第55話 愛に飢えた悪魔
俺達は二階に上がってドアを閉める。ずるずると座り込んでしまった床からは爆発音が聞こえてくる。二人の戦いが始まったんだ。未だに状況を理解できていない様子の店主はガタガタと震えている。あの子がヴアルで確定なら、この人が契約石を持っているはずだ。まずはそれを探さないと……
しかし足が動かない俺達の側でストラスは机の上に光る何かを見つけて呟いた。
『これはアメジストのブローチ』
55 愛に飢えた悪魔
『やはりこの男がヴアルと契約していたのですね』
ストラスが俺の手にアメジストのブローチを置いてくる。アメジストって俺でも聞いたことあるぞ。有名な宝石で恋愛にきくんだよな確か。ヴアルにぴったりの契約石だ。
『ヴアルの契約石です。しかしこの様子だと本当に何も知らないみたいですね』
ガタガタ震えている店主は今俺たちが話を聞いても答えてくれなさそうだ。
光太郎も竹刀を握りしめてこの状況を見つめている。とりあえず今できることはシトリーに連絡して戻ってきてもらうことだ。しかし携帯を取り出すと画面にはネットが繋がっていないというアイコンが表示されている。はあ!?なんでだよ!急に壊れたのかよこれ!
「なんでだよ!?肝心な時に!」
『ヴアルの結界の中では電波が通じないようですね』
え、マジかよ。そんなことあるの?これはヤバい、かなりヤバい!あっちが気付いてくれない限りはヴアルを倒す以外に出る方法がないってことだ。ヴォラクが負けるとは思っていないけど、絶対に勝てるというわけでもないと思う。あんな爆発を連発できるんだとしたら、ヴアルは相当強いぞ。下からは爆発音が聞こえ、どうなったか分からないけどヴォラクが心配になってくる。
そんな俺達とは別に店主は頭を抱えて項垂れたままだ。
「Моя память дома… семьи…(俺の家が……家族との思い出が……)」
『Вы почему, оно должна сделать подряд с ей?(貴方はなぜ彼女と契約したのですか?)』
なんて言ってるかわかんないけど、店主はストラスの顔を凝視している。
「( 爆発、天使、しゃべるフクロウ……何が一体どうなってるんだ……)」
『(貴方が悪魔と契約したから起きた事件。なぜ彼女と契約したのです?)』
店主は引きつった笑みを浮かべて頭を抱える。
「(そんなことは知らない!俺は家族を事故で失って、みなしごのあの子を引き取ってただけだ!なのに、なんでこんな訳の分からない事になったんだよ……夢じゃないのかよ!こんなこと、起こるはずがないのに!!)」
『(ではアメジストのブローチをなぜあなたが持っているのです?この石は契約石と言って私達悪魔と契約をした証明になります。貴方が持っている時点は貴方は彼女の契約者だ)』
「(それはリューバが母の形見に持ってたものだ!新しく家族になる俺にくれたんだ!)」
『やはり何も知らないのですね』
ストラスはため息をついて、俺たちに振り返った。
『この男性は家族を事故で亡くしています。そして、その後にヴアルを新たな家族としてこの家で引き取って暮らしていたようです』
つまり、ヴアルはこの人をだましていた?この人はヴアルの里親……?
じゃあこの人は……本当に、何も知らない?
『契約石はヴアルが亡くなった母の形見という嘘を偽って持っていたようですね。そして新たな家族になるという事を理由に契約石をこの男性に送っています。この男性は彼女が悪魔であったことも、契約石のことも本当に何も知らないようです』
そんな……だとしたらあんまりだ。今の現実を信じたくないのも無理はない。
家族だと思って接していた子が悪魔だったんだから。
「(その石のせいで俺はまた全てを失うのか?)」
店主は急にポツリと呟いたかと思うと、アメジストのブローチを俺から奪い、走って下に降りてしまった。まだ戦いは終わっていないはずだ、なのになんでそんな勝手なことをするんだ!
「お、おいおい血迷うな!戻ってこい!!」
「まだ下はヴォラク達が戦ってんだろ!?」
『私達も追いかけましょう!』
俺達は急いで店主の後を追いかけた。
***
ヴォラクside ―
『こんな狭い場所じゃお前の力、半分も出せないんじゃないのか!?』
俺はヴアルめがけて思いっきり剣を振る。ヴアルはそれを避けながらも魔法を打ちこんでくる。戦ったことなかったけど、案外こいつ戦闘できる奴だったんだな。遠隔で爆発起こせるのは面倒な能力だ。本気でやられていたら危ない所だけど、あいつは手加減している。恐らくこの家を滅茶苦茶にするのは気が引けるようだ。そのくせ結界張って、喧嘩まで売ってきておいて何を今さらって感じだけど。一番むかつくのは、パイモンと戦うのは避けて小細工しておきながら俺には勝てると思ってるのか勝負を仕掛けてきたことだ。
こんな奴に舐められるなんて心外だ。絶対に許さねえ!
でも戦いにくいのは俺も同じ。ヴアルの魔法を避けるスペースも十分ないこの場所じゃ、思い通りに動けない。あーもう、戦いにくいし本当に嫌になる。
ヴアルは爆発を起こしながらも忌々しげに舌打ちをする。わーお、本性出てんね。
『どうして邪魔するの?私は唯グレゴーリーと居たいだけなのに!』
『別にお前がどうこう言う気はないけどさ、俺の契約者がお前を倒せって言ってんの。しょうがないだろ?』
まあ、中谷から直接命令されたわけじゃないから確かに俺は無関係なんだけどね。まあ拓也が代理人みたいなもんだし、いいか。
『言い訳するな!』
ひと際でかい爆発を起こされ、避けきれず足にダメージを負う。あーくそ、いてえな。でも羽で飛べる俺は足が多少傷つこうが問題ないね。何とかヴアルに接近して剣を振るえば、向こうも避けきれず肩口をかすっただけだが傷を負わせることができた。
距離を取ったヴアルはなぜ自分が悪いのか本当に理解していないようで、文句を垂れ流している。気持ちは分かるんだけどねー俺も最初はそうだったし。
でも、大切なものって奴ができるとさ、考え方は変わってくるんだ。俺はもう中谷や拓也と光太郎が悲しむ姿を見たくない。だから、別に知らない人間が死のうが知ったこっちゃないけどさ、俺の契約者様たちを悲しませるこいつが大嫌いだ。
『意味が分からない……私が何したって言うのよ。ペナルティを与えただけじゃない……!』
『お前の自己満足で殺されて可哀想にね。自分の失恋の腹いせを他人にするなんて、とんだキューピッド様だな』
俺の言葉にヴアルは動揺する。このクソ恋愛脳め。自分の失敗の腹いせするのは止めろ。
『偉そうなこと言うな!あんたには分からないでしょう。願っても届かない想いがあったのよ……何百年も想い続けても伝わらなかった!それなのにたった数か月で想いを伝えあえたくせにそれをすぐに無くしていくあいつ等が許せない!何が悪いのよ!?』
その言葉を聞いて、あいつを思い出した。こいつもシトリーと同じだな。俺は恋とか愛とか分かんねーけど、そんな苦しいなら一生しなくていいやって思う。でもあいつ……シトリーは相手にこんなことはしないと思う。グレモリー様のことを今でも想い続けているってパイモンが言ってた。そのために、危険なことも平気でしてるんだろう。それに比べてこいつのはなんだ?ただの餓鬼の嫉妬じゃねえか!よくわかんねえけど、こいつが間違ってることは分かる。ここで止めないと、拗らせすぎて色々面倒くせえ。
その時、階段を走り降りる音が聞こえ、店主が姿を現した。
『guregori!(グレゴーリー!)』
ヴアルが店主の名前を呼ぶ。
こいつは何しに来たんだよ!?
『Вы сдуру!?(お前馬鹿か!?さっさと二階に戻れ!)』
怒鳴っても男はひるまない。手にはアメジストのブローチが強く握られている。おいおい、まさかヴアルを脅す気か?腕ごと爆発して持っていかれるぞ
『(グレゴーリー、ここは危険だから二階に逃げて)』
「Мнение ничего! Изверг!!(黙れ!化け物が!!)」
店主はそう叫び、ヴアルにブローチのペンダントを投げつけた。
ペンダントはヴアルの体に当たって床に落ち、投げつけられた本人は目を丸くして床に膝をついた。
『guregori?』
***
拓也side ―
俺と光太郎とストラスが一階に駆けつけると、ヴアルを睨みつけている店主の姿があった。ヴアルの足元には契約石が転がっており、ヴアルだけじゃない、ヴォラクでさえ呆然と店主を見つめていた。
「(何が愛してるだ。俺の大切な物を滅茶苦茶にしやがって……)」
店主はそう呟き、床に落ちているものを拾う。手に取ったのは写真立てでガラスの部分は割れており、家族写真が写っていたそれは黒焦げでグシャグシャになっている。店主はそれを大事そうに抱きしめるように抱え込み、憎しみのこもった目でヴアルを睨みつけた。
「(アクセサリーもこの家も写真も全部滅茶苦茶だ……全部お前のせいだ!)」
『(違う!あたしは唯グレゴーリーと!)』
『(うるさいうるさいうるさい!化け物が!悪魔なんて訳の分からねえもんが憑りつきやがって!悪霊が!!)』
店主が大声でヴアルに罵声を浴びせ、ヴアルの目が見開かれる。
「なんて言ったんだよ」
『化け物、と』
店主はそのままヴアルに詰め寄る。ヴアルは顔を真っ青にして一歩後ずさるも胸ぐらを掴まれて苦しそうに息を吐いた。
「(出て行け、出て行け!二度と俺の前に現れるな!)」
『Оно ужасно(ひどい……)』
そのまま突き飛ばされたヴアルは床に座り込み、小さく何かを呟いた。
「なにがどうなってんだよ」
「俺が知るかよ」
話に入れない俺達は、ただその光景を呆然と眺めているしかなかった。誰も何も言わず、沈黙が包み込む。これは戦意喪失したと考えていいのか?そう思いかけた矢先、小さな笑い声が聞こえた。ヴアルはクツクツ笑い、ゆっくりと立ち上がる。その目は狂気に染まっていた。
『裏切った……グレゴーリーが、私を……ッ!』
おい、切れてんじゃねえか!
ヴアルは一歩一歩、店主に近寄ってくる。
『よせヴアル!』
『邪魔しないで!!』
ヴォラクがヴアルを止めるために剣をヴアルの前に突き出した瞬間、ヴアルが叫び周辺の物もヴォラクも巻き込んで爆発が起こる。
『貴方も邪魔よ』
爆発に巻き込まれたヴォラクに駆け寄ろうとした光太郎もヴアルが指さした瞬間に火花に飲み込まれた。
「光太郎!!てめえ何しやがんだ!?」
『あいつが悪い。私の前に出てきたから悪い』
ヴアルがまた一歩一歩、店主に近づく。爆発の中から出てきたヴォラクは傷だらけになりながらも声を張り上げる。
『拓也!早く逃げろ!こいつマジでキレやがった!力は今までと大違いだぞ!周りの物も破壊していいって吹っ切れやがって力のセーブをしてない!この家丸ごと吹き飛ばすくらい、今のこいつは造作もなくやるぞ!』
そんなこと言われたって……まずは光太郎を助けないと!
ヴォラクは爆発によって焼けただれた手でなんとか剣を握るが苦痛に表情を歪める。
「光太郎、しっかりしろ!おい!」
倒れている光太郎を抱き上げ必死で呼びかけるが、全身にやけどを負っている光太郎は息も絶え絶えで、必死に呼吸をしている。
「あ、つい……!」
「何か……何か冷やすものを!」
あたりを探してみるけど当然だがそんなものは見つからないし、物が散乱して何が何だか分からない。急がないと光太郎が死んでしまう。でも今の光太郎を残して水を探しに行くのはあまりに危険すぎる!
そんな俺の気持ちも知らずに、横を平然とした顔でヴアルが通り過ぎる。
「くそ……ふざけんなよ!この野郎!」
大声を出して非難するもヴアルは知らん顔で店主に近づいていく。
「Стоп! Он приходит!(よせ!来るな!)」
店主は近くにあった物を投げつけるが、ヴアルに届く前に爆発してちりぢりになっていく。
「Он приходит(来るな……)」
店主は後ずさるが、後ろが壁だとわかると怯えた目でヴアルを見つめた。追い詰められた店主の前にヴアルが立ち止まり、目の前に指をさす。
『ヴアル!止めるのです!』
ストラスが叫ぶ。
まずい!店主を爆破させる気だ!!
『(さよなら)』
「やめろ―――――!!!」
しかしいつまで経っても爆発は起きなかった。
店主がヴアルを凝視する中、ヴアルの目からは涙がこぼれ、そのまま床に膝をつけた。
『(……できない。殺すなんてできないっ!)』
『ヴアル……』
ストラスがヴアルの肩にとまる。
『(どうして?私はただ愛されたいだけなのに……どうして思うとおりにいかないの?私が悪魔だからいけないの?人間にならなきゃ愛してもらえないの?)』
ストラスは羽でヴアルの涙をすくった。
『もういいのです。貴方はこの男を殺さなかった。それでいいのです』
『あぁあああ……あああぁぁああ!!』
ヴアルは大声を出して泣き出してしまった。
しかし感傷に浸ってる場合じゃない。
「早くセーレに連絡しないと……白魔術で!」
光太郎もヴォラクもやけどを負って辛そうだ。早く光太郎を助けないと、こんなことになってしまって痕が残ったらどうしよう。目の前で苦しそうにしている光太郎に何もしてやれない自分が情けなくて涙がこぼれた。
『ヴアル、結界を解くのです』
ヴアルは黙ったまま動かない。ストラスはもう一度、優しい口調で諭すように語りかける。
『早く。このままでは光太郎の火傷は酷くなるばかり。もう人を傷つけるのはやめなさい』
ガラスが割れるような音が響いて、音が鳴った瞬間に携帯で慌ててシトリーに連絡した。
***
「おい!光太郎は!?」
「かなり酷いな。すぐに治療しよう」
血相を切らしたシトリーが光太郎に近寄って、状態を確認する。その後にセーレが白魔術を開始し、少しずつ光太郎の火傷が治っていく。良かった、セーレが間に合って……本当に良かった。シトリーが苦しそうに眉を寄せて、側にいてあげられなくてごめんと泣きそうな声で謝っている。光太郎の治癒をしながらセーレがヴォラクに顔を向けた
「ヴォラク、少しだけ待ってくれ。思った以上に傷が酷い。少し時間がかかる」
『俺はいい。このままの姿でいれば後十分もあれば歩けるくらいにはなる。それよりも光太郎大丈夫なの?』
「なんとか。やれるところまでやってみる」
「おい、痕残らねえよな。ケロイド状態から戻りませんとかねえよな……」
「治してみせるよ。シトリーは落ち着いて」
シトリーがこんなに混乱しているなんて。セーレに諭され、深呼吸をしているシトリーは普段の姿とは大違いだ。その表情は後悔が滲んでおり、光太郎を助けられなかったことを何度も謝っていた。
さらに少し遅れてパイモンが周囲を確認するように店に入ってきて俺たちに近寄ってきた。
「主、駆けつけられずにすみません。探している途中にヴアルが起こしたんだろう事件に巻き込まれまして……周到な女だ」
「俺は何もしてないからいいんだけど、それより……」
ヴアルに目をやる。ヴアルは相変わらず泣き続けており、話せる状態ではなさそうだ。
店主もそんなヴアルを励ましたり助けたりすることなく、ボロボロになった店内を見て失笑した。
「(家族皆の思い出の詰まった家がこんなにぼろぼろになっちまった)」
パイモンはヴアルに近づいて行く。
ヴアルは相変わらず泣いたまま。
「おい、どう責任を取るつもりだ?」
『殺せばいい。それで全てが収まるんなら』
「お前の死で金銭面のカバーができるか」
「こいつの事情なんかどうだっていい。どうせ地獄に戻るなら俺に殺させろ。流石に光太郎をこんな目にあわされて穏便に済ます気はねえぞ」
シトリーが立ち上がって殺気を放つ。普段は適当でちゃらんぽらんなのに、殺気を放つ姿は恐ろしく、またこんなシトリーを見たこともないので息を飲んでしまった。パイモンはどっちでもいいって思っているのか止める気配はなく、好きにしろと一言だけ呟いた。
「ま、待って!シトリー本当に殺す気か!?」
ヴアルを助けたいわけではないけど、流石に目の前で殺人が起こるのは耐えがたく、ヴアルを庇うようにシトリーの前に立ちはだかれば苛立ちを隠すことなく舌打ちされた。
「お前まさか庇う気か?お前らが何されたか忘れたか?セーレの到着が遅けりゃ、光太郎は運よく助かっても後遺症が出てたぞ。お前、それでも地獄に返しましょうってだけで納得いくのかよ」
それは、そうだけど……でもここで殺人が起こるなんて、そっちの方がトラウマって言うか……
「で、でも……シトリーがそれで殺したって聞いたら、光太郎は気にすると思うんだけど……」
光太郎の名前を出せば、シトリーが罰が悪そうに頭を掻く。それはシトリーも思う所があるんだろう。苦い表情をしてヴアルを殺すのを諦めたのか、再び光太郎の元に向かっていく。
「……お前、その言い方マジでずりいぞ」
「ごめん。でも効果あったな」
一連のやり取りを見ていたヴアルは俯いてしまう。このまま大人しく地獄に帰ってくれればいいんだけど……
なんて話しかけようか迷っている俺にヴォラクがまさかの声をかける。
『ヴアル、お前も来いよ』
え、はあ!?ヴォラク何言ってんだ!?
『お前も俺たちのとこに来ればいい。このまま地獄に戻っても嫌なだけだろ?』
『でも……』
ヴアルは戸惑っている。ヴアルだけじゃない、俺だって戸惑っているんだ。案の定、パイモンとシトリーは大反対だ。
「この女にその価値はない。ヴォラク、お前に決定権もな。こいつはここで始末する」
「ふざけんなヴォラク!お前、俺の気持ちを考えろよ!光太郎をこんなにされたんだぞ!?こいつに救いの手を与えるな!!」
『パイモンもシトリーも見てないから分かんないんだよ。こいつは別に人間を憎んでるわけじゃない』
ヴォラクはヴアルに手を差し伸べる。
『お前はそいつを守りたいんだろ?なら地獄に戻されるより俺達と行動を共にした方がいいだろ?』
『……私に裏切り者になれって言うの?』
『まあそう言う事』
ヴアルは立ち上がってヴォラクの目も前に座り込む。涙を拭い、息を吸って目を開いたヴアルの瞳は契約石であるアメジストのようにキラキラと輝いている。
『居場所と……贖罪ができるならそこに行く』
『決まりだな』
え?ちょっと何勝手に決めてんの?
「おい、勝手に決めんなよ」
「主の言うとおりだ。俺は認めていない」
「俺の話聞いてねえのか?餓鬼同士で盛り上がってんじゃねえ。ぶっ殺すぞ!」
俺とパイモンとシトリーからの痛烈な駄目出しを受けたヴォラクは不機嫌そうな顔をした。
『なんだよ。別にいいだろ』
「よくない。これ以上また俺に契約させる気か。それに信用できない、俺達を殺そうとしてたんだぞ」
『貴方と契約したくない』
ヴアルはバッサリと切り捨てた。
「はあ!」
『もう男と契約するなんてこりごり。またこんな風に言われるぐらいなら今度は女の子と契約して女の友情を深めることにするわ』
「どんな理屈だよそれ……」
セーレのツッコミもなんのその。ヴアルはフンと鼻を鳴らす。
「ヴォラクのせいで面倒なことになった。一度引き上げるしかないな……その前に確認しておかなければな」
パイモンはため息をついて、ヴアルに問いかける。
「俺たちの場所は駆け込み寺ではない。お前の印象は正直最悪だ。俺たちの元に来てもお前の味方は現時点ではいないぞ。そこまでして俺たちの元に縋る意味もないだろう」
『……パイモンは、なんのためにその子と一緒にいるの?その子、バティンやマルコシアスより大事なの?』
パイモンの瞳が揺れた気がしたのは、俺の気のせいだろうか。
『その子が大事なら、私も守るの手伝ってあげる。それがきっと償いになる』
ヴアルは手から魂を取り出した。手を開いた瞬間、魂はゆっくりと浮かび、姿を消した。
『私が取った魂、全部このまま解放する』
「それで殺人の罪がなくなることはないが……まあいい、ここに長居するわけにもいかない。一度引き揚げましょう」
パイモンは財布から全部の金を抜いて、それを床に置いた。
数万円じゃ足りないってわかってるけど、せめてもの償いという感じだ。それに触発されて、俺も財布の中から金を抜いてそれを床に置いた。大した額じゃないし日本円しかないから換金する手間もあるけど、それでも何かしないと申し訳なさすぎる。光太郎の治療も終わり、シトリーが光太郎を抱えて一足先に店を出る。それに続くように全員が歩いて行き、店を出る前に俺は店主に振り返った。
「あの、ごめんなさい」
伝わらないってわかってるけど言わずにはいられなかった。
店主は無言で写真を握りしめ、返事をしてくれなかった。
「guregori……」
人間の姿になったヴアルは、店の外からポツリと呟いた。
***
光太郎のマンションに戻った俺達はリビングに集合した。意識を取り戻した光太郎も加わってヴアルのこれからを話し合う。流石に自分を攻撃した奴が仲間になるのに抵抗があるのは当然だ。光太郎はシトリーの後ろに隠れてしまい、シトリーも警戒心と苛立ちを剥き出してヴアルを睨んでいる。
肝心のヴアルはキョロキョロ物珍しそうにマンション内を見て回っている。
「広い部屋。グレゴーリーの家よりも広い」
「お前本当についてくる気かよ」
「うん、ヴォラクがいいって言ったもの。もう貴方達に危害は加えないし、頑張ってお手伝いするわ。貴方も、ごめんなさい」
頭を下げられて光太郎はどう反応していいか分からずに困っている。素直に謝られたらシトリーも何も言えずにため息をついて頭を抱えた。パイモンも何も言わないし、本当にこいつここにいる気なんだろうか。
「手伝うって言っても……結局お前誰と契約すんだよ」
「だからあなたとはしない。誰かどこかの女の子とでもしよう。いっぱいお話していっぱい遊ぶの」
「反省してるのか貴様?」
パイモンの鋭い突っ込みにヴアルは頷く。
「してるよ。もう人は殺さないわ。グレゴーリーの事はすごく悲しいけど、ヴォラクが居ていいって言ったもんね」
「手伝うのは構わんが、事情を知っているのは主か光太郎か、あとは中谷しかいない。その三人以外は認めない」
「ナカタニ?は女?」
「男だ」
「じゃあ嫌」
我儘すぎだろう。パイモンも項垂れてしまっている。でもまたもやヴォラクの一声で事態ひっくりかえってしまう。
「拓也、澪に契約してもらえばいいじゃん」
「ふざけんなヴォラク!澪はな……「誰その子女の子!?」
ヴアルがズイっと話しに割り込んでくる。ヴォラクは俺の意見なんか完全無視してあっさりと頷いた。
「おう、こいつと同い年の女」
「キャ――!じゃあ私その子とする!」
「勝手に決めんな!澪だけは絶対駄目だからな!もしかしたら澪の寿命が縮まるかもしれないんだぞ!?」
「確かに松本さん巻き込むのも……」
謝られてもやっぱり自分に怪我を負わせた張本人に近寄るのはまだ怖いのか、光太郎はいまだにシトリーの後ろからヴォラクの提案に反対した。シトリーはさっさと地獄に返せと呟いている。
騒ぐヴアルにこのままでは埒が明かないと思ったのか、セーレまで負けてしまった。
「一応、ここに呼んで本人に聞いてみたら?」
「セーレまで……だから!」
「主、そうして下さい。これ以上こいつに関わるのも億劫です」
「どういう意味よパイモン!」
「そのままの意味だ。お前は少し黙っていろ」
「なによ!」
ヴアルはキーっと金切り声をあげる。なんだかもう頭が痛いんだけど。
「拓也、聞くだけ聞いてみたら?彼女、譲らなさそうだし」
「……わかったよ」
セーレに諭されて澪に連絡を入れる。何だよ……こっちは助けてやったのに、なんでお前の言うこと聞かなくちゃいけないんだよ。澪にマンションに来てほしいことと、契約のことを話すと澪はすぐ行くとだけ言ってくれた。
***
「わあ!あなたが澪ちゃん?かわいいかわいい!」
ヴアルは澪が気に入ったのか抱きついて離れない。澪はまだお前と契約したわけじゃないんだぞ!図々しく抱き着くな離れろ!澪から引っぺがすと、非難の声が上がる。
「なにすんのー!?」
「うっせえ!まだ契約したわけじゃないんだからな!!」
澪は呆然とこの光景を見ており、シトリーの側から離れない光太郎が顔だけ出して問いかけた。
「松本さん、契約のこととか寿命のこととか知ってんの?」
「あ、広瀬君。なんでシトリーさんに隠れてるの?知ってるよ。中谷君から聞いたから。ヴォラク君と契約する時にね、相談受けたの」
中谷は澪に話をしてたんだな。説明する手間は省けたけど、澪はどう感じているんだろうか。
澪はヴアルの前にしゃがみこむ。
「貴方は人を殺したの?」
辛そうな澪の問いかけにヴアルもさっきまでの元気を無くして俯いてしまう。
「うん……嫌?私と契約は嫌……?」
「そのことを悪いことだと思ってる?」
「思ってる。自分が大切な人は殺せなかった。他人の時は死んでもいいって思ってたのに。だから悪いことしたって思ってる」
その回答に満足したのか、澪はヴアルの頭を優しく撫でる。
「それがわかってるなら、いいよ。契約しても」
澪はヴアルに笑いかける。
それを見て、ヴアルは嬉しそうに澪に抱きついた。
「ありがとう!ねぇねぇ澪って呼んでいい?私のことヴアルって呼んでね!」
「うん。よろしくねヴアルちゃん」
「澪、本当にいいのかよ」
「うん平気。これで拓也達とお揃いだね」
澪は少し悪戯っ子の様に笑った。
「これからいっぱいお話しようね!遊びに行こうね!恋バナしようね!」
「うん。そうだね」
ヴアルのその光景にストラス達は肩をすくめていた。
***
「これが契約石かぁ」
マンションから帰る途中、澪はアメジストのブローチをまじまじと見つめた。大粒のアメジストがこれでもかというくらい輝いており、光を受け輝いている。何も知らない人から見たら美しい宝石だろう。
「本当に良かったのか?」
「拓也そればっか。いいよ別に。なぁんにも実感なんてないんだから」
澪は少し笑ったけど、表情はなんだか淋しげだった。ブローチを握りしめた澪は小さくつぶやく。
「これで拓也達の気持ちも少しはわかるかな?」
「澪……」
そんな無理しなくていいのに。
「心配しなくても澪は俺が守るからな!」
胸をはって答える。
「拓也戦えないのに?」
「今特訓してるんです〜」
澪は笑って、ブローチをポケットに入れた。
「拓也がいるから安心だね」
その言葉は嘘じゃないと思いたい。
澪の隣を歩く俺の肩で忘れられていたストラスが軽くため息をつく。
『やれやれですね』