第74話 本当の約束
公園に自転車を置いて、急いで直哉を探す。日も落ちかけている公園には帰りがけの子供が二人いるだけで静かなもんだ。その中に直哉の姿は見当たらない。ここに居るかもって思っていたのに、どこにいんだよ!?
74 本当の約束
「くそっ……ここじゃないのか」
じゃあどこへ?直哉が行ける場所なんて限られている。いつもの公園か、大輝君の家か、よく行く駄菓子屋か……それだけなのに。それ以外の場所になるとマジでわかんねえ。大輝君の家ではなく、駄菓子屋も閉店時間だ、ここにもいない。どこほっつきあるいてんだよ!
『拓也、どうしましょうか』
考えろ、直哉が行きそうなところを。その時、俺の名前を呼ぶ声が聞こえて振り返ると、こっちに向かって走ってくるシトリー達の姿があった。
「わりいな。光太郎は塾、中谷は部活、澪ちゃんは連絡取れなかった。」
「あの泣き虫いなくなったんだって?本当に迷惑ばっか掛けるねー」
ヴォラクが呆れたように直哉の事を言うから慌ててそれを否定した。
「いや、喧嘩がエスカレートしちゃってさ」
「拓也お兄さんなんだから、大人げなく怒ったらダメよー」
ヴアルに言われて改めて反省する。
そうだな、マジで気を付ける。
「ごめん。でも直哉ここにはいなかったんだ。正直もう当てがなくて……いつも泊まりに行く友達の家にも行ってなかったみたい」
「そっか……おい拓也、お前直哉の写真持ってねえか?」
「え?うん」
言われたとおりに携帯のメモリから直哉の写真を出してシトリーに渡すと、帰ろうと公園の出口付近をノロノロ歩いている二人組の子供の方に向かう。シトリーは子供二人に声をかけて携帯を見せている。
急に話しかけられたことに目を白黒させていた二人だったが、直哉の写真を見せられて人探しをしていることを理解すると二人で話し合っていた。
「なあ、この子探してんだけど見たか?」
子供は画面に出された直哉の顔をまじまじと見つめて頷く。
「この子さっきまでここにいたよな。多分」
「本当か!?いつ見たんだ?」
いきなり割って入った俺に二人はビックリしており、多分とか、そう思うだけとか、保険をかけてくるが、少しでも手掛かりになるのならなんだっていい。若干俺の勢いに押されながら子供達は顔を見合わせた。
「えーっと三十分くらい前だっけ?二人組の男の子といたよ。一人は頭が尖ってて牙みたいなの生えてた。多分だけど、この子だった気がする。多分ね!」
「あれすごかったよなー!本物かな!?」
子供がその事を思い出して盛り上がっている。シトリーに向けて顔をあげると、多分悪魔の特徴と一致するんだろう頷かれた。そうだ、ボティスの特徴そのままだ。
「この子どこに向かったかわかる?」
「さぁ、わかんないけど、でもあっちの出口から出て行ったよ」
子供が指差した方は北の出口だった。俺達は礼を言って北の出口に向かった。
北の出口から行ける場所ってどこがあるのかな……
公園を出て人に聞き込みをしながら直哉を探し続けてもう三十分以上になる。北の出口から出たって言う証言以外に当てになる情報は見つからない。たったそれだけの情報で直哉を見つけることは難しく、俺達はただ闇雲に探し回っている状態だった。
手分けして探している最中、ヴアルが大声を出してシトリーと向かってくる。
「拓也ー!」
「見つかったか!?」
「いや、違うんだけど拓也の弟君に似た子が、三人であっちの方向に歩いて行ったんですって」
ヴアルが指差した方向には建設中のマンションが見えるだけで、他に何かめぼしい建物などはない普通の住宅街だった。
「あっちか……」
「あっちでまた聞き込みしてみましょ!」
「あ、直哉のおにいさーん!」
情報を更に集めようと足を進めたとき、背中に聞き覚えのある声が聞こえて、振り返ると直哉の親友である大輝君が走ってきていた。大輝君は俺の前で立ち止まり息を整えている。
「大輝君?」
「直哉、まだ見つかってないんですよね。俺も居ても立ってもいられなくて探してるんだけど、見つからなくて……」
直哉の奴、大輝君にまで迷惑かけて……母さんから大輝君の家に連絡した時に直哉がまだ帰っていないことを知ったんだろう大輝君は、あれから家を飛び出して直哉を探してくれていたらしい。
小学五年生の子にそんなことをさせたのが申し訳なくて、頭を下げた俺に大輝君は首を横に振った。
「直哉、大丈夫かな……あの二人と知り合ってから、直哉可笑しいんです。優しくていい奴だったのに、最近は口を開けば悪口ばっかりで……クラスでも乱暴者のグループと悪口で盛り上がってるの、最近よく見てるんです」
「大輝君……」
大輝君はラウムとボティスを知っているのか。直哉のことをここまで心配してくれる子がいるのに、あんな悪魔二人と家出なんて、あいつは何考えてるんだよ!
「大輝君はその二人を知ってるんだよね。どんな子だった?」
俺の問いかけに大輝君は肩を震わせる。
「なんでもできる、すごい奴です。でも世間知らずな感じで、一般常識的なものが欠けてるって言うか……悪いことを悪いって思ってない感じはあったんです。でも……」
「でも?」
「あの二人といるの、すごく心地いいんです。自分の嫌な部分も受け止めてくれるし、絶対に責めない。味方してくれるんです。俺も姉ちゃんと喧嘩した時にあの二人に相談した時、二人は俺の味方をしてくれて、家族が分かってくれなかったのに二人は俺の味方してくれるんだって思ったら嬉しかったんです」
直哉の時と状況が同じだ。でも違うのは、大輝君は直哉ほどあの二人にのめりこまなかった。そこが決定的な違いだろう。
「姉ちゃんと喧嘩になったのも、その二人ともう遊ばない方がいいって言われて……それが原因なんです。でも頭を冷やしたら姉ちゃんの言ってること、間違ってないような気がして、それから俺は公園には行かないようにしてて」
直哉は、初めの段階で家族に相談をしなかったから、ここまで二人にのめりこんでいったんだ。麻薬のようにあの二人は直哉の心に巣食っていったんだ。絶対に許さない、俺の弟を危険な目に遭わせて!!
大輝君の頭に手を置いて礼を告げる。
「ありがとう、もう暗いから家に帰りな。俺たちが直哉を探すから」
「大丈夫です。姉ちゃんも手伝ってくれてるんで!この近辺のスーパーとか探してみます!この時間だし、お腹すいた直哉が何か買いに行ってるかもしれないし!あ、姉ちゃん!」
大輝君が手を振って、お姉さんらしき人がこっちに走ってくる。大輝君そっくりの少女でショートヘアが似合っている細身の少女だった。
「あ、直哉君のお兄さん、ですよね。いつも大輝がお世話になってます」
「こちらこそ、巻き込んで申し訳ないです」
「大丈夫ですよー塾が丁度終わってたんで!」
「あ、塾って……」
「姉ちゃん中三だから、今年受験なんだ」
中三!?待てよ、今日が二月終わりだから、マジの受験寸前じゃねえか!!そんな貴重な時間を直哉に費やすなんて申し訳なさすぎる!!
慌てて頭を下げて、再度家に帰っていいと訴えるも、二人は近隣のスーパーを探してみると俺に電話番号を書いた紙を押し付けて走っていった。あ、足が速い……お姉さん絶対に陸上部だ。
その光景を黙って見ていたヴアルがつぶやく。
「あんな優しいお友達がいるのに……どうして直哉君」
直哉の訴えを聞かなかった俺が悪いんだろうか。それとも自制できなかった直哉が悪いんだろうか。とにかく今は直哉を探すことだけを考えるんだ。
俺達はマンションの方向に走って行き、自宅の前で井戸端会議をしているおばさん四人組を捕まえて直哉の行方を聞く。
「ああ、その子あのマンションの中に入って行ったわよ」
他のおばさんも間違いないと言ってるから嘘ではなさそうだ。どうして直哉がそんな場所に……
「建設中のマンションにですか?」
「そうなのよー。あそこ十階建てのマンションが建つ予定なんだけど、あのマンションが建つと南向きの家が陰に隠れちゃって、近隣住民が反対の署名を出したのよ。そのせいで今も揉めてて建設が止まってるのよねー。今じゃ子供たちのいい遊び場よ。入ったらダメだってテープは張られてるんだけど、そんなのかいくぐって入っちゃうのよ」
確かに人目に付かないし、悪魔からしたら絶好の場所なのかもしれないけど……そう思うと、最悪のケースが頭によぎり冷や汗が出てくる。
「三人で、ですか?」
「そうねー確か三人だったわよね」
「うん、そうだった。入ったらダメって声はかけたんだけど、無視されてね」
隣にいたおばさんも頷いた。
どうやら間違いないんだろう。
「ありがとうございました」
おばさんたちに頭を下げて、母さんに電話をかける。状況を逐一報告しろって言われているから。待ち構えているかのようにワンコールで出てきた母さんの声には焦りが見える。
『拓也!?直哉は見つかったの!?』
「いや、でも多分居そうな場所は分かったから今からそこに行ってみる。大輝君もお姉さんと一緒に直哉を探してくれてるみたいなんだ」
『ええ!?大輝君も!?後で電話をしなくちゃ!お父さんも帰ってるから変わるわね。あなた、拓也から』
父さん、帰ってきてたのか。ビックリしただろうな、仕事から帰ったら直哉が悪魔と契約してて行方不明だなんて聞いたら。
『拓也、話は聞いたよ。直哉が悪魔と契約してたんだって?頼む拓也……直哉を連れ戻してくれ。お前にしかできない。情けない父親ですまない。直哉がそんなことになっていたなんて、気づきもしなかった』
「大丈夫だよ父さん。ちゃんと連れて帰るから」
俺はそう言って電話を切った。父さん達にまで心配かけて、直哉の奴……早く直哉を見つけないと最悪なことになるかもしれない。ラウムって奴は知らないがボティスが危険な奴だってことは前契約者のエアリスさんの一件で分かっている。急がなきゃ!
無残に床に散らばっているKEEP OUTのテープを踏みつけて、建設中のマンションの中に入った。
***
直哉side ―
「ここだぜ直哉」
ボティスとラウムに連れて行かれた場所は建設中のマンションで、まだコンクリートでかたどっただけで屋根以外の壁はない。目の前にはクレーンやらがいっぱい停まっており秘密基地のような感覚に心臓がどきどきした。
「ここに行くの?ここって入っていいの?」
「いいって。心配すんなよ」
ラウム達はその中をどんどん進んでいき、慌てて後を追いかける。途中で足が止まった俺を見て手を差し伸べられ、その手を握る。ラウムがいれば何も怖くない、本当に不思議な奴だ。
「待ってよ。本当に入っていいの?怒られないの?」
「大丈夫だっつってんだろ。このマンションな、今は建設止まってんだよ」
そうなんだ、でもなんかワクワクする。悪戯する感覚に似てる。
中につけられていた梯子を使い七階まで頑張って上がっていくと、住宅街の夜景がキラキラ輝いており目を奪われた。窓もないし、風も感じて寒いけど、景色はとても綺麗だ。
「すっげーすっげー!!」
「気に入ったか?」
「うん!」
自分だけでは見つけられない秘密基地に満足していると、小腹も空いてきてその場に座り込んでお菓子を出すと、甘い匂いに気になったラウムたちがのぞき込んできた。
「なんだそれ?」
「おなか減った時の非常食。ラウム達も食べようよ」
「じゃあもらう」
三人でお菓子を食べながら雑談をしていると日はどんどん落ちていき、肌寒くなっていく。できるだけ暖かい格好をしてきたけど、鼻がむずむずしてくしゃみが飛び出した。
「っくしゅん!」
「おい大丈夫か?」
「平気。でも二人は寒くないの?」
ラウムは七分袖のTシャツの上に半袖のTシャツ。ズボンも七分丈。ボティスにいたっては袖なしのタートルの上に薄いパーカーを羽織っただけで、ズボンも半ズボンだ。
「全然。俺ら寒さに耐性あるから」
そんなもんなのかな?俺なんか三枚着こんだ上にダウンを来ても寒いのに。
あー家にいたら暖房付いてて、炬燵に入ってただろうなー。少しだけ家に帰りたくなったけど、折れたら負けだ。それにもう夕飯の時間だ、ママも怒ってるはず。今帰ったら絶対に怒られる……そんなの嫌だ!!今日はここにいるしかないのかなあ。布団もないし絶対に寒いよ。でもしょうがないよね、むしろ付き合ってくれた二人に感謝するべきだよね。
「今日、どうやって寝ようかな。ここ固いよね」
地面をたたく俺を見て、ラウムが「あー」と声をあげる。
「お前、どこでも寝れない民か」
「ええ、普通外では寝れないだろ」
「んーそうだよなあ。俺の家来るか」
ラウムの家?
問いかけた俺に相手が頷く。家には誰もいないからもう少ししたら招待するって言われた。友達の家に泊まっていいのかな。ラウムの家族は怒らないのかな?そう聞いたけど、本人は大丈夫だと言って両手を広げる。
そのまま腕を引かれ、ラウムに抱きしめられて、暖かい体温にすり寄ってしまった。
「直哉」
暖かさと心地よさに少しウトウトしていたけど、ラウムに話しかけられて顔を上げる。暗くてよく見えないけど、その目と口は弧を描いている。
「お前さー今も兄ちゃんムカつくか?」
「え?」
冷静になって考える。ムカつくのかなぁ……家を出て少しだけ気分が落ち着いた。
自分が悪い事言ったのもわかってる。でも理解してくれなかった兄ちゃんのことを思い出すと、少しだけ腹が立つ。
「少し」
「そっか」
その返答にラウムは嬉しそうに笑う。ラウムはいつだって俺の味方。でもなんでそんなに嬉しそうに笑ってるのかが俺には分からない。
「じゃあ俺ら三人でお前の兄ちゃんボコっちまおうぜ」
その言葉に反応ができなかった。兄ちゃんをボコる?目が丸くなって返事をしない俺にラウムは饒舌に語る。
「だってお前の兄ちゃんムカつくじゃん。お前が嫌な思いしてたのに相手の心配ばっかして。お前の事、本当はどうでもいいんだって」
どうでもいい?
ラウムに言われた言葉に頭が真っ白になる。だって兄ちゃんは前、病院で俺が悪魔に足を斬られた時も必死で戦ってくれて……
「そ、そんなことないよ……」
声が震える、胸を張って答えれる自信がない。
なんでだろう?いつもだったら「そんな訳ないじゃん!」って言えるはずなのに。そっか、俺が兄ちゃんに嫌なこと言ったからだ。
人殺しなんて言ったから……
風に冷やされてヒリヒリする頬をさする。あの時、兄ちゃんは軽蔑した目で俺を見てた。きっともう俺は嫌われたんだ。自分でそう思えば思うほど兄ちゃんに腹が立ってくる。全部あいつが悪いのに、なんでこんな事になるんだよ。
「な?お前の兄ちゃん最低じゃん。大体、お前が出ていく時だって追いかけても来なかったんだろ?」
そうだ、俺が荷物を詰めてる時も兄ちゃんは部屋に来なかった。いつもなら喧嘩しても兄ちゃんが折れてくるのに今日は何も言ってこなかった。完全に俺のことを無視してきた。
兄ちゃんはもう俺のこと嫌いなんだ。今頃、ママとパパとストラスと一緒にご飯食べて、皆で楽しそうにしてるんだ。俺のことなんか皆どうでもいいんだ!!
「泣くなよ直哉」
ラウムが服の袖で俺の涙を拭いて行く。でも涙は次から次にどんどん流れていき、何もかも嫌になってラウムの肩に頭をのせた。
「もう嫌だ……こんなのやだ!!全部兄ちゃんのせいだ!兄ちゃんなんか居なかったらよかったのに!!」
「……それでいいんだよ。お前には俺がいる」
ラウムは優しく笑い、俺の頭を撫でる。二人だけでいいじゃないかとラウムは言った。
「なぁ直哉、俺とずっと一緒にいよう。世界の終焉まで。あんな奴殺して俺と一緒に堕ちればいいじゃねえか。指切りしただろう?俺はお前を見捨てない」
ラウムとボティスしか味方がいない。でもそれでも俺の味方でいてくれる。俺にはもう二人しかいないんだ。兄ちゃんなんて居なきゃいいのに……
その時間が五分ほど続き、涙も引っ込んできたくらいに俺の頭を撫でて慰めてくれていたラウムの表情が急に険しくなった。ボティスもマンションから地上を見つめている。
「ラウム?」
「直哉、嫌な奴が来たぜ。お兄ちゃんが来たようだ」
何でここがわかったんだ?
怖い、何を言われるかはわかってる。俺を怒りに来たんだ。怒ってそのまま俺を放って帰っていくんだ。最悪な結末に血の気が引き、情けなく声を出して縋ってしまった。
「怖い……怖い怖い怖い!」
「安心しろよ直哉。俺らが追い払ってやる」
ラウムはそう言って立ち上がる。
追い払ってやるって何する気なの?
「直哉、持っとけよ」
ボティスが俺に近づいて何かを投げてくる。
それを受け取った俺は目を丸くした。これって……
「鉄の棒……」
「お前の兄ちゃん、またお前を殴りに来たんだよ。もう殴られたくないだろ?」
正当防衛だからこれ。にっこり笑って渡された鈍器に喉がヒクっと震える。ボティスが俺の頬を優しくさすりながら「痛かったね……」と同情するように呟いた。そうだ、痛かった。今まで顔を殴られたことなんかなくて、それが普段優しい兄ちゃんで、ストラスも厳しい目で俺を見ていて……嫌だ、またあんな痛い思いはしたくない。
俺は棒を握りしめる。兄ちゃんがいなくなれば俺は家に帰れるのかなぁ?ママとパパは俺の味方してくれるかな?
「いなくなればいいんだ。兄ちゃんなんて」
些細なことで喧嘩になって、そこから生まれた感情が黒く変化していく。兄ちゃんが居なくなるってことは兄ちゃんを殺すって事。通常ならおかしいとさえ思う考えでもそれを静止する頭は働かない。
全部なくなれば……
「はは……なんかスッキリしたや。簡単じゃん」
「それでいいんだよ直哉。あいつはお前の味方なんて決してしない。でも俺達はお前の味方だ。一緒にあいつの存在を消してやろう」
ボティスの言葉に俺は頷く。
他のことが考えられない。そのことしか考えられない。
「お前は本当にいい子だな直哉君。俺はお前の味方、お前の一番の理解者だ」
ラウムは俺のことを必要としてくれる。この二人さえいればいい、それだけでいい。だって、俺は一人じゃないんだから。
「ラウム、継承者を地獄に送ったら直哉はどうすんだ?」
「気に入った。俺の側近にする。一生退屈はさせないぜ」
「はっ。継承者をあぶりだす為に契約したくせに虜にされちゃって」
「本当にな。可愛くて仕方がねえ。俺はあいつを手放す気はないぜ。お前もそうだろ?」
「そうねー二人で可愛がってあげよう。大丈夫、きっとあの子は喜んでくれるよ。これが終わったら思いっきり甘やかして愛してあげよう」
「俺たち以外の言葉なんか何にも響かなくなるくらいに、な」
ラウムとボティスは楽しそうに何かを話している。その表情は嬉々としていて、今から起こる何かを楽しみに待っているように感じた。
「直哉、来るぜ」
その言葉に棒を握り締める。
そして……
「直哉!」
来た、兄ちゃんが来た。
***
拓也side ―
直哉を見つけて思わず大声で名前を呼ぶ。振り返った直哉は見る限りでは怪我をしている所はなかった。
良かった無事だ……
直哉はボティスともう一人の少年の間に囲まれていた。あいつがラウムか……
ボティスとラウムはニヤニヤ笑ってその場を動く気配はない。拘束されているわけでもなさそうだ、あいつらに構ってる暇はない。俺は直哉に手を伸ばした。
「直哉、こっち来い」
直哉は動かず、ジッと俺の手を見つめている。しかし足が動く気配はなく、何の反応も返さない直哉に見かねたストラスも呼び掛ける。
『直哉、何をしているのです。早くこちらに来なさい』
「うるさい」
直哉の手には鉄の棒が握られている。何する気なんだよ……
「直哉、何してんだよ……」
「俺をまた叩きに来たんだろ?何だよ今さら……俺のこと最低ならほっとけよ」
そんなつもりじゃない!そんなつもりじゃ……
思わず固まってしまった俺を見て、ストラスが必死に直哉を説得する。
『直哉、拓也は貴方の事を本気で嫌っているわけではありません。貴方もわかっているでしょう?』
「うるさい。お前も兄ちゃんの味方したくせに」
『直哉……』
「相変わらずうっぜえよなぁ継承者は」
このやり取りを見ていたボティスが俺の事を指差してケラケラ笑っている。こいつのせいで、こんなことになったんだ。全部こいつのせいで!
「お前らが、お前らが直哉を操ったのか!?」
「はあ?俺らはそんなことしてねーよ。第一、俺らは人を操るなんて能力は持ってねえし。これは直哉が選んだことだ」
「嘘つくなよ!」
『拓也、本当です。彼らに人を操作するという力は持ちません』
そんな……じゃあ直哉は本当に……
「兄ちゃんなんかいなきゃよかったのに」
― 俺のことを嫌いになった?
ショックで足が動かない背中をヴォラクが支えてくれる。その支えがなければそのまま倒れてしまいそうだ。ラウムもクツクツ笑いだし、ぽつりと呟いた。
「馬鹿な奴。身内に手が伸びねえとでも思ってたか?」
ラウムのその言葉で思わず大声を張り上げた。その言葉でこいつらが直哉を狙っていたことが分かってしまったから。初めから、こいつらは直哉が俺の弟だってわかっていたんだ。
「ふざけんな!直哉を返せ!てめえが直哉と契約してることはわかってんだ!!」
「契約ぅ?はは。指切りって言ってほしいね。友達として指切りしたんだ」
「なに訳のわかんねぇこと言ってやがる!直哉、帰るぞ!!」
「来るな!!」
直哉の左手をもった俺の視界に鉄の棒が入り込んでくる。これは、誰が持っていたやつなんだ?その瞬間はスローモーションのように感じ、激しい痛みと大きく何かがぶつかる音が聞こえ、その場に倒れこんだ。
「拓也!」
「てめえ……泣き虫!いい加減にしろよ!」
ヴアルが顔を真っ青にして俺を起こし、ヴォラクが声を張り上げる。
頭がくらくらする。思わず手で押さえればベットリと血がついていた。あんだけ力強く殴られりゃ血が出てもおかしくない。頭が痛い、焦点が合わない、直哉をまっすぐに見ることができない。
「に、兄ちゃんが悪いんだ。あいつの味方するから」
直哉の声が震えている、そんな震えんなら最初からすんなよ。
なぁ直哉、俺怒ってなんかねえよ。そう言いたいのに、口が動かない。この痛みを我慢するのに必死だった。
『直哉、いい加減にしなさい。拓也になんてことをするのです』
ストラスが静かに、でも怒りの篭った声で直哉を叱りつける。
「うるさい。嫌いだ、お前らなんか……」
「それでいいんだって直哉」
直哉の後ろに待機しているラウムが笑みを浮かべる。
「殺してやれそんな奴、お前の味方じゃないんならいらないだろ?俺たち三人ずっと一緒だ。それでいいじゃねえか」
「直哉君止めて」
ヴアルが震えながら俺を抱きしめる。
でも直哉は一歩一歩、俺に近づいてくる。
『これ以上やったら殺すよ』
悪魔になったヴォラクが直哉に剣を向けた。
「皆皆、兄ちゃんの味方」
『あ?』
「だから嫌いなんだ……」
俺の言葉は直哉に届かないんだろうか。ずっと一緒にいた俺よりも、ラウムとボティスの方がいいんだろうか。俺は、直哉にそんなに憎まれるほどの兄だっただろうか。
直哉は俺に近づいて鉄の棒を握りしめた。
「兄ちゃんなんか嫌いだ、嫌いだ」
『おい泣き虫。いい加減にしろよ。何がしたいんだよ』
ヴォラクが剣を抜こうとするのが見えて、ヴォラクの足を掴んだ。未だに直哉を説得しようとしている俺にヴォラクは眉を吊り上げる。
「ヴォラク!直哉に手を出すな!」
『だって拓也こいつは!』
「あはは!麗しき兄弟愛!でもお兄さん、直哉を裏切ったのはあんただろ?直哉悲しそうにしてたぜー?兄ちゃんが理解してくれないってさぁ。だから俺が理解してやるんだ」
ラウムの言葉に直哉は少し笑みを見せる。もう洗脳みたいなもんじゃねえか。どっちが悪党だよ、どう考えたってラウムが普通じゃないのは分かるだろ。ふざけんなよ……何だよそれ。
「お前の言う事は友情なんかじゃない」
ラウムの眉がピクリと揺れる。
「本当に大切な友達なら、悪いことしたら止めるはずだろ?なのにあんたは直哉を止めるどころが悪いことじゃないって教えつけた」
「それの何が悪いんだ?友達だからこそ諌めないんだよ。意志を尊重してんだよ」
「ふざけんな!何が尊重だ!ごっこ遊びなら余所でやれ。直哉に手ぇ出すな!」
俺の言葉を聴いたラウムは顔を顰めた。
「おいボティス。お前の言うとおり、こいつマジでウザいわ。俺にお説教始めたんだが」
「だから言ったろ?」
ボティスはフフっと笑い声を上げる。何笑ってやがる。直哉まで巻き込みやがって!
血は中々止まらない。ヴアルが必死でタオルを当てて、止血をしてくれている。
「くっ……」
「ごめんね。痛む?」
「平気。ごめんなヴアル」
「そんな……セーレがいてくれれば白魔術で何とかなったのに」
ヴォラクは直哉と睨み合ったまま。その光景をシトリーとストラスも心配そうに見守っている。
なんとか止血して、俺は再度直哉に手を伸ばした。
「俺、別に怒ってなんかないよ。母さんも父さんも心配してるんだ。一緒に家に帰ろう」
「嘘だ。パパもママも兄ちゃんの味方だもん。俺なんかいてもいなくても変わらない」
何だよその考え。あの喧嘩からどうやったらそんな考えに行き着くんだよ。でも俺もそんなもんか、ガキのころ父さんと喧嘩する度に思ってた。自分なんて要らないんだって……直哉はただ意地になってるだけなんだ。
「本当にそう思ってたら父さんがクリスマスにお前にプレゼントなんか渡すはずないだろ。母さんが毎日、お前の飯作るわけないだろ」
「そんなの兄ちゃんのついでで……」
「じゃあお前の運動会にあんなに張り切るわけないだろ。父さん、ずっとビデオ回してたんだぞ?母さんだってお前の好物いっぱい入れた弁当作ったんだぞ。お前が風邪ひいた時、母さんがつきっきりで看病してくれるのは何でだ?お前が食べたいって言ったから、父さんが仕事帰りにケーキ買って来るのはなんでだ?」
「それは……」
「皆お前のことが好きだからじゃん」
直哉はその言葉に固まってしまう。
「お前が優しい奴ってのはわかってる。運動会だって一人で弁当食ってた子を連れてきたのも知ってる。だからお前があんなこと言うのが信じられなかった」
「だって、それはあいつが……」
「うん、いっつも話し聞いてたよ。確かにあいつの普段の態度は悪い。でも前の直哉ならなんて言ってた?学校に来なきゃいいなんて一言も言ってなかっただろ?直哉、みんなお前のことが大好きなんだ。俺が約束してやる。俺はお前の味方だ」
その言葉を聞いて鉄の棒が直哉の手から落ち、頬を涙が伝っていく。直哉が今欲しいのは、自分を好きだって言ってくれる人だったんだろう。酷いことをした自覚があるから、それでも許して愛してるよって言ってほしかったんだ。
「兄ちゃん、兄ちゃん……」
泣きだしてしまった直哉がすごく小さく見える。
「へへ。俺に似て泣き虫になりやがって……早く家に帰ろう」
「……兄ちゃん、ごめんなさい。思ってないよ、兄ちゃんが最低なんて。思ってないから」
「俺も直哉が最低とか思ってないよ。大丈夫、こっちおいで」
「それはちょっと虫がよすぎるんじゃないのかねぇ直哉君」
俺のところに走ってこようとした直哉の腕が引かれて、ラウムに後ろから抱きかかえられる。直哉はビックリしていたけど嫌がるそぶりを見せず、その姿を見て、どれだけラウムに懐柔されているかを目の当たりにした。
「約束しただろ裏切らないって。お前は俺を裏切るのか?」
「なんで?兄ちゃんと仲直りしたの、なんでラウムを裏切ることになるの?」
「わっかんないかなぁ?直哉はおバカさんだねぇ」
ラウムの手に光が集まり、剣が出てくる。
そしてその剣が直哉の首に添えられる。
「ひっ!」
「直哉!!」
『こいつは俺を地獄に返そうとしてんだよ』
「地獄って……まさかラウム……」
直哉の目が見開かれていく。恐怖で顔が真っ青になっていく。
『ソロモン72柱が一角「ラウム」。以後お見知りおきを』
「ひっ悪魔!うわああぁぁぁぁああ!!」
『あの泣き虫。何にも知らずに契約してたの!?』
やっぱり直哉は何も悪いことなんてしてなかったんだ!
こいつが直哉を騙して契約してたんだ!
『なぁ直哉、あんだけ他人を巻き込んでおいて元の生活に戻れると思ってんのか?』
「な、何のこと?」
まさか……あいつ直哉に真実を言う気か!?
「やめろラウム!」
俺の怒声を聞いて走り出したヴォラクが剣を振り上げるも、寸でのところで割って入ったボティスに受け止められ二人が睨み合う。しかしラウムが直哉の首に剣をトントンと当てて、直哉の悲鳴が響くと、ヴォラクはこれ以上の攻撃でラウムが直哉に危害を加えると確信して距離を取った。
それにラウムは更に笑みを深くした。
『俺の力って少し変わっててな?他人を奈落の底に落とすことができんだよ。でもそれは契約者が命令しないといけないんだけどよ』
「やめろやめろやめろ!!」
「何が言いたいの?」
直哉の声が震えてる。顔が真っ青になっていく。
『契約者はお前だろ?そしてお前は俺に言った。痛い目を見ればいいってな』
「う、そ……」
『嘘じゃないさ。和田って奴が捕まって自殺したのもクラスメイトの奴がカンニングして母親からの信頼を失ったのも俺の力が働いたからだ。そしてそれを命令したのはお前だ』
何て事を、言ってくれたんだ!
直哉は恐怖からか涙を流す。
「嘘だ……じゃあ俺が和田先生を殺したって言うの?あいつをカンニングさせたって言うの!?」
『ああそうさ。全てお前が俺に命令したからだ。楽しかっただろ?クラスメイトを苛めるのは。お前は被害者面してたけど立派な加害者だよ。いや殺人犯か?ははは!』
「ひっひっく……うああぁぁあああ!!」
ふざけやがって……ふざけやがって!
「サイテーな野郎だな」
シトリーが手をポキポキ鳴らす。
それを見て、ボティスも笑いだす。
「何が直哉のせいだ!てめぇが直哉を騙してただけだろうが!人間なら誰だって少しぐらいは不満を持つに決まってんだろ!それをてめぇが大げさにしただけじゃねーか!!」
『くく……まぁ騙したってとこは否定しねぇよ。結果的には直哉が命令したんだ。でも元はと言えばお前が悪いんだぜ継承者』
「俺が?」
『お前が俺たちの邪魔をするから。だからお前にはいい刺激になるだろうこいつと契約しようと考えたんじゃねぇか』
なんだって?そんなことの為に直哉を……直哉を巻き込んだってのか!?
『折角いいとこまで行ってたんだけどなぁ……最後にはこいつは俺を裏切るし、とんだ駄作だ。お前を殺すために近づいたのに、こんな結果になるなんてなぁ』
「ふざけんじゃねぇよ!直哉を放せ!!」
ラウムは笑って直哉の首に剣を押し当てる。
「うあ、うああぁぁあ!!」
「止めろ!」
『暴れんなよ直哉、自分から切られに行く必要ない。なあ、こう見えて俺達、お前のこと愛してんだよ。お前と一緒にいたいんだ。お前も俺たちと一緒がいいだろ?だからお前の兄ちゃんを地獄に送らせてくれよ。俺達三人で仲良く生きていこうじゃねえか』
このままじゃ直哉が……もう、諦めるしかないのか?立ち上がった俺の肩をシトリーがつかむ。
「おい拓也、こいつの話しを聞く必要はねぇ」
「だけどこのままじゃ直哉が……!」
『地獄に行ったら本当に戻れなくなりますよ!』
『早くしてくれよ。俺は短気なんだよ。そうだなぁ、指一本ずつ斬り落としてくか』
「い、嫌だ嫌だ!止めてよラウム!!」
「止めろ!頼むから直哉には手を出すな!」
どうしよう。このままじゃ直哉が、直哉が……
「あはは!まぁた無駄骨だなぁ継承者。俺を逃がした時とおんなじ」
うるさい、うるさいうるさいうるさい!!
「拓也、私に任せて」
「ヴアル?」
「直哉君とラウムの間を爆発させる。ラウムは避けるだろうけど、直哉君を抱えては避けれない。絶対に直哉君を手放すはず。でも……もしかしたら直哉君が怪我するかも」
それ以外に方法を考える。
だけど浮かばない。
「ヴアル頼む」
「わかった」
俺とヴアルが話している姿を見て嫌な予感を感じたんだろう、ボティスがラウムに目配せをして、ラウムは剣を直哉の指に押し当てた。
『あいつら挑発に乗らないから、本当に指切るわ。我慢な直哉』
「ひっやめて!」
見ていられなかった。ラウムの剣が直哉の指に食い込んでいくのが。直哉が痛みで悲鳴をあげ、その反応にラウムが笑った。
「いたい!痛い痛い痛い!!」
「もうすぐ骨かな?可愛いなあ直哉、血が出てるな。大丈夫、指一本無くなっても死なないし、お前がダルマになっても愛してやるから安心してな」
「その子を放しなさい!!」
「……ッ!ラウム下がれ!!」
ヴアルが指をさした瞬間、ボティスが叫び、ラウムと直哉の間で軽い爆発が起こった。ラウムはボティスの声に反応して、直哉を突き飛ばして、そこから飛び退く。
「うわあ!」
「あぁ!?」
シトリーが前のめりで倒れこんだ直哉を抱き抱え、そのまま走って逃げる。やった!上手く行ったんだ!
直哉はすこし服が焦げており、小指も斬られていて血が出ているけど、それ以外で大きい怪我はしてなさそうだ。
「直哉!」
「兄ちゃん!うあぁあああぁぁぁああ!!!」
『大丈夫です。小指も問題ないです。傷が塞がれば動かせるようになる。セーレに頼みましょう』
直哉は涙を流しながら俺に飛びついてくる。その姿があまりにも痛々しくて直哉を思いっきり抱きしめた。
「助けるの遅くなってごめん……!」
「ひっく……うえぇええ……あああぁぁあああ!!」
なんで直哉がこんな目に遭わなきゃなんないんだよ。他の奴が契約してたってきっとあいつは同じように少しの悪口を聞いて事を起こすだろう。なんでその相手が直哉なんだ……!
『くそがっ!調子に乗りやがって!』
ラウムの声で現実に引き戻される。
先ほどとは違い、目が血走っている。
『ボティス、こいつら殺すぞ』
「殺していいのー?俺らバティンに怒られるぜ」
『知るもんか。指輪さえ手にはいりゃいいだろ。殺さなきゃ気がすまねぇ!』
「……同感だけど」
ラウムが剣を構え、ボティスも強大な棍棒を構える。
「ストラス、直哉を避難させてくれ」
「兄ちゃん!」
「直哉、兄ちゃんは絶対に戻ってくるからな。行ってくれ」
『わかりました』
ストラスが渋る直哉を押して、俺たちから離れていく。しかし振り返り俺の肩に飛び乗る。
『拓也、なぜあの二人が直哉のことを知っていたかが気になる。先ほどあの二人からバティンと言う名前が出てきた。このようなことは言いたくないが、地獄でのパイモンの相棒です』
心臓が嫌な音を立てる。それが何を意味しているのかを、わかりたくなんてない。
ストラスはそれだけを伝え、直哉を連れてその場を立ち去った。
『畜生が。最後の最後でとんだどんでん返しだぜ!』
『そのまま地獄に戻った方がいいんじゃない?』
ヴォラクも剣を構えて、ラウムを睨みつける。
『へ。それはお前の方だろ』
俺は浄化の剣を手に持つ。
ヴアルが悪魔の姿に代わり、シトリーも体をほぐして、スタンバイOKのようだ。
『生意気な継承者風情が。後悔させてやる』
『どこまでもオイタが過ぎるな継承者……』