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第71話 ハッピーバレンタイン!

 「ねえ、拓也って生チョコ平気だっけ?」


 学校の昼休み、中谷と光太郎といつも通り昼食を食べ終わって三人で雑談している時に、俺の天使が教室に来たんだ。澪は可愛く笑って、俺の机の所に来て腕を机に乗せてしゃがんだ。必然的に上目遣いになるポーズは狙ってしているとしても俺に大ダメージしか与えない。

 そして澪にチョコレートの件を聞かれた時、天にも昇る気持だった。



 71 ハッピーバレンタイン!



 「平気!全然平気!」

 「よかったー。ありがと」


 俺にくれるとかそういったことは一切言わなかったけど、絶対俺に作ってくれるんだ!澪は俺が生チョコが平気だと言う返事に嬉しそうに笑い、そのまま教室を出ていく。

 やった!今年もチョコもらえるんだー!生チョコとか正直言って食べたことないけど、澪からもらえるんなら何でもいい!


 「義理チョコなのにえらい喜んでんな」

 「俺達も聞かれたってことは黙っとこうや」


 中谷と光太郎がボソボソと喋ってたのを俺は聞こえなかった。

 毎年澪はバレンタインにチョコをくれる。義理ってわかってるけど、やっぱ好きな子からもらえると嬉しいもんで……案の定俺は心の中で舞い上がっていた。今日は二月十二日。明後日がバレンタインデーな訳!!

 今年は生チョコ作るのかあ。嬉しいなあ。澪は料理上手だからきっと美味いのができると思う!


 あーなんだか今からが楽しみになってきた!!

 

 ***


 「あれ澪」


 学校帰りマンションによったらそこには澪がいた。澪はヴアルと二人で楽しそうに携帯で何かを調べているようで、身を寄せ合っている姿は本当の姉妹のようだった。

 俺が来たことに携帯に向けていた顔をあげて、笑みを浮かべる。


 「あ、拓也と広瀬君。どうしたの?」

 「いやー剣の稽古でもしようかな、と。そっちは?」

 「あたしはヴアルちゃんとチョコ作るんだよー二人で一緒に」

 「そうだよー二人にもあげるね!」


 バレンタインに便乗できるのが嬉しいようで、ヴアルはラッピング用のリボンやらなんやらが入った紙袋を嬉しそうに抱えている。こういう小物は事前に二人で買いに行ってたんだな。ヴアルに関してはバレンタインフェアとかにも行っていたくらいだし、最初から興味あるっぽかったもんな。

 純粋にそれしか考えていなかった俺の横で光太郎は悪い顔をしている。こいつ余計なことを言う気だな?


 「えーヴアルちゃん。それってお菓子業界の策略だぜ。一年のチョコレート消費量の二〜三割がこの日によって消費されるからな。騙されたら駄目だぜ」


 おい、澪もこの場にいるんだぞ。余計なことを言って水を差すのをやめろ。澪からチョコレートもらえなくなったらお前マジでぶっ殺すからな。ヴアルきょとんとしてんじゃねえか。


 「策略?悪いことなの?」

 「広瀬君。そんなウンチクどうでもいいから」


 普段大らかな澪の低い声に調子に乗っていた光太郎が真っ青な顔で首を振る。


 「嘘です。セイントバレンタインデーは女子が男子にチョコレートを送る愛の日です」


 光太郎達の会話を聞きながらぼんやりと考えていた。

 あれ?澪の単品じゃないの?なんだヴアルもいるのか。じゃあ本命とかそういう感じでなくイベントを楽しもう的なあれか。少し残念。

 しかしヴアルはまるで俺の心を見透かしたように、怒りを前面に押し出しながらもにっこりと笑った。


 「拓也の心の声、すっごくわかりやすかったー。むかついたから爆破していい?」

 「すいません。勘弁して下さいマジで」


 読まれてた……

 ヴアルに頭を下げて、相変わらずパソコンをしているパイモンの所に向かう。


 「主、稽古ですか?」


 俺達の一連のやり取りに全く興味を示さず、反応しなかったが、近づくと稽古でもするのかとゲームのテンプレキャラクターのように問いかけられて頷くと、少し困ったようにパイモンは周辺に視線を動かす。


 「そうですか。しかし今日はシトリーは留守なんです。光太郎、今日はヴォラクに稽古をつけてもらってくれ」

 「わかった」


 光太郎は頷くと、ゲームをしているヴォラクと無理やりやらされているセーレのとこに向かう。セーレはあまりゲームが上手くないようでヴォラクに怒られながらしていたため解放されたと安堵の表情を浮かべていた。


 「さて私達も始めましょうか」

 「うん」

 

 ***


 稽古を始めて四十分、無表情だったパイモンがため息をついて剣を持っていた腕を下げる。


 『今日は止めにしましょう』

 「へ?なんでだよ!?」


 稽古をしている途中でパイモンは一方的にそう告げ、剣をしまう。俺なんか怒らせるような事した?それとも俺があまりにも上達しないから嫌になった!?

 光太郎とヴォラクも急に稽古が終了したことにきょとんとした顔でこっちを見ている。しかし黙っていたパイモンは鋭い視線で睨みつけてくるから腰が引けた。


 『主、気づいてないのですか?』

 「な、なにが?」

 『浮足立っています。踏み込みも甘い。上の空ですね。今日は何をしても精彩を欠くと思いますよ』


 本当のことだけに言い返せない。顔に血液が集まっていくのがわかり、しゃがみ込んで顔を腕で覆う。後ろではその話を聞いた光太郎とヴォラクが大爆笑している。


 『拓也だっせー!あははは!!』

 「お前そんなに松本さんのチョコが気になんのかよ!あっははは!欲しがりすぎだろ!」


 恥ずかしい!恥ずかしすぎて死にそうだ!!

 パイモンも再びため息をついてしまっている。そうだよ欲しいよ馬鹿やろー!澪のチョコ欲しいに決まってんじゃん!!それが貰えるし、ましてやこの空間出たら隣の部屋で澪が作ってんだぞ!?気になるに決まってんじゃん!他に誰かに渡すのかとか考えちゃうに決まってんじゃん!!


 「うるせーな!かんけーねーだろ!!」


 俺が騒げば騒ぐほど悪循環。ヴォラクなんて転げ回っている。まるで晒し者にされるかのように二人に笑われ、怒りや羞恥を通り越して悲しくなってくる。

 はあ、なんか嫌になってきた。パイモンも完全にやる気を無くしてしまって、早く空間を出たそうにしている。しょうがないな……

 俺は浄化の剣を消して手ぶらになる。


 「今日はなし」

 「それがいいと思います。お前たちも騒がしくするのはやめろ」

 「はーい」


 そんなバッサリ言わないで……正直言って滅茶苦茶恥ずかしいし切ないんだから。でも最後にフォローは入れてくれたから少しは可哀想だと思ってくれたのかもしれない。

 俺は仕方なくパイモンの空間を出た。


 「拓也、早いね」

 「あー……ははは」

 「まあ、甘い匂いがするから集中できないよね」


 普段なら二時間くらい出てこない俺たちが一時間も経たないうちに戻ってきたことにお菓子を食べながらくつろいでいたセーレがビックリしたように俺に振り返る。ヴォラクはテーブルに置かれているお菓子に目を輝かせ、すぐさま手を伸ばした。

 セーレも何となく理由は察していたけど突っ込んでくることなかった。本当に俺にはセーレだけだよ。優しい、癒される……

 俺との会話を終了させてセーレは美味しそうにお菓子を食べているヴォラクと手を洗って戻ってきて、お菓子に手を伸ばした光太郎に問いかける。


 「ヴォラク、光太郎、コーヒー淹れてあげようか」

 「淹れて!」

 「ん。少し待ってて。皆の分も淹れてくるよ。ゆっくりしてて」


 俺もこんな大人になりたい。

 セーレはソファから立ち上がりキッチンに消えていった。セーレが淹れてくれるコーヒーって美味いんだよな。何が違うんだろ。前に淹れているのを見たことあるけど、普通に機械で淹れてるんだけどな。


 ***


 ヴアルSide ―


 「ヴアルちゃん。何の形にしようか?」

 「やっぱハート!」


 私の意見を聞いて、澪は雑貨屋さんの袋の中からハートの形の入れ物を取り出した。澪が言うにはこれでチョコレートを作るんだって!そう、私は今チョコレートという物を澪と作ろうとしてるの。

 人間の世界ではバレンタインデーっていうお祭りがあって、好きな人やお世話になった人に女の人がチョコレートを贈るんですって!すっごく素敵な習慣じゃない!?そんなお祭りを見てるだけじゃつまらないから澪と一緒に作ってみることにしたの!でも作り方がわかんないから教えてもらうんだけどね。


 「作るのは簡単なの。まずチョコレートを湯せんで溶かして」


 ゆせん?聞きなれない言葉に首をかしげる。

 そんな私を見て、澪は慌てて簡単な言葉に言いなおした。


 「あ、ボールにチョコレートを入れて、お湯の入ったお鍋の中にボールを入れるの」


 なるほど、それを湯せんって言うのね!言われた通りボウルにチョコレートを割っていく。

 えーっと……これをお湯の中に入れるんだよね。お湯は澪が沸かしてくれている。この中にボウルを突っ込むんだよね?


 「ヴアルちゃん!待って!」

 「え?」


 ボウルをお湯の中に入れようとしたときに澪が焦ったように大声を出したから、ビックリしてボウルを落としそうになった。私何か間違ってる?


 「確かにボウルを入れるんだけど、ボウルの中にお湯入れたら駄目!」

 「つけるんじゃないの?」

 「つけるんだけど、湯せんは違うの。なんて言うか……とりあえずボウルの中にお湯は入れたら駄目だからね!」


 言われたとおりにボウルをお湯の中に入れる。今度はちゃんとボウルの中にお湯が入ってないことも確認した。でもこんなんで本当に溶けるのかしら。澪は横で粉の準備してるし。

 でもなんだか楽しみ。女の子と一緒に何かを作るって言うのも初めてだから。やっぱり澪と契約してよかった。

 澪の手際のおかげで私の失敗も何のその、綺麗にかたどられたチョコレートは冷蔵庫に向かう。


 「じゃあ後はこれを冷やすだけ」

 「チョコって簡単ね!」


 澪はそうだねって笑って、容器に入れたチョコを冷蔵庫の中に入れる。あとは数時間待つだけなんだって。楽しみ!生チョコって前に澪に貰ったことがあるけど、すっごく甘くてすっごく美味しかった!これを男の人は貰えるなんて羨ましい!光太郎が言うにはお菓子業界の策略?とか言うらしいんだけど、そんなの関係ないよね!

 チョコレートができるまでに時間がかかるから二人で片づけをしながらお話をする。


 「ヴアルちゃんは皆にあげるの?」

 「そうよ!セーレにもパイモンにもシトリーにもストラスにも拓也達にも!」


 だってあげなかったら可哀想じゃない。皆チョコレート貰えなさそうだもの!あ、シトリーとセーレは貰えるかな?


 「そうなんだ。じゃああのおっきいハートは誰に上げるの?」


 私の作ったチョコで一際おっきいチョコがある。

 そしてそれはハート型の容器に入ってる、それだけは生チョコなんだけど少し固めに作ってるんだ。


 「あれはヴォラクの」

 「ヴォラク君の?」


 うん、だってヴォラクは私に居場所をくれたから。グレゴーリーに嫌われて行くところのない私に手を差し伸べてくれたから。澪は私がどうしてここに来たかって言う話はしているけど、現場にいなかったから詳しくは知らないだろう、だけどにっこりと笑ってくれた。


 「そっか。ヴォラク君喜ぶよ」

 「拓也も澪から貰って喜ぶよ」


 そう言った瞬間、澪は「え!?」という顔をした。気づいてないとでも思ってんのー?

 澪が作ったチョコレート、一つだけ他のよりも少し大きいのがある。それが誰の物かなんてお見通しなんだから。分かってないのはお互いだけ。光太郎も中谷もストラスもパイモンもセーレもシトリーもヴォラクもみーんな分かってる。だって拓也があれだけオープンなんだもの、何で澪は気づかないの?ってくらい。

 澪は顔を少し赤くして照れたように笑った。


 「喜んでくれるといいな」


 そんなの喜ぶに決まってる。世界一大好きな女の子からチョコをもらえるんだよ?世界中のどんな男よりも拓也は幸せじゃない!

 早くチョコ固まらないかな?冷蔵庫を何回も開けてチョコレートを確認する私を澪は可笑しそうに笑っている。


 「二人とも、コーヒー淹れていい?」


 冷蔵庫を覗き込んでると、セーレがこっちに向かってきた。


 「あ、セーレさん。どうぞ、もう後は待つだけだから」

 「お疲れ様。綺麗に出来た?」


 セーレは相変わらず王子様のように爽やかに笑って私達に聞きながらコーヒーを淹れる準備を始める。セーレがコーヒーを淹れるってことはブレイクタイムかな?思ったより早いのね。


 「生チョコなんで型をとってもあんま意味ないんですけどね」

 「でも拓也は酷く楽しみにしてたみたいだよ。稽古中に集中力がないってパイモンに言われて稽古を打ち切られちゃったからね」


 拓也が?その話を聞いて可笑しくなる。

 セーレも思い出したのか、笑いながら「可愛いよね」と言ってコーヒーを淹れはじめる。


 「君たちの年代は一つのことで浮かれて喜んで、俺からしたら微笑ましくて可愛いよ。少し羨ましい」

 「セーレさんは、そういうのあんまり経験ないの?」

 「長生きだからね俺。そういった面では感情の起伏が君たちより少し鈍いかもしれない。でも拓也や澪たちと話していると、小さなことで喜ぶことや悲しむこと、そういった感情を思い出すような気がして幸せを感じるんだ」


 私たち悪魔は不老だ。不死ではないけど不老。何もなければ死ぬこともない。終わりない時間の中で安らぎを求めることはあるけど、確かに小さなことで喜びや幸せは見いだせないかもしれない。

 だから人間の世界は刺激がいっぱいあって、限られた時間の中で澪たちはこうやって楽しみを見つけて幸せを感じている。そのお裾分けをもらえるのが嬉しいんだ。


 「ヴォラクなんてこっちの世界に来てからゲームやらお菓子やら野球やらお笑いやら、そこら辺にいる子供たちと変わらないよ。地獄にいたときは乱暴者だったのに、とても今はそんな風には見えない」

 「中谷の影響力が超強いのかもね。今度、二人で野球の試合を見に行くって言ってたわよ」

 「ええ、そうなの?俺はプロ野球のキャンプを見に行きたいって話しているのは聞いたけど」


 中谷の影響を受けてか、ヴォラクは野球を見るのが好きだ。見逃した試合はネットで配信されている奴で観戦しているし、今のヴォラクに夢を聞けば中谷とプロ野球をドームで見ることって即答するだろうな。

 私たちは今、とても幸せだ。利害関係でもなく、こういう日常を共に過ごしてくれる契約者がいて。

 澪は私の手を握ってセーレの服の裾を掴む。澪はセーレになついてるもんね。お兄ちゃんがいたら、こういう人がいいって言ってたし。


 「あたしはまたセーレさんに料理教室してほしいな。作ってみたいの沢山あるの」


 澪のお願いにセーレは楽しそうに笑った。


 「俺の能力を必要とするんじゃなくて料理を教えてかー初めて言われたな。うん、いつでもおいでよ。澪が作りたいものがあったら、俺も作り方調べとくから」

 「うん!約束ね!あ、そろそろコーヒーできそうだね。ヴアルちゃん、あたしたちも休憩しよ。でもセーレさんコーヒー好きだね。拓也がセーレさんが淹れるコーヒーが美味しいって言ってたよ」

 「そうだな。紅茶よりは好みかな。拓也、そんなこと言ってたのか?見てわかる通り豆挽いて機械にぶっこんでるだけなんだよ」

 「挽きかたかなあ」

 「絶対関係ないよ!」


 澪と話をしながらセーレは慣れた手つきでコーヒーを淹れていく。確かにセーレが淹れてくれるものってなぜか美味しいのよね。あ、ホイップクリーム余ってるし、ウィンナーコーヒーって奴が作れるかも!?

 私はその会話に耳を傾けながら、まだかまだかと待ち続ける。


 このチョコを渡したら皆どんな反応するかな?


 シトリーとセーレは喜んでくれるわよね。パイモンもこれを食べたら私が料理できるって見直すかしら?ストラスも褒めてくれるわ。光太郎と中谷もきっと有難うって言って受け取ってくれるはず。中谷は数日前に稽古に来たときにあたしに頂戴って言ってきたから。拓也は澪から貰ったって言うのが嬉しすぎて、私のこと忘れてそうだけど、仕方ない許してあげよう。

 ヴォラクはどうかな?チョコの形なんて見ないでパクパク食べちゃいそう。でも美味しい!って言っておかわりをねだってくるかも!そうしたら私の分を分けてあげよう。


 そのことを考えるとワクワクしてくる。

 チョコレート早く固まんないかな?

 澪ともチョコを交換するって約束もしたし。


 あぁ早く来いバレンタイン!!


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