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第36話 色褪せない想い

 『エアリス・リンガーバーグ?それが今回の契約者、そして悪魔ボティスと?』


 俺は家に帰ってからストラスに状況を説明した。ウリエルから自分が情報を漏らしたことは言うなと口止めされていたから、敏いストラスにどこまで誤魔化せたかは分からない。多分気づいていたと思う、でもストラスは何も聞いてこなかった。

 天使に信頼されていない、パイモンに裏切られるかもしれない。その事については口にするのも恐ろしく言い出す気も起きなかった。



 36 色褪せない想い



 「あら、また日経平均株価が下がってるわ」

 「1ドル103円か。完全な円高だな」


 ニュースを見ていた父さんと母さんは困ったように顔をしかめた。正直俺と直哉はレートって言うのが変わっても全然生活に支障はないし、何が起こるのかもピンと来ない。海外旅行に行くことを考えたらドルが安い方がいいんじゃないかってくらい。でも働いたらきっといろんな問題があるんだろうな。


 「さ、直哉。お風呂入っちゃいなさい」


 今から好きなバラエティがあるからか、風呂に入ることを渋る直哉を風呂に連れて行き、俺は渋い顔でテレビを眺めている父さんの隣に仕掛ける。父さんの仕事って海外の会社とも取引あったはずだから、もしかしたら知っているかもしれないと言う淡い期待を胸に話しかけると渋い表情のままため息をつく。


 「あぁ拓也か、まったく困ったものだよ。このままじゃ給料も下がりそうだ」


 そりゃ大変だ。俺と直哉の生命線だって言うのに……父さんが言うにはこのドル安はしばらく続くと思うみたいなことを言っていて、業績悪化が続くと厳しいとかなんとか。正直よく分からないけど、父さんの給料が下がったら、俺の小遣いも下がるから厳しいのは分かる。

 そんな父さんに悪魔が起こしたことらしいと話せば、目を丸くした。


 「本当なのか?」

 『はい、今日アメリカに調べに行ってきました。間違いありません』

 「アメリカに?一体どうやって?」


 そういやセーレの能力を父さんに言ってなかったな。


 「俺と契約してる悪魔の中にどんなところにでも一瞬で連れていける奴がいるんだ」

 「そんなすごい力を持っているのか」


 父さんは感心したように呟いた。


 『今回の会社のエアリス・リンガーバーグって奴が今回の契約者みたいだ』

 「エアリス・リンガーバーグか。明日会社で調べてみよう。保険企業ならうちとも取引があるはずだ、誰か知っている人もいるかもしれない。わかったら連絡をしよう」


 流石外資系金融に務めているだけあって、相手の会社次第では調べてくれるかもしれない。


 「さんきゅー父さん!」

 『助かります。名前がわかっただけでまだどの人物かを特定できていませんからね』

 「なに?また何かあったの?」


 直哉を風呂に入れてきた母さんが心配そうにこっちにやってきた。テレビで未だに流しているアメリカの保険企業の買収による株価暴落のニュースを指さして父さんは困ったように笑う。


 「拓也が悪魔を見つけたそうだ。今回の保険会社の」

 「あの件の?また悪魔なの?」


 心配そうな母さん。当然だ、エジプトの事件からしか知らないから。

 今回、危険な悪魔かどうかすら俺には分からない。そこからまずは調べないといけないんだ。


 『いえ、そこまで危険な悪魔ではないはず。今回の悪魔、ボティスの能力は過去と未来の透視。そして争いごとを調停する力。契約者が命じさえしなければ危害はないはずです』


 なんだ安心。危険な悪魔じゃなくてよかった。

 しかしストラスの話には続きがあった。


 『ただ契約者が命じれば毒を塗った剣を持ち、大きな牙と二本の角を生やした人間に似た姿になります。その時のボティスは殺戮を好み、止めるのは難しいでしょう』


 なんだと?それのどこが危険じゃないって言うんだ?

 父さんと母さんは顔を見合わせた。絶対心配してるよこれ……俺も気まずそうに肩をすくねる。余計なこと言うなよストラス。とりあえず無理はしないよと言って逃げるように自室に向かった。


 「余計なこと言うなよ。母さんたち心配しだしたじゃん」

 『余計なことを言ったつもりはありませんが。そんなに愚図るくらいなら少しは剣の練習でもしたらどうです?そうしたら自信がつくかもしれませんよ?貴方は光太郎と中谷と違い、何もしてないではないですか。時間はあるはずですよ。勿論無理にとは言いませんけどね』


 文句を言ったら二倍になって返ってきた……説教を終えたストラスはベッドに横になってうつらうつらしている。食欲が満たされ睡眠欲に支配されているらしい。本能で生きているフクロウめ。

 だいぶ涼しくなった今の季節。ストラスにはちょうどいいみたいだ。俺もベッドに横になって明日のことを考えた。


 何も起こりませんように。


 ***


 「拓也、おはよう」


 次の日、家を出ると澪とばったり出くわした。


 「あ、おっす」


 俺は軽く手を上げ、そのまま二人で登校する。澪はいつも橘さんと一緒に途中から登校していたから、朝は一緒に行くことなかったけど、この時間に出てるんだな。今日は少し早く家を出て正解。これから頑張ろうかな。

 学校に向かっている途中、新しい悪魔のこと、今回の事件のこと、全てを俺は澪に話した。澪は相槌を打ちながらも真剣に話を聞いてくれた。


 「そっか。無理しないでね?中谷君達も頑張ってるみたいだし」

 「え?澪知ってたんか?」


 中谷と光太郎が稽古してるなんて。


 「うん、こないだ中谷君が教科書借りに来てね。その時に聞いたの」


 え、いつの間に澪と仲良くなったんだあいつ。詳しく聞くと、池上の友達は俺の友達!と言って野球部の奴に用があって澪のクラスに来たときに声をかけられたらしい。それから教科書を借りに来たりと時々遊びに行っているんだとか。あいつ……油断も隙もねえわ。まさか澪を狙ってたりとか、ないよな……?中谷相手とか勝てる気しない。だってあいつ超いい奴だもん!!


 「みーお!」

 「裕香、おはよう」

 

 あ、橘さん。相変わらず元気だな。なるほど、ここで待ち合わせして一緒に登校していたのか。じゃあ俺がお邪魔するのも良くないな

 橘さんはニコニコしながら澪の横に並んで俺にも挨拶してくれた。向こうは三人で登校してもいいって雰囲気だけど、なんだか申し訳ない。


 「じゃあ俺先に行くわ」

 「え?一緒行こうよ」

 「えー女子二人に囲まれては俺殺されそうだからいいや」


 まあ、澪と一緒に登校とか本当に殺されそうだし。なんとなく居づらくなった俺は足早に澪と橘さんから離れ、交差点で信号待ちをしていたクラスメイトの立川を見つけ声をかけた。


 「よっす立川」

 「あ、池上。ちぃーす」


 立川は音楽を聴いていたのだろうか、耳からイヤホンを外しポケットに入れる。信号が青になり二人で雑談をしながら足を進めた。


 「今日家庭科が辛いわ。俺マジ絶対寝るもん」

 「家庭科って何するんだったっけ?」

 「食品群の違いの続きだろ。タンパク質とかさあ」


 あー、なんかよくわからんかったから寝てた気がする。確か先週、あてられた光太郎が答えられずに恥ずかしそうにしてた。塾で家庭科なんてやらないだろうし、光太郎が通知表で三や二を取る数少ない教科だ。

 でも一時間目から家庭科って萎えるなあ。まあ家庭科の教師も俺たちがあまりやる気ないのを察してか授業がかなり緩い。正直この時間は他の科目の宿題タイムだ。今日英語の小テストあるし、家庭科の時間に詰め込もうっと。

 俺達は行く前から帰りたいだの、面倒くさいだの愚痴をこぼしながら学校に向かった。


 「あれ?光太郎休み?」


 教室について席を見ると、光太郎はまだ来ていなかった。いっつも早く学校に来てるのに珍しい。

 鞄から携帯を取り出すと、メッセージが来ていた。


 『わりい。今日はちょっと休むわ。風邪ってわけじゃないからさ。マンションに行ってる』


 なんだそりゃ。風邪じゃないんかい。マンションってことは……こいつサボりか?

 光太郎からの連絡を見てびっくりする。光太郎は授業をさぼることはあったけど、学校自体を休むなんて珍しい。もしかしてまた特訓でもしてんのかな?そんなに根詰めてやるほど切羽詰まってないはずだけど。


 「そんな無理しなくていいのに」

 「広瀬からか?俺いま連絡送ろうとしてた」


 思わず漏れた声に反応して、上野に話しかけられ、慌てて首を縦に振った。


 「うん、今日休むってさ。風邪ではないみたいだけど」

 「か―――!いいなぁあいつは!休んでもついていけんだからよー」


 上野は羨ましそうに頬杖をつき窓から見えるグラウンドを眺めている。外では野球部が朝練を終えたのか、走って部室に駆け込んでいるのが見えた。


 ***


 「お前、なんかとぼけてんな」

 「へあ!?」


 昼休み、中谷に言われた痛烈な一言。おもわず声がひっくり返ってしまった。

 中谷はデッカイ弁当箱と、コンビニで買ったパンをほうばりながら続きを言った。


 「いつもならもっと慌ててるぞ。それがなんかボーっとしちゃってさ。今日行くんだろ?」


 そうなんだけどさ。やっぱり昨日のウリエルからの言葉が気になってしょうがない。


 “信用されてないんだよ。お前は。悪魔と一緒に行動してるからな”


 俺の行動をウリエルはわかってると言っていた。なら今この状況もお見通し?信用とかそんなのお前らからいらないけど、人をこれだけ巻き込んでおいてサポートの一つもないなんて、それの方がどうかと思うわ。中谷と昼飯を食いながらも心ここにあらずだ。だって殺すって言われて、何にも気にしないでいられる方がすごいと思う。

 オロバスの言ってた選択を誤るなってこのことかな?天使の言うことを聞いとけってこと?悪魔を地獄に戻していったら俺は本当にまた自由になれるのか?


 出口の見えないものほどイラつくものはない。

 なんだよ。俺はこんなに悩んでんのに、でっけーパン食いやがって。中谷はなにも悩みなんてなさそうだ - そう思って首を横に振った。ヴォラクと契約していた時の中谷は思い詰めていた。それを何の悩みもないなんて失礼なことを考えてしまった。

 的外れな八つ当たりを考えてる自分に嫌気がさし、忘れるかのように弁当の中身を口の中にかきこんだ。


 「じゃーな。また明日な。気をつけろよ」


 放課後、中谷はスポーツバッグを背負い、手を振った。

 俺はそれに手を振り返して、ストラス達がいるであろうマンションに足を運ばせた。


 ***


 「よぉ拓也久し振り。何日ぶりだぁ?」


 ドアを開けたら出迎えてくれたのはまさかのシトリー。確かに久しぶりだ。全然最近会ってなかったから。


 「バイトは?」

 「今日はねえ」


 なんかこいついっつもいないから、逆にいると妙な感じだな。正直契約をしていたことも忘れそうだ。学校をサボった光太郎はソファに腰掛けて優雅に携帯をいじっている。


 「よおサボリ魔」

 「なんだよー学校サボったの今日が初めてだって」


 光太郎は参ったなぁと言う風に頭を掻いた。横に腰掛けたシトリーは若いんだから学校なんかサボって遊ぶことも大事だ、と悪魔のような入れ知恵をしている。あ、悪魔かこいつ。

 俺達の声が聞こえたのか、奥からパイモンとストラスとセーレが出てきた。


 「主、準備はできていますか?」

 「エアリス・リンガーバーグ、調べてみたよ」


 セーレは俺に印刷した紙を渡した。

 そこには社長らしい人物の横にいる綺麗な女性の姿。


 「え、この人?」

 『そのようです』

 「めっちゃ美人だよなー!ちょーストライク!」


 あっそ。シトリーの言うことはさておいて、マジマジと印刷用紙を眺めた。


 「なんだよ。お前実は年上フェチか?」

 「ちげーよ!ばーか!」


 なんでこいつはこんなことしか考えないんだろう。ていうか読みにくいんだから邪魔してくんな!

 肩に腕を回したり、頭をぐしゃぐしゃにされたりと、鬱陶しいちょっかいをかけてくるシトリーから距離を取って、印刷された紙の内容を読んでいく。でも、こんな人がよくボティスと契約したもんだな。


 「ボティスってさ、蛇なんだろ?この人女なのによく契約したよなぁと思って」

 「人間の姿を取れるので、普段は蛇ではないですよ。まあ、一度も悪魔の姿を見たことがないとは思いませんが……肝が据わっているとしか言いようがありませんね」


 パイモンも蛇が嫌いなのか、乾いた笑いを浮かべた。

 そんなパイモンの肩を叩きながらシトリーがせかす。


 「そんでー?行くんだろ?早く行こうぜ」

 「お前なぁ……また女だからって理由かよ」

 「あれ?他に理由が必要かぁ?」

 「別に」


 こいつはいつもこういう奴だ。どういう生き方をして来たらこんな性格になれるんだろう。

 パイモンはシトリーの腕をどかし苦々しい顔で振り返る。あ、本気で軽蔑している顔だ。


 「お前、相変わらずだな。いつまでそんなこと続けているつもりだ?」


 その言葉に、シトリーの表情が変わった。今まで見たことのない感情の見えない表情に思わず息をのんだ。こんな顔をする奴なのか?


 「なんだよパイモン、俺のプライベートに口出しすんなって。お前に迷惑かけてねえだろ?」

 「別にお前のことはどうでもいい。ただ、グレモリー様のことを考えると口を出さずにはいられなくなる。カイムもお前のことを気にかけていた、あいつのためにもきちんとしろ」


 グレモリー様?カイム?二人の会話についていけず、俺と光太郎は顔を見合わせた。

 パイモンの肩に乗っていたストラスも首をかしげるあたり、パイモンとシトリーだけしか知らない内容なんだろう。


 「どういうことだ?」

 「奴にも色々と事情があるのですよ」


 パイモンはそのことについては教えてくれなかった。


 ***


 また日本を二十四時ごろに出てアメリカに着いた俺達は早速その会社に向かった。時刻は朝の十時。多分出社しているからお目当ての相手はいるんだろうけど、どうやって連絡を取るかが問題だ。


 「どうすんの?連絡取れる手段ないよね?」

 「だアホ。だぁから俺様がいんだろい」


 シトリーはフフンと鼻をならし、もう仕事をしているのであろうガードマンの方へ向かって言った。

 あ、なるほど。だからシトリーが今回参戦してんのか。鼻歌まじりで会社の方に向かうシトリーをパイモンが引き止める。少し俺達から距離をとっている二人の会話は聞き取れない。でもシトリーの表情が真剣そのもので、割って入っちゃいけない雰囲気があるのは確かだ。


 「お前が俺を探しているのはグレモリー様とカイムの行方を知っているからもあるんだろう?まだ、お前から聞かれてはいないが俺が知っている情報は話してやる。カイムの行方は知れないが、グレモリー様はバティンから生きていると報告は受けている。お前も、もうグレモリー様を探すのはやめろ。お前が辛くなるだけだぞ」

 「べーつに、俺には関係のない人っすね~じゃあ今度はカイムがどこにいるか調べてくれよ。あいつとはダチなんだ。いい奴だし、人間にいいようにされてねえか心配なんだ」

 「わかった、調べておこう。関係のない相手ならば、彼女がどうあってもお前はもう口出しをするな。お前には関係のない相手だ」

 「……お前って鋭いし、何でもお見通しだな。ほんっと嫌になる。なあ、無事なのか?怪我はしてないか?悲しい思いしてないか?あいつに関することを教えてほしい。早く、苦しい思いをする前に地獄に戻したい」

 「俺は知らない。バティンから無事を確認したと言う連絡を受けただけだ。心配するな、あの御方は俺とバティンの護衛対象でもある。彼女が傷つくことを俺たちも望まない」


 どうしたんだろうシトリー、頭を抱えている姿は普段からでは想像できない。パイモンの表情は変わらずにシトリーだけ落ち込んでいっているように見える。まさか、パイモンに何か言われたんだろうか。でも手を振って会社の方向に歩いて行くシトリーを見ているパイモンの表情が見たことなく苦しそうに歪められていることに、なんだか胸が苦しくなる。二人の関係は知らないけど、もしかしたら知り合いだったのかもしれない。仲が良かったとか、あるのかな?

 パイモンに近寄った俺に、すぐさま表情を切り替えたパイモンは一言だけ吐き捨てるように呟いた。


 「本当に頑固な奴だ……」


 ***


 「成功成功。俺様最高!また来たら連絡してくれるってよ」


 シトリーは携帯を握りしめ、ニヒッと笑った。いつもの調子に戻っているように見えるけど、無理してないかな?二人で話している時の表情はすごく辛そうだった。


 「じゃあその間待ってればいいんだな?でもかなり待ちそうだなぁ」

 「あー、そうだな。昼休みくらいになりそうだ。」

 「どちらにせよ一時間以上は待つんじゃん」


 その間なにすんだよ。コンビニにでも行っとくのか?観光してくれてもいいけど!?俺はそっちがお望みだけど!?


 「公園にでも行く?」

 「なんかリストラしたみたいだなぁ」


 ヴォラクと光太郎の会話に思わず吹き出してしまった。

 とりあえず俺達はこのまま待っていても拉致が明かないので公園で待つことにした。


 一時間程度、時間をつぶしたところでシトリーに電話がかかってきた。

 さっきの男だ。シトリーはそう呟き、電話に出た。ていうか、電話に出るの大丈夫なのか?お金とか色々心配になるけど。


 「あ、はぁ?マジかよ、つかえねー。いっぺん死んでこいや」


 なんて怖いことを!ていうか何があった!?

 シトリーは電話を切ると、俺に向きなおった。


 「残念だけどあいつ失敗したみたいだ。その女には護衛が数人付いてたらしくて、近づこうとしたら払いのけられたらしい。ま、今この騒ぎだし、慎重になるのも無理ないけどな」


 そっか、じゃあどうすればいいんだ?


 「会社に入ってしまったらどうしようもないな。もう戻りましょう」

 「え?日本にか?」

 「これ以上の進展は望めません。また日を改めた方が得策かと」


 パイモンに説得された俺は、しぶしぶアメリカから日本に帰ることにした。


 ***


 またしてもマンションに泊まった俺は学校を寝て過ごし、一日ぶりの家に帰宅する。


 「ただいまー」

 「拓也お帰りなさい」


 家に来ていたのか、澪が俺を出迎えてくれた。別に学校とかでも会えるけど、ゆっくり話せるのは家だからめっちゃ嬉しい。

 澪は玄関をあがった俺を見て少し心配そうに声を出した。


 「最近マンションに泊まり込んでるんだよね?大丈夫?」

 「学校に寝に行ってるような感じになってる……でも大丈夫」


 俺が首を振ると、澪は困ったように笑い、そっか。と言った。ストラスを肩に乗せたまま、俺と澪はリビングに向かった。今の時間は十九時半。もう夕飯を食べてもいい時間だ。

 夕飯はもう半分は出来上がっており、直哉がテーブルについていた。


 「あーストラス!」

 『むっ!』


 久しぶりのストラスに直哉の目が輝き、対照的にストラスは少し嫌そうな声を出したが、大人しく直哉の頭の上におさまった。帰巣本能で帰っていく鳩みたいで、その光景に噴き出してしまった。


 「はは!おもしれー見た目」

 「笑っちゃだめだよ」


 爆笑する俺を澪は笑っていさめる。澪だって笑ってるくせにさー。


 「おお、拓也おかえり」

 「あれ?父さん今日はノー残業デーだっけ?」


 父さんは毎週水曜日は一緒に夕飯を食うために残業をせずに帰ってくる。

 俺達はこのことをノー残業デーって勝手に名付けてるけど今日は火曜だよな?


 「いや、エアリスという女性のことを調べてな。伝えようと思って早く帰ってきたんだ」

 「なに?なんの女性のこと?」


 あ、母さんが来た。しかもなんか怖いし。これ絶対に何か勘違いしている。父さんも冷や汗をかいて紙をこれでもかというくらいに母さんに見せる。


 「いや、拓也の悪魔探しのことでな。特に深い意味はないよ」


 母さんは疑っていたが、紙を見て問題ないと判断したのか、まぁいいわといい、ボウルに入れたサラダをテーブルに置いた。とりあえず難は逃れた。


 「悪魔のことは飯を食ってからな」


 父さんは笑って肩を上げた。

 俺もなんかおかしくなって笑いながら頷いた。


 「あーうまい。幸せー」

 「今日は拓也の好物の牛肉コロッケだものね。まだいっぱいあるから食べなさい」

 「うん、おかわり」


 俺はおかわりしたコロッケをモグモグと食べながらテレビをつけた。テレビのニュースは相変わらず会社のこと、エジプトの武装事件のこと。こんな事件に自分がかかわったなんて夢みたいだ。ストラスも小さく小分けされたコロッケを食べながらニュースを見ている。

 その後、アメリカの保険会社のニュースが切り替わった。


 「はぁ……なんか拓也がかかわってるとなると、とても人ごとじゃないわね」

 「そうだなぁ。円高の影響も続いてるしな。こっちもいい迷惑だ」

 「おじさん、やっぱり影響を受けたんですか?」

 「ああ。業績を下降修正せざるおえなくなってね。これが続くとボーナスも下がるなぁ」


 その言葉を聞いて、母さんが顔を曇らせる。母さんだけじゃない、直哉も俺もだ。だってボーナスの月は俺たちの小遣いも二倍なんだもん。こんなことで唯一の稼ぎが半減されちゃたまったもんじゃないよ。やっぱり早めに対処しないといけない。

 俺はそう心に決めてコロッケをもう一つ平らげた。


 ***


 「拓也、ちょっといいか?」


 夕飯を食い終わると、父さんが資料を持って俺の横に腰かけ、書類入れの中から数枚の紙を取り出した。


 「エアリスと言う女性のこと色々調べてみたんだが」


 手渡された資料の中身を確認すると写真と経歴が載っていた。


 「エアリス・リンガーバーグ。ノースカロライナ州出身。三十七歳のシングルマザー。子どもは娘が二人……どこで調べたの?こんなこと」

 「一応俺の職場は外資だからな。他国の会社のことは大概のことはわかるんだよ。この件は結構大ごとになってるからな」

 「ふーん……でもノースカロライナ州ってどこにあんの?ニューヨークから近い?」

 「ああ、結構近いな。時差も変わらないだろう」

 「ありがとう!後はシトリーが頼りだな」


 父さんに礼を言い、直哉からストラスを取り上げ資料を見せる。


 『エアリスの個人情報ですか?有難いですがもう不要です』

 「でもお前、昨日までは助かるって言ってたじゃんか。」

 『それはまだ顔が割れていなかったからでしょう。パイモンが相手の情報は割ってくれました。あとはシトリーから連絡が来るまではどうにもなりませんねぇ』


 なんだよ、そこまで分かってんなら情報共有しろよ。

 一応もらっておくと上から目線なフクロウに資料を渡し、今日はアメリカに行く必要がないと言われたため今日は早めに眠ることにした。


 ***


 翌日、学校も終わり、俺は部活が休みの中谷と光太郎とマンションに向かった。

 こういうとき、何も習い事してないって楽だよなぁ。すぐに対応ができるから。マンションにはやっぱりストラスも居て、皆がリビングに集まっていた。挨拶してきたヴォラクに軽く手を上げ、ソファに腰かける。

 しかし肝心の諜報部隊の要であるシトリーの姿が見えない。どこかに行っているのか?


 「あれ?シトリーは?」

 「ちょっとね」


 セーレは気まずそうに眉を下げた。なんなんだ?この空気は。


 「なんかあったのか?皆して集まって」

 「シトリーを待ってるんです」


 あいつまだ来てないのか?そういえば昨日パイモンと何かを話してたみたいだけど、それが関係しているんだろうか。


 「昨日、主が帰った後、シトリーとセーレがもう一度アメリカに向かいまして……その時に、シトリーはエアリスの専属ガードマンの男を利用することに成功しました」

 「じゃあすぐ見つけられんじゃん!」

 『シトリーがいなければいけません。でも帰ってこないのです。全く自由奔放ですねぇ』


 パイモンは面倒そうに舌打ちをしている。それを見て、やっぱりパイモンは何かを知っていると確信してしまった。

 もうパイモンのせいでみんなバラバラだよ。一番痛いところを平気でついてくるんだから。


 「シトリーって一体なんかあるのか?この間、気になること言ってたし」

 「え?シトリーってなんかあんの?」


 気になってたことをパイモンにぶつけてみた。

 昨日、その場にいなかった中谷はわかんないと言う風に首をかしげた。質問されたパイモンは面倒そうにソファの腕置きに肘をつき、最低限のみ口にした。


 「ないと言えば嘘になりますが、貴方が知る必要はないかと。あれはある情報について話を聞くと翌日大体こうなるのです」


 じゃあ、それを知っててシトリーにその話題を振ったパイモンはやっぱりひどい奴だ。その地雷を踏んでしまったと言うことだろう?


 「俺は契約者だし、知っとくべきじゃないのか?もしかしてあの女好きのせいで恨み買ってるとか?」

 「契約者だからと言ってプライベートに土足で踏み込むのは感心しません。貴方には何もできないと思います」


 そうだけど、でもそれをパイモンが言うのか?いつか、俺を裏切るかもしれないお前が……!

 自分は何もかも知っていて、俺達には何も教えてくれないなんてひどすぎるだろう。


 「だけどお前と話してからシトリーの奴、調子狂ってるよな。お前が何かしたのは間違いないだろ」


 ヴォラクの鋭い意見にパイモンの目つきが変わる。火花が散るように睨み合う二人に何も言えなくなってしまう。自分のせいとまで言われたパイモンは面倒そうにため息をついた。


 「貴方達が私に無理やり吐かせた。問い詰められたときはそう答えてくださいね。シトリーと契約するのならいつか絶対に知ることになる話です、いいでしょう。まず、これだけは言っておきます。あいつがそのような悪魔と思っているのならそれは間違いです。あれは奴の心に空いた穴を埋めるための暇つぶし程度にしかすぎません」


 ストラスとヴォラクとセーレも首をかしげる。どうやら三人も知らないようだ。


 「あいつは、ある一人の女性に恋をしていました。女性の名はグレモリー。ソロモン72柱……いや、悪魔の中で最も美しい女性と言っても過言ではないでしょう。シトリーは彼女に恋をして、数百年もの間、彼女の元に通い続けました。そして彼女もようやくシトリーに心を開いた」

 「じゃあ結ばれたってこと?」


 中谷の簡潔な問いかけにパイモンは頷いた。


 「グレモリー様はその美しさから我らが悪魔の王、ルシファー様の妃として見初められました。勿論断るなどできるはずもなく、グレモリー様は無理やりルシファー様の城に連れて行かれたのです。あいつはその時ただその光景を見てるだけしかできませんでした」

 「なんで止めなかったんだよ!」

 「反対すればグレモリー様が危険な目に遭うと思っていたのでしょうね。行きたくても行けなかった」


 パイモンの言葉に俺は愕然としてしまった。

 あのシトリーがそんなこと……


 「グレモリー様はそれから二百年の間城に幽閉されます。その間、シトリーを待ち続けましたが、あいつは一度も来ることはありませんでした。その美しさにまるで見世物のようにほかの悪魔たちと暮らす日々。その時間が心に憎しみを生んだ。その憎しみは段々大きく膨れ上がり、愛は憎悪に変わってしまったのです。力で抑え込もうとするルシファー様、好奇の目で見てくる悪魔たち、そして愛しているはずなのに助けに来るどころか、会いに来てくれないシトリー。それらの憎悪が重なり続け二百年後、一向に心を開かないグレモリー様にルシファー様の関心も薄れ、彼女は妃なのに自分の城に返されることになりました。しかしその時、彼女はすべての男と言う生き物に対し心を閉ざしてしまったのです」


 なんだよそれ。そんなの悲しすぎる……

 シトリーは一番助けたかった人を助けられなかったんだ……


 「シトリーはグレモリー様にすぐに会いに行きました。やっと自由になったのですから。ですがグレモリー様はシトリーを憎み、自らの城に引きこもってしまいました。それからどのくらい経ったのかわかりません……数千年なのか、数万年なのか、ですがあいつは今でもずっとグレモリー様のことを想い続けています。あいつが女性に対してあれほど手軽に手を出すのも、全てグレモリー様のことを忘れるため。ですが自らが犯した罪を憂い、いつまでたっても柵から抜け出すことができない。その罪悪感に耐えられず、忘れるためにまたいろんな女性に手を出し自己嫌悪、完全な悪循環なのです」


 そんな辛い過去があったなんて……全く知らなかった。

 中谷も光太郎もこの重い話に表情を暗くしている。中谷は気まずそうに顔をあげて、パイモンに話しかける。


 「なんでパイモン、そんな詳しいの?」

 「俺はルシファー様の配下だ。その妃となればグレモリー様も俺にとっては護衛すべき対象だ。彼女の動向を確認するのは当然のことだ」


 ああ、ルシファーの側近とか言ってたもんな。じゃあパイモンはシトリーとグレモリーって奴の仲を知っていて引き裂いたんだ。シトリーが苦しんでいるのを分かっていて助けなかったんだ。

 やっぱりパイモンにとってはルシファーが一番で、他には興味がないのかもしれない。その事実を確認すると、途端に腹から冷えていく気がした。


 「あいつと話した内容はグレモリー様の安否と、諦めろ。そう言っただけです。このまま引きずっていても、あの御方はシトリーの物にはなりませんから。元々あいつは劣等感の塊です。大胆なくせに繊細、横柄なようで小心者。あいつは特に人間に対しての劣等感が強い。人間は限られた時間があるからこそ互いを思い、尊重し合う。地獄ではそのようなことはまずありえない。あいつが望むのものは愛する人と限られた時間でいいから共に居て、想い合うこと。まあ私達には縁のない思考ですね」


 そういえば似たようなことを言われたことがある。

 ドイツで始めてシトリーに会った時、人間っていいよなって……劣情を抱いてしまうって。


 「なんであいつが悪魔なんだろうな」


 いつもはチャラチャラしてるくせに、いざって時は味方になってくれて。

 エジプトの時はパイモンの意見に反対してくれたり、俺を武装集団から守ってくれた。


 「人間にしてやりたい」


 俺の無意識の呟きにパイモンは目を見開く。


 「なぜ貴方が気に病むのです?どうすることもできないのに」

 「そんなの、決まってるだろ。シトリーは大事な仲間だ。俺にできることなら何でもしてやりたいって思うのは当然だろ!?」

 「たった数か月しか共にしていないのに?」

 「時間の長さなんて関係ない。俺はシトリーに幸せになってほしいし、パイモンだって俺の大事な仲間だ。むかつくし、信用できないけど……お前が傷つくのだっていやだ」


 パイモンは口を一文字に結び、それ以上何も言わなかった。全員が黙ってしまい、この暗い空気の中、聞こえてきたのは明るい声。


 「なんだよー。お前ら、お帰りくらい言えねーのかよー。ひっでーなぁ。俺ただいまって言ったんだけど」


 シトリーがケラケラ笑いながらリビングに入ってくる。この明るくふるまっている姿が強がっているんだとしたら……ずっと大好きな人を守るために探し続けているんだとしたら……どうしよう、シトリーがどうしようもなくいい奴に見えて、どうにかして力になってあげたいと思う。

 しかし俺たちの雰囲気に気づいたのか、表情を変えて近づいてきた。


 「あん?拓也、中谷、光太郎どうした?」

 「なぁシトリー。今幸せ?」


 中谷の質問に、シトリーは目を丸くした。


 「あ?んだよ急に」

 「いいから」

 「幸せなのかなー?でも楽しいぜ。バイトしたり遊んだり、お前らとツルんだりするのは」

 「そっか!」


 中谷は満足そうに歯を見せて笑った。

 いきなりの質問にシトリーは訳がわからんといい、首をかしげた。


 「俺もシトリーとツルむの楽しーぞ――!」

 「声でけえよ馬鹿!急に何なんだ?」


 中谷は笑いながら大声を出した。中谷とシトリーがじゃれているのを見て、軽く笑みを浮かべる。


 いつかは力になれるといいな。その女の人と仲直りできるといいな。


 その時あいつはきっと笑うんだ。

 本当の人間のような表情で。


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