第40話 呪われた村
今回ギリシャ語がでてきます。
しかしまた変換が上手くいかなくて文字化けしてしまいました。
気にせずに読んでください。
呪われればいい、あんな奴ら呪われてしまえばいい。私から全てを奪った奴らも、同情だけで見てみぬ振りをした人たちも、皆消えてしまえばいい。
でも一番呪いたいのはこんな自分と、救ってくれなかった神様だけ……
40 呪われた村
「なんかすっかり寒くなったなぁ。半そで着てた頃が懐かしいよ」
教科書を開きながらポツリと呟いた言葉に光太郎は笑いながら頷いた。あれだけ暑かった季節が終わりを告げ、夏服から冬服に変わりつつある。もう少ししたら本格的に寒くなってくるだろう。
「確かになぁ。なんだかんだで十月も中旬」
「あぁああ〜〜〜中間が一週間切りました〜!すぐそこだぁ〜〜〜俺マジでどうしよー」
ほのぼのしていた俺と光太郎の会話を遮るように中谷は涙声で机に突っ伏した。手に持っているのは化学の教科書で、授業中、暇だったのか落書きばかりが至る所にされている。中谷は泣きそうになりながら科学の教科書とにらめっこをしていたが遂にギブアップしたみたいだ。
「マジでシリカゲルってなに?酸化剤ってなに?なんで原子は酸化数ゼロなの?」
「そういう風に決まってるんです。大体なぁ酸化還元反応なんか簡単じゃん。酸化数が増えてるか減ってるか見るだけなんだから」
「簡単に言うなよ〜水酸化ナトリウムって何?どこが水酸化なんだよ」
「OHのところが水酸基」
「簡単に答えるな―――――!」
流石は光太郎、今回のテストも一位確定だな。それに引きかえ俺達は今、猛勉強中。中谷も試験週間で部活がないから放課後一緒に勉強をしているが、俺と中谷は試験範囲が広い今回の試験の勉強に難航しており、光太郎だけは余裕しゃくしゃくで塾の課題を解いている。俺マジで今回大丈夫かな……ただでさえ数学苦手なのに二次関数がさっぱりわからない。
現文はこのままで行くとして、古典は少し見直さなきゃいけねーし。何とか活用とか……
中谷も化学の傍らにのグラマーの教科書が横に置かれている。せめて七割はとらなきゃ母さんに殺される……
「あ―――――!英語わっかんね―――――!!」
もう何やっても問題がうまく解けず、やけになって大声をあげた俺に光太郎は苦笑い。
「ストラスにでも教えてもらえば?悪魔って英語話せたじゃん」
あ、盲点だった。確かにあいつら英語ペラペラじゃね?そうか、その手もあるか!とりあえず英語の家庭教師は確保っと。中谷も光太郎の発言を聞いてきっと同じことを考えている。多分こいつヴォラクに教えてもらう気だ。
俺達はその後、十八時半まで学校で勉強して、それぞれ帰路についた。
***
「拓也、テスト勉強ははかどってる?」
夕飯の時に母さんが言ってきた言葉に、俺は愛想笑いを一つ。嘘でも捗ってるとは言えず笑ってごまかそうとしたが、母さんは言葉にしろとでも言うように笑っている。目は笑ってないけどな。
「お手上げです」
「……」
「嘘です。マジではかどってます」
「そう、頑張ってね」
選択肢なんてないじゃんこれ。なんだこれ、何も怒られていないのに、このプレッシャー。今は悪魔より母さんの方が百倍怖い。うぅ……マジでヤバい。
直哉はニコニコ笑いながら夕飯を食ってる。くそぅ小学生はいいよなぁ……お前もいずれこの地獄を味わうんだぞ直哉……と、言いつつも、こいつ頭いいくせえんだよな。小学校のテストだからそんな難しいわけじゃないけど大して勉強せずに平気で九十以上叩き出してくるからな。
「ストラス、ご飯食べたら遊ぼうよ」
『今日は拓也に英語の勉強を見ることになっているので申し訳ありません』
「拓也、あんたって子は……ストラスに勉強をお願いするなんて……」
ひぃ!母さんの声が低い!!
背中に情けない!!って文字が浮かんでいるように見える。確かにフクロウに教えてもらうとか情けないかもしれないけど、そんなことを言っている次元じゃないんだよ!!俺は成績上げるためならプライドなんて捨てるぞ!
「だだだ、だってマジで余裕ないんだもん!フクロウの手も借りたいよ!それに俺、悪魔狩りでいろいろ大変だし!」
「……そうね、しょうがないわね。無理はしたらダメよ?」
俺がそう言うと、母さんは急に大人しくなった。てっきり雷が落ちるかと思ってたから、呆気にとられてしまう。やっぱ母さんも気をつかってんだ。その事実に少しだけ罪悪感を感じた。
***
『そうです。答えはhad toになります。これは〜しなければならない。まぁshouldと似たような意味になりますね』
「なるほど。流石ストラス先生」
『調子のいい』
「えへへ」
ストラスは中々にわかりやすい。
勉強を始めて二時間、目標の半分くらいまで進めることができた。英語は今回範囲せまいし、なんとか明日までに一応一通り目は通せそうだ。マジでストラスが英語話せてよかった!その後も黙々と勉強すること数時間。時計も夜中の二時を回り、肩がこってきた。ストラスもウトウトしており、首がカクンとなって目を覚ましている。
可哀想だけどまだ寝させてあげるわけにはいかない。あと一時間は付き合ってもらわなければ。少し息抜きするために、シャーペンを置いた。ストラスは眠そうだが、なんだかんだで付き合ってくれている。
「おつかれぃ。なんか飲むか?」
『あの濁った飲み物を』
「アクエリアスっつってんだろうが」
なんだその例えは。飲みたくなくなんだろうが。俺は台所に下り、コップにアクエリアスを入れて、自分の部屋に上がった。ストラスはアクエリアスと夜食のチョコレートをものすごい勢いで食らいつくし、一息をついた。
『それにしても人間界ではこのような紙きれで価値が決まるとは酷ですね』
「だろ?学生の一番の修羅場だよ。テストって」
しかも順位出るしぃ……競争なのかと聞いてくるストラスに肯定すれば、なんと残酷な……!と、ものすごい大げさな反応が返ってきて笑ってしまった。悪魔と人間では根幹から違うだろうし、ストラスの反応は端から見ると面白い。
俺もチョコレートを食べながら休憩がてら軽くだべっていたら、あることを思い出した。
この際だから聞いてみるかな?俺はずっと考えていたことをストラスに打ち明けた。
「なぁ、なんでルシファーって奴は俺に会いたいんだろう」
俺の質問に寛いでいたストラスが顔をあげる。首を傾げ、なぜそんなことを聞くんだとでも言いたげだ。
『急にどうしたのです?』
「なんかおかしいなーって。だって俺に会ったとこで、何にもできねーし……パイモンは教えてくれなさそうだよな」
『彼が何を考えているか分かりかねます。しかし彼はルシファー様が心を許す腹心。今回の事件の全貌を知っているのかもしれません。注意深く私も観察しておきます。万が一、裏切る可能性が見えた場合を考えたくはないですがね』
パイモンは不思議な奴だ、ルシファーのためとか俺にとってクソみたいな理由で守ってくれている。貢献度はむちゃくちゃ高いし、本当に今のところは俺に忠実だ。だから信じられない、あいつが手の平を返す時が来るんだろうか。最悪の未来を想像できるけど、でも今のパイモンからはそんな気配はない。あいつを信用したい、でも向こうが多分俺を信用していない。
パイモンのこと考えると頭痛くなるから考えないようにしてるんだけど、やっぱり今回もぐるぐる思考が回ってしまう。やめやめ、ストラス達に任せよう。
***
五日後、中間テストが始まり、二日間の日程を俺達はなんとか無事に乗り切った。点数はさておきだ。
「やっと終わったぁ……死ぬかと思った。ってか死んだ」
「拓也。マンションいかね?」
「おう、行く」
テストが終わって浮足立つ奴、俺みたいに項垂れる奴、様々だ。でも英語は結構できた気がする。ストラスのおかげだ。数学は考えたくもない。平均行ってればいいなあ……
上野と話しながら帰る準備をしている俺に光太郎がマンションに行こうと誘ってきて二つ返事をして鞄を持って立ち上がった。
「中谷ーどうする?」
「あー行く!今日暇だし」
中谷もスポーツバックを背負って、クラスメイトに手を振ってこっちに走ってきた。三人でテストの感想を言いあいながらマンションに向かった。
***
「どうかした?」
マンションについて部屋に入ると、パイモン達が何やら書類と睨めっこしていた。この感じ、また悪魔が見つかったんだろうか。今まで自分たちで悪魔を探すまではあんまりしなかったけど、パイモンが最近はこうやって悪魔を探してきてくれるから格段に楽になったよな。
つかストラス、また勝手にこっち来てるし。
『拓也、悪魔と思わしき事件が相次ぎまして……今、調べていたところです』
「事件?」
ストラスの言葉に聞き返すと、セーレが俺の前に一枚の紙切れを手渡した。元々どこの言語で書かれていたのかは知らないが、日本語で自動翻訳されたサイトは可笑しな翻訳になっている。
中谷が笑いながら間違いを指摘し、俺もそれに笑って内容を読む。
「ギリシャのサモス島で惨殺事件が多発……どういうことだ?」
ギリシャって、あのギリシャだよね。めっちゃ遠いじゃん。パルテノン神殿以外なにもしらないんだけど。
「詳しくはわからない。でも同じ村の人間ばかりと言うのが少し気になってね」
「何人やられてるんだ?」
「十一人です。ほぼ週に一回のペースで事件が起きています」
身震いがした、十一人ってマルファスより犠牲者多いじゃん。かなり危険な感じだ。もらった紙にサモス島のことも紹介されており目を通すと、島自体はそんなに大きくないらしく、人口も多くはない。そんな場所で短い期間に十一人も殺害されている。それが異常だってことは俺でもわかる。
「犯人探しは長引きそう?」
『この殺された者たちはある共通点があります』
「共通点?」
印刷用紙には特に書かれてはいないが、パイモンが海外の掲示板に目を通しているらしく、そこから追加の情報を見つけているらしい。パイモン達ってギリシャ語までわかんのかよ。
『この村には数百年前からある教会が一つあります。今は取り壊されたのですが、今回の被害者は取り壊しの計画で先陣をきっていた者たちだそうです』
「ということは……」
『この教会の取り壊しを反対したものか、あるいは教会の関係者か……』
なるほど、信心深い人が逆上したって感じなんかね。でもセーレがくれた情報を見る限り、反対のデモまで起こってる。元々教会を取り壊すのは穏便にはいかず、かなり揉めていたようだ。
「反対のデモとか座り込みとかもあったって書いてるよ。この中から見つけるって大変じゃない?」
『そうですね。簡単ではないかもしれませんね』
それって大変じゃん。中谷達も殺人事件というワードに表情を固くしている。マルファスやボティスに関しては本人たちの意思とは無関係に殺人が起こった。けど、今回は契約者が自らの意思で事件を起こしている可能性が高い。だとしたら、止めに入った俺たちも殺しに来る可能性はあるんだろうか。
思わず唾を飲み込んだ。そんな俺の横で、今まで黙っていた中谷が口を開く。
「俺達も今回は死体に遭遇することあんのかな……」
中谷の言葉に空間が静まり返る。セーレがこっちに視線を向け、どう言葉にしていいか分からずに返答に困っている。しかしパイモンの声が静寂を破った。
「可能性は高いだろうな。嫌ならば来るな。お前たちの援護を当てにはしない」
「……手伝える限りは手伝うよ。だって俺はヴォラクの契約者だからな」
覚悟はしてんだけどな……中谷は力なく笑う。
「見たくないものは見なくていい。必要最低限さえしてくれれば、それ以上俺は何も求めない」
冷たく突き放すような言い方に光太郎も苦笑いだ。協力してくれている相手になんて言い草だ。セーレが眉を下げてパイモンをいさめるように視線を送るが、本人は気にもせずパソコンに視線を戻している。
この嫌な空気をどうにかしなければ、と何とか話題を絞り出す。
「それよりヴォラクは?あいついないけど」
そう言えばいつもうるさいヴォラクがいない。シトリーがいないのはいつものことだけど。コンビニにお菓子でも買いに行ったんだろうか。あれだけ大量の飴をものすごい勢いで食ってたらしく、セーレに一日五個と制限をつけられていることは聞いたけど。
「彼なら沙織のとこに行ってるよ。由愛が見せたいものがあるからってさ」
由夢ちゃんと交流あるのか。あっちは仲良くしたそうにしてたけど……交流があることに少し感心した。まあヴォラクも見た目が子供だし、案外精神年齢的にもちょうどいいのかもしれない。
もう今は俺と契約してるわけじゃないし、俺が詮索するのは良くないのかもしれないけど。
『拓也』
ストラスが俺に声をかけた。
『どうします?決定的な証拠はありませんが……探しに行きますか?』
「ギリシャに?」
『はい、恐らく一回程度の捜索では見つけることはできないと思いますが、教会の周辺や聞き込みを行えば、有力な情報は入ってくると思います。ネットだけでは正直限界がある』
そりゃまあそうだけど。事件のことを詳しく知りたいのならいかなくちゃ始まらない。うーん……ギリシャって遠いよな。時差何時間だ?
「光太郎、ギリシャの時差は?」
「まずギリシャの東経しらねーよ」
ですよねー。授業ではロンドンしか習わないもんねー。ネットでギリシャの時差を検索すると、すぐに情報は出てきた。
「日本より−7時間。今なら何時だぁ?」
「−7時間なら今はギリシャでは朝の九時半くらいになるかな」
光太郎は時刻を確認して、行くのに支障はないと言っている。朝の九時半ならもう起きて活動している人も多いだろう。思ったより時差がないみたいで安心した。中谷はソワソワしており、悪魔を探しに行くと言うよりかは旅行感覚だ。
「じゃあ早速行ってみようや!俺ギリシャ初めて!」
『またそれですか』
「中谷、光太郎。お前はヴォラクとシトリーがいないから留守番だ。俺と一緒に悪魔探し手伝え」
とりあえず行ってみるか……百聞は一見にしかず。今までだって基本体当たり調査だし、今回もいつもと一緒だ。
一緒……え?
「主、すみませんが私は今日は遠慮させてください。ボティスのことを調べたいので。今回は悪魔や契約者の目星がついても一度戻ってくるように」
「なんでだよ〜!俺も行きたいし」
パイモンは今日はついて行かないと言ってきた。正直一番頼りになりそうなのに、ていうかシトリーいなくて情報集まるか?対人で情報収集はシトリーが一番強いはずなのに、俺とセーレとストラスだけで行けってこと?
もちろん旅行に行きたいマンの中谷は愚図ったが、パイモンは首を縦に振らない。
「お前も一応契約者だ。ヴォラクと一緒にいた方がいい」
あちゃー中谷ブスくれちゃったよ。光太郎も頭を掻いている。パイモンいないの心細いけど今日は大丈夫か……たぶん。それよりもボティスのが怖いし。
俺はそれに頷いて、とりあえず今からギリシャに向かうことにした、けど……
「ただいまー」
間抜けな声とともにリビングに入ってきたのはシトリーだった。あまりにも丁度いいタイミングの帰宅に、光太郎の顔が華やぎ、中谷の表情は暗くなっていく。自分が置いて行かれることを察したようだ。シトリーはそんな俺たちを見るなり、失礼な言葉を放つ。
「なんだ、お前らまた来てたんか。暇人か」
「今から悪魔のこと調べにギリシャに行くんだ!一緒に行こうや」
光太郎がシトリーを誘う。しかしシトリーはどこだそりゃ……と呟いた。でも予定もないようで、頭を掻きながらも仕方ないとつぶやく。
「ま、新しい主の頼みなら断るわけにもいかないか」
「主、くれぐれもお気をつけて」
シトリーはボリボリ頭を掻き、俺たちについて行くことにした。
パイモンたちの見送りに手を振って、俺達はギリシャに出発した。
***
家がポツポツとあって、農村が広がってる丘と言ってもいいかな。ここから見える海はめちゃくちゃ青くて綺麗だ。時間があれば、海を少し見て帰りたいんだけど、いってもいいかな。
「これがギリシャ……なんか思ったより地味。神殿どこ?」
『この期に及んでまだそんなことを。神殿はあるようですが、ここではなさそうですね』
神殿を探してみたけど、ここにはないみたいだな〜。そしてストラスの視線が痛い。とりあえず俺達は一度、街に下りてみることにした。街はやっぱ事件があったせいか少し活気がなく、殺人事件が多発しているこの状況で観光に来ている東洋人と思われているのか、こちらを見てヒソヒソと話をしている。その視線を目いっぱい体に浴びながら教会を目指す。
「ここがその教会?」
村を抜けたちょっと先に教会だった跡地を発見した。大きい十字架が地面に刺さった状態であとは何もなく、隣に建てられている看板には大きなスーパーのような写真が載っていた。
「跡形ないな」
光太郎がそう呟いて跡地に立つ。取り壊した後もまだ整理されていない状態で、周辺には反対のプラカードも刺さったままだ。相当揉めたんだろうな。
シトリーは少し周りを見渡して、立っている一人の老人に声をかけた。
「Σμερα(こんにちは)」
「Σμερα. Εστε κτι επιχερηση σε ισχ αυτ?(こんな辺境の地へどんな御用で?ヘーラ神殿はここではないですよ)」
「(ここは教会みたいですけど取り壊されたのですか?)」
「(はい、三か月ほど前に。それ以来この村は呪われてしまいました。この教会が壊されてから、夜な夜な村人が失踪して次の日には死体になる。みんな怯えています。神の怒りだと……だから祈るしかないのです。神の怒りが静まるように)」
セーレに訳してもらい二人がどんな会話をしているのか教えてもらう。ここに来ているってことは多分信心深い人だろう、教会が壊されたことに心を痛めているようだった。殺人事件も神の怒りと捉えているようで、犯人を批判する言動もない。多分、殺されても仕方がないとか思っているのかもしれない。まあ、住民も怖いよな……こんな小さくてのどかな島で凄惨な事件が起こったら。俺だって人間が起こしている事件だって分かってるけど、神の怒りだとか思ってしまうかもしれない。
「(せめてあの子だけでも無事でいてくれたら……)」
「(あの子?)」
「(教会で育てられていた若いシスターです。彼女はこの教会の司教が可愛がっていたシスターで、あの取り壊しの日に姿を消してしまいました。もう島を捨てて出て行ったのかもしれません)」
「……なるほどな」
何やら深刻そうに話していたシトリーは老人にお辞儀をして、こっちに戻ってきた。
「なにかわかったんか?」
「あーどうだろうな」
光太郎が聞くと、シトリーは肩をすくめた。
「この教会の大司教が可愛がってたシスターが取り壊しの日にいなくなったらしい」
「シスターが?」
「取り壊しが終わってからこの事件。なんかきな臭くないか?」
「まあ、調べてみないとな」
調べてみる価値はありそうだな。
俺達は街に入り、いろんな人から情報を聞いて回ることにした。すると思った以上にいろんな情報が入ってきた。さすがに死体が発見された場所は警官がいるから入れなかったけど。
***
『では今までの内容をまとめてみましょう』
人がいないところで、俺達は今までの情報をまとめてみることにした。
『あの教会は古くからのものであり、元々村人は信心深いものが多いため結構な数の信者もいました。しかし村の過疎化や経済の悪化が進むにつれて信者と寄付金が減っていき取り壊す計画が上がります。司教が反対しているうちは良かったのですが、病死してからは急速に話が進みます。村人もデモを起こして対抗しましたが、結果は今の状況。その時に、教会の取り壊しに反対していた教会のシスターが失踪し行方不明。シスターは捨て子で、中学校卒業以来、ずっとその教会でシスター見習いをしていました。司教にも大変恩義を感じており、熱心に神学の勉強にも励んでいた。シスターの情報についてはその位でしょう。次はエディック。彼は村でも一番の信者でデモの先頭に上がっています。しかし取り壊されてからは不満が爆発。よく村人と騒ぎを起こしていますね。性格は真面目で熱狂な宗教徒。彼ならばコンタクトをとることが可能でしょう。今の状況を喜んでいるといった話も上がっています。怪しいのはこの二人くらいですね』
少し長い説明を終えたストラスは息をつく。他にも怪しそうな人は何人かいたが、全員が殺されたことに関してはやりすぎだと口をそろえており、一刻も早く犯人が捕まればいいと言っていた。演技だとしたら怖いけど、とてもそんな風には見えず、本当に怯えているように見えた。
「確かに後の奴らは、怒ってたけどそこまでじゃなかったもんなぁ」
「教会跡地に大型スーパーができるみたいだからね。生活が楽になるのは助かるんだろう。でも男性の方はともかく、シスターは全くどこにいるか見当がつかないな。どうする?」
『とりあえず男の方から調べてみましょう。彼が無関係なら、シスターを調べるのが効率的かと』
「シスター……もしかしたらどっかで死んでたりとか」
光太郎は自分で言って、少しばつの悪そうな顔をした。可能性がありすぎて困る。こんな小さな島で誰も姿を見ていないって言うのもおかしな話だ。シトリーが力を使って警察官から聞き出した情報の中では、船に乗って離島したと言う話も出ていない。本当に行方不明なんだそうだ。
シスターが殺されて、怒ったエディックが事件を起こした、とかあるんだろうか。
『そうなればまた別のところで探すしかありませんね』
「簡単に言うなよ」
話もひと段落ついて、時計を見ると日本時間で午後の十九時。結構な時間いたな。
「そろそろ帰る?」
時計を確認した俺を見て、セーレが声をかける。いや、帰るのもいいんだけど……
「ちょっと、少しだけ遊んでいい?」
その言葉にセーレは小さく笑い、パイモンがいないから特別ね。と言って許してくれた。
***
「すげえ……!」
サモス島の海は綺麗だった。遠目から見たら真っ青だが、透明度が高く、海の中に入れた足が余裕で見える。平日のおかげか観光客もおらず、セーレに街から離れたビーチに連れて行ってもらったため周囲に人もいない。この美しい海を貸し切り状態だ。
光太郎は携帯を海の中につけて写真を撮っている。すごいねお前、防水ってわかってても俺できないわ。
「やべえ!超綺麗!!なあ拓也、一緒撮ろうぜ!」
「撮る撮る!!」
光太郎はセーレに携帯を渡して、青空をバックに二人で写真を撮ってもらう。あまりにも美しい写真にデータを送るようにお願いして、二人で何とか携帯を安定して立てられる場所を探す。
「セーレもシトリーもストラスも入って写真撮ろう!」
「あ、ここいいかも。どうよ拓也」
「天才か!あー中谷来れたらよかったのに!」
「後で中谷の写真切り抜いて端っこにはめてやろうぜ」
「やめろよそれ。ぜってーあいつうるさいから」
あまりにはしゃぐ俺たちにセーレとシトリーとストラスは押され気味だ。ストラスに関しては写真に興味があるのか毛づくろいをはじめてしまった。お前何しても違い分からんからせんでいいって。
案外乗り気のシトリーと恥ずかしいから嫌だなーと言うセーレの腕を引っ張って海に足をつけて皆てポーズをとる。
「日本人はこの場合、どんなポーズが定番?」
「ピースかな?こんなやつ」
「分かった」
四人+一匹で撮った写真は綺麗にとれており、満足した俺たちは日本に戻ることにした。
***
マンションに着いたら、中谷はさっき家に帰ったとパイモンに教えられた。写真自慢したかったのになー残念。パイモンに写真を見せたら何をしていたんだ、と怒られそうだったから、その件については伏せて俺達も解散して、それぞれの帰路についた。
「結局どっちなんだろうな。悪魔と契約してるの」
『どちらでもないかもしれません。しかし神を信じる者が悪魔と契約していたとなると皮肉ですね……』
「正反対の存在だもんな」
『悪魔と契約しなければならないほど、追い詰められていたのでしょうか。我々と契約したところで行き着く果てはただの地獄。いいことなどないというのに……』
「それでも縋りたいんだろ」
ストラスはそうですか……と言い、ポツリと呟いた。
『そのようなものなのですか……一時の望みの為に、すべてを捨てたのでしょうか』
「そんなもんだよ。欲しいけど諦めてた。でもそれに少しでも近づけば今度はそれが欲しくなる。ただそれだけだ」
でも本当にそれだけで……すべてを捨てて契約できる?
***
?side ―
「(私は悪くない、何も悪くない。すべてあいつ等が悪いんだ……)」
誰も来ない薄暗い森の洞穴の中、その中で私は彼とうずくまる。光の当たらない世界に入ってからもう何日が経過した?気づいた時には血に染まった修道服と、折れたロザリオ。もうこんなもの私には必要ない。
『(歌を歌ってあげようか。心が安らぐ癒しの歌)』
彼がいなければ私は死んでいた。一人さみしく孤独で奴らを恨みながら……
親に捨てられて、天涯孤独の私を救ってくれたのは司教様だけ。あの方の為なら何でも出来た。お祈りも欠かさずしたし、祭壇もきれいに磨き続けた。神に祈って、奉仕していれば、いつか……いつか両親が迎えに来てくれると思ってた。自分の本当の居場所を見つけられると思ってた。
でもなぜ司教様が死ななければならなかった!?なぜ奴らでなく病にかかったのが司教様だったのか!?
なぜ奴らはこのような神への冒涜をし続けてなんの天罰も下らないのか!?なぜ奴らが幸せになり、私がこんなに苦しまなければならないのか!?
そんな中、救ってくれたのは彼だけ……神ではなく悪魔だった。
彼に会ってから決めた。もう泣かないって決めた。両親に捨てられ、司教様に置いて行かれ、唯一の居場所をつぶされて……暗い穴の中に一人突き落とされた様な孤独を感じた。あの時、差しのべられた手は光に見えた。
そして彼が私に送ったのは青白く光る宝石が埋め込まれた指輪。ムーンストーンと言っていた。こんな風に、美しく輝ける存在になれたなら……これさえあれば暗闇におびえる必要などないと思った。
「Παρακαλ τραγουδστε(歌って)iposu」