第65話 南国の大陸
「あーまじで寒いな。二月ってぶっちゃけ一番寒いと思わない?」
ビフロンを倒し一週間が経過した。二月に入り、期末テストもだいぶ近づいた教室は活気が随分と失われているようにも感じる。
65 南国の大陸
「確かに。寒いぃー……」
光太郎もホッカイロを手放さない。学生の冬の必需品だな。
そんな中、中谷は頬を緩めて雑誌を読んでいる。その冊子にはハワイの文字。
「ねえ中谷君、そこ行くの?そんな話俺聞いてないよ」
「うふふ、頭の中で行ってるのよ。いや~学校に登校してるとき店の前に置いてて、つい取ってきちゃったんだ」
中谷は机にパンフレットを広げる。
そこには南国の楽園ハワイの写真と豪華なホテルが載せられている。悪魔探しで海外に行ってから、中谷は海外旅行に興味津々で、こういうパンフレットに反応するようになった。確かに遊びではないにせよ、俺と中谷もエジプトとかイギリスとか行ってるわけだしね。まああんまりいい思い出ないけど……
「あーいいなぁハワイ。行ってみたいなあ」
「一年中あったかくって……楽園だろうなあ」
行ったことのある光太郎は何も言わずにお茶を口に含んだ。その態度があまりにも余裕に満ちていて、そんな光太郎に俺と中谷はにやりと笑う。
「光太郎、お前今年の春休みはどこに行くんだよー?」
「そうそう。お前毎年長期休みにはどこかしらいってるよなー」
「……オーストラリアだけど」
……羨ましい!!
「はぁ、俺も光太郎の家の子供になりたい」
羨ましすぎるぞ光太郎!俺なんかまだパスポートも持ってないのに!!
でも肝心な光太郎は乗り気ではなく、面倒そうな顔をしている。なんで嫌がるんだよ、海外旅行に連れて行ってもらえるのに。
「別にー兄貴がサーフィン好きだからさ。今回はそこになっただけ」
「え?この時期にサーフィンって寒くない?ハワイとかの方がいんじゃね?」
「オーストラリアって南半球だろ。日本と季節が逆なんだよ。あっちは今が夏」
そうなのか!??初めて知ったよそれ。じゃああっちは暖かいってことか。なおさら最高じゃん。この寒い時期に暖かいところに行けるんだから。
「それでもハワイのがいいじゃん。ハワイでサーフィンできないの?」
「オーストラリアに親父の仕事関係の知り合いいるから、泊めてくれることになってんだってさ。俺はよく知んねーよ。勝手に向こうが計画してんだし」
はい出た金持ち発言。自分が恵まれてるの知らないのねこの子。俺もそんな発言一回でいいからしてみたいわ!
「お前オーストラリア人に知り合いいんの?」
「正確にはオーストラリアに在住してる日本人な。親父の知り合いで俺の知り合いではねえよ」
だからなのか、他人の家に泊めてもらうなんて気を遣って嫌だと光太郎は言っている。まあ確かに気は遣うけど、それでも海外に行けるんならいいじゃんか。しかも家族四人を泊めてくれるってことは家も相当広いんだろう。
いいなあ、いいなあ……南国の楽園。俺たちが余りにも羨ましがるのを見て、今度は光太郎がにやり。
「今日行ってみないか?オーストラリアってあんま時差ないし」
はあ、なに言ってんだ?
「寒すぎて頭凍ったんじゃねーの?俺は大体パスポート持ってないし、金もない」
「俺もパスポート自体もってないわー。来年の修学旅行で初めて手に入るのさー」
「そうじゃないって。セーレに連れてってもらおうや。今日は土曜日、補講も四限で終わるし、明日は休みだし、イイと思わない?」
「それいい!乗った!!」
中谷は意気揚揚と光太郎の提案に賛成した。悪魔探しとは関係なくオーストラリアに行けるってなると完全な旅行だ。確かに最高だけどさ、でもなぁ……
「そんな勝手にセーレ振り回していいのかな」
セーレも嫌がるんじゃないかなぁ。いきなり海外に連れていけ、俺たちのお守りをしろなんて嫌がらないだろうか。セーレはいい奴だから断らないだろうけど、大変じゃないかな。
足に使ってるじゃんコレ。
「セーレが駄目って言ったらそこまでだけどさ。頼むくらいいいじゃん。な?」
まぁ頼むくらいなら……
俺達は学校が終わって、セーレに頼んでみることにした。
***
「いいよ。夕飯までに帰るならね」
あっさり了解してくれたセーレに俺達は飛び跳ねて喜んだ。
中谷はそうと決まれば早速私服に着替えてくる!と家を出て行こうとする。
「中谷ーあっちは夏だぞー薄着持ってこいよー」
「おー!」
「待って!帰るの面倒だろ?シトリーの服使っていいよ」
セーレが帰ろうとした中谷を慌てて止める。
「マジで?いいの?」
「いいって。一日に何回も着替えるわけじゃなし。好きな服着てくといい」
やっぱセーレっていい奴。俺悪魔の中でセーレいちばん好きだわ。
俺達はギャーギャー騒ぎながら、服をあさっていった。その姿をみながらセーレはソファに座ってコーヒーを飲んでいるパイモンに振り返る。
「パイモン、君は行かないのか?」
「遠慮する。お守はお前だけで充分だろ?」
「そうか、残念だなぁ。ヴォラクとヴアルもいないしなぁ。君もたまには息抜きしたらいいのに」
「主たちがいて息抜きなんてできるわけないだろう。子供と一緒に居て疲れないと思えるのはお前だけだ」
つまりお守りはしたくないってことね。分かってたけど相変わらず冷たいなあいつは。まあ一人で留守番がパイモンには息抜きになるんならお互いにウィンウィンだろう。パイモンが嬉しそうに観光している姿も想像できないし。
そう言えばあの二人いないな。着替え終わって気になったので、セーレに聞いてみることにした。
「なんであいつらいないんだ?シトリーはバイトだろ?」
「ああ。あの二人はバレン……何だっけ?」
「バレンタインフェアだ」
「そうそう、それを見に百貨店に行ったんだよ。なんだかお菓子のイベントらしいね」
バレンタイン……あ、もうそんな時期かあ。
流石恋愛事には聡いヴアル。こういう行事も良くご存じで……しかし百貨店のフェアって高級チョコレートしか売ってないんじゃないか?子供だけで行って楽しいんだろうか?準備が終わった光太郎も話に参戦する。
「ヴォラクはボディーガードっていう名目で連れてかれたよ」
「今頃切れているだろうな。別に行きたいわけでもなさそうだったしな」
「でも百貨店のイベントって値段高くない?ヴアル行っても何も買えないと思うけど」
へーそうなんだ。俺はバレンタインフェアとか行ったことないけど、確かに有名店が来るのなら値段もいいんだろうな。
「だからちゃんと軍資金はあげてるよ、パイモンがね。自分たちにチョコレートを買ってくるならって名目で。喜んで買ってくるだろうね」
「え、パイモンチョコレート好きなの?つかお金ってパイモンがあげたんだ」
パイモン金とか持ってるんだ。当の本人は何食わぬ顔をしている。
「甘いものは好きですよ普通に。ただ、ヴアルのセンスが少し怖いですけどね。キャラクターものの大して美味くない物を買って来たら突飛ばします」
「……優しくしてあげて女の子だから。じゃあ、連れてってくれる?」
俺達は薄着の上にコートを着て、セーレが召還したジェダイトに飛び乗った。
***
「すっげー!あったけー!!ここがオーストラリア!!」
「海すげー綺麗!!」
ここがオーストラリア!大事なことなので二回言います。すっげー!!マジで夏だ!水着着た人がいっぱいいる。俺達はジェダイトから降りてすぐに海に向かった。
「水着持ってくりゃよかったなあ」
中谷の呟きに頷くしかない。
「パンツで入っていいかな。俺ボクパンだけど」
「それだけはダメ」
セーレに諭されて中谷は思いとどまる。
パンツって……水泳の授業で水着忘れた奴じゃあるまいし。さすがにそこまでのぴっちりな水着で泳いでる奴もいないしすぐにばれるだろ。
「止めとけって中谷。ちんこふやけるぞ」
「俺のちんこはそんなヤワじゃねぇ!」
「昼間から下ネタはやめなよ!」
広瀬と中谷の掛け合いをセーレが慌てて止めているのを横目に俺は海を見渡した。
泳いでる人、ビーチバレーをしてる人、サーフィンをしてる人、ヨットをしてる人、いろんなことをしてみんな楽しんでる。歩いていると近くに置かれてあるサーフボードをうっかり蹴ってしまい、慌ててかかった砂を落とす。
「あーサーフィンしてみたいなぁ……」
「What are you doing?」
急に話しかけられてボードから視線を移せば、目の前には俺を覗き込んでる男の人がいる。
「わわわ!!ごめんなさい!sorry!!」
慌てて謝るけど男性は笑ってる。
「君、日本人だよね?」
「え?」
「俺も日本人。高校生?修学旅行かなんかかな?」
「あ、はい!修学旅行です!え、あの……貴方はここに住んでるんですか?」
適当な嘘ついてしまったー!!そんな俺に男性は人懐こく笑う。でも相手が日本人で良かった!まさかオーストラリアで日本語が通じるとは!
「俺は大学の長期留学でこっちに来てるんだ。ちなみにそれ、俺のね」
「あ、このボード!すいません!砂かかっちゃって……」
「いやいや、砂場に置いてるボードに今更砂がかかったところで気にしないよ」
良かった、優しい人だ。しかも大学生らしいし、年齢も比較的近い。小麦色の肌、笑顔も爽やかで格好いい。こういう大学生あこがれる!そのうえ優しい!
「あ、あの、サーフィンするんですか?格好いいですね!俺やったことないから、憧れます!」
「サーフィンの大会目当てで留学決めたクソみたいな大学生だからね俺。興味あるなら教えてあげるよ。ホームステイとかなら一日くらいフリーの日あるんじゃない?」
へえ……それが本当なら確かにすごいけど、英語も話せてるんだろうな。俺からしたら行動力に尊敬しかないや。男性と話していると、こっちに気づいた中谷が俺めがけて砂を飛ばす。
「馬鹿止めろ!」
「ははは!くらえ!」
はしゃいでいる俺達を見て、男性は何かを探している。
「君たちはホームステイならご家族いるだろ?大丈夫?迷子になってない?」
はっ!しまった。修学旅行で俺と中谷二人だけのはずがない。不審に思われている!?
なんだかよくわかんなくなって近くにいたセーレを指差した。
「あれが家族です!在住日本人!」
「え!?なんのこと!?」
ごめんセーレ、勝手にオーストラリアに住んでる人にしちゃった。
男性は人懐こい笑みを浮かべて、セーレに近づく。
「あ、日本語話せるんですね。俺と同い年くらい?俺は二十一だけど、大学生?」
「あー二十三歳です」
セーレ必死で誤魔化してる!
「マジで?やっぱ年近いなーどこ大?つってもゴールドコーストにそんなに沢山大学ないよな」
「うん、そうだね。多分一緒だ、よー?」
マジでごめんセーレ!無茶させてごめん!!
光太郎と中谷が必死で笑いをこらえてるけど、俺は正直笑えずに真っ青な顔でセーレを眺めている。
「マジで!?何学部!?俺、農学系なんだけど」
「えーっと……」
「あー文学だよね?」
光太郎が慌てて助け船を出す。流石に大学の学部なんて分からないセーレは光太郎の助け舟に安心したように頷いた。
「あ、そうそう」
「あー文系だからキャンパス違うのかなー会ったことないよな」
男性は嬉しそうに笑ってセーレに手を伸ばす。
「よろしく。俺は川崎颯太」
「セ……じゃない。俺は雄介。よろしく」
「あ、日本名なんだね。顔立ちはハーフっぽいのに」
「うん、両親二人とも日本人だから、仕事の都合でこっちに数年間住んでるんだ」
「そうなんだ!うわー知りあえて嬉しいよ」
知り合いなのか、別の男性が颯太さんを呼ぶ声が聞こえて、颯太さんはボードをもって手を振る。
「今度一緒にサーフィンできたらいいな」
颯太さんは呼んだ男性と一緒に海に入っていった。あの人外国人だよな。やっぱ英語話せるんだ、かっけー!
でもセーレの複雑な表情に、そんな気持ちは一瞬で飛ぶ。
「拓也、人を勝手に日本人にするのはやめてくれ」
「ごめん」
颯太さんが波に乗る姿はすごかった。俺もあんな風にサーフィンできるようになりたいなあ。
とりあえず俺達は靴を脱いで、浅瀬で遊ぶことにした。
***
「ここは波が強いから、浅瀬でも結構濡れるだろ?」
一時間ぐらい遊んだら颯太さんがこっちに向かって歩いてきた。
「あ、颯太さん!めちゃくちゃ凄かったですね!」
「どうも。君もやればいいのに……えーっと」
「あ、拓也です」
「拓也か。俺は大体この時間はここにいるから、暇があったら来いよ。教えてやるよ」
マジで格好いい上に優しい。弟しかいないからこんなお兄ちゃん欲しい。
でも残念だけどもう会う事ないだろうな。颯太さんは手を振って、大学の友達だろうか?誰かと歩いていく。俺達はその後もなんとなくその場で遊び、時間は過ぎていった。
***
「拓也、そろそろ帰らないか?」
セーレが時間なのか、俺に話しかけてくる。
「あ、うん。じゃあ帰るか」
楽しかったなぁ。また来たいなあオーストラリア。光太郎によると、ここはオーストラリアのクイーンズランド州にあるゴールドコーストという場所らしい。俺たちが遊んでいた海はサーファーズパラダイスと言って文字通り波の強さからサーファーの楽園と言われているらしい。
確かにサーファー以外は日光浴とかであんまりみんな海に入ってなかったし、入っても浅瀬にしかいなかったよな。
ガイドの説明を受けた後、俺達はそのまま帰ろうとしたところで海岸がざわめきだした。
「何があったんだ?」
光太郎と中谷が顔を覗かせる。
「子供が波にさらわれちゃったみたい」
「マジか!?そんなのん気に言っていいのか!?」
「だからって……ジェダイトで探すか?」
「うん!」
中谷と光太郎はその場で状況を連絡してもらう事にして、俺とセーレはジェダイトで空から子供を探すことにした。
「どこにいんだよ……」
結構沖まで行ってみたけど、子どもは見つからない。
もうこんなとこではサーフィンもヨットもしている人がいない。
「なんかサメがいそう……」
オーストラリアって確かホオジロザメいたよな。前見たサメのドキュメンタリーで言ってた。
まさか食われたんじゃ!!
後ろで百面相をしている俺にセーレは苦笑いだ。
『拓也は急にネガティブだね』
「だって!」
その時、光太郎から着信が来て慌てて電話に出た。
「あ、拓也ー。子供見つかったぞ」
「マジか!?」
俺はセーレに子供が見つかったという事を伝えた。なんだよ人騒がせだな~一体どこにいたんだろう。
『そうか、よかったね。じゃあ俺達も戻ろう……あれ?』
「セーレ?」
『あそこ』
セーレが指差す先には一人の女性の姿。何でこんな沖に!?危なすぎる!まさかあの女の人もおぼれているんだろうか?
「助けなきゃ!」
『拓也、待って』
なんで?だってこのままじゃ!
女性はあたりを見渡すと、そのまま海に潜ってしまった。え?あれダイバー?でも周辺に船とかなかったけど、遭難とかじゃないよな?波にのまれたというよりかは自分から入っていったもんな。
セーレは何かを考え込む。
『思わぬところで悪魔を見つけたかもな』
***
「いやー良かったな。あの子見つかって」
ジェダイトで日本に帰っている間、中谷がのほほんと笑う。しかし正反対に光太郎は少し顔を渋くした。
「でもあの子、なんか人魚がどうとか言ってたけど、どういうことだろ?」
「光太郎聞き取れたのか?」
「英語だったから少し。人魚に助けられたとか言ってんだよ。でも皆、溺れてたからパニックを起こしたんじゃないかって言ってたけど」
人魚……まさか。さっきの女の人?
「セーレ」
「さっきのはやはりヴェパール?」
まさか悪魔なのか?空気が伝わったのか、中谷たちの表情も変わる。
でも子供を助けたって、悪い悪魔じゃないのか?
「ちょっと戻ろうか。ストラス達に伝えなくちゃな」
***
?side ―
どこまでも続く海の先にある進入禁止エリアには小さな洞穴があった。
そこに一人の男性が歩いてはいっていく。その先には尾びれがついた女性の姿。女性は男性を見つけて表情を綻ばせ手を伸ばす。腕が絡まり、二人の体が密着する。周囲には波の音しか聞こえない。
「今日子供助けたんだって?」
『うん……可哀相だったから。私のこと、ばれてない?』
「大丈夫だろ。もう漁船沈めたりとかしてないんだし」
『その話はもうしないで』
女性は男性の方に額を擦り付けて笑みを浮かべる。そんな女性の髪を梳きながら男性を思い出す。女性と出会った時のことを。
― 小さい頃から海が好きだった。人魚がいるって、そう思ってたんだ。いつしか現実を知り、サーフィンするためだけに海に通うようになっていた矢先に波に攫われたことがあった。もう駄目だと思った。でも彼女が助けてくれた。それが嬉しくて、この場所に通ってしまう。
「このままずっと一緒にいられたらいいのにな」
『そうね。私もそうしたい』
月明かりが照らす二人が恋人のように見えるかは人の判断次第だ。女性は人魚の姿をしているのだから。
『私が人間になれたら、貴方と同じ時を過ごせるのに』
「別にそんなのいらないだろ?だってヴェパールは俺が死ぬ時に一緒に死んでくれるんだよな?」
『そうね。お爺さんになった貴方を見送った後に追いかけるわ。愛しい颯太』
誰にもばれずに、迷惑をかけずに、二人だけの秘密として生きていくから。
だから邪魔をしないでくれ。その想いを胸に秘め抱きしめ合う二人を月が照らしていた。