第35話 経済のすすめ
次の日、放課後に俺はマンションに行くことにした。
ストラスは既に行くと言っていたから、おそらく今からアメリカに行くんだとおもう。自分でも何が何だか理解できなくなってきてるけど。
35 経済のすすめ
「はぁ……鬱だ」
鞄に荷物を詰めながら呟いた声は空気に溶けていく。ここ一週間の間は悪魔のことなんか忘れてたのに、また悪魔狩りか。いや、自分は何もしてないし役にも立ってないけど。でも嫌なものは嫌だし、避けれるもんなら避けたいと思うのは当然だ。
俺はマンションに向かおうとして中谷と光太郎に話しかけた。最近あいつ等、特訓とかでよくマンションに行ってんだよな。今日も行くんだろうか?
「お前ら今日も行くん?」
俺の問いかけの意味は分かったらしく、中谷と光太郎は頷いた。
「おう、今日は部活休みだしな。行くつもり」
「ふーん……俺もマンションに用あんだ。一緒に行こうぜ」
光太郎達は何も聞いてないのかな?悪魔が見つかったとかそういうことは話題にしない。学校だからなのか、ただ知らされていないのかは分からないが、とりあえず俺達は三人で一緒に学校を出て、マンションに向かった。
***
「主、ストラスも来ていますよ。中谷と光太郎も上がってくれ」
パイモンがドアを開けてくれ、俺たちを部屋に招き入れた。パイモンがいきなり出てきたことに俺は少しだけ緊張してしまったけど、光太郎と中谷は随分パイモンと親しくなったみたいで軽い挨拶を交わしている。なんだか置いて行かれたみたいだ。
その奥ではストラスは優雅にクッキーを食べていて、俺を見るとこっちに飛んできた。
『拓也、思ったより早かったですね。では腰掛けてください』
言われるがままに三人でソファに腰かけた。今日は稽古をする気配がない事を察した光太郎は眉を八の字に動かした。悪魔が見つかったってことがわかったんだろう。中谷は胡坐をかいてソファに座っており、動揺している気配はない。もしかして知っていたのか?
セーレとヴォラクは反対側のソファに腰掛け、ストラスが話し出すのを待っている。
『拓也、昨日申し上げた通り、今回はアメリカという国に調査に向かいます。中谷は事前に話を聞いていたと思いますが、光太郎は初めてですね』
「それそれ。一体なんでアメリカになったわけ?」
理由はあるんだろうけど、それを知らない俺はいまいち腑に落ちない。アメリカの情報なんてそうそう手に入るもんじゃない。何か事件が起きているのは確実だ。
ストラスはそうですね。と言い、パソコンをこっちに向ける。画面はアメリカのニュースサイトのようで写真とともに色々書かれているが、何せ中身が英語だ。わかるはずもない。
口頭で説明してくれと言うと、ストラスはいそいそとパソコンを自分の方に引き戻し、説明してくれた。
『アメリカの中小保険会社が国を代表するほどの大手保険会社を破格の値で買い取ったのです。そのせいでアメリカの株価が一気に下落しています』
「それってやっぱ悪魔の仕業なのか?」
『光太郎?何かあったのですか?』
俺が聞くと、光太郎は気まずそうに頭を掻いた。パイモンの時もそうだったけど、また親父さんの会社が面倒なことになっているのかもしれない。
「いやーその影響でさぁ、ドル安になってんじゃん。親父の会社も煽りかぶってんだよね〜」
あ、そう言えば光太郎の会社ってアメリカとも取引してんだっけ?そりゃ結構深刻な問題だよな。
ストラスは頷いて今にも飛び出さんばかりに羽を広げた。
『場所はニューヨーク。治安も問題なさそうですし行ってみましょう。銃を携帯している人間がいるみたいですが、いきなり発砲はないでしょうし』
「待てって。アメリカと日本ってメチャクチャ時差あんだぞ。今行っても朝の六時ぐらいなんじゃね?」
『朝の六時ならいいではありませんか。日も出ていますし』
「ていうか時差って何〜?」
今まで話に参加していなかったヴォラクが話しに割り込んできた。
「あーなんつーかなぁ今、こっちは夕方じゃん?でも太陽の動きでアメリカって国は今まだ朝なんだよ」
わけわかんねー。ヴォラクは理解できなかったのか首をひねる。
この説明じゃなぁ……俺でも自分が何を言ったかがわからん。上手く教えられないのが申し訳ない。
「とりあえず、あっちは朝だってこと」
「本当に簡潔に述べたね」
セーレは苦笑いしながら、ソファに深く腰掛ける。
しかし会話を黙って聞いていた光太郎が声を出した。
「いや、違うと思う。ニューヨークって確か十三とか十四時間くらいあったはず。今が十七時だから向こうは夜中の三時じゃねえかな。こっちを二十四時に出るくらいがちょうどいいんじゃないか?」
はあ!?十四時間も時差あんの!?十時間くらいと思ってたわ。でも光太郎はニューヨークに行ったことあるって前言ってたし、絶対に光太郎の方が正解だろう。さすがに夜中の三時に行くつもりはないようで、ストラスとパイモンも表情を歪めている。
「んでさぁ。行くの?行かないの?俺アメリカいきてーよ」
「お前な……」
俺たちの事情なんかお構いなしの中谷はやっぱり旅行気分が抜けないらしい。旅行だったらどんなにいいことか。中谷の携帯の画面をのぞき込むとニューヨークの観光地が載っていて、あまりのお気楽さに軽く小突いてしまった。
「中谷もああ言ってるし……いかがいたします?主」
「え、え?どうしよっかストラス?」
『貴方が聞かれているのですよ全く……今日の二十四時に向かいましょう。明日学校の貴方達には少しきついかもですが、仕方ありません』
嫌絶対きついでしょ。でも、仕方ない。十代のパワーで乗り切って見せるわ。今日はマンションに泊まることにして、着替えなどの最低限のことだけを家で済ませ、再びマンションに戻った。
***
「ジェダイトいっつもありがとうね。ご苦労様」
セーレがジェダイトをいたわって鼻を撫でると嬉しそうにすり寄ってジェダイトは姿を消した。その横には相変わらずの雑な乗り方に顔をしかめているパイモンの姿。日本時間二十四時に俺たちはニューヨークに向かった。高層ビルが立ち並び、人がいない所を探すのが大変だったが、何とか路地裏を見つけ、着陸した。
ジェダイトから降りて人で賑わう繁華街らしき場所に出る。ここがニューヨークなんだよな?エンターテイメントの中心地。俺、こんなこというのもあれだけど、一回行ってみたかったんだ!
「なーなー自由の女神はー?グランドキャニオンはー?」
中谷、グランドキャニオンはニューヨークじゃないだろ?
でもやっぱり夢にまで見たアメリカ。俺も興奮を抑えきれるわけがなく。
「俺も自由の女神みてーなぁ。ブロードウェイ行きてーなぁ」
「観光じゃないんだよ。二人とも」
セーレは柔らかく笑いながら、俺たちに釘を刺した。
普段なら引き下がる俺たちだけど、やっぱりアメリカとなれば話は別になる。
「せっかく来たんだから自由の女神みてーよぉ!グランドキャニオン行きてーよぉ!」
「ラスベガス行きてーよぉ!ハリウッド行きてーよぉ!」
俺と中谷はワーワーと大声で駄々をこねて観光がしたいと訴えた。何人かのアメリカ人がこっちを見て笑っているが、気にしたら負けだ。
あまりにも俺たちがごねるため、セーレがため息をついて鞄に入っているストラスに小声で話しかける。
「どうする?俺たちだけで探すか?」
『正直言って、拓也と中谷がいても役に立ちそうもありませんしねぇ』
「そうするか」
セーレとストラスの会話を聞いていたパイモンはため息をついて、俺たちに振り返る。相手がパイモンになった瞬間、途端に弱気になってしまったが、相手から条件が出された。
「今から二時間。その間ならいいでしょう。二時間後にここで落ち合いましょう」
「え?連絡とかどうすんの?」
「残念ですが私達は携帯と言う物を持っていません。絶対に時間厳守です」
「あ、じゃあ俺がストラス達と一緒にいれば連絡取れるじゃん」
確かに光太郎がそっちについて行けば問題ないんじゃない?あんまり観光とかしたそうじゃないし。しかし光太郎の申し出にパイモンは首を横に振る。
「いや、主と一緒に行ってくれ。お前が止めなければ、あの二人は絶対に時間にこの場所に来るなんてできないだろう。お前はニューヨークの地理も分かるし頼りにしている」
「確かに……」
後ろでキャッキャとはしゃいでいる俺と中谷をストラス達が冷めた目で見ているが気づかないふりをした。
とりあえず腕時計の日本時間に合わせて夜の二時にこの場所に集合することになった。
***
「あーついに来た。あこがれのアメリカ」
中谷はよっぽど感動しているのか、忙しなく写真をとっている。ここがかの有名なタイムズスクエアという場所らしい。ニューヨークの中心地だ。様々な電子公告が360度覆いつくし、観光客であふれている。
三人で記念写真を撮り終え、中谷は早速自由の女神に行こうと催促する。
「早く自由の女神見に行こうぜ〜」
中谷は俺の腕を掴み、唯一のアメリカ旅行者の光太郎に頼みこむが、光太郎はキョトンと目を瞬かせ、首を横に振った。
「無理だって」
「え?」
今なんと?無理って言った?なんで!?
「こっから自由の女神像ってかなり遠いから。島に渡らないといけないし、船が出てるバッテリーパークまで歩いたら片道一時間くらいかかるし、この時間からなら地下鉄かバスかタクシー拾わなきゃ無理だな。でも俺達ドルとか持ってないじゃん。だからここら辺しか回れないよ」
そんなぁー自由の女神が見れないアメリカなんてぇ……俺と中谷は若干うなだれたがニューヨークと言う事実は変わらない。
とりあえず、そこら辺を回ってみることにした。とりあえず光太郎ガイドによるツアー催行だ。光太郎がタダで入れるから図書館とかどうだ?と提案し、ヒヨコのようについて行く。
「すげー全部英語だ」
俺達は看板を見て、道を確認しようとした。でも読めない。
「お前ら……単語とかは中学で習ったのあるだろ」
「え?だって俺たち日本人だしさ」
だよなぁ中谷。別に英語なんかできなくていいし。日本から出ないし。
ため息をついて、光太郎は看板を読み上げた。
「この先に今回の保険会社があるみたいよ」
「保険会社?あぁ、買収されたってやつか」
案外ここから近かったんだな。じゃあストラス達は今ここら辺に居んのかな。
「でもまぁ、俺達だけじゃ何もできないし、図書館見てセントラルパークでも行くか?」
「図書館って面白いんか?あんま俺興味ないんだけど」
「あー中がすごいんだよ。豪華って言うのかな?図書館って言うよりは城って感じ」
城みたいな図書館ってなんだ……
俺達は時間まで光太郎のツアーを楽しんで、約束の時間に最初来た広場でストラス達を待っていた。
「あ、来た」
携帯で撮った写真を嬉しそうに眺めていた中谷はストラス達を発見して、大きく手を振った。あ、本当だ。セーレが手を振り返してる。
ストラスが入っている鞄を受け取ると、ひょっこりと顔を出したストラスが状況を小さい声で説明した。
『やはり悪魔でしょう。そして今回は会社の重役の誰かが契約しているものと思います』
「じゃあ契約者は見つかったのか?」
『いえ、そこまでは。会社となると気になる人間があまりにも多い。この少ない時間だけではどうしようにも』
「そっか」
俺は指輪を見つめた。これを使えばまた何か変化が起こるだろうか?
剣が手に入ってから指輪の力を使っていないがウリエルと連絡を取れたらまた何か教えてくれるんじゃないか?
夜、練習してみるか。上手くできないだろうけど。
あの後、俺達は日本へ帰り、明日も学校があるためベッドを借りてすぐに眠りについた。
翌日、眠い体に鞭を打って何とか学校を乗り切って、家に帰る途中、中谷とヴォラクに出会った河川敷に座り込んで指輪を見つめた。流石に他の人がいる前で練習するのは恥ずかしく、周囲に人がいない場所を選んでみたけど、上手くいくかな。
「頼む。誰でもいいから俺の言葉に応答してくれ」
しーん……
項垂れる。なんで指輪ってこんなに使うの難しいんだろう?剣を使うのは簡単なのに。それともあいつら呼びかけるなとか言ってたし、わざと無視してるとかあるかもしれない。そうだったとしたら諦めるもんか。できるまでやってやる。
その気持ちを胸に俺はその後もしばらく祈り続けること十分、指輪が不意に光り輝き不機嫌そうな声が聞こえてきた。
『お前なんなんだよ。さっきから人に雑音飛ばすなや』
この声、そしてこのムカつく傲慢な態度。間違いなくウリエルだ。さっきからということはやっぱり気づいていて無視してたんだな。本当にとんでもない奴だ。
「相変わらず偉そうにしてんなお前。こっちは悪魔狩りで大変なのにさ」
『おーおーご苦労なこって。んで、何で呼んだんだよ』
改めて言われると、返事に困ってしまう。知らないって言われたらそこまでなんだけど……でも聞いてみるしかない。
「……契約者の情報をさ、お前知らないか?今一人調べてて、ニューヨークに住んでる人じゃないかって話になってて」
『なぜ俺に聞く?』
「だってお前らだって悪魔がここにいるの好ましくないんだろ?だったらさ、その……少しは調べてくれたりするんじゃないのか?前は別の天使が教えてくれたぞ」
別の天使が教えてくれた。そう告げるとウリエルは小声で舌打ちをする。もしかして教えるのが駄目とか、そんなルールあるのか?でも別に試練とかじゃないんだし、そこは協力してくれたっていいじゃないか。
『調べるのは俺の専門外だ。それはラジエルの仕事だからな。とにかく俺は裏切り者や罪におぼれた人間を懲罰するのが仕事だ。そっちは専門外だから知らないんだよ』
「じゃあそいつと変わってくれよ。大体なんでお前が出てくんだよ」
『てめえ……しょうがねぇだろ?お前のお守りは俺に任されてんだよ』
お守りだと!?
頼んでもないけど、お守りならもっときちんと守れよ!!
「お守りとか言うならもっとちゃんと護衛してくれませんかねえ!?無視ばっかしやがって!」
『あーうるせえうるせえ。それに代わることはできない』
「なんでだよ。使えねーな」
『信用されてないんだよ、お前は。悪魔と一緒に行動してるからな』
え、どういうことだ?信用されてない?
「なんだよそれ……」
『言葉通り、お前は悪魔の味方をしてると思ってる天使が何人もいる。だからお前に情報を送れないのさ。浄化の剣を渡した時も俺、こっぴどく文句言われたんだぜ?」
なんだよそれ……なんなんだよそれは!?勝手に人を巻き込んどいてそれか!?冗談じゃねえ!!
別に天使に信用してほしいとか思っていない。でも巻き込んだのはそっちのくせに、信用できないなんて言われる筋合いはないだろう!?
「お前が、お前たち天使が勝手に指輪で俺を巻き込んどいて信用できない!?ふざけんな!お前らの喧嘩みたいなもんじゃねえか!」
『うるせえ俺が知るか。結果としては、悪魔と共闘している点を除いては俺達天使の思うとおりに動いてくれてる。だから何のお咎めもないんだよ』
「お咎め……?」
『なんでお前のお守りに俺が抜擢されたかわかるか?』
「知るわけねーよそんなの」
『お前が悪魔の側に寝返った時、俺がお前を殺すように命令されてるからだ』
殺す?命令?
「は、え?お前たち天使は、俺を体よく利用しようとしてるだけじゃねぇか」
『そう言う訳じゃねえ』
「なにが違うんだよ!!?」
頭がぐじゃぐじゃになって何を考えていいのか分からない。だってこれじゃまるで俺はただの操り人形じゃないか。
てんぱっている俺と違い電話越しのウリエルはいたって冷静だ。この温度差すらもどかしい。
『もしお前が悪魔の側に着いたら、その指輪は脅威になる。その前に殺す。それは当然の結論だろ。だから悪魔を倒し続けろ。元の生活に戻りたいならな』
「指輪外せよ」
『あ?』
「指輪。お前たちの物なら外せるだろ?今すぐ外せ。そんで俺を普通の人間に戻せよ!」
『それは無理な相談だな。それに指輪をはずしたらお前は真っ先に殺される』
どうして、俺が狙われなきゃいけないんだ。そんな不条理あるか?
悪魔が欲しいのは指輪だけなら、渡してしまえば用済みだろ?なんで、指輪がなくなっても狙われるって言うんだ。
『おそらくお前の情報は地獄に行き届いているだろう。地獄にとってお前は邪魔な存在。七つの大罪だけじゃなく、地獄の王サタネル達もお前を殺害しようと動きだす。不安要素はあるはずだ、パイモンが本当に心からお前を守ると思うか?あいつは元天使で俺たちの元同僚だ。でもルシファーが神を裏切って反乱を起こしたときに俺たちを裏切って悪魔になった。それほどの忠誠を持つあいつが、お前を本当に守ると思うのか?』
不安材料はある。協力はしてくれているし、守ってはくれている。でもパイモンが最後、俺を殺す。その未来が排除できない。あの冷たい目が俺をとらえて剣を向けてくる未来が来てしまうのではないかと、いつも怯えている。
『もし捕まったら永遠に終わらない罰と、死にたくても死ぬ事の出来ない地獄がお前を待ってる。唯一の戦う手段の指輪をお前からとったら……わかるだろ?』
そんなの考えたくない。
考えたら終わりのない恐怖が体中を駆け巡る。
「いやだ……ふざけんな、ふざけんなよ」
『もう戻れないところにいるんだよ。お前は』
その言葉、シトリーにも聞いたな。今更になって実感してくる。わかっていたんだ、もう戻れないって。
いつか、いつかは戻れると信じてた。でも先が見えないんだ……
『なあ拓也』
ウリエルは黙っていたかと思えば突然声を出した。
『お前の働きは俺が認めてる。もしお前が死んだら、天国に送ることを約束する』
「いかねえ。誰がお前らのとこなんかに」
『地獄がいいのか?』
それはもっと嫌だ。
「死にたくねえんだよ。俺は死にたくないんだよ!」
『それはわかってる。でも死ぬんだ。いつかはな』
いつかならいいよ!人間として寿命を全うできるならな!
でもこんな死に方なんて嫌に決まってる。
「俺は普通の人間なんだよ……」
『普通の人間だった。二か月前まではな』
うるさい。うるさい。
答えなくなった俺にウリエルは埒が明かないとでも言うように舌打ちをした後に自分が漏らしたことは言うなと釘を刺して情報をくれた。
『うっぜえ……ボティスとエアリス・リンガーバーグ。お前が調べてる奴はそいつだ。俺が言ったって言うんじゃねえぞ』
「ウリエル?お前知らないんじゃなかったのか?ていうか、なんでわかったんだ?」
『今回に限っては、な。最悪のことばかり考えんなよ拓也、本当にそんな場面が来たときは、俺の出番だ』
途端に返事は途絶えた。最後の言葉は励ましのつもりなのか。全然励ませてねえけどな。
「切りやがった……エアリス・リンガーバーグ」
俺は立ち上がり、ポンポンとケツを叩くと家路につく。早く終わらせたい。こんなこと早く……俺が、パイモンに殺されるかもしれない未来から逃げないと。シャックスの時のあの言葉が頭に残っている。心から怖いと思った、どんな悪魔もきっとパイモンには敵わないんじゃないかというくらい絶対的な存在のようにすら感じた。そんな奴から、命を狙われる日が来るかもしれないと想像するだけで怖くてたまらない。
今はまだパイモンを切り離せない。多分、パイモンが本気を出せば、俺たち全員殺される。今は泳がせないといけない。
震える足を叱咤し、一人になりたくなくて、何もかも忘れるように夢中で家に向かって走った。