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第46話 一人ぼっちの少女

 あの後、家に帰った俺を出迎えてくれたのは母さんで、ストラスが一緒にいることに悲しそうに瞳を揺らしたが、俺が謝ると泣きながら抱きしめて何度もごめんなさいと繰り返した。そして一緒に頑張っていこうねって……

 それが嬉しくて悲しくて、俺はまた泣いた。



 46 一人ぼっちの少女



 次の日から俺は学校に行くことにした。母さんは心配そうにしてたけど笑って応えることでそれを振りきった。心臓がバクバクいってるのがわかる。俺が人を殺したなんて誰も知らないはずだ。だけど皆の態度が変わってないか、それが不安でしょうがなかった。

 人殺し、俺は人殺しなんだから……


 ***


 「お前なんで昨日無視ったんだよ」


 学校に来て席に着いた時に初めて他人と話した第一声がこれだった。上野は頬を膨らませて俺の背中をつついてくる。正直昨日は携帯をいじる余裕も元気もなかったから、悪い事したとは思っている。


 「悪い、電話に出る余裕もなくてさ」

 「おかげで雄一には着拒じゃね?とか言われるし〜……俺、お前に嫌われたと思ったよ」


 上野は大げさにオーバーリアクションをしている。少し悪いことしたな。風邪ひいたんじゃないか、心配してくれたんだよな。謝れば上野はすぐにチャラにしてくれて、その場はそれで終わりになった。

 会話を切り上げて前を向いて安堵の息が漏れる。大丈夫、上手く話せた。誰も、俺がしたことなんて気づいていない。気づくはずがない。俺がシスターを殺したなんて、バレるはずがない。分かっているはずなのに、「もしも」を考えてビビってしまう。罪を犯して逃走している人ってこんな気持ちなのかもしれない。

 その後、なんとか学校は平穏に過ごせ、少しずつだけど、やっと元の生活に戻れていっている気がした。


 ***


 「なぁなぁ。今日帰りに病院いかねー?」


 一週間後、十一月に入ってすぐ立川が俺と上野が話している中に混じってきた。一週間たてば大分気持ちも落ち着いており、未だに思い出すことはあっても何とか学校では普段通りに過ごすことが問題なくできるようになっていた。そんな中、急に出てきた病院というワードに首をかしげる。

 なんだって病院?どっか具合でも悪いのか?


 「なんで?」

 「いやさー。藤森一昨日から休んでたじゃん?」


 話はクラスメイトの藤森のことだった。そういやそうだったな……連絡したら結構ひどいと返信が来てから連絡が取れなくなってみんな心配してたんだ。まさか、藤森入院したのか!?


 「んでさー昨日病院に検査しに行ったら肺炎だったんだって。しかもかなり拗らせてるみたいで二週間くらい入院するらしい」

 「マジで!?」


 藤森肺炎にかかったのか!?たしかに一昨日は学校来てなかったけど……可哀想だ。てか肺炎って大丈夫なのかよ。


 「おう。でさ本人は熱がある程度下がったらしくて暇だ暇だ言ってっから見舞いに行ってやろうと思ってさ。俺って優し〜」

 「えー俺行こう。拓也はどうすんだ?」

 「俺も行くわ」


 藤森とは結構仲がいいし、連絡だってそこそこ取っている。お見舞いに行っていいのなら俺も行きたい。俺達二人が行くことを告げると、立川は決まり!といい、藤森に連絡を入れている。他にも桜井と光太郎も行くと言っているようで、要はクラスでつるんでいる上野達と、そのグループと比較的仲のいい俺たちに声をかけてきたようだ。部活やってる奴は行けないらしいが。じゃあ中谷は除外か……ってことは……


 「中谷以外いけんだっけ」

 「いえすいえす。俺と桜井と、上野と、池上に広瀬だな。五人で行けば上出来っしょ。中谷は部活終わりに顔出すってよ」


 あーね。確かに中谷の時間に合わせるのはきついし、これが一番いいんだろうな。立川は見舞いにお菓子でも買って行ってやろうと言っており、学校帰りにコンビニによって病院に向かうことにした。


 ***


 放課後、集まったメンバーでコンビニでお菓子やデザートやジュースを購入し、バスに乗って病院に向かう。藤森が入院してる病院は、藤森の家から結構近い総合病院だった。院内は広く、お見舞いの患者家族や俺達みたいな友人でにぎわっている。


 「え〜と……とりあえず受付すますから、そこらへんで固まってて〜」


 立川はそう言って受付に向かい、俺は光太郎と桜井と上野の四人で待っている間、雑談をする。話題はもっぱら藤森のことだ。肺炎にかかるとか、よほどのことがあるんだろうか。


 「つかよ、藤森肺炎とかマジ持ってるよな。普通中々かからんぜ」

 「でもちょっと前からなんか胸らへんムカムカするみてーなことは言ってた」

 「風邪拗らせたんかな。微熱続くとは言ってたよな」

 「かわいそうに藤森」 


 話している間に立川が戻ってきた。

 お見舞いに関しては担当病棟のナースステーションで話を聞けと言われたらしく、藤森に連絡すると五階の病室にいると返信が帰ってきたため、広い院内の中にあるエレベーターを探して移動する。

中は車いすの人や点滴をしている人、入院している人も売店などで買い物をしており、歩いている人は非常に多い。


 「うおっ」「きゃっ」


 よそ見していたせいか、俺は一人の女の子とぶつかってしまった。俺たちの声で振り返った桜井が呆れた声を出し、皆がその場に立ち止まってしまった。


 「何してんだよ池上〜」

 「あーごめん。先行ってて。すぐ行くから」

 「藤森の病室5301だからな」


 皆が行ったのを見て、俺はその子を抱え起こした。

 寝巻きみたいなものを着てるということは、この子は入院患者なんだろうか。点滴とかしてなくてよかったー。点滴かける棒みたいなのもひっくり返ったら大惨事だ。多分、俺めっちゃ怒られる。


 「ごめんなさい」


 謝ってきた少女に俺も謝って立ち上がらせようと腕をつかんだ。少女の腕はかなりやせ細っており、軽いせいかすぐに少女の体は浮いた。


 「あ、いやこっちこそ……前確認してなくて、大丈夫ですか?」

 「はい、ありがとうございます。お見舞いですか?」

 「あーまぁそんなとこです。クラスメイトが肺炎にかかっちゃって」

 「大変ですね……すぐ良くなるといいですね」


 少女はにっこりと笑った。年も近そうな少女が入院しているという事実になんだか同情してしまい、うっかり図々しいことを聞いてしまった。


 「えっと、そっちはなんか病気で?」

 「うん。そうですね、結構前からここにいますね」


 うわああ!!馬鹿、俺の馬鹿!そんなの聞くもんじゃないだろ!空気読め馬鹿!!自分で自分を殴りたい!!!


 「そう、ですか。あの、じゃあ俺そろそろ行きます。お大事に」

 「はい。また会えるといいですね」


 俺は軽く頭を下げて藤森の病室に向かった。

 藤森の病室は結構奥の方らしく、エレベーターで五階に上がって歩いて三分……まだ着かなかった。あともうちょいだろうな。まっすぐ院内の廊下を歩いていると、向かいから一人の男性がこっちに向かってくる。その男性は奇抜な格好をしており、黒いが所々に青いメッシュが入った髪の毛、ゆるいTシャツとズボンをはき、靴はサンダルというラフな格好だった。年は間違いなく上っぽいが、どう見てもチンピラにしか見えない。病院には場違いなような格好だ。


 その男性はすれ違う直前に立ち止まり、まかさの声をかけてきた。予想外の展開に思いきり肩が震え、恐る恐る振り返る。院内でカツアゲや暴力なんかないって信じたい……


 「な、なんでしょうか?」


 予想以上に震えた声を出してしまった俺を男は気にした様子もなく要件を言ってくる。


 「髪の毛が肩より少し下で軽くパーマ巻いてる女見なかったか?」


 え?誰だそりゃ。そんなの通りすがりの俺がわかる訳ない。考えても、さっきぶつかった少女がそのくらいの長さだったことしかわからない。でもこの病院ってかなり大きいし、この子かどうか自信はないが。


 「あー、あってるかは分かんないけど、その髪型の子なら売店の前に居ましたよ」

 「マジか?あいつ勝手にいなくなって……悪いな」


 男はそのまま俺が言った方向に歩いて行った。なんか……見た目マジこえー。でもわざわざ見舞いに来てるんだから、悪い奴ではないのか?少し失礼なことを考えながら藤森のいる病室に急いだ。


 ***


 「お前らマジで来たのかよ!超絶感動なんですけどー!」


 藤森の病室の前に着くと、クラスメイト達と盛り上がってる藤森の姿があった。声も大分出てるし、本当に体調は回復に向かっていて暇なんだろうな。俺が病室に入ると藤森が俺を見つけて手を振った。


 「よお池上!わざわざ悪いな」

 「それはいいよ。お前大丈夫なんか?」


 藤森は平気平気と笑った。


 「注射と飲み薬で治るみてーだし。早く良くなってサッカーしてーよ」

 「やめとけやめとけ。今せっかくいい線いってんのにお前が戻ったらまた試合負けるわ」

 「んだとこらー!大体俺はまずスタメンじゃねえ!」

 「それもそれで切ね―――!!」


 病室にドッと笑いが起こる。やっぱりいじられキャラの藤森の返しは上手い。皆が楽しそうに藤森の周りを囲んで盛り上がっている。俺も光太郎と一緒に藤森を茶化したり、買ってきた見舞いのお菓子を渡したりして、小一時間辺り話して帰ることにした。


 「あいつ意外と元気そうだったな」

 「でもちょっと安心したよなー」


 皆でワイワイ言いながら廊下を歩いていると、窓から病院の中庭が見え、先ほどの男がいた。あ、あいつ……あの子見つけたのか。ベンチで仲良く話している二人を見ていると、光太郎が隣に立つ。


 「拓也どうした?あれ、あの子さっきお前がぶつかった子じゃね?あの男彼氏かな?」


 ニヤニヤしながら二人を眺める光太郎。確かにそんな感じするな。でも病弱で可憐な女の子に、あんなチャラ男が側にいるって絵面が怖い。暴力事件とか、起きたりしないよな……しっかし楽しそうだなぁ。

 エレベーターを待っている間、先ほど少女と話したことを光太郎に教える。


 「あの子、入院生活長いんだってさ」

 「へぇーなんで知ってんだ?」

 「さっき話した」

 「ふーん、大変なんだな。でも結構元気そうだし、自由に院内歩くくらいなら少しは良くなってんじゃね?」


 そうだといいな。

 自分と同い年くらいの子が入院してるって、やっぱ嫌だもんな。


 「なにしてんだー広瀬ー池上ー」

 

 桜井たちが俺たちを呼ぶ声が聞こえ、俺達は慌てて皆の元に向かった。


 ***


 次の日、中谷は弁当を食いながら藤森の見舞いに行けなかったことを騒いでいる。中谷と藤森仲いいもんな。お祭り好き同士だし。今もでけえ弁当と購買で買ったパンをがっつきながら不満を漏らす。


 「あー俺も行きたかったー!藤森にあいてえー。昨日結局遅くなって見舞いに行けなくてさ~今日ミーティングだけだし、行っちゃダメかなー」

 「いんじゃね?藤森暇そうだったし、連絡してみれば?」


 俺の返事に中谷は目を輝かせ、早速藤森に連絡をを入れている。返事はすぐに帰ってきて答えはもちろんOK。中谷は俺と光太郎の三人で行くと送ったらしく、たいして用事もなかったため俺達も付き合って三人で見舞いに行くことにした。


 ***


 「中谷〜行こうや」

 「おー!」


 放課後、ミーティングが終わって教室に帰ってきた中谷に声をかけ、三人で昨日の病院に向かうことにした。病院は総合病院だけあって相変わらず混んでおり、俺達は藤森の病室に向かった。


 「結構奥の方なんだな」

 「そうなんだよ。結構遠いんだよ」


 三人で笑いながらゆっくりと病室に向かって歩いている時、空いている扉から笑い声が聞こえた。

 一つ、ドアが開いている病室があって見るつもりはなかったんだけど、見覚えのある男女の姿が視界に入って顔を動かしてしまった。個室のその部屋は昨日と同じように仲良く談笑しているあの子と男の姿。あいつ……毎日きてんのか?その瞬間、あの子が俺に気づいた。


 やっべ……目が合った。


 どうしようとわたわたしている俺に少女は手を振ってくれた。胸をなでおろし、俺も手を振り返すと男性がこっちに歩いてくる。ひいぃ、俺なんかした!?

 だが俺の予想と反して、男は随分とフレンドレーだった。


 「昨日はどうもな」

 「あ、いえ……」

 「池上?」


 中谷は知り合いか?とでも言う様に俺を見てくる。


 「あー先行ってて」

 「あ、うん」


 光太郎が「あいつ昨日もそれで遅れてさー」などと話しているのが聞こえた。

 気まずい空気が包み込む。


 「昨日見つけられましたか?」


 とりあえず無難なこと言っとくか。本当は窓から見えてたんだけどね。俺の問いかけに男は頷く。


 「あぁ、あの後すぐにな。こいつすぐいなくなんだからよ〜」


 女の子はクスクス笑っている。男に入れよと言われて病室に入り、とりあえず椅子に腰かけた。行室は個室のようで、折り畳みの椅子が二つ置かれてあり、空いている椅子に腰かけると、少女が売店で買ってきたと言うお菓子をくれて、有り難く受け取って口に入れる。


 「えーっと……こんにちは」

 「こんにちは」


 なんかスッゲーきまずい。つか普通病室に入れなくないか?

 俺はとりあえず思ったことを素直に聞いてみることにした。


 「毎日お見舞いに来てるんですか?」

 「こいつが死ぬまでは毎日くるよ」


 は?なんだ今の。普通そんなこというか?

 でも女の子は気にとめてないのかニコニコ笑っている。


 「気にしないで。彼、変な人だから」

 「おい、そりゃどういう意味だ」

 「仲いいんですね」


 でもやっぱ仲いいんだな。楽しそう。

 俺は笑いながら二人にそう言うと、二人は顔を見合せて笑った。


 「表面だけね」


 え?今度はこの子がなに言ってんだ?何この空気―――!?なんだこいつらは!?ブラックジョークのつもりか?そういうのは二人だけの時にやれよ!返しに困るわ!

 気まずくなって左手で頭をボリボリ掻いていると男の表情が変わる。


 「…………召喚者」

 「え?なんか言いました?」

 「いや、なんでもない」


 女の子の言うとおり、変な奴だなこいつ。聞き取れなかったけど絶対に何か言ったよな。

 とりあえず何か言うこと探さないと……え〜っとえ〜っと……


 「そういえば昨日入院生活長いって言ってましたよね?大変ですね」

 「もう慣れちゃった。ずっとだし」


 その子は少し淋しそうに窓の外を見た。


 「今まで入院と退院を繰り返して、友達もいなかったし……彼だけよ。こんなにしてくれるの」

 「照れるべ。やめろや」


 男は照れ隠しかそっぽを向く。なんだ、やっぱ仲いいんじゃん。入退院を繰り返しているってことは、友達も確かに作りにくいだろう。自分が健康だからか、今まで考えたことのない生活を送っているこの子が可哀想に感じるのは仕方のない事だと思う。


 「そうですか……ご家族も心配してますよね」

 「うん。それが申し訳なくって……だからお見舞いには来ないように言ってるの」


 少しまた悲しそうに笑う目の前の女の子。なんだか悲しそうなこの子を見ていたら、居てもたってもいられずに、気づけば自分で提案をしていた。


 「あの……俺も見舞いに来ていいですか!?その、折角こうして知り合えたのに……」


 それ以上上手く言葉にすることができず、初対面の相手から言われても嫌だろうと黙ってしまった俺に、その子は目を丸くしたが、すぐ笑顔になって頷いてくれた。


 「本当に?あたしの話し相手になってくれるの?嬉しい……」


 喜んでくれている少女とは対照的に男は不満そうな顔をしている。俺が来るの嫌ってことなのか?二人っきりがよかったのに邪魔しやがって……的な奴なんだろうか。


 「じゃあ俺、今から友達のとこ行ってきます。また来ますね」

 「少し話がある」


 病室から出ようとする俺を男が呼び止めた。

 え、なんで?早く藤森のとこ行かないといい加減遅刻し過ぎって思われるだろ。でも断るわけにもいかず、男と一緒に病室を出る。


 「どういうつもりだ?」

 「え?」


 病室を出て急に言われた一言。なんでそんなこと言われんの?やっぱり二人っきりが良かったのかもしれない。図々しいって思われたのかも。


 「お見舞い、駄目でした?」

 「とぼけてんのか?俺を監視するためにあいつに何かしようとしてんのなら許さねーぞ」

 「どういうことですか?ってか何で俺があんたを監視すんだよ!」


 マジ訳わかんねーし!お前を監視するとかするわけねーじゃん。何のためにするんだよ自意識過剰野郎め!

 何を思ったのか、そいつは俺の言葉を聞いて目を丸くした。


 「気づいてない?」

 「は?」

 「いや、何でもない……悪かった。あいつのこと宜しくな」


 男は急に態度を変えて、病室に戻って行き、この数秒で何の心境の変化か分からず、俺はその場に取り残されてしまった。


 「マジで変な奴」


 関わんない様にしとこ。そう言い聞かせて、藤森の病院に足を運ばせた。

 病室は中谷と光太郎と藤森の騒ぐ声が聞こえて、またまた昨日同様顔をのぞかせると藤森が手を上げてくれた。


 「おっす藤森。また来たよん」

 「よー池上ぃ。さんきゅーな」


 藤森は腕に点滴を打っていたけど元気そうだ。

 俺達がしばらく話していると、病室の扉が開いた。


 「雅也ー具合はどう?あら、お友達が来てるの?」


 入ってきたのは藤森のお母さんだったため、慌てて頭を下げた。


 「あ、こんにちは」

 「こんにちは。雅也がいつもお世話になってます」


 藤森のお母さんは見舞いに来たことに礼を言って鞄からお菓子をくれた。どうやら今日もクラスメイトが見舞いに来ると藤森から聞いて買って来ていたらしい。逆に気を遣わせてしまって悪いことしたな。でも藤森のお母さん的には息子が学校で仲のいい子がいて良かったと安心しており、藤森は顔を赤くして恥ずかしいこと言うなと怒っていた。

 家族も到着したので、俺達も帰ることにした。それぞれ藤森に声をかけて、病室を後にする。出口に向かって歩いている途中、思い出したように中谷が俺に話題を振ってきた。


 「そういえばお前来るの遅かったな。何してたんだ?」

 「あー、なんか女の子と話しててさ。少し遅くなった」

 「なんだよ〜お前だけ出会いがあってさー!くっそ〜」


 中谷は悔しそうに地団太を踏む。別に出会いってほどではないけど、中谷もこう言っているわけだし巻き込んでやろうかな。俺よりも明るくて話題に事欠かない中谷の方が、あの子も盛り上がるだろう。


 「じゃあお前もこれから来いよ。俺これから時々見舞いに行かなきゃいけなくなってさ」

 「なんでそんな事になんだ?」


 黙って話を聞いていた光太郎が声を上げる。


 「だってなんかその場のノリで。言っちゃった以上には行かなきゃだろ」

 「そのノリが謎だわ」


 うん、まあ確かに謎なんだけど。光太郎からの鋭い突っ込みに苦笑いを返しつつも付き合ってくれる二人に礼を言って帰路についた。


 ***


 ?side ―


 「どうしたのヴァッサーゴ?」


 彼が病室から出て行ってから、ヴァッサーゴは浮かない顔。少し表情も強張ってる気がする。知り合ってばかりのあたしのお見舞いに今度来てくれるとまで言ってくれた優しい子だった。本当に来てくれるかは、分からないけれど。

 ヴァッサーゴは口篭もっていたが、何かを決意したように顔を上げた。


 「あいつ、俺が探してた奴だ」

 「前に言ってた指輪がどうとかっていう?間違いじゃないの?」

 「そんなんじゃねぇ!俺が間違えるわけねぇ!確かにあの指輪だったんだよ!」


 今まで見たことないくらい必死なヴァッサーゴが嘘をついているようには見えない。まさかそんな偶然が存在するなんてね。でもそっか、ヴァッサーゴが探してた子か……ねえ、どうしてそんなに辛そうな顔するの?

 あの子はそんなに悪い人なの?


 「そう言えば理由……なんで指輪を探すのか教えてもらったことない」

 「知らなくていい。それにお前はもうすぐ死ぬだろ。死んだ後のことだ」


 そんなにハッキリ言わなくたっていいじゃない。少し悲しい。


 「ねぇ、あたしが死んだら悲しんでくれる?」

 「契約条件増えたぞ」

 「いいじゃない。そのくらい……」


 確かにそんな義理はないよね。でも……


 「他に悲しんでくれる人なんていないから」


 父さんと母さんはお見舞いに来たことない。仕事が忙しい人たちだし、病院に行くことを煩わしそうにしているから。あたしが来なくていいって言ったら「本当にいいの?」と言いながらもどこか安心したような顔をした。

 誰も来ない病室、寂しさだけが募っていく。だからあたしがこの世界からいなくなる間、あと少しだけでいいから。


 あたしを一人にしないで。


登場人物


立川隼人…拓也のクラスメイト。中谷と同じ中学で、個人的にも仲がいい。

      桜井、上野、藤森とつるんでいて、特に藤森と仲がいい。

 


藤森雅也…拓也のクラスメイト。サッカー部所属。

      色グロで身長が高く、くせっ毛なのを少し気にしている。

      桜井、上野、立川の4人でつるんでいる。

      席が近いことから光太郎とも仲がいい。

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