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第73話 喧嘩

 和田の葬儀に行った俺と澪は小学校の時の友人たちと、こんな形での再会となった。中には事件を起こして軽蔑しながら葬儀に参列してる生徒、それでも涙を流す生徒、両極端だった。俺は遺影の和田の顔を見て、込み上げたものを押し込めるのに必死だった。



 73 喧嘩



 「拓也、澪ちゃん、お帰りなさい。疲れたでしょう」


 葬儀自体は身内だけで行うから生徒達は挨拶だけをして帰っていく。当然俺達もそうなので、和田の親族に挨拶をしてすぐに家に帰った。帰り着くと母さんが俺と澪を出迎え労いの言葉をくれた。

 家には全校生徒で一斉に昼に行ったので既に直哉が帰っていた。直哉は相変わらずストラスと遊んでいる。


 「人かなり多かったよ」

 「そう」


 鞄を床に置いて葬儀の感想を簡潔に述べた俺の乾いた笑い声に母さんも表情を曇らせる。


 「いい先生だったのにね……」

 「うん。なんでこんな事になったのかなぁ」


 そんなこと誰に聞いてもわからない。この事件はどこまで解明されるんだろう。和田の証言はどこまで信じてもらえるんだろう。ただ、和田はもういなくなっちゃったんだ。


 「さ、玄関に立ってないであがりなさい。夕飯にしましょう。澪ちゃんも」

 「あ、はい……」


 しんみりした空気をほぐすように母さんが明るい声を出す。

 俺たちは沈んだ気持ちを隠せないまま靴を脱いで、家にあがった。直哉は学校全体で葬儀に顔を出していたため既に家に帰り着いていたが、落ち込んでいるのかと思いきやニコニコとストラスに今日あった出来事を話していた。その姿は自分の学校の教員が自殺したにはあまりにも不釣り合いなほど明るい声だった。


 「あ、兄ちゃんおかえり。ねえねえストラス、今日も友達と遊んだんだ。走るのも早いし、すごいんだよ」

 『そうなのですか』

 「そんでね。友達を絶対に裏切らないって。俺が困ったら助けてやるって言ってくれたんだよ」


 直哉は嬉しそうに小指を出す。その表情は本当に嬉しいだけなのか、なんだか俺には少しだけ妄信的なところも見え隠れしているような気がする。その友達とやらはよほど尊敬できるくらい直哉から見たら何でもできる子供なんだろう。


 「指切りしたんだ。友達の証しだって」

 『あまり変な輩と付き合ってはなりませんよ』

 「変じゃないよ。友達だ」


 ストラスとの話を割り込みせずに聞く。直哉の方が現在は和田と関わっているはずなのに、なぜ直哉はこんなにも平気そうなんだ?それが俺にはわからない。あとでストラスに聞いてみたが、直哉は葬儀に行った後もこの調子で悲しんでいる素振りはあまり見られず、葬儀が終わって家に帰るや否やランドセルを放り投げて公園に走って向ったらしい。

 なんだろう、今の直哉に少しだけ違和感を覚えたのは俺だけなのか?


 ***


 直哉side ―


 今日はムカつくことがあった。クラスメイトの奴がまた俺に掃除を押し付けて帰って行った。塾があるからって。そんなの関係ないじゃん、掃除なんて15分で終わるのに。そいつは俺たちのことを馬鹿にしてるし、クラスでもあんま好かれてない奴なんだけど、隣の席ってだけで、いつも俺に押し付けてくるなんてムカつく!

 皆はしなくていいって言うけど、それでも先生は頼まれたならしてあげなさいって言う。大輝も先に帰っちゃったし……最悪だよ。


 「なんで俺がやんなきゃなんない訳!?」


 今日も俺は学校帰りに公園に寄り、ラウムとボティスと遊んでいる。だって二人に愚痴を聞いてもらうとすっごい心が軽くなるんだもん。二人は俺の味方だから。


 「なんでやらないって言わないんだよ」

 「だって押し付けてさっさと帰っちゃったんだ。先生もやってあげろっていうしさ」

 「直哉は押しが弱いのが欠点だな」


 ボティスが飲んでいた缶ジュースを俺に渡す。それを受け取ると、まだ缶は暖かく冷たくなった頬に当てると暖かさに頬が緩んだ。そんな俺を見て笑ったボティスが缶を指さす。


 「飲んでいいよ」

 「ありがと!」


 残りを飲んでゴミ箱に缶を投げたがうまくごみ箱に入らず地面に落ちた缶に苛立って舌打ちをした俺を見てラウムはまた笑った。


 「なーそいつウザイな。塾だか何だか知んねーけどさー、甘えんなって感じじゃね?」

 「マジでそれ!でもなんか親もちょーうるさくて学校に何回も来たことあるんだよ!ママがモンスターペアレントって言ってた」

 「もんすたーぺあれんと?怪獣両親?へー日本人はおもしろい言葉を考え出すな」


 日本人はって……やっぱラウムって外国人なのかな?名前からして日本名じゃないもんな。どこの国の子なんだろう。


 「ラウムとボティスって外国人なの?」

 「まあそんなとこ。日本からはスッゲー遠いとこ。マイナーな国すぎて多分お前知らないよ」

 「アメリカとか中国とかじゃないの?」

 「全然違う」


 やっぱりそうなんだ!

 ボティスとかは色白いし、髪も金色だもん!でもマイナーな国って言ってたけど、どこなんだろう。詳しく聞いても、二人は絶対に知らないからと教えてくれなかった。


 「で、話は戻るけどさぁ。そいつ皆から嫌われてんだろ?」

 「うん。友達いないしね」

 「直哉も嫌いなんだろ?」

 「うん。嫌い」

 「じゃあ痛い目にあうといいなぁ」


 ラウムは笑みを深くする。確かにあいつは一回痛い目に逢うべきなんだ!俺達を馬鹿にして、いっつも親を連れてくるし。先生も親が怖いのか全然強く叱ってくれないし、だから調子にのってるんだ。


 「本当に!あいつ今度さ、有名私立中学がやってる模試に出るらしいんだ。最下位になって恥さらせ」

 「……直哉はそうなってほしいのか」

 「印象最悪で相手の学校に覚えられて受験できなくなったらいいのに」

 「あっははは!そっか、そうだよな!そう思うよなぁ!任せとけよ。俺がお祈りしといてやるよ。痛い目見ますようにーって」


 何それ。なんかおもしろい。ラウムってそういうことをよくする。そのお祈りに何の意味もないだろうけど、ちょっとした背徳感を感じて心臓がドキドキする。


 「変なのー!なんでラウムがお祈りすんのさー」

 「そりゃ友達がムカつくって言ってんだ。俺もむかつくよ。なぁボティス」

 「恥かきゃいいんだよ。そんなやつ」


 やっぱラウムとボティスは友達思いだ。俺、本当に二人と友達になれてよかったぁ。二人は俺が悪いとか、助けてやれとか、そんなことは言わない。だって俺はそんな返事を求めていないから。


 「でもお祈りだけであいつが恥かけばいいんだけどなあ。成績だけはいい奴だから、調子乗るんだろうな。うーわ、うっぜえ。マジ消えてほしい」

 「うんうん、きっとそんな奴には天罰下るよ」

 「でもああいう奴がさ、きっと得するんだろうな。あーくそくそ、プライドだけ高い頭でっかちめ。思い出しただけでイライラする」

 「大丈夫だって直哉、そんなプライドすぐに崩れるよ。願いに関しての欲望の前じゃ人間なんざ無力だから」


 どういう意味だろう。ラウム達は時々難しい言葉を使う。ただ、天罰が下るって言うのが本当なら、さっさとあいつに天罰当たってほしい。


 「ふーん……よくわかんないけど、まあいいや。俺マジであいつのこと気に食わないから、俺の視界から消えてほしい」

 「直哉は悪い子だねー」


 俺の暴言にも似た愚痴を咎めることなく、ボティスがケラケラ笑う。


 「俺は悪くない。悪いのはあいつだから」

 「そうだよねぇ」


 あんな奴、いなくなっちゃえばいいんだ。学校来なくならないかな。


 ***


 「直哉ー!」


 一週間後、教室に入った俺に大輝が慌てて走り寄ってきた。教室内は普段よりも賑やかで全員が何か一つのことを共有している。そんな空気を醸し出していた。

 大輝もそうらしく、頬を紅潮させて楽しさを隠しきれていない。大輝が指さした先にはまだ登校していないが気に食わないクラスメイトの机だった。


 「あいつ今回の模試でさ、カンニングして全教科0点になったらしいぞ。しかもかなり手の込んだカンニングしてたらしくてさ、なんか複数人巻き込んで集団カンニングしたとかなんとか……んでさ、こっからが面白いんだけどさ、流石に悪質すぎるってなってそこの私立中学の来年の受験不可だってよ。あいつ、来年その学校願書出せないんだって。なんかこの情報共有するから他の学校も受けられなくなる可能性が高いとかなんとか」


 あいつって……あいつ!?

 まさかの展開に大声が出た。ラウムと話していたことが現実になった。すごい、なんだこれ!!


 「嘘ぉ!?」

 「本当だって!」

 「何で大輝知ってんの?」

 「隣のクラスにあいつと同じ塾に行ってる奴から聞いた。おばさんカンカンになっててあいつ滅茶苦茶怒られてんだって!」


 ラウムが言ったとおりになった。馬鹿な奴……あいつは今日は学校に来ていない。親にこってり絞られてんのかな?こんなクラス内でも話題になってしまったら終わりだろうな。ただでさえ嫌われてんのに。

 今日も掃除当番はあいつだ。でもあいつがいないから、もう俺に頼んでくる奴はいない。先生が次の班と交代するようにお願いするから俺もう掃除しなくていいじゃん!!


 「ざまあみろって感じだな」

 「そこまでして点とりたいかよ。クソうけるわ」


 俺は大輝と笑い合って、他の仲いい奴のところに向かう。

 そいつは嫌われてるだけあって、今回のことは笑い話みたいに広がっている。ざまあみろ、ばーか。

 次の日、学校に来たあいつは皆にこの事でからかわれ続けていた。泣くことはなかったが、泣きそうになることも何回かあったように思える。

 先生も気づけば止めるけど、こういう時だけ俺達は頭が働く。先生がいないときを確認して、今までの鬱憤を晴らすかのようにそいつをからかい続けた。意図的な悪意の結果は二日後に現れ、そいつは学校に来なくなった。


 「流石にやばくね?」


 この事に大輝だけじゃない。クラス中がざわついてる。

 何でやばいんだろう?俺たち何かした?あいつが悪いから仕返しされただけじゃないか。


 「大輝何言ってんの?来なくなったのとか俺たちのせいじゃないじゃん。勝手にあいつが来なくなったんだよ」

 「でもさあ、登校拒否とかまでは」

 「意味わかんない。俺たちは悪くないよ。もう来なくていいじゃん」

 「直哉の言うとおりだろ。うぜーのいなくなってラッキーじゃん」


 クラスでも口の悪いグループの一言で教室は静まり返る。これ以上、そいつの話をするのがタブーだと感じたほかのクラスメイトは視線と話題を慌てて逸らしている。


 「直哉……なんかお前こえーよ」


 大輝が言ってることが俺にはわからなかった。


 ***


 「兄ちゃん」


 その日、俺は家に帰って兄ちゃんの部屋に入った。

 兄ちゃんはストラスに手伝ってもらって英語の勉強をしていた。もう今日は二月二十六日で、三月のはじめから期末テストらしく勉強で忙しそうだったけど、中断して俺に振り返る。


 「どうした?」

 「今日さーおもしろいことがあったんだよ」


 俺はあいつが学校に来なくなったことを兄ちゃんに話したくて仕方がなかった。今までのあいつの態度、カンニングしたこと、それをからかわれたこと、学校に来なくなったこと……全部兄ちゃんに話して聞かせた。きっと兄ちゃんは笑ってくれる、そう思っていたのに、兄ちゃんの反応は予想外のものだった。


 「その子大丈夫なのか?」


 兄ちゃんは心配そうな顔をしている。予想外の反応に次に話す話題を忘れてしまった。

 なんで?あいつが来なくなったのは自業自得じゃん。


 「直哉、お前もまさか一緒になっていじめてないよな?」

 「なんで?兄ちゃんはあいつを庇うの?」

 「庇うって言うか……俺もそういうタイプの奴嫌いだけどさ、登校拒否まで行ったら可哀想だろ」


 なんで?なんで可哀想なの?なんで大輝とおんなじ事言うんだろう。マジで意味わかんない。あれなのかな、兄ちゃんは当事者じゃないから、俺の気持ちがよくわかってないって奴なんだろうか。

 でも頭の中で一つの結論が出てくる。兄ちゃんは俺の味方をしなかった。


 「可哀想じゃないよ。自分が悪いんじゃんか。自業自得だよ」

 「直哉、どうしたんだよ。お前らしくねえぞ」


 俺らしい?俺らしいって何?今の俺は俺じゃないって言いたいの?

 兄ちゃんに大しての苛立ちが増していく。そんな返事求めていない、俺の話題に共感して一緒にざまあみろって言ってほしいだけなのに、いつまで経っても待っている言葉とは真逆の言葉が降ってきて、こんなことなら話さなければよかったと後悔すらした。


 「訳わかんない。いつも通りじゃん」

 「いや、お前の気持ちは分かるけど、こう、なんというか手段がな……穏便に済ませるべきだったんじゃないか?」


 なんであいつの味方するんだ!?兄ちゃんは俺の兄ちゃんだろ!?あいつの今までの態度だってちゃんと説明したじゃん!

 どうして俺があいつに嫌がらせされるのは何も言わなくて、今回は口を出してくるんだろう。

 苛立ちがどんどん増していき、抑えられなくなっていく。


 「兄ちゃんウザい」

 「え?」

 「兄ちゃんなんか嫌いだ。あいつの味方して……あんな奴学校に来なきゃいいんだ」


 俺がそう言った瞬間、兄ちゃんが椅子から立ち上がってベッドに座ってる俺の隣に腰かけた。


 「直哉、別に俺はその子の味方してないよ。その子が訴えとか起こしたらお前にとばっちりがいくんだぞ。そりゃみんな仲良くが難しいのは分かるけど、塾のことからかうのは違うだろ」

 「何で俺を怒るの!?あいつが勝手に皆に嫌われて、勝手に学校来なくなったんじゃん!」

 「怒ってないだろ。お前だよ怒ってんのは。それにその子が学校来なくなったのはお前らが寄ってたかって苛めたからだろ」

 「訳わかんない!兄ちゃんマジウザいし!ストラスもなんとか言ってよ!」


 今まで黙ってたストラスが口を開く。

 俺は何も悪いことしてない!ストラスだってそう思うよね!?だってからかったのは俺だけじゃないんだから!


 『直哉、貴方がしてることは相手を傷つけている。それは悪いことですよ』


 ストラスまでそんなこと言うの?なんにも事情を知らないくせに。俺が我慢してあいつに楽させとけばよかったって言いたいのかよ!?ラウムとボティスは俺の味方をしてくれるのに、どうして、兄ちゃんたちはしてくれないんだよ!!

 むかつく……むかつくむかつくむかつく!!


 「なんだよ皆して……マジむかつく」

 「今回のはお前が悪い。やっちゃったことはしょうがないけど今度その子が来たら、ちゃんと接してやれよ」

 「うっさいなぁ!偉そうに言うなよ!なんで俺が悪いんだよ!あいつだって散々俺たちのこと馬鹿にしてきたんだよ!?ざまあみろじゃん!」

 「それは心情はわかるけど……後味悪いだろ、そんなことになったら。とにかくいじめの件に関してはお前が悪いよ」

 「なんだよ。兄ちゃんの方が俺よりもっと酷いことしてるくせに」

 「俺が何したって言うんだよ……」


 呆れた様な兄ちゃんの口調が頭にくる。何だよ忘れたのかよ、あんだけ泣いてたくせに。俺よりもそっちのが酷いことしたくせに!


 「人殺したくせに」

 『直哉!なんてことを言うのです!?』


 その瞬間、冷水を打ったように室内が静まり返り、俺の言葉を理解したストラスが目を吊り上げて俺を非難する。

 なんだよ。本当のことじゃん。ストラスも兄ちゃんは庇うのに、俺のことは庇ってくれないのかよ。


 「人殺しが俺の兄ちゃんとかマジありえないし」

 『直哉!』


 ストラスが俺に大声を出した瞬間、俺は顔をはたかれた。

 目の前には俺を見降ろしてる兄ちゃんの姿。


 「いった!何すんだよ!?」

 「殺したくて殺したと思うのかよ……」


 兄ちゃんの声が震える。そこで俺は自分が言ったことにやっと気づいた。肩を思いきり掴まれて、痛さで顔が歪む。


 「お前は!俺がそんな簡単に人を傷つける人間だと思ってんのかよ!?」

 「いっ!」

 「お前、最低だよ……」


 その言葉は俺の心に深くのしかかり、それと同時に湧きあがるのは怒り。

 俺は兄ちゃんの手を払いのけて、立ち上がる。


 「最低で悪かったな!人殺しの兄ちゃんの方がよっぽど最低だ!警察に捕まればいいんだ!!」


 俺は勢いよくドアを開けて部屋を出ていく。


 「ほっとけストラス」

 『しかし……』


 俺は自分の部屋に入って荷物を詰める。

 大きめのリュックにお気に入りの洋服、財布、部屋に置いてあったお菓子、片っ端から詰めていく。


 「出て行ってやる!」


 兄ちゃんもストラスも理解してくれなかった!ママもパパもきっと同じ事言うんだ。皆、あいつと兄ちゃんの味方なんだ!!

 俺はリュックを背負って、夕飯を作ってるママに何も告げずに家を出た。向かったのはあの公園。


 「あ、直哉だ」


 ボティスが俺に指差してくる。時間が少し下がっていたけど、良かった……まだ公園にいたんだ。

 二人の姿を見つけて、顔がほころぶのが分かった。


 「何でお前そんな大荷物なんだ?」


 二人はパンパンに膨らんだリュックを持った俺を見て顔をしかめる。何があったんだと聞かれ、俺は今までのことを全部二人に話した。


 「お前の兄ちゃんうぜえな」

 「だろ!?」

 「ああ、いい人ぶってさぁ。結局はあれだな。当事者にしか分かんないって奴だな」


 やっぱ二人は俺のことを理解してくれる。俺の味方をしてくれてる!友達だから!


 「んで、お前は家出でもすんのか?」

 「うん。兄ちゃんに会いたくないし、結局は皆あいつの味方だ」

 「そっかぁ……よし。ボティス、俺達も家出するか。三人一緒なら怖くないってね!」

 「そんな悪いよ!」

 「平気平気」


 ラウムは笑ってボティスに何やら小声で話しかけると、それを聞いたボティスも頷いた。


 「そうだなぁ。直哉一人は可哀想だし、付き合ってやるかぁ」


 二人とも親が心配しないのか聞いたけど、大丈夫だと言って俺に付き合ってくれるらしい。俺、マジでいい友達もった気がする。

 俺達は暗くなるまで一緒に遊んでいた。


 ***


 拓也side ―


 「拓也ー、直哉ー、ストラスー御飯よー」


 母さんに呼ばれて、勉強を中断した。

 あれ?直哉ってリビングにいたんじゃないのか?ドタドタ走る音は聞こえたんだけど。とりあえずストラスとリビングに向かうとそこにいたのは母さんだけだった。


 「母さん、直哉こっちにいないのか?」

 「えー?リビングには来てないわよー。部屋にいないの?」

 「いや、まだ確認してない」

 「確認してきてちょうだい。今日はパパも早く帰ってくるんだから」


 父さんがこの時間って珍しいな、母さんの機嫌がいいわけだ。料理の品の数や見た目に現れている。

 直哉を確認しにいけと言われ、喧嘩しているなどと言えず少しいつもより重い足取りで直哉の部屋に向かう。


 「入りづらい……」


 あの事があった手前、部屋には入りづらい。でも直哉も意地になってるだけだよな。だって俺が本当に落ち込んだ時には、一緒に寝るとか言い出したし。嫌われてなんかないよな。

 そう思う事で何とか平常心を保ち、直哉の部屋を開けた。


 「あれ……いない」

 『どういう事でしょう?』

 「あいつ散らかして……」

 

 部屋は少し散らかった状態だったけど、何か様子が違う。


 「お菓子がない」


 直哉のお菓子箱は開けられており空っぽだった。常に何かしらが入ってるのに。他にも変わった点があるかと部屋を見て回ると、いつも机の上に置いてる財布もない。クローゼットにかけられているダウンもない。マフラーもない!!

 慌てて玄関に向かうと自分の嫌な予感が的中していた。


 「靴も……ない。家出……?」


 俺は真っ青になって慌ててリビングに向かった。

 ストラスはまだ直哉の部屋にいたけど、そんなの気にしてられない。


 「母さん、直哉部屋にいない!財布もお菓子もなくなってる!」

 「え?どういう事!?」


 リビングでは料理を皿に移している母さんのみ。そんな母さんは俺の発言に慌ててフライパンを置いて俺の肩を掴む。


 「家出したのかも……俺のせいだ!」


 罪悪感が俺を包み込み、涙がこぼれそうになる。俺が顔を殴ったからショックを受けたんだ、絶対にそうだ。直哉は携帯を持ってないから連絡をつけられない。どうしよう、二月の終わりなんて日も沈むのも早いし夜は冷える。

 あいつに何かあったらどうしよう!!


 「俺が直哉を殴ったから!」

 「どういう事なの!?」


 半分パニックになってしまい、泣き出した俺に母さんが落ち着かせるように背中を撫でる。そして今日のことを洗いざらい母さんに話している間、母さんはずっと俺の背中を優しく撫でてくれた。


 「貴方は悪くないわ。きっと私も同じことを言ってたいと思う。でもどうしてそんな酷い事を……」

 「直哉もムキになってただけと思うんだ。俺が過剰に反応しただけで」

 「そんなこと言われて笑ってられる人なんているんもんですか!拓也は何も悪くない」


 母さんは俺に優しく笑い電話の受話器をとる。


 「とりあえず直哉を探さなきゃ……大輝君の所に行ってるかしら?電話かけてみるわね」

 『拓也大変です!!』


 母さんが電話をかけようとしていると、ストラスが慌てて俺のところに飛んできた。口にはなぜかベルトを咥えて。


 「なんだよストラス。今それどころじゃないんだよ!直哉を探さなきゃ!」

 『違います。このベルトです』


 ストラスはベルトをテーブルに置く。ベルトには宝石がちりばめられていて、かなり高そうだ。

 俺と母さんはそれを覗き込んだ。


 「高そうなベルトだけど拓也のなの?」

 『直哉がお菓子箱の下の引き出しに入れてました』

 「まさか万引きしたとか言うんじゃねぇだろうな?」

 『違います。これはアイオライトのベルトです。アイオライトは悪魔ラウムの契約石です』


 目の前が真っ白になる。

 直哉が悪魔と契約した……?母さんも固まってしまっている。


 『パイモンに聞いたのですが、ラウムはボティスと行動を共にしています』


 ボティス!?あのエアリスの娘を殺した奴か!

 手が震えるのがわかる。なんで直哉はそんなのと契約したんだよ!?


 『直哉は公園で二人組の少年と仲良くなったと言っていました。おそらくラウムとボティスのことでしょう。それから直哉は少し変わったように思えます。和田という男性が亡くなった時もケロリとしていましたし、クラスメイトの少年のことも。それに何より拓也を人殺し扱いしたこと。直哉はそのようなことを言う子供ではありません』

 「どういう事なの?」


 母さんの声が震える。気持ちは俺も同じだ。最悪の事態を考えなければいけないのか?


 「直哉は操られてるのか?」


 震える口で出した言葉にストラスは首を横に振った。

 

 『ラウムの能力はプライドの崩壊、地位の剥奪。契約者が望んだ相手のプライドを崩壊させ、相手の地位を奪います。おそらく和田という男性とクラスメイトの少年は直哉がラウムに命令させたと思われます』

 「ちょっと待てよ!直哉のせいだって言いたいのかよ!?いくらお前でもそんなこと言うと許さねーぞ!」


 直哉はそんなことしない!

 ストラスもそれは分かっているようで苦い顔で頷く。


 『全てではありません。しかし直哉は前々からあの二人に対しての不満は夕飯の時、貴方と話している時、節節で語っていました。恐らくラウムにも同じような形で不満を言ったのでしょう。そこをラウムは見逃さなかった。ラウムは直哉の不満を言った相手をプライドの崩壊を望んだ相手として解釈し、事を起こしたのでしょう。彼の能力は契約者が望んだ相手にしか効果を及ぼすことができませんから』


 なんだよそれ……直哉の悪口が原因って言いたいのかよ。ラウムは直哉の口から不平不満を引き出させて、実行に移したのか?こういうの、前にもあったな。そうだ、マルファスと契約していた森岡と全く同じ……


 『ラウムは話術も巧みです。直哉を丸めこみながらも、自分がそう思っていることは悪いことではないと教え込んだのでしょう。だから直哉は感情のコントロールが効かなくなった。自分の不満を受け入れてくれなかった拓也に苛立ちが爆発したのでしょう。今までの直哉だったならば、あんな過激な中傷はしなかった。「あいつは酷い!」その程度だったはず』


 確かに今日の直哉の悪口は目に余るものがあった。

 いつもなら聞き流すけど、それが出来ないくらい酷いものだった。全部、ラウムが直哉に影響を与えたから……?じゃあもしかして直哉はラウムとボティスに会いに行った?

 全身から血の気が引いて、居てもたってもいられず玄関に走り出そうとした俺をストラスが止める。


 「俺、探さなきゃ……直哉を助けなきゃ!」

 『待ちなさい。まずは直哉の居場所を調べましょう。母上、直哉の親友は大輝という名前でしたね?連絡先を知らないのですか?拓也はマンションに連絡を入れてください』

 「大輝君の家の電話番号は連絡網で分かるわ。すぐにかけるわ!」


 母さんは連絡網のプリントで大輝君の家の電話番号を探す。その間に俺はマンションに電話した。電話に出てくれたのはシトリーで電話越しに間抜けな声が聞こえてくる。


 『へい』

 「シトリー!?俺だよ拓也!」

 『画面に名前でんだからわかるよ。何そんなに慌ててんだ?』


 このテンションの違いがもどかしい。のんびりしてる暇もないのに!


 「直哉が、直哉がいなくなっちゃったんだよ。たぶん家出したんだ」

 『はぁ?直哉って確かお前の弟だろ?なんでまた』

 「俺と喧嘩になっちゃって」

 『自己責任だろ。まさか俺に探させる気か?』

 「違うんだ。契約してたんだよ」

 『は?』

 「直哉がラウムって奴と契約してたんだ!」

 『冗談だろ!?くっそ……こんな時に』


 シトリーの声色が変わり、良くない方に進んでいくのがわかる。シトリーはヴォラクに何かを伝え、再びこっちに話しかけてくる。そうだ、シトリーがマンションの電話に出るなんて初めてじゃないか?いつもはセーレが出てくれるから、皆電話対応はセーレに任せっぱなしって聞いたことあるのに。


 『今、パイモンとセーレがいないんだよ。あいつら連絡できる手段持ってねえから連絡つかねぇ。何で早めに俺らに報告しないんだ!』

 「俺だって今気づいたんだ!じゃあ俺だけで戦えってことかよ」

 『いや、ヴォラクとヴアルはいる。契約者はお前じゃねーけど状況が状況だ。俺が光太郎達に連絡入れとくから、お前は直哉探せ。俺も出るから直哉が行きそうな場所を送っとけ』


 俺は電話を切って、母さんが電話を切るのを待つ。相手にお礼を言って電話を切った母さんの顔は泣きそうになっていて、相手が直哉と一緒にいないんだと悟る。


 「拓也、大輝君の家には直哉はいないみたい。でも“あおやま公園”ってあるでしょ?隣に幼稚園がある大きい公園。そこで直哉と大輝君はその悪魔たちと遊んでたらしいの。特に直哉は毎日通ってるって」

 「ストラス!」

 『行ってみましょう!』

 「私も行くわ!」


 母さんも行こうとするから俺は慌てて止めた。


 「ダメ。怪我するかもしれないから」

 「直哉が危険な目に遭うかもしれないのよ!?黙ってられる訳ないでしょう!」

 「直哉は俺が絶対に助け出す。だから待ってて。怪我とかされたらたまんないよ」


 母さんはその場でへたり込んでしまう。ごめん母さん。

 俺は何も言わずにストラスと家を出て、シトリーに公園の場所を送り、その場所へ自転車を飛ばす。


 直哉、無事でいてくれ!



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