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第58話 助けたかっただけ

 『あの医者から返信きたみたいだぞ。今日マンション来い』


 シトリーからの簡潔な連絡がきたのは三限目の授業が終わる頃だった。話半分で送ったメールの返信がまさか来るとは思わず、休み時間に変な声をあげてしまった。あの人、本当に連絡くれたんだ。



 58 助けたかっただけ



 「え?マジで返信きたんだ」


 昼休み、パンを食ってた光太郎の手が止まる。俺もびっくりしたもん。まさか本当に返してきてくれるなんて思ってなかった。契約者はこっちに敵意はないのかもしれないな。少なくともこっちの話を信じてくれているってことだから。


 「らしい。だから今日もマンション行くんだ。お前らは?中谷は部活?」

 「そ。なんかわりいな。俺いっつも居なくて」


 ヴォラクも思う存分に扱えねえだろ?そう呟いた中谷は罰が悪そうだ。まあ、否定はしないけど……でもそれはしょうがないことだし、それを承知なんだから、中谷が気にすることはない。なんだかんだ言ってヴォラクはロシアにもついてきてくれたしな。

 光太郎はどうだろうか?


 「光太郎は?今日塾ないよな」

 「うん、付き合うわ」


 今日は塾がないからと告げてついて行く意思を見せた光太郎と、学校が終わったらマンションに行くことにしたんだが……


 「50点以下の人はプリントを提出して帰るように」


 六限目、社会の授業で小テストがあった。50点以下は課題提出らしい。なぜこんなことを説明すると、俺は見事にそれに引っかかってしまったからだ。テストの点数は43点。我ながらひどい点数だと思う。でも社会の授業で抜き打ちテストをする方が悪いと思う。詰め込み教科の代表科目なのに抜き打ちテストをする意味があるんだろうか!?


 「あはは。池上だっせー!」


 桜井が指を指して笑ってる。んだよ自分だって53点のクセに。悔しいけれど、その3点が勝敗を分けるものなのだ。悔しいい!本人は適当に選んだ選択肢問題が当たったらしく、それで今回の罰を免れたらしい。俺よりバカのくせにー!!


 「池上、一緒に課題やろー♪」


 27点と俺よりひどい点数のプリントを振り回しながら中谷が俺の机に歩いてくる。なんでそんなに呑気なんだ?中谷は前の席に腰掛けると「社会難しいな!」と、これまた陽気で話しかけてくる。一人でやるよりも全員でやる方が早いので、小テストの課題常連者たちがどんどん集まっていく。


 「まあ教科書見てすぐに終わらせろよ」


 光太郎の視線が痛い。手伝ってくれと頼んでも面倒くさがって桜井たちと見学する方に回る。ひどい奴だ、親友が苦しんでいるのに。とりあえず50点以下の奴ら数人で、数十問ある問題を分担して解いていくことにした。俺が解く場所は(10)〜(17)まで。教科書を見ながら、穴埋めに当たる言葉を探していく。習ったはずなのに、身に覚えのない内容の挙句、教科書の隅っこには暇だのなんだの落書きがされており、この時間真面目に受けなかった過去の自分を怒りたい。


 二十分後、課題が終わって俺たちは全員で提出しに行った。先生は「全員でやっただろ」と言いながらも、俺たちの課題を受け取ってくれた。なんだかんだで優しいんだよなーこの先生。この優しさをもう少しテストを簡単にするって言う分かりやすい方向にシフトしてくれたらもっといいのに。

 とにかく課題も終わったので俺は中谷たちに別れを告げて、光太郎とマンションに向かった。


 「光太郎、ストラス連れてくるからマンション行ってて」

 「おー」


 俺は光太郎と別れて、一度家に戻った。


 ***


 ストラスを連れてマンションに向かうと、パイモンを中心に円ができて皆がパソコンをのぞき込んでいる。なんだかおもしろい光景だったからこっそり写真を撮って、俺も輪の中に入る。


 「メール、なんだって?」

 「これです」


 内容を確認させてもらうと、短い文章が載せられていた。


 “契約というのは何を意味するものなのでしょうか?私には分かりかねます。患者のことも患者が頑張ったから病気が改善されただけで、決して私個人だけの力ではありません。”


 完全にはぐらかされてんじゃん。ん?でも待てよ。はぐらかすって思ったのなら、この文章は怪しいってことか?このおっさんが契約していないというよりもはぐらかすって単語がしっくりくるのは俺が疑っているからなのかな?

 でもそう思ったのは俺だけじゃなく、全員が思っているみたいだ。


 「これ怪しいよね。絶対嘘ついてる」

 「そうですね。返信して、敢えて契約の意味を教えてくれと言ってきています。普通、見ず知らずの人間にこのような内容は返さないはずです。これはその正体がわかっていて、尚且つ私たちの契約を意味する答えが一緒かどうかを確認するような内容になっています。患者の理由については確かに上手くはぐらかしていますがね」

 「なんかパイモン探偵みたいだな。俺にはよく分かんないけど……」

 「呑気に言っている場合ですか。主、返信しますか?」

 「うん。もちろん」


 ここで引き下がったらなんでメール送ったんだよって話になるんだから、徹底的にやるしかない!こっちにはパイモンがいるんだから、どうとでもなるだろ。

 能天気な俺の考えに気づくはずもなく、パイモンはメール画面を開き、返信の文章を打っていく。


 「でも契約の意味はこっちも伝えないでおこう。向こうがはぐらかすならこっちもはぐらかそう」

 「わかりました」


 パイモンは文章を打っていく。なんだか楽しんではいけないって分かってるけど、面白くなってきたぞ。今度はどんな返信が帰って来るんだか。


 ***


 溝部side ―


 「返信がきている」


 空き時間、自室のパソコンの前の椅子に座って私はメールを開く。勇気を出して返信をしたはいいが、向こうからの返信を不安に思っている自分がいる。


 『多分あなたと同じ意味だと思います。あなたの協力が必要です。力を貸してください。いつまでもこのままではいけないと思っているのではないですか?』


 やはり……な。向こうもそう簡単に契約の意味をむやみに言ってはこないか。メールという証拠に残るものに悪魔なんてワードを出したくないんだろう。随分慎重だ。完全に駆け引きの状態になってるが、まだ向こうがこの内容ならば大丈夫だ。早く相手を納得させなければならない。あちらがマスコミや他の人間に情報を漏らすと言い出す前に ―

 私は急いで変身を打ち、相手からの連絡を不安に思いながらも待ちわびた。


 ***


 拓也side ―


 「主、また返信が来ましたね」

 「え!?もう?」


 メールを送ってから一時間くらい経ったかな?例の医者からまた返信が来たらしい。こんなに早く返信が返ってくるなんて。早くても明日以降かと思ってたんだけどな。


 『今回、随分早いですね』

 「向こうも気がかりなのでしょうね。見て下さい」


 “契約のことを貴方たちが聞いてきたんです。意味を教えるのが筋でしょう。私には一切身に覚えはありません。”


 「まーたこんなか」

 「話が進展しませんね」


 相手もこっちのぼろが出てくるまで長期戦でもするつもりなんだろうか。多分、悪魔のこと知られたくないって言うのもあるのかもだけど、奪われたくないって思っているのかもしれない。俺のため息が聞こえたシトリーがこっちに向かってきた。


 「お前らそんな堂々巡りやってんじゃねーよ。貸せ、俺がやってやる」

 「えー?シトリーできんのかよ?」

 「あたりめーだろ。俺様を誰だと思ってんだよ」


 なんでこいつこんなに自信満々なんだ?光太郎のからかいを簡単にあしらって、シトリーはパイモンからパソコンを奪う。


 「妙なことを打ったら三枚におろすからな」

 「任せとけぃ」


 シトリーは鼻歌を歌いながらメールを打っていく。本当に大丈夫なのか?考えてるようなそぶりが一切ないんだけど。シトリーは鼻歌交じりで文章を打っていき、わずか数十秒で完成したと声をあげた。


 「できた!送信っと!」


 はあ!?ちょっと待てよ!!


 「待て!なぜ出来上がった文章を見せないんだ!?見せてみろ!」


 パイモンがシトリーからパソコンをひったくるが、既に送信された後だった。慌てて送信メールから中身を確認すると、とんでもないことが書かれていた。


 “しらばっくれんじゃねーよ。お前が契約してんのは分かってんだからよー。ウダウダ言ってっと強制処置とんぞコラー”


 あまりにも酷い文章を見て、パイモンがシトリーに掴みかかった。


 「なんっだこの文は!!こんな文を送って、警察にでも言われたらどうなる!?これは悪質な脅迫メールだろうが!!」

 「このくらい言わねえと分かんねえだろー?大丈夫大丈夫」

 「彼に任せたのが間違いだったね」

 『えぇ全くです』


 大丈夫じゃねえわ!全くです。でも済まない!どうすんだよ警察とかに言われたら!メールなんて証拠に残るものに脅しの文を入れて!しかし俺たちが揉めている間にまた返信が帰ってきた。


 ガバッ!


 その効果音に似合うような音が俺たちから発せられる。

 ヴォラクとヴアルは興味が無いのか、ゲームをしてるけど。


 「返信きたよ!マジで?」

 「ほらな、俺様が打ったんだからよー」

 「とりあえずパイモン、開けてみてくれ」

 「わかった」


 パイモンはクリックしてメールを開くと、返信内容は随分怯えたものだった。


 “すまない。マスコミには言わないでくれ。私は殺される訳にはいかないんだ。”


 「あっさり白状したな……マスコミに言うって何?」

 「やっぱ俺様だからよー」

 「シトリー黙って」

 「……セーレって何気に俺に酷いよな」


 でもこれって……やっぱり契約してるってことだよな。ストラス達もその意味が分からず首をかしげている。

 俺達がここで考えても理由がわかるはずもなくパイモンは病院が終わったら会えないかと言うメールを送り、それもすぐに返信が帰ってきたので、光太郎が読みあげた。


 「あ、OKだって」

 「では病院が終わる時間までこのまま待っていましょうか」

 「光太郎ー拓也ーゲームしよー」


 会話が終わったと判断したのかヴォラクとヴアルが手招きしている。こいつらはゲームばっかりして肝心なところは無視して全く。光太郎が参戦しに向かい、俺は少しだけ気になることがあってソファに腰掛けてストラスに問いかける。


 「悪魔ってさ、やっぱり手放すの嫌になるのかな」


 俺の問いかけにストラスだけではなく、パイモンやセーレの視線もこちらに向く。俺、分からなくなるんだ。自分は悪魔を地獄に戻すのが正しいって胸を張って言えるくせに、自分からストラス達が奪われたら悔しくて泣いてしまうだろうって思ってる。


 「悪魔なんてさ、存在を誰も望んでないに決まってるって思ってるのに、契約者に好意的にされたことがない。皆、悪魔を必要としている。それを奪う俺が悪者になる。なんでなんだろう」


 どの契約者も俺のことを嫌っていた。金田さんだって鈴木さんだってエアリスさんだって、シャネルだって……皆、悪魔を倒しに来た俺のことを邪魔な奴が来たと言うような顔で見ていた。セーレの契約者だった沙織だって俺に敵意をむき出しにしていたんだ。俺のしていることは、いったいどこまでが正しいんだろう。


 「時々、自信がなくなる。悪魔の力を欲しいって思っている人がこの世界には沢山いて、誰も俺の行動を望んでいないんだって。このまま放置してたら、どうなるんだろうって」

 『放置、ですか……』


 ストラスは考え込んで視線を下げるも、パイモンは淡々と告げた。


 「新世界をつくりたいのなら、それでもいいでしょう。私たちは混乱を現時点では望んではいない。しかし時が来れば表立って姿を現して人間の世界を支配しようと動く奴がいると思います。そこから先は人類が経験していない新世界の創生になっていく。誰にも予想はつきません」


 そうだろうね。正直パイモンみたいなやつらが攻撃を仕掛けたら日本なんて乗っ取られても不思議じゃない。それをしていないのは、ルシファーって奴が今は望んでいない事と、様子見って部分があるのかもしれない。でも時間がたてば、隠していくことなんてできないだろう。


 「目先の欲にとらわれて、最終的に全てを失う。人間の欲は際限がない。私の経験上ですが、九割以上の人間が一つの望みをかなえて契約が終了しても、次の望みをかなえるために再度契約をする奴がほとんどだ。そういう人間を相手に、全てが上手くいくとは思っていません」


 ― 追い詰められている人間だけが、悪魔の存在を信じて契約をするのですから。


 その言葉がストンと胸に落ちた気がした。確かに悪魔なんて架空の存在だとみんなが口を揃えて言うだろう。ストラスみたいにフクロウで言葉を話すとか、明らかに不自然な存在でなければ信じられない。セーレが悪魔だと言われて、すぐにそうですかとはならない。

 そうか……皆、何かに追い詰められているのか。大なり小なり、悪魔なんかに縋らなきゃいけないほどの何かを抱えている。

 答えを導き出せた気がして、契約者の意思を説得できる自信も同時になくなったような気がした。


 ***


 『拓也、そろそろ時間です。行きましょう』


 夜の十九時過ぎ、ストラスに急かされて俺たちは名古屋に向かうことにした。意気揚々とベランダに出たヴォラクとヴアルを黙って見ていたパイモンが二人の首根っこを掴む。


 「お前たちは留守番だ」

 「え!?何でだよ!」

 「のけ者にするの?ひどい!」


 パイモンの切捨てにヴォラクたちはわめき出す。確かにいきなりなんだろう、二人だけ名指しで留守番だなんて。今更良い子は寝る時間とでも思っているんだろうか?相変わらずパイモンは表情を崩さず淡々と理由を説明する。


 「こんな大人数で押しかけるわけにも行かないだろう。澪と中谷もいないし、お前たちの手を借りるほどの相手でもないだろう」


 確かに八人でゾロゾロ会いに行くのもな……おっさんを取り囲んでおやじ狩りみたいになってしまうかもしれない。

 もっともな理由をつけたけどヴアルとヴォラクは不満そうだ。特にヴォラクはパイモンに真っ向から噛みついている。


 「こないだは行ってもいいって言ったじゃん!もし何かあったらどうすんだよ」

 「今回はシトリーもいる。大丈夫だ」

 「戦力外通告だってよ。ひひ」

 「うっせーよシトリー!」


 からかったシトリーの足をヴォラクが蹴りつけ、痛みで跳ね上がったシトリーがヴォラクの胸ぐらを掴んだ。


 「いってえな!この糞ガキが!」

 『喧嘩してる場合じゃないよ。早く行こう』


 待たせるのは悪いとセーレがジェダイトを召喚して俺たちを急かしている。

 そんな中、子の光景を黙って見ていた光太郎が気まずそうな顔で手を顔の前に遭わせた。


 「悪い。俺、二十時から用事あんだよね。抜けていい?」

 「え?そうだったのか?」

 「うん、親父たちとね。なんか言い出せなくって……マジでごめん」


 別に光太郎とシトリーがいなくても問題ないのか、パイモンはあっさり帰れと一言だけ告げた。それを聞いた光太郎は申し訳なさそうに頭を下げて、荷物をまとめて部屋を出て行った。となると、シトリーも無理だな。

 俺と視線がかち合って、シトリーはへらりと笑いソファに腰掛ける。


 「俺も戦力外通告だな。じゃあ休ませてもらうぜ」


 お前は少しは付いていく意思を見せろ。でもそうなると結局俺と契約している奴だけ、ストラスとセーレとパイモンだけだ。パイモンがいるから多分大丈夫とは思うけど、本当に危険な悪魔じゃないんだろうな。ベランダに出てジェダイトに跨っているセーレに手伝ってもらい乗馬する。


 「結局俺たちだけになったね」


 セーレも苦笑いをこぼすが一回で移動ができるのは楽だとも言っている。パイモンもこの人数なら大丈夫だと思ったのかジェダイトに乗って、いざ出発しようとしたときにヴォラクがベランダに出てくる。


 「なーなーどうしても俺も行っちゃダメ?」

 「駄目だ」


 ヴォラクはどうしてもついていきたいみたいだ。そんなに留守番が嫌なんだろうか?パイモンのあまりにも簡潔な否定の言葉に眉を吊り上げる。


 「パイモンうぜえ。中谷がOKしたらいいって言ったじゃんか」

 「確かに言ったが、できる限りお前は行動を控えるべきだ。こっちも今回は人手は足りると思っている。あの程度の距離なら中谷がいなくても行動はできるだろうが、今は止めておけ。お前、もう契約石のエネルギーを使い切ってるだろう?お前が下手な行動を起こせば、中谷の命に関わってくるんだからな。この間は死者が出てるという緊急事態だったから許可したまでだ。行きたかったら一回一回中谷に許可をとることだな」


 契約石のエネルギーってどういうことだ?使い切るって何?距離の問題とかあんの?確かに契約者の中谷がいなくてもヴォラクは普通に行動できる。でも何で中谷が一緒じゃなきゃダメだってパイモンが言うんだ?ヴォラクが怪我したら中谷が居ても居なくてもエネルギーを使うということには変わりないのに。

 ヴォラクは黙り込んで諦めるかと思った矢先俺とセーレの間に割り込んできた。パイモンと俺の間に来ないのはパイモンから振り落とされると思っているからだろうな。


 「お、おいヴォラク!」

 「絶対に行く」

 「お前もしつこいぞ。いい加減にしろ」

 「うっさい!行くったら行く!」


 譲らないとでもいうように俺にしがみついてヴォラクは抵抗する。今パイモンがヴォラクを振り落としたら俺も必然的に落とされてしまう……


 「パ、パイモン、とりあえずいいんじゃないかな。戦闘には参加させないって条件つけて」

 「貴方は本当に甘い。示しがつきませんよ……全く、勝手にしろ」


 ヴォラクが勝ち誇ったようにふふんと悪ガキのような笑みを浮かべている。そんなヴォラクとパイモンに挟まれている俺はどうすればいいんだろう。セーレは巻き込まれたくないのか一切振り返らず、俺たちは名古屋に向かった。


 ***


 「ここが待ち合わせ場所なんだよな?」


 病院のとある居場所で、キョロキョロとあたりを見渡した。


 「そうですね。もうすぐ来ると思いますが」

 「あれじゃないか?」


 セーレの視線の先には一人の男性がこっちに向かってきていた。その姿はテレビで見たときとまったく同じ、精神科医の溝部辰彦だった。うわーすげえ。テレビに出た人だ。緊張するー!!

 向こうも俺達が待ち合わせ相手だと分かったんだろう、怪訝そうな顔をしながらも近づいて話しかけてきた。


 「君たちがメールの相手かな?」

 「そうだ。貴方が溝部医師で間違いないな?」

 「ああ。私が溝部だ」


 本人だと確認できたところで溝部が場所を移動するからついてきてくれと言って歩き出す。ここは職員専用駐車場らしく、別の場所に移動するつもりらしい。

 人通りの少ない場所に移動して、おっさんはここでいいかと呟いた。


 「まずは自己紹介から。ソロモン72柱の悪魔の一柱であるパイモンだ。横にいる少年が俺達の契約者だ。単刀直入で聞く。貴方が契約している悪魔を教えてほしい」

 「ソロモンの悪魔は調べたよ。君たちは見た目が限りなく人間に近い悪魔のようだね。一人の人間が複数の悪魔と契約できるとは知らなかったよ。それより先に約束してくれ、全てを話したらマスコミには言わないと」


 やっぱりこのおっさんは何か勘違いしてる。俺達がこの話題を公にしておっさんを不利にするって思ってるのかもしれない。だとしたら訂正しておかないと。


 「俺たちマスコミに言う気はないんですけど」


 俺の言葉におっさんの目が丸くなる。


 「ちょっと色々あって、俺達、悪魔を全部地獄に戻すための活動をしているんです」

 「……そうなのか?」

 「理解したか?俺たちはマスコミ等に情報を漏らす事はない」


 その言葉を聞いて、少しだけ安心したのか、おっさんはポツリと口を開いた。


 「私はブエルと契約している。見た目はおっかないがいい奴だ」

 「ブエル……」


 ヴォラクがその名前に反応する。小さく「やっぱり」という言葉が聞こえて、もしかしてヴォラクはどの悪魔か目星がついていたのかもしれない。聞いてみたけど、ヴォラクは答えてくれずおっさんとパイモンの会話に集中している。


 「ブエルはヴォラクの親代わりだった悪魔だ」


 無視されて寂しい俺を案じてか、セーレが小声で俺の疑問に答えてくれた。


 「ブエルは悪魔の中でも極めて温厚な性格でね、暴れん坊なヴォラクの世話をしてやってたらしいんだ」

 「セーレは知り合いなのか?」

 「俺は直接的な交流がないから姿を見たのは一度だけ。今の拓也は想像つかないかもだけど、ヴォラクは今と随分違って、好戦的で喧嘩っぱやい子だったんだよ。それこそ目が合っただけの奴を殺しちゃったなんて話も聞いたくらいだし」


 え、何それ怖い。でも確かに今のヴォラクは怖くないし生意気な子供程度の印象だけど、出会ったときは中谷を殺そうとしていたし、元々かなり好戦的だったのは頷ける。

 じゃあ、ヴォラクのとっては仲のいい悪魔ってことなのか。だからあんなにムキになってついて行くって言ったのか。それで辛くはないんだろうか?ヴォラクは若干表情が強ばっているようにも感じる。

 その光景をよそに、パイモンがブエルのいる場所に案内するように催促するが、おっさんは首を横に振った。


 「ダメだ。そんなことをしたら私は魂をとられてしまう」

 「どういうことだ?」

 「契約内容は力をもらう代わりに安穏な生活を与えること。お前たちが来たらきっと私は……」

 「それでも案内してもらう。心配するな。お前は俺たちが守ってやる」


 おっさんはそれでも抵抗していたがパイモンの威圧感に怯えながらも俺たちを家に連れて行くため、車に乗せた。明らかに納得していないが、言うことを聞くしかないとでもいうかんじだ。


 『パイモンの能力は便利でしょう?相手を言葉で打ち負かせるほどの威圧感やプレッシャーを与えることができる。パイモンと口論になった相手は自分が蛇に睨まれた蛙のようになるみたいですよ』


 うん、すげえ便利だ。わかるわ、パイモンに逆らえない雰囲気ってあるもんな。鈴木さんも喉から手が出るほど欲しいわけだ。サラリーマンでこの能力手に入れたら無敵だよ。

 車に乗せてもらい、溝部さんは黙って運転する。その間に会話はなく、なんとなく気まずくて窓から景色を見ていると、ストラスが隣でぽつりとつぶやいた。


 『どうなるのでしょうね』

 「セーレは温厚って言ってたし、大丈夫だろ。溝部さんがどういうかは知らないけど……」

 『それではなくヴォラクです。先ほども申したとおり、ヴォラクがブエルを慕っているのは悪魔ならば誰でも知っていることです。ヴォラクにとっては少々辛いことになるかもしれませんね』


 そうだよな。三列目に座っているヴォラクは何も言わずに窓の外を見ていた。いつもなら騒いでいるヴォラクの緊張した面持ちと空気がこっちまで伝染してしまう。パイモンは何を考えているか相変わらずわからない。それ以上会話がないまま車が走っていると、助手席に座っていたセーレが問いかけた。


 「なぜ、悪魔と契約したんですか?答えたくなかったらいいですけど、少し気になって……」

 「…………君たちは私をヤブ医者だと思うだろうね。患者を救える力が欲しかったんだ。精神科というのは外科や内科と違って、薬や手術でどうこうできるものじゃない。最終的には患者の気持ちや家族、周りの環境が一番重要になる。私はその手助けをするだけ。だから救えない患者も何人も居た。数年前に一人の女の子が病院を訪ねてきた。その子は親に虐待を受けていたんだ。両親も警察に捕まり、その子の心の傷は深くてね……私がいくらカウンセリングしても症状がよくなることは無かった。その子は半年後に自殺したよ」


 俺だったら、それだけで引きずって医者を辞めてしまいそうだ。医者って辛い仕事なんだな……

 おっさんのハンドルを握る手に力がこもる。隣に座っていたパイモンも会話が気になるのか、視線だけ前に向かっている。


 「悔しかった、もっと最善の策があったのか?それを考えると夜も眠れなくなった。患者を助ける資格が私には無いんじゃないか。そう思いながらもずっと患者を診察し続けた」

 「ブエルの力は他人の心の傷を癒す力、でしたよね。だから貴方はブエルと契約したのですね」


 おっさんは何も言わない。おそらくビンゴなんだろう。

 それと同時にすごく可哀想に見える。だって患者を救いたいって医者が純粋に思うことだろうし、自分のせいで人が死んだって思ったら、気が気で居られるわけが無い。ブエルって奴の力はおっさんにはぴったりだっただろうな。いいのかな、俺達は何も責任も取らないで悪魔だけを地獄に返して……このおっさんは絶対に助けなきゃいけない。


 三十分後、車はおっさんの自宅に着いたようだ。

 玄関を開けた音に反応して、女性が奥の部屋から向かってくる。


 「あなた、お帰りなさい。その方たちは?」

 「……ブエルと話があるんだ」


 おっさんの奥さんか。奥さんはおっさんの言葉に顔を強張らせた。

 少し気まずい、そう感じながらも俺たちはおっさんに促され家に上がらせてもらい、居間に通されておっさんが来るのを待った。他人の家に上がるのは緊張するし、今から悪魔とご対面だし、そわそわするわ。


 『拓也、そわそわするのはおよしなさい。みっともない』

 「だ、だって……」


 緊張するんだもん。しょうがないじゃん。またヴアルみたいに結界張られて暴れまわられたらどうすんだよ。待つこと数分、おっさんが居間に入ってきた。


 「ブエル」


 おっさんが名前を呼んだ瞬間、ブエルが入ってきた。なんだよこの悪魔!

 思わず声が漏れてセーレの後ろに避難してしまった。おっきな円の中にライオンの顔があって、円の外には羊の足みたいなのが五本生えてる。何だこの気持ち悪い悪魔は!!?

 ゴロゴロ回って移動する姿は一種のホラーだ。もっと恐ろしいのはその上に女の子が乗っていること。危ないと声を出そうとしたけど、女の子はアトラクションでも乗るかのように楽しんでおり、ブエルと言う悪魔も女の子を振り落とすことなくゆっくりと進んでいる。


 『拓也、私たちがついています。怖がる事は何もありません』


 ストラスが安心させるように腕の中で呟く。女の子を降ろしたブエルは俺を一瞬見て、おっさんの横に移動した。


 「ブエル、申し訳ない。お前の存在がばれてしまったんだ」


 おっさんは申し訳なさそうにブエルの頭を下げる。

 しかし何も言わないブエルの視線に耐えれなくなったのか、おっさんが土下座をした。


 「頼む!私の魂をとるのは勘弁してくれ!私はまだ……医者でいたいんだ!」

 『指輪ノ継承者……彼ノ者ニバレタノナラバ致シ方ナイ。悪魔ヲ探シ回ッテイル者ガイルト聞イタ。オ前ナラ仕方ナイダロウ』


 ブエルはゆっくりと優しい声でおっさんに話しかける。

 セーレの言うとおり、温厚な性格の様だ。


 『オ前ハ何カ勘違イヲシテイル。オ前ガコノ(ちから)ヲ見セシメニスルモノナラバ、私ハオ前ノ魂ヲトッテイタダロウ。シカシオハタダ純粋ニ人ヲ救ウコトヲ望ンダ。ダカラ私ハ何モ言ワナカッタノダ』

 「ブエル……」


 おっさんは少し涙声になりながらブエルを見上げる。

 ブエルはそのまま俺に視線向けてくる。急な事に背筋が伸びる。


 『ソレヨリモ、オ前ハ私ヲ地獄ニ戻シニ来タノダナ』

 「あ、はい。すみません」

 『パイモン、私ノ任ハ終了カ?バティンカラハ何モ聞イテイナイガ』

 「知るか。お前の任務など最初から興味もない。お前は黙って地獄に戻ればそれでいい」


 パイモンの棘を含んだ言い回しにも腹を立てず、謝った俺に小さく笑い、ブエルはヴォラクに視線を移す。


 『ソウカ。ヴォラク、オ前モソウナノダナ』

 「うん……」


 ヴォラクは気まずそうに頷き、ブエルがそんなヴォラクの前に移動する。二人だけで会話をさせた方がいいんだろうか。ストラスに視線を投げると様子を見ろとでも言うように頷かれ、状況を見守る。


 『ソウカ。オ前ガ裏切リ者ニナッテシマッタノハ……私ニトッテ少々酷ダッタカ』

 「そうかもね」

 『戦イシカ楽シミノナカッタオ前ガ、今デハ戦イヲ失クス立場ニ回ロウトハ……誰ガ思ウダロウ』

 「俺、今の自分に満足してる。もう剣振り回してばっかの俺じゃないんだよ」

 『ソウダロウナ。イイ目ヲシテイル』


 ブアルは優しくヴォラクに話しかけて、こっちに振り返る。


 『我ヲ地獄ニ戻シタイノダロウ。ナラバ早クスルガイイ』

 「え、いいのか?」


 まさかこんなに上手くことが運ぶと思って無かった俺はつい聞いてしまった。

 

 『別ニコノ世ニ未練ナドナイ。イツカハ終ワルモノ。ソレガ我ガ今日デアッタ。ソレダケダ』

 「主、召喚紋をお願いします」

 「あ、うん。ストラス頼むな」

 『わかりましたよ』


 浄化の剣を手に取り、ストラスにあーだこーだ言われながら召喚紋を描いていく俺を見て、おっさんが目を丸くする。


 「君はそんな力を持っているのか……」

 「うん。まぁね……それより契約石、頼みます」

 「……ああ」


 おっさんは少し渋っているようだった。こいつがいなくなったら90%以上の病気の改善率は無くなっちまうだろう。しかもこんないい奴だし、返したくないって思うのは当然だ。どう説得すればいいんだろう。


 「貴方は十分素晴らしい医者だ」


 セーレは優しく笑い、おっさんを見る。


 「患者のために、全てを尽くそうとした。悪魔と契約することもためらわなかった。素晴らしい意思を持っているじゃないですか」

 「だがブエルがいなければ……」

 「確かに不満も出てくると思います。でもそれでいいんです。完璧な力なんて誰も持ってないんですから」

 「そう、だな」


 おっさんは居間を出て行く。どうやら契約石を取りに向かったようだ。おっさんが持ってきたのはストラスいわく、アラゴナイトのバングルらしい。それがこいつの契約石なんだとか。おっさんがバングルをストラスに言われるがまま召喚紋の中に入れる。ストラスは聖水のビンを取り出して、おっさん少しだけかける。


 「お前、そんなもんどっから出したんだ?」

 『企業秘密です』


 ブエルは召喚紋の中に入っていき、それを確認してストラスがおっさんに視線を向ける。


 『呪文を唱えるのです』


 久しぶりに聞くな、その長いやつ。おっさんはストラスの後をつっかえながら唱えていき、次第に召喚紋に光があふれ出した。その光に比例するようにブエルの体が透けていく。

 思わずヴォラクを見つめる。何も言わなくていいのかな、話したい事あったんじゃないのか?それを口にしようとした瞬間、黙っていたヴォラクが突然大声で叫んでブエルの名前を呼ぶ。

 

 「……ブエル!また、また会ったら今まで通りに接してくれる!?」


 ヴォラクにとっては切実な願いだったんだろう。

 それを聞いたブエルは目を細めて笑う。


 『子供ノ責任ハ親ガトルモノダ。我ガ責任ヲ持ッテ面倒ヲ見テヤル』


 ブエルはそのまま光に包まれて消えていった。


 「いい悪魔だったんだよな……」

 『ええ、とても』


 ヴォラクはそのまま顔を俯かせて肩を震わせている。

 どうやら泣いてるようだった。


 「いつまで経ってもガキ扱いすんじゃねーよ。バカ」


 その言葉が弱弱しく感じたのは、きっと俺の気のせいじゃなかったと思う。


 ***


 「お邪魔しました」


 ブエルを地獄に戻した俺たちは家に帰ることにした。


 「拓也くんありがとう。今度は自分の手で、改めて患者を救っていくよ」


 おっさんは笑って俺を見送った。

 きっとできる気がするな。


 だってあのおっさんは優しかったから。


 俺はそう心に思いながら、ジェダイトに乗って家に帰った。



登場人物


ブエル…ソロモン72柱10番目の悪魔。

     星かヒトデ、もしくは車輪のような五本の蹄のついた脚を持つ魔人として描かれる。

     50の軍団を支配する長官である。

     精神哲学、自然哲学、論理学を教授してくれる。

     中でもブエルの治癒能力は肉体的なそれよりも、むしろ精神的な疾患についてその効力を最大限に発揮される。

     契約石はアラゴナイトのバングル。

     人を救いたいと純粋に思っていた溝部の考えに胸を打たれて、ほぼ無償で自分の力を与えていた。

     また温厚な性格で、地獄ではヴォラクを自分の子供のように可愛がっていた。


溝部辰彦…名古屋大学付属病院に勤める精神科医。

      元から有名な医師だったが、ブエルの力を借りてテレビに出るまでになった。

      理由は自分の患者が救えなかったことに後悔して。

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