第90話 嫉妬の連鎖
「あれ?」
パイモンとの稽古もキリのいい所まで進み、一休みするため空間から出たら、澪が少し困った顔をして携帯を見ていた。今俺はパイモンに稽古をつけてもらっていて、澪とヴアルはもうすぐ発売する新作の鞄のサイトを調べるとか言ってたけど。
90 傲慢
「あーつかれた~~」
一通りの練習を終えて地面に尻を着いた俺に、パイモンは剣をしまってほほ笑んだ。
『中々よくなってきたじゃありませんか。随分攻撃パターンも増えました』
「うん。相手が攻撃しないと結構冷静に考えれるようになった」
『次からは実践練習に行きましょう。私も動きますんで覚悟して下さいね』
その言葉を聞いて思わずテンションが上がるのが分かる。
やった!やっと実践練習まで来た!長かったなぁ辛かったなぁ。やっと少しだけ光太郎達に追いついたよ!まあ、あいつらはまだ遥か先にいるんだろうけどな。それでも俺もようやく同じ土俵に乗れた気分だ。
少し休憩するためにパイモンと一緒に空間を出てマンションのリビングに戻ると、出た先には、なぜか澪とヴアルの周りを皆が囲んでいた。
『どうしたんだ?』
パイモンの問いかけにヴォラクがこっちに振り返った。
「あ、パイモン、拓也。おつかれ~」
『俺の話を聞けヴォラク、何があったんだ?』
ヴォラクはわかんないと言って自分がわかる範囲の事を簡単に説明した。
「何か澪がエリカって奴がいないーって言い出したんだよね。俺にはなんのことかさーっぱり」
『エリカ?』
あれ……その名前には聞き覚えがあった。
エリカって昨日話してたエリカ?あの澪がいっつも買ってる雑誌のモデルの?他に思い当たる奴もいないし。澪に近づいて話を聞くことにした。
「澪、どした?」
俺の問いかけに澪は焦った表情を浮かべて、しどろもどろで状況を説明してきた。
「あ、拓也……今ね、ネット限定でその雑誌と有名ブランドがコラボしてる商品があるって聞いたからHP開いてて、でもモデル紹介の中にエリカがいなくなってるの。前はいたのに」
「えーマジで?可哀想だなー。ミスじゃない?すぐに更新されるって」
「……わかんないの。だから今から裕香に聞いてみようって思って」
澪は慌てて橘さんに電話をかける。そんなに慌てる事なんだろうか?少し気にし過ぎなんじゃないのか?澪が電話をかけている間にヴアルに教えてもらい問題のサイトに飛んでみると、確かに鞄を持ってポーズを決めているモデルの中にエリカの姿はない。
サイトの表紙を飾っているモデルはエリカではなくマヤのワントップだった。ヴアルが言うにはエリカがセンターでピンク色の鞄を持って、マヤや他のモデルが色違いの鞄を持って集合写真を撮っているはずだった。とのことだった。
しかしサイトの写真にはエリカを除いたモデルのみで、そのメインのピンクの鞄も表紙には飾られていない。
珍しい編集ミスだなと思って眺めていると、橘さんが電話に出たのか、澪は必死で相手に状況を説明した。
「裕香?さっき言ってたじゃん。ホームページに商品が載ってるって。でね、そこのモデル紹介見たらエリカがいなくなってるの。こないだまではいたのに……辞めたのかな?…………え?」
澪の表情が固まる。何か衝撃的な事を聞かされたんだろうか。
「だって裕香、エリカのファンだって……あ、うん、ごめん。またね」
電話を切った澪に俺たちの視線が集まり、心配そうにヴアルが覗き込んだ。
「澪?」
「ヴアルちゃん……裕香が、エリカなんてモデル最初からいないって……」
え、どういうこと?橘さんはエリカってモデルを知らないの?でもそうだったら澪が電話したりしないよな。雑誌の取材をしているとか連絡を入れてきたくらいなんだから橘さんが知らないなんてことはないだろう。じゃあまさか……
記憶がなくなったって言ったら一つしかない。悪魔に殺されて記憶を持っていかれたのか?でも……
「ストラス、人生を奪われるって契約者が悪魔に殺された場合だよな?じゃあこいつは悪魔と契約してたのか?」
『まだ悪魔と確定してはいませんが、悪魔が関与していてほぼ確定ですかね。しかし契約しているかどうかまでは分かりません。確かに契約者が悪魔に殺された場合は契約の不成立のペナルティで魂と人生全てを悪魔に奪われます。ただし、契約者限定のペナルティかと聞かれたら違います。自身が殺害した相手なら誰にでも適応されます。ただ相手の人生を奪ったところで魂の価値に変わりはなく、悪魔自身にも利益はありません。ですからそのような無駄に力を使う事を普通はしないだけです。この女性は契約していたか、悪魔と契約していた者によって殺されたか……まあ契約をしていた方が確率は高いですがね』
ストラスの話を最後まで聞きもしないで、ヴアルは部屋の隅っこに置かれていた大量の雑誌をあさりだし、次から次に雑誌を開いて床に放り投げていく。
「ない……どのページにもエリカが載ってない」
真っ青なヴアルの目には涙が溜まっていく。じゃあやっぱり、悪魔が関与しているのは確定だ。エリカは悪魔に殺されて人生を奪われたことによって、この世界から存在していたと言う記憶と証を全て抹消されたんだ。
項垂れているヴアルの近くにヴォラクが歩み寄った。
「じゃあやっぱ人生を奪われたってことだね。分かりやすいことしてくれて探す手間が省けて良かったじゃん」
「ヴォラク!」
「わわ!冗談だって!泣くなよ、もー……」
ヴォラク……冗談でもそう言う事言ったら駄目だろ。何も考えてなかったのか知らないが、その言葉はタチが悪すぎる。ぐずぐず泣きだしたヴアルの頭をヴォラクは優しく撫でる。時折、面倒そうな口調ではあったけど「ごめんね」と言っている辺り、少しは反省してるんだろうか?
そんなヴォラクとヴアルを余所にセーレはパイモンに問いかけた。
「でも彼女が死んだってことは、彼女と契約していた悪魔が今は契約者の力なしで行動してるとみて間違いないよね」
『ああ、そういうことになるな。どちらにせよ調べてみるしかないな』
パイモンが悪魔の姿から人間の姿に変わり、テーブルに置かれているパソコンの電源をつける。
「澪、そのエリカという女の情報を教えてくれ。パソコンが立ち上がるまで少々時間がかかる」
「パイモンさん……」
「もう他人に何を言っても無駄だ。俺達悪魔と契約者以外でエリカという人間を知っている者はいない」
わからない。だってエリカはトップになって、むしろ今が一番いい時なんじゃないのか?なのになんで悪魔と契約なんかしたんだ?そのせいで自分の人生全てが奪われたのに……もしかしてトップになるために契約したとか?ありえそうで怖い。けど別に世界トップレベルのモデルとかの次元じゃなくて一雑誌のモデルにそこまで打ち込めるものなんだろうか。
エリカは一体何が望みだったんだ?
「つかどうしようか。そのエリカって人がいなくなっちゃったからなぁ」
俺達はとりあえず、エリカを探すべく皆でリビングに集まっていた。でも肝心の証拠となるエリカが死んでしまったからには何も情報がない。しかも別にニュースで騒がれてるわけでもないから調べようもないし……パイモンも少し困った顔だ。
「そうですね。事務所に入れるのが一番手っ取り早いんですが。大々的なモデルのオーディションはしていないようですね。シトリーを使って内部情報を集めるしかなさそうだ」
「でも事務所の人間と接触しなくちゃいけないし、まずはそこからだよな」
流石に事務所の中に入るとかはハードルの高いし……パイモンは考え込んだ末、何かいい案が思い浮かんだようだ。
「ヴォラク」
「んー?」
「シトリーを叩き起こしてこい」
え、あいつ居たの?姿がないからてっきりバイトかと……
時計の針はもう昼の十四時を指している。まだ寝てんのかよ。
「わかった」
ヴォラクは呑気に返事をしてシトリーの寝ている部屋に向かった。そして扉を開く音が聞こえた瞬間、何かが落ちる音が聞こえた。
何が起こったんだと思って慌てて後を追いかけると、そこにはシトリーの腹にダイブしてるヴォラクの姿と痛みと衝撃から飛び起きたシトリーがいた。
「ぐほっ!何!何だ!?何が起こった!?」
相当焦っているシトリーを見て、思わず噴き出しそうになったのを堪えて必死で平静を装う。
「シトリ~起きろってさー」
「くっそ!光太郎に命令されたのか!?」
光太郎?何でそこで光太郎が出て……あー前そういや光太郎にダイブされて起こされた事があったな。シトリーの奴、それをまだ根にもってやがんのか。
状況が理解できたのに満足して、一人でリビングに戻った。後ろからはヴォラクとシトリーの会話が聞こえる。
「違うよーパイモンが起こしてこいだってさー」
「なんなんだよー」
数分後、腹をボリボリ掻きながらシトリーがヴォラクと一緒にリビングに入ってきた。寝巻のままのだらしない格好にパイモンが澪が来ていることを告げると、下品に腹を掻いていたシトリーは手櫛で髪の毛を整えだした。なんてわかりやすい奴なんだ。
「おそようシトリー。遅い起床だな」
「うっせー。春休みのお前と違ってこっちは朝四時までバイトだったんだよ」
少し嫌味を言って挨拶すれば不機嫌そうに睨まれる。ああ、そういやバーで働いてるとか聞いたな。
シトリーは相変わらず不機嫌なまま、パソコンをしてるパイモンの前に移動した。
「で、なんな訳?俺の眠りを妨げるなんてよっぽど急な用なんだろ」
「まあな。俺は詳しくはわからないんだが、澪が言うにはエリカというモデルが殺されたらしい」
「はぁ?」
「エリカというモデルの記憶を全ての人間がなくしている。意味がわかるな?」
パイモンの言葉に感づいたシトリーは顔を上げる。
「契約してたのか?」
「わからない。それを調べたい。そこでだ、お前109の近くの吉野家に行って来い」
「なんでそうなる!?」
確かに……それは俺も同意見だ。何でこんな時に牛丼屋の前に行かなきゃいけないんだ?でもパイモンには何か考えがあるようだった。
「そこはモデル事務所や芸能プロダクションからスカウトされる場所として有名なんだそうだ。女になってそこのモデルにスカウトされてこい。お前の力を周りの人間全てに使っても構わん」
「……確率低いだろぉ」
そう思ったのは俺だけじゃなかったんだな。シトリーもそう思ってる。いくら女のシトリーがすっげぇ美人だったとしても、第一探し出せるかどうか。
「面倒なことに今回の契約者はモデルだ。しかも既に死亡していてすべての人間から記憶が抜かれている。会社の人間から情報を手に入れることが今回はできないから俺達で内部を調べるしかない。調べた所その吉野家の前には昼の十三時~十六時の間に目的のモデル事務所のスカウトマンが高確率でいるんだそうだ。物は試し、やってみろ」
「パイモン、そんなのどうやって調べてんの?」
「今回はネットの匿名掲示板で調べてみました。中々いい情報が載ってますよ」
ああ……あれでしょ?巨大掲示板ってやつでしょ?確かうちの学校のスレも立ってて、何回か覗き込んだ事がある。でもまさかパイモンが愛用してたとは。
「あーもー面倒くせえ。てっとり早く終わらせるか……行けるかシトリー」
自分自身で呟くとシトリーは一瞬で黒髪の女に姿を変えた。久し振りに見たその姿は相変わらず見惚れるほどの美人だった。
「拓也ーお久しぶりねー。澪もお久しぶり」
「相変わらず綺麗……」
澪が少しうっとりした表情でシトリーを眺める。そういやシトリーとマヤって雰囲気似てるんだよな。なんかわがまま女的なとこが。そんなこたぁいいんだけどさ。
「久し振り!急で悪いけど行けるか?」
「任せときなさい。ようはスカウトされればいいんでしょ?ちょろいもんよ」
かなり自信過剰だけど、実際女になったシトリーはやばいくらいに可愛い。
本当に街中に立ってたらスカウトされそうだ。シトリー(女)は意気揚揚で準備を始めた。
***
「シトリー、大丈夫?」
『平気よ。でもそんなスカウトマンっぽい奴なんていない気もするけど』
俺は今、吉野家の中で電話でシトリーと会話をしている。マンションに澪とヴアル、セーレ、ストラスに待機させて、俺とパイモンとヴォラクはスカウトが多くいるという渋谷の一角にある吉野家に入っていた。電話を切って、吉野家の外に立って辺りを見渡しているシトリーに目を向ける。
大丈夫なんだろうか……少し心配だけど。
「ねーねー拓也、俺並盛食べたい」
何言ってんすかヴォラクさん。
この緊迫した?状態で何をのんきな事を。
「遊びじゃねーぞ」
「でも何か食べなきゃお客じゃないでしょ?」
こいつ……正論を言いやがって。確かに何も頼まないのは向こうからもおかしいと思われるだろう。
「仕方がない。主、私が奢りましょう。好きな物をどうぞ」
「やったー!」
パイモンって金もってんのか?バイトしてるのはシトリーだけだよな。あ、でもクレジットカードも持ってたし、金銭の補助も受けてるとか言ってたよな。現金ももらってるんだろうか?たしかヴォラクとヴアルはシトリーから小遣い貰ってて、セーレも生活費を貰ってて余った金を好きに使ってるのと、太陽の家で手伝った報酬を多少受け取っているのは知ってたけど。
「パイモンって現金も鈴木さんにもらってんの?」
「まあ……貴方には言っておいても構いませんが、鈴木は契約時に鈴木名義の私専用の口座を作ってくれています。そこに金銭を振り込み、私が自由に使っていたと言うわけです。もう契約期間は終了したので私は構わないのですが、向こうが万が一の保険として私と手を切るのを嫌っているようで、未だに定期的に金銭が毎月振り込まれている感じです」
え!?未だに!?でも、確かにパイモンの能力って鈴木さんからしたらすごい便利なんだろう。パイモンを手放すことも嫌がってたし。万が一を考えたときに連絡を取れる状況でいたいんだろうな。金をもらっている手前、パイモンも定期的に鈴木さんからの連絡を返していて未だに交流があるぽいし。
「それっていくらくらい?」
「契約時は月に五万です。まあその程度で私の能力を受け取れていたのならお釣りがくるでしょうね。こちらも快適な環境は提供してもらっていたので月に五万も使わなかったですしね。なので、そこそこ手持ちはあります。ちょうど契約時にボーナスがあったので、ボーナスでもがっつり数十万ほどいただきましたからね」
「そ、それはいくらほど……」
「半額ほどいただきましたよ。額面の半額なんてむごいことはしないので手取りの半額です。まあ五十万行かない程度じゃないですか?」
こ、怖いんだけど。そうか、契約の見返りってのは様々なんだよな。契約者の命を要求する奴もいれば、パイモンみたいに金を要求する奴もいるんだ。
「鈴木さん、生活できてるのかな」
「私に送金しているおかげで彼は生活がギリギリみたいですけど、彼の実家は金持ちです。親が勝手に仕送りやらなんやらしているらしいので何とかなっているみたいですがね。それに私の能力の加護で出世して査定もあがっているはずです。昇給すると言ってたので、元がとれてなければ可笑しい」
ですよねー……だってまだ入社して六年の社員がそんなにお金をもらえるはずがない。税金とか食費とかなんやらしてたら生活はギリギリそうだ。パイモンは余裕だろうな。光太郎のマンションの光熱費は勝手に光太郎の親父さんの口座で引き落としだし、生活費は多少出してるみたいだけど、基本はシトリー持ちだもんな。まあ一番すごいのは多分ヴォラクたちが住み始めたおかげで跳ね上がっている光熱費の引き落としに気づかない光太郎のおじさんなわけだけど。
俺とパイモンが話している横で、ヴォラクが店員を呼んで自分の食べたいものを注文している。
「拓也とパイモンはー?」
「じゃあ俺も同じの」
「俺も並盛で」
店員に食券を渡してシトリーを視界に入れることができる席を見つけ腰掛け、再び電話をかけると、すぐに出てくれた。
「どう?」
『なんか変な男がこっちをさっきからチラチラ確認してくるのよね。探りたいから力使ってもいいかしら?』
シトリーの話を聞いて、俺はパイモンに許可をとる。
「パイモンいいって」
「OK~」
電話を切って、店の前に立っているシトリーを見つめる。シトリーは右の方を向いて笑みを向けると一人の男がシトリーに近寄って来た。なんだろう、この釣り針に引っかかった魚のような感じは。
俺たちはその様子を食い入るように見つめる。
「あいつー?」
「さあ……」
シトリーは男と何かを話していたが、ため息をつくと男にシッシと手を振った。違ったのかな?それにしてもシッシとか酷過ぎる。
それと同時に電話がかかり、受話器からシトリーが声を荒げていた。
「シトリー、どうだった?」
『あいつ違ったわ。キャバ嬢になりませんかー?だって!ふざけんじゃないわよ!』
あまりの切れっぷりにさし障りのない言葉で返事を返す。
「違ったんだ。残念だなぁ……」
『もう少し待ってみるけど、足痛くなりそうだからあと15分しかしないわよ』
「はーい……」
シトリーもだんだんイライラしてきてるな。窓から覗きこんでも明らかに不機嫌なオーラ出てるし。そんなオーラ出してたら来るもんも来ないだろ!もうちょっとニコニコしろよぉ。
俺はシトリーを見ながら神様に頼み込んだ。頼む!来てくれ!
「牛丼並三!お待ちどうさまでーす」
「拓也ー来たよー」
「あ、うん」
店員が牛丼を持ってきたので、俺は割箸を割り、牛丼に手をつけた。
***
「主、シトリーの方を見てください」
牛丼を食ってる途中でパイモンに声を掛けられて牛丼から顔を離す。なんだ?あ、シトリーが誰かに話しかけられてる!名刺までちゃんと見せてるし……今度こそ当たりか!?
思わず箸を強く握りしめて状況を見ていると電話がかかった。
『拓也ー当たったわよー。ここら辺歩く男にしらみつぶし力使ってたらヒットしたわよ。読者モデルしませんかって。だから更に力使って私のいいように動かすけどいいかしら?』
「うん、よろしく!パイモン、シトリー当たったって!」
流石シトリー!ついにお目当ての奴ゲットだな!!シトリーの能力って本当にすごい!と同時に掲示板の情報って当てになるんだな。
「そうですか。では少しこのままで様子を見ましょう」
「急いで食べなきゃ!」
俺たちの話を聞いて、ヴォラクは慌てて牛丼を口の中にかきこんだ。いや、そう言う問題じゃないだろ。その時、シトリーが吉野家に入ってきた。
「え……シトリー!」
「はあい拓也。こいつみたい」
なんでスカウトマン連れて店内入ってくんだよ!皆ビックリしてんじゃん!スカウトマンは何も言わずに、シトリーの後ろに突っ立ってる。はっきり言ってなんか怖い。
「彼らも連れてく。いいでしょ?」
「しかし……」
「嫌ならモデルしてやんない。早く皆がいる撮影現場に連れてきなさいよ。あとここの代金もあんたが払いなさい」
「わかりました」
すげえ完全に言いなりだ……ってか払わせてもいいんだろうか。もうすでに払っていることを告げればシトリーが命令し、まさかの五千円札が渡される。こんなのもらえないだろ!そう思って返そうとしたけど、パイモンがしれっと受け取り、ヴォラクに五千円札をヒラヒラ見せ、帰りにケーキでも買って帰ってやろうと言う言葉にヴォラクの表情も輝いてしまったせいで、お金を返しそびれてしまった。
これ以上、店内の注目を浴びたくもなく、とりあえず店の外に出てどうするかシトリーに聞いてみた。
「シトリー、あの人どうすんの?」
「いい奴隷ね」
「……なに言ってんのあんた」
いやいやいや……なんすかそのS発言。マジ怖いからやめて。
「そういうことじゃなくって……シトリーの力って恋愛面で好きにできるんだよな?こんな風に言いなりにもできるのか?」
お金払わせるとかなかなかできる芸当じゃないと思うんだけど。しかもシトリーに奢るわけじゃなくて無関係の俺達に。しかし俺の言葉を聞いたシトリーは艶やかな笑みを浮かべて、振り返った。
「拓也ー愛って怖いわよー。あんた澪からのお願いできる限り聞きたいって思うでしょ?」
「まぁ……うん」
「それと一緒。私の力が働いてる時、あの男は私が全てって思ってるのよ。少々無茶な願いでも私に好かれたい一心で許可してくれるってわけよ。まあ私からしたらあいつはホストやキャバ嬢に大金貢ぐ客って感じよ。」
本当に愛って怖い……ってかシトリーの力が怖い。
俺達は男が呼んでくれたタクシーに乗り込んだ。
***
「すげえ」
連れて行かれた場所は大きいビルの一角だった。男は警備員に軽く話して俺達を中に入れてくれた。
こんな建物、もう二度と入るチャンスないよな……澪も連れてくりゃ良かった。報告がてらにこの感動を伝えるべく澪に電話を入れるとすぐに繋がった。
『拓也、どう?』
「なんか上手くいって……今そのスカウトマンが撮影現場に案内してくれてる」
『じゃあマヤに会えるの!?』
やっぱり澪の考えはそこに行っちゃうんだなぁ。まあそれが分かったうえで自慢しようと思って電話かけたんだけどね!
「羨ましいっしょ」
『いーなあ』
ちょっとした自慢をして電話を切る。これでちゃんとストラス達には報告したことになるよな。エレベーターで五階にあがると、男が俺たちに振り返った。
「ここから先は撮影は禁止です。電源を切るか鞄の中に入れるかしてください」
あ、はいはい。ガード固いのね。当然か。携帯を鞄に入れたのを確認して男はドアを開けた。
開けた瞬間に視線が一機にこっちに集まる。中にはカメラマンやスタッフに囲まれたモデルの姿。
すっげー!本物だ!!しかもなんか俺と同じくらいの身長の奴がわんさかいる!ヒールはいてるとはいえ、俺も171cmあるんだから、この人たちめちゃくちゃたけーよ!その中に澪が大好きなマヤの姿もあった。すっげー生で見ると綺麗だなぁ……けばいけど。
それ以上に、いきなりの部外者乱入に気まずいと言う言葉以外出てこない。
「何をしてるの。一般人は立ち入り禁止でしょう」
おばさんがヒールを鳴らして俺たちに近寄ってくる。なんだこの厚化粧は。美人っちゃ美人だけど、けばすぎて何とも……返事に困っている俺たちの前に男が出てきて、おばさんを説得した。
「すみません編集長、この女性は俺がスカウトしたんです」
「それはいいけど契約書の記入や説明は応接室でするでしょう。なぜここに入ってきたの?貴方何年ここで働いてるの!?」
「しかし」
この人、俺達のせいで滅茶苦茶怒られてる。おばさんマジ怖いんですけど。しかし黙っていたシトリーがため息をついて顔をあげた。
「うっさいおばさんねえ」
シトリー!なんで敢えて噛みつくんだよ!?穏便にしろよ!現場検証しないといけないのにお前出禁になるぞ!?お前が失敗したらもうシトリー(男)に頼んでモデルを力使ってたぶらかすしか道がないんだからな!?
「なんですって?」
「あんたは私の言うとおりにしてればいいの。わかった?」
シトリーの目の色が変わり、それを直視したおばさんは黙ってしまった。まさか力を使った?先ほどまでの敵意が完全に消え、おばさんはシトリーの手をとる。
「……貴方気に入ったわ。貴方の撮影もしましょう」
「やんないわよ。見学させてよ。椅子出して全員分。あとジュースもね」
「え、ええ。この子たちに椅子を」
おばさんの言葉に室内中がどよめく。でも編集長って言ってたからこのおばさんが一番偉いんだよな。皆怪訝そうな顔をするけど、誰もおばさんに逆らわない。スタッフの一人が持ってきた椅子に座らされた俺達は撮影を見学することになった。すげえ気まずい……明らかに場違い感半端ないし。なんだか帰りたくなってきた。
「主、うまくいきましたね」
「え?うん」
おばさんは未だにしつこくシトリーに撮影をさせてくれと頼み込んでいる。
シトリーはそれを完全無視したが。
***
マヤside ―
「マヤーお疲れ。今日も良かったよ」
「ありがと」
スタッフに軽く挨拶をして私は更衣室に向かう。
「ふふ……あはは……ははは!」
あいつがいなくなった!あいつが死んだ!!どうしよう笑いが止まらない!
アミーの言ったとおり、誰もあいつが死んだことに気付かない。それどころか、あいつが最初から存在していないように振舞っていた。最高に気分がいい!おかげで私はまた雑誌のトップになった。今月号も表紙からあいつが消えて、私が表紙になっている。これでいいんだ。私は常にトップに立って、常に真ん中にいるのが相応しいんだから!
意気揚揚と着替えを済ませて更衣室のドアを開ける。
あいつの顔が思い出される。最高に面白かった。
***
「あつい!あつい!!誰か助けて!!」
『……お前の魂を地獄に持って行く』
アミーの言葉も火だるまになったエリカには聞く余裕なんてない。可哀想なエリカ。自分の最期が火だるまだなんて想像もしてなかっただろうなあ。
誰からの助けもないまま、エリカは悲鳴をあげてその場に崩れ落ちていく。皮膚が焼けただれ、以前の面影は全て消え失せたエリカに笑いが止まらなかった。
「あはははは!エリカァ、喧嘩売ったからそんな目に遭うんだよ」
エリカはもう何も喋らない。顔すらも判別できない程に黒こげている。その姿が異様に滑稽だ。
『魂を頂く』
アミーが手を伸ばした瞬間、火だるまになったエリカから青白い浮遊物が出てきた。
その瞬間、エリカの体が砂のように崩れていった。
『ついでにお前の人生ももらっておこうか。主の行く先にお前の存在全てが不要だ』
エリカだった者は完全に灰になった。骨一つ残ってない。火すら燃やすものがなくなって消えてしまった。全ての作業が完了したのか、アミーはあたしに振り返った。
『魂は確かにいただいた。こいつの魂は地獄に持って行く』
***
「ふふ……あいつがいれば何もかもが望むまま」
「マヤ、今日も最高に素晴らしかったわ」
着替えて更衣室から出た私に編集長が話しかけてきた。アミーの能力、自分が望む相手が自分に依存する力。あいつはその力を編集長に使った。そのおかげで、編集長の私びいきは誰が見てもわかるようになった。それでいい、あんたはただ私に媚びを売ってればいいんだ。編集長に軽く目をやって、頭も下げずに横を通り抜けた。
それすらも咎められないのはアミーの力が働いているから。事実上、この雑誌は私が乗っ取ったと言っても過言ではないだろう
それなのに、なぜ邪魔が入る!?
***
「ちょっと何あいつ……なんで編集長があんなにヘコヘコしてんの?」
何が起こってる?エリカを消してトップになったと思ったら、スカウトマンが変な奴らを連れて来て……編集長は椅子まで用意してる。こんな待遇異例だ。しかも編集長はその女に撮影させてくれと頼み込んでいる。
「お願い。撮影させてくれたら貴方を表紙に使うわ」
「ちょ……何よそれ」
同じモデル仲間も皆眉をしかめている。おかしい、アミーの力が働いてるのなら編集長は私を一番にするはずなのに……まさかアミーの力が弱まってる?それともあれは編集長自身の意思?
また奪われる……私の居場所をあんなポッと出の女に……何なんだあの女!?なんでまた私の居場所が奪われそうになる!?
殺してやる。
邪魔をする奴は片っぱしから始末してやる。一回やると背徳感が消えるとはよく言ったもんだ。エリカを始末するのにあれだけしぶってたのに、今の私はもうあの女を殺すことを心に決めている。アミーに頼もう。そしてまた編集長に力をかけて、その見返りにあの女の魂を捧げて……
「マヤ、どう思う?何なのあの女」
モデル仲間が苛立ちを隠せない声で話しかけてくる。
でも何も焦る必要はない。
「……楽しいじゃん」
「え?」
「教えてやるよ。自分が踏み込んだ世界を……」
調子に乗って天狗になってるあの女を、私の居場所を奪おうとする女を。
憎らしい。私の居場所を守らなきゃ、あの女を殺さなきゃ。
「はは……後悔させてやるよ。笑ってられるのも今のうちだ」