第6話 澪の気持ち
あの後、ヴォラクは初めて食べるオムライスに目をキラキラさせ口いっぱい頬張り、ご機嫌で家に帰っていった。普通子供が夜遅くに一人で家に帰るなんて心配でさせないけど、ヴォラクはそこらへんの大人なんかよりも断然強いので、大して引きとめもせず見送った。
ヴォラクもストラスも嬉しそうにしてたから、俺はこれで良かったと思ったんだけど、澪はどうやらちがうようだ。あまり喋らずに最低限の作業だけをして後片付けを始めてしまった。
6 澪の気持ち
沈黙が痛い。
澪の方に視線を向けても、相変わらずこっちには目もくれず皿洗いをしている。手伝おうかと言ったけど断られてからこの通りだ。部屋にはテレビの音が鳴り響いており、正直テレビつけててよかったと思う。マジで沈黙だったらそっちのほうが気まずいから……
軽くため息をついてきまぐれにストラスの頭を撫でると、満更でもないのかゴロゴロとのどを鳴らした。お前は猫か。フクロウの物真似も下手だし、本当にこいつがフクロウかと疑ってしまう。
さっき母さんから連絡が入った。ホテルで二次会をするから今日はそのホテルに泊まるんだそうだ。
ストラスのことがばれる心配がないから今日は久しぶりにのんびりできると思ってたのに、実際は今どうやってこの沈黙を脱しようか必死だった。だって今かなりやばい雰囲気だし……
意外とふかふかで気持ちいいストラスの頭を撫でながら、どうやって話題を切り出そうと知恵のない頭を精一杯絞っていると澪は洗い物を終えたのか、横を通り過ぎる。
え?まさか帰る?
「拓也、あたしそろそろ帰るから。ちゃんとお風呂入りなね」
マジですか!?ちょっと待ってよ!!
「みっ澪!ちょっと待ってよ!」
「何?」
澪は振り向いた。あくまでストラスには目も向けずに。
引き止めたくせになんて言っていいのか分からなくてとりあえず椅子に座ってくれとだけ言うと無言で椅子に腰かける。でもそれ以上何を言っていいか分からず途方に暮れてしまう。なんて悲しいんだ、俺ってこんなにヘタレだったっけ?
「なに拓也?」
「あ、えぇっと……お前さ、俺のこと避けてるよな?」
澪の肩が一瞬震えたのを見逃さなかった。と言うか、こんなあからさまなことをされて、気づかないはずがない。
俺達のただならぬ空気を感じ取ったのか、ストラスは違う部屋にペタペタと歩いていき、二人だけになった空間で澪が口ごもったのがわかった。
「別に避けてなんか……」
「嘘だ、絶対避けてる。目あわせないもん」
図星を突かれ、押し黙った澪と俺の間を沈黙がつつみ、大した時間がたっていないと思うけど、とてつもなく長い時間だったようにも感じる。しかしその空気を破ったのは澪だった。
「だって今を認めたら、拓也の言ってること全部本当になっちゃうんでしょ?」
「え?」
澪は泣きそうに顔をゆがませて顔をあげる。俺の言っていることが本当ってどういうことだ?
答えられない俺に、澪は声を荒げ、今までため込んでいた思いをぶつけてきた。
「フクロウのこともあの子供のこともその指輪のことも!認めたらそれは本当に現実のことになっちゃうじゃない!拓也が悪魔を倒さなきゃいけないことも、殺されかけたってことも、全部全部本当のことになっちゃうじゃない!だから信じたくないの!こんなの信じたくないよ!だって拓也は…拓也は…!」
それより先の言葉はつけていたテレビの速報の音でかき消され、言葉を失った澪と苛立ちで眉間に皺が刻まれた自分がテレビに視線を送る。
『緊急のニュースが入りました』
いいとこで邪魔すんなぁテレビよ。澪の気持ちがわかったから、これからどうするかって話だったのに。邪魔されたことに腹が立ってテレビを切ろうとした瞬間手が止まった。
『都内の都立高校の一年生五人が何者かに刃物で切りつけられた模様です。少年たちは先ほど都立病院に運ばれましたがまもなく死亡。現場には目撃者はおらず証拠も見つかっておりません。少年たちは切り傷以外にも噛み千切られたような後がいくつもあり、警察は殺人事件とみなし捜査を行っております』
この写真の高校って、隣の駅の高校じゃねえか。事件自体はどこにでもある殺人事件のように感じたが、ひっかかったことがある。証拠が見つかっていないこと、そして噛み千切られた後があるということ。
身震いした。まさか悪魔?
「ストラス!来てくれ!」
大声をあげるとストラスが慌てて飛んできた。
『拓也!どうしたのです!?』
「これ悪魔の仕業か?なんか嫌な予感がするんだ」
ニュースは現場近くの場所でアナウンサーが中継を行っていた。
『現場は人通りも少なく街頭もあまりないところです。この場所を利用して何者かが少年たちを切りつけたのでしょう。しかし少年たちに争った跡はなく、警察は少年たちの知り合いの犯行だと見ています。そして噛み千切られた跡ですが未だに解明されていません。噛み千切られた所は普通は唾液などが付着し、DNA等の判定ができるはずなのですが、なぜだか唾液、指紋が一切見つかりません。この事件、警察は百五十人体制で捜査しています』
アナウンサーのリポートの後、写真で現場の様子が映され、テープで倒れていたであろう少年をかたどり、血痕などが映っている。コメンテーターが痛ましい事件だと、ありきたりな感想を述べており、一刻も早く犯人が捕まればいいと話し、ニュースは次の話題に移る。
『マルファス……?』
「マルファス?悪魔か?」
『拓也、画面の右下をよく御覧なさい』
ストラスに言われたとおりに画面の右下を食い入るように見つめると、画面の端に何かが映っているのが見えた。
『黒いカラスの羽が落ちているでしょう?』
「あ、本当だ。でもそれが何の関係があるんだ?」
『羽が血に染まっている。先ほどのアナウンサーが言っていた噛み千切られた跡と切られた跡、恐らく悪魔マルファスと思います』
悪魔の目星をストラスがつけてくれたのはいいけど、問題は別のところにある。中谷の時とは比較にもならない凶悪事件だ。既に人が死んでいる。
「こんな事件起こすんだ。凶悪な悪魔なんだろう?」
『えぇとても……手に篭手をもち、ズボンを履き直立した大きなカラスの姿をしており、好戦的な悪魔で、召喚されると戦争を巻き起こし、剣を振り回して敵を斬りつけます。戦争のために、必要な城塞を作り、武器や弾薬、兵士を集めることもできます。話し声はしわがれており、身体からは死臭が漂い、腹が減ると人間を食い物にする悪魔です』
おいおいステレオタイプの悪魔じゃねえか。明らかにヴォラクよりやばい奴っぽい。説明文だけで、いかにも漫画とかに出てくる悪魔って感じの奴の登場にビビってしまう。でも、正直戦争とかそんなレベルの事件ではない。
こんなやばい奴と契約している人間だとしたら、もっと大事件が起こりそうなもんだけどな。いや、これが小さな事件とは思ってないけど。
「でも戦争なんてそんなスケールのでかい事件じゃないぞ」
『人間を殺せればなんだっていいんですよ。恐らく目撃証言も無いと言っていましたので召喚者がマルファスに命じたのでしょう。マルファスは憎しみを抱いている召喚者が何よりの好物です。おそらくその人間と契約したのだと』
ストラスの説明とは若干の違いがあるが、戦争とかじゃなくてもだれかを攻撃できれば何でもいいらしい。ますます危険な悪魔じゃないか……
こんなのが家の近くにいること自体が怖い。他にも被害が出ちゃうのかな?
「被害は広がるのか?」
『その人間の憎しみの度合いによってですが……マルファスはしたたかです。軽い憎しみ程度の人間とは契約をしません。彼が契約するに値する人間は全てを憎むような思想を持っている人間です。恐らく被害は広がると思います』
「そんなのと俺はやりあわなきゃいけないわけ?」
『拓也、貴方は天使の力を使えるのでしょう?ならば止めることも可能です。ヴォラクに使った力、あれこそが天使の力なのでしょう』
「あれはカッとなって気付いたら使ってたんだ……」
あてにされても困る。自分だってなんで使えたかもわからないんだから。
テレビを見ていたストラスが肩に飛び乗り、今後の対策について話そうと言ってくる。
『とりあえず、ヴォラクにも報告しておいたほうがいいでしょう。今回、マルファスは空中戦を得意とします。空中戦力はヴォラクだけですからね』
「どっちにせよ戦力はヴォラクだけだよ……マルファスは結界を張ってくれんのかな?」
『恐らくは無理でしょう。人間が死ねば死ぬほど喜ぶ悪魔ですから、被害が出ればもっと暴れるだけですよ』
「じゃあどうすんだよ」
そんないろんな人を巻き込んで戦うなんて当たり前だができるわけがない。
ストラスはそれに関しては大丈夫だと告げる。
『ヴォラクに結界を張ってもらえばいいのです。その中で戦う。簡単です。恐らくマルファスは私とヴォラクと顔を合わせただけですぐに気付いてしまうでしょう。彼は見た目がカラスなので神出鬼没です。情報収集は拓也、お願いしますよ』
「ええー俺!?」
『光太郎と中谷もきっと協力してくれますよ。では私はヴォラクに報告してきます』
ストラスは自己完結したのかそのまま飛び去ってしまった。あいつ一方的に決めつけて消えていきやがった……どうすんのこの空気……ここに澪がいること完全に忘れてんじゃん。
話を黙って聞いていた澪は真っ青になって俺を見つめている。とりあえず澪を巻き込んではいけない。関わらせないようにしないと。
「えーっと澪、そういうことだから、もう帰ったほうがいいよ。俺も今から光太郎たちに連絡するし……」
「あたしも手伝う」
「ええええぇえぇぇぇええ!!?」
まさかの斜め上の発言にびっくりして大声をあげた俺すら無視をして澪は他にも事件の詳細が出ていないかチャンネルを次々に回して事件のニュースを探し出した。
有難いけど危ないんだよ!さっきまであれだけ怖がっていたのに、なんでこんな態度が変わったのか全く分からない。
「澪、無理すんなって!あんだけ怖がってたじゃねーかよ!」
「拓也がそんな危険な目に逢うかもしれないのに黙ってられるわけ無いでしょ!?それに話全部聞いちゃったのに知らないフリするのはもう嫌。分かってるのよ!理解しなきゃいけないってこと……でも怖くて見ないふりしてたの。けど拓也がかかわらなきゃいけないのなら話は別じゃない!」
丁度事件の詳細を放送しているニュースを見つけて、澪がチャンネルを変える手を止める。他にもネットで何か載っていないか携帯を取り出し検索をかけている。
「拓也!ネットでも調べよ。詳しい記事出てるかも」
「あ?おお!」
俺も澪と一緒にネットで事件のことについて調べた。すでに速報としてはネットニュースにも上がっているが、追加情報は今のところなさそうだ。
「どれも同じ記事だな」
「まだ速報から時間がたってないから追加の情報が出てないのかな」
項垂れる澪の肩を叩く。大丈夫だよ、手伝ってくれるって言ってくれただけで嬉しいんだから。
「さすがに現実味の無い話だからな〜。本当はその公園に行きたいんだけど、警察が今は捜査中で入れてくんないだろうしなぁ」
「あたし、事件のこと調べるから」
「俺は明日一応現場検証はできないけど、事件の高校を調べてみるよ。澪は危険だから絶対に調べるだけだからな。情報収集頼む」
「気をつけてね」
「おう」
とりあえず今日はまだ事件の続報もないわけだし、澪を家に帰らせて明日のことを考えながら風呂に入りベッドに入るも恐怖で目が冴えて、なかなか眠れない。本当に嫌になる。一つが終わったのにもう次かよ。
その日、ストラスは帰ってこなかった。
***
― 澪side
怖いと言っていた拓也が悪魔を倒すと言った。
ストラスが現れて、意味の分からない悪魔と言うものが実在するんだと知って、自分の中の常識とか、いろんな物が塗り替えられていく気がする。信じたくないと駄々を捏ねている自分とは対照的に拓也は悪魔と戦うなんて言っている。信じられなかった。
悪い夢だと思えばいいのに、どうしてストラスを追い出さないんだろうと。自分のペットのように可愛がっている姿にイラついて、どう接していいか分からなくなってしまったの。
悪魔と戦ったって、殺されかけたなんてあっけらかんと言っていたけど、きっと怖くて苦しかったんだろうと思う。拓也のこと、大切なのに、自分は見ないふりをしていることに心臓がキリキリ傷んで、関わってはいけないと言う気持ちと、拓也を助けないといけない妙な正義感がせめぎあって後者を選んでしまった。
きっと、あたしは何もできないのにね。
でも逃げたら駄目だと言うことだけは分かる。このまま逃げ続けて見ないふりをして、大切な幼馴染が遠いところに行ってしまったらどうしようと考えると毎日が怖くて眠れなかったから。だから、何もできないにしても少しでも拓也の力になれたら、それでいい。
戦う事なんてできないし、拓也の後をついて行くことを彼はきっと嫌がるだろう。
だから、少しだけでも、拓也が安心できる場所を与えないといけない。誰にも相談できないことがあっても、あたしだけは味方だよって分かってもらわないといけない。
家に帰って少しだけ泣いて、それでも拓也のために自分に何かできることを見つけないといけないんだ。