第62話 一人ひとりと消えていき…
『主、どうしました?』
「なんか今、嫌な予感がしたんだ」
急に立ち止まった俺にパイモンがいぶかしげな視線を送る。
皆、大丈夫なのかな……?
62 一人ひとりと消えていき…
『そうですか……ここからは死霊の気配はしません。先に進みましょう』
パイモンがドアを開けて、次の部屋に向かっていく。今俺たちが調べてたのはヴィクトリアの夫であるタディアス・グレンの寝室。ボロボロになったベッドに傷だらけの家具が置かれている。こういうのって行政で処理できないんだろうか。幽霊怖くてみんな近寄りたくないのか?歩くたびにギシギシ鳴る床に少しげんなりしながら次の部屋に進む。
今の所は何も起こってないけど、人形たちが歌った歌が頭から離れない。いつ仕掛けてくるんだ?
そんなことを頭の隅に考えながら、次の部屋に進んでいった。
「ここは倉庫か?」
次に俺たちがついた場所は倉庫だった。倉庫はかなりの広さで、いらなくなったんだろう人形や肖像画などが飾られていた。
家族の描かれた絵や風景、中には剣と盾を持った甲冑なんかもあった。
「うわーマジすげー……甲冑とか初めて見たし」
物珍しさから甲冑に近づき人差指でつついていると、甲冑が俺に向かって剣を持っていた手を振りおろしてきた。
「のわ!!」
「拓也!?」
悲鳴を聞きつけてセーレが慌てて駆け付ける。四つん這いになってセーレの足にしがみついて甲冑に指をさす。
「甲冑が!俺に剣を振り下ろしてきやがった!」
「……それは君がつついていたからだろう?脅かさないでくれ」
ええ?そうなの?でも俺軽くしか触ってないのに……
セーレは俺を立ち上がらせて、人形などを手に取っていく。
『なにか妙な気を感じるな』
『パイモンも何かを感じますか?』
『残留思念のようなものが……だが、何も確認はできないな。この思念のようなものが悪魔の力なのか、それとも単なる霊のものなのか』
『とりあえず次の部屋に行ってみましょうか』
『そうしよう。主、セーレ次に向かいましょう』
「あ、うん」
俺は慌ててパイモンの後を追いかける。
セーレも俺の後を歩いて付いてくる。
『そして蟻は捕まえられる。そこに待つのは蜘蛛の糸』
「なんだ……?」
「セーレ?」
何してんだ?パイモン達は先に進んで行ってしまう。置いて行かれるのは嫌だ。
「いや、何でもない」
セーレはそう言って倉庫を出ようとした時、動きが止まる。後ろから足音が聞こえなくなり、心配になって振り返った先にはセーレの腕を掴んでいる甲冑の姿があった。
「な……っ!」
「うわあぁぁぁああああ!!!」
『主!どうしました!?』
俺の大声が聞こえたパイモンとストラスが走ってこっちに向かってくる。
「パイモン!セーレが、セーレが!!」
俺がパイモンに向かって走りセーレがいる方へ連れて行こうとした瞬間、倉庫の扉が閉まっていく。はあ!?おい閉まんな!!慌てて扉を掴んで引っ張るけど、扉はびくともせずに閉まっていく。バタン!という音が響き渡り扉は固く閉じられてしまった。
「嘘だろ……セーレ」
『主、どいてください』
パイモンが剣で思いっきり斬りつけるが、扉はびくともしない。
俺も扉に体当たりしたり、蹴ってみたりしたけど扉は全く開く気配がない。
「これなら……!」
今度は扉に向かって思いっきり、浄化の剣から竜巻を繰り出した。
それでも扉は壊れなかった。どうやったら開くんだよ!
「どうすりゃいいんだよ!」
『先を急ぎましょう。このままでは奴の思うつぼです』
「でもセーレを見捨てるわけには!」
『奴は蟻を一匹一匹捕まえて殺していくと言っていました。このままでは本当にその通りになってしまいます。早く悪魔を見つけて、奴を始末しなければ』
パイモンの言う事は最もだ。
セーレが無事でいてくれることを信じて扉を叩いて大声を上げる。
「セーレ!絶対に……絶対に助けてやるからな!少しの間頑張ってくれ!」
扉の中からは返事はない。
『主、行きましょう』
「うん」
俺とパイモンとストラスは屋敷の奥へ走って行った。
「ここどこだ?」
『キッチンですかね?』
俺達はキッチンについたみたいだ。
キッチンもかなり広い。うちで母さんが使うサイズではないから多分コックとかが居たんだろう。
『一階の部屋はここまでですね。あと二階ですか……』
どうやら一階は回り終えたようだ。手掛かりなしなのが悔しい。この屋敷に入ってまだ一時間くらいしかたってないし、部屋も五部屋くらい調べたんだろうか?なんかもう三時間はいた気がする。
はやる気持ちが抑えられない。早くしないとセーレがあの部屋でどんな目に遭っているか分からない。閉じ込められているだけならいいけど、もしあそこに悪魔が現れたら……そう思うと背筋が震えてしまうのは寒さのせいだけじゃない。でも気配を感じることができない俺には何もできることなんかなくて、ただ見ているしかできなかった。
“Why do not you go out?(なんで出て行かないの?)The way things are going, you will be killed.(このままじゃ殺されるんだよ)”
『今の声は……』
『ストラス、離れるな。思うつぼだぞ』
『しかし今声が聞こえたのです』
「あれなんだよ……」
キッチンの奥から少年がこっちを見ていた。
『あれは動画の……』
「あの子だ!」
俺は慌ててパイモンの後ろに隠れる。
パイモンも、俺の腕を引きながらゆっくりとキッチンを出るように後ずさる。
しかし少年はこっちに何か伝えようとしているのか手を動かしていたが、急に何かに怯えたような反応を見せキッチンの奥に走って行ってしまった。
『待ちなさい!』
「あ、おいストラス!」
子供を追いかけて行ったストラスを慌てて俺達は追いかける。
でもキッチンに入ろうとしたら、体の中に電流のようなものが流れた。
「っいてえ!」
『結界が張られていますね』
パイモンも中に入ろうとするが、結界からは火花が出る。
「パイモン!止めろって!火花出てんぞ!」
『あの子供……罠だったか。様子を見ずに殺しておけばよかった』
不思議なんだけどさ、悪魔って幽霊も殺せるんだろうか。パイモンの発言じゃできるんだろうな、成仏させるというよりかは魂を斬って消滅させるって感じなのかもしれない。でもどうしよう。ストラスも閉じ込められちまった。二人だけで取り残され呆然としてしまう。ストラスがいなくなったことによって急な喪失感が体中を駆け巡る。
『先を急ぎましょう』
パイモンに腕をひかれて、しぶしぶ立ち上がった。
俺達はもう一度ホールを出て、二階へと続く階段を向かう。気持ちは沈んだまま、二人きりになって今頃、恐怖が強く蘇る。
『主、大丈夫ですか?』
「うん」
大丈夫じゃない、全然大丈夫じゃない。後ろを振り返ると、倉庫のドアが見える。
あの中にセーレは閉じ込められてる。そしてキッチンには……急がないと……
俺はパイモンの服の袖を掴んで2階に上がった。
***
ストラスside ―
『I was confined.(どうやら閉じ込められてしまったようですね)It is your plan street.(貴方の計画通りというわけですか)』
閉じ込められてしまったキッチンの中で、私は少年を睨みつけました。彼が助けてほしいと、そう訴えていたように感じたのに、だまされたわけではないが面白くない。拓也は大丈夫でしょうか、心配です。
“No.It is not my act. (違う。僕のせいじゃない)It came to light.(ばれたんだ)It has been found by him.(あいつに見つかっちゃったんだ)”
『him?Who is he?(あいつ?あいつとは誰なのですか?)』
“He said Nekuromansa to him. (あいつは自分のことをネクロマンサーって言った)When you sequentially take our soul to the hell .(僕たちを順番に地獄に連れて行くって)”
ネクロマンサー……やはり悪魔なのですか。ソロモンの悪魔がかかわっているのは間違いなさそうだ。この少年はどこまで知っているのだろうか。
『Do you know his name?(彼の名前は知らないのですか?)
少年は首を横に振る。
何も知らないまま、この場所に魂を縛られてしまったのですか。
『your name?』
“……Felix grain”
ヴィクトリア・グレンの子供。
しかし彼が死んだのは悪魔が召喚される遥か前、やはり彼は自縛霊という事なのでしょうか?
その後、彼は自分の境遇を教えてくれました。彼の死因は村人に毒殺されたこと。父親のタディアス・グレンが死んだことによって隊の統率がとれなくなり、小隊が全滅したこと。その事を遺族から責められたこと、そしてその遺族に殺されたこと。死んだことが悔しくて悲しくて、この場から動けなくなってしまったこと。母親が自殺してしまったことによって行き場がなくなってしまったこと。母親も自縛霊になり、死んだイギリス兵たちとこの家に住んでいたこと。
そして悪魔によって、母親の魂が食べられたこと。
共に暮らしていたイギリス兵達が地獄に連れて行かれたこと。
仲間が悪霊化していったこと、それを止められなかったこと。
これ以上犠牲を増やさない為に、面白半分で度胸試しに来ていた者たちに忠告して回っていたこと。
なんと哀れな境遇なのでしょう。この少年は一人きりでこの恐怖に怯えていたのですか……次に連れ去られるのは自分の番ではないのか?これ以上、被害が出ないように見物人を追い返したり……拓也よりもしっかりしてますね。まだ六歳という幼い少年なのに。
フェリックスは一連のことを私に話すと、泣き出してしまいました。
『Don’t worry. I help you without fail.(もう心配しなくていいですよ。貴方は私が必ず助けて見せます)』
“Really?”
『Yes』
私が頷くと、少年は少しだけ笑顔を見せてくれました。しかし平穏は壊されるものだ。
『裏切り者の自縛霊め。魂を地獄に連れていく』
その声が聞こえたや否や、少年の周りに黒い空間ができました。
魂を飲み込もうとしている!?
フェリックスの周りにはまるで重力がないようにフェリックスは浮きあがって吸い込まれていきます。
“No……No! It is scary!!(嫌だ……嫌だ!怖いよ!!)”
『止めなさい!この様な悪趣味なことをして恥ずかしくないのですか!?』
必死になって悪魔に叫んでも、私の声が届くことはありません。
フェリックスは吸い込まれないように必死でもがく。私もフェリックスを引っ張ろうとしましたが、私はそれができませんでした。フェリックスは唯の幽体。いうなれば魂が実体化した状態、悪魔である私がむやみに触れると、魂を傷つけてしまうかもしれません。
しかしこのままでは……!
『Felix! Work hard!!(フェリックス!頑張るのです!!)』
地獄に吸い込まれたら元も子もありません。私はフェリックスの腕を引っ張り、空間から遠ざかろうとしました。
拓也!どうか早く悪魔を倒してください!!
***
拓也side ―
『ここが最後の部屋ですね…』
俺とパイモンは最後の部屋である部屋のドアに手をかけた。そこには古ぼけたベッドと、くすんだピンク色のカーテン。ぼろぼろになった衣装ダンスに汚れた布が掛けられた化粧台は明らかに女性部屋だ。これって……
『ここはヴィクトリアの部屋の様ですね』
ヴィクトリア……思わず唾を飲んだ。一歩一歩パイモンの後ろを進んでいく。パイモンは腕を前に出し、気配を探っている。俺もそんなことができればストラスとセーレを助けられたかもしれないのに。
『……気配を感じますね。霊だけではない?』
じゃあここに悪魔がいるってことか!?思わずパイモンの袖を握る力が強くなる。
パイモンも剣を抜いて、構えながら辺りを確認していく。
『これは……』
パイモンは布が掛けられた化粧台の前で立ち止まる。
「パイモン?」
『下がっていてください』
パイモンはそう言って布きれをめくる。
「う、わああぁぁぁああああ!!!」
化粧台の割れた鏡に映っていたのは、血だらけになった俺たちの姿。目からは血が流れ、首は半分が切れている。片腕はなく、全身が血まみれの状態だった。
俺は思わず、パイモンから手を放し鏡から離れるように走り出す。
『主!一人での行動は危険です!』
パイモンの声が聞こえないほど、俺は動揺してた。もう嫌だ!もう嫌だ!怖い!何なんだよ!?こんなとこから早く出たい!!
俺は部屋を出て、そのまま部屋から少し離れたところでうずくまった。肩で息をしながら、顔を腕で覆う。恐怖からジワリと涙が出てくる。どうしよう。走ってきちゃったよ……恐怖からその場に立ち尽くす。
パイモンは一向に来ない。
***
パイモンside ―
『……閉じ込められた』
扉は引いてもびくともしない。
思うつぼになってしまったな。
『遂に蟻達一人きり。出会う事は二度とない』
またこの歌か。センスの悪い歌はただでさえ耳障りなのに。
鏡の中で俺の後ろに姿を現している黒い影。それが今回の首謀者。
『お前だったのかビフロン』
頭を兜で覆い、兜の細い隙間からは見開かれた赤い瞳。体も鎧で覆い、そこから霧がかったようにぼんやりとした腕が伸びている。足はなく、宙に浮いている怪物と呼ぶに相応しいその容姿の悪魔は俺の後ろで笑い声をあげる。
『コノヨウニ思ウ通リニナルトハナ……継承者ガコレホド馬鹿ナ人間トハ』
『口を慎め。お前はここで殺す』
剣を抜いてビフロンに向き直る。
しかしビフロンの後ろには数十匹の悪霊の姿。
『オ前ノ相手ハコレデ十分ダ。継承者ヲ手中に捕ラエルノガ我ガ役目』
『ふざけるな』
俺が斬りかかると、それを邪魔するかのように立ちはだかる悪霊たち。
『邪魔だ!』
『命尽キルマデソウシテイロ』
ビフロンはそう言い残し、扉をすり抜けていく。
まずい主が!!
***
拓也side ―
「うえぇ……パイモーン」
扉を叩くけどパイモンの返事はない。
どうしよう。俺をほっといてどっかに行っちゃったのか?
『一人ぼっちの哀れな蟻』
流れてきた歌。
もう何なんだよ!
『仲間は皆捕まった。残る蟻はどこに行く?』
捕まったって……まさかパイモン?慌てて扉を叩いたり引っ張ったりするけど、扉はびくともしない。
どうしよう。パイモンも閉じ込められちゃったんだ……俺1人になっちゃったんだ!
「シトリーに……ヴォラク達に伝えないと!」
怖いなんて言ってる場合じゃない!慌てて屋敷を出ようとホールに繋がる階段に向かって走る。
「あ……」
そこには幽霊の姿。
『我ラガ指輪ノ継承者。オ会イデキテ光栄ダ』
「あ、くま」
『如何ニモ。ソロモン72柱ガ一角「ビフロン」ト申ス。以後オ見知リオキヲ』
どうしよう逃げなきゃ!
そう思って後ろを振り向いた瞬間、俺は固まってしまった。そこには大量の幽霊の姿。二階へ続く階段、ビフロンの周り、俺の横、後ろ、全てを幽霊が囲んでいる。囲まれてる!そう理解するのに時間はかからなかった。ビフロンは妖しく笑う。
『我ト地獄ニ来ルガイイ。継承者』
ビフロンが手を伸ばしてくる。
「い、嫌だ」
『ルシファー様ガ邂逅ヲオ望ミダ』
「嫌だ!!」
俺は浄化の剣を手に持つ。
『ナラバ少々手荒ナ真似ヲシテモ連レテ行ク』
幽霊たちがジリジリと俺に近づいてくる。
怖くて手が震える。
でも俺が何とかしないと皆が……
『我ラノ希望。指輪ノ継承者……力ヅクデモ地獄へ連レテ行ク』