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第67話 優しい嘘

 颯太side -


 小さい時に夢見てた。いつか人魚に会いたいって。そしてそれが現実になった。人魚姫の物語では王子様に恋をした人魚姫が報われないで泡になって消えるんだ。


 じゃあ王子様に好かれた人魚姫は本当に人間になることができるのか?



 67 優しい嘘



 「ヴェパール」


 今日も俺は彼女の元に向かう。彼女はいつも通り岩陰にいて、俺を見て微笑んでくれた。

 彼女と知り合ってもう三ヶ月が経とうとしている。いつからそこに住んでいるんだとか、人魚の国が存在するのか、とか、聞きたいことは沢山あったけれど、彼女は何一つ俺の質問には答えてくれなかった。

 それでも構わなかった。目の前にいる彼女は本物の人魚で、それだけでよかったから。彼女と過ごしている間に俺の想いは収まることを知らず、彼女に会う度に膨らんでいき、触れる度に鼓動が早まる。


 それが恋だと理解するのに時間はかからなかった。


 ‐俺は人魚姫に恋をしてるんだ。


 非現実的な答えに行きついて悩んだこともあったけど、ヴェパールがあまりに綺麗で、あまりに優しいから、一度つかんだ手を放す事が出来なかったんだ。


 『どうしたの?難しい顔してる』


 彼女の首にはシルバーのネックレスが掛けられている。どこからどう見ても華奢な彼女には似合わないそれは自分が高校の頃に買ったブランドのネックレスだ。嬉しくて嬉しくて、今まで大切に持ち歩いていたそれは彼女の首もとで光っている。

 綺麗な彼女に男物のネックレスは少し違和感を感じるけど、それで彼女が自分のものだって錯覚させるのには十分だった。

 覗き込んできたヴェパールの頬をなで、ふと思い出したおとぎ話をする。


 「ヴェパール。知ってるか?人魚姫って物語」


 彼女は首を横にふる。人間の世界の話なんて知るはずもないだろう。


 「お伽話なんだけどな。ある所に地上に憧れている人魚がいたんだ。その人魚は歌がとても上手くて、いつも皆に歌って聞かせていた」


 物語を話し始めると、ヴェパールは俺に近寄って話を聞き出す。


 『私も歌が得意よ?』

 「ホントかよ」

 『本当に』

 

 ヴェパールが嬉しそうに俺の腕にすり寄ってきて、少し会話を交えながらも、そのまま話を続けた。


 「人魚はある時、王子様に恋をするんだけど彼女は人魚なので王子様に近づけないんだ。だから人魚姫は海の魔女に自分を人間にしてくれと頼みこんだ。魔女はその願いを聞き入れる代わりに彼女の声を奪った。そして彼女は人間になった」

 『ハッピーエンドなの?』

 「まだ続きあるから。でもその魔法は一週間以内に王子様とキスできなければ泡になって消えてしまう魔法だったんだ。彼女は王子様に必死に自分を見てもらおうとアピールするけど上手くいかない。そして最後の日、人魚姫の姉が彼女にナイフを渡しにきた。これで王子を殺せば、魔法は解けて人魚に戻れると」


 ヴェパールの息を飲む音が聞こえる。そんな自分のことのように悲しい顔するなよ。これはお伽話なんだから。


 「でも結局人魚姫は王子様にナイフを刺せなかった。そして人魚姫は泡になって消えていったってお話」

 『かわいそうなお話……』


 泣かないで、泣かないでヴェパール。

 だってこれは物語。お前じゃない、お前じゃないんだ。自分自身にそう言い聞かせてる。俺の前からいなくならないって。一種の脅迫めいた物だ。

 物語を話して、自分自身にそう言い聞かせているだけなんだ。最低だ……


 「なぁヴェパール」

 『何?』

 「ずっと一緒に居てくれるか?ずっとずっと」


 その言葉にヴェパールは戸惑いながらも頷く。しつこい男だと思われるかもしれないが、こんな約束でもしなきゃ君がいなくなってしまいそうだから。人間と人魚の恋なんて誰も信じないし認めないだろう。でも俺は彼女を愛しているし、もう彼女を手放せそうにない。

 そして彼女は頷いてくれる。それに嬉しそうに笑う俺を見て、彼女も安堵の笑みを浮かべる。


 それは優しい彼女がついた優しい嘘だと気づいていながら。


 ***


 サーフィンが好きだ。最初は格好よさから始まったけど、波に乗れた爽快感や感じる風、海と一体になれる感覚にいつしか魅了された。半年間の長期留学にこの場所を選んだのも海外のサーフィンの大会に出てみたい理由が大きく、呆れる両親と妹に見送られて、ここまできた。今日も俺はサーフィンをしに、海へ向かう。


 「You should stop surfing. (もうサーフィン少し止めた方がいいって)Will it be being stared by them?(あいつ等に睨まれてんだろ?)」


 大学でできた同じ留学生である友人が忠告してくれるけど、そんなの聞いていられない。俺はサーフィンがやりたくてわざわざ留学までしたのに、やっと掴んだ大会への出場権だ。このために練習だってしてきたんだ。

 今更あいつ等の嫌がらせなんかに負けてたまるか!


 「I am safe. (俺なら平気)Thank you.」


 友人はそれでも心配そうにしてたけど、会話を切り上げてボードを持って海に向かった。やっぱり今日は平日だけあって、昨日の人が嘘の様に少ない。さぁやりますか!


 「Sota!」

 「Bruceブルース


 嫌な声がして後ろを振り返ると、そこにはあいつがいた。俺に突っかかってくるブルース。相変わらずニヤニヤしやがって。なんでそんなに俺に構うんだよ、放っといてくれよ。でもこいつは今回の大会の企画者の一人の息子で、こいつと問題起こしたら速攻で出場を取り消されるかもしれない。だから無視もできないし、下手に文句を言う事も出来ない。


 「I found a good wave. (いい波を見つけたんだ)Together how?(一緒にどうだ?)」


 何だ急に。今までそんなこと言ってきたことなかったくせに。

 でもいい波を見つけたと言われて、乗りたくないサーファーなんているわけがない。海には少ないとはいえ人はいる。何かされる心配はないだろう ― 俺はそいつについて行くことにした。


 でもそれが間違いだった。


 案内された場所は遊泳禁止のエリアだった。ここで泳げるわけがない。渋る俺にブルースは乗り気だ。波が荒いから禁止になっているだけで鮫が出るわけでもない。この場所はサーフィンの大会の会場らしく、当日は遊泳禁止も解除される。だから大丈夫だ、と。

 腕を引かれて嫌な予感がする。隙を見て逃げた方がいいかもしれないな。


 「Is it good in the vicinity here.(ここら辺でいいか)」


 波は確かに荒く、前に進むのもそこそこ大変だ。でもここならいい波が来るのは間違いないだろう。ブルースが先に泳いでいき、このままバックレることも視野に入れたが、俺がいなくなった後にあいつに万が一何かあっても後味悪いと一回だけと心に決めて波にはいる。そこそこの沖にたどり着いた瞬間、ブルースが俺に振り返った。


 何だ?何なんだよ……

 ブルースの手が掴みかかり、頭を押さえつけられて海に顔が沈む。こいつは、こんなことすら平気でするのかよ!?

 意図的な殺意と呼吸できない苦しさにパニックになり、必死で抵抗するが、顔を水面に浮上させることはできない。

 しかもブルースは俺より遥かにガタイがいい。どう頑張っても勝てない。


 「You are an eyesore. (目障りなんだよお前)You only have to be drowned as it is and to die.(そのまま溺れて死ねばいい)」


 嘘だろ?ここまでする奴だったなんて……最初から、俺を殺す気だったのか?サーフボードも波にのまれて離れていき、押さえつけてくるブルースの腕しか掴まる物もない。


 苦しい……やばい!早く、早く!


 波にのまれた場合の対処法はちゃんと勉強はしておいたけど、悪意ある殺人未遂の対応はもちろんしていないし、その状況になるとパニックを起こした俺は冷静な対処ができず、無駄に体力を消耗させていた。

 呼吸もできず疲れ果てて意識が朦朧としだす。


 冗談きつい……俺、こんなとこで死ぬのか……?


 息が苦しい、体中が痛い、そのままどんどん水中に体が沈んでいく。必死で腕を動かすけど、どこを掴んでいるかもわからない。俺死んじまうのか?泡になるのは俺の方なんてな……マジで笑えない。自分から約束しておいて破るなんて……


 ごめんなヴェパール……


 ***


 ヴェパールside ‐


 『ずっと一緒にいたい、か』


 彼はそう言って、毎回捨てられる子供のような目で私を見る。

 それを見て私だって思うことは同じ。一緒にいたいのは貴方だけじゃないわ。私は泡になんてなりたくない。王子様の貴方の傍でずっと笑っていたいのよ。

 でも私は悪魔、人魚の形をした化け物。人間である彼を縛り付けることがよくないことは分かっている。だけどこの幸せを逃したくない、だから今日も私は貴方と自分自身に嘘をつく。


 ずっと一緒にいると。


 別れる日は必ずやってくるのにね。それを考えると胸が痛くなってくる。私は人間になりたい、なりたい。この綺麗な世界に存在をしていたい、彼の世界で生きていたい。地獄のように真っ暗な世界じゃなくて、彼の手で作られた私の世界は全てが青く輝いている。彼をもっと知りたい、彼にもっと触れたい。そう欲張る度に私には一つの願いができた。


 もし人間になれたなら……


 私は手を握りしめて、人間の真似して祈る。


 『神様お願い。私を人間にして』


 悪魔のくせに神頼みなんて、自分でも何考えてるんだろうと思うけど、何でもいいの。彼の傍に居られるのなら、なにを頼っても構わない。彼の傍に居たいだけなの。それだけなの……


 今まで感じたことのない感情に胸が痛くなる。そして気づいた。

 

 私は彼に恋をしてるんだ。


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