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第34話 運動会の季節

 「母さん。俺、お弁当は海老フライとねーハンバーグとねー唐揚げとねー」

 「はいはい。直哉の好きなものを沢山入れてあげるからね」

 「あれ?直哉、遠足でも行くんか?」


 キッチンにいる母さんの周りをぐるぐる回って次から次にリクエストをしている直哉を見つけ声をかけると直哉は顔をしかめ振り返った。


 「なに言ってんの!日曜運動会だもん!!」



 34 運動会の季節



 次の日、学校に行った俺は宿題を写しながら上野と雑談していた。直哉の小学校が今週の日曜日が運動会であることを告げれば、上野はしみじみとそんな季節かと呟き、おっさんになったなと言う会話になる。


 「もうそんな季節かよ」

 「九月も終わるしな。なんか直哉うっせーしさ。ぜってー俺も行かなきゃいけねーし」

 「なんで?用事作ればいいじゃん。俺とか姉ちゃん逆に来たがってたから超嫌だったよ」

 「上野のとこの姉ちゃん、上野のこと超好きだよね。うちん家ダメなの。そういうの。行事にうるさいから」

 「俺ん家、シスコンブラコンだからな」


 しれっとシスコンいれるあたり、上野も相当お姉さんが好きなんだろう。良く二人で買い物行ったり、旅行だって二人で行ったりしているみたいだし。この間は二人でディズニー行ったとか言ってたなあ。マジで仲がいいんだろう。

 運動会行くの面倒くさいと言えば、上野は大変だな〜と言いながら宿題を写し終えたのかノートをしまった。それを見て俺は慌てて残りを写し、ノートを上野に返す。このノートは上野が隣の席の霧立さんに借りた物だ。


 「おーい霧立ーノート机の上に置いとくなー。マジさんきゅー」

 「はーい」


 なんかこいつ等最近仲いいんだよな。あやしい……


 「お前、最近霧立さんと仲いいじゃん。何かあったのかよ」

 「べっつに。何もねーし。詮索すんなよバーカ」


 上野はそういいつつも少し、顔を赤くしてそっぽを向いた。ほほう……


 「やっべ――!俺今日古典当たっちゃうじゃん!誰かー俺にノート貸して―――!」


 中谷が部活の朝連を終え、慌てた様子で教室に入ってきた。

 古典は一時間目。早く写さな間に合わんな。中谷の近くにいた山田がノートを中谷に投げた。


 「しゃーねーな、俺の貸してやるよ。間違ってても文句言うなよー」

 「さんきゅーべりーまっち!やっばいやっばい、誰か写すの手伝って!このままじゃ俺、立たされちまう!」

 「そこまでメンドー見きれるか!」


 桜井の突っ込みでクラスにドッと笑いが起こる。相変わらず元気だ。

 古典の西井はわからなかったり、宿題を忘れると立たすことで有名だ。実際、授業が始まって一番最初に宿題のチェックをするほどだ。中谷は真ん中の列の席。後ろならともかく、真中から前は立たされるのハズいんだよ。

 いつになく真剣な形相の中谷に藤森達や山田達がケラケラ笑っている。


 あー平和な日々。この平穏を待ち焦がれてたよって大げさか。でも本当にこのままで行ってほしいな……もうシャックスの様なのはうんざりだ。俺は忘れるように首を振り、上野との会話に再び参加した。


 結局、中谷は写すのに間に合わず西井に立たされてうなだれていた。それを見て、光太郎が肩を震わせて笑っていたのを中谷は知らないだろう。しかしその後、あてられた俺もわからずに立たされてしまった。能ってなんか意味あったっけ?


 ***


 「さぁこぉい!俺のスーパーマグナムが火ぃ噴くぞ――!」

 「ぬかせ馬鹿!」


 四時間目の体育。授業はサッカーで中谷とサッカー部の藤森がメラメラと燃えていた。

 その光景をDFである俺はボケーッと見ていた。組み合わせは名前順。中谷と藤森、同じチームなのになぜ張り合っている。そもそも男子二十人しかいないのにサッカーって。一チーム十人じゃん。


 「中谷と藤森すっげーなぁ。あんなん来たら俺、マジで避けるわ」


 おなじDFの国崎が少し青ざめた顔であの光景を見ていた。うん、その気持ちわかる。でも一番不幸なのはGKの立川だろ。あいつらのシュートを止められる自信は俺にはない。

 案の定、うちのチームは3−1で負けた。大体サッカー部の藤森と野口がいる時点で卑怯だろー。こっちには一人もいねーしさ。俺達はへとへとになりながらも購買の奴らは急がないとパンが売り切れるので、慌てて着替えていた。俺は今日は弁当だからいいのだ。


 「池上ー広瀬ー!先行っとくぞ――!」


 中谷は弁当+パンだから桜井たちと購買に走って向かっていき、俺と光太郎はゆっくり着替え、のんびりと教室に向かった。教室には女子が先に着替え終わっていたのか、既に弁当を広げており、女子特有の制汗剤のにおいが混じった部屋は居心地が悪く、窓を少しだけ開けて換気する。端っこという理由でいつも弁当食べる時は、俺の席に集合する。俺は弁当箱を取り出して、イエモン茶を飲んだ。秋でもまだ九月は暑い。汗がだらだら噴き出るようだ。カーテンを閉めて、俺と光太郎は中谷が帰ってくるのを待った。


 「くぅ〜〜〜メープルメロンパン売り切れてたぁ〜〜〜!」


 中谷は目的のメロンパンを買えなかったらしく、焼きそばパンを握り、悔しそうな顔をして教室に戻ってきた。メープルメロンパン人気だもんなぁ、特に女子に。

 中谷は近くの机から椅子を引っ張っていき、俺の横に座った。

 

 「ちぇー収穫は焼きそばパンだけ。だから四時間目に体育は嫌なんだよなー」

 「お前あんだけFEVERしといていまさら何を」


 光太郎はコンビニっで買った冷麺を広げ、アクエリアスのペットボトルを取り出した。

 中谷もデカイ弁当を出して、先に焼きそばパンを食べだした。中谷は本当に良く食うよなー。なんでそれで太んないんだ?流石運動部。不思議に思いながらも自分の弁当に手をつけた。


 「拓也の弟ってたしか直哉君だよな?運動会となりゃ張り切ってんだろうなぁ」


 光太郎は冷麺を食べながら俺も小学生の頃は運動会ちょー好きだったと言った。

 まあ俺も小学校までは好きだったさ。


 「高校の体育祭も結構楽しいけどな〜」


 中谷はご飯を食いながら、思い出したように呟いた。そういや応援団だったな。確かに楽しいけどさー練習きついし、リレー死んだし。正直あんまりいい思い出ないかもしれない。

 俺達はそのままダベりながら昼休みを終え、授業を終え、放課後になった。


 「じゃーな拓也」

 「おう」


 光太郎は十八時から塾があるらしく、塾の自習室に向かい、俺は自宅に帰り、リビングに入った。リビングでは直哉が組み体操が種目に含まれているらしく、技を色々披露してた。ストラスが感嘆の声をあげ、直哉は目ざとく俺を発見して技を見せてくる。


 「あ、兄ちゃん!」

 「あーすごいすごい」


 悪いけどその技、俺も小五でやったから。適当に相槌を打って、テーブルの上に置かれているスコーンを食った。ストラスは本を読みながら、直哉の技に感想をあげている。

 運動会まであと四日もあんだろー?そんなに練習すんなよ。


 案の定、母さんは俺と父さんに、当日は予定を開けておけと念を押してきた。直哉は直哉で出る種目を一つ一つ説明してきた。ストラスは運動会という行事自体が初めてのため、直哉の話を真面目に聞いており、直哉も話し甲斐があるみたいだ。直哉はストラスのことを本当に気に入っており、ペットと言うだけで愛着がわくのに、話せて意思疎通ができるとなると友人のような感覚なのかもしれない。


 俺が学校から帰ってくるとほぼストラスと一緒にいる。漫画を読んだりゲームをしたりネットをしていたり、遊び方は様々だ。今も楽しそうに会話をしている直哉が微笑ましく、俺だけじゃない、母さんと父さんも笑みを浮かべた。

 随分楽しみにしてるけど、運動会ってこんなに楽しみだったっけ?とりあえず、日曜の予定は埋まった。


 ***


 運動会前日、本屋から家に帰ると、母さんは買い物に出かけるらしい。


 「拓也、付き合ってちょうだい!」

 「……えー」


 嫌なんだよなぁ。運動会前のスーパーって弁当作る親でめっちゃ混むんだよ。やっぱりスーパーは混んでおり、世のお母さんでごった返している。あれやこれやを何人分買ったんだぁ?かなりの重さになる。こうやってみると、世のお母さんってすごいよな。あんな大きな弁当作ってくれるんだぜ。

 でも嫌なのがそれのほとんどを俺が持たなきゃいけない。なんだよこれ〜……ぜーぜーして荷物を持って帰ると、家には澪がいた。


 「あ、お帰りなさい……拓也大丈夫」

 「なによ拓也。男の子のくせに情けないわね」


 澪は俺がゼーゼー肩で息をしているのを見かねて荷物を一つ持ってくれた。優しいなぁ、そんな所も魅力的なんだよなぁ。

 そんなこと言ったって母さん。袋三個はきついんだけど……母さんは一個でいいだろうけど。車とかじゃなくて徒歩なんだからしんどいの当たり前じゃん。十五分近く大きな袋三つ持って歩いたら疲れるよ。

 ドシドシと大股でリビングまで歩き、荷物をソファに置いた。興味深そうに中を覗き込んだストラスに見せびらかすようにポッキーの箱を取り出すと目を輝かせ、ポッキーの箱を宙で動かすと首を動かし追いかける。それがあまりに面白く可愛らしかったので、袋を開けて一本あげると嬉しそうに食べていた。

 母さんは服の袖を捲り、エプロンをして意気込む。


 「さぁ作るわよ。今日はお弁当の残りでいいわね」


 あー、弁当のついでってこと。いいですよー。ついでってことは豪華ですやん。

 俺とストラスがお菓子を食べている横で澪と母さんはキッチンで楽しそうに料理をしている。母さんは主婦が天職なのか、料理を作るのが好きで、娘と料理するのが夢だったらしく澪と料理をするのが楽しいらしい。それは澪も同じで母親と料理を作る習慣がないため、母さんとつくるのは楽しいみたいだ。俺は澪がいてくれるのなら何でもいいけどね。


 『拓也、もう一本ください』

 「はいはい」


 ひな鳥かと突っ込みたくなるくらい口を開けて待機しているストラスにポッキーをもう一本入れてやる。そんなやり取りをしている横で母さんは澪に明日の予定を聞いていた。


 「澪ちゃんは明日予定あるのかしら?」

 「へ?明日は何もないですけど」

 「明日、直哉の運動会なの。良ければ一緒に来ない?無理にとは言わないけど」

 「わぁ!ありがとうございます!すごく行きたいです!じゃああたしも今日は頑張ってお手伝いしますね!」


 澪は目を輝かせて頷いた。澪も行くのかぁ。ならかなり楽しくなりそう。週末に澪と過ごせるなんて嬉しすぎる。澪と母さんがキャッキャとはしゃぎながら夕食兼弁当を作っている光景を見ていた。

 それにしても、なんかこう平和だといいんだけどドキドキすんだよなぁ。いつ何が起こるか分かんないしさぁ、しっくりこないんだよなぁ。


 『幸せをかみしめているんですよ。いいことではありませんか』


 夕飯ができるまでの間、自分の部屋に移動し、そのことをストラスに相談すると、ストラスは平然と答えた。そういうもんなのかぁ?俺はう〜んと首をひねり考えてみた、でも答えは見つからない。

 まぁいいやと思い、ベッドに横になる。本当になんか楽だなぁ、悪魔が見つからない。それだけで日常に戻ったって感じだ。


 『さて、私はヴォラク達の元に少し行ってきます』

 「え?また?」


 最近ストラスよく勝手に行くよな。前は俺も付き合わされてたのに。


 『私は拓也と違い、悪魔の情報を探さなければならないので』

 「何だよそれ……あ、なぁストラス。ルシファー様って奴はどんなのなんだ?」


 ストラスはその言葉を聞くと、一瞬体を強張らせた。なに?禁句?


 『……我ら悪魔の王ですよ』

 「王様?そんな奴がなんで俺に会いたがってんだろ。ロノヴェも俺をルシファー様とやらに会わせるっつってたんだよなー」

 『あのお方は私達の王です。悪魔たち皆がルシファー様を尊敬し、敬愛している。彼に認めてもらいたい、褒めてもらいたい。皆がそう思っているのです』


 どんだけ好かれてんだよ。ストラスはそう言葉を残し、羽を広げて飛び立っていった。

 何だよあれ。ぶっきらぼうに答えてさ。


 「なんなんだ変な奴」


 俺はさして気にもせずに、手元にあった漫画を見開いた。


 ***


 ストラスside ―


 『おや、中谷ではありませんか』

 「よっす」


 私がマンションに着くと、中谷が野球のバットを持ってソファに座っていました。

 目の前にはパイモンの空間。なるほど、訓練をしていたのですか。


 「だいぶ様になってきたんじゃないか?元々センスがあったのかもな」


 パイモンは奥から出てきて、中谷に麦茶を手渡しました。光太郎の姿が見えないのは塾と言う所に行っているからなのでしょうか。


 「さんきゅー。はぁ疲れた」

 『貴方は部活とやらではないのですか?』

 「今十九時だろ?もう終わったよ。明後日は部活休みだし、広瀬と一緒にくるよ」

 「なかなかあいつも上達している。まだまだ時間はかかるけどな」

 『そうですか。そういえばセーレとヴォラクは?』


 シトリーもいませんが、彼は神出鬼没ですからねぇ。

 私の問いかけにパイモンは雑誌を開き、ソファに腰かけました。


 「子どもの所に向かったらしい。誕生日会がなんだとか、ヴォラクも連れて行かれたよ」


 沙織のところですか。と、いうことは今は私たち三人だけですか。ならば今日の先生はヴォラクではなくてパイモンだったと言うわけですか。正直、私はパイモンと二人っきりなんてごめんこうむりたいですが、中谷は何も気にしていない様子で楽しそうに雑談している。

 あのパイモンと会話を続けさせるなんて……できる。


 『ではパイモンが今日は中谷を鍛えていたのですね』

 「ヴォラクがいないからな」

 「パイモンのがいいよ。ヴォラクの奴、マジで容赦ないんだもん」

 「ふふ……確かにあいつの指導は感覚的なところがあるからな」


 何だが随分とパイモンと仲良くなったのですね。パイモンも表情を柔らかくしている。天性のムードメーカーか?


 『それにしても頑張っているのですね。中谷も光太郎も』

 「まあね、もう足手まといはこりごり。俺も超強くなって皆に頼りにされたいんだ」


 中谷は目を輝かせてバットを握る。使い道は全く違うが、皆に頼りにされたいと語る中谷にパイモンは笑った。拓也にはあれだけ厳しいのに、中谷にはこんな表情もできるのか。私、ふと思ったのですが……多分、性格的にパイモンは拓也と合わないんでしょうね。

 

 地獄でもパイモンと仲がいいと言われていた悪魔マルコシアスも中谷のような性格だ。こんなに楽観的ではないが、根拠ない自信でいつだって勝ち気だが、ネガティブなことは言わず周りを勇気づけるようなカリスマを持っていた。彼がいるなら大丈夫と思える強さを持った悪魔だった。

 少しマルコシアスに中谷を重ねて見ているのかもしれない。意気込んでパイモンに「な!」と共感を求めた中谷に、パイモンが優しい声で語りかけました。


 「そうだな、時間はまだかかるが、お前はきっと強くなる」

 「へへ!俺は強くなるからね。とーぜん!」

 「だからまずは基礎を固めないとな」

 『ところで、悪魔の情報は集まりましたか?』


 私の問いかけにパイモンは一度頷いて資料を見せてきました。流石仕事が早い。有能なことだ。

 

 「一応。でもまだ確認はできない。それに実際そうだとしても俺たちだけでは分が悪すぎる。戦う場所が海になる」

 『オーストラリアで漁に出た数隻の船が行方不明。乗組員の一人が水死体で見つかる……これは』

 「ヴェパールかフォルネウスか……フォカロルだ。海の悪魔の相手は向こうのテリトリー内での戦いがメインになるから戦いにくい。空中戦力はヴォラクだけ、主の力も考慮して今は無理だ」

 『そうですね。戦場も海の上になる。確かに分が悪すぎますね』

 「なんだよ〜そんなに強いのかよ……ってかそんな情報どこで仕入れてんだ?」


 中谷は話についていけないのか、ブーブー文句を言った。パイモンが悪魔を探してくれることで、格段に見つけやすくなるだろう。彼はルシファー様の側近で情報通のバティンの相棒でもある。彼からある程度の情報は仕入れているだろうし、最初から持っている情報量が私達とは違う。


 「普通にネットでだな。きな臭かったら悪魔と思えるけどな。数隻の船が行方不明になってるんだ。明らかに怪しいだろう?」

 「そんなニュース日本では流れてないぞ。まさか世界中のニュースから探してる?」

 「ああ、可能性の高いものを選んでいるだけだ」

 「へぇ、なんか大変そう」


 中谷は考えたくないのか、その一言で終わらせてしまいました。

 パイモンもその態度をさして気にもせず、私にもう一つの資料を手渡しました。


 『これもですか?』

 「中小企業がアメリカを代表する大企業を破格の値段で買収している。職員も戸惑いの声を上げている」

 『私は経済は専門外ですが、確かにこれはおかしいですね』

 「アメリカの大手保険会社だ」

 『調べてみる価値はありそうですね』

 「よくわかんねーんだけどさ〜、海の奴の方が危なくない?死者出てんでしょ」


 そうですね。死人が出ていると言う点においては緊急性が高いのは確かにオーストラリアの方でしょう。


 『戦力はヴォラクとパイモンだけ。海の悪魔は我々には不利過ぎます。今出るのは得策ではないでしょう』

 「でもさぁ……」


 中谷は納得していないようですが戦力的に圧倒的に不利なのです。仕方のないことなのです。中谷も私とパイモンの空気を察したのか、渋々頷きました。しかし次には表情が変わっており、アメリカを楽しみにしている。


  「でもアメリカかぁ〜!たぁのしみ」

  「立ち直りの早さは天下一品だな」

  『ですね』

 

 ***


 「ストラス、遅かったな。何してんだよ。今日は豪華だぞ〜」


 家に帰り着くと、拓也がテーブルの上のごちそうに目を輝かせていました。


 「ストラス、貴方も早く席に着きなさい。みんな食べてるのよ」

 『あ、そうします』


 私は拓也の隣に腰掛けました。

 拓也は大人げなく、直哉の皿に入っていた唐揚げを取り上げて騒いでいます。なんという……むごいことを。食べ物を横取りするなんて許せない。

 賑やかな家……地獄にいたときには考えられなかった光景に思わず気が緩んでしまいます。

 気をつけないと、この平穏は束の間なのだから。


 ***


 拓也side ―


 「おい直哉、日焼け止め塗っとけよ。焼けんぞ」


 土曜日、直哉は体操服に着替えてウキウキと運動会のしおりを見ていた。俺はそんな直哉に日焼け止めとタオルを投げて渡す。直哉は日焼け止めを塗って、ご飯を食べて勢いよく家を出て行った。母さんはタオルなどを丸めながら玄関を見てつぶやいた。


 「直哉はりきってんなー」

 「そうねー。あたし達ももう少ししたら家を出ましょう」

 「へーい。俺澪迎えに行ってくるわ。ストラス、行くぞ」

 『はいはい』


 俺は日焼け止めスプレーをストラスに全身ぶっかけて息を止めろと忠告したのにせき込んだストラスを抱き上げ澪の家に向かった。


 「あ、拓也。じゃあ行ってきまーす」

 「拓也君。澪をいつもありがとう。澪、あちらさんに迷惑掛けちゃだめよ」


 澪のお母さん!久し振りに見た!相変わらずきれいだな〜。お母さん家にいるのに、誘って悪いことしちゃったかな?

 俺は軽く頭を下げて挨拶し、家に戻ると準備はもう出来ているらしく、母さんは大きな弁当の包みを俺に押し付けてきた。


 「ちょっ俺が持つのかよ!」

 「あら、一番若い力持ちが持つに決まってるでしょー」

 「だからって……」


 小学校まで歩いて行くんだろー?

 こっから小学校って十五分くらい歩くし、その間は俺が持たなきゃいけないんだろぉ。男はつらいね……


 運動場に着くと、既に家を出て場所取りに参戦していた父さんと合流して運動会開始の挨拶が終わり、鼓笛隊の演奏も始まる。お、直哉いるいる。リコーダーかよ、じゃんけん負けたんだな。

 鼓笛隊の演奏が終わった後、準備体操、そして競技に入った。


 「拓也、直哉の種目は何番目だ?」

 「あ?え〜っと午前は四番目に徒競争、八番目に組み体操で十四番目にムカデ」

 「そうか。よしわかった」


 父さんはビデオカメラを手に持ち、いつでも撮れる準備をしていた。俺は写真係で父さんから渡された一眼レフの電源をつける。設定は父さんに教わってるから若干は分かるけど、使いこなせないからスポーツモードに設定してズームだけ確認した。


 「パパ!直哉の番よ!カメラ回してるの?」

 「もちろんだ。右から四レーン目だな?」


 徒競争、直哉の番になった瞬間に母さんと父さんは騒ぎだした。


 「すげえな母さん達」

 「おばさん楽しみにしてたもの。しょうがないよ。拓也ちゃんと撮ってよね」


 澪は暑さの苦手なストラスに団扇で煽いであげながら笑って答えた。カメラをズームし直哉にピントを合わせる。直哉は一生懸命走り順位は三位だった。この結果に父さんも母さんも大喜びだ。俺もなんとか納得のいく一枚を撮れて大満足。

 直哉は青いリボンをつけてもらって嬉しそうにしていた。


 「きゃーパパ!直哉三番よ!」

 「流石俺たちの息子だ!」

 「そういうのって一番とった時に言う言葉じゃんかよ」

 「拓也いいじゃない。ね、ストラス」

 『ええ。澪の言うとおりです。好きにさせましょう』


 その後、組み体操で直哉は飛行機やサボテン等の技を披露していた。この技って大変なんだよなぁ……直哉よく覚えたな。ケガするなよ~

 おぉ〜と言う歓声や、拍手をもらいながら組み体操はケガ人もなく無事終了した。

 ムカデは直哉の団が一番を取り、みんなで喜んでいた。


 ***


 「拓也。直哉は場所分かんないと思うからテントまで迎えに行ってあげなさい」

 「はいはい」


 昼休み、俺は人混みを避けながら直哉のいる五年生のテントまで足を運ばせた。

 直哉は友達と騒ぎながら俺が来るのを待っていたようで、声をかけると振り返って走ってきた。


 「直哉ー行くぞ」

 「あ、兄ちゃん、ちゃんと見てた?」

 「見てた見てた。直哉が徒競争で一番じゃなくて三番だったとことか」

 「んなとこは見なくていいんだよ――!」


 直哉と俺は騒ぎながら母さん達のいるテントに向かった。

 母さんは紙のお皿とコップを広げて弁当の包みを開けていた。中は豪華で美味しそうな料理が並んでいる。


 「うっお―――!すっげー豪華――!」


 俺は敷物の上に座りストラスを膝に置いた。ストラスは早く食べたいと尾羽を震わせており、直哉が唐揚げを一つ口にもっていくと喜んで食べていた。

 それを見た後、直哉もおしぼりで手を拭いて、唐揚げやらおにぎりやらなんやらを好きにとっていた。


 「俺もいっただっきまーす!」

 「拓也も直哉も澪ちゃんもストラスもパパもいっぱい食べてね。いっぱい作ったんだから」

 「あ、はい。いただきます」

 『ではお言葉に甘えて』


 澪も箸を割り、おにぎりや肉じゃがやパイナップルと桃をとり、俺はストラスに色々とってやり、食いやすいように細かく刻んでやった。

 俺達が食べようとしたとき、直哉の箸が止まった。


 「ごっちゃん……」


 直哉の視線の先にはクラスメイトの姿。

 小さい弁当を持って、一人でポツンと座っていた。


 「親来てないのか?」

 「ごっちゃん家ってなんか忙しいみたい。参観日もいっつも来てないもん」


 でもなんか寂しそうだなぁ。

 両親に囲まれている子供ばっかの空間で、あの子だけ後ろ姿がえらく悲しく見えた。


 「直哉、あの子誘ってこいよ」


 俺の言葉に母さんも頷いた。


 「そうよ。一人はさみしいわ。まだあんな小さいのに」

 「うん!」


 直哉はあの子のとこまで走って行き、俺たちを指差して場所を教えていた。

 その子は俺たちを見て、最初は気まずそうにしたが、直哉が腕を引くと嬉しそうに来た。


 「あ、あの……お邪魔します!」

 「どうぞ。直哉、こっちに来なさい」


 父さんの言葉に直哉は頷いてごっちゃんとやらを座らせた。


 「お弁当、こっちのもどんどん食べてね。いっぱい作りすぎちゃってるから」

 「あ、はい!」


 ごっちゃんとやらは直哉と楽しく話しながらお弁当を食べていた。

 直哉はごっちゃんの弁当の卵焼きをもらったり、ごっちゃんは直哉からハンバーグをもらったり、なかなか楽しそうだった。


 「いい感じじゃねーか」

 「ね、直哉君は優しいね」


 俺と澪は微笑ましそうにその光景を眺めていた。

 直哉達は昼飯を十分に食ってそのまま午後の競技に向かっていった。


 「拓也、直哉の午後の競技は?」


 父さんはまたカメラのセットをしだし、俺はまたパンフレットを広げた。


 「え〜っと五番目に大玉ころがし、九番目に玉入れ、んで十五番目に最後、騎馬戦だな」

 「え?騎馬戦って六年だけじゃないの?」

 「確か五年からも一部駆り出されんだよ。直哉、駆り出されたみたいだな」


 俺は駆り出されたことなかったけどな〜

 騎馬戦って一番盛り上がるんだよなー。父さんも騎馬戦と聞いて燃えたのか、ウキウキしながらカメラを回しているが、澪と母さんは心配そうに怪我しないといいけど等と話していた。怪我する奴の方が珍しいんだから、気にすることないんだって。

 黙って話を聞いていたストラスは騎馬戦と言うワードに顔を青くしている。


 『まさか、ここで馬を使って戦うとは……恐るべし運動会』

 「……お前何言ってんの?騎馬戦は運動会の競技だよ。お前の想像してるガチの騎馬戦じゃないから。人間三人の上に人が乗ってな。お互いの帽子やら鉢巻をとり合うんだよ。人間三人は馬って言われるんだ。上に人乗せるからな」

 『なるほど。ですから騎馬なのですね。ああビックリしました。私、ここで馬に乗って剣闘士のような試合が始まるのかと』


 グラディエーターじゃないんだから……まあでも地獄ではそっちの騎馬戦なんだろうな。想像したくもないけど。

 ストラスは自分の疑問が解消されて満足したのか、運動会に視線を戻した。競技はまだ一番目の台風。四年生が必死で棒を持って走っている。そして五番目の大玉ころがし。これは四、五、六年全員の種目だ。しかも四列に並んでいるため、父さんは直哉を見つけることが出来なかったらしく、悔しそうにしていた。

 そして玉入れ。これは五年生の種目だ。直哉はいっぱい球を持って皆と話しながらたくさん投げていた。でもあんま入ってないな。直哉の団は三位と言う微妙な順位で、みんな肩を落としていた。


 《次は六年生による騎馬戦です》

 「お、来たな」


 俺はストラスとポテトチップスを食いながらグラウンドを見て一眼レフの電源を入れる。

 父さんは必死でカメラで直哉を探しているようだった。


 「拓也、直哉はどこだ?」

 「あれじゃね?左から三番目の馬のさぁ、斜め後ろ」

 「お、本当だ。お前はサボってないでちゃんと撮れ」


 父さんに怒られて俺も直哉にピントを合わせてシャッターを押す。総当たり戦で、しかも全滅戦らしい。これきっついなぁ。ピストルの音で、皆がいっせいに駆けていく。小学生といえど激しい取り合いに観客の熱気が上がっていく。


 うおー結構激しいなぁ……まぁ俺達の騎馬戦ほどじゃないけどなぁ。

 あ、あいつ落ちた。いったそう。


 「きゃーすごい……そういえば拓也も体育祭の時、騎馬戦で上の人が崩れたとき一緒に崩れたよね」


 澪は思い出したのかクスクスと笑い、恥ずかしい話を持ち出してきた。


 「しょうがねぇだろー?あの先輩、よりにもよって俺の頭上に落ちてくんだからさー」

 「おい拓也!お前の会話がビデオに入るじゃないか!黙れ!!」

 「あぁ!直哉!」


 ちょっと父さん酷い!黙れとか!!文句をつけようとしたが、母さんの声でグラウンドを振り返ると、どうやら上の奴が鉢巻をとられたらしい。直哉達は走って騎馬戦の枠から出ていく。


 「心臓に悪いわ。直哉が倒れたらどうしようかと思ったもの」


 それは心配し過ぎだろ。でも直哉の団は見事勝利し、会場からは拍手が送られた。

 そしてそのあとも騎馬戦は続き、直哉の団は全部で四つある団の中、二位で終わった。その後、最後に団の代表者によるリレーが行われ、閉会式になった。


 直哉の団は二位で優勝はできず、みんな悔しそうにしてたけど、それ以上に楽しそうだった。

 直哉は片付けがあるので、俺達は荷物をしまい、先に帰ることにした。あー弁当箱空になってよかった。楽だわ。


 「拓也、弁当は軽いだろう。水筒を持ってくれ。父さん敷物やらタオルやらで手いっぱいだよ」


 世の中そんなに甘くない。


 ***


 帰り道、ストラスは小声で俺に話しかけた。


 『拓也、悪魔の情報が集まったので明日調べてみましょう』

 「え、どこに?」

 『アメリカです』


 また大層なとこに行くね……現実に引き戻される。今度はどんな悪魔が来るのか。

 また戦わなきゃいけないのか……血なんてもう見たくないのに。

 俺はため息をついてその言葉に頷いた。


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