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第83話 青空への逃亡

 拓也side -


 「セーレ!パイモン!大変だって!」

 「どうしたんだ拓也?」


 俺があまりにも慌ててマンションに入って来たので、セーレとパイモンは顔を見合わせた。ああ、この温度差がもどかしい!早くいかないとヤバイんだよ!でも俺も中谷から聞いた話だから詳しく分からないし、上手く説明できない。


 「幼馴染の光太郎が悪魔と契約してて!そんで体育館がピンチで!」

 『拓也落ち着いてください!』



 83 青空への逃亡



 「ストラス、どういうことだ?」


 セーレが俺をなだめている間、パイモンがストラスに詳しく事情を話すように求めた。やばい、過呼吸起こしそう。


 『光太郎の幼馴染が悪魔と契約しているようです。幼馴染の高校の体育館で悪魔と遭遇したと中谷から連絡が入りました』

 「悪魔は?」

 『サブナックと……』

 「……その状況でサブナックか……急がないと不味いな」


 そんなにヤバい奴なのかサブナックって。ストラスも上位の悪魔だって言ってたし……そんな奴相手にパイモン抜きはきつすぎる気がする。もんもんとネガティブな考えをしている俺を余所にパイモンが立ち上がり、ドアを開ける。


 「主、行きましょう」

 「あ!そうだよな!」


 俺の背中を叩いていたセーレが立ち上がる。


 「ジェダイト使う?」

 「いや、お前は体力を温存しておいた方がいい。サブナックの能力は腐敗。白魔術が恐らく必要になるだろう。お前だけが頼りだ」

 「わかった」


 なんかよくわかんないけど、いちいち質問してる場合じゃない。

 俺達は急いでマンションを出て、その高校に向かった。


 ***


 光太郎side ―


 『行くぞシメオン』


 青白い馬がどこからか召喚され、サブナックにすり寄った。不気味な雰囲気を醸し出すサブナックに得体の知れない恐怖を感じる。

 サブナックはシメオンと呼んだ馬に跨り、剣を抜く。


 「おいおい……この狭い中で馬に乗る気かよ」

 『これだけのスペースがあれば走りまわることは可能だ』


 馬は暴れたそうに鼻息を荒くしている。確かに体育館のスペースがあれば、少しくらいは走り回れるだろうけど、でも馬に乗られたら不利になるんじゃ……

 案の定、シトリーは嫌そうな顔をしてる。


 「馬か……騎馬と歩兵って無理あるくね?」

 『俺は羽で飛べるから問題ないね』


 ヴォラクは羽をばたつかせて、空中に浮かぶ。

 

 「私も遠距離だから心配ないもの」

 「俺だけかい」


 シトリーは肩を鳴らす。でもその顔は不敵に笑みを浮かべていて、やられる気は毛頭ないという感じだった。俺と中谷に竹下さんを連れて下がれと言って、三人は俺達の前に立つ。


 『お前たちの魂を地獄へ』

 『行くぞ!』


 サブナックを乗せたシメオンが勢いよくヴォラク達に向かって走り出した瞬間にヴォラクが飛びあがって、サブナックに剣を向ける。サブナックとヴォラクの剣がぶつかりあい、二人は剣をギリギリと音を立てて押し合っている。

 その瞬間を狙って、シトリーがシメオンに襲い掛かった。まずはサブナックを落馬させようと思っているらしい。

 でもシメオンも簡単にはやらせない。前足でシトリーを蹴り飛ばそうと激しく動いている。でも馬がこんなに動いてるのに、乗っているサブナックはビクともせずに、ヴォラクと激しい攻防戦を繰り広げており、不安定な体勢でもバランスを崩すなんてこともしない。

 ヴォラクとサブナックが剣を向け合っているのをヴアルが狙う。


 『一気に行くわよ!』


 ヴアルが指差した場所、サブナックとシメオンが火花に包まれる。その瞬間を見てヴォラクとシトリーが距離をとり、サブナックは爆発をもろに食らい煙に包まれた。


 「なんだよこれ……」


 竹下さんを中谷が隅に連れて行き、状況を眺めている。でも竹下さんはガタガタと震えているのが丸わかりで、可哀想なくらい真っ青になっていた。

 そんな竹下さんを余所に、ヴォラク達は事を進めていく。


 『やったか?』

 「無理だろ。一撃じゃ仕留められねえよ」


 三人の雰囲気は全く緩んでおらず、倒せていないことを何となく理解した。ヴォラクとシトリーは警戒を緩めないまま取っていた距離を少しずつ縮めていく。

 煙が薄くなっていき、なんとか肉眼で確認できる頃にはサブナックが倒れていないことがすぐに確認できた。


 『御苦労』


 サブナックは部下の悪魔に身を包まれて傷一つ負っていなかった。


 『サブナック様ノ為ナラバ……』


 悪魔はそう答え、そのまま倒れこむ。体中が焼けただれて、皮膚ははがれていた。


 「ひっ……!」


 竹下さんが恐怖で後ずさる。無理もないか、だってこんなの普通ならそう思うよな。俺と中谷ですら直視できないんだから、初めてこんなの見た竹下さんが悲鳴をあげるのも無理はない。


 『お前部下を盾にしてんの?』

 『雑魚ならば代わりはいる。それに今の召喚門では下級しか呼び出せない。盾に丁度いい』

 『てめえ!』


 ヴォラクが怒りを抑えた声をあげたが、サブナックは不気味に笑う。まだ余裕があるとでも言うような表情に、相手を全く追い詰めていないのだと実感して焦りが出てくる。どうしたら、こいつを倒せるんだろう。


 『ヴアルの能力では一か所には留まれない……行くか』


 シメオンはまた走りだす。

 でも今度は直線的な攻撃じゃない。ジワジワとヒットアンドアウェイを繰り返すかのように、間接的に攻撃してくる。ヴォラクの攻撃を一回受け止めて、そして隙を突いて攻撃をして、距離をとる。

 攻撃方法変えたのか、確かにスピードでは馬に勝てない。ヴォラク達は上手く翻弄されてるように見える。ヴアルの爆発は難なくかわされて、シトリーも走っている馬には手の出しようがない。

 ヴォラクはいちいち距離をとるサブナックにイライラしてるようだ。


 『せこい戦い方するんじゃねーよ!』


 三人も相手にしてるのにサブナックは互角に戦ってる。


 『苦しそうだなシトリー』

 「くそ……うぜえ!」


 シトリーもヴォラクも体中傷だらけだ。それもそうだ、じわじわとヒットアンドアウェイを繰り返されたらどうしようもない。ヴォラクもフォモスとディモスがいれば状況は変わってたかもしれないけど室内だし、走ってる馬を武器も持ってないシトリーが止められるはずもないし、ヴアルも攻撃を連発して疲れてるし。

 ヴアルの攻撃は数発当たったけど、それでもシメオンはケロリとしてる。相当固い皮膚を持っているみたいだ。地獄の馬はこっちの世界の馬と全く違うんだろう。

 多分、シトリーとヴォラクが近距離で戦ってる分、大規模な爆発を起こしたら二人を巻き込むから起こせないんだろう。この状況の中じゃ、ぶっちゃけ空を飛べるヴォラクだけが頼りって感じがする。


 信司はその光景を薄く笑って見てる。全く後悔や反省が現れない態度が信じられなかった。本当に何とも思わないのか!?こんな事件を引き起こして!

 しかし視線が合い、表情を変え、一歩一歩近寄ってくる信司に恐怖を抱き、息を飲んだ。


 「光太郎」

 「……っ」


 ヴォラクやサブナック達はお互いに手一杯で、信司が俺に近づいても気付かないし咎めない。後ろでは中谷と竹下先輩が不安そうにこっちを眺めている。中谷はこっちに来いって言ってくれてるけど、はっきり言って足が動かない。動かないんじゃしょうがない……俺が今ここで信司を説得してみせる!


 「何で、何で相談してくれなかったんだ?」


 信司は答えない。表情には諦めが滲んでいる。


 「俺、お前のこと友達って思ってた。確かに役に立たないかもしれないけど、でも話してくれたら俺も何かしら力になれたかも……」


 あ、やばい泣きそうだ。友達って思ってたのは俺だけだったんだから……

 でも涙を何とか堪えて言葉を紡いていく。信司はその光景を見て少しだけ笑い、首を横に振った。


 「なれるわけないじゃんお前なんかに」


 何で?なんでそんな悲しそうに笑うんだ?


 「俺じゃなくてもいい。家族には?こんなになる前になんで……」

 「うるさいな!誰に話したって結果は同じだ!誰も俺のことなんてわからない!」


 信司は捲し立てるように俺にどなり散らす。今まで抑圧されてきた感情を爆発させた信司は矢次に言葉を放つ。その目が決壊しそうなくらい揺れていて、言葉や態度とは裏腹に今にも崩れ落ちそうで、見ているこっちが辛くなった。


 「何もわからないくせにいい人ぶりやがって!気にくわねえんだよ!!何もかも簡単に手に入れてきたお前に、苦労なんか何一つ経験してないお前が、俺を理解した気になるな!!」

 「何も苦労してないとか……俺にも俺なりの苦労があった!お前と全く違う種類の悩みだったかもしれないし、お前よりもくだらない悩みだったかもしれない。でも苦労したんだ!自分だけみたいな事言うな!」


 俺の反撃にも動揺せず、信司は怒りを吐き散らす。


 「てめえみてえなのは悩みなんて言わねえ!死ぬほど苦しい思いも、全てを壊したいほどの憎しみに駆られたこともねえくせに!俺はバスケが全てだった!高校受験も推薦でこの学校に来た!だから結果を出さなきゃいけないんだよ!なのにあいつ等は俺からバスケを奪った!高体連で成果を出さなきゃどうしようもないんだよ!」

 「でも来年いい成績をとれば……」

 「来年か……来年なんて来ねえんだよ。二度とな!」


 訳がわからない、確かに先輩たちがひどい事をしたのはきっと事実だ。恨みたくもなるだろう。でもそれで殺してしまうなんてあまりにも短絡的だ。警察に言って真実を明るみにするべきだ。


 「じゃあお前は何がしたかったんだよ!?本当にただ単に殺したかっただけなのか!?」


 お前はそんな奴じゃないじゃん。いっつも朝早くから夜遅くまでバスケ頑張って、でも弱音なんか吐かないで……


 「何で?殺したところで何かが変わるわけないじゃん……」


 信司は固まってる。目は大きく見開かれ、何かを話したいのか、口がパクパク動いている。


 「人、殺したら捕まるんだぞ。三ヶ月なんて話じゃない。ずっとバスケできなくなるんだぞ……」

 「もう遅いんだよ」


 信司は乾いた笑いを浮かべる。


 「遅くない。まだ間に合う!」

 「もう無駄なんだよ!どちらにせよあいつ等とチームなんて組めない!バスケになんかなりゃしない!チームプレイができないチームが試合で勝てるわけがない!ここにいる限りバスケなんてものはできないんだ!ここでできるのはただの玉ころがしだ!!」


 信司の言葉を聞いた竹下さんが震える足で立ち上がり、信司の前に歩み寄る。その目には怒りが宿っていた。


 「なんだよそれ、玉ころがしとか……俺らはそんなのしてたつもりはない!」

 「うるせえな万年玉拾いが!いつも善人ぶって、他人の顔色ばっかり窺って、気に食わねえ……何もかも、全部、気に食わねえんだよ!!」


 竹下さんは言葉を詰まらせ、目に涙を溜めながら大声で信司に言い返した。


 「ああそうだ!俺みたいな下手糞には玉ころがし程度だったかもしれない!でも俺はお前に憧れてた!俺だけじゃない、他の一年も二年も、みんなみんな一年でレギュラーになったお前に憧れてた!純粋にすごいと思ってた!なのに部長殺したって言うし、こんな状況になって……もう訳わかんねえよ!」


 信司は捲し立てるように大声で怒鳴った竹下さんを見て、黙ってそのまま俯いてしまった。パニックになってそのまま泣き続ける竹下さん。その横では剣をぶつけ合うヴォラクとサブナック。確かにもう訳が分からない……俺は信司にまた近寄って行く。


 「信司……」

 「……なんで、俺ばっか、こんな目に……」


 苦しそうに歯を食いしばり、ギリギリで零れ落ちる涙を堪え、蚊の鳴くような声で信司がつぶやく。それがきっと本音だろう。なぜ、自分ばかりが不幸な目に遭うんだ - そう、思っているんだろう。


 「なんで、俺ばっかりが我慢を強要されるんだ。あいつらは、陰で笑ってるのに……!!俺の人生を潰されて声をあげて喜んでいた奴らに復讐したいって思うことがそんなに悪い事なのかよ!!じゃあ俺はどうすれば良かったんだよ!?部内で隠蔽されていた事実をどう明るみに出せばいいんだよ!父さんだって、母さんだって……俺のために戦ってくれなかったのに……」


 全てが決壊し泣き崩れた信司にかける言葉が見つからない。信司が優しいやつだっていうのを俺は理解していたはずなのに、どうして……こいつが悪魔と契約する理由を、ちゃんと考えなかったんだろう。

 どうして、彼を一人にしてしまったんだろう。


 「顧問ぐるみの隠ぺいに父さんも母さんも、俺に謝るだけで一緒に戦ってくれなかった。結局俺は泣き寝入りするしかないのかよ……!それなら、自分の人生と引き換えにあいつらに復讐することを、なんで部外者のお前が止めるんだよ!!?」


 信司の両親は、顧問を含めた隠蔽の前に戦い続けることがなかったんだ。信司の訴えを信じておきながら、遠回しに諦めろと言う意味の謝罪をしたんだろう。信司はどれだけ絶望しただろう。そんな環境で部活に戻ることもきっとできず、大けがをさせられて、泣き寝入りするしかないなんて、どれだけ辛かっただろう。

 竹下さんも信司の言葉に泣いて腫れた目を丸くした。初めて本人から聞いた真実、それは自分が想像してたよりも悲惨なものだったんだろう。


 「ずっと、夢を追いかけて生きてきたのに、こんなことで潰されて……どうして、俺ばかり……」


 信司の夢はプロのバスケットプレイヤーになることだ。そのためにバスケの強豪校であるこの高校を選んだのだから。サッカーと違ってバスケはクラブチームがそれほど充実しておらず、インターハイからの大学推薦を狙っていると信司はいつも言っていたから。

 高校でバスケができなくなった信司はもうインターハイに挑戦するチャンスを失ってしまったのだ。


 「信司、俺も手伝うから。怪我が治ったら、バスケのクラブチーム一緒に探そう。こんなクソみたいな部活辞めちまえ。だから、もう、これ以上傷つく道を選ばないで……」


 信司は俺の言葉に涙を流しながら笑った。


 「俺の人生はここで終了なんだよ。言っただろ光太郎。俺の人生と引き換えに、あいつらを殺すんだって」

 「……どういう、意味?」


 声が震えた。まさか、目的を果たしたら魂を持っていかれるってことなのか?


 「部長を殺したら脚の腱をサブナックに切られるから」

 「は!?」


 どういう事だ!?

 この発言に俺だけじゃない。竹下さんも中谷も驚きを隠せなかった。


 「何で……自分の夢を自分で壊すなんて……お前、なんでそんなこと!!」

 「奴らを殺すこと、そしてその事件の犯人が俺だってばれないこと。その代りにあいつらの魂を渡すことと二度と歩けなくなるのが契約条件だった」


 そうまでしなければならないほど、追い詰められていた幼馴染を救うこともなく、気づかなかった。これは自分への罰なんだろうか。大切なものが零れ落ちていく感覚が広がって、虚無感と焦りが全身を支配する。


 「そうまでしてでも俺はあいつ等を殺したかった。じゃないと過去の自分があまりにも可哀想だから。どうやったら関係を改善できるか躍起になって、自分の文句を言われているのかいつも怯えて、誰もいない所で悔しくて泣いて……過去の自分を慰められるのは俺だけなんだよ。知らない振りを通す監督も、戦ってくれない両親も、俺の怪我を大声あげて喜んでた先輩たちも、俺の夢も希望も全て壊したあいつらを殺してやりたかった」

 「信司……」

 「ただ俺はずっと、ずっといいチームメイトに囲まれてバスケがやりたかっただけなんだ」


 居てもたってもいられず信司を抱きしめた。一人で泣いていたなんて知らない。誰にも言っていない話なんだろう。信二の言うとおりだ、あまりにも過去の信司が可哀想だった。俺は信司しか知らず、信司の先輩たちなんて名前も知らない。

 だけど、そいつらが信司をここまで苦しめたのなら……

 最低な考えがよぎり、そんな思考を拭おうとしたけどできなかった。俺は、この瞬間、そんな奴ら、死んで良かったのだと思ってしまったから。


 「俺は、どこかでお前のこと羨ましくて妬んでいた。何もかも持ってて、恵まれてて、こんな自分を知られるのが悔しくて、心配してくるお前が妬ましかった」

 「信司……」

 「全てを失った俺と違って、何食わぬ顔で心配してくるお前に殺意すら沸いた。最低だってわかってたけど、抑えられなかった」


 それでも、信司は俺を守ろうとしてくれただろ……だって電話をした時、自分には関わるなと言ってきた。俺がしつこかっただけかもしれないけど、俺を巻き込まないようにしようとしてくれていたんだろ。


 「気づいてあげられなくてごめん。ごめん、信司……」

 『やはり人間とは脆いものだ』


 俺たちの目の前にはサブナックが立っていた。シメオンから降りてゆっくり近づいてくるサブナックにヴォラクが斬りつけようと近づくと、シメオンが近づかせまいとヴォラクを蹴飛ばした。


 『いってぇ!』

 『囲め』


 俺と信司をサブナックが結界で包む。完全に隔絶された空間に三人だけになって、状況が分からず整理できない。それと同時に体育館に拓也達が入ってきたのが見えて、体育館に張ってた結界を俺たちに張ったんだ ― なんて、こんな時に限って頭は冷静に働くもんだから嫌になる。パイモンが剣を抜いて結界を斬りつけると、斬りつけた箇所は少しひびが入っていた。


 『この結界は緩いな。壊せる!』


 パイモンの真似する様に、ヴォラクも結界に剣を向ける。それを邪魔しようとするシメオンをシトリーが必死で食い止めていた。でもひびが入るだけで中々壊れない。

 その間にもサブナックはゆっくりと俺たちに近づいてきた。


 『人間とはおもしろい』

 「何言って……」

 『面白いだろう?わずかな一生のうち、さらにわずかな栄光を忘れられずにいる。そしてそれに縋りついて生きている』


 サブナックは信司を見て、薄く笑う。


 『過去ばかり見つめ続けて……どうせいつかは無くなってしまうのに』


 黙ってしまった信司にサブナックが剣を向ける。


 『用済みだ。理性という籠に再び鍵をかけたお前は私には窮屈すぎる。中々いいデータを貰ったよ。人間はやはり意見に左右され、完全に冷酷にはなれないのだと』


 サブナックはそう言って、信司に剣を振り上げる。拓也と中谷も結界に体当たりするけど、結界は壊れない。ヒビは確実に大きくなっていく。もうすぐ壊れる、それはわかる。でももう間に合わない!俺は咄嗟に走り出し、そして信司を力強く抱きしめた。


 物が斬れる音と共に聞こえたのは結界が壊れる音と、拓也達の悲鳴。そして目に見えたものは自分の真っ赤な血と、目を見開いている信司の姿。


 ***


 拓也side ―


 「嘘、だろ?」


 結界が壊れて、やっと中に入れたのに何だ、この状況は……光太郎?どうしたんだよ。

 体育館に真っ赤な血を大量に流して倒れているのは紛れもなく俺の親友。あれ?こないだまで普通に会話してたんだよな。なのに何でこんな姿になってんだ?恐る恐る光太郎に触れてみる。手についた血は生ぬるい。


 「光太郎、大丈夫か?」

 「おい広瀬!寝てる場合じゃないだろ!?」


 俺達が揺さぶるたびに光太郎からは血が噴き出る。服が汚れるのなんか気にもせず呼びかけ続けたが、パイモンに腕をひかれて引きはがされた。


 『主、中谷、もう手遅れです。即死です。間に合わず、申し訳ありません……』


 嘘だ、そんなの嘘だ。これは光太郎じゃない!理解できない頭とは裏腹に目から涙が零れる。

 泣くな。泣くな泣くな泣くな!泣いたら光太郎が死んだってことを認めることになってしまう!!泣くな!!


 「嫌だ……」


 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!

 こんなの嫌だ!!


 「嫌だ!嫌だ!!光太郎!光太郎!!」


 お願いだ起き上がってくれよ!痛いって叫んでくれよ!!なんで反応してくれないんだよ!?


 「嫌だ、こんなの嘘だ。認めない。嫌だぁ……あ、うああああぁぁあああ!!!」

 『主……』


 その光景を呆然と見ていた光太郎の幼馴染はポケットから何かを取り出した。大きな宝石をこさえたペンダントは男子高校生が持つには不釣り合いだ。


 『アマゾナイトのペンダント……』


 ああ、契約石ってやつか。それと同時に湧いてきたのは激しい怒りだった。目の前のこいつが、光太郎を巻き込んだ、俺の大切な親友はこいつのせいで殺された!!

 気づけば俺は幼馴染に罵声を浴びせていた。相手だって苦しいはずなのに、そんなの考える余裕もなく、今まで経験したことのない憎悪と殺意で怒りを抑えることができなかった。


 「お前のせいだ!全部お前のせいだ!!絶対に許さない、お前を殺してやる!!」

 『拓也!落ち着きなさい!』


 なんだよストラス!これが落ち着いていられるかよ!

 その光景をサブナックはおかしそうに笑い、幼馴染は黙ったままペンダントを見つめている。


 「どけ!拓也、中谷!」


 ところどころ怪我を負ったシトリーが俺たちを突き飛ばして光太郎の手を握る。怪我が酷いのかシトリーの顔色は悪く、舌打ちをして血を拭っていた。何をしているか分からない俺とは違い、セーレはシトリーの腕を掴んで首を横に振る。


 「よせ、今の君の状態では負担が大きすぎる。君も消えてしまうかもしれないぞ」

 「だったらなんだ?俺は、こいつの契約悪魔なんだよ!こいつが死ぬときは俺が死ぬ時だ!!邪魔をするな!!いいからお前はあいつを倒せ!」


 シトリーの怒声でパイモンとヴォラクはサブナックに向き直り、セーレは説得をするのを止め、ヴアルも再びサブナックに指をさした。


 「光太郎、こうたろぉ!!」

 『拓也、シトリーは光太郎と自分の体をリンクしているのです』

 「何なんだよそれ……」

 『リンクすることで契約石に溜まったシトリーと光太郎のエネルギーを光太郎に送り込んでいるのです。彼はエネルギーを送り込むことで光太郎の魂を肉体にとどめ、死後の腐敗を阻止しているのです』


 よくわからない。死後の腐敗の阻止って……蘇生ってわけじゃないじゃん。でもシトリーは光太郎を助けようとしてくれてるのなら何も口出しすることはない。

 パイモン達がサブナックと戦っている時に、幼馴染がゆっくりと立ち上がった。


 「てめえ……」


 中谷は涙で顔がぐちゃぐちゃになりながらも怒りを抑えられない様に幼馴染に走り寄り、思い切りこぶしを振り上げた。中谷のこぶしを顔面に受けて床にあおむけに倒れた幼馴染にマウントをとり、胸ぐらを掴んで声を張り上げた。


 「お前の勝手な復讐劇に広瀬を巻き込みやがって!!広瀬が勝手に首突っ込んだとか思ってるのか?小出しに情報与えて広瀬との距離を離さないようにしていたくせに!!広瀬には見捨ててほしくないって思ってたくせに!俺よりお前の方が広瀬のこと知ってるだろ、広瀬が見捨てないんだろうってこと、俺だってわかってたよ!!お前が分からないはずねえよな?お前は初めから広瀬をうっとうしいとか言いながら突き放さないで一定の距離を保とうとしていた卑怯者だ!一人になんて、なれないくせに!広瀬なら分かってくれるんじゃないかって期待してたくせに!!」


 中谷の言葉は図星だったのだろう、幼馴染は顔をくしゃりと歪めて涙を流す。後悔したところでもう遅い、光太郎はお前のせいで死んでしまったんだ!


 「光太郎のこと本当は友達だって思ってたんだよ。大切な、俺の幼馴染……そうだな、光太郎なら分かってくれるんじゃないかって思ってたのかもしれない。でも言い出せずに、八つ当たりをしていただけなのかもしれない。大切なもの、何もかも忘れてたよ……」

 「何が友達だ!ふざけんなよ!お前が光太郎を殺したんだ!」


 涙をぬぐう事もせずに俺も幼馴染を責め立てた。

 

 「光太郎はお前のこと心配して見舞いにも行ってたんだ!なんで、なんでこんなことしたんだよ!?なんで光太郎が殺されなきゃいけなかったんだよ!!お前が死ねばよかったんだ!!」

 「そうだな……俺が死ねばよかったんだな」

 「ふざけんな、ふざけんなよ!今更後悔したとこでおせーんだよ!!何が、何が!」


 泣き崩れる俺を横目で見て、幼馴染はペンダントを握りしめ、松葉杖でゆっくり歩きだす。


 「どこ行くんだよ!」

 「竹下先輩、すんませんでした」

 「信司……?」


 竹下と呼ばれた人に頭を下げて、幼馴染は体育館を出て行く。まさか体育館から出ていくとは思っていなかったため呆気に取られてしまった。てっきり、あの先輩らしき人の所に行くと思ったのに。


 「あいつ……逃げやがった!」

 「追おうぜ!」

 「二人とも!」

 『拓也!』


 走って追いかける俺たちにセーレとストラスが付いてくる。俺達は四人で体育館を出た。幼馴染はそのまま一番近くの建物に入って行く。


 「待てコラ!!」


 校舎の中に入った俺達はなぜだか姿を見失ってしまった。松葉杖をついていたから俺たちの方が足は速いはずなのに、どうして!?


 「拓也、これ」


 横を見るとエレベーターがあった。エレベーターはどんどん上にあがって行き、屋上Rで表示がとまる。嫌な予感がしたのは俺だけではないだろう。最悪の結末が頭によぎる。


 まさか嘘だろ?


 エレベーターなんて待ってる暇ない!

 俺達は急いで屋上に向かって階段を走りだした。


 「おい!」


 屋上にたどり着くと、そこには柵をのぼっている幼馴染の姿があった。自分の最悪な結末がジャストで的中し、なんとか思いとどまってもらうために止めに入る。


 「やめろよマジで!自殺とか馬鹿じゃねーの!?」


 中谷が走って柵に近づくが、幼馴染は泣きながら笑っている。


 「生きていくのが辛い。これから先が耐えられない。でもさ、これで楽になれるんだ。俺が死ねば、全ての事件が明るみになるだろうな。全員が不幸になればいいんだ」

 「まだ、そんなことを!広瀬を殺しておいて、まだ迷惑かけ足りねえのかよ!」


 そうだ、死んで終わらせようなんて思うなよ。

 生きて償えよ!一生!!


 「そこは危ない。こっちに来るんだ」


 セーレの呼びかけにも首を横にする。


 「もう何もない。生きていけない。それにお前も俺が死ねばいいって言った。これでいい」

 「……ああそうだ!お前が死ねばよかった!光太郎の代わりにな!でも違うだろ!光太郎が命かけて守ったのに、なんで更に自分まで死のうとするんだよ!?」

 「これでいいんだ。大事なものって、本当に無くしてから気づくよな……何にも考えてなかったよ」


 幼馴染がそのまま屋上から飛び降りる。その光景はスローモーションのように映り、視界から幼馴染が消えた瞬間、俺と中谷は悲鳴をあげた。


 『ッジェダイト!』


 セーレの声でジェダイトが現れて、幼馴染を追いかけた。間一髪、地面にたたきつけられる前にジェダイトは幼馴染を背中に乗せて、俺たちの元に戻ってきた。


 『よかった』

 『助かりましたセーレ。光太郎が命を懸けて守ったのに、その命をないがしろにする……それが私はどうしても許せない』


 セーレが安堵して、ジェダイトの頭を撫でる。本当に咄嗟でよくやってくれたよな、こいつ……

 幼馴染は状況が飲み込めないのか、呆然としている。死のうと思って飛び降りたら死ねなかったんだから当然だ。


 「死んで終わらせようなんて思うなよ」


 俺が言った言葉に幼馴染の目が見開かれる。


 「光太郎をあんな目に遭わせて……人を殺して、死んで全て終わらせようとするなよ!」

 「あ……」

 「光太郎が命かけてまで守ったのに簡単に捨てんな!!」


 言ってることが矛盾してる。死ねばいいって言ったのは確かに俺だ。

 でも本当に死のうとされたら止めてしまう。だってそうだろ?そんなもんだろ?だって光太郎が身を挺して守ったんだぞ?なのにそれを無駄にするようなことしようとするんだ。そんなの止めるに決まってる。

 涙がまた溢れ、目の前の幼馴染は目を背け、顔を俯かせる。セーレがその肩を優しく叩いた。


 『俺は君の事情を知らないから勝手なことをさせてもらうよ。俺たちは君をどうしても許せない。俺たちも光太郎が大事だった。それを自分勝手な復讐で奪ったのは君だ。だから、絶対に死なせない。苦しみながら生きろ。楽になんてなろうとするな。光太郎は君を守って死んだ、だから俺も君を守る』


 セーレの怒りのこもった言葉に幼馴染は肩を落として涙を流した。でもその後に小さな声で、「生きていれば救いはきっとある」と続けた。俺たちは光太郎が身を挺して守ったこいつを守らなきゃいけないんだ。じゃなきゃ、きっと光太郎が許さないから。


 「ひぐっ……う、うぅ~……」


 泣き崩れている幼馴染の少年はもう話をできる様子もなく、セーレが背中を撫でながら俺たちに向きなおった。


 『ここは俺に任せてくれて構わない。サブナックを止めてくれ』

 「うん」


 セーレも怒りが抑えられない声だった。

 それは俺も中谷も同じだ。


 ぶっ殺してやる!


 できもしないけど言葉にするとこんな気持だ。それほどまでに俺達はやるせないし、怒ってる。


 俺達はセーレ達を屋上に残して、体育館に向かった。


 ***


 『やはりパイモン、お前は格が違うな』


 体育館に戻ると、サブナックとパイモンが剣を合わせ、パイモンをサポートするかのようにヴォラク、ヴアルが戦っている。

 すげえ、パイモンとヴォラクとヴアルの三人に囲まれてるのに対等に渡り合ってるよあいつ。改めてサブナックがどれだけ強い悪魔かという事を思い知らされる。光太郎の傍に近寄ると、竹下と言われた人が怯えた目で俺たちを見てきた。

 中谷に聞いたら完全な被害者らしい。この人は巻き込まれちゃったのか……そりゃそうだわな。怖いよな。俺達は光太郎に近づいた。ストラスが俺の肩から降りて、光太郎の前に立つ。


 『シトリー、光太郎は……』

 「状況はかわんねえ。これは蘇生術じゃねぇんだ」


 なんだかよくわからない。生き返れないのに、なんでそんなことしてるんだ。それより生き返らせる魔法を使ってくれよ!


 早くあいつを倒さないと、光太郎の仇討たないと。


 俺は浄化の剣を手に持って、サブナックを睨みつける。ボロボロにされても構わない、半殺しにされても構わない、何とかしてあいつを倒したい。


 『継承者、彼がそうだったのか』

 『余所見をするとは余裕だな!』

 『余裕などないさ。現に追い詰められている』

 『その割には焦りは見えないが?』

 『戦いを生業とする者が冷静な判断を怠ってどうする。焦るなど言語道断だ』


 俺、あん中に入れんのかな。しかしシトリーの痛烈な一言で、俺はその場に立ち止まった。


 「おい拓也、足手まといだ。ここにいろ」

 「でも……」

 「守る対象がいるってのはハッキリ言って迷惑だぜ。それだけで気が散るからな」


 ハッキリ言いすぎ……へこんじゃうよ。


 「光太郎の仇を取りたいんだ」

 「できねえこと口にしてもしょうがねぇだろ。お前が二の舞になるぞ」

 『シトリーそのような言い方は……』

 「できないことをできるって勘違いするのは死を早めることと同じだ。このくらい言わなきゃわかんねぇだろ」


 確かにそうかも知んない。でもあいつのせいで光太郎は……

 竹下さんが遠慮気味に話しかけてくる。


 「あの、信司は?」

 「屋上。行ってやった方がいいと思います」


 竹下さんは震える脚で立ちあがり、ゆっくりと体育館を出て行く。


 「あいつ逃げるかもよ。そんで警察に」

 「大丈夫だよ。多分」


 頼むパイモン、あいつを倒してくれ!


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