第50話 聖なる夜に
「あーもうすぐクリスマスです予定がありません」
足立さんの葬儀も終わって期末も終わり四日後、終業式も目前で世間もクラスもクリスマスだ正月だと浮かれている中、俺は机に突っ伏していた。後ろの上野も騒ぐかと思いきや余裕そうに俺の肩を叩いてドンマイとか上から目線の言葉を投げてくる。
こいつ、まさか……予定があるって言うのか!?
「上野〜お前なんか予定ある?」
「ふっふ……俺は霧立とデートだよん♪」
50 聖なる夜に
「嘘!お前らいつ付き合いだしたん!?」
まさかのクラスメイトの女子の名前が出てきて声が裏返る。
え、そんな話聞いてない!!霧立さんって上野の隣の席の霧立さんだよね??大人しくて可愛い子だよね!?えー!!確かにこいつノート借りてたりとかしてたけど、いつの間にそんな仲に!?
詳しく話せとでもいう気持ちが顔に出ていた俺を見て、上野は笑って手を振った。
「実は嘘。予定なんてねーよ」
「お前の嘘、スッゲー淋しかったぞ」
「うん。俺も今なんかスッゲー切ない」
なんだよ、こいつも結局予定ねーじゃん!だまされた!!
上野はあーあ……と呟き天井を見つめる。
「雄一と立川は彼女とデートだし、藤森は部活の帰りに部活仲間と遊ぶんだって。俺だけ予定ないじゃんか」
「とかなんとか言ってさぁーお前霧立誘う気だろ」
「あは。バレた?」
バレたも何もお前が片思いしてるのバレバレだっつの。
「井上いんじゃん。霧立といつも二人でいる。あいつから聞いた」
「はぁ!?あいつペラペラしゃべりやがって!本人に言ってねぇだろうな!?」
「俺は言ってないけど井上は口軽いから言ってるかもよ」
「あいつに相談したのが間違いだった……」
上野は頭を抱える。
いつの間にこいつらこんなに仲良くなったんだよ。付き合いだしたら根掘り葉掘り聞かないといけない。でも井上から聞いた話だと、向こうも上野のこと気にしてるらしいんだよな~多分上手くいくんだと思うんだよ~~
「となると俺だけ予定Nothing〜……ちょー楽しい。ひゃっほー」
「お前なんかもうやけくそだな。広瀬と中谷はどうした」
そうだ、友達と過ごせるのならまだ話は違ったけど、中谷も光太郎も俺とは一緒に過ごしてくれないんだ。
「中谷は部活なんだってさ。その後は部活仲間と遊んで家族で過ごすっつってたし〜。光太郎なんか毎年クリスマスは六本木のフランス料理店でディナーだぞ!?」
「さすが金持ち。スケールが違う」
「俺なんか補習が昼に終わって真っ直ぐ家に帰るしかないし」
なんで日本のクリスマスって誰かと過ごさないと駄目みたいな風潮つくってるんですかね。海外では家で大人しくする日らしいじゃん。日本のクリスマスをこんな風に変えた奴誰だよ最悪だよもう。
本音を言うとさ、澪を誘いたいんだよ。でもさ、でもさあ!断られたらとか思うと誘えないじゃん!!立ち直れない!
俺の背中に影ができたのか、上野が何かを考えて背中をつつく。
「あの子誘えばいいじゃん。お前の幼馴染の」
「澪?」
「そうそう澪ちゃん」
「勝手に名前呼びすんな」
「苗字知らないんだよ。あの子と過ごせば?っつか上手くいったらWデートしよーや!」
ダブルデート??そんなことになったら最高かよ。つーか澪は霧立さんのこと知らないんだけど。
「お前……発想乙女だなー」
「何だと!?」
「誘いたいけどさあ……家族とか友達と過ごすんじゃないかと思うと誘えねえんだよ!もうクリスマスまで一週間切ってんだよ!?今更すぎん!?」
「いやー、案外彼氏かもよ?」
お前は俺のテンションを下げさせて何が楽しいんだ?お前、自分が澪を誘えば?とか言っておいて彼氏とすごすんじゃないかって言うのは流れ的に可笑しいだろ。喧嘩売ってんのか。
「澪は彼氏いねーよ」
「お前が知らないだけじゃね?」
「知ってるわ!澪のことなら何でも知ってるわ!!」
「なに言ってんだよ。あの子モテるんだぞ?国崎がフラれたのお前知らねーだろ?」
「国崎が!!?」
国崎ってクラスメイトの国崎!?ってか国崎……澪のこと好きだったのか!?そんな話一回も聞いたことない。ってか澪からも何も言われなかったし。つかフッたって……告白したってこと!!?
「な〜んか俺の話し聞こえると思ったら何?中傷?めっちゃ傷つくんですけど〜」
自分の名前が聞こえてきた国崎が俺の頭に腕をのっける。中傷?とか言っている辺り、多分何話したかも聞こえてたくさい。なら言葉を選ぶ必要もないな。
「お、国崎。お前澪にフラれたってホントか?」
「なんでお前はストレートに俺の心をえぐんの?本当だよ。ごめんなさいって一刀両断。これが三か月前の話です」
思い出すと辛いのか、国崎はため息をついて項垂れる。三か月前なら、なんか話聞いたの悪かったかな。でも澪が振ってくれて正直ホッとしている。
国崎は性格もいいし、顔だって悪くない。振られる要素らしき悪い部分も自分には見当たらなく、上野は頬杖をついて呟いた。
「澪ちゃんってガード堅いんだな」
「名前呼びすんなっつってんだろ。松本さんだ」
「拓也うっぜぇ!」
上野はキィっと大声を上げる。お前は澪と仲良くないんだから、図々しく名前呼ぶんじゃねえ。そういうのが勘違いされるんだぞ。
「松本さん。徳岡もフッたらしいぞ」
国崎の言葉に俺は頭に徳岡を思い浮かべた。あ、あの時のムカつく奴か。夏休みにディズニーに澪と行くとかなんとか言って、まあ俺のせいなんだけどドタキャンになってブチ切れてた奴。あの時の澪の剣幕はすごかった。大嫌いって言い放ってたし……
徳岡の印象は国崎も上野も良くないらしく、振られたことに意外だと言う声は聞こえてこなかった。
「あーあれはフラれて当たり前だろー」
「だってあいつ評判良くないっしょ?当然当然。澪ちゃんほどの子が徳岡はないわ。そんなことになったら拓也全力で止めてやれよ」
当たり前だ!泣いて土下座して別れてくれって縋るわ!でも澪はしっかりしてるし変な奴にはきっと引っかからないけどな!
徳岡の話で盛り上がった後に思い出したように上野が国崎に話題を振った。
「そういや国崎。お前クリスマス予定あんのか?」
「なんだよ。お前らからデートのお誘いか?悪いけどぉ」
「あらそう残念ってちげぇよ!!皆どんな予定があんのかなーって」
「予定ねぇ……俺特にはな。大地と友恵と由梨佳の四人で祭り行こうって話はしてんだけど」
「あぁ、お前ら四人仲いいよな。Wデートか」
「あいつ等を彼女はキツイっしょ。でもまぁそんなとこ。年末はディズニーのカウントダウンに行く予定なんだけど、お前らどうすんの?」
「……クリスマスに予定のない俺にもう年末のことを聞くのか?」
「そうだったな。悪い」
チャイムが鳴ったところで国崎が軽く手を振り、自分の席に戻って行く。上野の隣の席であり想い人でもある霧立さんも自分の席に戻ってきて、上野がごにょごにょとどもりながら声をかける。
上野から遊びに誘われた霧立さんは顔赤くしながらもめっちゃ嬉しそうに頷いた。もうこいつ等その内くっつくな確実に。それに引き換え俺は……
「予定がない〜〜〜!!メッチャ淋しいクリスマスだぁ〜〜〜!!!」
昼休み、机に突っ伏して泣く俺に光太郎達は冷ややかだ。
「いいじゃん。俺と中谷だってぶっちゃけ家族と過ごすんだし」
「別にクリスマスとかどうでもよくね?俺はチキン食えたらなんでもいいわ」
中谷ったら本当に年頃の男の子なの!?色気より食い気の権化だわ。この間は彼女ほしいとか言ってたくせにクリスマス大事にしないなら彼女いらないだろ。光太郎とかモテるから彼女なんていつでも作れるとか思ってんだよ。マジで嫌味な奴だ。
話に共感してくれないことが悲しくなり、机に突っ伏している俺の肩を誰かがつつく。誰だ俺を笑いものにしようとする奴は!?
「拓也」
「澪!?どうした!?」
まさかの澪にボーナスタイム突入。昼休みに澪が来るなんて珍しくないか!?
今日こそ澪の話をしていたからか、上野も国崎もこっちを見ており、話を盗み聞きしようと図々しい真似をしている。澪はそんな奴らの視線に全く気付かず、笑いながら机に腕を乗せてしゃがんだ。
「あのね、拓也クリスマスね。皆で遊ばない?」
「皆で?」
「うん。セーレさんがね、クリスマスは太陽の家でパーティするんだって言ったらヴォラク君が羨ましがっちゃって。あたし達もどこかに出掛けようかってことになったの。あ、予定があるなら別にいいんだけど……急だもんね」
あれ?澪、俺が知らない間にマンションに顔を出したのかな。澪はセーレのこと気に入ってて、料理習ったりしているっていうのは前に聞いたことあるけど、その時かな。これはつまり、澪と一緒に過ごせるまたとないチャンス……
冷静に、がっつくな俺。クールにやれ。
「澪は予定なかったのか?友達と遊ぶとか」
「裕香は彼氏いるもん。あたしは、拓也が予定ないって言ってたから、クリスマスとか拓也の家にお邪魔しようかなーなんて……あは、ちょっと図々しかったかな」
澪可愛すぎん?どうやったらこんなかわいい子ってできるの??俺本当にこの先一生かかっても澪よりかわいいと思う子を見つけられない自信があるわ。
恥ずかしかったのか少しだけ顔を赤くした澪が、みんなで遊ばないかと再度誘う。こんなの、またとないチャンスじゃないか。
「まぁいいんじゃね?でもそれなら俺も全然OKだし。むしろ暇だったから」
「本当?広瀬君と中谷君は?」
「俺、家族と出かけるんだよね」
「俺も母さんが帰って来いってうっさいからさぁ」
二人がこれで参加するとか言ったら机の下から足を踏んづけてやるところだった。澪は二人が参加できないのに若干残念そうだったが、ヴォラクが楽しみにしていると告げて立ち上がる。
「じゃあしょうがないね。拓也、一緒に色々考えようね。あ、皆にプレゼント買おう。ヴォラク君喜びそう。ケーキはね、セーレさんが作ってくれるって。料理上手いもんね!すっごく楽しみ!」
「う、うん!」
「じゃあまた後で。あ、あたし今日マンション行くんだけど拓也もいこ?」
「わかった!」
話を終えた澪は時計を見て笑って手を振って教室を出て行った。
「浮かれてるな」
「うん」
中谷たちの声が届かないほどに俺のテンションはあがってた。澪と過ごせるんだ!クリスマスに!+αもいるけどな。でもそれでもクリスマスに……よっしゃぁああああ―――――――――――!!!!!
俺は心の中でガッツポーズを決める。めちゃくちゃ楽しみだ!!
***
「今日商店街に行ったらめっちゃおっきい木がすっげーピカピカ光ってた!ツリーって言うんだって!」
マンションについて、ヴォラクと話した第一声がこれだった。相当楽しみにしてるみたいだ。
そんなヴォラクに俺はマンションに行く前に100均で買ったサンタグッズの一つであるサンタの帽子をかぶらせた。予想以上に似合っており、澪は帽子をかぶったヴォラクの写真を撮っている。
「ヴォラク君可愛い」
「何これ?」
「サンタ」
「だからなんだよサンタって!」
「クリスマスの定番らしい」
パソコンをしていたパイモンが急にこっちに振り向く。パイモンでもクリスマスが何か知らなかったんだな。多分パソコンで調べてたぽい。
「クリスマスの?」
「ああ。フィンランドの山間にすむ老人で、トナカイを走らせてソリを引きずって空を飛び回るらしい」
ん?なんか違うような……でもあってるっちゃあってる。
それにしても、なんでそんな物騒な言い方しかできないんだ?パイモンが言うとなんかホラーなんだけど。
「更に煙突から室内に忍び込んで、寝ている子どものベッドに物を置いて行くんだそうだ」
「え!?不法侵入じゃん!」
「ああ。夜中に忍び込む老人……しかも靴下に物を入れるらしい。嫌がらせだな」
「そんな物騒な話じゃないから!」
流石に名誉棄損にもほどがある!!俺は慌ててパイモンのサンタクロースの説明を中断させると、パイモンは口を一文字に結び何が間違っているのかと不満そうな顔をした。
「む……主、違いましたか?ですがここにはそう書いていましたよ」
「あってるけど違う!なんか違う!サンタってのは夢と希望の塊なんだ!」
「はぁ、そうなのですか」
絶対にわかってない。しかもかなりどうでもよさそうだ。
でも説明しなきゃな。勘違いされても困るし……
「サンタっつーのはな。一年間いい子にしてる子供にその子供が一番欲しがってる物をプレゼントする超いいじいさんだよ」
「なぜ見ず知らずの子供に?」
「え?」
「拓也ももらったの?」
「え、まぁ……ガキの頃にはな」
「その金は誰が出しているのです?スポンサーでもいるのですか?」
澪は笑うのを必死でこらえている。笑ってないで助けてよ。俺どうすればいいか分かんないし。ここまで食いつかれると思ってなかったんだけど。てか、話聞いてて架空の人物ってこと分からんかね。トナカイのソリが空飛ぶわけないじゃん。おたくらの同業者じゃないんだし。
「大体世界中の人間の子供にあげんの?どうやっていい子とか判別すんの?」
「主、どうなのです?」
「拓也、俺ももらえる?」
「うっせ―――!!サンタはそういう話をモチーフにした架空の人物だ!!でもクリスマスの定番なんだよ!!!」
何もかもが面倒になり、声を荒げた俺にパイモンとヴォラクは冷たい視線を向けてくる。その目が嘘を言ったな?という空気を醸し出しており、なぜか自分が悪者にされている。
「でしょうね。話が出来過ぎている」
「拓也嘘つくなよー」
なぜ俺が責められる?
「もういいっしょ別に。大体クリスマス自体イエスキリストの誕生日を祝う日だし」
「キリストの?」
パイモンとヴォラクの空気が固まり、ヴォラクはサンタの帽子を床に投げつける。先ほどまで大人しくしていたのに、打って変わって反抗的な態度に澪が帽子を拾ってかぶせようとしてもヴォラクは嫌がり、澪に飛びついて胸に顔をうずめた。お前それはずるいぞ!!澪のおっぱいがふわふわしてるからって、子供の外見最大限に使いやがって!!
澪もヴォラクの頭撫でなくていいから!!おっぱい揉まれてんのわかんないの!?
「やだ俺つけない」
「でもヴォラク君似合ってたのに、嫌なの?」
「仕方ありません。キリストは我々とは相反する存在。生誕を祝うイベントに抵抗があるのは当たり前です」
ヴォラクを澪から引きはがし、パイモンの説明を聞いて納得する。やっぱり知らなかったのか……俺ですらルーツ的なのは何となく知っているのに。パイモンはパソコンでサンタを調べる前にクリスマスを調べてくれよ。
「いいんだよ別に。日本では深く考えられてないんだから。クリスマス自体ごちそう食ったりするお祭りって日本人は認識してんだし。キリスト要素なんてないから」
「日本人は適当ですね」
「楽しめりゃいいんだ」
俺の説明に納得したのか、ヴォラクは「ならまたいいや」と機嫌を戻す。
そんなヴォラクに澪は再び帽子をかぶらせた。ヴォラクは今度こそ嫌がらずに帽子を被り、したり顔で俺にしゃがめと言ってきた。言われたとおりにしゃがむと耳元に顔が近づき、小さな声で発せられた言葉に目が丸くなった。
「澪って結構おっぱいおっきくない?あとさ、子供にやさしい。こないだもおっぱい触っても怒られなかったんだ」
「お前殺すぞ!!!」
胸ぐら掴んだ俺に澪は目を丸くして、パイモンがため息をつく。こんのエロ餓鬼め!!許さんぞ!!
けらけら笑ってんじゃねえ!!ヴォラクの頭に拳骨をくらわして澪を守るために隣に腰掛ける。もうお前に指一本触れさせないからな!?
俺とヴォラクが睨み合う中、澪がヴォラクに問いかける。
「セーレさんは太陽の家に行くんでしょ?シトリーさんはどうするのかな?」
「あいつはバイトの皆と遊びに行くんだって」
バイト仲間と遊ぶとかエンジョイしすぎだろ。俺たちに付き合う気持ちはないのか。
「そっか。じゃああたし達はどこに行こうか」
「それは私も含まれているのですか?」
「ったりめーだろこら〜」
俺が当たり前だという様に頷くと、パイモンはがくりと項垂れる。
「主、私は悪魔の情報を探すので忙しいのです」
「一日くらいいいじゃん」
「はぁ……勝手にどうぞ」
よし決定。パイモンはノリが悪いのが欠点だよなぁ。
とりあえず、俺と澪はパイモンをどかしてパソコンで店を探しだす。
「ストラス入れるかな?」
「あ、それ考えると無理かもね」
澪は考え込んでしまった。ストラスも人間に化けれたらなぁ……やっぱ動物だと難しいよなぁ。流石にストラスだけ仲間外れは可哀想だもんな。クリスマスにご馳走食べられると言う話を聞いた時のストラスの顔は過去一番華やいでいた。
おいて行くってなったらあいつ拗ねそう。
「うちん家でやろうか」
「え?」
「毎年さぁ、母さんがご飯作ったりしてんじゃん。ヴォラク達もそこでやれば」
「それいいかもね」
なんか楽しみになってきた!
俺と澪がきゃっきゃとはしゃいでいる光景を見てパイモンはため息。
「そんな暇などないというのに」
パイモンは呟いて、印刷した用紙をテーブルに置く。
その中にはロシアでの殺人事件についての情報が書かれていた。
***
「やった――!今日から冬休み――!!」
十二月二十四日。待ちに待った冬休みが来た。冬期講習があるから全部が休みってわけじゃないけどさ。でもやっと学校が終わった!通知表を持って光太郎の席に向かう。
今日は光太郎と遊んで帰る予定だ。中谷は部活で来れないけど。
俺達はいつもの通り、原宿で遊んで帰った。クリスマスイブなのかカップル率は高かったけど、友人同士で来ている学生もそれなりに多く、暗くなるまで遊んで、俺達はそれぞれの帰路につく。
家では直哉がストラスとクリスマスケーキの箱を嬉しそうに眺めていた。
「何やってんだお前ら」
「ケーキケーキ♪楽しみだなぁ〜」
『ホールケーキだそうです。ああケーキ、何と甘美な味。神よ、感謝します』
ストラスはケーキがあれば悪魔でも神に感謝するんだ……神様に感謝する前にお店の人に感謝したら?これ作ったの神様じゃないし。まあ俺もケーキ楽しみだけど。
箱がワンサイズでかいのは多分父さんが六号を買ってきたからだろう。前までは五号だったけど、ストラスは食べる。それはもう直哉と同じくらいの量を行ける。ポテトチップスしかあげていなかったから勝手に小食と思っていたけど、実際は違ったようだ。
そんなストラスも含めたら父さんも大きいのを買って帰ってきたんだろう。そういう意味ではストラスはもう池上家の家族になっていた。
「ただいま」
「お帰り拓也」
母さんはご飯を作りながら俺に振り返った。明日ヴォラク達が来ることを母さんは快くOKしてくれた。母さんも少し慣れてきたのかな?
「ねぇ拓也、明日来る子たちの好きな食べ物とか分かったりする?」
「ヴォラクは何でも好きだけどパイモンは知らないなぁ。どんなんが好きなんだろう」
あの見た目に性格だから結構あっさり系って感じもするけど。あんまりガツガツ食ってるところ自体が想像できないけど。酒は結構強そうだった。
「そう。まぁいつも通りでいいわね」
「気ぃ遣う必要なんてないって。いつも通りでOK」
「ふふ、そうね」
今日は澪がいない。流石にクリスマスは澪の母さんも父さんも澪の為に早く帰ってくるらしい。今までも時々は家族そろってたみたいだけど、でも澪は滅茶苦茶嬉しそうだった。俺は毎年恒例、家族で飯を食ってケーキを食って直哉と遊んでやった。なんか直哉とこうやって遊んでやるのも久しぶりな気がする。
今日はいっぱい遊んでやるか!
その日、俺は直哉と夜遅くまで遊んでいた。
***
パイモンside ―
「なー早く行こうよ!」
二十五日。今日は主の家でパーティを開くらしい。キリストの生誕祭を祝う行事など正直言うとしたいわけではないが、流れで参加をさせられることになってしまった。以前に召喚されたときに貴族のパーティに出席したことはあるが、そんな華やかなものではなく身内だけで行うらしい。主の家族が俺たちに会いたいと思っていなさそうだが……あまり気乗りはしないが、玄関でソワソワしているヴォラクは楽しみにしているようだ。そんなヴォラクにセーレが箱を渡している。
「なにこれ?」
「あ〜開けちゃだめ。ケーキ入ってるから」
律儀な奴だな。正直ここまで人間の世界になじんでいるとは思わなかった。ケーキを作るのも随分と手馴れているみたいで正直プロ顔負けだとは思う。ヴォラクがはしゃぐのも無理はない。
セーレはヴォラクにケーキを振り回すなとか、相手に挨拶をしろ等、親のように説教をしている。随分と信用されていないようだ。
「いい?絶対に迷惑掛けるなよ。パイモンがいるから大丈夫だと思うけど」
「わかってるよ」
どこまでわかっているか知らないし、俺に任されても迷惑なんだが。俺は何もしないぞ。その意味を込めて睨み付ければ、俺が待っているように感じたのかセーレがヴォラクの背中を押し、ヴォラクがこちらに走ってきた。
「いこ!パイモン」
「はぁ……」
こいつはなぜそんなに乗り気なんだ。本当にケーキが食べられればなんでもいいのか。
「気をつけて」
「はぁい」
セーレは俺達が出ていってから家を出るようで、シトリーに至っては前日から帰宅していない。好きにさせているが、何をしているのかは全く分からない。あいつとつるむ奴らもきっとタカが知れているだろう。
前を歩くヴォラクは上機嫌で腕を振ってスキップしている。喜ぶのは構わないが、その箱の中身がどうなっても俺は知らんぞ。
「おい、あまり振るな。ごちゃごちゃになるぞ」
「わかってるよ」
俺の注意を説教と捉えたのか、振り返った顔は不機嫌そうに唇を尖らせている。こんな子供っぽい奴だったか?人間の世界に随分と感化されたんだな。
ヴォラクと会話を交えながら歩くこと十分、交差点に差し掛かり信号が青になり歩き出そうとした瞬間、懐かしい気配を感じて足が止まった。俺が足を進めないことを不思議に思ったヴォラクも振り返り、交差点の前で立ち止まっている俺の横を邪魔だと小声で文句をつけて若い男性二人が通り過ぎていく。
「パイモン?」
「先に行ってくれ。少し気になることがある」
「悪魔?」
正直、こいつに言う必要はないが食い下がってくるヴォラクは手伝うとでも言いたげだ。それが煩わしく真っすぐと見つめ一言だけ言葉を放った。
「行け」
その一言に相手が自分を必要としていないと察したヴォラクは遅れるなよ、と釘を刺して背中を向けた。ヴォラクの姿が見えなくなったところで踵を返し、足早に気配がする方に移動する。なぜ、今更?落ち合う日はまだ先のはずだ。火急の要件でもあるのだろうか。
辿り着いた場所は駅裏の路地だった。都内で人のいない場所を探す方が難しく、こんな場所でも人は歩いているが、大通りよりもはるかに少ない。ここで俺に伝えたいことでもあるのか。
随分と懐かしい気配がした。それもかなり強力な気配。俺はこの気配を知ってる。わざわざここに出向いて俺に伝えなければならない事があるのだろうか。相手はすぐに現れた。
「パイモン」
「バティンか。久しぶりだな。そっちはどうだ?」
俺と同じ、ルシファー様の側近、悪魔バティン。定期的にコンタクトは取っていたが、日本にまで足を運ばせているのは知らなかった。バティンは人のいい笑みを浮かべながら俺に近寄る。
「ぼちぼちだね。やっと僕の理想の契約者を見つけたんだ。早く君にも紹介してあげたいよ」
地獄でも愛想がいいと評判のバティンはニコニコと人のいい笑みで嬉しそうに語る。表面上はこれだが、裏ではいろんなことを考えてえげつないことでも平気で行うから俺でもあまり敵には回したくない存在だ。
「今日はお客さんも一緒なんだ。どうしてもパイモンに会いたいって言ってさ」
「お久しぶりパイモン。この間はお世話になったなぁ」
「貴様……ボティス!」
ボティスはニヤニヤ笑い俺に向こう側を見るように首を向ける。そこにはもう一人、悪魔が待機していた。
「ラウムか」
「よっ」
そこにいたのはボティスの相棒ラウム。ラウムは挨拶代わりに軽く手を挙げる。
なんだこの状況は。なぜ俺の前にこいつらを連れてくるんだ。こいつどういうつもりだ。コンタクトをとってきたのはお前の方からだろう。
「喧嘩はしない、その約束で連れてきたんだよ。パイモンも随分楽しそうじゃない。今日は僕たちにとってはあまりいい日ではないのに今からパーティーかい?羽目を外すのはほどほどにね」
「好きで行くわけじゃない。俺だって付き合いという物がある」
「うん、でも僕を優先してくれて嬉しいんだよ。わかるだろ?」
お前の機嫌なんか知るか。いつもと変わらない外面がいいだけの笑みに見えるが?しかしこいつ何しに来たんだ?説教でもしに来たのか?相変わらずうるさい奴だ。
バティンはチラッとボティスとラウムに視線を向けた後に、こっちに向き直った。それが何を意味しているか分からないほど、こいつとの付き合いは浅くない。
「さて、今日は君の最近の状況についてだよ。同胞をばっさばっさ倒してくれてるそうじゃないか。審判を行わせたくないんだろう?争いごとが嫌いな君の考えも言いたいことも分かるし、それは個人の解釈だからとやかくは言わない。でも僕自らが来たことも含めて考え直してほしいんだ。今ならばなんの咎めもなく戻ってこれる。こんなことはもうないよ。君がヴォラク達も連れてきたら彼らの罪に対しても不問にするように僕が働きかけるよ」
「俺がルシファー様を裏切ると?俺はこれでも十分忠実に動いてきたつもりだが?」
「うん、それは僕も分かってるよ。君の目的を果たすためにある程度の自由は認めてるけど、流石に君と戦う悪魔がかわいそうだ。ボティスも泣きついてきたんだよ。もう少し手加減してあげてくれ」
「そいつが弱いのが悪い」
「バティン聞いた!?お前パイモンにどういう教育してんだよ!」
ボティスが喚き、ラウムはそれを楽しそうに笑っている。その腰にはアイオライトが散りばめられたベルトが巻かれていた。アイオライトはラウムの契約石。契約石を身に着けているということは……
「お前も契約者がいないのか?」
「性に合わなくてね。使われるよりは使いたい派なんだよ俺」
何も行動せず大人しくしているのならば見逃してやったが、今ここで斬るか?だが俺の考えが伝わったのかバティンが駄目だというように首を振る。大体なんでラウムとボティスを連れてきた。俺に対する嫌がらせか。
言いたいことだけを告げて帰るというバティンに一つだけ俺から問いかけた。
「バティン、審判を起こす必要……お前はあると思うか?」
振り返ったバティンの表情は分かりづらいが、こいつとの付き合いは長いほうだと自覚はしている。愉快犯にとって、今の状況は面白いものなんだろうな。
「僕は派手な祭りが大好きだから、楽しみではあるよ?でも別に人間が滅ぶ必要はないと思ってるけどね」
意外な返答に俺だけじゃない、ラウム達も目を丸くした。
「僕はルシファー様の命令に従うよ。ルシファー様が是と言えば是。否と言えば否。ほら、僕は君みたいに堕天使じゃないから天使たちに恨みもないし、審判なんかどうだっていいんだけどね」
「そこにお前の意志はあるのか?」
「もちろん。だから命令内で好きにやらせてもらうんだよ」
こいつが表立って参戦してくると面倒なことになるな。こいつの契約者も不明のままだし、こいつがここまで気に入っているとなるとタダ者ではなさそうだ。
バティンは今度こそ帰るようで背中を向ける。
「とりあえずパイモン、まだ今はルシファー様は怒っていないってことは伝えとくよ。また今度」
三人はその場を去っていく。いなくなったことを確認して、踵を返す。少し遅くなったがまだ間に合うだろう。
「ルシファー様は怒っていない、か」
バティンが言いたいことはなんとなくわかった。ラウムとボティス、部外者がいるあの場所じゃ本音を言えなかったんだろう。だが安心しろ。お前の言いたいことはちゃんとくみ取った。実行するかは別だがな。
主の元に行こう。主は優しいから俺を多分待ってくれている。遅くなっても、行けなくなっても。
解説
サタネル…悪魔の王であることを表す名称。もともと特定の悪魔を示すものではなく、悪魔の中でも上位にある者である。
ルシファー、ベルゼバブ、ベリアル、アザぜル、アスモデウス、サマエル、マステマ、レヴィアタン(リヴァイアサン)、ヘベモト(ベヒーモス)、アバドン、サタエナルなどがあげられる。
場合によってはモレク、ラハグという悪魔も含まれる。
7つの大罪…人間が持つもっとも醜い罪の7つといわれている。
傲慢、嫉妬、暴食、色欲、怠惰、貪欲、憤怒がその7つといわれている。
それぞれルシファー、レヴィアタン、ベルゼバブ、アスモデウス、ベルフェゴール、マモン、サタンという悪魔がそれを司るといわれている。
ちなみにルシファーは魔王として存在を知られている。