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第37話 人間として、母親として

 シトリーが帰ってきてすぐジェダイトに乗ってアメリカに向かった。

 少しだけシトリーのことを気に掛けながら。さっきパイモンがグレモリーが七十二柱の一人だって言ってた。つまり、悪魔を倒していったら必ずいつか対峙することになる。その時、シトリーはどうするんだろう。できれば少しでもシトリーの力になれるといいなと願わずにいられない。



 37 人間として、母親として



 「早速だけどシトリー、本当にガードマンの人を誘惑できたわけ?」

 「当たり前だろ。さっさとエアリスさんを拝んでみたいもんな〜」


 いつもなら馬鹿じゃねーの?と思うような言動でも、あんなことを聞いたら何も言えない。これも全部、心の傷を忘れるためにバカやってるってことなんだもんな。

 普段なら俺に突っ込まれているが、何も反応しない事をシトリーは怪訝そうに見てきた。


 「マジでお前どうかしたのか?」

 「別に何も。じゃあさっさとエアリスさん連れて来てよ」

 「それが人にものを頼む態度かよ。ったく最近のガキは」


 シトリーはぶつぶつ言いながら携帯を取り出して相手に連絡を入れている。


 「Hello, Is her state how?(彼女の様子はどうだ?)」


 ガードマンと喋っているシトリーを覗き込む。相手の声が聞こえてくるけど、英語だから意味が分からない。シトリーは会話をしながらOKサインを出し、通話を切り携帯をポケットにしまう。


 「今から連れてくるそうだ。やっとご対面ってわけだな」

 「主、お気をつけください」


 パイモンがそう言ってくるから、会社の前に移動してドギマギしながらエアリスが来るのを待った。

 数分後、ガードマンの人が俺たちの方を指差した。黒づくめの男を連れてきて背の高い女性が歩いてくる。


 「What's? It is some business in me?(私に何の用なの?)」


 写真で見たのと同じエアリスはガードマンに手をあげてその場に立ち止まらせ、俺たちの前に立つと怪訝そうに顔をしかめた。流石アメリカ人、女性でもめっちゃ背が高い。俺より高いんじゃないかこの人。


 「Who are you?」

 「あ、えーと……I’m Takuya Ikegami」


 ひゃ〜〜〜!外人と英語でしゃべっちゃったよ〜〜〜!!

 

 「Takuya? OK. By the way,It is some business in me?」

 「え、えぇっと……どうしよう。もうわかんない」

 「拓也……」

 「お前、学校で何してんだ?」


 セーレとシトリーの痛烈な一言に俺はウッと言葉を詰まらせた。大体お前ら英語話せるんだから、俺を全面に出す必要なんてないじゃん!交渉はお前らがしてよ!

 顔を赤くして睨み付けた俺を、セーレは軽く苦笑いし、エアリスの前に出た。


 「Haven't you made a contract with devil?(少しお伺いしたいのですが、貴方が悪魔と契約しているという話を聞たのですが)」


 エアリスは一瞬のうちに表情を暗くした。デビルってワードが聞こえたから、それにこんな反応するってことはやっぱり契約自体は本当にしているんだろう。

 大げさにため息をついて手をやれやれと言うようにジェスチャーしている姿はテレビで見るアメリカ人そのもので、本当に外国人相手に悪魔を退治するって実感わいてきた。


 「What are you saying?(何を言っているの?)I can’t understand.(理解できないわ)」

 「Don’t lie.(嘘をつかないでくれ)We have understood already.(こっちはもう分かってるんだ。嘘をついても無駄だ)」


 エアリスは俺たちを見て、舌打ちをする。本性出してきたぞ!


 「Please show evidence to me.(証拠を出しなさいよ)Don’t say Complaint.(言いがかりはやめてくれないかしら)」

 「どういうこと?なぁ光太郎なんて言ってんの?」

 「証拠を出せだってさ。そんなこと言われてもなぁ」


 光太郎は呆れながら呟いた。証拠って言われても確かにそんなものはないけど……少し考えたが不意にいい考えが浮かんだ。


 「そうだ!契約石、契約石だ!契約石を見せてもらおう!」


 俺の案にストラスとパイモンは苦い顔をする。反応的には微妙ってことなんだろう。


 「そんな問いかけであっさり出すとは思いませんが、カマをかければ動揺するかもしれませんね。セーレ」

 「あぁ、ボティスの契約石はスモーキークォーツの指輪。任せてくれ」


 セーレは頷いてエアリスに向きなおった。てかパイモンが出てくれたらいいのに……この人をなんかもうねじ伏せてくれそうなのに。


 「Please Let’s show me contract stone.(契約石を見せてくれないか?スモーキークォーツの指輪を)」


 明らかにエアリスが動揺する。なぜ知っているんだ、とでも言いたそうな顔をしている。素直に出す気はなさそうだけど、契約石って単語に動揺するなら間違いなく悪魔と何かしらの関係はありそうだ。


 「I don’t have it.(そんなもの持ってないわ)What are you saying.」

 「しらばっくれちゃってさ」


 ヴォラクはポツリと呟いた。しかしエアリスは強気の態度を崩さない。やっぱり決定的な証拠がないと。

 俺は父さんがくれた資料をペラペラとめくった。なにか、なにかいいことが載ってないかな。あれ?これって……俺は光太郎と中谷に資料を見せた。


 「エアリスって娘しかいないよな……この子だれ?」

 「友達の息子とかじゃねぇの?」

 「こんな肩組んで家に入れるかよ!しかもこの子の家族らしき人は映ってねーぞ」


 資料をパイモンとストラスに見せた。これってもしかして悪魔が写ってるんじゃないか?

 パイモンはストラスと顔を見合わせ、そして頷いた。


 「間違いありませんね」


 パイモンはセーレに資料を見せて、なにやら耳打ちをした。

 セーレは軽く頷いて、エアリスに向きなおる。


 「Who is him?This is evidence.(彼は誰だ?これが証拠になるはずだ)」

 「……!Why」


 エアリスの表情が固まる。

 そこには少年の肩に手を置いて、家に招き入れるエアリスの写真が載っていたからだ。


 「しっかしどこであんな写真撮ったんだ?」

 「アメリカはパパラッチが過激だから、何かの拍子で撮られたのかもな」

 「This boy is Botis. Appearance that he becomes man.(彼はボティス。これは彼が人間になった姿だ)Right?(違うか?)」

 「おっ!なんか効いてるみたいだぞ」


 押し黙ったエアリスを見て、中谷は小声で俺に耳打ちをした。確かに急に余裕がなくなった感じだ。

 沈黙が俺たちを包み込んだが、先に観念したのは向こうで、睨みつけていたエアリスがため息をついた。


 「Is it up to here etc.(ここまでね)What do you want to do to me?(貴方は何がしたいの?)」

 「To seal the devil, we are moving. We think that it wants you to cooperate in you.(悪魔を封印するため、君に協力してほしいんだ)」


 流石にセーレが悪魔に関しての知識が自分より豊富だと悟ったのだろう、エアリスは抵抗することなくセーレの言うことを受け入れた。


 「OKわかったわ


 エアリスは頷くとガードマンの男に話しかけ、男は頷いてどこかに立ち去って行った。少し待ってくれと言われ、結論的にどうなったのか気になり、セーレに話しかけると、セーレはエアリスに話しかけ教えてくれた。


 「あいつどこに?」

 「リムジン?っていうのを連れてくるそうだよ」


 リムジン!?すげえ!俺乗れるの!?


 セーレの言ったとおり、リムジンが公園の前の道路に止まった。エアリスに連れられて、俺たちはリムジンにのった。人生初リムジンに興奮してそれどころではない俺と中谷と光太郎を他所にパイモンはエアリスの隣に腰を下ろした。


 「Why were you going to contract to the devil?(なぜ悪魔と契約しようと思ったんだ?)」


 リムジンが発進し、パイモンの問いかけに車内は静まりかえった。

 聞き取れない俺はボケーっとしていたが、二人は何かを話している。


 「Um……It is so.(うーん……そうね)I did not want to destroy life.(生活を壊したくなかったわ)」

 「Life?」

 「Yes」


 エアリスは悲しそうな顔をしている。聞いてはいけないことを聞いてしまったのだろうか。


 「(この会社は倒産寸前だった。私は無職になるわけにはいかないの。子供が二人もいるんだから。私は母子家庭で育ったの。とても貧しくてとても大変で……だから必死で勉強した。みんながしている楽しいことを全て捨てて、勉強だけをした。その結果は今のちっぽけな会社、そして倒産の危機。子供達には惨めな思いはしてほしくなかった。そのためならどんなことでもするし、どんなことでも耐えてみせる。藁にもすがる思いでいたの。そんな時、あの子が現れた)」



 ― Will I save?(俺が救ってやろうか?) ―



 「なるほどな……」


 パイモンはしばらく考え頷いた。


 「You are selfish.(勝手な女だな)」


 話を大人しく聞いていたシトリーはエアリスにかみついた。


 「Of free self-satisfactory.(ただの自己満足だろ)」


 表情を凍らせたエアリスを見て、パイモンが諫める。何の話をしてるんだ?


 「シトリー」

 「……分かってるよ。ただ、なんだか腹が立った」


 驚いた。シトリーが女の人にかみつくなんて。パイモンはそれ以上シトリーを責めることはせず、エアリスに一言、謝罪の言葉を口にした。


 「なんて言ってたんだ?光太郎」

 「……少しは英語の勉強したら?勝手な女だってさ」


 横から来た光太郎の厳しい突っ込みはあえて聞かなかったことにする。


 ***


 リムジンを走らせること三十分。俺達は高層マンションにたどり着いた。ニューヨークの中心地から車で三十分て立地的には最高なんじゃないか?


 「でっけー……これ光太郎のマンションよりデッカイや」


 ヴォラクの言葉に俺も頷く。確かに……これざっと三十階くらいはあるだろ。エアリスがマンションに入って行き、俺達はその後を付いて行った。エレベーターであがること十四階。目的の階に俺たちは到着した。


 「なんか緊張してきた」

 「ションベン漏らすなよ」


 シトリーの突っ込みを他所にエアリスは玄関の鍵を開けた。中から聞こえたのはゲームの音、娘かボティスか……誰かはいるみたいだ。

 俺達は家の中に入り、リビングに通された。


 「Botis.」


 エアリスが名前を呼ぶと、目の前に猫の頭を型どったニット帽をかぶった子供が現れた。

 猫の帽子の耳の部分はワイヤーを入れたかのように尖ってて、角が猫の耳の中に入っており、口からは牙が出ていた。人間ぽいけど明らかに人間じゃないだろ。普通牙が口からはみ出るかよ……

 完全に人間に化けることはできないみたいだ。ボティスと呼ばれた少年の姿をした悪魔は面倒そうに顔を出したが、俺たちの姿を見て目を丸くした。


 「Oh……Hello Paimon.」

 「どうも」

 「あら?日本語?」


 やっぱこいつも日本語話せるんだな。パイモンが日本語で挨拶したらすぐに言葉を切り換えた。ボティスは面倒そうに頭を掻いてエアリスに下がれと促している。


 「んで、そんなぞろぞろ悪魔連れて何しに来たんだよ。戦争でも起こす気か?パイモン、ルシファー様からなんか命令でたの?」

 「命令がなければお前に会いに来てはいけないのか?」

 「まあ、俺らそんな仲じゃねえっしょ。お前がくんの怖いから嫌だよ」


 けらけら笑っているボティスは今のところ戦う意思を見せない。話し合いで、このまま解決できたりしないだろうか。なんていったって、こっちにはパイモンがいる。向こうだって分が悪いと思うはずだ。

 パイモンは淡々と要件を告げた。


 「ボティス、地獄に戻れ。要件はそれだけだ」

 

 その言葉にボティスは目を丸くして、威嚇するように牙と長い舌を出した。人間に化けてもこういう所は蛇のままだ。


 「なに?お前それ言いに日本人の契約者見つけて俺のとこ来たわけ?やだね、俺はお前の配下じゃない。命令されるのなんざごめんだ」

 「否と答えるのならば実力行使するだけだ」

 「ああ、そういう事ね……最近、悪魔を倒しまわってるやつがいるって聞いたけど、パイモン……お前が絡んでたのか。サミジーナやオロバスはしゃーないにしても、マルファスやシャックスが地獄に返されたのは腑に落ちなかったんだ。そりゃお前が仕掛けりゃ敵わねえもんな」


 やっぱり、パイモンの強さは地獄では有名なんだ。とんでもない奴が協力してくれているもんだ。


 「ルシファー様の側近が同族狩りかよ。お前、どうなるかわかってんの?」

 「俺は契約者の命令を遂行するまで。お前ごときをルシファー様は気にかけたりしない。お前は俺の言うことを聞いておけばいい」

 「調子に乗るなよ」


 ボティスが長い舌を威嚇するように揺らしており、そこから垂れている唾液はどんな毒があるかは知らないがフローリングに落ちた場所を黒く変色させていく。ここで戦うってなったら、被害はどうなるんだ……?


 「いいのかね、そんなことして……はっきり言って何の得にもなんないぜ?人間の味方したってさ」

 「それはお前も同じだろう」


 パイモンの切り返しにボティスはキョトンと眼を丸くした。


 「契約者の望むままに動いている。これは人間の為じゃないのか?」

 「くく……ばっかじゃねぇの?誰が人間の為なんかに……こっちの方が魂の価値は増すんだよ。満足、快感、喜び、絶望、恐怖、あらゆる感情は魂の価値を高める。俺はただその価値を高めるために行動してたにすぎない。わかってんだろ?価値が高まった魂を食っちまえば、契約者なんかいなくても俺達は人間界で好き勝手に暴れられるってこと」


 なんだって!?慌ててエアリスを見るけど、当然日本語なんか分からないエアリスは訳が分からないと言う顔をした。


 「ちょっ……そんな呑気な顔してる場合じゃないだろ!」

 「無理だって拓也、ここはアメリカだぞ!?日本語なんて通じないんだから!」


 エアリスは突然の俺の大声に肩をビクリとあげた。焦っている俺達とは対照的にボティスは愉快そうに笑っている。


 「もう遅いっての。お前さ、何か勘違いしてるんじゃねぇ?」

 「勘違いって何がだよ!?」

 「俺と契約してる奴、その女だと思ってんだろ?」


 ボティスの言葉に目が丸くなる。違うのか?でもウリエルは確かに……


 「悪魔って契約者を変えることできんだよな。石さえ渡せば」

 「それって……」

 「今、俺が契約してるのはこの女の娘の一人だよ。会社が倒産しそうになって一番母を心配して、それが免れて一番安心している娘。不安と安心、喜び……それが全て混じってる。格好の獲物じゃないか?」


 まさか……

 ボティスは手から何かを出した。それはスモーキークォーツの指輪だった。契約石を、持っている?じゃあ契約をしていない?

 先ほどのボティスの言葉と照らし合わせて最悪の結末が脳裏をよぎり、いてもたってもいられずエアリスに大声で呼びかける。


 「エアリスさん!あんたの娘は!?今どこに居んの!?」


 絶対伝わってない!あ――くそ!日本語通じねぇ!!


 「Daughter!Your Daughter!!」

 「My daughter? What did my daughter!?(私の娘がどうしたの!?)」


 あーなんて言えばいいんだぁ〜〜〜マジ英語勉強しときゃよかったぁ〜〜〜!


 「拓也大変そう」

 「手伝ってやれよお前!」


 ヴォラク、お前空気みたいになりやがって!

 でも慌ててる俺にすかさず光太郎が助け船を出した。


 「Where is your daughter now?(貴方の娘は今どこにいるんですか?)」

 「She must be a class at today morning……(今日は確か午前授業のはず……) She is not.(いないわ)Where are you!?(どこにいるの!?)」


 エアリスは顔を真っ青にして慌てて子供部屋に走って行き、残されたボティスは笑いながら指輪を指にはめた。しかしボティスは俺をとらえ笑みを深くする。


 「気付くのおせぇよ。それより意外だったな〜召喚者様である指輪の継承者がまさか日本人だったなんて。どーりでアメリカで探しても見つかんないはずだなぁ。お前、魔術の知識なさそうだったけど、どうやって俺を召喚したの?お陰で面倒だったんだけど」

 「No!!!」


 悲鳴が聞こえて俺達は声が聞こえた方向に走った。

 そこには血まみれでぐったりしているエアリスの娘と泣き叫んでいるエアリスがいた。女の子は小学生ぐらいの小さな子で、既に事が切れていた。


 「Mary!Mary!!Open your eyes!(目を開けて!)」

 「ひ……嘘だろ」


 中谷が口元を押さえて目をそらす。でも俺はそらせなかった。俺がもっとしっかりしていれば……また俺のせいで人を殺した。泣きながら娘の名前を叫ぶエアリスにかける言葉もなかった。

 するとだんだん娘の体が透け出した。


 「Mary!?Mary!!?」


 エアリスは必死で名前を呼んで抱きしめるが、娘はそのまま砂の様になって消えていった。

 なにが……起こったんだよ……

 泣き崩れるエアリスを尻目に俺達は後ろ髪をひかれるまま、リビングに移動すると、あんまりことが進展してないのか、今もにらみ合いが続いていた。


 「あいつは消えたか?」


 ボティスの急な問いかけに答えることができずに唾を飲み込んだ俺を押しのけて、怖いもの知らずの中谷はボティスに噛みついた。


 「ふざけんなよ!あ、んな……人殺しといてヘラヘラすんじゃねえよ!!」


 光太郎も少し吐きそうなのか口を押さえている。

 しかしボティスは俺達の反応が面白いのか、ニヤニヤ意地の悪そうな笑みを浮かべたまま。


 「What’s are you did?」


 声がする方を振り返れば、涙で顔をグシャグシャにしたエアリスが立っていた。


 「What did you did to her!?(あのこに何をしたの!?)」

 「I ate the Mary’s soul.(魂食っちゃった)I can rage in the with one's own way by the favor without the contractor.(そのおかげで俺は契約者なしで好き勝手に暴れられる)」

 「な、なに言ってんだよ。大体魂食うって意味わかんねぇよ!どういうことだよ!?」

 『拓也、訳せたのですか』

 「んなこたどうでもいいだろ!!どうなんだよ!」


 ストラスは若干言いにくそうに俺の質問に答えてくれた。


 『もう輪廻はできません』


 輪廻って、生まれ変わるとかの輪廻?


 『人間の魂は死んだら大体天国に運ばれます。まぁ地獄に行く者もいますが。ですが地獄に行っても罪を償えば再び現世に生を受けることができます。天国でもまた然り。いわゆる“生まれ変わり”というものです。しかし魂を食べられたということは地獄にも天国にももう行くことはできません。つまりわかりますね?』

 「もう生まれ変わることはできねーってことか?」


 ストラスが頷く。そんなのあんまりじゃねえか……だって、あの女の子は何も悪い事なんてしていない!なのに、こいつが全てを壊した!!

 ボティスはフンと鼻を鳴らした。


 「さぁてそろそろお暇するかな。もう俺は自由なんだし」

 「行かすと思ってるのか?」


 パイモンはボティスの目の前に立つ。


 「おいおい。五匹で俺一匹を叩くのか?そりゃあんまりだろー」

 「悪魔に正攻法を求めるな。決まりきったことだろう?」

 「確かに。だから逃げるんじゃねぇか。これから魂をどんどん集めなきゃな。じゃあな継承者、審判の門の前で我らとの邂逅を待ち望む」

 「審判の門?って待て!」


 おれが首をかしげた瞬間にボティスは窓から飛び降りた。


 「ちょっ……ここ十四階!」


 舌打ちをしたヴォラクとシトリーが窓から顔をのぞかせると、ボティスは見事なバランスで近くのポールを掴み、地面に着地した。その瞬間、地上にいたアメリカ人は驚きと着地したボティスに目を丸くし、大丈夫かと駆け寄って行く。

 かなりの混雑になっていて、俺はもちろんシトリー達もボティスの姿を見失ってしまった。


 「この状況で騒ぎは起こせないな」

 「そんな……急いで追いかければ!」

 

 セーレは舌打ちをして、俺たちに振り返り首を横に振った。


 「おそらくもう探すのは無理だろう。彼は俺たちに警戒して同じ場所にはもう現れないだろう。パイモンやヴォラクと戦いに来ることはあり得ない。ここまで来て成果はなし、か……」


 セーレはやれやれと肩を落とす。逃げられるなんて、そんなのありかよ……仕留められなかった!犠牲だけ出して……!!

 後ろで泣き崩れるエアリスにどう声を掛けていいかも分らない。


 「エアリスさん……」

 「I……I have done an extraordinary failure.(私は……私ははとんでもないことをしたのね)」

 「なんて言ってるんだ光太郎」


 少し、いやスゴく恥ずかしいけど、俺は光太郎に通訳を求めた。


 「……とんでもないことをしてしまったってさ」


 無くしてしまったものは戻ってこない。どれだけ苦しんで、後悔しても殺された娘はもう帰ってこないんだ。娘を亡くした母親にかける言葉がなく、心臓が掴まれたように苦しくて言葉を飲み込んだ俺の隣をシトリーが通り過ぎ、エアリスの前に膝をついた。


 「The basis of dealings with the devils is an exchange of the equivalents. (悪魔との取引の基本は等価交換)You should have known the contract like it.(そのぐらい契約する際知ってたはずだ)」

 「Yes.But It didn’t know that I was such heavy.(ええ。でもこれほど重いとは知らなかったわ)」

 「The really heavy one is from here.(本当に重いのはここからだ)」


 シトリーは俺たちに振りかえる。その表情は真剣で、今からさらに何かが起こることを示唆していた。


 「なんだよシトリー?怖い顔して」

 「そろそろだ……」

 「え?」


 その言葉とともに俺は首をかしげたが、事態は想像以上だった。


 「あれ?悪魔は?そういえば倒したのか?」


 は?

 俺は光太郎と中谷を見た。二人は今まであったこと等まるでなかったようにキョトンとしてる。


 「ってかあれ?何この状況?」


 中谷は訳が分からないと言う顔をした。

 そんな、何で急にそんな事……冗談だったらきつすぎる。


 「な、に言ってんだよ中谷……なぁ、どういうことだよ!?今の今まで俺達は悪魔と」

 「悪魔?ボティス見つかったんか!?あれ?なんで俺知らないんだ?ここまで来て」

 「俺もこの部屋きてから全く記憶がないわ」


 光太郎まで……なんで?今まで震え上がっていたのに全然そんなのはなくなっている。二人はマンションに来てからの記憶がごっそり抜けている。

 なぜこんなことになったのか、訳が分からなくなりストラスを見つめた。


 『彼らには記憶がなくなっています』


 その衝撃的な言葉に俺は目を丸くした。


 「どう、言うことだ?」

 『悪魔と契約するのは等価交換が基本です。まぁ悪魔によっては見返りを求めない者もいますが、自分の望みの高さに相応な物を返すこと。悪魔が契約者に恩恵をあたえても、それを守られていない場合……契約の不成立がなされ、悪魔に契約者が殺された時、その命といままでの人生全てで採算を取ることになります。人生と言うのは今まで生きてきた記憶全てを悪魔にとられると言うことです。エアリスの娘はもうこの世に最初から生を受けていない……そういうことになります』


 最初から生を受けていないって……そんなことあるか?

 あまりの結末に未だに信じたくない気持ちが止められず、首を横に振ってしまう。


 「訳わかんねぇよ……」

 「つまり、この世でのエアリスの娘の記憶はすべての人間から消去される。それが人生を奪われると言うことです。エアリスの娘は最初から存在しないものと考えられて、その死を悲しむ者はいない。ある条件を満たせば記憶を失わない場合もあるようだが、基本的には元契約者と悪魔と今契約している者と主、貴方を除いた人間すべてから記憶は失われます」


 勿論戸籍も身分証も何もかも全て抹消されます。淡々とパイモンはそう告げて、やっとすべてを理解することができた。

 ということは……


 「じゃあ光太郎と中谷はエアリスの娘の話が出てきたとこからの記憶がないんだな。でも中谷はヴォラクと契約してたんだぞ?なんで中谷まで……」

 「契約の期間が短すぎるんだよ。まぁお試し期間の間に契約が終わったって感じ?」


 ヴォラクの返答に俺はもう一度、光太郎たちに振り返る。中谷と光太郎は訳が分からないと言う顔をしている。シトリーはエアリスにそのことを全て説明しするとエアリスは血相を変えて、鞄の中から手帳を出した。手帳にはエアリスと娘が写った写真が挟まれていたが、そこに殺されたあの子は写っていなかった。

 俺も父さんにもらった資料を見直してみると、エアリスには二人の娘がいたと書いてあったのに一人と書かれていた。パイモンの言う通り、こんな紙切れにまでどんな魔法かは知らないがエアリスのもう一人の娘についての記載は消えていた。これが……悪魔との契約なのか!?


 「そんな……」


 きっとエアリスのもう一人の娘も姉の存在なんて忘れているんだろう。

 そんなの悲しすぎる。


 「Already It is good. (もう、いいわ)Because I compensate alone, it is already good.(私は一人で償っていくからもういいわ)It must never contract, and you also must never show up with the satan in front of me.(悪魔とは二度と契約しない。そのかわり貴方達も二度と私の前に現れないで)」


 エアリスは涙をこらえることもしないで、ボロボロ泣きながら俺たちに何かをつぶやいた。

 言ってることはよくわからなかったけど、多分悪いことを言われてるんだってことは分かった。

 そしてエアリスの目と言葉は俺の胸に突き刺さった。



登場人物


ボティス…ソロモン72柱17番目の悪魔。

      60の軍団を従えた総統であるとも伯爵であるとも言われ。

      大蛇の姿で現れるが、召還者が命じると毒を塗った剣を持った角と牙を持つ人間じみた姿をとるという。

      エノク書には26の軍団を従える大公と記されているがどれが正しいかは不明。

      一時的にではあるが敵同士を和睦させる能力を持つ。

      契約石はスモーキークォーツの指輪。


エアリス・リンガーバーグ…中小保険会社の秘書。 

         会社が潰れて職を失うことと、娘たちに不自由な思いをさせることに恐れ、ボティスと契約していた。

         しかしボティスの意思で、契約者はエアリスではなく娘に変更された。


メアリー…エアリスの娘。ボティスが契約したいと言うことからエアリスに頼まれて契約していた。

      そのままボティスに殺されて魂を食われてしまう。

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