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第84話 裏切りのペナルティ

 パイモンside ‐


 さすがはサブナック、簡単には勝たせてくれないようだ。奴の実力は地獄でも有名だった。まさかこんな形で剣を交えることになるとは予想していなかったが。

 だが光太郎があんなことになってしまった手前、ここまで来て引き下がれない。引き下がることを誰一人納得しないだろう。



 84 裏切りのペナルティ



 お互いに距離をとって一息つく。どのくらい剣を交えていただろうか。五分?十分?時間になおすと短いが、長く戦っているような錯覚に陥る。決め手が見つからないことへの苛立ちはあるが、それは向こうも同じことだ。


 『パイモン、大丈夫?』


 俺のサポートに徹していたヴォラクが歩み寄った。俺よりも傷を負っているお前の方が大丈夫かと思うがな。こいつの怪我、どのくらい時間が経ったんだろうか。何も起こっていないのならまだ大丈夫だとは思うが……


 『平気だ。お前こそどうだ?』

 『うん、平気。でも中々上手くいかないね。第一馬に乗られたんじゃ……』


 確かにあっちの方が機動力は高い。あの馬がいる限り、どうしようもないな。勝てないとは思っていない、だが面倒なのは確かだ。


 『先に馬から始末するしかないな。俺が奴を引き付けるからとどめは任せる』

 『……無理だけはするなよ』


 サブナックも俺たちと同じ。いや、三人を相手にしてる時点で俺たちよりも疲弊してるはずだ。ヴォラクは頷いて、ヴアルに耳打ちをする。その様子を見ていたサブナックは何かを仕掛けてくることを悟り、若干表情を硬くした。


 『小細工か……何を企んでいる?』

 『さあな』


 俺はサブナックめがけて走り、ジャンプして奴を狙う。攻撃を受け止められて着地した瞬間をにシメオンが前足を振り上げるが、その攻撃を何とか避けて、また斬りかかる。剣を受け止めながらサブナックがため息をついた。


 『無謀な……あまり動きまわると疲れるぞ』

 『ご忠告どうも』


 走りまわる機会は与えない、この位置のまま保つ!

 しかしシメオンは俺を蹴散らして距離をとろうとしている。自分が足止めされているのを理解している行動に感服する。まったく頭のいい馬だな。


 『いっけぇ!』


 俺がシメオンの攻撃を避けていると、ヴォラクがサブナックに斬りかかった。剣と剣がぶつかる音を立てた後、サブナックはすぐにヴォラクの剣をはじき返した。


 『攻撃が単調だな』

 『勝手に言ってればぁ?どちらにせよ逃がさないかんね』


 よし、これで何とかなるな。

 ヴアルは指先に力を集めている。かなりでかい爆発にするみたいだな。


 『ヴォラク。結界はっとけ。ヴアルの奴、かなり大規模な爆発を起こすみたいだ。音が漏れるぞ』

 『りょーかい』


 ヴアルが準備が整ったのか、サブナックを指差す。その瞬間飛びのいた俺たちを確認してヴアルが指先に力を込めた。サブナックの足元が赤く光っていき、熱がこちらにも伝わってくる。


 『これは……』


 瞬時に避けた俺は何とか爆発に巻き込まれることはなかったがヴアルの奴、シメオンだけじゃなくサブナックも巻き込めるほどの爆発を作り出したな。ヴォラクが瞬時に結界を張ってくれたおかげで、何とか音は外に漏れずに済みそうだ。

 煙の中で目を凝らすと、横たわっているシメオンの姿を発見し安堵する。確実にあいつはやれたな。だがサブナックは……


 『なかなか見事、と言うべきか。面白いものを見せてもらった』


 傷だらけになったとはいえ、あの爆発に巻き込まれても立ってられるとはな。サブナックは未だに追い詰められたような焦りを一切見せることなく、剣を床に突き立てた。


 『お前達との戦、楽しかったが時間だ』

 『なに言ってんの。シメオンがやられたからって逃げる気かぁ?』


 サブナック一人になった事で勝利を確信したのか、ヴォラクは挑発するように笑い、剣を向ける。しかしサブナックは表情を崩さず動揺している様子も全く見られない。話している時間はない。一瞬で勝負を決める。

 そう思い、走ろうと足に力を入れた瞬間に、体から力が抜けていくのを感じた。


 『誰も逃げられはしない。だが死ぬのはお前たちだ』


 サブナックが笑いながら俺たちに指をさす。


 『もう立つこともできないだろうな。体中が少しずつ腐っていくのを分かっていながら止められないのは苦しいぞ。楽に死なせる気はない、もがき苦しみ、腐り果てるがいい』


 サブナックがそう話した瞬間、奴に斬られた部分から蛆が湧き始めた。しまった、時間が来てしまったか。


 「え、は!?パイモン何だよそれ!?」


 少し離れた場所でこの光景を見ていた主が顔を真っ青にさせ、大声を出す。体から蛆が湧き出る光景はあまりにも気味が悪く、体を這う感覚があまりにも不快だ。


 『主、奴の能力は腐敗。斬りつけた箇所を腐らせる力を持っています。その時間が来た様です』

 「そんな……」

 「くっそ!マジなんなんだよこれ!」


 シトリーの声が聞こえて慌てて振り返ると、シトリーが必死で蛆を払っていた。そうか、シトリーも確か所々に傷を負っていたな。シトリーが倒れるのはまずい、あいつが倒れたら光太郎の魂は肉体から離れてしまう。

 なんとかサブナックを倒そうと起き上がろうとするが、足、腕、頬……腐った個所はさっきと違い、上手く動かせない。壊死を起こしているのかもしれない。どうでもいい事に頭を働かせてしまい、慌ててかぶりを振る。何とかしなければ。ヴォラクも体をうまく動かせないのか、膝をついてしまっている。


 『いい光景だな。信司の仇敵も全身から湧いてくる蛆に涙を流していたな。どうしようもないのに、助けてくれと頼みこんでくる様が滑稽だった』

 『悪趣味が……』


 この状況をどうする、時間をかけすぎた。サブナックの能力は分かっていたからヴォラクやシトリー達の傷も考慮してサブナックから先に倒そうと躍起になったのが敗因か。実質俺の負けだ。この状態で戦っても、勝負は目に見えている。


 − 俺は、こいつに勝てない。


 最悪の結末が頭によぎる。自分たちを置いて、なんとか主と中谷だけでも逃がす方向にシフトするタイミングなのかもしれない。ヴアルとストラスを主と中谷につける。二人には申し訳ないが……光太郎はもう諦めてもらうしかないだろう。シトリーも確実に生きて帰れないだろうから。


 『パイモン、ヴォラク大丈夫!?』

 『大丈夫な訳ないじゃん!こんな虫が湧いちゃってんのにさ』


 後方支援で唯一怪我を負っていないヴアルが真っ青な顔でこの状況を眺めている。

 くそ……このまま戦っても話しにならない。サブナックも傷を負っているが、それでも遥かに俺たちよりは動けるはずだ。せめてあと少し時間があれば……


 『お前達はもういい。それよりも』


 サブナックはゆっくりと主に近づいて行く。


 『お前だ継承者』


 主と中谷だけでも逃がすべきだ。今の俺でどこまでやれるかは分からないが、やるしかない。感覚のない手で剣を握る。意識をしていないと手から剣が零れ落ちてしまう。どのくらいの腕力で握っているのかすら感覚がなくて分からない。痛みは、感じない。


 『大人しく付いてくるか、半殺しにされて連れていかれるか、選ぶがいい』

 『拓也は行かせません。私が相手です』


 主を庇うように前に出てきたストラスはサブナックの前では赤子のように非力な存在で、ストラスの言葉にサブナックが反応することはない。


 『外野は黙っていろ。継承者の意見を聞いている』

 「……俺は行かない!誰が付いてくもんか!お前だけはぜってーにぶちのめしてやる!!」

 『ならば仕方ない。少々痛い目を見てもらうか』


 サブナックが剣を抜いて、主の前に立つ。それを見たストラスが飛びかかったが、相手が悪い。ストラスはサブナックに地面に叩きつけられ、足で踏みつけられた。


 「ストラス!!てめえ……絶対に許さねえ!!」

 『主、危険です!逃げてください!貴方の手に負える相手じゃない!』

 『拓也!お前の敵う相手じゃねーぞ!』


 そんなこと、貴方でもわかるでしょう?勝ち目がないことくらい、手も足もでないことくらいわかるでしょう!?なのになぜ浄化の剣を持って立ちあがるのです!?

 シトリーの怒声にも主は耳を傾けない。


 「何だっていい!俺は戦う!だってこいつは光太郎を殺した奴なんだぞ!!」


 その言葉を聞いたら言い返せなくなってしまう。ずっと黙っていた中谷もバットを持って立ち上がる。


 「そうだ。こんなとこで、こんな終わり方あるわけねえだろ!こんな後味悪い終わり方認めねえ!!」


 主と中谷の言葉に俺もヴォラクも黙ってしまうしかない。二人は逃げる気がなく、何が何でもサブナックに一泡吹かせる気なのだ。できないと分かっていながらも、光太郎のことを考えれば逃げると言う選択肢を二人は選ばない。

 動け、動け!!足の感覚がなくて重心を上手く移動させられない。目の前にサブナックがいるのに、俺の契約者がいるのに、なぜ俺は、ここで膝をついているんだ!!


 「俺は、光太郎を殺したお前を死んでも許さない」

 『脅しのつもりか?もとより貴様に許しを請う気など初めからない』


 サブナックは剣を向けて主に斬りかかっていった。


 ***


 セーレside ―


 拓也たちは大丈夫かな。相手はサブナックだけど……パイモンがいるとはいえ、相手は地獄でも剣豪として名のしれていた悪魔だ。俺が十人いても一瞬で蹴散らされるんだろうな……

 そう思いながら信司君の背中をなで続ける事数分、大きな音をあげて屋上のドアが開いた。


 「信司!」

 「竹下先輩……」


 そこには恐らく巻き込まれてしまったんだろう、さっきまで体育館にいた少年が立っていた。竹下と言われた少年は黙って信司君の所まで歩いてきて、手を振り上げた。

 風を切るように乾いた音が響き、信司君の頬が真っ赤に腫れる。あまりのことに驚いて止めることができなかった俺を他所に、竹下は信司君の胸ぐらを掴み顔を近づけた。


 「どうすんだよ……こんな騒ぎ起こして……部長も、お前の幼馴染もどうすんだよ!お前犯罪者になっちまったんだぞ!?」

 「どうしようもないっすよ。やっちまったもんは……だから最後のツケはあいつにちゃんと返さないとな」


 信司君はサブナックの契約石であるブローチを握りしめ、大きく振りかざした。

 まさか……


 『壊す気なのか?』


 どうやら俺の考えは正解のようだ。信司君はそのまま勢いよくブローチを地面に叩きつける。


 『止めろ、契約石は君では壊せないよ。それに契約石を壊すことがどういう事か知ってるのか?契約石を壊した時点で契約の不成立がなされる。それこそ本当に腱を切られるぞ』

 「あいつがいなけりゃ大丈夫だ。契約石を壊したら、あいつはここに来れやしない」


 信司君はそう言って、アマゾナイトのブローチを何回も地面にぶつけつづける。慌てて腕を掴んで行動を阻止するも腕を乱暴に振り払われ行き場を無くした手が宙を舞った。


 『そう言う問題じゃない。契約石を壊した時点で、契約石の中に詰まっている悪魔のエネルギーが君に襲い掛かる。サブナックがいなくてもこの場で君の腱は切られる。契約石を俺に渡すんだ』

 「誰が渡すかよ。ばーか」

 『信司君……』


 信司君は契約石を強く握りしめて俺を睨みつける。


 「あんたたちはサブナックには勝てないよ。あんな強い奴に勝てるはずがない。きっと全員殺される。だから、止められるのは俺だけだ」


 その言葉に何も言えなくなってしまった。どこかで、俺はこの少年には当然の報いだと思っていたのかもしれない。俺は、光太郎のことを好ましく思っていた。中谷同様勇気がある少年だと。ただ、少しだけ弱い子だとも思っていた。拓也以上にきっと、彼は勇気がなく戦いに臆病 - 俺は彼をそう思っていた。でも、拓也のためと言って奔走する光太郎に、できれば幸せになってほしいと思っていたんだ。だから、それを壊したこの子を許せなくて……強く止めることをしなかったのかもしれない。


 信司君は何回も何回もブローチを叩きつけ、ひびはどんどん大きくなっていく。まさかサブナックは契約石を結界でコーティングしていないのか?そんな無謀なことをするほど信頼関係があるのか?どちらにせよ契約石を壊せる環境にあるならば止めなければ不味い。そう思っているのに、体が動かず、自ら傷つきに行くこの子を見ているしかできない。

 十数回、信司君がブローチを叩きつけた瞬間、小さな音を立ててブローチが割れ、中からエネルギーの塊が放射される。それは一直線に信司君の足に向かい、両足を貫き、信司君は痛みからその場に倒れこんだ。両足からは血が噴き出ている。


 「信司!?」


 竹下君が慌てて信司君を支えた。痛みを我慢して、脂汗をかきながらも信司君は自分が勝ち誇るように笑った。


 「へへ……ざまあみろ」

 「お前何してんだよ!?なんだかわかんないけど、足の腱切れたらもう二度と歩けねーじゃねーかよぉ!!」

 「覚悟はとうにできてた。今更ですよ……」

 『……契約石が壊れた』


 契約石は俺たちの力の源。いわゆる心臓そのものだ。それこそ契約石自体を結界でコーティングして、割れないようにしているのに、いくら何回も叩きつけたからと言って何でこんな簡単に……サブナックは契約石を結界でコーティングできない程、追い詰められてたのか?

 俺は信司君を背負って、竹下君と体育館に戻った。


 ***


 拓也side ―


 「な、なんだ?」


 俺達に斬りかかろうとしていたサブナックが急に体育館に膝をついた。先ほどまでの勢いは失われ、体を震わせて何かに耐えているようにも見える。演技?いや、そんなはずないよな。


 『契約石が………壊され、た……?』


 そう呟いた瞬間、サブナックの体が砂のように崩れ出した。その光景に中谷があんぐりと口を開け、側にいたシトリーも目を丸くしている。


 「なんだ!?」

 「恐らくあいつの契約石を光太郎の幼馴染が壊したんだ」


 体中に湧きだす蛆を払いながらシトリーが答える。契約石を壊すなんて、そんなことできるのかよ。でも確か宝石だもんな。ハンマーとかで叩いたら砕くことできるのかな。


 「壊した?」

 「契約石が壊されれば今まで蓄えられていたエネルギーは全て放出されて消える。あいつはヴェパールと同じ目に遭うんだよ。でもよ、それを危惧して大抵の悪魔は壊されないように常に契約石に結界をはってガードしとくもんなんだが、壊されるなんて初めてだな。冷静そうに見えて、あいつも契約石の結界をはる力すら惜しいくらい追い詰められてたんだろうな。だとしても……噂通り、とんでもねえ強さだった」

 「早くこいつを戻さないと!」


 苦しそうに息を吐きながら地面に倒れるサブナックの前に立つ。


 「ストラス召喚紋を!」

 『わかりました。しかし契約者でなければ、彼を地獄に返すことはできません』

 「ヴォラク、結界を解いてくれ!」

 『拓也ってばそんな奴まで助けるなんて……お人よし』


 ヴォラクが手を動かした瞬間結界が消え、それと同時に信司君をおぶったセーレが入ってきた。俺は信司君に大声を出す。助けるとか、そんな優しいもんじゃない。ただ、目の前で死なれるのは後味が悪いだけだ。苦しみながら死ぬ姿を見たいとか、そんなことは思っていない。


 「おい!早く呪文を唱えるんだ!こいつ地獄に返すぞ!!」

 『わかった!行けるね信司君』

 「呪文しらねえ」

 『君は俺の言った言葉を間違えずに繰り返せばいい』

 「わかった」


 幼馴染は隣にいたセーレに教えてもらいながらも、呪文を唱えていく。その言葉に反応して召喚紋は輝いていき、サブナックの体は透けていく。


 『どこまでもお人よしか』


 最後の最後にサブナックは薄く笑う。最後までニヤニヤしやがって……どれだけの犠牲を出したと思ってるんだ。そんな奴でさえも殺せない俺は確かにお人よしなのかもしれない。


 『犠牲無くしての勝利はあり得ない。それは考えておくことだな。俺を召喚紋に閉じ込めた分のペナルティをな』

 「何が言いたい」

 『どこまでも気楽な奴と言いたいんだ。ペナルティは確かに下った。一生苦しみながら生きていくがいい』


 サブナックはその言葉を吐くと、光に包まれて地獄に消えて行った。やっと終わったのだと実感して、でもそこに光太郎はいなくて……これからどうすればいいんだろう。


 「何が言いたかったんだよあいつ……あんな奴のせいで光太郎はっ!」


 握りこぶしをつくって怒りの矛先を集中させる。どう発散すればいいかわからない。光太郎は、あんな奴に殺されてしまった。セーレがシトリーの治癒に向かい、その光景を黙って眺めている俺にストラスが語りかける。その視線は光太郎の幼馴染に向いていた。


 『拓也、あの少年……』

 「どうでもいいよ、あんな奴……それよりも光太郎が」


 堪えていた涙が再び溢れそうになる。全てが終わった体育館の中は静寂に包まれていた。あの姿の光太郎を見るだけで胸が締め付けられるように痛い。しかしストラスに羽で叩かれて視線が交わる。


 『話を聞きなさい。あの少年、恐らく腱を切られています』

 「何言ってんだよ。セーレが見張っててくれたんだぞ。そんなこと起こるはずがない」

 『詳しくは分かりません。しかしサブナックのあの様子では契約石を破壊されたのは間違いないでしょう。契約石には悪魔のエネルギーが入っている。壊された瞬間に、貯蔵していたエネルギーが暴走して契約者に襲い掛かるようになっているケースが多い。契約石を破壊すると言う事は契約者が意図的に我ら悪魔を殺そうとする行為ですからね。これは我らの自己防衛と言うべき行動です。おそらく契約石を破壊した際にあの少年は足を潰されています。殺されなかっただけ幸いと言うべきなのかはわかりませんがね』


 ストラスの説明を聞いて幼馴染の足を見ると、そこからは大量の血が流れ落ちていた。慌てていて何も考えていなかった。あいつがさっきから立ち上がらないのは足が痛いからじゃなくて、立ち上がれないから?

 全身の血の気が引き、サブナックの最後の言葉が思い出される。


 「嘘だろ……」

 『嘘ではありません。彼はサブナックを止めるために自らの足を犠牲にしたのです』


 じゃあもう二度と歩けないってこと?

 幼馴染は四つん這い状態で光太郎に近づく。


 「光太郎ごめんな……」


 謝っても光太郎が返事をすることはない。目は固く閉じられ、光太郎を傷つけられたシトリーは今にも殺さんとするように相手を睨み付けたが、セーレに止められ舌打ちをした。しかし幼馴染の足を見て状況を理解したのかポツリと話しかける。


 「お前自分の足を犠牲にしたのか?」

 「これがけじめだった」

 「そうかよ……礼は言わねえ。俺はお前を殺したいくらい憎んでる」

 「……すみませんでした」


 シトリーはそれ以上何も言わなかった。治癒をおえたセーレがパイモンとヴォラクの方に向かい、暫くするとパイモンがこっちに歩いてきた。


 「パイモン、良かった」


 怪我が治ったパイモンは黙って俺を睨み付け、手を振り上げた。何が起こったか分からず、頭がじんじんして訳も分からず頭を思いきり殴られたことに目を白黒させるしかない。

 パイモンは表情を変えず、相変わらず何を考えているか分からないが、声色は普段よりも低く怒っていることが伺えた。


 『私の力不足だったことは否めません。奴を始末することができなかった。しかし、なぜ逃げなかったのですか。自身の腕を過信しましたか?』


 パイモンは俺が逃げずにサブナックに立ち向かったことに怒っているんだ。ストラスが慌ててカバーに入るように羽で俺の顔を抱きしめるも、パイモンは視線を俺からそらさない。


 「過信なんかしていない。でも、あのまま逃げるのだけは嫌だった」

 『勝てないことがわかっていて挑んだと?前にも言いましたが勇気と無謀をはき違える馬鹿は嫌いだ。あの契約者が契約石を破壊しなければ、間違いなく中谷も殺され貴方は地獄に連れていかれていたでしょう。なぜ、そんな簡単な未来が想像できないのですか?』


 なんで、俺がこんなに怒られているんだ。心配してくれているにしても、そんなに怒ることないじゃないか……

 多分、パイモンの言っていることは正しいんだろう。俺と中谷であんなやつを倒せるとは思っていない。二人まとめて返り討ちだろう。

 ストラス達もパイモンの言っていることが正論だから事の顛末を見守っているんだ。光太郎の側にいた中谷がこちらに走ってきてパイモンに掴みかかった。


 「そんな言い方ないだろ!!俺たちの気持ちを理解してくれたっていいだろ!?」

 『その気持ちを理解して仇討を承認しろと?褒められた行為でないことはわかっていただろう』

 「だけど……ッ!!」

 『お前には家族はいないのか?』


 パイモンの言葉に中谷の反論が止まった。力の抜けた手をゆっくりとはがし、パイモンは再度同じ質問を繰り返した。


 『お前の自分勝手な感情で悪魔に殺されたとなって、お前の家族はどう思うか聞いている。お前の場合は主と違って家族に悪魔のことを話していないだろう。お前は殺されて魂を抜かれ、存在を抹消されて、家族からしたらお前は行方不明のまま永遠に見つからない - お前はそんな最悪の事態を現実にしようとしていたんだぞ』


 俺達は考えていなかった。俺達にも大切な人がいるってこと。光太郎が殺されて、目の前の悪魔を逃がすことだけがどうしてもできなくて……軽率に負けてもいいから逃がしたくないとか簡単に言ったけど、負けたらやりなおせない。俺たちは殺されていたかもしれないんだ。

 パイモンは中谷にも派手な拳骨を一発落として、痛みでうずくまった中谷に治癒を終えたヴォラクが慌てて走り寄っていく。


 『パイモン何するんだよ!?』

 『お前、この程度で蹲って動けなくなるのか?』


 頭を押さえてパイモンを睨み付けた中谷に、パイモンは溜息をつく。かくいう俺は、何も言い返すことができない。頭は未だにじんじんしているけど、俺と中谷はこの拳骨一発で黙らせられるんだ。


 『中谷、死ぬときは……もっと痛いぞ。今まで経験したことのない痛みを味わって、冷たい地面に痛みでのたうち回り死に至る。その光景がどれだけの恐怖か分からないか。俺もヴォラクも体が腐りかけてお前が殺されるのをきっと止められないだろう。お前は奴の剣に斬られ、地面に転がってもヴォラクは今みたいにお前の側に駆け寄ってお前を守ってくれないぞ。なぜ、その未来を想像できなかった』


 パイモンは本気で俺と中谷を心配してくれていた。きっと、逃がそうとしてくれていたに違いない。そのパイモンの努力を俺たちは最悪な形で裏切ろうとしていたんだ。

 零れた涙をストラスがぬぐい、震える声で『無事でよかった』と告げる。俺たちは本当にとんでもないことをしでかすところだったのかもしれない。家族や友人、澪にももう会えなくなるところだったんだ。


 「……ごめん、なさい」


 絞り出した俺の声に反応して、中谷も泣きだした。悔しいと歯を食いしばって泣く中谷をヴォラクが抱きしめる。

 そんな俺たちを見て、パイモンは頭を下げた。


 『私が奴を仕留められたら良かっただけです。本当に申し訳ありません。ただ、こんな危険なことはもうしないと約束してください』

 「……うん」

 『とりあえず、マンションに戻りましょう。話さなければならないことがあります』


 俺は頷いて幼馴染に目をやる。あいつが歩けないってこと、パイモンにもわかるみたいだ。渋い顔をしている。


 「信司の足ってさ、セーレにも治せないのか?」

 『腱を繋ぐなどは高等魔術です。それこそ白魔術専門の悪魔でなければ難しいですね。セーレは元々白魔術に特化しているわけではありません。腐敗を治すことも専門外でしょう。負担をかけてしまって、あいつには本当に申し訳ない事をした』


 セーレはかなり無理をして皆の治癒をしてくれていたんだ。幼馴染の足の出血を止めているセーレに近づいて声をかける。


 「大丈夫?無理、してない?」

 「大丈夫、とは言えないかな。でも、俺にしかできない事だから、頑張るよ。ありがとう拓也」


 こんな時でも弱音を吐かないセーレに再度謝罪を入れて、パイモンの元にもどる。幼馴染は、今回の件をどう処理するんだろう。


 「あいつどうすんのかな。自主すんのかな」

 『証拠がありません。それに死体もないのです。悪魔の存在を知らない人間に打ち明けた所で、いつかは矛盾が生じ、説明できない事態に行きつきます。このまま罪を背負って生きていくのでしょう。自主した所で、どうしようもありませんからね』

 「そっか……」


 ***


 あの後、俺達は信司を家まで送って、竹下さんと別れた。ずっとパニックを起こしていた竹下さんだったが、怪我を治してもらった信司が一から竹下さんに説明して、全てを理解したようだ。流石に悪魔の戦いを見ていたため、一度も嘘だ、等の否定を入れることはなく、俺達に頭を下げてお礼を言ってくれた。

 恐怖で顔が引きつっている竹下さんに、今回の件は他人には言わないでほしいとお願いすると、竹下さんは言ったところで信じてくれないっつってた。でも……


 「俺は、これで良かったんだと思います」

 「竹下さん?」

 「……君の親友に関しては信司は償いきれないほどのことをした。でも、俺も……信司の幼馴染も、信司が全てを打ち明けてくれた時にきっと同じことを思ったんだ。あんな奴ら、殺されても仕方ないって。俺が信司の立場だったら、泣き寝入りしないといけない状況で復讐する機会を得たのなら…………飛びつかずにはいられないんじゃないかって」


 俺は信司君をどうしても好きになれない。それは光太郎を殺されたから、そして信司君がなぜ悪魔と契約したかの理由を知らないからだ。でも竹下さんと光太郎は、俺達が来るまでに信司君と話をして、契約理由に納得する部分があったんだろう。

 竹下さんは再度もう一度俺たちに頭を下げて、信司君の肩を支える。


 「流石に病院に行きます。足の健が切られたなんて隠し通せないし、信司の両親に連絡するんで残ります」

 「そっか……もう、こんなことするなよ」


 竹下さんと信司君を置いて、俺達は学校を後にした。光太郎はシトリーが背負って運んでいる。確かにシトリーが光太郎に何らかの処置をしてくれていたからか光太郎は死後硬直などすることなく、はたから見ても眠っているように見えるだろう。


 「光太郎を家族の所に返さなきゃ……」


 マンションについてソファに寝かせた光太郎を見て、ポツリと呟く。なんて酷いんだろう、きっと光太郎の家族皆が悲しむ。

 家族だけじゃない。澪も桜井達も、皆悲しむ。


 「拓也、話がある」


 光太郎の手を握っていたシトリーが顔をあげた。その表情は真剣で、俺と中谷はシトリーに顔を向ける。


 「悪魔フォラスを探せ」

 「フォラス?」

 「だからシトリーは光太郎とリンクしてたのね!」


 ヴアルが納得したように声を出すが、理由のわからない俺たちは納得がいかない。どういうこと?悪魔を探しに行かなくちゃいけないのか?こんな時にそんなことしている場合じゃないだろ。光太郎が殺されたんだぞ!?


 「なんでこんな時まで悪魔の話なんだよ!」


 俺も中谷と同じ気持ちだ。

 親友が死んだのに、なんでまた悪魔を探さなきゃいけないんだ!


 『中谷、話を聞きなさい』

 「なんでだよ!」

 「悪魔フォラスの力があれば、光太郎を生き返らせることができる」


 シトリーの言葉に目が丸くなる。光太郎が、生き返る?


 「フォラスは俺らと同じソロモンの悪魔だ。奴が司るは生と死。奴は七十二柱の中で唯一、人間と契約しなくてもこの世界に存在を許された悪魔だ。あいつの力は相手の寿命を奪って、それを自分の寿命にかえること。逆もまたしかり。つまり、あいつの寿命を光太郎に送り込んだら、光太郎はまた目覚めることができる。その為には魂が肉体にとどまってるのが大前提なんだ。だから今、俺はこいつと体をリンクしてる」


 生き返らせる?光太郎を?もし、そんなことが本当に可能なら……

 返事をしない俺と中谷の近くにヴォラクも歩いてくる。


 「拓也、光太郎を生き返らせるにはそれしか方法がないよ。どうすんの?」

 「……そんなの決まってんだろヴォラク。俺はフォラスを探す」


 俺の言葉に皆が一斉に頷く。


 「じゃあ早くしてくれよ。期限は五日間だ」

 「五日間!?期限があんのかよ!?」

 「当たり前だ。契約者がいない今、契約石の中の自分のエネルギーを使ってんだ。五日もしたら俺のエネルギーも空っぽだ。そうなったら俺は砂になっちまうし、光太郎も死んじまう。五日間以内だ」

 「……わかった」


 絶対に探し出してやる。情報も何もないけど、絶対に光太郎を死なせるもんか。パイモンもパソコンを開き、早速情報を探し出す。今までは事件を探して悪魔を探していたが、一匹の悪魔に狙いを絞って探すのは初めてだ。

 俺達も何か手伝えないかと立ち上がろうとしたが、ストラスが俺と中谷の膝に羽を置いて立ち上がるのを阻止してくる。


 『拓也、中谷。今日は疲れたでしょう。貴方達は今日はゆっくり休みなさい。情報もないのです、マンションにいた所で何もできません。私は今日はマンションで調べますので帰っていてください』

 「手伝うよ」

 『いいえ、休みなさい。休めるときに休まないと、フォラスの情報が見つかってからは寝ずに世界を飛び回るかもですよ』


 有無を言わさない一言に俺と中谷は渋々頷き、俺達は一旦家に帰ることにした。


 「見つけられると思うか?」

 

 帰り道、中谷が不意に呟く。


 「見つけてやる。絶対に」

 「そうだよな。やる前からそんなこと言ってたら意味ねぇもんな」


 絶対に光太郎を救いだしてやる!


 ***


 信司side ‐


 高校の前ではリポーターが十数人待機している光景がテレビに映っていた。自分の高校がこんな最悪な形で有名になるとは誰も思わなかっただろう。

 校長達の謝罪の様子や、生徒のインタビュー、PTAの様子、何もかもが映されている。テロップには有名強豪校で集団いじめが発覚。加害者は行方不明、顧問も隠蔽。との見出しだ。教師陣はこの事態にあたふた騒いでいる。

 クラスメイトのインタビューが流れており、全員が眉を八の字にまげ、インタビューに応えている。


 「すごくいい奴でした。バスケもうまくて……あまりそういう話は本人から聞いてなかったのでビックリして……最悪だとおもいます。先輩達は全員行方不明になってるって」

 「逃げたんだと思います。健を切るって頭おかしいよ……」


 その話題が映りチャンネルを変えた。バスケ部は無期限の活動停止処分、監督は解雇。もちろん高体連、インターハイの地区予選も出れない。

 それを見て、すべてが終わったんだと実感した。やっと、俺の復讐が終わりを告げたんだ。

 窓を見ると雲一つない晴天。普段なら嬉しいはずなのに、なぜかその眩しさに苛立ちが募る。そしてそんな俺の横には……


 「信司、その……すまなかったな」


 今日も父さんと母さんが病院に見舞いに来ている。ずっと気まずそうにして……


 「早く捕まるといいわね」

 「捕まんないよ。絶対に……」


 だって俺が殺してしまったから。


 「そんなこと言わないで。母さんと父さんが絶対に見つけてみせるわ」


 今更母親ぶらないでくれ。何を言われたところで、あの言葉を俺は忘れないんだ。肝心な時にあんたは信じてくれなかった。

 カーテンがそよいでいる。外は憎らしいほどの晴天。


 「信司リンゴいる?」

 「いい」


 光太郎はどうなったのかな?あの拓也って言う奴は警察に何も言ってないらしい。逆に部長達の両親が家に帰ってこない部長達を心配して捜索願を出したらしく、捜査している時に竹下先輩が部長達の事を警察に言って今に至る。

 そのせいで俺は完全に被害者扱い。警察も俺に何も言ってこない。言ってくれた方がすっきりするのに……


 「母さん、俺が先輩達を殺したって言ったらどうする?」


 母さんと父さんの空気が固まる。

 さぁどう出る?


 「信司、貴方少し疲れてるのよ」


 母さんは俺を抱きしめる。やっぱり信じてくれない。まあ普通は信じないよな、それはわかってる。

 でもそれに絶望してる自分がいる。


 「退院したら車いすを使って学校に行くのか?」

 「悪い?」

 「またそんな目に遭うと思ったら……」

 「心配しなくてもいいよ」


 俺は人殺しだ。そしてそれを揉み消してしまっている。他人に話しかける資格なんてない。だから俺は父さんたちに笑いかけてこう言った。


 “もう誰とも関わらないから”


 その時の父さんと母さんの顔は傑作で……俺はその顔を二度と忘れることはないだろう。


登場人物


サブナック…ソロモン72柱序列43番目の悪魔。

      50の悪霊を率いる侯爵であり、その姿はライオンの頭部を象った豪奢な兜を頂いた蒼白の騎馬を駆る騎士の霊であるという。

      腐敗を司り、傷を負わせた箇所を腐らせることができる。

      サブナックの武力は凄まじいと語られている事から戦闘力はかなり高い。

      また、サブナックの武力は単に戦闘能力だけに留まらず、戦争に関するあらゆる能力を含めた武力なのである。

      その為、契約者が望めばサブナックは強固な城や塔を作り出し、必要とされる武器を用意することも可能である。

      契約石はアマゾナイトのペンダント。


信司…光太郎の幼馴染。

   才能あるバスケ選手だったらしく都内では結構有名だった。

   自分を怪我させた先輩たちの復讐のためにサブナックと契約した。

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