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第76話 戦いの終わり

 ストラスside ‐


 『ここまでくれば大丈夫でしょう』


 私は公園まで直哉を引っ張っていきました。直哉はその間も拓也が心配なのか、ずっと後ろを振りかえっていました。しかしヴォラクがいてくれてよかった。シトリーとヴアルだけでは対応できなかっただろう。



 76 戦いの終わり



 夜の公園に人はほとんどいません。二人組の学生が公園のベンチに座って談笑している姿くらいしか……そんな中、子どもとフクロウのコンビは異色に見えるでしょう。直哉は泣きはらした目を擦りながらポソポソと呟く。


 『直哉、目が腫れますよ』

 「兄ちゃんは大丈夫なのかな……」

 『大丈夫です。拓也ならばきっと』

 「ストラス!直哉君!」


 公園にはセーレとパイモンが居て、私たちの姿を確認すると、こちらに走り寄ってきました。なぜこの場所がわかったんでしょうか?シトリーが伝言を残せていたとしても、この公園とは指定していないと思いますが。


 「拓也から連絡来て、走ってきたんだけど」

 「主は?」

 『あの建設中のマンションにいます。ヴォラク達もいますが、やはり不安です。援護をお願いします』

 「それはわかっている。それよりあいつの契約石は持ってないのか?」


 その事ですか。確かに慌てていて考えてなかったですね。幸いここから拓也の家はそんなに遠くない。往復一時間もすれば持ってくることは可能だ。まあ、母上と父上のお説教とハグが待っているでしょうが。


 『拓也の家にあります。私が持ってきましょう』

 「わかった……おい、お前」


 パイモンが直哉に声をかけると、直哉はビクッと肩を揺らしました。


 「主の弟ならば主の苦労もその目で見てきたはずだ。なぜ悪魔と契約した」

 「俺……だって……」


 直哉はパイモンが怖いのか、それとも罪悪感からか泣き出してしまいました。そのように泣かなくてもいいのですよ。


 『ラウムは悪魔という事を打ち明けずに直哉と契約したのです。契約の件では直哉に非はありません。むしろラウムは拓也の弟という理由で、直哉をはじめから契約対象として狙っていた様です』

 「どうしてあいつらが……バティンの仕業だな。あいつ……」


 直哉はパイモンの険しい表情を見て、再び涙を流す。パイモンは契約者以外の人間には子供だろうと容赦がないですね。しかし彼はいまバティンの名を出した?やはり、パイモンは何かを知っている?


 『パイモン、バティンはどこまで情報を知っているのですか?拓也の家族関係を網羅しているのですか?』


 私の質問にピリッとした緊張が流れる。パイモンは淡々となぜそう思う?と聞いてきて私の質問に答える気配がない。


 『ラウムたちが直哉のことを拓也の弟だと知っていたし、バティンから情報提供を受けているようでした。バティンから貴方に連絡は?』

 「……俺がバティンにその情報は伝えた。どちらにせよ主の親族も俺の護衛対象だ。バティンにも手を出すなという意味で話しておいたが、ラウムたちが勝手をしたようだな。責任は俺がとってあいつを仕留める」


 いけしゃあしゃあと!直哉が、貴方達のせいでどれほどの苦しみを味わったと思っているのか!?

 毛を逆立てた私を見て、慌てたセーレがパイモンの頭に拳骨をする。目を見開いて固まっているパイモンにセーレは眉を寄せて怒っているようだ。


 「ごめんストラス、これで許してくれ。今は拓也たちの元に向かいたい。話はまた今度で。それに、パイモンの言うことも信じてあげてほしいんだ。彼は拓也をバティンに売ったとかじゃ決してない」

 『なぜ、そう言い切れるのですか』

 「手を出すなって言ったのが本当だって俺は思っているから、かな。どちらにせよバティンが情報通なのは地獄に居た頃から有名だった。遅かれ早かれ拓也の存在も直哉君のことも見抜かれていたと思う。それまでに俺たちがラウムたちを倒せていなかったとしたら、同じ事件が起きただろう。俺達には今回の件は防げたとは思えない」


 ね。とパイモンに困ったように笑ったセーレに返事をせず、パイモンはうつむいた。本当にセーレは甘い、どこまでも。この状況でパイモンを信用しようとしている。私だって、信じたい……だが、直哉は今悲しんでいるのだ。


 「直哉君。泣かないで、ね?拓也は俺たちが絶対に助けるから」

 「絶対だよ……」

 「わかった。約束する」


 セーレが直哉の頭を撫で、直哉を励まします。

 しかし直哉は頭を横に振って涙を流し続けます。


 「ラウムが言ってた。俺が言ったから皆を不幸にしたって。俺、俺……人を殺しちゃったんだ」

 「ストラス……」


 セーレの視線から思わず逃げてしまいました。そうですね、私がちゃんとしていれば事件を未然に防ぐことができたかもしれないのに。そうすれば拓也も直哉も……

 直哉の学校の教師が自殺したことはセーレもパイモンも知っていた。その発端が直哉という事に今初めて気が付いたのでしょう。私の態度を見て、セーレは少しだけ辛そうな顔をして直哉に話しかけました。


 「直哉君、悪魔は心の隙間に入り込む。心を強く持つんだ。もう二度と悪魔に居座られないように」

 「……うん」

 「話は終わったか?行くぞセーレ。お前たちはできるだけ早く契約石を持って来い」

 『……わかりました』

 「……悪かったな。直哉」


 パイモンは事務的な事を簡潔に述べると励ましか、直哉の肩を軽く叩いて行きました。そしてパイモンとセーレはマンションに向かって走り出しました。私は時々分からなくなる。パイモンの表情は本当に自分の非を感じているように見えた。だからセーレも彼を庇ったんだろう。

 彼の本心はどこにあるのでしょうか。

 考えても仕方ない。まずは契約石を取りに行き、直哉に儀式の手伝いをしてもらわねば。


 ***


 拓也side ―


 ラウムとボティスがジリジリと俺に近寄って来る。ただでさえ逃げ場の少ないこの場所では、満足に走りまわることもできなさそうだ。どうやって逃げ回ればいいんだろう。多分、いや絶対に俺だけでは勝てない。せめてヴォラクが動ければ話は違ったのに。


 「まだ戦えって言うのかよ……」


 血は固まったけど相変わらず直哉に殴られた部分はズキズキと鈍い痛みが走るし、時折転んだりしたせいで擦り傷もできている。


 「拓也」

 「シトリー動いて大丈夫なのか!?」


 体中からポキポキと恐ろしい音を立てながらシトリーが近寄って来る。

 その顔はやっぱり苦しげで深呼吸してなんとか体勢を保っているように見える。


 「大丈夫な訳ねえだろ!でもタイマンでもお前が不利なのに二対一は絶望的だろ」


 よくわかってるな。ハッキリ言って勝てる気がしない。

 早くパイモンとセーレが来てくれれば!


 『ラウム、継承者ハ俺ニ任セテヨ。シトリー頼ムネ』

 『オイ。アイツヲ八ツ裂キニシヨウッテ言イ出シタノハ俺ダゾ。マァイイケドサ』


 恐ろしい事を口にして、ラウムとボティスは一斉に俺達に襲い掛かってきた。

 ちょ!さっきまでとスピードが全然違うだろ!!牙をむいて襲いかかってきたボティスの攻撃をギリギリでかわせたけど、避けた場所をボティスの鋭い尾が覆う。何とかかわせたと思ったのに!ボティスはそのまま尻尾で俺を攻撃してきた。体勢を全く変えないで尾で攻撃してくるなんて……確かに蛇ならそう言うこともできそうだ。しかもその力はあの体勢からは考えられないほど勢いがあり、かなり強い。腹に当たり軽く一メートルは吹っ飛んでしまった。


 「いってえ……!」

 『ヘヘ、大シタ事ナイネェ』


 痛え!強く打ちつけた挙句に摩擦によって背中が焼けるように熱くて痛い。こんな状況じゃなかったら蹲って起き上がることすらできない。痛がる俺を楽しむようにボティスの小馬鹿にした笑い声が聞こえ、その横ではシトリーとラウムが戦っていた。


 「くっ!」

 『傷サエ負ッテナカッタラ、モウ少シ速度モ攻撃モマトモダッタロウニ』


 やっぱ痛いんだ!

 シトリーは必死になってラウムの攻撃を避けてるけど、苦しそうに顔を歪ませている。ジリジリと追い詰めるように決定打を決めないラウムによって少しずつ傷が増えていく。


 『シトリー!』


 ヴアルがラウムに指をさすが、カラスになったラウムは空を自在に飛び回って今までよりもスピードが遙かに早い。ヴアルも爆発させるタイミングが掴めない。

 シトリーも苦しそうに息を吐く。このままじゃシトリーがやられるのも時間の問題だ!

 でも勿論シトリーを助ける余裕なんかなく、ボティスがゆっくり、ゆっくりとこっちに近づいてくる


 「くっそ……!」


 剣にイメージを流し込んでいく。竜巻みたいに1発のデカイ攻撃じゃ当たらない。きっと避けられてしまう。ならサミジーナの時みたいなカマイタチで仕留めてやる!

 イメージを受け取るかのように剣が薄く輝きだし、それをボティスに向けた。ボティスは避ける気も発動を妨害する気もなく、受け止める構えをとる。


 『イイゼ。ウッテキナ』

 「お望みならな!!」


 剣から大量のカマイタチがボティスに向かって飛んでいく。


 『カマイタチカ!』


 ボティスは頭を隠して丸まってカマイタチを耐える。

 耳を塞ぎたくなる様な音が聞こえて、カマイタチはボティスに突き刺さり、突き刺さった個所からは血が溢れた。


 『浄化ノ剣モ大シタ事ナイナ』


 ボティスは丸くなっていた体を元に戻して、小馬鹿にしたように笑う。

 ウソだろ?効いてない?でも血は出てるんだ!もう一回当てられたら!


 『二回モ喰ラウト思ッテンノカ?』


 ボティスは剣にイメージを込めてる間に猛スピードで向かってくる。

 それに気づいて慌てて逃げるように走り出したが、ボティスの方が早かった。


 『逃ガサナイ!』

 「うわああぁぁあぁああ!!!」


 ボティスの尻尾が腹に巻きついて持ちあげられる。

 何だよこれ!マジで怖い!!

 尻尾はギリギリと俺を締め付ける。


 「あっ、が……!」

 『アバラ骨折ッチャオウカナァ』


 痛い痛い痛い!!締め付けが激しくて上手く呼吸もままならない。


 『拓也!』


 ヴアルが爆発させようとボティスに指をさす。でもその瞬間、ボティスは俺を包んで丸くなってしまった。なんだよこれ!狭いし!痛いし!怖いし!!

 身動きが取れない俺の目前にボティスの顔が寄ってくる。開いた口からは鋭い牙と、液体が滴っている。


 『骨ヲバラバラニシテ、足カラ順番ニ食ッテコウカ』


 背筋が凍った。

 相変わらず、締め付ける力は強い。マジで骨がきしむ!


 ***


 パイモンside ―


 建設中のマンションの7階まで駆け上がった先にはラウムと戦っているシトリーとそれを見守っているボティス、倒れているヴォラクと抱えているヴアルのみ。その場に主の姿は見えない。危険を察知して隠しているのか?ヴォラクが深手を負っている状態でシトリーだけでは分が悪いのは明らかだ。どこか怪我をしているのか動きもぎこちない。


 今この間にヴアルが攻撃を仕掛ければいいものを、役に立たずに状況を見守っているだけ。あの女はいったい何をしているんだ?ラウムはともかく、ボティスは攻撃を入れておくべきだろう。まさかこいつ、ずっと見守っているだけだったのか?だとしたらとんだ役立たずだな。

 なんとかラウムから距離をとったシトリーの元にセーレが走り寄っていく。


 「シトリー!」

 「セーレ!パイモン!」


 安堵の表情を浮かべて座り込んだシトリーとは対照的にラウムの表情が歪む。勝手にこんなことして、ただで済むと思っているんだろうな?バティンにけしかけられたか?そんなはずはない。あいつは自分の足元を盤石にするために、こっちにまだ手を出すはずがないからだ。バティンの忠告を無視して、勝手な行動を起こしたな。この愚図どもが。

 ラウムは舌打ちをしつつも余裕を崩さない。


 『ケッ雑魚ガ何人集マッテモ何モ変ワリハシナイ』


 睨み合っていても状況は変わらない。シトリーに問いかける。


 「状況は?主はどこにいる?」

 「最悪だ。ヴアルを庇ってヴォラクがやられて、俺も骨を何本かやられた」


 聞くだけで痛そうなのか、セーレが顔を歪める。


 「それでよく動けたね……」

 「まぁ気合いがあれば何でもできんだよ。それより拓也がボティスに掴まってる。あれを何とかしないと拓也はどうしようもねぇ」

 「ボティスが拓也を……」


 セーレがボティスに目をやる。なるほど、だからボティスは動いていないのか。あの中に主を抱えている、と。主に被害が出るからヴアルも手を出せなかったのか。ヴアルの攻撃では一撃でボティスを仕留めるのは難しい。手を出したら、主の命が危ういのだろう。

 主に手を出した報い、受ける覚悟はあるんだろうな。ただで返す気はないぞ。まずは傷を負っているところ悪いが、やってもらわないといけないことがある。


 『ヴォラク、この階に結界を張っとけ。逃げられたらどうしようもない。セーレ、お前はシトリーを頼む。ヴアルは俺のサポートを』


 ヴォラクが苦しそうに息を吐きながらも頷き、セーレは眉を下げた。


 「君はラウムとボティスを相手にするのか?」

 『そうよ。一人じゃ無理よ』

 『だからお前にサポートを頼むと言っているだろう。二度も言わすな。セーレ、お前はシトリーとラウムを頼む』


 シトリーが嫌そうな顔をする。もとはと言えば、お前が弱いのが原因だぞ。大方ヴォラクにほとんど一人で任せていたんじゃないのか?


 「俺、骨折れてんですけど」

 『それを俺に言ってどうする。お前は俺に何を言って欲しいんだ?同情でも欲しいのか?』


 お前の骨の管理までする必要があるか。今まで動けていたんだ、これからも動けるだろう。


 「お前って本当に性格悪いよな」


 セーレに支えられつつもシトリーが立ち上がる。なんだかこいつ、俺が到着してから動きが悪くなってないか?シトリーはセーレに任せておくとして、剣を抜いてボティスに近づく。


 『ヨオパイモン、コノ間ブリダナ』

 『バティンからの頼みか?それとも自分たちだけで今回この騒動を起こしたか?』

 『頼マレテハネエヨ。好キニシチャ悪イカ?』

 『やはりな。愚図が……バティンからは手を出すなと言われているはずなのに……貴様にかける情けはないぞ』


 ボティスはケタケタと笑い、身を固くする。今ので主にダメージがいっていないといいが。


 『パイモン。ソレ以上近ヅクト、コイツノ骨ヲズタズタニスルゼ』

 『主を開放しろ』

 『嫌ダネ。オイタシタ分ハ責任ヲ取ッテモラワナイトネェ……』


 相変わらず餓鬼くさい。オイタをしているのはお前だ、オイタの次元で済ませられるレベルではないがな。


 『ふざけるな。それに貴様は言っていただろう。主の力が必要だと。このままでは主は死んでしまうぞ』

 『……ウルサイ黙レ、コレ以上騒グト、コイツヲ殺スゾ』


 やはりそう来るか、それ以外に言葉はないのか。

 そう言いたくなる気持ちを抑えて俺はボティスに向き合う。


 『馬鹿かお前は。殺せるなら殺してみろ。貴様を殺すぞ。人質まで使った以上、逃げられると思うなよ。ある意味お前は主を人質としてるせいで、今は身動きがとれなくなっている。それが肉弾戦主体のお前にとってどれほどの痛手かわからないのか?』

 『ウルセエ!』


 ボティスは顔を出して毒液が滴る牙を向ける。怒らせたみたいだが、どうするべきか。こいつは馬鹿で単細胞だが、それでも俺が出てきたことで多少は冷静になったはずだ。ルシファー様の腹心の俺の前で主を殺す暴挙はしないだろう。まだ、主はルシファー様の望みを果たせていないのだから。

とりあえず攻撃しながら様子を見るしかないか……


 剣を構えてボティスに向かって走り出す。そんな俺にボティスも牙から毒液を放出して飛ばしてくるが、そんな物を簡単に食らうほど馬鹿ではない。どんどん距離を詰めていく俺にボティスも状況の悪さを感じ取ったようだ。


 『チッ……』


 馬鹿だな。主を掴んでいるせいで、尾で俺を攻撃することもできない。短距離戦が主体のお前には今の状況じゃ短距離線は最大のネックになっている。ボティスは毒液を吐きながら、牙で俺に噛みついてくるが、それすらかわして剣が届く範囲に距離を縮める。そのまま胴体と頭を放してやろうか。貴様にかける情けはないと忠告はしているからな。


 『調子ニ乗リヤガッテェ!クソガァ!!』

 「うあ!」


 ボティスが主を投げ捨てて俺に向かってくる。いまだ!


 『主!お逃げください!』

 「ててっ……パイモン!?」

 『できるだけ遠くに!ヴアル、頼むぞ!』

 『わかった!』


 ボティスの攻撃をかわしながら、なんとか反撃しようと試みるが、尾まで攻撃できるようになったボティスの攻撃範囲はかなり広い。そしてヴアルの爆発を食らいながらも皮が厚いのかケロリとしている。


 『固いな』

 『モラッタ!』


 ボティスの尾が腹に巻きつく。しまったな……

 尾がギリギリと締め付け、痛みが走る。確かにこれを喰らった主は一溜りもなかっただろう。あの人は随分と痛みに弱いみたいだからな。呑気に考え事をしている俺にボティスの顔が近づいてくる。


 『顔溶カシチャウヨ……』

 「パイモン!」


 主が悲痛そうな声を上げる。なぜ貴方は他人にそこまで心を揺らすことができるのか。私は本当に貴方のことが心から理解できないかもしれない。


 『ふふ……』

 『何ガオカシイ』

 『やっぱりお前は馬鹿だよ。油断して……』


 なぜ気付かないのか。俺が剣を握っていることを……無防備に自分の顔を近付けていることを。ボティス、お前誰を相手に戦っていると思っている?俺に勝てると、そんな傲慢を本気で抱いていたとしたらお笑い者だ。

 手に持っていた剣を思いきりボティスの目に突き刺した。


 『ギャアアァァァァアアア!!!』


 ボティスが痛みから悲鳴を上げ、暴れ出す。それでも剣を放さず捻りをくわえて引けば巨大な眼球もついてきた。こんなものはいらないが、痛みを与えるにはよかっただろう。安心しろ、目玉なんか一週間もすればまたできるだろう。

 痛みで暴れるボティスに地面に叩きつけられ、受け身をとれず背中と頭から落ちて鈍痛が走る。


 「パイモン大丈夫か!?」

 『主、なぜ……』


 逃げろと言ったのに、主が背中を抱えて起こす。まさか俺を助けようとしているのか?何もできない貴方が?

 主はそのまま俺を安全な場所に逃がそうと手を引いて引っ張ってくる。


 『クッソ、ガアァァアアア!!』

 「げえ!切れてるぞ!」


 ボティスは怒り狂って、毒液を目標も決めずにまき散らす。

 ヴアルが爆発を起こすが、それすらも何も感じないのか、その場で暴れまわる。


 「ひっ!うわあぁぁあ!!」

 『主!』


 まずい!毒液が主に!

 俺は必死で手を伸ばし、主を突き飛ばした。毒液が顔に降りかかり、顔が溶けていくのがわかる。


 「パイモン!」

 『平気です。このくらいならばすぐに治ります』


 ボティスは今も痛みで暴れ回っている。

 でも毒液を振りまいてるこいつに近づけないな。


 『主、ボティスに魔法をぶつけてください』

 「え?でも……」

 『今のあいつに近づくのは危険です。完全に我を忘れている。主の魔法で一撃で仕留めてください』


 俺の言葉に頷いた主は剣にイメージを吹き込んでいく。


 ***


 拓也side ―


 怖い。目の前で暴れ回っているのは巨大な大蛇。思わず腕が震えるが、パイモンが体を支えてくれている。大丈夫、きっと大丈夫。

 俺は剣をボティスに向ける。


 「行け!!」


 竜巻がボティスに命中し、悲鳴をあげてボティスがその場に倒れこんだ。

 これで倒したんだよな……


 『ボティス!!』


 シトリーと闘っていたラウムが悲鳴じみた大声をあげる。


 「残るはお前だけだぜ」

 『畜生ガ!ダガ怪我ヲシタテメェトパイモンナラ俺一人デ!」

 「させると思ってんのかよ!いい加減にしやがれ!!」


 一瞬の隙をついて、シトリーはラウムにタックルをかまして羽交い絞めにした。


 『クソッ……放セ!』


 ラウムがシトリーの背中に剣を突き刺す。

 シトリーの体から血が吹き出るのを見て、思わず目を逸らしてしまった。だってこんなの!


 「ぐっ……くそが!」


 シトリーの苦しそうな声が耳を刺激する。

 それに比例するように体も固まっていく。


 「ヴアル!早く俺ごと爆破しろ!」


 突然のシトリーの言葉に俺だけじゃない。ヴアルも固まった。俺ごと爆破?何言ってんだよ……んな事したら死んじまうんじゃ!


 『でもシトリー!』

 「ここまで来たんだ!今更「でも」じゃねぇだろ!!さっさとやんねぇか!」

 『……っ』

 『止メロ!ヴアル!!』


 ラウムがパニックを起こして暴れまわるが、シトリーは更に力を入れてラウムを抑えつけ、ヴアルの震える指がシトリー達に向けられる。そんな嘘だ……やめろ!!

 巨大な爆発が起こる。


 『ギャアァァ!!』


 ラウムの悲鳴がその場を包み込んだ。物が焦げる臭いと黒い煙が立ち込める中を慌てて駆け寄りシトリーを探す。でもそこには焼けただれたラウムの姿だけ。何がどうなって……まさかシトリーは吹き飛ばされた!?


 「俺ならこっち」

 「あ……」


 シトリーはジェダイトに乗ったセーレに助けられていた。

 ヴアルが爆発させる一瞬、あの一瞬でセーレがシトリーをラウムから引き離したんだ。そっか、これを見越してヴアルに爆発をしろって……シトリーもすごいけどセーレもすごい。よくあの一瞬で……でも、これで終わったんだよな。

 剣が薄く輝きだす。


 『主、召喚紋を』

 「うん」


 パイモンに手を持ってもらい、ラウムとボティスを囲んで魔法陣を描く。

 俺に色々指図するパイモンの顔を見るだけで顔が歪む。俺のせいだ……

 パイモンは皮膚がかなりただれてしまっている。視線に気づいたのかパイモンが視線だけこっちに向けた。


 『平気です。こんなものすぐに治ります。私からも一つ聞きます。なぜあの時、私に駆け寄ったのですか?』

 「あ、ごめん……俺が行かなきゃよかったんだよな」

 『謝罪は必要ありません。私の質問に答えてくだされば』


 これは怒ってるんだよな。無理もない、俺のせいで顔を溶かされたなんて洒落にならない。


 「助けたかったんだ。でも、迷惑だったんだよな……もうしないよ。ごめん」

 『はい、……いいえ、……貴方に被害がなくてよかった』


 それ以降、俺達の間に会話はなく、描き終わった魔方陣の中にあいつらを囲んで一安心した。これで終われる。


 『拓也!』

 「ストラス!直哉!なんでここに……!」


 息を切らしながらストラスと直哉が走り寄って来た。


 『直哉と契約石がなければラウムを地獄に返せませんからね。それにしてもシトリーといい、ヴォラクといい、パイモンといい、派手にやられましたね』


 確かに。腹をパックリ斬られてるヴォラク、顔が溶けているパイモン、背中から血を噴き出しているシトリーはパッと見、かなりヤバいよな。

 ストラスはアイオライトのベルトを、直哉は紙切れを持っている。紙きれにはあの長い呪文が書き写されていた。色々準備してきてくれたんだ。


 「兄ちゃん……」

 「直哉、やってくれるな?」

 「うん」


 ボティスにはパイモンが、ラウムには直哉が、それぞれ呪文を唱える。


 『クッソ……コノママデ済ムト思ウナヨ!!』


 ラウムが憎し気に大声を出す。

 まだ喋れんのか。


 『復讐シテヤル!審判ノ下デ……貴様ヲブチ殺シテ地獄ノ業火デ焼キ尽クシテヤル!!』


 直哉の呪文が終わりに近づいて行くにつれて、ラウムの体は薄くなっていく。


 『審判デ勝ツノハオ前達天使ノ使者ジャナイ!俺タチ悪魔ダ!!』


 ラウムとボティスは捨て台詞を残して消えていく。

 直哉もその場でへたり込んでしまった。


 「直哉」

 「……兄ちゃん」


 未だに泣きそうな直哉の頭をなでる。


 「帰ろっか」

 「……うん」


 俺達はその場をゆっくりと後にしようとした。のだが。


 『拓也、これはどうするのです?』


 ストラスに指差された場所を見ると、地面には大量の血の跡。このままだと建設再開した時に事件になりそうだ。


 「今から拭いたら落ちるかなあ……」


 涙目の俺の発言に全員の顔が曇る。


 「私、公園からバケツとなんか拭くもの持ってくるね」

 「なぜ顔を溶かされた挙句に奴らの尻拭いを……!」


 ヴアルがどこか遠い目になりながらマンションを降りて行く。パイモン、やっぱかなり怒ってる。怪我を負わせたのは俺だ、すっごく気まずい。大量の血を地面にぶちまけているシトリーとヴォラクもスッゲー気まずそうだ。暫くしてヴアルが水を入れたバケツとぞうきんを持って来た。


 「やろっか……」


 セーレのどこか生気のない声に俺達は頷いた。


 ***


 「やっと消えたな……」

 

 一時間後、やっと血を綺麗に拭くことができた。


 「もう駄目だ。俺マジで死ぬ」


 シトリーふらふらになってる。マジでヤバい。

 時間は夜の二十一時過ぎで辺りは真っ暗。かなり遅くなっちまった。


 『早く戻りましょう。さすがにその怪我で歩きまわれません』


 ストラスの言葉にハッとする。パイモンは顔が溶けてて、シトリーは骨が折れて体中を引きずっている上に背中が斬られている。挙句の果てにはヴォラクは腹がパックリと斬られている。


 「できるだけ人のいないとこ通って帰ろうか」


 俺達は人通りの少ないところを慌てて帰って行った。


 ***


 「拓也!」


 玄関で待っていた母さんと父さんが俺と直哉を抱きしめる。


 「痛いって!」

 「良かった……本当に良かった……」


 あ、母さん泣いてる。その姿を見て、こっちまで少し悲しくなってくる。


 「さ、早く入りましょう」


 俺達は手をひかれて家の中に入った。


 「兄ちゃん……」

 「ん?」

 「俺……」

 「わかってる。何も言わなくていいよ。何もお前が悪いんじゃない」


 直哉はその言葉で涙を流し、母さんに手をひかれて家の中に入って行った。


 『拓也、どうします?』


 ストラスがポツリと話題を振ってきた。急だったからまともな返事ができなかったけど。


 『和田という男性が自殺したのは紛れもなくラウムの力が働いたせい。直哉も無関係ではありません』

 「だから?」

 『確かに直哉が全て悪いのではありません。しかし関与していたことに違いはありません。それを何も悪くないなど……』


何だよそれ。そんなこと言う必要があんのかよ。


 「わざとじゃないんだ。ラウムが勝手に起こしたんだ。直哉は悪くない」

 『それは甘いのではありませんか?全ての責任がないにしろ、直哉も事件の一角を担っていたのは確かです。それが本人に自覚がないとしても』

 「利用されてた、それじゃ駄目なのか?直哉に言ってどうするんだ?へこませるのが目的なのか?」

 『違います。しかし責任は取っていただかないと』

 「謝りにでも行かせるのか?」

 『この事を一生背負っていくという事です』

 「そんなの本人が一番わかってる。俺たちがとやかく言う必要はねぇよ」


 この傷はきっと一生消えない。

 罪悪感は一生付きまとって来るんだ。

 それをあえて蒸し返すことはない。


『あなたがそう言うのならば私はもう何も言いません』


 ストラスは諦めたのか何も言ってこない。

 直哉は何も知らなくていいんだ。こんな汚い事に巻き込まれてた事もなにもかも。甘いかもしれないし、ちゃんと言うべきなのかもしれない。お前は無意識にしても、こんな事件を起こしたんだぞって。

 でもそれで直哉の心に深い傷がついたらどうするんだ。

 そう思うと、言うなんて絶対に出来ない。


 お前は笑ってればいいんだ。


ラウム…ソロモン72柱序列40番目の悪魔。

    30の悪霊軍団を指揮する偉大な伯爵であり、本来は鴉の姿だが、召喚者が望めば人の姿となる。

    もとは天使であり、天使9階級の第5階級である座天使であった。

    契約者が望む対象の地位やプライドの崩壊を望めば、ラウムは快くその願いをかなえるのである。

    拓也を狙うために直哉と契約をしたが、最後は拓也に倒された。

    また純粋な人間が悪に染まっていく過程を見るのが好きで、自分の言うことを聞く直哉を気に入っていた。

    契約石はアイオライトのベルト。

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