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第85話 悪魔フォラスを探せ!

 光太郎を生き返らせると決めた日、家に帰った俺を迎えてくれたのは家族のいつもと変わらない笑顔だった。直哉はまだ少しぎこちないものの、俺の腕を掴んでおかえりと笑ってくれた。

 向こうからしたら悪魔を倒しに行っていたなんて知らない訳だから、なんてことない挨拶だったはずなのに、パイモンに言われたあの言葉が引っかかって、家族がいるのに、なぜ自分はあんなことをしたのだろうと後悔すらした。

 家には澪も遊びに来ており、澪には今回のことの顛末を伝えるべきだと自室に呼んで今にいたる。


 「広瀬君が?」

 「うん。期限が五日間らしい。人手がいるかもしれないから手伝ってくれないかな」


 その言葉に澪は迷うことなく頷いてくれた。



 85 悪魔フォラスを探せ!



 澪に今回起こった全てを話すと、澪は顔を歪ませ涙を流した。やっぱりこのショッキングな出来事に澪だけじゃない。俺もいまだに動揺を隠せない。自分で説明している間もどこか夢じゃないだろうかと思っている。

 話し終わった澪が頷きつつも問いかける。


 「でも具体的にあたしは何をすればいいの?」

 「俺も良く分かんない。それをストラス達が調べてくれてるから」

 「そっか……じゃあマンションに行くの?」

 「うん。明日は朝から行くよ」


 澪も明日は一緒にマンションに行くといったため、とりあえず今日の所はここで解散した。朝の七時に目覚ましをかけて九時には向こうにつくようにしたい。

 明日には何か有益な情報が見つかっていることを願いながら、俺は眠りについた。



 ***


 「拓也……その、広瀬君の家族には……」

 

 後日、マンションに向かっている俺の隣で澪が気まずそうに聞いてきた。休日とはいえ、駅方面に向かう人出は多く、信号待ちをしている人間は俺たち以外にもたくさんいる。

 澪は言葉を途中で濁したけど言いたい事は把握した。光太郎の家族はこの事を知ってるのか……そう言いたいんだろう。


 「光太郎の携帯からシトリーが光太郎のフリしてこまめに連絡してる。騙すのって気分悪いけど、でも話したら全部話さなきゃいけなくなるから」

 「そっか、そうだね……」


 家族からしたら、こんなこと隠されたくないだろう。息子が悪魔に殺されて、今は他の悪魔からの蘇生を待っているところです。なんて……俺が光太郎の家族なら発狂しそうだ。この選択がいいか悪いかは分からないが、何も知らない人間に打ち明けるべきことでもなく、澪は自分に言い聞かせるように呟いて、青信号になったのを確認して足を進めた。


 ***


 「あ、池上、松本さん」


 マンションには部活があるはずの中谷の姿があった。その手には印刷用紙が握られている。今来たばかりというわけではなさそうで比較的早い時間からマンションにいたのだろう。


 「中谷、部活じゃないのか?」

 「休んだに決まってるだろ!俺六時半からここ来てっからね。セーレに朝ご飯作ってもらった。美味かった!」

 「セーレの仕事増やしただけじゃねえか……」

 「まあまあ入りたまえよ。松本君も」


 中谷に急かされて、俺達は部屋にあがってリビングに向かうと、中は異様な光景が広がっていた。


 「なんだこりゃ」


 リビングではパソコンと睨めっこ状態のパイモンとセーレとストラス。三人の目はギンギンとしていて、とてもじゃないが話しかけられる状態じゃなさそうだ。横には大量の印刷用紙をまとめているヴォラクとヴアルもいる。そしてソファの上で横になっている光太郎とその手を握っているシトリー。

 皆に挨拶した後はシトリーの所に向かい、状況を確認する。傷がふさがった光太郎は眠っているようだったけど、胸が上下に動かず呼吸をしていないのが分かる。


 「光太郎、怪我は完全にふさがったな。シトリーがやったのか?」

 「俺は魂を留めてるだけ。怪我を治したのはセーレだ」


 そっか……セーレもあんだけ魔法を連発して疲れたんじゃないかな?なんか白魔術?ってのは体力使うってストラス言ってたもんな。案の定、セーレは少し疲れたように時々顔を上にあげて、目を閉じている。

 そういえば……


 「お前さ、その力があればその……シャネルとか、エアリスの娘とか救えたんじゃないのか?」


 そうだ。こうやってリンクすれば、あの子を救えたはず。シャネルの場合はあの場に居なかったからどうしようもないけど、ストラス達でも同じことができたのなら、延命ができたんじゃないだろうか。

 でも俺のその淡い期待はシトリーが首を横に振った事で打ち砕かれた。


 「これはエネルギーの波長が合わないと無理だ。人間も臓器移植とかすんのに自分の型に似た奴じゃねえと使えねえだろ。それと同じだ。エネルギーの波長が似てないとこいつの体が耐えられない。契約している関係なら、契約石を通してお互いのエネルギーを共有してる。つまり光太郎は俺のエネルギーに耐性を持ってる、だからできるんだ。一言でいえば、この力は契約者にしか使えない」


 シトリーの例えを用いた説明を聞いて項垂れた。やっぱそう簡単にはいかないよな、だって魂をこの世にとどめとくんだから。そんな大それたこと簡単にできるわけないよな。

 一つの疑問が解決して、もう一つの疑問が頭に浮かぶ。この家には光太郎の親父さんが使っていたノートパソコンが一台あるだけだったはずだ。パイモンが使っているのは、それで間違いないけど、ストラスとセーレが使っているものは?


 「なんでパソコンもう一台あんの?」

 「あれは俺ん家から持って来たんだ。兄貴のパクってきた!まだ寝てたからよ、黙って持ってきちまった!」


 どうやら中谷のお兄さんの物のようだ。しかしパソコンを勝手に持っていくなんて、後で中谷は怒られないだろうか。ストラス曰く携帯の画面よりもパソコンの画面の方が大きいから、そっちがいいとぼやいていたらしく、中谷のおかげで作業が捗っているのかもしれない。

 俺と中谷が雑談をしていると、今まで黙っていたヴォラクが声を張り上げる。


 「拓也、中谷も澪も手伝ってよー!こんだけ紙があったら何が何だか分かんないしー!!」


 ホッチキスを持ちながら、ヴォラクがブーブー言ってきて思い出したように中谷が手伝いを再開する。何かパイモン達も眉間にすっげー皺寄って話しかけづらいし、俺と澪も言われるがままに床にすわり、資料をまとめていく。


 「こんだけあんの?」

 「気になる事件はしらみっつぶしに探すのよ。もう三十件くらいあるのよ?まだ出てきそうよ」


 マジかい。悩んでも仕方ないとは思うけど、なんだこの事件。


 「何この事件……」


 二十歳の男性が干からびた死体で見つかる。子供の白骨死体。干からびた女性の死体。

 

 「フォラスの能力の可能性があるのよ」

 「どういう事?ヴアルちゃん」


 資料を呼んでいた澪が顔を上げる。


 「フォラスの能力は相手の寿命を奪う事。寿命が奪われた相手は白骨死体みたいに干からびちゃうって話。私は見たことないけどね」

 「こわっ!」

 「でもこれを全部調べるってどんだけかかるんだ?なんかエジプトからアメリカやらいろんな記事があんぞ」


 中谷は真っ青な顔で用紙をヒラヒラ振る。マジで世界中から探してるんだ。紙を見ていくと、事件は一か月前のものからなんと五十年前のものまで時系列もバラバラだ。


 「五十年前はいらんだろ」

 「とりあえず資料は多いに越したことないでしょ?それにシトリーが前言った通り、フォラスは悪魔だから元々不老不死の存在だけど、人間の寿命を取り込むことで人間の世界でも契約者なしでずっと生活できるのよ。十年寿命を奪えば十年、五十年奪えば五十年。私たちの誰もフォラスと同一現場で召喚されていないの。フォラスに限っては何百年も前から地獄に戻らず人間の世界にいる可能性だってあるのよ」


 うわ、マジか。こいつ人間の世界を侵略できるじゃねえか。なんだよその能力。かなりの勝ち組能力だな。


 「こんなものか……セーレ、そっちは?」

 「こっちもお手上げ。これ以上は探せないな」

 「そうか」


 あ、パイモン達調べ物終わったんだ。パイモンは俺と澪に軽く頭を下げただけで挨拶もせずに新しい作業に入っていく。今度は印刷した用紙を眉間にしわを寄せながら眺めていく。出来上がった資料は何個くらいあるかな?


 『ヴォラク、ヴアル、終わりましたか?』

 「まあね。でも何個あんだよ。四十はあるだろ?」

 『そうですね……可能性があるもの全てです。今、彼がどこにいるかもわかりません。資料は多い方がいいですからね』

 「これ全部って絶対にきつい」

 『中谷、心配いりません。今からパイモンが特に怪しいと思うものを選出しますからね』


 パイモンは資料を読みあさって、いらないものをどんどん床に投げて行き、澪がそれを拾って綺麗に重ねていく。てか世界中から事件探して、さらに内容をこれから吟味するとか寝ずの作業なんだろう。資料は様々な世界のサイトから印刷されており、日本語で書かれているものなんてほとんどない。英語やアラビア語っぽいもの、イタリア語みたいなのや漢文、ハングル、様々だ。

 そうこうしていると、一つの資料に目を通したまま渋い顔をしている。


 「パイモン見つかったのか!?」

 「中谷、耳元で騒ぐな……だがこの二つが最も可能性が高いと思う」


 パイモンの背後にまわり、一緒に資料を眺めていた中谷が大声を上げる。そう言って俺の元に資料が回される。中谷もこっちに走ってきて、澪も覗き込んで中を読み上げた。


 「奇跡が舞い降りた。死亡が確認されたはずの少年が目を覚ます。パイモンこれって」

 「フォラスが自分の寿命を少年の中に入れたと考えたら納得がいきます」

 「場所は……大分県!?」


 大分県って……また随分遠いな。でも外国ほどじゃないけど、こんなニュースしてたかな……俺全然知らないけど、時期だって一年以内とかなり最近だ。


 「そうです。ローカルな話題だったらしく、全国版のニュースでは大きく放送はされなかったみたいですが、大分の地元メディアでは新聞のトップ記事として飾られています」


 大分って確か九州だよな?福岡の隣の……温泉あるとこだっけ?まあ日本国内ならまだマシなのか?


 「パイモン、この事件の詳細は?」

 

 この印刷用紙には詳しい事はあまり書いてない。でもパイモンはちゃんと調べてたらしく、俺の質問にすぐ答えてくれた。


 「はい。大分県の大分市で三か月前の夕方に住宅二棟を全焼させる火災が起きています。父親、母親は仕事に行っていたので被害はありませんでしたが自室でベッドに横になっていたこの少年は逃げ遅れ、消防隊に救助されましたが一酸化炭素中毒で死亡が確認されていました。しかし翌日、死んだと思われていた少年が目を覚ましているのを司法解剖医が発見。脳の後遺症も何も残っていないということです。少年は大分の県立高校に通っておりテニス部に在籍しています。事件が起こった日はちょうど部活もなく、少年はこの時間に家にいたようです」


 そこまで分かれば話は早い。大分に行けば、そいつにあえるんだ。


 「そっか、じゃあ早速そいつに会いに行こう!」

 「そうですね。まだ住所も割れていませんが一応行ってみますか?しかし、他にも気になるところはあります。今回は手分けをしましょう」


 そうか、さっき二つ怪しいのがあるって言ってたよな。並行でやっていかないといけない。


 「光太郎が動けない今、主と中谷のグループで行動してもらいます。主は私達と大分県に、中谷とヴォラクはカザフスタンに行って来てくれ」

 「カザフスタン!?聞いたことあるけど、どこか知らねえ!」


 思わぬ国名を聞いた中谷が素っ頓狂な声を上げる。


 「そこで似たようなことが起きている。絶望的だと思われていた人間が急に息を吹き返し、助かったそうだ」

 「うーん……わかった」

 「助かる。セーレ、中谷達は国外だし今日は中谷と行動しろ。俺達を連れて行ったあとにカザフスタンに行ってくれ。契約石のエネルギーは集まってるか?」


 目を休めていたセーレがパイモンの質問に簡潔に答える。


 「二日程度の行動なら問題ないと思う」

 「ならば早速準備を」


 パイモンが立ち上がるのを澪が止めた。一人だけ何も言われておらず、表情は不安そうだ。何かできることがないか訴えている。


 「パイモンさん、あたしも……」

 「澪、お前はシトリーをみてやってくれ。悪いが俺達がいない間に飯やらなんやらの家事をしてもらっていいか?こいつもこの状態だ、光太郎と離れられん。エネルギーを送り込んでて一睡もしてないんだ。倒れたら思いっきり殴ってやれ」

 「殴るって……」

 「全力でな。日ごろの鬱憤を晴らすように」

 「お前、俺に何か恨みでもあんのかよ。ちなみに澪ちゃん、俺おしっこ今のとこ二十時間くらい我慢してんだよ。もうオムツ装着しないと本格的に無理かもしれない」


 疲れていても下品さを欠かさないシトリーの頭をパイモンがどつく。こんな時でもパイモンは容赦がない。やっぱシトリーもきついんだよな……少しやつれてるもん。もしシトリーがヴェパールみたいに消えちゃったらどうしよう。しかもトイレの心配は確かに気になる。なんだかんだでまだ我慢はできそうだけど、本当に一分も離れたらだめなのか?


 「シトリー、俺、今日オムツ買ってくるよ。それまで耐えれるか?」

 「え、マジレス……?いや別にいいわ。最悪光太郎かついで便所いきゃいいんだし」

 「ううん、光太郎が臭くなるの嫌だから」

 「あ、そーすか」


 とりあえず、今日中にオムツを買ってくるから、それまでは我慢してもらうとしよう。


 「主、準備はすぐにできますか?向かいます」


 パイモンが立ち上がって、目の前に来る。

 俺は頷いて立ち上がった。


 ***


 「じゃあ俺はもう行くけど、何かあったら中谷に連絡してくれ」


 大分についた俺にセーレが話しかける。頷くと、セーレはまた人通りの少ない所に向かって歩いて行った。残された俺達は早速、市街地であろう駅前に移動する。


 「ここが大分……」


 なんか思ってたよりは都会かも……もっと田舎かと思ってた。てか駅でかくね?畑とかないし、ちゃんと百貨店らしきものもある。あ、別に大分を馬鹿にしてるわけじゃないぞ!春休みなのか学生っぽい人が多く、駅前はにぎわっていた。でもいまだに気になるのは温泉がない。俺的には至る所に銭湯があるんだと思ってた。駅にお湯が湧き出てるってネットに書いてたんだけど!?

 携帯で調べてみたらそれは別府駅のようで、大分駅は温泉がないらしい。なんだ、残念。


 「この中から聞き込みだな」


 鞄からストラスも顔を覗かせて、辺りをきょろきょろしている。さっさと先を進んでいくパイモンの後ろをついて行きながら辺りを眺めていく。

 人通りも多いし、ここが中心部で間違いなさそうだ。


 「主、まず少年が通っている高校に行ってみてもいいですか?」

 「行き方わかんの?」

 「調べておきました。」


 流石はパイモン。そこまでわかってるのなら話が早い。学校からは徒歩でも行けるけど、バスが十分程度でくるらしいので、バスに乗って向かうことにした。


 ***


 バスに乗って二十五分。高校の前に着くと、制服を着た生徒が門の前にいた。春休みのこの時期にスポーツバッグを持ってるってことは多分部活かなんかだろうな。そのうちの一人がテニスのラケットを持ってる。

 確か事件の子って部活やってたって言うよな。あの子たちは知っているかもしれない。


 「パイモン、あいつテニスラケット持ってる」

 「聞いてみますか」


 パイモンがそいつの所に歩いて行った。


 「すみません」


 パイモンが話しかけて、そいつらが一斉にこっちに視線を向ける。先輩に見えなさそうだし、俺と同い年だろうか。


 「はい?何ですか?」

 「ここの高校に火事から生還した少年がいるって聞いたんですけど」

 「あー光や!また取材来たしー!」


 そいつらが一斉に騒ぎ出す。光?そっか、そいつは光って言うんだ。流石県内では有名人だ、一発で意中の相手の名前が判明した。


 「お姉さん何テレビ?いつ放送すんの!?」

 「お、お姉さんだと!?」


 ショックでパイモン固まっちゃったよ。確かにパイモンは声も高いし、見た目女だもんな。しかもすげえ超絶美人だし。髪の毛を坊主にしても女の人って言われそう。


 「でもカメラなくね?」


 サッカーボールを持ってる少年がラケットを持ってる少年に話しかける。それを見た少年も俺たちが取材じゃないと確認して、首をかしげた。


 「あ、本当や。お姉さん取材やないん?」

 「違う」


 少年は明らかに残念そうに肩を落とし、その光って奴の事を教えてくれた。後ろの奴らもテレビに映ると思ったのにー等と愚痴を漏らしている。


 「なーんだ。光ならもうテニス部におらんよ。あいつ辞めたし」

 「辞めた?」

 「なんか急に辞めたんよなー。人生楽しまんといけんっち言いだしてさー。好きなことするんやーっち」


 なんだその理屈は……まだ高校生のくせに。しかし詳しく話を聞くと例の事件が起こってから光と言う少年は何か変わってしまったらしい。


 「光、あの事件の後から開き直ったようになってさ、最初はあの火災も焼身自殺じゃねえんかって噂出て、俺らも気を張ってたんだけどさ。あ、俺ら光と仲いいんよな。だから目を光らせてたんやけど、どーもそんな感じやなくてさー。本人曰く死にかけたときにやりたいこと沢山あって後悔したから、もう我慢しないらしい。気持ちわかるまる」

 「今どこにいるかわかるか?」

 「家やないん?部活ないから学校来てないし。会いたいなら連絡しちゃろうか?」

 「そうしてくれると助かる」

 「いいよ」


 大分ってかなりのどかなところなんだな。俺だったら知らない奴が会いに来てるよなんて連絡しないわ。俺の見た目が近いことも警戒を解いているってポジティブに考えてもいいのか?

 少年が光君に電話をかけている間、高校生がこっちに声をかける。


 「何だお姉さん彼氏持ちー?しかも彼氏俺らと同じくらいやん?ロリコンやねー」

 「お前殺すぞ」


 パイモン怖い!マジで切れる五秒前じゃん!少年達はそれでもゲラゲラ笑ってる。まあ高校生が何人も集まればこんなノリだよな。


 「つかスゲー!フクロウやん!初めて見た!」


 サッカーボールを持った奴が肩に乗っていたストラスに目を輝かせた。確かにフクロウを連れて回るなんて普通の人間はしないだろう。


 「え、こいつは俺のペットで……」

 「ペット!?フクロウがペット!?ちょーすげー!!マジやべー!」


 本当にテンション高いな。またゲラゲラ騒いでるし。そんな中、少年の一人が話をつけ通話を切った。


 「光、今から来るっち」

 「ここにか?」

 「うん。光チャリ通やけん十五分くらい待たんといけんかもよ」

 「構わない」


 パイモンが頷くと、少年たちは笑って俺らに手を振った。え、まさか帰るのか?


 「なら待ってなよ。じゃあ俺ら部活行くから。光には伝えてるから大丈夫ー」

 「え!?居てくれないのか!?」

 「俺らもう休憩終わりだから。次は取材で声掛けヨロ~」


 なんだその捨て逃げは!?引き止めたけど、そいつらはゲラゲラ笑ってグラウンドの方に行ってしまった。残された俺たちに気まずい空気が流れる。


 『とりあえずここで待ちましょうか……』


 そうだよな、そうするしかないよな。

 くっそーあいつ等……逃げやがって!滅茶苦茶気まずいじゃん!俺たち初めて会うんだぜ!?

 そんなことを考えてて二十分くらいたったか?一人の男子が自転車に乗って来た。少年は門の前に自転車を止めて、辺りを見回している。もしかしてこの人?


 「あのー光君?」


 俺が恐る恐る話しかけると、少年はこっちに振り返った。あ、間違いなさそうだ。


 「あんた誰?(よう)(すけ)達は?」


 陽介?さっきの奴らかな?


 「あ、その人たちがここで待ってれば光君に会えるって」

 「あー、なんか言ってたな。俺に会いたい奴がいるってお前らの事。何の用?」


 用って言うか……なんて言えばいいんだろう。光君はパイモンとストラスをジッと見つめている。なんだか表情が少し険しい。そしてその後に俺の左手に視線をよこした。その表情が見る見るうちに変わっていき、敵意むき出しの表情に変わる。


 「光君?」

 「お前、継承者か?」


 な、なんで光君がその事を!確かに指輪をした状態だけど、指輪を見ただけで光君が分かるはずないのに!パイモンとストラスが身構えるのがわかる。


 「やっべ!」


 しかし俺たちの予想は大きく外れ、なぜか光君は俺たちから離れて自転車に乗って逃げようとしたが、そこは流石パイモン。一瞬で光君の腕を掴んでひねり上げる事で阻止した。


 「待て、どういう意味だ」

 「あでででで!いてえっちゃ!!何すんだよ!」

 「それはこっちのセリフだ。なぜ主のことを……」

 「指輪しちょんけん分かっただけやんか!放せよ!」

 「なぜ指輪のことを……お前たち人間が指輪を見る機会などないはずなのに」


 光君はパイモンに蹴りを入れながら大声を出した。


 「教えてくれたんだよ!フォラスが!」


 目的の名前が出てきた。やっぱこいつが契約してたのか!?

 パイモンが腕を放すと、光君は痛そうに腕を振った。


 「やはりお前、フォラスと契約しているのか?」

 「契約ってゆーのか?でも俺の耳見て分からんならその程度やな!とにかく俺は審判まで好きなことして生きるんよ。関わらんでくれ」


 耳にはオレンジ色のピアスが揺れている。これ、契約石なのか。


 「琥珀……アンバーのピアス。お前が契約者で間違いなさそうだな」

 「いや、契約ってのはしちょらんのやけどな。これは俺の物で間違いない」


 契約してない?じゃあなんでフォラスの事を……でもパイモンとストラスは別のところに驚きを隠せなかったようだ。


 「審判を知っているのか」


 審判?審判って何なんだ?そう言えばラウム達も皆、審判って……


 「な、なあ審判って何なんだ?」

 「何だ?お前何にも知らんのか?」


 話についていくため、パイモンに質問すると、光君は小馬鹿にしたように指をさして笑う。なんだよ……俺がおかしいみたいに。

 何だよ、審判って何なんだよ。なんでストラスもパイモンも顔を伏せるんだよ。


 「えーマジ?お前何も知らないの?その指輪って召喚者がつけてるんやないん?」


 光君の小馬鹿にした言い方に少しカチンとくる。だから俺は召喚者じゃねえっつの。まだそんな勘違いしてるやつがいんのかよ。


 「俺は召喚者じゃねえっつの!こんな指輪ほしくなんともねかったわ!」

 「あーそうなの?可哀想に。なら俺から一つ忠告しちゃん。最後の審判の準備は確実に進んじょんから、最後の時まで自分の好きなことをいっぱいする方がいいよ」


 最後の審判……その単語に聞き覚えがあった。ヴァッサーゴやラウム、ボティスがその言葉を呟いていたから。何を意味するなんて深く考えたこともなかった。光君の好きなことをいっぱいすると言う発言に火事のせいで性格が変わったと言うわけではなさそうだ。

 だとしたら、悪魔と契約して考えが変わる何かが起こったのか?


 「訳わかんねえよ……審判が起こったらどうなんだよ」

 「教えちゃろっか?」


 光君はケタケタ笑いながら俺に答えを教えようとしている。何でストラスとパイモンは今まで教えてくれなかったんだ?光君は知ってるのに。

 俺は光君を真っ直ぐ見つめた。


 「教えてくれ」


 嫌な予感がするけど、このまま引き下がるわけにもいかない。

 でも聞くんじゃなかった、それを思い知らされた。


 「最後の審判っつーのはな。人類滅亡のカウントダウンの最終章なんよ」


 人類滅亡……何言ってんだ?人類滅亡とか、そんなバカな話があるかよ。


 「……ふざけたこと言うんじゃねーよ」

 「ふざけちょらんし。最後の審判が行われた時、人類は滅亡する。そして悪魔と天使が次の世界創世をかけて戦争を繰り広げる。それが最後の審判らしいで」


 言葉が出ない。信じられない。だって人類滅亡とかそんなこと……

 だけど光君は笑ったまま。本気で言ってんのか?そんなあり得ない話を信じろって言うのか?本当だとしたら、なんでこいつはこんなに穏やかに笑っている?


 「信じられんよなぁ。俺も信じられんかったもん。でも本当。ハルマゲドン、自然の大災害による人類の減少、そして召喚門の封印の崩壊で悪魔と天使が出現して全ての生物は殺される。そしてその後、七日七晩の戦争が繰り広げられるんよ。もう誰も止められない。審判は必ず下る」


 そんなことが……

 ただ闇雲に悪魔を地獄に返せばいいと思ってた。悪魔がこの世界にいること自体が悪い事って思ってたから。でももっと恐ろしい事だったんだ、このままいったら最後の審判で皆死んじゃうんだ。足がガタガタ震え、握りしめた手には汗がにじむ。そんな俺を見て、光君は更に可笑しそうに笑う。


 「継承者、そんな(りき)まんでいいやん。なるようにしかならんのやしさ。諦めてお前も審判まで好きに生きた方がいいで。んじゃ、そう言うことで」


 光君が手を挙げて、自転車に乗ろうとする。隙を見て逃げようとする光君をパイモンが逃がすわけもなく、光君は再びお縄についた。


 「待て。まだこっちの話を聞いてないだろう」

 「なんだよ!首根っこ掴むなよ!」


 パイモンによって再び戻されて、光君は不満そうな声を上げる。しかし光君の声を無視して、パイモンは簡潔に問いかけた。


 「フォラスはどこにいる?奴の力を借りたい」

 「何で?」

 「死んだ人間を生き返らせるのにあいつに寿命を吹き込んでもらう必要がある」


 パイモンの言葉に光君は何かを察したようだ。フォラスの能力は理解してるんだな。


 「それで俺を探しに来た訳……フォラス、どうすんの?」


 光君は急に独り言のように呟いた。その光景にパイモンだけじゃなく、ストラスも怪訝そうに顔を顰める。すぐに光君は独り言をやめてにんまりと俺たちに笑みを向けた。


 「ダメだって。今はあんまストックがないからってさ」

 「何を根拠に言っている。それに貴様は今独り言を呟いていただけだろう」


 呆れてしまったのは俺だけじゃないだろう、なんでこんな独り言で決められなきゃいけないんだ。変な演技するな!パイモンがギリギリ首を強く掴み、光君はギブギブ!と声をあげる。


 「あでででで!首しまってる!独り言じゃねぇよ!フォラスは俺の中にいるんだ!」

 「はぁ?」


 なんだよそれ。自分の中にいるって……でもパイモンは何かを感づいたようだった。


 「お前の肉体にフォラスの魂が宿っていると言いたいんだな」

 「そうなんよ。あいつは俺で俺はあいつ。面白いやろ?契約石もいんないんだぜー」


 光君は身振り手振りをして説明しているが、よくわからない。

 光太郎を早く助けなきゃって想いと、最後の審判って奴のせいで頭の中がごっちゃだ。


 『拓也』


 ストラスが心配そうに頬にすり寄ってくるけど、俺は愛想笑いしか返せなかった。早く悪魔を戻さないと、じゃなきゃ皆死んでしまうんだ。途端にオロバスの言葉が思い出された。


 “決して道を違えるな。お前の選択次第で地球上の全ての生物の生か死か決まる”


 これってこういう事だったのかな。あいつは審判のことを俺に警告してたのかな。

 目の前ではパイモンに迫られて、真っ青な顔になっている光君。


 『拓也、考えても仕方ありません。今は一歩一歩前に進むしかないのです』


 そうだ、そうだよな。少しずつ前に進んだらきっと、きっと大丈夫だよな。

 俺は審判のことを無理やり頭の隅に追いやって、顔をあげた。


 「とりあえず、無理やりにでもお前に来てもらうからな」

 「嫌っち言いよんやんか!うるせえなぁ!大体なんで俺がお前らに付いてかんといけんのよ!よだきいし!!」

 「よだきい?まぁいい。とりあえず来い」


 パイモンが光君の腕を引き、引きずろうとした瞬間、光君は声をあげた。


 「嫌だ嫌だ嫌だ!助けてくれよフォラス!」


 光君がそう叫んだ瞬間に、パイモンの手が叩き落とされた。光君がそんなことをできると思わず、乾いた音に反応して振り返ると、光君がパイモンを睨み付けていた。


 「パイモン、今更何の用だ。俺はおまえにもバティンにも手は貸さないぞ。でも邪魔もしない、これでいいだろ」

 「フォラスか……」


 え?どういう事?何がどうなってんの?光君は?

 なんだか別人物のような空気を醸し出してんだけど……


 「ストラスこれって……」

 『フォラスが表に出てきたようですね。光という少年は中に隠れてしまったのでしょう』


 それってシトリーみたいにもう一つの存在が表に出てきたってことか。じゃあ今目の前にいる奴がフォラス……俺達が探していた人物、光太郎を生き返らせることができる切り札。

 光君、いやフォラスはため息をついてパイモンに声をかけた。


 「今さらその人間に寿命を与えたところで何も変わりはしない。審判の時には死ぬんだ。今死んだ方が楽かもしれないぞ」

 「審判は俺たちが必ず止める。その心配をする必要はない」

 「お前本気で言っているのか?ルシファー様はお前の行動を容認なさっているのか?可笑しいだろ……バティンは準備を着々と進めているぞ。お前バティンの相棒だろ?あいつの行動をお前だって知っているはずだ」


 パイモンは黙り込んでしまった。バティンって単語、ちょいちょい聞くけどパイモンの相棒的な悪魔で間違いはないんだろう。ルシファーの腹心って言ってたし、バティンもきっとそうなんだ。

 フォラスはチラッとこちらに一瞬視線を向けてため息をつく。


 「お前もこいつを過信するな。こいつの最優先事項はあくまでもルシファー様だ。今はいいが、最後に裏切られるのは目に見えてるぞ」

 「パイモンは最後まで俺を守ってくれる」


 裏切られる ― その可能性に怯えたときもあった。でもパイモンは裏切らないんじゃないかって思えるようになった。だって、あそこまで俺のために戦ってくれる奴が掌かえすとしたら、演技がすごすぎてだまされても仕方がない。

 俺はパイモンを信じる。最後まで、俺を守ってくれる。フォラスは表情を歪め、何かを呟いたけど、それは聞こえずに風に流されていった。

 

 「とりあえず、俺はその光太郎とか言う奴に寿命を吹き込むつもりはない。そいつには悪いが死んでもらうしかないな。人間はいつかは死ぬものだ。それが今日だった……それだけだろう?」


 今なんて?光太郎を助けるつもりがない?


 「なんでだよ!」


 俺は思い切り、光君の体に掴みかかった。


 「なんで駄目なんだよ!光太郎はお前ら悪魔に殺されたんだぞ!?なんにも悪いことなんかしなかった!なのに殺されたんだ!なんで助けてくれないんだよ!!」

 「俺も一応ソロモン七十二柱の端くれだしな。裏切り者達に協力する気はないな」

 「っなんだよそれ!」


 殴ってやりたい。こいつをぶっ飛ばしてやりたい。でも精神はフォラスでも肉体は光君、ぶっ飛ばしたら痛いのは光君で……悔しくて、光君の服を掴みながら唇をかんだ。

 光太郎のあの姿を思い出すと悔しくて悲しい。自然と零れ落ちる涙に、フォラスはため息をついた。


 「なんでそんなに足掻くんだ。悪魔にたてつかなけりゃ、それなりに楽しい生活できてたろうに」

 「お前らが暴れまわるから……!俺を殺しに来る奴らを正当防衛で戦って何が悪いんだ!」

 「だとしたら仕方ない。戦って何が悪いんだと言われたら何も悪くない。ただ、お前は少なくとも今までに他者を殺したり傷を負わせたりはしているはずだ」


 その言葉でフォラスを掴んでいた手の力が少し抜けてしまった。


 「その時お前は生き返らせようと思ったか?回復させてやろうと思ったか?思わなかっただろ?同じだ、身近な存在でないと何も感じない。残念だった、そう思うだけだ。それが今の俺の気持ちだ。ご愁傷様ってな」

 「ふざけんな、ふざけんなよ……っ」


 フォラスはゆっくりと俺の腕を自分からどかす。その表情は敵意もなく憐れんでいるように見えて頭に血がのぼっていく。しかし腕を掴むフォラスの力は強く、痛みで顔をしかめた俺にフォラスは小さく笑った。

 

 「審判までは思い残すことなく人生を謳歌しろよ。審判が始まれば全てが終わるんだから」

 「あ!光!」

 「おー陽介」


 光君を呼ぶ声が聞こえると、光君は急に声色を変えた。どうやらフォラスから光君に戻ったみたいだ。


 「話終わったん?」

 「おー遊ぼうや」

 「いいよー」


 光君はそのまま陽介って奴と校内に入って行ってしまい、残された俺達は呆然とする。

 涙を見られたくなくて、乱暴に袖で涙を拭いた。


 「主……」

 「なんでもない。早く光君を説得しないと」

 「今日はやめた方がいいです。一度戻りましょう。時間はまだあります」

 「でも!」

 「主」


 パイモンのドスの利いた声に頷くしかなかった。しぶしぶ中谷に電話して、セーレに迎えに来てもらう。大分県を離れる時に残ったのは後悔ばかり。


 俺、光太郎を助けれなかった。


 早く助けてあげなきゃいけないのに……逃げたみたいに帰ってる。悔しい、悔しい、説得もできないし、進展もない。本当に意味がないじゃないか。セーレが迎えに来て、開きかけた口から言葉が漏れることはなかった。こっちの雰囲気で上手くいかなかったと理解したんだろう。最低限の事しか聞いてこなかった。


 俺はジェダイトに乗っている間、一言も口を開かなかった。



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