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第5話 天使

 ソロモンの指輪を手に入れて、初めて悪魔と戦った。いや、戦ったと言うのもおかしな話だが、ストラスの言っていた意味が何となく分かった気がする。あんな奴らが契約者見つけて暴れまわったら大変なことになる。そういう意味ではストラスの言っていることは理解できるんだ。ただ、自分が率先して悪魔と戦えと言われると、簡単に肯定はできない。

 その日、変な夢を見た。俺はあの指輪を使って天使を呼び出していた。あいつらは俺の前に跪き、頭を垂れている。意味が分からない光景を第三者のような気分で眺めている自分に天使が手を伸ばし、あいつらが何かを呟き、俺の額に手を伸ばしたんだ。



 5 天使



 『拓也、どうしました?』


 ベッドから勢いよく起き上がった反動で、俺の上で寝ていたストラスはベッドから振り落とされ、床から不機嫌な声が聞こえてくる。

 床に弾き飛ばされたストラスは眠そうな顔をしながらも不機嫌なオーラ全開でこちらを睨んでいた。慌てて謝ってストラスをベッドに戻して、言い訳をする。


 「いや、変な夢見てさ」

 『夢を見るのはかまいませんが、私にまで被害が出られては困ります。おかげで目が覚めたじゃないですか』


 嘘つけ。今にも眠ってしまいそうなくせに。せっかく起きたんだ、ついでに話を聞いてもらおうかな。


 「悪い。なぁストラス、この指輪ってその……天使とかも引き寄せるのか?」


 我ながらなんと馬鹿げた質問だろう。悪魔だけでも頭が痛いのに、天使まで出てきたらきっと俺は頭がパンクする。

 ストラスは黙って俺を見ていた。ぜってーなに馬鹿なこと聞いてんだって思ってるな。


 『貴方には最初申した通り、その指輪はもともと神ヤハウェの命を受けた大天使ミカエルより授けられた指輪です。貴方がその指輪を通して天使の存在を感じたのなら、それは恐らく間違いではないでしょう』


 自分が予想していた答えとは真逆の返答をされて言葉に詰まる。つまり、あの夢も、ありえない話ではないと言う事か?冗談きつい、止めてくれよ。自分で聞いたくせに話の展開についていけない。本気で言ってんのか?

 だとしたら、指輪を通して人にメッセージみたいな夢を見させるなんて、質が悪すぎる。


 「ならなんでお前たちみたいに姿を見せないんだ?」

 『天使は我ら悪魔を毛嫌いしてますからね。その指輪も元々は我々悪魔を使役するために作られた物ですし』


 私が近くにいるから、姿を現さないんじゃないですか?

 眠気が勝っているせいか、ストラスの返事はだいぶん適当で、早く会話を打ち切りたいと言う本心がひしひしと伝わってくる。現に相当眠たいみたいで、あくびをしているストラスを長話に付き合わせるのは可哀想で、全くもって腑に落ちないけど、これ以上聞くのを止めた。


 「起こして悪かったなストラス。おやすみ」

 『はいはい。おやすみなさい拓也』


 ストラスもこんな感じだし、なんだか考えるのが億劫だ。真面目に考えても意味が分からないだけだろうし、眠ってしまおう。


 もう、あんな夢は見なかった。


 ***


 「おはよー」

 「あ、おはよー拓也」


 次の日、学校に登校した俺を光太郎は普通に接してきてくれた。昨日のことが無かったかのように挨拶をされて、本当は夢だったのではないかと思ってしまうほどだ。


 「中谷、今日から真面目に朝練出てるみたいだな」


 でも、光太郎の言葉に安心と夢ではなかったと確認する。窓からグラウンドが見えて、もう朝練が終わった野球部は後片付けをしていた。この中に今日は中谷がいるんだろう。やっぱ中谷は野球やってる姿のが生き生きしてるからな。

 そんな事を考えていると光太郎が少し戸惑いがちに話しかけてきた。


 「昨日の傷、大丈夫か?」

 「ん?ああ別に?完全に閉じちまった。すげえよなぁ」

 「昨日のこと、正直未だに信じられないんだ。でも、お前のこと気味悪いとか思ってないし、あの子供のことも怖いと思うけど、事情を知らないと何とも言えない。俺にも手伝えることがあるかもしれないんだ。お前が嫌じゃなかったら全部教えてほしい」


 全てを知ったうえで、俺に協力したいと光太郎は告げた。

 気味悪がられるんじゃないかとか、晒し者にされるんじゃないかと言う考えを一瞬でも持ってしまった自分が情けなくて恥ずかしい。光太郎はこんなにも真っすぐ自分を見つめてくれているのに。


 「今日、全部話すよ。ありがとう光太郎」


 その言葉に安心したように光太郎は笑った。


 「池上、広瀬、ちす」

 「あ、中谷。練習お疲れ」


 話している俺たちの元に朝練を終えた中谷が近づいてくる。少し気まずそうにしながらも、席に来て小さな声で昨日はごめんと言ってきた。気にしていないと言えば嘘になるけど、もう終わったことだ。中谷が話してもいいと言う日が来たら、なぜ契約しようと思ったのかくらいは聞いてもいいのかもしれない。


 「俺たちは大丈夫。甲子園行くことになったんだから頑張らないとな」

 「おう!初戦敗退しないように頑張んないとな!」


 俺達が普段通りに接してくれることを確認した中谷は笑顔を作った。その笑みはいつも明るく笑っていた時の中谷そのもので、自分の知っている中谷が戻ってきてくれたことが嬉しかった。

 予鈴が鳴り、担任が教室に入ってきたことを確認して光太郎が自分の席に戻っていく。中谷も戻ろうとして、立ち止まる。


 「池上、なにかあったら言ってくれよ。お前は俺を助けてくれたんだから、今度は俺がお前の役に立たないとな」

 「中谷……」

 「へへ、じゃあな!」


 そういうと中谷は照れくさそうに笑い、小走りで自分の席に走っていった。まさか、こんなことになるなんて思っていなかった。でも、一人で抱え込むよりかはずっといい。話を聞いてくれるだけでもいいんだ。こんな意味の分からない現実を一緒に受け止めてくれる人がいるのは、心強かった。

 帰りヴォラクのとこにでも寄ってみるかな。あいつがどうしてるか気になるし、光太郎も誘ったら着いてきてくれるだろうか。行くならコンビニで飴を買っていってやろう。きっと喜ぶ。


 ***


 オートロックの玄関の鍵は光太郎が持ってんだけど一応インターホンを鳴らしてみる。こいつ出ることができるんだろうか。しかしその心配は杞憂に終わり、ヴォラクの感極まった声が聞こえてきた。


 「すげーすげー!拓也と光太郎の顔が映ってる!おもしれー!!」


 いや、はしゃぎすぎだからね。しかも開錠してくれてないし。


 「早く開錠ボタン押してくれよ」

 「え?これのこと?」


 自動ドアが開き、俺たちが画面から消えたことにヴォラクの感動は止まらない。いまだにすげえ!と言う声が背中に聞こえ、なんだかとてつもなく恥ずかしい!!


 「すげードア開いた!」

 「今からそっち行くから玄関の鍵開けとけよー」

 「はーい」


 エレベーターに乗り、十階に着くとヴォラクは玄関の前に立っていた。なんだか子供がこうやって玄関で待っていると、すさまじく健気さを感じてきて可愛く見えてしまうんだけど……相手が悪魔だとしても。

 ヴォラクは俺たちの姿を見るや否やとびかかる勢いで走ってきた。


 「あ!拓也ー!と、その友達!!」

 「部屋で待ってりゃいいのに……それとはい。お土産」

 「え、飴!?拓也って貴族なのか!?これ、高級品だって言ってたのに……!しかもすげえ入ってる!!お前、ハプスブルク家の直系の子孫か?」


 おいなんだよその例え!!飴買っただけでハプスブルク家なんて初めて言われたわ!!

 光太郎と一緒にふきだしてしまい、笑いをこらえられない俺達をヴォラクはいたって真面目な顔で見ている。これ、誤解といた方がいいんだろうけど、誤解といたら切れられそうで言い出せねえよ~

でもヴォラクのさっきの発言から、やっぱりこいつ少なくとも百年近くは人間の世界に召喚されていないってことが分かったわ。

 ヴォラクは飴を嬉しそうに受け取り中に入っていき、俺と光太郎もそれに続く。


 その時、体に何か違和感を感じた。誰かに監視されているような、妙な居心地の悪さ。後ろを振り返ってもだれもおらず、自分の勘違いなんだろうか?

 昨夜の夢の件もあるし急に不安になってきたな。やっぱりストラスにもう少し聞いとくべきだった。

 ヴォラクと光太郎が俺を呼び、とりあえずマンションに上がる。


 そこで、二人にどうして指輪を手に入れることになったのかを話した。光太郎は勿論レベッカについては知っているが、ヴォラクは事情を知らないため、半信半疑だったが、最終的には俺が召喚者ではないことを信じてくれて首をかしげる。


 「じゃあ、誰が俺を召喚したんだろ。痕跡も何も残ってないんだよ。気づいたらよくわかんねー所に飛ばされてさ」

 「ヴォラクってどこに召喚されたんだ?」

 「いや、俺も日本の地理を全く知らないからわかんねーんだよ。適当にふらついてたら中谷見つけて契約したから。基本的に活動は夜中にドラゴンに乗って空飛んで移動してたから、標識とかも見てないし」


 ヴォラクは召喚者を探していたそうだ。その時に中谷を見つけ、面白そうだからと言う理由で契約をしていたんだそう。


 「お前って、よく考えたら中谷殺そうとしたり、真正のクソだよな」

 「あー?契約内容をきっちりしないあいつが悪いんだろ。お前との契約はきっちり内容決めてるんだから襲いやしねーよ」


 当たり前だ!!


 その後、俺と光太郎はヴォラクの様子を確認して、小一時間ほど雑談して岐路についた。

 

 ***


 「じゃーな。拓也」

 「おう」


 光太郎と別れ、昨日の河川敷を歩きながら思い返す。ここで昨日、悪魔と戦ったんだよな……夢じゃなかったんだよな。通行人たちは昨日、あんなことがあったと言うのに、何もない日常が今も流れている。見つけてもらえないと理解した時の絶望感は半端じゃなかった。

 なんだか少し寄り道したくなり、河川敷に降りて座り込んだ。


 「この指輪が天使とか神様とつながってんのなら……俺を助けてくれたりしないのかな」


 ぽつりとつぶやいて指輪を見つめる。昨日、ヴォラクを倒したのはこの指輪があったからだ。この指輪がなければ巻き込まれなかっただろうけど、これがなければ死んでいた。天使の力だとヴォラクは言った。だとしたら、誰かが俺を守ってくれたりとかするんだろうか。

 返事のない指輪に話しかけても意味がないと分かっているが、しばらく指輪を見つめていると、どこからか声が聞こえた。


 『指輪の主よ』

 「へ?え?」


 顔をあげて周囲を確認するも、辺りに人なんか一人もいない。じゃあ、この声はどこから?しばらく周りをキョロキョロしてたら急に指輪が光りだしてのけぞってしまう。

 でももしかして、こいつが俺を監視してたやつなんだろうか?もしかしてさ……


 「天使……?」

 『やっと気付いていただけましたか。貴方が気付いてくださるのを待っていました』


 やっぱりそうだ。誰だかは知らないけど、天使だ!気づいてくださるのを待っていたと意味の分からないことを言ってるけど、この指輪は本物だ。


 『私の名はミカエル。栄光の天使の一角を担う者です。そして貴方は唯一私を使役できるソロモンの継承者』


 ミカエルとか聞いたことある!よくそういう系の漫画や映画とかで大体出てくる天使の中でもすごい奴!これ本物なのか!?

 周囲に人がいないことを確認して、こそっと指輪に小さな声で話しかける。


 「あの……話の筋が分からないんですけど」

 『貴方はこれからソロモン72柱や、七つの大罪とも戦わなければなりません。そのときに貴方はその指輪を通して我々天使や神の力を使うことが可能なのです』


 質問したのに答えが聞けるどころかなんか更に話がぶっ飛んできたぞ。しかもこいつ聞く耳もってねーし。要するに俺はこの指輪使ってこいつらの力を借りて、昨日みたいに悪魔を倒せと?てゆーか七つの大罪って何?頭に?を回しているとミカエルは微笑んだような小さな笑い声が聞こえた。


 『混乱するのも無理はありません。これは大きな争いになります。ですから我ら天使も力を貸すことにしたのです』


 うわーはい出たー。陰で協力します宣言。俺じゃなくたっていいじゃん。てかおたくらが戦えばいいのにさ。って言えればいいんだけどなー


 「ていうかなんでそれが俺なんだ?もっと他にいただろう?」

 『それは縁です。貴方がその指輪を手に入れ、指輪は貴方を選んだ。それだけのこと』


 それだけのことって……言ってくれるじゃねーか。


 「てゆうか力貸すとか回りくどいことしないでさ!最初からあんたが悪魔倒せばいーじゃん!人外の戦いに人を巻き込むなよ!」


 言ってやった!お前が倒せばいいじゃん?お前は高みの見物かよ!?

 天使の力を貸してあげますとか言うなら、お前たちが直接出向けばいいだけの話だろ!どうして一般人を巻き込む必要があるんだよ!


 『貴方でなければ意味がないのです。悪魔を使役するのは指輪に選ばれた者しか行えません。貴方でなければ駄目なのです』


 何だよそれ……選ばれたものって聞こえはいいけど、これセール品で買った指輪だよ。こんなの選ばれたもクソもないじゃん。へたりこんでしまった俺を励ますようにミカエルは言葉をつむいだ。


 『貴方に神の加護があらんことを。アーメン』


 そんな言葉に、何の意味があるっていうんだ。

 指輪の光が消えていき、ミカエルの声も聞こえなくなる。残された俺はガックリと項垂れた。もう意味が分からん。天使って本当にいたんだなー……ていうか俺ってすごくない?天使にまで見込まれちゃったんだぜ?

 一人で乾いた笑いを浮かべた後に項垂れる。帰ろう、なんかもう色々疲れた。とりあえず寝る。


 ***


 『拓也、遅いではありませんか!』

 「なんだよ、遅いってまだ十七時半じゃん」


 帰ってくるなりストラスが文句をたれてきて、周りをバサバサ飛び回っている。うぜえええええ!!今疲れてんの!お前の相手してる暇はねーの!なーんで天使に振り回された後にお前に振り回されんといけんのじゃい!俺の平穏はどこにあるんだよ!!

 しかしストラスが目の前で落としていった紙切れを見て、そんな気持ちがぶっ飛んでいく。


 「これ一万円札じゃねーか!!?スススストラス!?これどこで!?」

 『どこでといわれましても……普通に公園でですが?』


 公園に普通に一万円札は落ちてないよ!しかも三枚も!ていうか勝手に出て行ったな!?


 『公園に財布が落ちていたのです。そこから少し抜かせてもらいました。心配せずとも誰もいないことを確認しましたから』


 つまり盗み?こいつ意外と悪いこと平気でやるんだな。やっぱ悪魔か……

 本来なら警察にもっていかなきゃいけないんだろうけど、ストラスの餌代とかヴォラクの飯代とかで既に俺の財布は空っぽだ。昨日、あれだけ頑張ったんだ。皆のために悪魔と戦ったご褒美がなにかあってもいいはずだ。

 自分にそう言い聞かせて一万円を机にしまう。もう落とし主も誰かわかんないし……いいよね、使っても。別に悪いことに使わないし、この三万円はストラスとヴォラクの飯代に使わせてもらうだけだし。ありがとうございます!!!

 ていうか……そうだ!


 「ストラス!今日天使に会ったぜ!指輪から話しかけてきた!本物かは知らないけど!」

 『なんと!何もされなかったのですか?』


 グリンと首の角度を変えたストラスに思わずのけぞる。そうだ、フクロウってめちゃくちゃ首が回るんだった。ビビるわ。


 「おう。悪魔狩り頑張れだとさ。んなこと言うくらいなら自分でやれっつーんだよ。なあ?」

 『うーむ。私も悪魔の端くれ。なんだか複雑ですが……天使は訳が分かりませんからね』


 確かに、ストラスの場合は同胞狩りだもんな。なんでこいつ、こんな協力してくれるんだろ。


 「お前ってさ、悪魔なのに俺の行動止めたりしないの?」


 きょとんとしているストラスにもう一度、同じ質問をした。悪魔なのに、悪魔を倒していいのかと。ストラスは少し考えて頷く。迷いなく肯定されたことに目が丸くなった。


 『拓也、私は別に人間の世界を混沌に落としたいと思っているわけではありません。人間が望んで私たちを召喚するのは、また話が違いますが、我々が人間の意思とは別の意思を持って、この世界を荒らすことにいい感情を持っていません』

 「なんで?折角召喚されたのに」 

 『まあ、そうなんですけどね。そうですね……私は争いが嫌いです。悪魔が人間の世界に居座れば争いしか起こらない。そこに天使も加わると取り返しのつかないことになる。その前に、今までの平穏が戻ればいいと思っています』


 巻き込まないでくれと言う気持ちは変わらない。けど、俺のところに来てくれたのがこいつで良かったって思えるんだ。こいつの考えは共感できるもので、悪魔にもそんな考えを持っている奴がいることが純粋にありがたいとも思えるんだ。


 「……ありがとうストラス」

 『まあそんなことは置いといて……とりあえずこれでポテトチップスが食べれます。拓也、早速明日三袋くらい買ってきてください』

 「置いとくんかい!てか三袋ぉ?お前ポテトばっか食ったらデブになるぞ。俺いやだぜ、デブになったお前肩に乗っけて歩くの。ハズいし……デブラスじゃん」


 デブと言うパワーワードにストラスが固まる。目が泳ぎ、何を考えているか手に取るようにわかるほどの動揺ぶりに笑ってしまった。ポテトが食べたいけど、デブになるのは嫌だ。そう考えているんだろう。


 『……では何か体にいいものを頼みます』

 「生野菜くらいならすぐになんとかなるけど。お前人参とかそのまま食えそうじゃね?」

 『拓也……』

 「嘘だって。明日なんか買ってくるよ」


 ストラスと談笑していると扉がノックされ、母さんが来たのかと思い、ストラスをひっつかむ。


 「ストラス!とにかく隠れろ!」

 『拓っ!むぐ!』


 慌ててストラスをベッドの中に押し込んだ。ストラスの潰れた声が聞こえたけど気にしない。


 「はーい母さん?」

 「拓也?あたし」

 「澪!?」


 慌ててドアを開けると、澪が少し気まずそうに立っていた。

 ただいまも言わずに自室に篭ってたから澪が来てるのに気付かなかった。


 「えっと……どうかした?」

 「今日おばさんとおじさん同窓会で出かけるから二人なんだけど。あ、直哉君はお母さんの友達に同い年の息子さん?がいるらしくで、ついてっちゃったみたい……あたしも家に誰もいないから夕飯一緒に食べようと思って。冷蔵庫の物使っていいって言われたから何か作ろうかなって。何か食べたいのある?」


 え?そうだったっけ?どうりでただいまって言わなくても文句言われないと思った。あ、直哉っつーのは小五の俺の弟。生意気に育ってます。俺の母さんと父さんは高校からの付き合いで結婚した。珍しいほどの純愛だったとか。仲人も高校の友人がしたこともあってか今でも頻繁に連絡を取り合ってる。こりゃあ今日は帰らないかもな。


 「あーオムライスとか?ていうか澪がつくるんだよね?」

 「え、うん。上手くできるかわかんないけど。拓也が嫌ならどこか食べに行く?コンビニでもいいけど」

 「いや!大丈夫!!俺、オムライス食いたい!」


 そんなのオールOKだし!澪のなら不味くても食う、残さず!!


 「えっと、あのフクロウは?話し声さっきまで聞こえてたんだけど」


 ……これからはもっと小さい声で話さないとな。興奮して大声出してた。母さんにばれたら大変だ。


 「あ〜と……ストラスー出ていいぞー。ていうか今日はリビングにも行っていいから」

 『無理やり押し込んで今度は出て来いですか』


 あからさまに不機嫌な声でストラスはベッドからモソモソと出てきた。無理やり押し込んだせいで毛並みが乱れボサボサでふきだした俺を見て歯をギリっと鳴らす。


 「悪い悪い。っていうか父さんと母さんいないならヴォラク呼んでもいいかなぁ?あいつも一人で食うよりかは楽しいと思うんだけど」

 『拓也がそれでいいと思うのならいいのではないですか?私が行きましょうか?窓を突けばヴォラクも気付くでしょうし』

 「おっ助かる!くれぐれも窓に傷つけんなよ。あの家は光太郎の家だからな」

 『私の口ばしはそんなに固くないですよ』


 ストラスは窓の鍵を開け、外に飛び立っていき、俺と澪が残され沈黙が包み込む。とりあえず澪には悪いが、オムライスを追加注文しなければならない。


 「悪い澪。オムライス三つ作って。もう一人来るから」

 「え、うん。またあのフクロウみたいなのが来るの?」

 「あーまぁうん。見た目はちゃんとした子供だけど」


 やばい、澪明らかに怖がってる。そりゃ澪にとっちゃストラスさえもまだ慣れてないもんな。弁解しといたほうがいいのか?

 なんでお前は平気なんだ。とでも言うような視線を向けられて、取り繕ったような言葉しか出てこない。


 「あの、ストラスのこと慣れた?」

 「慣れない。喋るフクロウなんて……悪魔なんて」


 馬鹿!何言ってんだ俺!?澪が慣れるわけないじゃん!!

 でも他に何言っていいか分かんねえし、どうしたらいいんだろう。


 「えっと……なんつーかごめん。勝手に呼んだりして……えっと」

 「拓也は怖くないの?」


 澪の問いかけに、怖いと言う言葉は出てこなかった。あれだけ、ストラスがいなくなればいいって思っていたのに、あいつのことをいい奴だって思ったんだ。いなくなればいいなんて、もう思わない。

 返事をし損ねた俺に澪の眉が悲しそうに下がり、自分を守るための壁を作るように胸の前で手を組んだ。


 「普通は怖いよね?信じたくないよね?なんでそんなに平然としてられるの?あたしにはそれがわかんないし、信じられない」

 「……俺、悪魔に殺されかけたよ。めちゃくちゃ怖かった。本当に殺されるって思った。光太郎と中谷も巻き込んだ。でもさ、助けてくれたのってストラスなんだよ。あいつは傷だらけになって俺を守ってくれた。だから、あいつを怖いってもう思わない」

 

 澪に指輪を見せる。この指輪のせいだけど、外せないんだからどうしようもない。


 「この指輪のせいだってわかったんだ。でも全然外れない。この指輪がある限り俺はまたきっとあいつ等に狙われる。だから俺、戦わなくちゃいけない……らしい」


 澪は信じられないという目でこっちを見ている。

 信じられないのは無理はない。俺だってなかなか信じられなかったから。


 「拓也の言ってること……訳わかんない。なんで、指輪、外せないって……他に方法きっとあるよ。殺されかけたって可笑しいじゃん。外せないなら指切ってでも、そんな指輪なくせばいいじゃん!!」


 自分で言って、最低なことを言ったのを理解したんだろう。澪は泣きそうな顔で謝ってきた。


 「ごめんなさい。簡単に、指を切れなんて……そんなつもりで言ったんじゃないの」


 うん、分かってるよ。澪は優しいから、傷つけようと思って言ってるんじゃないってわかってるよ。だから大丈夫。澪の手を握る。


 「全部が終わったら、きっと……」


 その時、窓をつつく音が聞こえた。ストラスが帰ってきたのかな。て、えええええ!!??。


 「たーくーやーあーけーてー」


 窓の外にはストラスに咥えられたヴォラクがいた。

 ストラスめちゃくちゃ苦しそうだな。顔真っ赤だ……ってそうじゃなくって!

 慌てて窓を開けて、二人を家の中に引きずり込んだ。


 「ヴォラク、空飛んでくるな!歩いて来いよ!フクロウが人間持ち上げるなんて普通はありえないんだから!」


 やばい、突っ込みどころがわからない!それほどに俺は混乱している!!


 「えーそうなの?そういうとこすっごいめんどくさいね。でも拓也の家についてから飛んでもらったし気づかれなかったと思うけど。人間って馬鹿だから」


 今何気に人間全般批判しなかった?っていうか反省しろ!


 「えーじゃない!俺の言うことを聞け!俺はお前の主だろ!こっちの世界に来たんだからこっちの世界のルールに従え!」

 「権力振りかざしちゃ駄目だよー拓也」


 このガキ!!その光景を見ていた澪は逃げるように背中を向けた。


 「えっとあの……あたし夕食作るね!」


 そう言い残し、いなくなってしまった澪の背中を見つめる俺の服をヴォラクが握ってくる。多分澪に警戒しているっぽい。少し不機嫌そうに聞いてきた。


 「拓也、今の誰?」

 「澪。俺の幼馴染かな」

 「幼馴染?」

 「あー小さい頃から一緒にいる仲のいい友達ってこと」

 「ふーん」


 ヴォラクは自分から聞いてきたクセにどうでもよさそうに返事をした。


 俺はこのとき全く気付かなかった。

 澪が一人で泣いている事なんて……



登場人物


ミカエル…「神の如き者」を意味する天使軍団の筆頭。

      金色の長い髪をもった美青年の姿をとる。

      4大エレメントのうちの火を司り、栄光の7天使の筆頭でもある。

      4大天使の一角にも数えられている。

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