第49話 優しすぎた殺戮者
誰からの助けも入らず悪魔に剣を向けられている状況に直哉は澪に抱きついて怯えている。直哉にとっちゃ悪魔と戦う現場を見るのは初めてだもんな。いっつもストラスをいじめているから気づきにくいけど、本来悪魔ってのは危険な奴らなんだ。
俺は手に浄化の剣を出す。抵抗する意を現した俺をヴァッサーゴが鼻で笑った。
『無理だよお前には。お前のことをずっと観察していた。どこにでもいる普通の子供だ。武器を手に入れただけで俺たちに勝てるとか勘違いしている訳じゃないだろ』
「してなんかないよ。でも、抵抗せずに連れていかれるなんて、そんなの絶対に嫌だ」
49 優しすぎた殺戮者
ヴァッサーゴが剣を構えてこっちに斬りかかってきたため俺は慌てて剣にイメージを込める。今まで使ったのは竜巻とカマイタチと炎の壁だ。正直何を使用していいか分からず、竜巻をイメージする。こいつを吹き飛ばせる奴を……!
『いいのか?お前の魔法加減ができないんだろ?この狭い場所で使って、うっかりこいつ等に当たったらお終いだな』
それを聞いてイメージを吹き込むのを止める。でも気付いたらヴァッサーゴの剣が目前に迫っており、思い切り振り降ろされた。
「拓也!!」
やばい!!
どうしようもなくて恐怖で目を瞑る。しかしヴァッサーゴの振るった剣は俺を傷つけることなく、首筋で止まった。冷たい剣が首の皮に触れていて、恐怖で心臓がおかしくなりそうだ。助かったけど、どうして俺を殺さなかったんだ?目を開けばヴァッサーゴが笑みを浮かべていた。
『二回目』
「え?」
『お前が俺に首をよこしてきた回数。さっきで一回目、これで二回目。命がいくつあっても足りないな』
「うるさい!!」
俺は剣を振り回すも、ヴァッサーゴはそれを簡単に避け距離を取った。足立さんの魂を手で弄びながら、ベッドの端に腰掛けたヴァッサーゴは無表情でこちらを見つめてくる。
『なぜ、俺を召喚した?』
「え?」
『お前のことを観察していた。その指輪のことだって気づいていたさ。でも害がなさそうだから放置していた。でも、俺達悪魔の召喚者はお前だろ?天使に指示されて行ったのか?なぜ俺をこの世界に召喚した』
何を言っているんだ。俺が召喚者だって勘違いしているのは分かるけど、天使に指示されてとか、そんなのわかるわけがない。俺だって巻き込まれた被害者なのに。
「そんなの知らないよ!俺は召喚者でもないし、こんな指輪ほしくもないのに持たされてるんだ!お前の召喚なんて知るわけない!!」
『……俺が聞いていた話とは随分違うが、他に俺たち全てを召喚できる奴がいるとは思えないんだが。まあいい、詳しいことは地獄で聞こう。お前程度じゃ、どうせ俺を止めることなんてできやしない』
そんなの自分でも分かってるよ。でも戦わないとしょうがないだろ!?直哉と澪を守らないといけないんだよ!
そんな俺の気持ちを否定するようにヴァッサーゴは淡々と語る。
『お前に他人は守れない。自分さえも守れないのに、利由を守るなんて夢のまた夢だ。お前は誰も守ることなんかできない』
ヴァッサーゴはベッドから立ち上がり、再度俺に斬りかかる。あいつの言うとおり、俺は剣技なんてまともなことはできない。力任せに振り回すしか……それでも、戦わないよりはましだ!剣をヴァッサーゴめがけて上から下に振り下ろしたが予想通り、あっさりと剣は受け止められる。
そのままギリギリと音をたてて剣と剣がこすれ合うが、力が足りないのか、どんどん剣は俺の顔に近づいてくる。こっちがいくら力を込めても、ヴァッサーゴはびくともしない。こいつどんだけ力あるんだよ!
「ぐ、ぎぎ……」
『なあ、殺すのがそんなに怖いのか?迷いが見えるぞ』
一瞬の隙。その言葉により力が抜けた瞬間にヴァッサーゴの手が頭を掴む。
『拓也、ヴァッサーゴは相手の記憶を盗み取ります!貴方の記憶を盗むつもりです!』
ストラスの声が聞こえて自分の状況を理解した。俺の記憶を盗むだって!?盗んだって何がどうなるって言うんだよ!
『見せてみろよ……お前の過去を』
ヴァッサーゴがそう告げた途端、頭に黒いものが流れてくる。なんだよこれは!
突然頭痛が襲いかかり、俺は大声を上げた。
「うああぁあああぁぁぁあ!!」
「拓也!」
「兄ちゃんを放せー!!」
直哉がヴァッサーゴに飛びかかり、必死で俺を引きはがそうとしている。
「直哉君!」
『糞ガキが!』
ヴァッサーゴに飛びかかった直哉が蹴り飛ばされる、悲鳴をあげて床に転がった直哉が視界に入り、怒りで目の前が真っ赤になる。
「てめえ!!」
頭を掴まれながらも必死で腕をのばしてヴァッサーゴの首に掴みかかり、力を込める。ヴァッサーゴは苦しいのか、俺の頭から手を放したが抵抗する気がないのか腕がだらんと垂れる。何なんだこいつ……抵抗しないのか?そのまま震える手で首を絞める力を強めていく。
でもヴァッサーゴは苦しそうな顔を一つもせずに口元に笑みを浮かべたまま。
『また殺すか?シスターみたいに』
心臓が激しく脈を打つ。
『またその手を汚すのか?今度はもう戻れないかもしれないぞ』
「あ、あぁ……」
ヴァッサーゴを掴んでいた手が外れて、頭を押さえる。あの感触が再び思い出される。
『お前は正義の為にやってるみたいだけど……やってることはただの殺戮だ』
「さつ、りく……」
俺の耳元でヴァッサーゴが囁いた。一番、言ってほしくない言葉を。
『この人殺し……』
フラッシュバックされる光景。
血に染まった自分、倒れているシスター、呆然としているストラス達。俺が犯してしまった最大の過ちを。
一気に全身が熱くほてり汗が噴き出る。なぜ、こいつに弁解しなければならないのかも分からない。でも気づいたら口から自己弁護する言葉があふれかえっていた。
「違う!俺はそんなつもりじゃない!俺は何も悪くない!!全部、悪魔のせいだ!俺は、俺は!!」
俺は殺したくて殺したんじゃない!殺戮したんじゃない!
『拓也!』
ストラスが俺の傍に寄ってくる。
澪はこの光景を見て、震える指で携帯で電話をかけた。
「セ、セーレさん助けて!拓也が、拓也が……きゃあ!」
携帯が床に落とされ、顔を上げると澪がヴァッサーゴに胸倉を掴んで持ち上げられていた。澪は苦しそうに息を吐いてヴァッサーゴの手の甲に爪を立てる。
「澪!」
『なんだ?一丁前に助けるつもりか?人殺し』
「うるさい!澪を放せ!」
『何が違うんだ?血に染まったシスターは紛れもなくお前がその剣で斬ったからだろう。シスターの未来を奪ったのは誰だ?お前が手を下さなければシスターは死ななかったはずだぞ。まあどうでもいいことだ。理由はどうあれ、お前は殺したんだよ。今から俺がするようにな』
ヴァッサーゴの剣が澪に突き付けられる。やめろ!澪に手を出すな!やめろ!!
「澪ねえちゃんを放せ――!!」
『ヴァッサーゴ!止めるのです!』
直哉がもう一度ヴァッサーゴに掴みかかり、今度はストラスもそれに参戦する。
ヴァッサーゴは掴みかかった直哉に怒りのこもった視線を向けて剣の向きを変えた。おい、嘘だろ……やめてくれ。直哉に、手を出さないでくれ!!
『てめえ……今度は殺すぞ!』
澪を突き放し、ヴァッサーゴの剣が直哉に振るわれた瞬間、直哉の足から血が噴き出した。
「うわああぁぁぁああ!」
「直哉!!」
直哉はその場で倒れこみ、痛みのあまり涙を流し足を抑えている。どのくらい深く斬られたのか分からない。それでも足から出ている血の量は多く、床を真っ赤に汚していく。
「ああぁあああ!痛い!痛いよぉ!!」
『てめえもだストラス!』
『ぐぅ!』
ストラスも腹を切られ、その場に倒れこんだ。
「直哉君っ……ストラスっ!」
澪は乱れた息のまま、血を流している直哉に駆け寄り、ポケットからハンカチを取り出して直哉の足を縛る。直哉は足だからまだいいが、ストラスは腹をかなり斬られている。それでも立ち上がろうと足に力を入れては倒れこむ。
「誰か、誰か!誰か助けてよぉ!」
澪がストラスと直哉を抱きかかえ、泣き叫ぶ。でも誰も駆けつけてくれない。
『無駄だ。結界を張ってるからな、誰も気づきはしない。だぁれも……』
結界?じゃあまさかあいつらも……
***
パイモンside ―
「結界が張られている……」
「くそっ!これじゃ入れねえ!」
セーレが澪からの連絡を受け、光太郎や中谷に連絡を入れてやっと主の場所を特定して向かうが、病院は四方を角にして正方形の結界が張られていた。これほどの病院で結界を張っているとなると、終わってからの後処理が面倒なことになりそうなんだが。医療機器は問題なく稼働しているのか?動かず患者が大量死になどなったら最悪の展開だぞ。
シトリーはガンガンと結界を蹴りつけ、セーレもどこかから入口がないか探している。セーレは前回の主の件があるからか顔を真っ青にしている。同じ失敗を繰り返すことを恐れているように。
「澪の電話ではかなり焦った感じだった。それに電話の途中で……」
「相手がヴァッサーゴならおそらくどっかにタリスマンがあるはず。あいつはそれで結界を張っているはずだ」
「でもタリスマンは多分院内でしょ。しかも恐らくそのエネルギーは中の人間から吸い取ってるはず。そう考えたらこの院内の人間全部のエネルギーってことだよね?この結界壊すのって簡単じゃないでしょ」
ヴォラクの言うとおり、この結界は膨大なエネルギーの塊だ。壊すのはかなりの時間がかかる。
「いや、正方形の結界。おそらく四隅に小さなタリスマンが設置されてるはず」
「セーレ?」
「そのうちの一つを見つけて壊せば、そこから中に入れると思う。早く探そう、最悪の結末を迎える前に」
***
拓也side ―
どうすればいいんだ?どうすれば!
目の前には倒れている直哉とストラス、そしてそれを抱きかかえてる澪がいて、俺は全く勝てそうになくて敗北の二文字が脳裏によぎる。負けた場合は……どうなるんだろう。
『足手まといがいると大変だな』
「うるさい!」
立ち上がり震える手で剣を握りなおす。もう逃げている場合じゃない、本当にみんな殺されてしまうかもしれない。何が何でも勝たなければ……絶対に負けは許されない。
怯えながらも剣を持つ俺を見たヴァッサーゴが器用に剣を回しながらもこっちに向けた。
『俺を殺す覚悟、固まった?』
「してやる、なんだってしてやる。澪や直哉やストラスをこんなにして、こいつ等を守る為なら殺戮者でも人殺しにでもなってやる!!」
『その決意がいつまで持つか、だな』
ヴァッサーゴが剣を向け、俺も真似するかのようにヴァッサーゴに向ける。
無言が包み込み、体勢を低くした瞬間、ヴァッサーゴが真っすぐ俺に斬りかかってくる。さっきまでとスピードは段違いで今度こそ本気を出してきたんだと感じる。慌てて剣を立てて、その攻撃を防いだが、目の前で剣がすれるのが怖い、でもそれ以上に直哉達を傷付けたこいつが許せないんだ!!
「くっそおおぉぉおおぉぉぉおおお!!!」
いくら押し返してもヴァッサーゴはビクともしない。
逆にどんどん力を込めてくる。
『これなら!?』
「ひっ!」
ヴァッサーゴは一瞬で交えていた剣を受け流し、横から俺に切りかかった。
避けられない!
腹部を切り裂かれる痛みが走り、血が飛び散るのが見える。ウソだろ?俺、斬られたのか?
『威勢の割にあっけないな』
床に崩れ落ちて、痛みに耐える。痛い痛い痛い!
腹からはドクドクと血が流れて、とてもじゃないが戦えない。やっぱり、俺には何もできないのかよ……
「拓也、拓也ぁ……」
澪は涙をボロボロ流しながら直哉達を抱きしめる。そんな澪を見て、ここで諦めるわけにはいかないと、腕を地面につけ、起き上がろうと試みるも斬られた箇所が痛くて起き上がれない。
『まだ頑張るの?お前、もう戦えないだろうに』
「当たり、前だ。お前は皆を傷つけた……足立さんの魂、どうする気だ?」
『地獄に持っていく。それが契約内容だった』
「お前は本当にそれだけで足立さんに笑顔を見せてたのか!?あの笑顔は全部ウソだったのか!?魂をとるためだけに笑ってたのか!?」
ヴァッサーゴの表情が変わる。苦しそうに、辛そうに表情を歪めた。あんなに足立さんと楽しそうに過ごしていたお前が、本当に望んでこんなことをするのか!?教えてくれよ……お前の本当の気持ちを!
今まで淡々としていたヴァッサーゴの口から漏れた言葉は本心があふれ出て、感情を抑えきれていなかった。
『だったら、なんなんだよ……これが契約内容だった!しょうがないだろ!?あいつは最後まで内容を変えようとしなかった!だからこんなことになったんだろ!』
「だからって、もう生まれ変わることできないんだぞ!次こそは幸せに生きてほしいって思わねーのか!?」
言葉に詰まったヴァッサーゴが何かを決意したように手を差し出す。取引をするみたいに差し出された手は何かを要求している。
『俺達との契約の基本は等価交換だってこと、お前は知っているだろう。だから、お前の大事な人間の魂をよこせ。その魂をよこしたらこいつの魂は解放してやる』
つまり……直哉や澪たちに死ねってことか?そんなの!
『させるとおもってるのか?』
『パイモン……』
ヴァッサーゴの首筋に剣を突き付けるパイモンがいた。全然気配を感じなかった。でも良かった、これで……!
するとなぜか剣が俺の腕から消えてしまった。出したくても剣は出せず座り込んでしまって力が出ない。
「あれ?なんで!?」
『おそらく体力と精神力の限界なのでしょう。疲れた体では剣は出せない。それだけです』
そういうことか。確かにこいつ等が来て体の力が抜けたのは確かだ。気が抜けたことでものすごい痛みが襲い掛かり、座り込んで腹を抱える俺をシトリーが支えてくれる。
「すまない拓也、遅くなった」
「お前平気かよ」
セーレが申し訳なさそうに謝り、直哉と澪の方に近付いて行き、シトリーが俺に肩を貸す。
ストラスはヴォラクに抱きかかえられてぐったりしている。
『ストラスは大丈夫?』
「この怪我なら大丈夫だ。とりあえずヴァッサーゴを地獄に戻したら治療をしよう」
セーレはまずは直哉の所に向かい、血が出るのを抑えるため澪がまいたハンカチを更にきつく縛る。血はまだ固まっていないのか、少しずつ流れている血を見て直哉はまた大声で泣き始める。
「うあああああ!!」
「大丈夫だ。よく頑張ったね。澪も頑張った」
「……うん」
澪は涙を流してセーレにしがみつき、セーレは澪を受け止めて、あやすように背中を叩いた。
「お前パックリやられてんな」
シトリーは肩を貸しながら傷を見て顔をしかめた。
「痛い……でも頑張ったよ俺」
「ナイスガッツ」
俺とシトリーは拳を軽くぶつけ合う。
勝利ムードの俺達とは違い、ヴァッサーゴはパイモンに問いかけた。
『お前、何してんの?俺、こいつに手ぇ出したらまずかったの?こいつの保護命令でも出てた?』
『……俺の契約主だ。貴様の行動に目を瞑るわけにもいかないだろう』
『指輪を持っているから?だとしたらあいつはきっと無理だよ。使いこなせない。さっさと地獄に連れて行って開放してやれよ』
『それを決めるのはお前ではない。お前は今すぐその女の魂を放すんだ』
『無理だね。もう地獄に送ったからな』
『送っただと?』
ヴァッサーゴはフンと鼻を鳴らした。足立さんの魂を地獄に送った?さっきまで手に持ってたじゃないか……
途方もない罪悪感と絶望感が襲い掛かる。全て間に合わなかったのだろうか。
『逃がしてはくれないよなあ……』
『そりゃあね』
ヴォラクも剣を構えてヴァッサーゴを威嚇する。前には俺とシトリー、横にはヴォラク、後ろにはパイモン。分が悪くなったのか、ヴァッサーゴは剣を落としお手上げのポーズを取った。
『降参だ。地獄に戻すなり好きにしろ』
「好きにしろって事は、死んでもいいってことか?」
「拓也?」
澪が不安そうな声をあげる。でも許せないんだ……こんなに皆を傷つけて、こいつはなんの傷もおわずに地獄に戻ることが。
『構わない』
「生き返ることができなかったとしても?」
『俺の罪は一生消えない。地獄に落ちた人間の思念があればいつでも蘇る。生憎、俺の罪はそんなに重い物じゃないんでね。少しの思念でもすぐに蘇れる。まあ審判の日には確実に蘇る。そんなに先の話じゃない』
聞きなれない単語に反応して詳しく聞こうとした俺を遮ってパイモンが前に出る。
『主、こいつを地獄に返しましょう。これ以上血は見たくないでしょう?』
「俺は最初から殺すつもりはねーよ。聞いてみただけ」
でも返すにしても召喚紋はどうするんだ?このコンクリの床削って作るわけにはいかないだろ?
『召喚紋はどうしましょうか。拓也の剣がない今、どうやって作れば……』
俺は指輪を見つめる。
すると指輪はいつものように薄く輝きだした。
『召喚紋は何とかなりそうですね』
「俺、こいつの召喚紋知らない」
『そうだと思いましたよ』
パイモンは俺の腕を取って召喚紋を描いて行く。ヴァッサーゴは負けたくせに悔しそうな素振りは見せず、召喚紋の中に胡坐をかいて座っている。
「こいつの契約石あったぞ。クリソプレーズのタリスマン」
室内に契約石はあったようで見つけたシトリーが投げつけ、キャッチしたヴァッサーゴは契約石を雑に扱われたことに不快感をあらわにする。
『投げんなクソ』
「うっせぇバーカ」
なんか子供の喧嘩みたいだな。ヴァッサーゴはあきらめも入っているのか若干笑いながら俺を見る。
『拓也、悪かったな。俺の三文芝居なんかに付き合わせて』
どういうことだ?芝居って何のこと?意味が分からずに問いかけることもできず、パイモンが呪文を唱えたことでヴァッサーゴの体が少しずつ透けていく。
「あ、おい!」
『利由、今度こそ幸せに……』
そしてヴァッサーゴは消えていった。残された俺は何が何だかわからず、ただ呆けていたけれどヴァッサーゴがいなくなった場所から青白い光が出てきたことで意識が浮上する。これ……ヴァッサーゴが持っていた魂だ。魂はゆっくりと浮かんでいき消えていった。これが成仏したってことなんだろうか。
この光景を見ていたヴォラクがポツリと呟く。
「あいつ食ってもなかったし、地獄にも持って帰らなかったんだね」
「お前にも随分手加減して戦ってたしな」
「え?そうなの?」
「当たり前だろ。本気だしたらお前なんてもう胴体半分こだ。それに直哉とストラスにも……斬りつけること自体はアレだけど、命を奪うまではしなかった。意図してないとこんな斬り方はできねえ」
それはそれで怖い。でもやっぱりあいつ……
「優しかったんだよな……」
「彼は拓也に倒してほしかったんじゃないかな。彼女の魂を持っていくことに抵抗があった。でも手ぶらで自ら地獄に戻るのも裏切り者として認識されるから気がひけた。だから敢えて負けて地獄に戻されることでそれを回避した……俺にはそう思えてならない」
「買いかぶりすぎだ」
パイモンはバッサリと切り捨てる。それでもセーレは笑ったまま。
「彼は優しい奴だったよ」
***
全てが終わり、院内の電気が点灯し元に戻っていく。慌てて直哉や俺が流した血を拭いて、倒れていた人たちが起き上がる前に病院から逃げるように出る。今頃病院は大パニックだろうな、全員が意識を失って倒れているなんて。間違いなく明日のニュースのトップ記事を飾るだろう。
「でも大丈夫かな?病院って監視カメラあるよな?あれに俺たち映ってないかな」
「問題ねえだろ。すべての電子機器は止まってたしカメラも止まってたのは確認済みだ」
なぜそんなことをちゃんと確認してるんだシトリー……いや、そういう抜け目ないとこすっげえ助かるんだけどさ。
「う……ひぐ、痛い」
直哉はセーレにおんぶされた状態で泣き続ける。早く直哉を直してあげてほしい。斬られた腹を隠すために上からパーカーを羽織らされたけど、俺とストラスも痛みで歩くことができない。
「早く家に帰りたい」
「そうだね。じゃなきゃ治療もできないもんね」
「そうだけど、この体勢も嫌なんだよ!」
今の俺の体勢はシトリーにおんぶされている状態。歩けないから仕方ないけど、高校生がおんぶって……めちゃくちゃ恥ずかしくないですか!?面倒そうにシトリーがわざと落とすような動作するもんだから振り落とされないのに必死だ。
「うっせーなぁ……じゃあ一人で歩けよ。俺だってな、お前なんかを担ぎたくねーんだよ」
俺だって担がれたくねーよ!
俺はその恥ずかしい体勢のまま、家まで運ばれて行った。
***
「拓也、直哉!どうしたのその傷!?」
家に帰っての第一声は母さんの悲鳴。シトリーは俺を靴置場に投げ捨てた。
「いてーな!」
「うるせえ。あー男臭が移った」
「お前も男だろ!」
セーレは直哉を優しく降ろす。俺もこんな風に降ろせ。
「直哉君。傷の手当しようね」
「痛い?」
「痛くない。すぐだよ」
セーレの手に不思議な光が放出される。
直哉の傷は綺麗に閉じていく。それを見た直哉は興奮してはしゃぎだす。
「すっげーケアルだケアル!!」
「けある?」
聞きなれない言葉に首をかしげるセーレ。
「ゲームの回復魔法の名前だ」
なぜかシトリーが解説をする。なぜ知ってるシトリー。
セーレは直哉の頭を軽く撫で、俺に向きなおる。
「拓也は結構深いね。全部は直せないけどいい?傷は残らないだろうけど」
「うん。風呂で沁みない程度までな」
「それってほとんど直せってことだよな」
セーレは苦笑いして俺の腹にも手を当て、同様に傷を治していく。
「はい」
「サンキューな」
「次ストラスね」
セーレはストラスにも手を伸ばすが、ストラスはそれをやんわり断った。
『私は悪魔なのですぐに治ります。それよりも白魔術は専門の悪魔でないと、体に相当な負担がかかるはず。無理しなくていいですよ』
「お見通しか」
セーレは少し困ったように笑う。
無理させちゃったんだな……
「じゃあ私たちはこれで。主、お大事に」
俺たちの傷が治ったのを確認して、パイモン達は頭を下げて玄関から出て行こうとする。
しかし母さんが皆を呼びとめた。
「待って!」
「なにか?」
「説教か」
パイモンは少し緊張気味に、シトリーはうんざりした様子で振り返る。
「ありがとう。拓也と直哉と澪ちゃんを助けてくれて……」
母さん……
皆ビックリしている。まさかこう帰ってくるとは思わなかったのだろう。
「こちらこそ」
パイモン達は少し笑って、そのまま家を出て行った。
「母さん」
「今日、助けられたんでしょ?」
「うん。めちゃくちゃ助けられた」
母さんは俺の言葉に笑みを浮かべ、夕飯にしましょう。といって台所にはいって行った。直哉もその後を走って付いて行く。玄関に座り込んだままの俺に澪が近づいてきた。
「おばさん、よかったね」
「だな」
でも俺は助けてもらってばっかりだ。
今度こそはあいつ等の力なしでも澪と直哉を守れるようにならないと。
「ストラス」
『なんでしょう?』
「俺もパイモン達に稽古付けてもらうよ。いい加減強くならないとな」
『拓也……』
「夕飯食おうぜ」
俺達はそのまま台所に移動した。でも澪は浮かない顔。
「利由ちゃん、本当に死んじゃったんだね……これは悪魔のせいじゃないよ。病気だもん。だけどね……」
澪は両手で顔を覆った。
「だけどごめんね……今だけ泣かせて……」
「……うん」
声を殺して涙を流す澪に俺も知らず知らず涙がこぼれた。
優しかった足立さん。とっても明るい子だった。明るくて優しくて、少しだけ強がりで寂しがり屋な女の子だった。どうか次こそは笑って過ごせますように。病気なんかになりませんように……もしまた出会えたら、また一緒に遊ぼう。
俺と澪は母さんが俺たちを再び呼びに来るまで、玄関で涙を流した。