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第57話 奇跡の医師

 「此処が名古屋大学医学部付属病院……でけぇな」


 次の日、俺とセーレとヴォラクは三人で病院の前にいた。うーむ、もはや大きすぎてどこが入り口なのかもわからない。受付ってどこにあるんだろうか。さすが大学病院。普段俺がかかっているクリニックとは大きな違いだ。藤森が入院していた病院も滅茶苦茶でかかったけど、絶対こっちの方が大きいぞ。



 57 奇跡の医師



 「でも何で皆来れないんだよ」


 今日は土曜で補講の終わった俺はマンションに行き、早速名古屋に向かった。

 でも中谷は部活、光太郎も用事があると来れなくて、澪も一応誘ったんだけどヴアルと買い物に行くから無理と言われた。ヴアルの奴……ちゃっかり澪と友情深めやがって。大体あいつ本当に大丈夫なんだろうな?二人きりになった瞬間、本性現したりしねえよな。

 

 全員、今日は悪魔と戦わずに敵情視察に病院に行くと言う内容を聞いて危険度が低いと判断したのか、それぞれの予定を優先されて手伝ってくれないのだ。まるで俺が暇人みたいじゃんかこれ。

仕方なくストラスを連れて行こうと思ったのに。病院だから入れないという理由でストラスには断られ、パイモンにも調べ物があると断られた。シトリーはいつも通り不在。


 なので俺とヴォラクとセーレの三人で名古屋に行くことになった。パイモンも様子を見てくるだけで、深く調べなくていいって言ってたからそんなに何もしないと思うけど。


 「でもさー、この面子もなんか久しぶりじゃない?」

 「確かに。最初は俺とストラスとお前とセーレだったもんなぁ」


 ヴォラクは少し懐かしそうに呟いた。

 その後にシトリーが入ってきて、パイモンが入ってきて、この間はヴアルが入ってきた。


 「マンションももうギチギチだろ?」

 「五人で暮らしてるからね。もう部屋に余りはないな」


 俺の問いかけにセーレが苦笑いしながら頷く。あの広いマンションも五人で住めば少し狭いだろうな。でもあそこがあるから、こうやってみんなと契約できるんだけど。光太郎には感謝しかない。でもあれでばれないってすごいよな。光太郎のおじさんって水道代とか電気代の支払いに無頓着なんだろうなー。流石金持ちだ。

 話がそれてしまったので、改めてまじまじと病院を見上げた。何階建てだ?つかでけえな。駐車場には沢山の車が停まっており、今も病院に入って行く人が確認できる。


 「うーん……誰かの見舞いとかじゃないと病院は入れないんだよなぁ」

 「俺が仮病使おうか?」


 ヴォラクはそう言って「う、お腹が!」などと演技をし始める。

 心の中で突っ込んでおくけど、探してるのは精神科医なんですけど……


 「ダメだって。お前保険証ないじゃん。俺にいくら払わすつもりだよ」

 「え?保険証?」

 「税金納めてないと、医療費全額払わないといけないの。保険証あったら三割でいいけど」

 「なにそれ?すっげー!ちょー安売りじゃん!」


 安売りって……使い方違うから。


 「でも用もないのに確かに中には入れないな。拓也、君が仮病を使ったらいいじゃないか?」

 「え、俺?」


 なんでそこで俺の名前が出てくるのかな?俺に仮病を使えというのか?そんな演技派じゃないんだけど。おれ知らないけど、こういう病院ってマジで具合悪い人が行くもんじゃねえの?俺の演技とかすぐにばれそう。


 「うん。君なら保険証あるから大丈夫だろ?俺たちも付き添いって形とれるし、それに契約してるだろう相手も分かってるしね」

 「ヤダよ。ばれたら滅茶苦茶恥ずかしいじゃん。俺うつじゃないし、診察受けて全然違うってなったらどうすんだよ。それに悪いことしたくないわー」

 「信号は無視するくせにこういうのはこだわるんだな」


 いや、それとこれとは話し別っしょ。しかも別に毎回してねえし。車が普段から通ってなくてなんでこんな所に信号があるのかな、無意味だな。ってとこしか渡ってねえし!


 「でもそうしないと近づけないんでしょ?グダグダ言ってないでやれよ拓也ー」

 「無理だって。第一保険証持って来てない」

 「えー……今日どうすんのー?」


 うん、本当にどうしようか。だからパイモンかストラス来てくれたらよかったのに……俺達三人じゃいい案は思い浮かばないよ。それでも考えるしかない。

 こういう大病院の内部がどんな所かすら分からないって言うのに。


 「三人揃えば文殊の知恵。って言うだろ!なんか考えりゃ、いい案浮かぶんじゃね?」

 「俺たちは正直病院って言うのが分からないんだよ。何も案なんて浮かばないよ」


 それはまあそうでしょうけど!分かってるけどーうっさいなあもー。だって保険証母さんが持ってんだからしょうがねえじゃん!

 とりあえず付属病院と言われてるだけあって当然病院は大学の敷地内にある訳で、俺たちは名古屋大学のベンチに座って、考えることにした。


 「あー俺もあと二年ちょっとで大学生になんのかー。無事なれるかなぁ」

 「そんなこと考えに名古屋に来たのお?」


 バカ、ちげぇよ。でも大学は土曜なのにポツポツと生徒が歩いている。なんか皆楽しそうだ。しかも大人だしお洒落だし、大学って楽しいんだろうな。はあ……俺もこんな大学生になれんのかなぁ。勉強できないし……俺が名古屋大学に受かったりしたら母さんは泣いて喜ぶだろうな。

 知らず知らずにため息をついてたらしく、ヴォラクとセーレは顔を見合わせた。


 「どしたの拓也。そんなに大学生になりたいの?てかお前本当に何しに来たんだよ」

 「うっさいなー。少しぐらいネガになったっていいだろ」

 「今あの医者に相談すればいいじゃないか」


 いや、進路の事相談しても……頑張れとしか言われないよ。まだ高校一年なら間に合うからって。でもマジでどうすっかなー……本当に患者装っていくしかないよなー。当たり前だけど、名古屋の病院に知り合いなんていないし。シトリーがいればどうとでもなるのに、あいつ普段からいないんだから本当に役に立たない。


 「よし、保険証取ってこよう」

 「え?結局仮病使うの?」

 「うん。やっぱ考えてもコレしか浮かばなかった」

 「文殊の知恵はでなかったな」


 そーですねー。

 俺は一度家に戻り、保険証を取りに向かった。


 ***


 「ただいまー。母さん保険証持ってない?」

 「え?あんた風邪でも引いたの?」


 母さんは俺の額に手を当てて「熱は無いわね」などと言っている。


 「違うって。悪魔の情報見つけたから、そこに行くの。んで、そこ病院だから仮病使って中に入るの」

 「あんた……そんな理由で仮病使うの!?」


 母さんは急に怒り出す。そりゃ母親としては正論なんだろうけど、でもしょうがないじゃん!


 「じゃないと会えないんだからしょうがないじゃん。俺だってしたいわけじゃないし!」


 それもそうだ、と母さんはしぶしぶ俺に保険証と五千円札を渡してきた。もしかしてこれで飯食って来いってこと!?


 「あんた知らなさそうだから教えてあげるわ。大学病院みたいに大きい所はクリニックとかからの紹介状ないとお金とられるから、それ使いなさい」


 え!?そうなの!?そのままかかれないの!?しかも五千円てそんなに金かかんの!これ飯代じゃないんだ。でもくれるって……母さん優しいな。俺は保険証をもらい、外で待っていたセーレたちと合流して再び名古屋に向かう。俺が出て行った後に母さんがついたため息は聞こえなかった。


 ***


 「これで大丈夫だな」


 保険証を持って、俺は病院の前で唾を飲む。緊張してきた。バレてしまったらどうしよう。いまいち病院のシステムが分からないから、何をしていいかすらわからない。


 「さっさと入ろうよ」


 ヴォラク!俺がこんなに緊張してんのに、何普通に自動ドア開けてんだ!お前は隣に立ってるだけだからいいけど、役を演じるのは俺なんだぞ!ヴォラクが中に入ってしまって、俺は仕方なく後をついて行った。

 病院内はかなり混雑していおり、受付だけでも十分程度待たされる。やっぱ大学病院ともなるとこんなもんなのかなぁ?俺は受付の人に保険証を出して目的を言う。かかるの精神科だから、少し具合悪そうにしとかないと。

 心持ち視線を下げて猫背にして、ごにょごにょ話すように心がける。


 「……精神科の溝部先生の診察を受けたいんです」


 事務さんが保険証を確認して、パソコンに何かを打ち込んでいく。


 「池上拓也さんですね。こちらにかかるのは初めてのようですが、今回はご予約はされていましたか?」

 「いえ、予約はしてないんですけど」


 そう答えると、受付の人は「ちょっと待ってくださいね」と言ってパソコンで何かを調べ出す。


 「えーっとですね、今回ご予約されていないようですが、溝部先生の診察は今予約で一杯なので三ヶ月先の予約になりますが宜しいですか?」


 三ヶ月!!?三週間の間違いじゃなくて!?

 その言葉を聞いて固まったのは俺だけじゃない。セーレとヴォラクも固まっている。


 「あの、絶対に三ヶ月はかかりますか?」

 「そうですね。もう予約でいっぱいなんで、これ以上前を取るのは無理ですねー」

 「こいつ鬱なんです!多分明日くらいに自殺するかも!」


 馬鹿ヴォラク!恥ずかしいこと言うな!!受付のお姉さんも声が聞こえた隣の患者も俺を見てるじゃないか!その発言で鬱になるわ!!

 案の定、お姉さんはすっごく気まずそうにしながらも横入りはできないと丁寧に説明してくれる。大丈夫です、分かります……なんだか恥ずかしい。もう帰りたい。


 「……じゃあいいです」

 「え?宜しいんですか?」


 そう言って、逃げるように病院を出る。もうしばらく俺は名古屋に来れない。保険証見られて素性明かされて、絶対お姉さん今日仕事終わったら同僚と話すよ!頭おかしい男子高校生と子供が来たって!恥ずかしすぎる!!

 大学内のベンチに戻って再び頭を抱える。ついでにヴォラクに軽いげんこつもお見舞いしてやった。


 「何すんだよー!」

 「お前が悪い!恥かいたわ!!でもマジどうしよー!三ヶ月とか待てるわけ無いじゃん!!」

 「確かに三ヶ月は少し長すぎるな。今回は後回しにして他から行くべきか?」


 それがいいかもしんないね。三ヶ月とかマジどんだけ待てばいいの?もう新学期始まって高校二年になってしまうわ。やっぱテレビに出る医者となるとこのくらいは覚悟しとかなきゃなんないのかぁ?あーマジ嫌過ぎる。セーレも困っている。

 でも危険な悪魔じゃなさそうだし、急いで返す必要もないのなら他の悪魔を探していってもいいのかもしれない。


 「会えないんじゃ確認のしようがないな。どうするべきか……」

 「とりあえず、一度戻る?ストラスとかなら何か考えてくれそうじゃない?ほら、俺ら頭脳派じゃないからさあ」


 ヴォラクは開き直ったように笑う。俺もそんな風に開き直りたいよ。俺とヴォラクはともかく、セーレは多分賢いと思うんだけどな。性格いいし優しいからストラスやパイモンみたいに出し抜く方法が思いつかないんだろうな、うん。きっとそうだ。

 ここに居ても何もならなそうなので、俺たちはマンションに戻ってみることにした。


 ***


 『なるほど……だから戻ってきたのですね』

 「マジどうしよう。これじゃリアルに会えないんだけど」

 「またシトリーに頼っちゃう?」


 簡単にヴォラクは言うけど、それって下手したら長期戦だ。病院の人間関係的な奴も分からないしなー警備員とかいるんだろうか。


 「えーまた張り込みすんのかよ。名古屋まで行って?」

 「福岡でもやったじゃんか」


 そりゃそうだけどさー。


 「主、メールを送ってみましょうか」


 黙って会話を聞いていたパイモンが顔を上げる。パソコンの画面は名古屋大学病院のホームページが開かれており、勤務している医師の写真と経歴が載っている。こんなサイトがあったんだ。知らなかった。


 「メール?」

 「はい。この大学病院のHPには各専門医にメールが送れるそうです。恐らく一人一台ずつ病院からパソコンが支給されているのでしょう。そこに送ってみてはいかがです?」


 それは確かにいい考えな気もするけど。メールの内容って病院側で検閲みたいなのされないんだろうか。URLとか貼り付けてたら引っ掛かりそうだけど、文章だけならいいのかな。


 「悪魔と契約してるんですか?とか普通送れる?悪戯メールって思われちゃうよ」

 「そこは上手いことします。任せてください」


 まあパイモンに任せておけば安心か。こいつがいれば多分なんでも上手くいくと思う、それくらい心強い。頷いた俺をパイモンがメールを送るのかキーボードを打ち出したので隣に移動して画面をのぞきこむ。メールのウィンドウが開かれており、メールを開いてもらえるようにタイトルは診察有難うございます。とこれまた嘘千万なことが書かれている。


 「できるだけ細かく状況を書いていこう。嘘だって思われないように」

 「わかりました」


 パイモンは的確に文章を打っていく。ねえタイピング早くない?現代っ子の俺よりも早いよね?この人、どんどん人間の世界に慣れていきすぎでしょ。もはや尊敬するわ。

 すぐにメールは作り終わり、二人で確認して送信ボタンをクリックする。メール送信完了画面が開いてパイモンがウィンドウを閉じた。


 「とりあえず送ってはみましたが、返信が来るかはわかりませんね。その時はシトリーを使います」

 「うん。なんか来ない気もするけどな」


 いきなり悪魔ですか?なんてメールきたら俺も多分迷惑ボックスに即投入するしな。あんま期待できない気がするけど、他に方法なんてないし、とりあえず今日は様子見かな?


 ***


 溝部side ―


 「先生、お疲れさまです」

 「お疲れ様」


 診察時間に少しだけ余裕ができて、私は遅い昼食をとろうと部屋に向かう。ついでにメールボックスも確かめなくてはな。部屋について私は椅子に座って、パソコンの電源を入れ、妻が作ってくれた弁当を鞄から取り出す。


 「いただきます」


 誰も居ない空間にそっと呟いて、弁当の包みを開けて中身を口に運ぶ。パソコンも立ち上がり、私は病院が開設しているサイトを開く。そこからメールボックスに飛び、新着メールの確認をする。患者からの現在の容態や感謝のメールなどが受信されているのを確認して目を通すのが、私の昼休みの楽しみでもあった。今着ているメールを一通り見ていくと見慣れない名前に当たる。


 「誰だこれは?」


 件名は「診察有難うございます」とだけ書かれたメールが来ている。基本どの患者も件名に自分の名前を書いているが、これには何も書かれていない。この患者は誰だろうか。しかし診察有難うございますと書かれているし、私が診察した患者で間違いはないんだろう。そう思いながらメールを開けてみる。


 「なんだ、これは……」


 『始めまして。少し伺いたいことがあって連絡を入れさせてもらいました。最近のご活躍が著しく飛躍していることに、失礼ながら少々疑問に感じるところがあります。もしかしたら、契約をしているのではありませんか?契約と言う言葉を見て、何も感じないというのならば、こちらの人違いです。申し訳ありません。しかしこの言葉を見て、思うところがあったならば返信を頂きたいです。私たちも同じような状況を抱えており、同じ状況の方と情報交換できたらと思っております。不安で仕方がないのです。よろしくお願いします』


 思わずガタッと音を立てて立ち上がってしまった。なぜ、このことを……!

 誰かが感づいている。私が悪魔と契約していることを……

 文面から察すると、相手も契約者。悪魔は七十二柱だ、私のほかに世界に最低七十一人の人間が悪魔と契約しているのは確かだが、まさかその一人が私に連絡を送ってくるとは……!私はブエルだからよかったが、人間が扱えない悪魔がいるのは確かだろう、この人間は純粋に不安で同じような契約者を探している? ― だとしたら協力してやりたいし、私にできることはしてやりたいが、万が一これが何か悪いことを意味していたら……


 「もしこれが広まれば……」


 テレビに出てしまったことで、私の知名度は上がってしまった。マスコミの耳にも入る可能性がある。最初はマスコミも悪魔などデタラメだと言って取り合うことなんて無いだろう。しかし一部の物好きは私のことを調べてくるだろうし、その先にいるブエルの存在がばれてしまうのは確実だ。

 そうなれば私は確実に魂を奪われる。


 ブエルとの契約内容は「患者を助ける力を貰う代わりに、安穏な生活を与える」ということ。


 だから私はブエルを家族のように振舞った。娘にも妻にも口止めをして、ブエルに安息を与えてやった。

 今のところ何も言ってこないということはブエルも今の生活に満足しているんだろう。でもマスコミなんかが出てきたらどうなる?それこそブエルだけじゃない。私たち家族の安息も奪われてしまう。


 「どうすれば……どうすればいいんだ?」


 こいつは気づいている。私が返信を送れば、契約していることを認めたという形になってしまう。

 しかし送らなかったら、このまま放っといてくれるかはわからない。何も言わないかもしれないが、もしマスコミや新聞社に言われたら……


 「お終いだ……何もかも」


 どうすればいい?何とかしなければ、何とか!

 手が震えているのが分かる。こんなこと妻に相談できない、家にはブエルが居るから……あいつに悟られてはお終いだ。気づけば十五分間の昼食の時間がもうすぐ終わる。弁当は半分以上残っている。

 しかし、そんなことを気にしている場合ではなかった。


 私はなんて奴と契約してしまったんだ!


 まずい状況になると初めて人間は後悔するもので、今までこの事に何の不満も持っていなかった。

 ただこいつと契約して患者が救えれば、そう思っていたんだ。


 私の力不足で亡くなったあの子のような子をもう二度と出さないために……


 ― オ前ノ悲シミハ我ガ胸ニモ深ク刻ミ込マレタ。我ニ暫クノ安穏ヲ与エタレバ、オ前ノ願イ、叶エテヤラン事モ無イ ―


 その言葉通りになった。私が思ったとおりに事は進んでいった。患者はみるみる元気になっていった。嬉しかった ― 有難うございます。そう嬉しそうに礼を述べ、病室を出て行く患者の姿が。


 その姿を見たかっただけなんだ。私は何も悪いことなどしていないじゃないか!


 診察時間が近づいている。我に帰って、急いで弁当を片付けて部屋を出た。

 しかし頭の中はあのメールのことで一杯だった。


 駄目だ。集中しろ!


 そう自分に言い聞かせて、私は診察室に向かった。


 ***


 拓也side ―


 「パイモン。返信は来た?」


 次の日、俺はストラスと光太郎の三人でマンションに向かった。マンションでは相変わらずパイモンはパソコンで調べもの。シトリーは雑誌を読んでるし、ヴアルはどこで手に入れたのか知らないが少女マンガを読んでいる。セーレとヴォラクは由愛ちゃんの所に行っているらしい。俺はパイモンに問いかけたが、パイモンは首を振った。


 「いえ、来ていません。予想していた結果ですけどね」

 『そう簡単にはいきませんよね』

 「やっぱその人、悪魔と契約してないのかな?」

 「その可能性も無きにしも非ずですが……隠している可能性もありますね。どちらにせよ様子を見るしかありませんね。また同じ内容の文を送るわけにもいきませんし」


 パイモンは立ち上がってキッチンへ向かう。


 「そういえば、セーレがジュースを買ってきたんですよ。いかがです?」

 「あ、もらうわ」

 「わかりました」


 パイモンが消えたリビングで俺と光太郎はソファに座る。シトリーはパイモンの背中を見た後に、悪魔について話を聞いてきた。


 「あのおっさんから何の連絡も来ないんだな」

 『知っていたのですか』


 まあな。とシトリーが呟く。一応情報共有はしてるんだな。でもこいつの口から手伝うなんて言葉が出てくることはないが。


 「昨日セーレから聞いた。すっげー医者が悪魔と契約してるんだって?」

 「そうかもってだけ」

 「パイモンが間違えることって滅多に無いぞ。恐らく契約してる」


 シトリーは随分とパイモンを信用してるんだな。それは俺もだけど。黙り込んでしまった俺にシトリーは雑誌をテーブルに置く。


 「そう気にせんでもストラス達が何とかしてくれんだろ?」

 『貴方は他人任せですか』

 「まぁな。俺役に立たないし?なーヴアルちゃん♪」

 「なんで私に聞くのよー」


 シトリーはへラッと笑う。本当にやる気のない奴だ。光太郎がヴアルに普通に接することができるようになったら、シトリーのヴアルに対する態度も変わった。こういった軽口を言うなんてヴアルが現れたときからは想像できなかったけどな。

 今では男ばかりのマンションの中にいる唯一の女なので、シトリーからはかなりいい扱いを受けているらしい。こいつは女ならだれでもいいのか。


 「でも、危険な悪魔じゃないんだろ?」


 光太郎の問いかけにシトリーは曖昧に頷く。


 「あー一応、事件が起きてるって訳でもないしな。危険ではないんじゃね?」

 「何だよそれ」

 「ウダウダ言ったってわかんねぇよ。とにかくどんな悪魔かわかんねえんだからわかんねえんだ」


 悪魔の能力とか、そういったものから推測できないんだろうか。そんなに似たような能力持ちがいるのか?考えている俺たちに、それより……とシトリーは話を切り上げて光太郎を睨み付けた。その視線が先ほどまでのやる気のないへらへらした態度とは真逆で、いきなり責め立てるような視線を向けられた光太郎は思わず背筋を伸ばした。


 「お前、最近家に帰っても稽古してんだろ」

 「え?何のこと?」

 「とぼけんじゃねえ。一日二日で人間急に成長するか。回避しながら攻撃なんて高度な技を急に使ってきやがって。無理するなっつってんだろ」


 シトリーに指摘されて光太郎は焦る。図星だったようだ。


 「だって稽古しなきゃ強くなんないじゃん!俺早く実践レベルまで行きたいんだよ」

 「やっぱしてたのか……」


 どうやらシトリーはカマをかけたようで、見事に引っかかった光太郎は気まずそうに頭を掻く。


 「お前なぁ、無理したって何にもなんねーぞ。怪我でもしたらどうすんだ。普通、実践まで行くのって結構な時間がかかんだぞ。寧ろここまで強くなったってこと自慢に思っていいくらいなんじゃないのか?」

 「でも悪魔はもっと強いんだし……」


 光太郎の言い分は分かる。俺も家で稽古して自分が若干でも強くなればなるほど悪魔との戦力の違いを思い知って焦ってしまうから。光太郎もきっとそうなんだろうな。


 「当たり前だ。お前らみたいに数ヶ月しか剣振ってない奴らと一緒な訳ねーだろ。俺たちは数千年以上も戦って生きてきたんだぞ。昨日今日練習しましたーみたいな奴にやられるわけねーだろ。お前らは護身用に学ぶ程度でいいんだよ」

 「だってそれじゃ役立たずだろ!?」

 「だってとかでもばっか言うんじゃねえ。役立たずなもんか。付いて来て捕まったり怪我した方が役立たずだ。自分の身が守れれば、付いて来たって何の迷惑にもなんねーんだからよ。パイモンだって言ってたろ。お前らを当てになんてしねえよ。こっちに迷惑かけてこなきゃなんだっていい」


 あっさりと頼りにしていないと言う言葉を放たれて光太郎も俺も黙ってしまった。勿論皆より強くなれると思っているわけではない、でもここまではっきりと頼りにしていないと言われると傷つかないかと言われたら嘘になる。分かっているし、向こうも俺たちを心配しているのも分かってるんだけど、もう少し言い方があるだろ。

 光太郎は黙ってシトリーを睨み付けるが、相手にその視線は響いていない。


 「睨んだ所でお前なんか怖くねぇよー」

 「うっせえ豹男!豹柄だせぇ!!」

 「んだとゴルァ!豹バカにすっと噛み殺すぞ!」


 フンッと鼻を鳴らし、そっぽを向く光太郎にシトリーはお手上げのポーズをとった。なんだかんだ言ってシトリーは光太郎の面倒をちゃんと見ている。こうやって細かいところまで目ざとく見つけて注意してやるくらいには。二人とも案外馬が合ったのかな?いいコンビだと思うな。

 ジュースが入ったコップをパイモンが持って戻ってくる。


 「主、光太郎どうぞ。ストラス、お前はお茶でいいんだよな」

 『ええ。構いません』


 パイモンが注いでくれたジュースを俺たちは飲んだ。あんなこと言われたあとだけど、それで不貞腐れたら駄目だってことも分かっている。


 「よし、やることないなら今日も稽古しよっかな。パイモンいっちょ頼むわ」


 俺の言葉にパイモンは悪魔の姿になって空間を出す。立ち上がった俺とは違い、光太郎は腕を組んでソファから動く気配がない。かなり拗ねているようだ。


 「お前らはどうすんだ?やんのか?」


 光太郎はいまだに頬を膨らましており、シトリーは困ったように笑う。流石に言い過ぎたと思ったのか構い倒そうとする動きに光太郎が舌打ちをして足を踏みつけている。


 「いってえ!この野郎……!あーもう、やるんだろ?俺を倒したいんだろ?ま、無駄な努力だけど」

 「なんだと!?俺はな、そこそこ剣道が強いんだ!本気でやればお前なんかぶちのめせるんだよ!」


 光太郎は勢い良く立ち上がって、竹刀を取りに走って行った。シトリーは大丈夫だとジェスチャーをして光太郎の後をついていく。


 『……煽るのは止めたらどうだ?』

 「すいませんねっと」


 そんなシトリーを尻目に空間に飛び込んだ。俺たちはそのまま夕方まで剣の稽古をした。


 そして月曜日、あのメールの返信が帰ってきたことをパイモンから聞くことになる。


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