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第8話 悪魔との遭遇

 「池上ー!そこのペンとってー」

 「おー」


 活気に満ちている教室でみんなが大きな布にそれぞれ文字を描いたり絵を描いたり色を塗ったりしている。クラスメイトに頼まれペンを投げ、自分もまかされたスペースを丁寧に塗り上げていく。

 って、なにのん気に俺は垂れ幕作ってんの――――!!?



 8 悪魔との遭遇



 自分の分のスペースの作業を終えた光太郎の隣に休憩がてら腰かけ、油性ペンを握り締めながら光太郎に伺った。


 「光太郎……俺、こんなことしてていいんだろうか?」


 エアコンが入っているとはいえ、夏場に作業をすると汗が出る。団扇をバタバタ動かして風を送りながら光太郎は苦笑した。


 「情報ないんじゃしょうがないんじゃね?それより今日上尾は部活とかも含めて学級閉鎖になったらしいな。同じ学年の生徒を二日間で八人もやられたんじゃ流石に洒落になんないよな……お、中谷――!今のホームランちょーすげー!!いかしてるー!」


 光太郎はあんま深く考えてないのか中谷が打った打球の観戦をクラスの奴らとしだした。ステレオのように真面目な女子たちが「ちょっと男子ー!」と怒っており、観戦している男子たちは悪びれもせず「飽きた」といって窓の外に視線を動かす。

 俺はと言うと、野球観戦に逃げ遅れ、女子たちに囲まれ雑用を任されてしまった。最悪だ……断りたくても複数の女子から矢次に命令されて断れる雰囲気でもない。

 そんな状態が三十分程度続き、ある程度キリがついたのか、クラスメイト達から歓声があがる。


 「池上、悪いけど端っこ持ってくれ」

 「あ?おう。できたのか?」

 「こんなもんでいいっしょ。おーい皆できたぞー!」


 大きな音を立てて広げた垂れ幕は自分たちが作ろうとしていた絵と文字が見事に再現されており、予想以上の出来栄えと垂れ幕が完成したことに皆が喜んでお互いに手を合わせた。


 「おーすげー!俺ら天才じゃね!?めちゃくちゃ上手いじゃん!」

 「ホントすごーい!」


 垂れ幕には「がんばれ!桜ヶ丘!」と書かれており、その横には一年の野球部全員の名前を書いてある。他にも野球ボールやバットのイラストなどが描かれている。

 垂れ幕が完成したことに安堵したクラスメイトは、委員長が担任に完成したことを報告に行っている間、自由時間になっており、それぞれが楽しそうに雑談に花を咲かせている。


 「マジで終業式までに終わってよかったよなー。夏休みまで垂れ幕作りはマジ勘弁」

 「ほんとほんとー。あー明日から夏休みだぁ!楽しみー!」


 話題の大半はもうすぐ始まる夏休みと成績表で恐れる終業式だ。


 「俺成績表やばいかもなぁ。どうしよー……」

 「なんだよ池上。お前そんなこと言って中間もそんなに悪くなかったもんなー!ぜってー余裕だろ!」


 成績表のことも勿論酷だけど、それ以上にこれから来る夏休みが楽しみで仕方なかった。

 夏休みかぁ……何しよう。あ〜また澪、家に来てくんないかなぁ?そしたら母さんとか出掛けたらさ、マジでチョーいい感じじゃね!?ストラスに関しても最近は受け入れてくれて、俺にも普通に接してくれるようになったし。何とかして夏休みに一度くらい二人で遊んで距離を近づけたい。

 最近妄想壁が出てきてやばいな。それよりも悪魔だよな、うん!

 委員長と担任が戻ってきて、垂れ幕を見て「よくやったなーすごいじゃないか」と褒めた後に、本日は解散と言う言葉の元、全員が片づけを済ませて帰る準備をする。

 それは勿論俺も例外ではなく、リュックに荷物を詰めているとクラスメイトから背中を叩かれ振り返った。


 「池上、もう帰んのか?最近お前帰るの早いぜ。もっとゆっくりしてってもいいだろー」

 「だって教室残ってもやることねえじゃん」

 「堅いこと言うなってー!久しぶりに今日は遊ぼうぜ!な?」


 ま、待てよ―――――!マジで今はそんな余裕ないんだってば!!


 「そうと決まれば早速行こうぜ!今日は皆で遊ぼうぜー!」

 「俺の意思は無視か!?」

 「まぁ拓也、最近忙しかったし、ちょっとくらいは……な?」


 光太郎、俺だって遊びたいのは山々なんだよ。でも、でも……これは、これは……


 ***


 「あー楽しかったなぁ」


 結局クラスの奴らと夜遅くまで遊んでしまった……最初は駄目だと思っていたのに最後は俺もかなりテンション高かったし。解散したのは二十時。遊んだ余韻を引きづりながら軽い足取りで家路についていると、目の前を見知った人間が歩いていた。


 「ん?あれ……中谷。おーい!」


 野球のユニフォームを着たまま家に帰ろうとしている中谷の姿だった。


 「あ、池上。こんな時間に何してんの?」

 「垂れ幕完成祭りってとこかな?お前こそ今終わったのかよ」

 「おー垂れ幕ありがとな!俺も終わって部活の奴らとラーメン食っててよー。もうへとへとだわ」


 中谷はそういいながらもへラっと楽しそうに笑う。やっぱ本当に野球が好きなんだな、ヴォラクと契約してた時は暗い顔してたのに……中谷にはやっぱり笑顔が似合う。丁度会ったので、そのまま中谷と途中まで一緒に帰ることにした。

 野球部のこと、甲子園のこと、クラスのこと、くだらないことをダベリながら俺と中谷は暗い道を歩いていた。


 「だ、誰か助け……!あぁあああ!!」

 「なんだ!?」


 急に聞こえた悲鳴のような大声に俺と中谷は顔をこわばらせた。

 中谷が声のした方に走って向かってしまい、一人になるのは嫌だったから慌てて自分も追いかける。


 「たしかここら辺だったよな……」

 「おい中谷危ないって!警察に連絡したほうが……」


 走っていた中谷を追いかけていたらいきなり立ち止まられて、背中にぶつかりそうになった。


 「な、中谷?なんだよ?」

 「シーッ!」


 中谷は口元に手を当て、曲がり角の奥を指差した。熱いだけではないだろう、汗のにじむ額と目を見開き、一点に視線を送っている。

 そこに何があるのか分からないが、言われた通り音を立てない様にして覗き込むと、ありえない光景が広がっていた。血まみれの人間と、その人間の肉を食べているカラスがいたのだ。手に篭手をもち、ズボンを履き直立した大きなカラス。ストラスが言っていたマルファスの特徴そのままだ。


 「あれもしかしてマルファス?特徴一致してんだけど」

 「……あれが?」


 やばい。ストラスもヴォラクもいないこの状態で、こんな悪魔と戦えない。足が震え、声が出ない。どうにかして連絡を取らないといけないってわかっているのに、指一本動かせない。

 鼻がどうにかなりそうな死臭と血まみれの人間、その肉を食べるカラス、今まで生きていてこんな光景を当たり前だが見たことがない。ブチブチと肉や神経がちぎれる音がして、それでも倒れている人は悲鳴の一つも上げず動かない。それが目の前の人間がすでに息絶えていることを証明する何よりの証拠だった。


 死んでる、本当に死んでるんだ!


 マルファスは食事を終わらせ満足したのか、羽を広げ口ばしで羽を一本引き抜き死体の上に投げて、飛び立つ。


 「……何だよこれ」


 中谷も口元を押さえて震えだす。やばい、逃げたい、逃げたくてたまらない。

 でも見逃すわけにはいかなくて俺は中谷とその場を後にしてマルファスの後を追った。現実味のないことが途端に現実味を帯びてくる。俺も下手したらあんな風になっちゃうのか?あんな血と肉の塊に……そう思うと吐き気がした。


 中谷とマルファスの後を必死で追いかけたけど、中谷は流石現役野球部だ。走るのも速いし息もまだ乱してない。こっちは既にヘロヘロで、正直これ以上はもう無理と思っていた。もう無理だ、そう言おうとした途端、中谷が急に足を止めた。


 「中谷?」

 「あれ、あのカラスあの家に入ったぞ」


 中谷が指差した場所はごく普通の一軒家だった。ていうかここどこだ?とりあえず周囲のものから場所を整理する。あ、ここ隣街じゃん。ていうか俺どこまで走ってきたの―――!?

 とりあえずこの場所を忘れないように位置情報を確認してスクリーンショットをとり、家の特徴をメモに打ち込んだ。

 中谷はその家の前にゆっくりと近づいて表札を確認。パッと見、俺ら変質者だよな……人が来ないうちにさっさと済ませて退散しないと。


 「池上、この家……」

 「え?森岡幸雄……まさか森岡啓太の家?」


 森岡なんて珍しい苗字でもないけど、それでもこのタイミングでこんな偶然はないだろう。やっぱりあのカラスは森岡と契約してたんだ!

 あいつにバレない様に、俺と中谷は急いでその場から急いで離れた。


 ***


 ある程度距離を取って、ここなら大丈夫だろうとお互いに深い息を吐いた。

 

 「どうする?明日とりあえず呼び出してみるか?」

 「うん、ストラスとヴォラクも連れてく。中谷、ここら辺でいい場所知らないか?できれば人の少ないとこがいいんだけど」


 俺はここら辺の地理を知らないけど、中谷は練習試合とか部活仲間とかといろんなところに遊びに行っているから、何か知っているかもしれない。

 俺の問いに顎に手を当てて考え込んだ中谷が何かを思い出したように顔をあげた。


 「この近所に誰かの土地なんだろうけどデカイ草むらがあるんだ。そこは人通りもけっこう少ないからこの周りでは一番適してると思うけど……問題はどうやってあいつを呼び出すかだろ」


 ここまでわかっているんだ。待ち伏せでも何でもしてでも接触するしかないだろう。


 「張り込んで出てきたときに無理やりにでも連れてきゃいい」

 「ガチンコだな。とりあえず明日は終業式だから流石に向こうも多分学校あると思うし田中に連絡して予定を確認してみる」

 「何から何までホントごめん!中谷」

 「気にすんなよ。これは協力するしかないだろ」


 気にするなと言った後に、中谷は視線を下げて携帯を握りしめる。会話が終わり、途端に体が金縛りにあったような感覚に包まれる。お互いに思っていることはきっと同じだ。


 「さっきのどうなったんだろうな……もう発見されたかな。俺ら重要参考人とかならないよな」

 「大丈夫だろ。人いなかったし。俺ら凶器とか持ってないんだし見られてたとしても発見者くらいだよきっと。俺、死体なんて始めて見たよ」

 「そんなん俺もだし……」

 「俺も下手したら……あんなになんのかな」

 「池上……」


 怖くなって指輪を握り締めた。


 「死にたくねぇ……」


 中谷は何も言わない。それが今の俺にはなによりもありがたかった。下手な慰めなんか今もらっても何も嬉しくない。絶対に死なないよ、なんて言われたらお前に何がわかるんだと言ってしまいそうだから。


 「とりあえず帰ろ。池上」


 考えないようにしようと言う判断なのか、それ以上その話題を口にすることなく背中を向けた中谷の後をついて自宅に帰った。


 ***


 家に帰ると母さんが心配して玄関の前に立っていた。そこで今まで連絡していなかったことを思い出して小走りで駆け寄り謝った。母さんは俺が帰ってきたことに安堵のため息をついた後に眉を吊り上げた。


 「お帰り拓也。遅かったじゃない。連絡してよ、心配するじゃない」

 「ごめん。クラスのみんなと遊んでて」


 まぁ嘘ではないし。


 「とにかく無事で帰ってきたんだからいいわ。今、上尾の高校生が狙われてるって話じゃない?また一人被害にあったってニュースで持ちきりよ。通り魔かもとか言う話だし、家からもあんたの学校からも近い場所で事件が起きてるんだから夜遅くまで遊ばないでよ。もう本当に早く捕まってほしいわね」


 明日その犯人と俺、会うんですけど。

 黙ったままの俺の肩を母さんが叩く。


 「とりあえず、お腹すいたでしょ?夕飯あるから食べなさい」


 母さん……俺、明日死ぬかもしんないんだよ。この事件みたいに切り裂かれるかも知んないんだよ。

 母さんの優しさに情けないが目の奥がツンとして泣きそうになる。でも事情を知らない母さんの前で泣くわけにもいかず、欠伸をするふりをした後、必死で目元をぬぐった。

 今日は直哉と遊んでやろう。そうしよう。思い残すこと、ないようにしておかなくちゃ。

 一人で不吉なことを思いながら母さんの後を追って家に入った。



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