第56話 天才精神科医
新しく協力してくれることになったヴアルを仲間にして暫くたった。平穏な時間が続き、光太郎も少しずつヴアルに慣れていき、そろそろ悪魔をパイモンが見つける頃かなと予想する。
今回はどんなのが来るんだろうか。
56 天才精神科医
一月も中旬になった今日、俺はストラスと家でテレビを見ていた。テレビでは「ゴッドハンド〜神の手を持つ医師たち〜」というドキュメンタリーがあっていた。今テレビに映っているのは脳外科医ですっげー細かい手術が映し出されている。
俺とか不器用だから、いくら勉強して医学部に入れたとしても外科医にはなれないだろうな。
「すげーなあ。なんかもう別次元だな」
『そうですね。魔術でもなく、このように切ったりして怪我を治すというのもすごいですね』
地獄にそりゃメスなんてないだろう。ストラスもマジマジとテレビを見つめている。
手術が終わった後は患者である女の子のその後が映されており、女の子は嬉しそうに今の様子を語っている。脳外科医が終わり、次は精神科医が映された。なんでもこの医者にかかれば、うつ病もどんな精神病でも段々治ってくるそうだ。よっぽど話術が巧みなんだな。そう思いながら机の上のミカンの皮を剥く。
『拓也、私にも一つ』
「はいよ」
ストラスはミカンを幸せそうに頬張りながら思い出したように顔を上げた。
『そういえば拓也。パイモンが悪魔の情報を見つけたと今日マンションで言っていました。明日マンションで確認してみましょう』
お、俺の予想当たったな。近々来ると思ってたんだよね。今度は危険な奴じゃないといいけど。
「まじで?あー今何匹地獄に戻したっけ?」
『私たちを含めなければまだ七匹です。まだ全然ですよ』
「でもお前らを含めたら十三匹だよな?結構頑張ったじゃん俺」
『何を仰いますか。まだ悪魔は五十九匹もいるのですよ。ボティスも逃がしてしまったし…』
ですよねー。十三匹って頑張ったと思うけど、残り五十九匹と言われたらまだまだ始まったばかりだとも思う。七十二柱って多すぎだよ。絶対いらない奴いんだろ。十柱くらいに数絞れよ。あーなんだかんだでこいつ等に会って半年もたっちゃうんだなー。
半年でまだこいつら入れて十三匹。今年中に終わらせられるかなー……半年で十三匹なら単純計算で一年で二十六匹……無理だな。
強欲にもう一つミカンを欲しがったストラスに渡し、自分も口にミカンを放り入れる。テレビには統合失調症で家に閉じこもってた女性がこの医師のおかげで、無事社会復帰ができたと嬉しそうに語っている。
世の中はすごい人がいっぱいいるんだなぁ。俺はミカンを食べながらマジマジとテレビを見ていた。
***
次の日、学校に行った俺はそのテレビの話を光太郎たちとしていた。光太郎と中谷は興味がなかったようで、その番組を見ていたのは俺だけだったようだ。
「ふーん……俺はそのテレビ見てなかったけどすげーな」
「あはは。俺なんてその時間特番のお笑い対決見てたよ」
中谷お笑い好きだもんな。ドキュメンタリーとか全然興味なさそう。そういえば光太郎の兄ちゃんって医学部だったよな。しかも東大の。こいつの家は本当に頭のいいエリート家系なんだろう。確か親父さんも東大で爺さん?も東大だった気がする。やばいくらいの高学歴一家だ。
そんな中で育った光太郎が反抗期真っただ中で有名私立校の高校受験を蹴って、うちにきたことは本当に不思議だ。
「光太郎の兄ちゃん医学部だろ?将来あんな風にテレビに映ったりしてー」
「無理っしょ。兄貴馬鹿だから、美容整形でもやってろって感じ」
馬鹿って……東大医学部生を馬鹿って……光太郎は昨日兄ちゃんと喧嘩をしたらしく、文句ばかり言っている。と言っても、新作のゲームを光太郎がしようとしたら友達の家に泊まりに行った兄ちゃんが勝手に持って行って光太郎が激怒していると言うレベルなんだけど。
光太郎から見せてもらったメッセージにはお詫びにお菓子買って帰るからと媚を売っている兄に対し「死ね!」と容赦のない一言で返信をぶち切った弟の姿があった。
「そういや、パイモンが悪魔の情報を見つけたらしい。俺帰りマンション寄るんだけどお前らは?」
「俺今日は行く。部活ないんだ」
「俺も行こうかな」
中谷と光太郎は行けるみたいだ。
澪はどうしようか。誘おうか……よし誘ってみるか!ヴアルの奴も澪が来たら喜ぶだろうし、俺も嬉しい。放課後に澪も一緒にマンションに行こうと誘い、四人でマンションに向かう事にした。
***
「澪ー!」
「ヴアルちゃん痛いよー。手加減して」
マンションに着いてリビングに入った瞬間、ヴアルが澪に飛びついた。
澪はヴアルの頭をよしよしと撫でており、その光景はなんか姉妹みたいだ。澪にヴアルを任せパソコンをしているパイモンの目の前に座った。
『拓也、いらっしゃい』
「ようストラス」
マンションに来ていたストラスが俺の肩に飛びうつる。中谷と光太郎はゲームをしていたヴォラクにコントローラーを渡されて、一緒に楽しんでおり、セーレがその光景を笑いながら眺めていた。途中からだと参戦するにもキリのいい所までと返されて、仕方なくパイモンに声をかける。
「悪魔見つかったんだって?」
「主、そうですね。これです」
印刷用紙を手渡されて、俺とストラスは紙を覗き込む。写っていた人物の姿に目が丸くなった。
「どあ!これ!」
『この男はっ!』
「二人共知り合いか?」
意外だなと言うパイモンに知り合いではないけどと返事をする。そこには昨日テレビで見た精神科医の医師が写っていた。まさかのタイムリーな人物に俺とストラスは顔を見合わせる。
俺とストラスが大声を出したことで、ゲームを中断した光太郎達もこちらに来て紙を覗き込んできた。
「この人、昨日のテレビで見たよ俺ら!」
「え!?あのゴッドハンドなんちゃらってやつか!?」
「なにー?ゴッドハンドってちょー強そうじゃない?」
「馬鹿、ゴッドハンドっつーのはすっげー医者の代名詞だ」
「はあ?なにそれ……」
中谷のあまりにも適当な説明にヴォラクは訳が分からないという顔をしたが、それ以上効いてくる気配はない。澪とヴアルも覗き込んで、首をかしげている。
「パイモンさん。この人何か事件でも起こしてるんですか?」
「いや、殺人とかそういうことは調べた限りはないな。この男は精神科医なんだが、この男に診察してもらった患者が九十%以上の確率で病気が改善されているらしい」
「それってその医者が超すごいってだけじゃないの〜?」
「主、ページの二枚目をめくってください」
俺は言われたとおりにホッチキスで留めてある資料の二枚目をめくった。
二枚目はいろんなグラフが載っており、右肩上がりのグラフが目に入る。
「これ何?」
「それは去年とここ半年の患者の病気の改善率のデータですね。八月以前は平均が57%になっています。それが八月以降は一気に90%代の改善率になっています」
「こんなのどうやって調べてんの?」
「医療者向けの論文を公開しているサイトがあります。そちらの精神病学会の論文に載っていました。グラフに関しては見ずらかったので、PDFファイルを落として少し編集しましたが」
ねえパイモンってすごくない?絶対俺よりエクセル使いこなしてない?絶対パイモンってサラリーマンになったら優秀で出世間違いないくらい仕事できるだろうな。
「恐らく危険な悪魔ではないと思いますが、一応調べてみるに越したことはありません。その医者が死んだ後に魂をとるなどの契約をしているかもしれません」
また一ページ目に戻ってその精神科医のプロフィールを見る。
昨日のテレビでは確か名古屋大学病院に勤めてるとか言ってたな……めちゃくちゃ頭いいじゃん。でも日本なら少し安心だ。言葉通じないのってやっぱ不便だし。それにパイモンも危なくないって言ってるし、とりあえずは大丈夫かな?
「よし、じゃあ明日病院調べてみるとして……今日は稽古すっかな」
「主、最近妙に張り切っていますね。大丈夫ですか?」
「おう!」
調べ物のめどが立ったんだろう、パソコンを閉じてパイモンが立ち上がり、空間を広げる。
俺はその中に勢いよく飛びこんだ。
「あーあ……シトリーいないし俺今日何にもできねーや」
「ヴォラク!俺らも稽古すっか!」
「えー面倒くさいなあ」
ゲームを再開しようとしていたヴォラクは中谷に引きずられて、遅れて空間の中に入ってくる。
それを視界にとらえて俺は剣を手に持つ。
『主、やることは前回と一緒です。まずは素振り、次に踏み込みです』
「おう」
言われたとおりにブンブンと素振りをする。中谷はヴォラクが召還したディモスに乗ってはしゃいでいる。俺はまだまだ頑張らないとな。そんな俺をパイモンが訝しげに見ていたことを俺は気づかなかった。
十九時前。稽古を切り上げて俺たちは帰路につこうとしていた。
「澪。少し……」
「え?」
パイモンが澪を呼びとめた。
「澪?どうしたんだ?」
「主、いえ、少し話が……すぐに終わります。外で待っててもらえますか?」
何の話があるんだよ。
俺達は部屋の外に閉め出されて、澪が戻ってくるのを待っていた。
***
澪side ―
「パイモンさん?」
ヴアルちゃんがあたしに抱きついたままの状態でパイモンさんに近づく。パイモンさんは少し考えこんでおり、顔を上げた。
「主の様子が少し心配だ。できるだけ注意を払ってくれないか?少し気負い過ぎてる気がする……だが俺が言ったところではぐらかすだけだろう」
「そーそー」
拓也が気負いすぎている?それってどういうことだろう。まさか無理して笑ってるの?本当はあたしが知らないだけで、辛いことがあったんだろうか。ヴォラク君も困ったように頷く。
「ついこないだまでは剣の稽古したくない〜戦いたくない〜とか言ってたくせにさ。今じゃ率先して稽古してんだもんね」
その原因に当てはまるものは分かっている。あたしのせいだ……あの時、何もできないくせについていったから……
「多分それはあたしと直哉君が……」
「まあ、お前たちを守るためだろう。それはわかってる。だがこのままではいつか爆発してしまう。詰め込みすぎだ。断ってもしつこく食い下がってくる。正直厄介だ」
「拓也も光太郎たちに言われると逆に闘志燃やしそうだしね。お前らは俺より遥かに先行ってんじゃねーかー!ってね」
セーレさんが困ったように笑ってドアを見る。外では拓也が待ってくれている。
「でもあたしが言ったとこで……」
「拓也は澪じゃなきゃ言うこと聞かないんだから。だって拓也は澪のことだぁい好きだもん!」
「え!?」
ヴアルちゃんの爆弾発言に顔が赤くなる。
「……ヴアル、少し向こうに行こうか」
セーレさんがヴアルちゃんをあたしから離して、隣の部屋に連れていく。
そんなヴアルちゃんを見てパイモンさんはため息をついた。
「本当に馬鹿な女だな。とりあえず澪、頼むぞ」
「あ、はい」
あたしは頷いてストラスを抱いて部屋を出る。
部屋の外では待ってた拓也が心配そうな顔で近付いてきた。
「あいつに何か言われたんか?」
「ん?何も。ヴアルちゃんをよろしくーって」
適当にごまかしてマンションを出る。さっさと歩くあたしを拓也と広瀬君達が後から慌てたように付いてくる。
『貴方には苦労をかけます』
「お互い様」
あたし達はお互いに顔を見合せて笑った。
***
?side ―
「先生、今日もお疲れ様です」
看護師が私に挨拶して診察室を出ていき、私もカルテをまとめ病院から出た。今日も患者を救った。その充実感が大きくなっていくのがわかる。そのまま私は帰路につく。
「パパお帰りなさい」
「夕飯できてるわよ」
家に帰ると私に飛びついてくる娘、そして笑顔で接してくれる妻。なんと幸せな光景だろう。
そしてそこには一匹の悪魔の姿。
『主、今日モ無事デ』
「あぁ、おかげさまでな」
私がそう言ってほほ笑むと、娘が悪魔にまたがる。
「ね、ブエル。ゲームしよう」
『イイダロウ』
ブエルはそのままリビングに消えていく。見た目はあまりにも歪で不気味な存在だが、中身は聖人君主のような奴だ。怖がっていた娘も妻も今では家族のように接しており、娘はペットを飼っている感覚なのだろう。ブエルに乗って室内を移動するのが楽しいようだ。
「悪魔の力は本当に素晴らしいよ。今日も患者の元気な姿を見れた」
私の言葉に妻も戸惑いながら、優しく笑う。
「えぇ。悪魔が本当にこの世に存在するなんて夢にも思わなかったけど……でも彼のおかげで、貴方も満足してるのなら彼が来てくれてよかったと思うわ」
本当にそうだ。患者の涙を流す姿に胸が痛かった。
自殺したと聞いた時はどれだけ胸が締め付けられたか。
― 我ガ加護ヲ与エテヤロウカ? ―
あの言葉は本当だった。
私は娘と遊んでいるこの悪魔に感謝せずにはいられなかった。