第59話 恐怖の幽霊屋敷
「おはよー」
あれから一週間が経過した。ネットで調べる限りでは溝部医師の評判は揺らぐことなく精神科医として不動の地位を確立しているようだ。まあ、精神疾患の改善率なんて正直よく分からないし、大きな問題がなさそうで一安心だ。
悪魔の情報は今のとこは見つからず、平凡な日常を過ごしていた。
59 恐怖の幽霊屋敷
教室につくと、自分の席がクラスメイトの立川に占拠されている。どうやら俺の後ろの席の上野の所に桜井と藤森も集まっており、四人で何かの話で盛り上がっているようだ。机に鞄を置いても「池上おはよ」とかで誤魔化して席を立つつもりのない立川を追い出すために強硬策に出る。
「なにしてんだよー。ほらどけどけ」
「ちょっ池上、止めろって!」
無理やり椅子に座って、尻で立川を椅子から追いやろうとするが、立川は椅子にしがみついて抵抗する。なんだよどけよー。その攻防戦を見ていた上野がこっちに話題を振ってきたことで、結局一つの椅子に二人で座るという奇妙な結果で終わった。
「おい拓也知ってっか?ヴィクトリアハウスって動画」
ヴィクトリアハウス?なんじゃそりゃ。動画ってことは誰かが投稿した何かなんだろうけど、聞いたことのない単語に首をかしげる。
「何だよそれ」
「イギリスにある古い洋館だよ。そこ、リアルに幽霊でんだって」
なんだ怪談話か。この寒い中、こいつら朝からよくやるな。
「なんだよー。お前ら朝からそんなん話してたんか。そういう話は夏にするもんだろ」
「いやさ、こないだイギリスの一般人がその屋敷で度胸試しした動画をyoutubeに投稿してさ。今めちゃくちゃ注目集めてんだよ。その動画に子供のお化けがマジで映ってんだって!あとな、誰も居ないはずなのに人影が見えたり、ガタガタ物音が聞こえたり、俺らもその動画見たんだけどマジ怖いんだよ!しかも昼間は何も起こんないんだ。夜にしかそういうこと起こんないんだぜ!?マジ怖くね!?」
どうせやらせでしょ、と返事をしても上野達はやらせじゃないと言い張る。やらせじゃなくて本当に映ってるの?だとしたら怖い、けど見てみたい!
上野の説明に桜井たちも思い出したのか、ひぃ〜と言って肩をすくめる。
「あんだけリアルに映るってマジやばいよな!?」
「え?そんなに映ってんの?」
「モロ見えだ。足がない子供がこっちをジーっと見てんだよ。あれは絶対合成じゃねえ!」
「俺なんかその日怖くて便所いけなかったぜ」
桜井はこえーっと騒ぎ出し、藤森も真っ青な顔で語る。どうしよう、そんなこと言われたら気になる、気になって仕方がない!でも見るのが怖い!!俺も便所行けなくなりそうだ。こいつらに頼んで一緒見てもらうか?いや、絶対にからかわれるからいやだ。
でも本当に幽霊なんだろうか?単なる合成した悪戯動画じゃなくて?ああ見たい!猛烈に見たい!!
***
「と、言うわけで一緒に見ようぜストラス」
俺の提案にストラスは少し嫌そうに眉を動かした。
学校が終わって、今日は珍しくマンションに寄らなかった俺は一目散に家に帰りリビングで煎餅をむさぼっていたストラスを捕まえた。理由は一つ、動画を見たかったから。ホラーが苦手な光太郎は絶対無理!って言って見てくれないし、中谷も部活だーと言って断られた。それは答えになってない気もするが……
なので俺はストラスと一緒に見ることにした。携帯で見るのが手っ取り早いんだけど、始終薄暗い動画らしく画面の大きいパソコンを推奨されたため、パソコンの電源をつけて立ち上がるのを待つ。待っている間にストラスと談笑をしていると玄関があき、「お邪魔しまーす」と言う声が聞こえてきた。
「あー拓也、何してるのー?」
「澪、一緒に動画見ない?なんかすげーらしーよコレ」
何の動画か知らない澪は疑うことなく俺に手招きされて隣に腰掛ける。
「なんの動画なの?」
「え?ホラー」
「あたしリビング行く」
立ち上がろうとした澪の腕を掴み、移動を阻止する。はたから見たら俺はかなり性格の悪い奴だと思われる光景だ。でもここまで来て見ないはないでしょ~
「いーじゃんいーじゃん。一緒見ようや。怖くなったら俺の胸に飛び込んでくれていいから」
「そんな冗談言ってる場合じゃないでしょ!あたしホラー苦手なの!」
澪は半泣き状態になって声を張りあげる。そんな姿もかわいいと思うのは俺だけではないだろう。でも腕をギリギリ掴んで攻防戦を繰り広げ、結局力で勝てないと分かった澪は諦めたように座り、腕にしがみついてきた。これこそホラーの醍醐味ではなかろうか……マジでグッジョブ!この動画。
強くしがみつかれて、やわっこい何かが腕に触れているけど気にしたらいけない。それどころではなくなってしまう。
パソコン立ち上がり、youtubeを開く。
「だーいじょうぶだって。ここには悪魔のストラスさんも居るし、合成動画だってすーぐわかるよなー」
『そんなこと当てにされましてもね……』
「頼んだぜ。えーっと……確かヴィクトリアハウスって言ってたよな」
それを打ち込むと数件の動画が出てきたが、人気順ですぐに話題のものは見つかった。投稿日は七日前の一月十六日なのに再生数はもう三百万を越してる。なんだこの動画すごすぎるだろ。それでランキングに載って桜井たちの目にもとまったのか。藤森とかネットサーファーだからそういうの詳しいもんな。
目的の動画をクリックして再生すると、男の声が聞こえた。イギリスの洋館って言ってただけあって、男たちも多分イギリス人だ。全く聞き取れない。
「ストラスーなんて言ってんだ?」
『私を通訳の為に呼んだのですか?今日は心霊スポットで有名なヴィクトリアハウスに来ています。幽霊が出たらこのビデオカメラで映したいと思います。そう言ってますね』
へえ、すげえな。俺だったらまず、心霊スポットなんて怖くて近寄らないね。
そのまま男たちは解説しながら中に進んでいく。今のところは撮影者たちが笑って雑談をしながら歩いているだけで薄気味悪さはあるが怖くはない。どこから怖くなるんだろうか。
『ここはキッチンですね』
ストラスの解説を聞きながら、俺と澪は画面を覗き込む。
澪も怖いって言いながら、怖いもの見たさはあるんだろう。二人で真剣に見ていると急に激しい物音が聞こえ、映像がぶれた。
「どわ!」「きゃあ!!」
その音に俺と澪まで悲鳴をあげてしまう。
「うわーマジで上野たちが言ってたとおりだ」
めちゃくちゃ怖いんですけど。ストラスは平然そうに見てるけど……やっぱ悪魔か。物音にびびりながらも引き返すことなく男たちはそのまま奥に進んでいく。
『随分広い屋敷ですね』
「確かに」
洋館はかなりの広さがあるみたいだ。キッチンとかもめちゃくちゃ広かったしな。
男たちは次々と部屋を調べていく。
「なんか俺までドキドキしてきた」
『当事者でもないのに』
うっさいなあ。
俺がそう思った瞬間、男たちが騒ぎ出した。
「なんだ?何があったんだ?」
『どうやら人影が見えたみたいですね』
え!?マジで?見逃した!こういう時、動画って便利。すーぐ巻き戻しできちゃうんだもんな。少し前に動画を戻すと、画面左上に人間の影が歩いていくのが確かに映っていた。
「ぎゃ――――!!」「きゃ―――!」
同時に悲鳴をあげる。ストラスはうるさいな。とでも言いたげに俺たちを見てきたが、そんなことを気にしている余裕はない。だってこれマジだよな!?ガチで映ってんだよな!?めちゃくちゃ怖いじゃねーか!!それでも男たちは興奮して、影の見えた場所を追いかけていく。
「こいつらすごいな」
「あたしだったらもう引き返すよ」
うん、俺も引き返す。男たちが着いた場所はどうやら子供部屋だった。
ボロボロになった玩具があちこちに散らばっており、男たちはカメラに向かって何かを話している。
『人影を見失ってしまったと言っていますね』
あーなるほどね。
すると、男たちの後ろに緑色の光が映りだす。
その光は小さな男の子の姿になった。
「おいおいマジかよ……ままま、マジで出るんだ……何だよここ……!?」
動画の男たちもカメラを回している男が子供の霊に気づき、大声をあげて走って逃げていき映像がブレて、そこで動画は終わった。
見終わって放心状態の俺と、隣にいる澪は恐怖からか両手で顔を覆う。
「こわい〜〜!!」
「あはは……ストラス、これって合成だよな?な?そうだよな。これが本物な訳ないよな?」
『……とても作り物には見えませんが、あの幽霊は本物でしょう』
え――――――――――!!!???あんなハッキリと映っちゃうもんなの!?出たがりだね向こうのお化けって!本物って……ストラスが言うのならリアルだよな?ストラスは動画が気になるのか、未だに渋い顔をしている。
『拓也、今の動画をもう一度流してみてくれませんか?』
「冗談だろ?こえーよ」
『元は貴方が見だしたのですよ』
そう言われるとどうしようもない。
俺はもう一度、動画を最初から再生した。
「あたしリビング行くね」
澪!?逃げられた!!
伸ばした手は空しく、澪はリビングに逃げるように向かっていってしまった。画面ではまた同じ動画が流されている。マジで見たくないんですけどー……
敢えて見ないように携帯の電源をつけて意識をそらすけど、悲鳴やドタドタと走る音が聞こえて集中できない。早く終われよ〜。そう思うこと二十分、動画は終わったようだ。ストラスは考え込むように首をかしげる。
「満足したか?」
『ええ。この件、もしかしたら悪魔の仕業かもしれません』
は?
「嘘だろ?」
『可能性は0ではありません』
「でもお化けだぞ?悪魔じゃないんだぞ。それに心霊スポットに幽霊なんて普通だろ。そんなんだったら日本にだって出るって噂の場所あるぞ」
『この死霊の少年をよく御覧なさい』
「やだよ!見たくねえよ!こえーな!!」
幽霊よく見ろって……そんなのわかりましたーって言う奴いんのかよ!
ストラスはわざとらしく大きなため息をつく。
『ならば口頭で説明しましょう。この少年の首には首輪が嵌められていました。生前に首輪につながれたまま死んだのならこの姿も納得できますが、どうやら違うようです。首輪からなにやら魔力を感じます』
「画面見ただけでわかんのか?」
『霊は人間と気が違います。まぁ気の色で判別できるわけですが……首輪だけ色が違う』
「だから?」
ストラスの言ってる意味がわからなくて、聞き返すしかできない。
『もしかしたらネクロマンシーを得意とする悪魔に召還されたのかもしれません』
「ねくろまんしー?ってなんだ?」
聴きなれない言葉に俺は首をかしげる。
『死霊魔術のことですよ。死した人間の魂を媒体にして霊にして召喚したり、死した体をゾンビ、スケルトンに変える魔術です。それをネクロマンシーと言います。その魔術を扱うものはネクロマンサー、“死霊魔術師”といいますがね』
ネクロマンサーって聞いたことあるぞ!おい!!ゲームとか漫画とかによく出てくるあれだろ!?
「それあれだろ!?アンデッドって奴だろ!?」
『おや、よく知っていますね。その通りです。ソロモン72柱の中にもネクロマンシーを得意とする悪魔は数匹いますからね。あなたが地獄に戻したオロバスやサミジーナもネクロマンサーですよ』
「うそ!?オロバスも!?」
サミジーナは分かるよ?でもオロバスも!?あいつ占いしかしてなかったじゃん!そんなネクロマンサー的な要素どっかにあった!?
『嘘ではありません。ただ、彼はその力をあまりよく思っていないのでこの数千年間一度も使っていません。そのせいかネクロマンサーとしての印象が薄れ、未来を見据える力しかないと思われているのですがね』
ネクロマンサー……死霊魔術師。なんかめちゃくちゃ恐そうなのが来た気がする。勿論悪魔は全部恐いんだけどさ、ネクロマンサーなんて今までにないタイプじゃない?殺人とか、株が上がったーとか、そういうのしか今まで経験してなかったから……まさかこんな悪魔がいると思ってなかったよ。
『とりあえずパイモン達に報告する必要性がありますね。今日はもう夕飯も出来上がりますし、明日行ってみるとしましょう。拓也、明日帰りにマンションによってくださいね』
「嘘だろ。頼むからパイモン、嘘であるといってくれ」
『往生際の悪い』
うるさい!願うくらい好きにさせろ!
「拓也、ご飯だって」
澪が俺を呼びに来て、思わず我に返る。
やべえ。放心してた。
『拓也、わかりましたね。マンションに来るのですよ』
ストラスはそういい残し、夕飯だー!とでも言うように頬を緩め一目散にキッチンに向かっていった。
残された俺に澪が不安そうな表情を浮かべて近づいてくる。
「拓也?」
「さっき見た動画の幽霊、ストラスが悪魔かもって……」
「嘘……」
嘘であってほしいさ。
澪もサーっと顔を青くし、できる限り明るい話題を出した。
「でもわかんないよね、まだ……だよね?」
俺が黙ったことで澪も黙り、嫌な空気が包む。母さんが俺達を呼ぶ声が聞こえて何も言わずに一緒に夕飯を食いに向かった。