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第41話 戦慄の歌

今回はギリシャ語が出てきます。

しかし変換がうまくいかなかった部分があります。

できるだけ修復はしたのですが、気にせずに読んでください。

 ギリシャから家に帰る間、ストラスといろんなことを話した。例えばストラスの前の契約者とか、どういったことが起こったとか、地獄では何をしていたか、とか。聞いたことのないストラスの過去の話は面白くて、家に帰るまではあっという間だった。

 ストラスも、例えば俺が今回の事件みたいなものを起こしたいと願ったら、力を貸すんだろうか。それとも全力で止めてくれるんだろうか。



 41 戦慄の歌



 「拓也、お帰りなさい」


 家に帰ると、出迎えてくれたのは澪だった。夕飯の準備はもうできているようで、玄関を開けた途端に漂ってきた匂いに今日の夕飯が何かを想像する。肩に乗っているストラスに至っては、今すぐにでも飛んでいきそうな勢いだ。

 夕飯にソワソワしているストラスの頭を撫でて、澪はにっこり笑う。


 「テストお疲れ様。結果はあえて聞かないでおくね」

 「その心遣いに感謝感激だよ」


 澪は頭いいもんな。テストの成績に怯えることなんてないんだろう。俺の返しに澪はおかしそうに笑って、俺たちはリビングに向かった。

 テーブルに綺麗に並べられた夕飯、母さんと直哉と父さんがもう席に座っておりテレビを見ている。これが俺のいつもの日常。

 

 「拓也お帰りなさい。早く手を洗って夕飯食べなさい」

 「はーい」


 俺は手を洗って夕飯を食べ、直哉は相変わらずストラスをいじって遊んでいた。ストラスはフクロウのくせに良く食べ、直哉とおかわりの競争もしているくらいだ。母さんも男の子が三人に増えたみたいだと笑っており、ストラスは完全に我が家のペットと言う位置に定着した。

 

 夕飯は直哉の口に合わせた甘口のカレーで、それを二杯平らげて、自分が食べた皿を片づけた。ストラスと直哉はデザートの梨を嬉しそうに食べており、澪は母さんと皿を洗っており、父さんはパソコンを使って会社への書類を作っていた。

 

 それは俺にとって当たり前の光景で、悪魔と契約するまではこの生活が世界のスタンダードとすら思っていた。けど、今回の契約者はどんな気持ちなんだろう。人を殺してしまって、それから?もう普通の生活には戻れないし、こんな暖かい空間にも入ることができなくなるかもしれない。


 それでも、悪魔に縋ってでも成し遂げたい願いなんだろうか。

 

 黙って自分の部屋に向かい、ベッドに腰掛けて携帯でギリシャの事件を調べる。でもやっぱり海外の事件を日本で扱っているところは少なく、英語とかギリシャ語で書かれたサイトばかり検索されて何も情報が手に入らない。

 

 少しでも、手掛かりが欲しいのに。


 「拓也」


 携帯をいじっている俺の横に澪が来て、心配そうに隣に腰掛ける。部屋に引きこもった時点で悪いことがあったと感づいているのかもしれない。澪は俺の携帯の画面を見て眉を八の字に下げた。


 「また悪魔を見つけたの?」

 「うん。多分ギリシャでなんだけど、当たりだったら多分悪魔」

 「危険そう?」

 「十一人殺害されてるから、かなり……」

 「十一人も……」


 まあ、桁が可笑しいよな。でもシトリーの元契約者だって十数人の女性を犠牲にしている。今回も頭の可笑しい奴ってことは間違いない。じゃなきゃ十一人も殺せやしない。

 シリアルキラーが相手かもしれないことに澪は声を震わせて問いかける。


 「でも大丈夫だよね。拓也は無事で帰ってくるよね」

 「うん、ちゃんと帰ってくる」

 「待ってるからね。寝ないで待ってるから。行くときは教えて。黙って行ったりしないで」


 ありがとう澪、心配してくれて。そう伝えると泣きそうな顔で頷いた。澪に心配かけさせたくない、早くこんな事件解決させないと。きっと大丈夫、今までそうだったから。今回も上手くいくはずだ。もう、ボティスのような失敗を繰り返したりはしない。


 ***


 「拓也、今日どうすんの?結局ギリシャ行くのか?」


 次の日、一限が終わった十分休み、光太郎が俺の席に近づいてきた。中谷は桜井たちとお菓子を買いに購買に向かって教室にはおらず、俺以外誰にも聞こえないような小さな声で質問してきた光太郎に頷く。


 「お前らはどうすんの?」

 「今日塾あんだよね、俺は今日は無理かな。まだ今日討ち入りじゃないよな」

 「大丈夫だと思う。今日は男の方を調べるだけだから」


 中谷も部活だろうし、じゃあ今日は俺だけか。でも今日も情報収集だよな。まだ悪魔の特定も済んでないし、今日戦うってことはないと思うけど……調べる相手はシスターかあの男だよな。今日は男を調べるっつってたし……きっと何もないと思う。

 

 大体本当にあの二人が悪魔と契約してるのかも定かではないし、もしかしたらこの事件だって本当に悪魔が関係してるかどうかわかんねーのに。

 

 中谷たちが売店から戻ってきて、教員もその後に教室に入ってきたのを確認して、光太郎は何かあったら連絡してくれと告げて席に戻っていった。

 なんだか、今日ギリシャに行くのに授業を受けていると言う状況が不思議で、何とも言えない気持ちになった。


 ***


 『拓也。よく来ましたね』


 学校が終わり、マンションについた俺をストラスが出迎えた。時差もアメリカとかに比べたら大したことないし、すぐにでも行く準備はできているんだろう。

 しかしパイモンとセーレは準備ができているのに、ヴォラクとシトリーは何にも用意なんかしてない。二人はそれぞれ漫画を読みながらお菓子を食べていた。今から悪魔を探しに行くにしてはあまりにも緊張感のない行動に、呆れた声が出た。


 「なにやってんだよお前ら……もう行くんだぞ」

 「はぁ?俺ら行かないよ。だって契約者はもう拓也じゃないでしょう?」


 え、なんで?契約者じゃなかったら、もう協力してくれないってこと?

 目を丸くしている俺に、シトリーもついていけないと言い出した。いや、聞き込みとかシトリーいないと困るんだけど。なんでついていけないんだよ。


 「契約者が行かない限り、もう俺らがお前について行くことなんてないぞ」

 「え、なんで……手伝ってくれたっていいじゃん」

 「手伝ってはやりてえが、できねえんだよ。わりいな」

 「……薄情者」


 ぽつりと出てしまった言葉にシトリーとヴォラクは肩をすくめた。不機嫌になった俺の肩にストラスが止まり諫めてくるが、まるで駄々をこねる子供をあやしているようなやり方に素直に言うことを聞けない。


 『拓也、契約とはこういうことです。貴方はそれを受け入れて契約を解除したのでしょう』

 「そうだけど」


 ここまでキッパリ言われるとこういうことも言いたくなるよ。これで俺を守ってくれるのはヴォラクとシトリーをどかしたらパイモンしかいない。なんか急に心細いな。特に今まで一番守ってくれたヴォラクがいないし、俺を守ってくれるのがパイモンだけなんて。裏切られたら絶対に敵わないぞ。でもそんなことは向こうだってお見通しで、ヴォラクがパイモンから視線をそらさず俺に声をかけた。


 「いざってときはセーレと一緒に逃げるんだよ。いつ、裏切る奴がいるか分かんないし」

 「一方的に喧嘩を売られても困る。お前よりかは腕が立つ自信もある。俺の方が戦力になるだろう、全てにおいてな」

 「うわ、うっざ……」


 ヴォラクとパイモンの間に再び火花が散り、セーレがそれを諫めて俺達はギリシャに向かうためにジェダイトに乗った。

 サモス島には五分もかからず到着し、殺人事件が多発しているせいで、天気も良く快適だが、外に非とは出歩いていない。ジェダイトから降りて、辺りを見渡しても、ここで殺人事件が起こっているなんて信じられないほど、のどかな島だ。


 「ここがサモスですか。こんなのどかな村で殺人とは穏やかではないですね」


 パイモンはサモスの光景を見て、しみじみと呟いた。本当に穏やかじゃないよな、人殺しなんて。

 俺達は昨日の村にもう一度向かう。村は相変わらず少し活気がなく、ほとんど人はいないが、歩いている人も見慣れない俺たちを怪訝そうに睨みつけて通り過ぎていく。


 「どうする?まずエディックを探してみる?」

 「うん、セーレ場所わかんの?」

 「昨日聞いたからね」


 とりあえずエディック所に向かうべく、俺達はそいつの家に向かった。


 「確かこのあたり」


 セーレが探したところには少しボロい一軒家が建っていた。ここに、あの男が住んでるんだな。


 「edeitsuku.Εναι?(エディックさんいますか?)」


 インターホンをならしてドアをノックしてみたけど返事はない。もう一度セーレは同じことを繰り返すがエディックが出てくることはなかった。


 「居留守か?」

 『まずは家にいないという風に考えませんか?』


 あぁそうかも、でもじゃあどうするんだよ。肝心な奴を見つけられないぞ。


 「(彼は昨日から家に帰ってないわよ)」


 急に声が聞こえて後ろを振り返ると買い物袋を持っていた女性が立っていた。セーレが女性に何かを問いかけると、首を横に振りどこかを指さした。

 少しだけ話をしてセーレが頭を下げると、女性は手を振って去っていった。


 「セーレ、どうした?」

 「昨日から姿を見ないらしい。街から出ていく姿を目撃した人はいるらしいが、そこから連絡が途絶えているって。西に向かって歩いて行ったってさっきの人は言っていたけど」

 『丘ですか?西には確か木が生い茂る場所もありましたよね。そこならば悪魔を隠していても不思議じゃない』

 「でも昨日から姿が見えないってことは、まさか殺されたんじゃ……」


 最悪の結末を予想して首を横に振る。いや、勘違いかもしれない。悪魔だって関係している確定ではないのに、そんなことを考えても無意味だ。とりあえず探してみるしかないんだよな。


 「ジェダイトに乗って空から探そう。歩いて探すのはきつい」


 俺達はセーレの提案に頷いた。


 ***


 「もうかなり奥まで来てない?」


 ジェダイトに乗ってエディックを探すこと二十五分。地面が見える高さから探してるけどエディックは見つからない。丘を抜けて木が生い茂る森のような場所を探索する。森の中を歩いてここまで来るのって絶対に四十分くらいはかかるよな?それほどまで入口から深くをもう探していた。


 「……あれはなんだ?」


 パイモンが指差した方向には少しだけ、木が生えてない場所があり、そこには洞窟のような岩があった。あきらかに何かがいますとでも言うような、おあつらえ向きの場所だ。


 『怪しいですね』

 『降りてみる?』

 「うん、そうする」


 ジェダイトから降りた俺は洞窟を少し見渡したが、昼間とはいえ、光が入らない洞窟の中は薄暗くとてもじゃないがライトでもない限りは奥にはいけないだろう。


 「こんな中入るの嫌だな。お化けとか出そう……」

 『悪魔と契約しておいて、霊を怖がるとはおかしくありませんか?』

 「うっせ」

 「しかしこのように暗くては中の様子は見えないな。主、光をともしてください」

 「え?どうやって?」


 パイモンからの冷めた視線が痛い。だって俺、剣は出せるけど指輪の魔法は使えないし!つか最近指輪使ってないから全くそう言うの分かんないんですけど!!

 とりあえず視線に耐え切れず、指輪に光をつけろ〜〜と念じ始めると、指輪が薄く輝きだした。指輪から漏れている光は消えることなく手元で輝き続け、洞窟内を照らしてくれる。


 「あれ、ついた?」

 『ついたね』

 『もう三か月近くも指輪を持っている。少しずつコツを掴んだのではないですか?』


 そんなこと言われてもさっぱり……まあついたんならなんでもいいや。


 「指輪が貴方を認めたのかもしれませんね」


 なんかそれはそれで嬉しいような悲しいような。使いこなせたら超強いんだろうけど、そこまではいってないし、なんなんだろうね。

 とりあえずその光を頼りに俺達は洞窟の中に入って行った。


 「マジで怖いな」


 一歩一歩、奥に進んでいく。中は湿っているのか外のカラッとした空気とは大違いでじめじめしてる。洞窟は結構長いのか奥まで続いており、行き止まりが見えない。そんな中、俺たちの耳に何かが聞こえてきた。


 「歌が聞こえる……」


 こんな洞窟の中にどうして?歌声は男の声で、とても悲しい空気を含んでいた。

 あれ?なんか俺まで……気分が沈んで、涙が出てきた。


 「あ……」


 どうしよう。悲しい、悲しくて仕方がない。涙が止まらない。

 理由もわからないのに、苦しくて悲しくて、俺はその場でうずくまり泣いてしまった。


 『拓也どうしたんだ?』


 セーレが俺に声をかけるけど、出てくるのは嗚咽だけ。

 喋りたいのに喋ることができない。なんで?どうしてこんなに胸が締め付けられるんだ?別に悲しいことがあったわけじゃないのに。悲しくて苦しくて、立って歩けそうにない。


 「この声は……」


 なんだ?この歌知ってんのか?

 パイモンは悪魔の姿になり、剣を抜いて奥に走って行き、なんとか呼吸を落ち着かせ未だに泣き止めないまま震える脚で立ちあがり、パイモンの後を追いかけた。

 パイモンが走り出して数十秒後、歌が止んだ。それと同時に俺の涙はぴたりと止まった。先ほどまで悲しい気持ちに支配されていたけど、そんなものはもう微塵も感じない。


 「あれ?」

 『拓也、どうかした?』

 「なんかさっきまで悲しくてしょうがなかったのに、今はもう全然平気」


 一体何なんだ。こんな摩訶不思議なことが起こると、悪魔が関係しているのではないかと思ってしまう。ストラスは俺のこの変化で何かに感づいたようで、毛を逆立てた。


 『恐らく悪魔イポスの仕業です。この事件、悪魔が関与していますね』

 「イポス?」

 『天使の姿をもった悪魔です。彼の歌は聞いた者のあらゆる感情を増幅させることができます。イポスが歌ったのは恐らく悲しみを増幅させる歌だったのでしょう』


 つまり俺は操られてたってことか。でも、あんなに影響を与えられるものなんだろうか。少し聞いただけの俺だってそれなのに、契約者はもしかしたら操られているとか、あるのか?


 「パイモンを追いかけよう」


 今度はちゃんと走れる。俺達はパイモンの後を走って追いかけた。

 パイモンの奴、明かりが欲しいって言っておいて指輪の明かりがないのにどこまで先に進んでるんだろう。走ると言ってもごつごつした岩場だ。全速力では走れず、小走りでパイモンを探しているとうっすらと洞窟の先に光が漏れている。


 「明かりが見える」


 そこにはロウソクの明かりなのか、ぼんやりと明かりが見える。その後に見えたのはパイモンの姿。

 立ち止まっているパイモンの目線の先には、俺たちが探していた男がいた。頭から血を流し倒れているのはエディックだ。先についていたパイモンは申し訳なさそうに顔をあげた。


 『私がついた時にはもう事が切れていました。奴はシスターに殺されたみたいです』


 頭がぱっくり割れて、指輪の明かりのせいで脳みそみたいなものが飛び出ているのがわかる。

 こんなの予想していなかったため心の準備も警戒もしていないまま視界に入ってきたグロテスクな光景に吐きそうになった俺の肩をパイモンがつかみ反対方向を向かせる。


 『見る必要はありません。息を整えて、貴方には私たちがいます』


 口元を手で覆って吐き気と戦いながらも深呼吸する。エディックの死体を思い出して再び出そうな吐き気を耐える繰り返しだ。パイモンは背中をさすって、セーレとストラスに状況を報告した。


 『契約している悪魔はイポス。おそらく感情コントロールができていない可能性が高いだろう』

 『姿を見たのですか?』

 『確認した。奴め逃げるように奥に飛んで行った。おそらくこの先が外と繋がっているんだろうな、行けますか?』


 パイモンのおかげで何とか、少しだけ冷静を取り戻した。頷いたけど、まだ膝が笑っている俺を見て、パイモンがセーレに声をかける。


 『セーレ、主を頼む。まだ歩くのは辛いだろう』

 『ジェダイト使う?』

 『そうした方がいいだろうな』


 俺をジェダイトに乗せて、パイモンは走ってシスターたちを追いかける。パイモンの足は速く、あっという間に洞窟を抜け、森のような木が生い茂る一帯を走り抜ける。それを追いかけていると、木が生えていない丘にシスターと天使の姿の悪魔がいた。

 悪魔はまた歌を歌っており、それを聞いた瞬間、さっきまでの気持ちはどこへやら段々苛立ってきてセーレの肩を強くつかむ。


 「セーレ!早く降ろせよ!!」


 本当はただ降りたいって言うつもりだったのに出てきた言葉はかなり乱暴なもので、セーレはビックリして振り返った。


 『セーレ、イポスの歌が主に影響を与えている。気にすることはない』


 そうそう、気にしないでほしい。ジェダイトはそのまま悪魔の前で立ち止まった。悪魔は逃げることなく歌を歌い続けている。その悪魔の前にはまるで神を崇めるかのようにシスターが跪いて、手を組み祈りをささげている。俺はジェダイトから降りてシスターを見つめる。

 修道服は血で真っ赤に染まり、ところどころ黒く変色している。シスターも歌を聞いてか、突然の乱入者が現れたことに不機嫌になったのか、俺たちを睨みつけてくる。


 「てんめー!このクソシスター!なんで悪魔なんかと契約してやがる!?(おい!なんであんたは悪魔と契約してるんだよ!?)」


 思ってることよりもかなり言葉づかいは荒い。

 シスターは何も答えない。日本語が通じないから当たり前だけど。


 「だんまりか畜生が!てめーのせいで何人被害が出てると思ってんだクソったれ!いまここで死ね!(何か言ってくれよ!あんた何人被害が出てると思ってんだよ!!反省していないのか!?)」


 日本語が通じないのに俺は日本語で必死に文句をつける。イライラしすぎて何か言わないと気が済まないからだ。イポスの能力をモロにくらうとこんな感じなのか。正直言ってめちゃくちゃ面倒くさい。


 『主、何だか今日は勇ましいな』

 『感心してる場合じゃないと思うけど』


 悪魔はクスクスと笑い、歌を歌うのを止めた。


 『お待ちしておりました。召喚者様……いや、指輪の継承者様が正しいかな』


 歌が止み、またしてもイライラが止まった。目の前の悪魔は相変わらず涼しく笑っている。今回の悪魔はどうやらこいつのようだ。隣にいるシスターは操られてるんだろうか?

 じゃなきゃ、こんな女の子が人を殺すなんてできるはずがない。修道服を着ている女の子は、俺と同じくらいの年齢の子だった。華奢な外見にライトブラウンの髪が光に当たって輝いている。色素の薄い瞳は宝石みたいで、誰から見ても美しい少女だった。


 「なぁ、なんで契約なんかしたんだよ……」


 俺の問いかけにシスターは睨んでいた瞳に影をつくった。伝わらないってわかってるのに、それでも俺は語りかける。


 「じゃあやっぱあんた操られてるんだよ!きっとそうだよ、そうだよな?」


 シスターは俺の言葉を聞き取れないのか答えない。隣にいるイポスが何かを伝えているが、それに反応する気配もない。


 「なんか言ってくれよ……」


 どうして?どうして俺と年の変わらない外見のこの子がこんなに真っ赤になってるんだ……


 「Μην πστε τποτα(黙れ)」

 「え?」


 シスターの口から漏れた声は低く、怒りがこもっている。やっと返事をしてくれたと思ったら、短い言葉で苛立たし気に吐き捨てられ、目を丸くした俺にイポスはおかしそうに笑った。


 『彼女は黙れと言っているんだ。継承者』


 悪魔は笑いながらシスターの頭をなでる。なんで?もう歌はかかってなんかないのに……その悪魔の手を払いのけないんだ……


 「Μην πστε τποτα!!Μην πστε τποτα!!(黙れ黙れ黙れ!!)」


 シスターは狂ったように声を張り上げた。


 『指輪の継承者、俺は何も操ってなんかいないよ。これはこの子が望んだことなんだ。なぜ、俺たちの前に来たんだ?説教でもするつもりなのか?見たところ東洋人だね。言語は日本語。ここまで探して何をしに来た?迷惑なんだよ。お前みたいに無駄な正義感振り回して、人の心に土足で入ってくる奴がね。光だけがすべてじゃない。知られたくない闇もこの子は抱えている』


 イポスは笑い続ける。

 確かに、俺はあの女の子のことを知らない。なんで、人を殺して平気なのか、そんな悪魔と契約しているのか、何も……でも、イポスは危険な奴だってこと、それだけは分かるんだ。


 『お前の心の中の闇も見つけ出してやろうか』


 あいつはそう言ってまた歌を歌い出した。


 『拓也!』


 頭の中に流れ込んでくる歌が俺の脳内を荒らしまわっている。そして何かを拾い上げたように、ある感情が表に出てきた。


 真っ暗な中から取り上げた物。それは希望でも何でもない、憎しみだった。



登場人物

イポス…ソロモン72柱22番目の悪魔

     獅子の頭にガチョウの足そして兎の尾を持った姿か、天使の姿で現れる。

     36の悪魔軍団を支配する力強き王子にして伯爵である。

     歌が得意な悪魔で、歌った曲が悲しみを表現しているのならば、それを聞いた者にその感情を植え付けることができる。

     また物事を全て戦闘によって解決しようとするので、契約者も攻撃的になる。

     契約石はムーンストーンの指輪。


シャネル…ギリシャのサモスにある教会のシスター。

      捨て子であり司教に育てられたが、司教が病死し、その直後に教会が取り壊されて自分の居場所を全て失うという過酷な運命をたどる。

      そのせいか、自分を救ってくれなかった神を呪い、居場所を奪った村人たちを惨殺していた。


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