ!」
剣を手に持ち必死で魔法のイメージを吹き込む。でも魔法は中々発動されない。
「なんで、なんで発動しないんだよ!!」
「主、しなくてもいいです。今助けても全身のやけどが酷く助からない」
なんでそんなこと言うんだよ!?簡単に死んでもいいって、そんなこと言うなよ!!
そんなことしてる間にもマヤの体は燃えていく。マヤは立ってるのも辛くなったのかその場で倒れてしまった。急げよ!!
剣が少しずつ輝きだす。
「早く水を……マヤを助けてくれよ!!」
剣から水が出てきてそれがマヤにかかったが既に遅く、マヤはもう焼け死んでいた。
「そんな……」
隣の部屋から、何かが地面に落ちる音が聞こえ、その音に反応して振り返ると床に座り込んでる澪がいた。
「澪……」
「悲鳴が聞こえて……なん、なんで!!」
澪は涙を流し、口を押さえてその場に座り込む。
その澪に一瞬視線をよこした後、アミーは焼けただれたマヤに手を伸ばす。
『お前は俺との契約条件を何度も破った。契約の不成立を確認し、お前の魂と人生を貰う』
マヤの魂がアミーの手元に向かう、そしてマヤの体が崩れ出す。アミーはマヤの魂を握りしめ、満足そうに呟いた。
『パイモン、俺はお前と殺し合いをしたいわけではない。ルシファー様の腹心を殺したとなれば俺も体裁が悪いし、ルシファー様も悲しまれる。俺はこのまま人間の魂を集めに別の契約者を見つけるつもりだ。俺を見逃してくれないか?』
「ふざけんな!契約者を殺しておいて……何好き勝手言ってんだ!」
俺の言葉をものともせずアミーの体がまた炎に包まれる。ここでドンパチやられたら家が火事になるっつーの!!とっさの状況でパイモンが悪魔の姿に変わり、自分の空間を広げていく。
『……これは』
なんで避けない?アミーは微動だにせずそのまま空間の中に取り込まれた。
「なんであいつ避けなかったんだ?」
『さあ……行きましょう主。セーレとシトリーは待機しててくれ。ヴアル、お前は来い』
パイモンの言葉にシトリーは不服そうだ。勿論ヴアルも。
「おーいセーレはともかく何で俺も」
「私も澪の傍を離れるのは……」
『ヴアル、お前の力は必要だ。シトリーとセーレは万が一の時に澪を頼む』
澪はその場にうずくまっており、俺は後ろ髪ひかれるままパイモンとヴォラクとヴアル、ストラスと空間の中に飛び込んだ。パイモンの空間は壁や天井が見渡せないほど広い空間だった。
「ここならフォモスとディモス召喚できるね」
ヴォラクはそのまま悪魔の姿になりフォモスとディモスに跨った。
『お久しゅうございますヴォラク様。して今回は?』
『アミーを地獄に還す。行くぞ』
『承知』
渋々空間に入ってきたヴアルも悪魔の姿に代わりアミーを睨みつけている。それにしても……
「アミーって奴やばくねぇ?」
だって自分の体を燃やすなんて……
『拓也、アミーは自分の纏っている炎を炎弾の様に飛ばすこともできます。離れているからと言って安心してはいけません』
安心なんてしてないし。確かにこんなんじゃ俺が魔法を使わなきゃどうしようもなさそうだ。うまくできるかな?パイモンとの特訓じゃ全く詠唱時間の短縮はできなかった。でも上手くやらなきゃ。俺が今十秒で詠唱できる回数は3回、それ以上は頭ががんがんして詠唱時間は最悪二十秒を超えた。
だから三回以内で決めなきゃ……
『主』
「わかってる。サポート宜しくな。三回以内で決める」
『わかりました。ヴォラク、ヴアル』
ヴォラクとヴアルが顔を見合せて頷く。
『なぜだ?俺はお前たちに害をなす前にマヤを始末したのに、なぜ俺はお前の空間に引きずり込まれた。お前は俺を殺すつもりなのか?』
『そうだが?なぜ自分が見逃してもらえると思っている?』
その言葉にアミーは目を丸くする。信じられないと言うような表情で首を傾げた。
『お前、俺達を裏切ったと言う噂を聞いたが、ルシファー様の腹心であるお前がそんなはずはないと思っていた。本当なのか?』
『お前には関係のない事だ。自分の身だけを心配しておけ』
『……本気で俺を殺す気か。馬鹿め……返り討ちにしてやる。三人で来い。殺し合いを……ジハードの前にごみは始末する』
『言われなくても。お前はここで地獄に戻す』