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第29話 異変、そして始まり

今回はアラビア語が出てきます。

でもまったく変換ができずに文字化けしてしまいました。

なのでエジプトが舞台なのですが、エジプト人が普通に日本語を話しています。

「()」こういういう表記で文章が書かれていたら、エジプト人が話していると思ってください。(アラビア語で)

 「拓也、お帰り」


 パイモンとの一件を終え家に帰ると、澪が安心したように小走りで玄関に走って出迎えてくれた。俺のことが心配だったようで、この時間まで家にいたようだ。

 俺の無事を確認したところで帰る準備を始めた澪を見て思う。あ、俺帰ってきたんだ。



 29 異変、そして始まり



 「澪、送るよ」


 俺のその言葉に澪は嬉しそうに笑ったが、何かを思い出したようで部屋を指さして「いいの?」と告げる。それが何を意味しているのか分からず、首を傾げた俺に澪は小さな声でつぶやいた。


 「ストラスは?」


 あ、俺が連れていないから窓の外で待たせてると思ってるのか。早く鍵を開けてやれと言うことだろう。それに関しては心配ないと告げると、澪は今度こそ靴を履いた。


 「あーあいつはヴォラク達んとこ泊まるって。なんか聞きだすことがあるらしいから」

 「あ、そうなんだ」


 その後はいつも通り。夜遅くに帰ってきた事を母さんに軽く叱られて、疲れてヘトヘトの状態でベッドに潜り込んだ。眠気はすぐに訪れて、目を瞑っただけで意識が遠のく。いつもは腹の上に乗っていたり、枕元に居たり、気づいたら足元に居たりと寝相の悪いストラスがいないお陰であんしんして眠れる。

 一回踏みつぶして切れてたもんな。

 ストラスがいない部屋はなぜか広く感じた。


 ***


 「おはよー」


 次の日、いつも通り学校に行った俺を待ちうけていたものは上野たちからの質問攻めだった。内容はこの間のシトリーに関して。美人のお姉さんと知り合いだと言うことが羨ましいとか半分嫉妬みたいなものだった。相手が悪魔だと分かっていても上野達から見たらモデル級の美女なわけだし、正直気分がいいなこれ。


 「拓也、この間の美女はどこに住んでんだよ!?」


 つーかこいつ、まだ気にしてんのかよ。お前らはもう会う機会ねえっつーの。説明もめんどいわ。俺のあいさつも無視しやがってよお。


 「しんねーよ。ばぁか!自分で探せ!お、光太郎おはよー」

 「はよ!」


 光太郎はいつも通り、ニカっと笑って手を振ってくれる。良かった、昨日の出来事がトラウマになったりとかはしてなさそうだ。だったら、俺は光太郎にお願い事をしなければならない。昨日帰ってすぐに眠ってしまって、できていない物があるのだ。手をすり合わせて媚びるように笑った俺に察しのいい光太郎はすぐに気づいて鞄からノートを取り出す。


 「おらよ。五分で写せよ」


 流石すぎる。これがツーカーの仲という奴か。光太郎からノートを受取り、慌てて自分の席について宿題を写す。授業で習ったはずなのに見覚えのない問題に頭を抱える。あぁ〜〜もう!ただでさえ授業追いつけてないのにここ最近サッパリだよ!ほぼありえないけど万が一留年したらどうしよ。

 ガリガリ写しながら、視界の端に入り込んだ校庭に目を向ける。もう夏も終わったんだなー。まだ九月だけど、これから寒くなるなぁ。


 どうでもいいことを考えながら時間は過ぎていき、放課後になり荷物を持った中谷に声をかける。


 「中谷部活がんばれよー」

 「あー今日は休むんだ」

 「へ?」


 部活に行くとばかり思っていたのに、返ってきた意外な言葉に目が丸くなった。何か用事でもあるのか?と聞けば、大声で話せないと思ったのか耳元に顔を寄せて小声でささやく。


 「これからヴォラクに鍛えてもらうからさ」


 ええ、部活休んでまで行くのか?リアル優先しないと駄目だろ……


 「そんなに無理しなくてもいいって。部活休んでまですることかぁ?」

 「いや、今日は初日だから絶対来いって。先生が言うならしゃーないよなー」


 先生ってヴォラクのことか。あいつは中谷の事情を考えないんだから全く。


 「パイモンも俺らの面倒見てくれるって言ってるらしいし、今日とりあえず行ってくるわ。行こうぜ広瀬」

 「おう。じゃな拓也」


 え、これってもしかして何もしてないのって俺だけ?いいのかな。俺も何かした方がいいのかな?

 ……とりあえず帰ろう。


 ***


 「ただいま」

 「兄ちゃんお帰り――!なぁなぁ兄ちゃんフクロウ飼ってたの!?」


 家に帰った途端、ドタドタと騒がしい音を立ててやってきた直哉からの思ってもいない言葉に動揺してしまった。まさかこのことを母さん知ってるんじゃないだろうな!?しかもこんな大声で言いやがって!!

 しかし室内に雷を落とす母親の気配を感じず、直哉に聞けば買い物だと返事をされて一安心する。いや、安心している場合じゃない。どうやってこの場を乗り切るんだ俺は。

 ストラスが勝手に室内を飛び回るとは思えないし、となると……絶対に直哉が俺の部屋に勝手に入ったんだろう。


 「な、直哉?どうした急に?」

 「今日兄ちゃんの漫画読もうと思ったらフクロウいんだもん!しかも本読んでた!」


 やっぱりなあああ!!!こいつ勝手に部屋に入ったな!?ストラスも本読んでたら、まさかの乱入者にびっくりしただろう。これは流石に可哀想に。

 玄関で固まっている俺の腕を引っ張って、直哉はストラスの所に連れていこうとする。


 「あのフクロウ黙って飼ってるんだろ?俺も秘密にするから触らせてよ!すっごい威嚇するんだよ!兄ちゃんなんとかして!」


 ああそっか……ストラスは直哉の顔見たことないもんな。

 部屋に入るとストラスは俺の頭に乗ってシャ―――!と猫のような声を上げ、羽を広げた。こういうとこは野生の本能発揮するんだな〜ストラスは多分フクロウの中ではでかい方に入ると思うから翼を広げるとそれなりに大きく見えるような気もしないような……ポテトばっか食わせて太ったからかもしれない気もするけど。

 しかし威嚇しても俺の頭の上じゃあ怖くないんだろう、直哉の目は輝いたまま。本当にこの状況どうするか……このままじゃ直哉は引きそうにないし、見られてしまったからには仕方がない。俺はストラスに声をかけた。


 「ストラス、俺の弟の直哉。名前は聞いたことあるだろ?」


 ストラスが首をかしげる。詳しく話せって事だろう。


 「大丈夫、フクロウってこと以外は何も知らない」


 それを聞いて安心したのか、ストラスは直哉の肩に飛び乗った。

 直哉は初めてのフクロウにかなり感動してる。まあ気持ちは分かる。ストラスはフワフワのモコモコだからな。まだ暑い今の時期は毛むくじゃらなストラスを抱えるときついけど、冬になったら手放したくなくなる湯たんぽと化すだろう。


 「わあ!可愛いなあ!ストラスー直哉だよ〜〜!」


 勿論普通のフクロウではなく、言葉まで理解できるストラスは直哉の言葉に「やれやれ」といった顔を見せて、大人しく腕の中に居座っている。

 ふぅ……これからどうしようかな。直哉は口が軽いからうっかり母さんに言いそうだな…………脅すか。

 深刻な雰囲気を作って無表情で直哉の前にしゃがみこむと、直哉はびっくりしたのか一歩後ずさった。


 「直哉、もしこのこと母さんにうっかり漏らしたらどうなるか分かるよな?母さんは絶対にストラスは追い出すぞ。こいつ野生を忘れてるから自分で獲物なんかとれないと思う。野たれ死ぬ道しかないんだ。分かったな直哉、母さんに絶対にばらすなよ。もしばらしたら……俺はお前を絶対に許さないからな」

 「に、兄ちゃん〜……」


 ストラスが呆れた目で俺を見ているが、完全に直哉を脅せたからいいか。


 「わかったよ。誰にも言わないから」


 よし、これで大丈夫だろう。ストラスはホーホーと鳴いている。

 直哉はまだストラスを開放する気がないのか抱きかかえたまま頭に顔を埋めたり頬ずりをしたりでモコモコの毛を楽しんだ後に俺のベッドに腰掛けてストラスを膝に乗せた。ストラスは自分が悪魔とばれないために何もできないのは分かっているけど、本がいいところだったのだろう、めっちゃ横目で頑張って続きを読もうとしている姿が面白すぎて、思わず口元を隠して背中を反対方向に向けた。

 肩が震えているから意味はないだろうが、ストラスの顔が面白すぎて無理だ。

 なんとか呼吸を落ち着かせていると、直哉が思い出したように声を出した。


 「なぁ兄ちゃん。俺の友達さ、夏休みにエジプトに行ったんだって!」

 「お前のクラス随分リッチな奴いるんだな。お土産でも貰ったのか?」

 「うん、それはもう学校で食べちゃった!でさ、友達はツアーで行ったらしいんだけど、なんか武装集団?のせいで警察が警戒して入れない場所がいっぱいあって回りたいとこ回れなかったんだって」

 「ええ!?マジかよ!そういやそんなニュース流れてたな……」

 「でね、武装集団の一人がおかしなこと言ってたってエジプトで話題になってたんだって」

 「おかしなこと?」


 「悪魔の力を手に入れた自分に敵う人間はいないって。なんか訳わかんないよね〜。向こうではそういったの信じてる奴本当にいるんだね」


 それってまさか……いや、エジプトなんか元々そういった過激な宗教家が事件を起こしている国だし、悪魔のせいってわけじゃないかもしれない。だけど……このタイミングで。

 ストラスも同じことを思っているのか、複雑そうな顔をしていたから、居てもたってもいられず、直哉からストラスをはぎ取った。


 「なにすんだよ兄ちゃん!」

 「わりい!ちょっと用事!直哉、ストラスのこと言うんじゃねぇぞ!!」


 俺は直哉にそう言って家を出た。


 「まさか悪魔なのか?」

 『わかりません。調べてみない事には。しかし情報は共有しておくべきかと』


 俺は慌てて光太郎のマンションにかけこんだ。

 何の連絡もなしにマンションに訪れた俺にセーレは驚いたが、すぐにオートロックを開けてくれた。


 「セーレ、解錠して――!」

 『拓也!?待ってくれ。すぐに開ける』


 オートロックが解錠され、ちょうど一階にとまっていたエレベーターに駆け込んで十階に向かう。俺が騒いだせいで元々玄関の鍵は明けてくれていたんだろう、勢いよく中に入りリビングの扉を開けた。


 「悪魔だ、たぶん!」


 全員いると思っていたリビングにはセーレしかおらず、部屋の中には真っ黒い球状の何かが浮いている。それには非常に見覚えがある。もしかしてこれってパイモンが作り出していた……

 俺の聞きたいことがわかったのだろう、セーレが苦笑いしながら指差した。


 「パイモンの空間」


 やっぱりそうだ。もしかして皆この中にいんのか?


 「この中でヴォラクと中谷、パイモンと光太郎が特訓してるよ」

 「へ、へぇー入ってみてもいい?」

 「どうぞ」


 敵だったときはあんなにも怖かったのに、こちらに危害を加えないと分かった瞬間に躊躇なく飛び込んだ俺は今回は綺麗に着地することができた。しかし着地した瞬間、中谷の悲鳴が聞こえて、驚いて顔をあげると、半泣きになりながら尻もちをついて怒鳴っている中谷と、多分逆切れだろうヴォラクが喧嘩をしていた。


 「てめー容赦ねえんだよ!」

 『当たり前でしょ!?特訓の意味がないじゃん!』


 中谷、苦労してんな。それと比べてパイモンと光太郎は……と。

 光太郎とパイモンはお互い、竹刀を振り回している。


 「もっと重心を下に。腰を引くな、腕に力を入れろ」

 「くっ!」


 おぉ、こっちはほんとに特訓っぽい。パイモンは指導がうまいなあ。マジの稽古っぽい。


 「ここで振れ!」

 「こうか!」


 パイモンは竹刀を受け止めて距離をとった。


 「合格だ。少し休憩しよう。ヴォラク、そっちはどうだ?」

 「ぜ〜んぜん。中谷才能ないよ」

 「お前の指導が悪いからじゃ!」

 「中谷はまだまだ時間を要するな。ん?主、いらしてたんですか?」

 「え!?あ、うん。主って俺のこと?って、そうだ!悪魔の情報が見つかったんだ!来てくれよ!」

 「なぁに?今度はどこな訳?」 

 「エジプトだ!」

 「「エジプトォ!?」」


 中谷と光太郎がそろって声をあげた。流石エジプト。名前は分かるんだろうヴォラクは今回はどこだとは聞かなかった。しかし前回ドイツが分からなかったと言うことを中谷に教えていたせいで、中谷はここぞとばかりにヴォラクに説明を始めた。


 「ヴォラク知ってる~?アフリカにあるってこと」

 『うざ……知ってるわそれくらい』

 「悪魔を操ってるって言ってる奴がいるんだってさ!もしそうなら危ないだろ!?なんか武装集団の人間らしいんだ!」

 「武装集団……うっひゃ〜〜犯罪者じゃん!」


 中谷はきゃ〜とわざとらしく悲鳴を上げた。

 そんな中谷に冷ややかな視線を向けた後に、ヴォラクはエジプトの詳細な場所を知りたがった。


 「んで、エジプトって場所変わってないの?少なくとも百年場所が変わってなかったら俺分かる」

 「地図でいう日本の左下だから変わってねえよ」

 「わかる訳ねえだろ、そんな説明で!!よくわかんないし、行ってみたらわかんじゃない?」

 「今からか?」

 「セーレがいるから大丈夫でしょ?」


 確かにそうだけど、まだ心の準備ってものがな……しかしセーレは問題ないのか頷いて踵を返す。


 「じゃあ俺はジェダイトを用意しておくよ」


 セーレはそう言い残し、空間から出て行った。行く気満々じゃん。

 中谷は旅行だ旅行だとはしゃいでいる。光太郎も行ったことがないのだろう、少しわくわくしながら中谷と一緒にはしゃいでいた。パイモンがパチンと指を鳴らすと、空間が歪み、さっきまで真っ暗だった世界が光太郎の部屋に変わる。すげえ便利だなこの能力。ベランダにはジェダイトをすでに召喚したセーレが待機している。


 『さ、乗ってくれ。でもこの人数だと中谷、光太郎をよろしくな』

 「また俺が損な役回りなのかよ〜〜」

 「俺は重くないぞ。言っとくけどな」


 さて、いざ行こうとしたときに、あまりにもぎゅうぎゅう詰めな状況にパイモンが顔をしかめる。


 「う……なんだこの乗り方は。馬の乗り方を知っているのかセーレ」

 『しょうがないだろ?だってこの人数は多すぎるんだもの』

 「俺はいかない。二回に分けろ。お前の力を使えば往復しても十分もかからないだろう?」

 『それもそうだね。急ぎなわけじゃないし……そうしよう』


 たしかに別に一回で絶対に運ばなきゃいけないわけじゃないし、二回に分けるのが正解だろうな。やっぱパイモン頭いいな。自分が単に乗りたくないだけだろうけど。とりあえず既に乗っているヴォラクと中谷と光太郎が先に向かうようだ。ジェダイトが宙をかけ一瞬で消えていく。帰ってくるまで若干気まずいけど、パイモンとストラスと留守番だ。


 特に会話もないので、ネットでエジプトの時差を調べてみる。日本の-7時間と書かれており、今の時間から計算すると多分十一時前くらいだ。その間パイモンと特に会話はなく、時差を調べている間にセーレがすぐに戻ってきたので、俺達もジェダイトに乗りエジプトに向かった。

 セーレの力は本当にすごい。ジェダイトに乗って五分も経たないうちに大きな川が見えてきて、セーレがそれを指さす。


 『拓也、あれがナイル川だよ。光太郎と中谷ははしゃいでたけど、あの川に何か意味があるのか?』

 「教科書に載ってる川だからはしゃいでただけだろ。でもすげえ……本当にエジプトなんだよな」


 ジェダイトが着陸した場所にはヴォラクたちが待機しており、中谷と光太郎は既に何でも激写隊になって写真を撮りまくっていた。俺もちゃっかり一枚撮ってにやけてしまう。エジプトとか行く機会ないからちょっぴり嬉しい。一生行けないかもしれないんだから、せっかく来たのだ。記念に写真を撮ってもいいだろう。本当はピラミッド見たいけど、流石にそれは言っちゃだめだよな。


 「ここがエジプトかぁ!すっげえ!なぁなぁピラミッド見に行こうぜ!」


 そんな俺の思いは中谷から発せられた欲望丸出しの願望によって崩れ去った。はっきり言いすぎだろ中谷、怒られるぞ!


 「遊びじゃないんだぞ」


 やっぱり……

 パイモンに怒られた中谷はシュンとしている。とりあえず人のいる場所で情報収集しようとなり、街があるであろう方向に向かって歩く。その間にエジプト人とすれ違い、また感動してしまう。何を話しているのかさっぱり分からないが、ヴォラクたちは聞き耳を立てているから理解できるんだろう。


 「ここアラビア語を喋っている者が多いが、フランス語を喋っている者もいるな」

 「でもアラビア語が公用語なんじゃない?ほとんどはアラビア語みたい」

 「お前らわかんのかよ」


 何この知的な会話。信じられずに聞いてみると、当たり前だろという返事が返ってきた。

 悪魔ってすごい。今度ストラスに英語教えてもらおうかな。人や車が多く行きかう大通りに到着し、あたりをきょろきょろ見ていると、看板が目に入った。看板には(ハーン・アリ・ハリーリ)と書かれてあり、その奥には市場が広がっている。


 「なーなー。これ何て読むの?」

 「ハーン・アリ・ハリーリ入り口……なんだこりゃ?」


 読めるけど意味がわからないらしい。セーレも首をかしげた。

 光太郎は知っているらしく、目を輝かせながら見ていた。


 「あ、これって買い物するとこだよ。旅行雑誌とかに載ってるよ。市場からモールやら色々あるとこじゃん」

 「へぇ……で、ここどこ?」

 「どこって……カイロだろ!エジプトの首都の!」

 「あ、そうなん?」

 「すっげーすっげ――!なぁなぁなんか見てこうよ!」


 中谷はパイモンだと怒られると分かっているのか、ヴォラクの腕を引っ張って勝手に歩いて行く。

 ヴォラクはストラスを抱えたまま中谷に引きずられており、困ったようにセーレとパイモンを見ている。正直、行きたいけど、怒られるかなあ。でも中谷行っちゃったし。

 チラチラとパイモンを見ている俺と光太郎の視線に耐えかねてセーレが助け舟を出す。


 「どうするパイモン。まあいいんじゃないかな?俺と君で情報を調べつつ、拓也たちは自由行動ってことで」

 「何も起こらないなら、まあいいか。主が許可したのならいいだろう」

 「え、俺!?じゃあ行ってみる?」

 「おおっしゃ!」


 中谷はとび跳ね、ヴォラクとさっさと行ってしまった。


 「中谷待てって!迷子になるぞ!」


 ***


 中は本当にいろいろあった。

 市場やらビルやらなんやら!やっべぇ!お金ないから買えないけど土産屋巡りめちゃくちゃ楽しいんですけど〜!!

 こんな形でエジプトに行くことが叶うと思っていなかったから感動しかない。直哉も連れていきたかったけど、流石にそれは仕方がないのかもしれない。しかし浮かれている俺たちの後ろに立っているパイモンの一言で現実に引き戻された。


 「主、ちゃんと目的を分かっているのですか?」


 パイモンが心配そうに俺を見てハッとした。忘れてた、悪魔探しに来たんだよ俺達は!

 結局パイモンたちが聞いてはくれてたみたいだけど、ニュースでも言っているようなレベルの話しか手に入らず、一度ショッピングモールから出てどうするか話し合った。


 「どうすんだ?また聞き込みか?」

 「それは効率が悪いな。どうするべきか……」

 「あそこに行ってみないか?」


 セーレの言葉に俺達は首をかしげたけど、ストラス達は分かったようだ。


 「あそこか。確かに何か知ってそうだな」

 「なんのことだ?」

 「拓也、教会に行ってみよう。悪魔が関与しているならきっと司教や神父は分かると思う。ここからかなり離れたところに教会があるんだ。そこの教会の神父は数百年前からヴァチカンからも一目置かれているくらい悪魔払いで有名な神父の家系なんだ。今の神父がどうかは知らないけど、今回の武装集団の件、知ってるかもしれない」


 エジプトってイスラム教だと思ってた。そんな悪魔のこと分かるんだ。

 そう言うと、キリスト教が0%ではないと返され、それもそうかと納得する。ストラスもパイモンも行ってみると言うから、俺たちが何かを意見する必要もなく、その教会に向かうことにした。


 ***


 ジェダイトを走らせて二~三分、人の少なそうな村の隅に教会は建っていた。周辺にほとんど人はおらず、のどかな村にある教会はなんだか一枚の絵みたいだ。


 「今は巡礼の時間じゃないし人は少ないか。入りやすい……」


 パイモン達は含み笑いを浮かべて、俺たちに先に中に入るように促した。

 俺達は何もなく当たり前のように入ったけど、パイモン達は入口の前で立ち止まったまま。


 「何してんの?」

 「見てて」


 ヴォラクが手を伸ばしたとたん電流のような音が響き、何事もなくヴォラクたちは教会の外にいるけど、音の大きさにこっちがびっくりしてしまう。


 「ヴォラク!?」

 「ここ結界が張られてんの。悪魔に入られないように」

 「なんじゃそりゃ!?じゃあお前ら入れねぇの?俺達アラビア語なんか話せないぞ!」


 中谷が困ったように眉を下げたが全員は笑みを浮かべたまま。いや、そんな呑気な反応されても困るンだけど!


 「心配しなくても平気。俺達なら入れる」


 電流の音をモノともせず、ヴォラク達は教会の中に入ってきた。

 あまりにもバチバチと痛そうな音が響いたことに光太郎は思わず顔を歪める。


 「痛そう……」

 「ちょっと焦げたな。でもこんな結界が張れるってことは、今の神父もかなり優秀そうだね。安心したよ」


 セーレは苦笑いしながら無事をアピールするように手を振る。

 全員入れたので、俺達はそのまま教会の中心部へ向かった。


「すげえ」


 教会の中には大きな祭壇、その前に並べられた長椅子、そしてイエスキリストの像。本で見たような荘厳で、神々しい異空間のような世界が広がっていた。外観は地味だったけど中はすごい。でも内部には誰も人がいる気配がなく、神父を探し、周りを見て回る。


 「(周りの者の迷惑になります。巡礼は椅子に腰かけて行ってください。)」


 突然目の前にきた神父に後ずさる。何かを言ってるけど、アラビア語なんてもちろん分からない。


 「え、なんて言ってんの?」


 俺はヒソヒソとセーレに耳打ちする。

 すると神父はセーレ達を見た瞬間、目の色を変えた。ヴォラク達はニヤリと笑い神父に耳打ちをする。


 「(貴方は……人間ではない)」

 「(未だに悪魔を見分けることはできるのか。聞きたいことがある。誰もいない所で時間をもらってもいいよね?)」

 「(なんということだ……)」


 神父は俺たちの言うことを聞いて、自分の部屋に俺たちを誘導した。

 部屋の中に入った神父は十字架を手に持ってこちらへ向けてきた。え、何この展開!?

 神父の顔は険しく、いい感情を持っていないことはすぐにわかるが、十字架を向けられるとは思っておらず、思わず後ずさる。


 「(その子たちを放しなさい)」

 「なんか勘違いしてるよこいつ。俺たちが拓也を人質にしてると思ってるみたい」


 はぁ!?弁解したいけど俺アラビア語なんて話せないし。セーレたちが違うと言っても神父はすぐには信じてくれないだろう。しかしそんなのはおかまいなしで、パイモンが神父に歩み寄れば神父は後ずさる。そして壁に背中がつき、後がなくなった。


 「(貴方に危害を加えるつもりはない。ただ聞きたいことがあるだけだ)」

 「(悪魔の言うことが信じられるか。早くその子たちを放すんだ)」


 なんだか話、通じてないみたい。俺が神父に近づこうとするとストラスが行くなとハッキリとした口調で告げて足が止まる。大丈夫なんだろうか。


 「(今回の事件の詳細を探っている。お前たちでは悪魔による災厄を防ぐことはできない。今ここでお前が俺に歯が立たないようにな。知っていることを全て話せ。俺たちは悪魔を殺しに来た)」


 その言葉に神父の表情が変わる。セーレが指輪を見られない様に後ろに隠れろと指示してきたので、俺はセーレの後ろに隠れて事を見守った。


 「(悪魔を倒しに来た?貴方はいったい……ヴァチカンから派遣されたのですか?ノアの箱舟?)」

 『(残念だが違う。俺たちは契約者の意に沿って動いているだけだ。お前が知る必要はない。もう一度だけ言う、知っていることを全て話せ)」


 神父の表情が変わり、セーレが小さい声で力を使っているとつぶやく。パイモンの力って……あいつを操っているのか?ストラスに小声で問いかけると、頷かれた。


 『拓也、パイモンの能力は絶対的な発言力を相手に与えること。前契約者の鈴木が受け取っていた加護もそれでしょう。彼の加護を受けたものは誰からの反論も許さないほどの発言力と威厳を手に入れる。古の王たちにとって、パイモンの能力はたいそう魅力的だったのです。言葉一つで相手のすべてを瓦解させる』


 なるほど……じゃあ今神父は反論を許されないほどの威厳とプレッシャーを感じているってことなのか。神父は忙しなく目線を動かしていたが観念したように溜息をついた。


 「(……受け入れるしかないだろう。悪魔が悪魔を狩るか。だが、我ら人間の手に負えないことも事実。これも運命なのか……私が知る限りを話そう)」


 牧師は椅子に座り、俺たちにも座るように促したので、隣にある長椅子に腰かけた。


 「(あの事件、武装集団の一人が悪魔の力を持っていると宣言した。そして被害者からもその姿を見た者がいた)」

 「どうやら悪魔の姿を見た被害者がいたらしい」


 セーレは神父の言葉を訳して俺たちに教えてくれる。まさかの目撃証言に息をのんだ。


 「(剣を腰にさした鴉が男の肩にとまっていたと。勿論政府や警察はその証言を信じておらず、混乱して幻を見たのだろう。あんな事件に巻き込まれたのだ、偶像の悪魔が見えてもおかしくないと取り合っていない。しかし私はその証言は嘘偽りないと思っている。奴らは近いうちに首都を襲うという情報も出ている。気を付けたほうがいい)」

 「ハルファスかシャックスの可能性が高いな」


 目星がついたのか悪魔の名前を出した後にパイモンは俺に振りかえった。


 「主、大体はわかりました。説明しましょう」

 「へ?あ、うん」


 俺達は牧師に一礼して、教会を出た。


 ***


 カイロの広場に戻った俺たちにパイモンは神父が言っていたことを全て教えてくれた。相手は大きなカラスの姿をした悪魔であると言う事。ソロモンの悪魔に該当しているのはハルファスとシャックスと言う二匹がいると言う事。


 「てことは悪魔は鳥系ってこと?またマルファスみたいな?」


 自分で言って不安になる。中谷と光太郎も思い出したのか、不安そうに顔を見合わせる。でも大丈夫だよな。今回はヴォラクもまた戦えるし、それにパイモンがいる。こいつはウリエルとだってやりあえていた。まだ良くわからないけど、実力は本物だと分かる。

 ストラスも心配そうに俺の腕にとまって顔を覗き込み、セーレはやれやれと首を振った。


 「ハルファスかシャックス、どちらかはまだわからないんだよね。どっちも話が通じる相手ではないけど。ハルファスの方がましかな」

 「レラジェがいなければハルファスも話が通じる奴とは思えんが、どっちでも同じだ。斬ることに変わりはない」


 パイモンがいるの、めちゃくちゃ心強いな。冷静で実力もあって、本当に仲間になってくれてよかった。まだ完全には信用したらいけないんだろうけど、今はこの力を借りたい。

 ストラスの頭を撫でながら、会話に耳を傾ける。話を聞いているときに思い出すのは、この間初めて戦った時のこと。初めて悪魔と剣を取って戦った。あの恐怖は半端じゃなかった。

 パイモンとも剣を交えたが、マルファスのような殺気を感じなかった分まだマシだった。今度は、大丈夫だろうか。

 とりあえず時間がたったので俺達は一度家に帰ることにした。


 ***


 「あーあ。金さえあれば俺もエジプトの土産買えたのにな〜」


 中谷が悔しそうにぼやくのを俺と光太郎は笑って、頷いた。今度ドルを換金して持っていこうか、などの冗談を話しながら、俺たちは手を振ってマンションを出た。


 「じゃーな。拓也」

 「おう。また明日」

 「ばーい」


 中谷と光太郎と別れて、ストラスと帰り道を歩いていると、前から見たことのある人物が歩いてくる。


 「お、拓也じゃねーか」

 「あれ、シトリー」


 相手はシトリーだった。挨拶だけして終わりって言うのも少しだけさみしいので、立ち止まって話をする。


 「お前、またマンションにいたのか?」

 「うん。シトリー今日バイトだったんか?」

 「いや、今日は遊んでただけ」


 シトリーはへへと笑いながらカラオケ楽しーなと俺の肩を叩いた。俺たちが悪魔を探しにエジプトに行ってたって言うのに呑気な奴だ。

 あ、シトリーってハルファスとシャックスのこと知ってたりするかな?結構こいつ色々調べてたくせえし。少し気になって悪魔のことをシトリーに聞いてみた。


 「シャックスかハルファス?また嫌なの来たなー。ハルファスなら協力してもいいぜ」

 「なんで?」

 『ハルファスは人間になると、官能的な女性になるのですよ』

 「つっても、彼女はレラジェって悪魔にご執心で、他の悪魔なんかに見向きもしねえ。俺が口説いても振られちゃうんだろうな~」


 あーそうですかー。ほんっとワンパターンだなぁこいつ。

 俺はそうですか。と適当に返事をして、シトリーを軽くド突いた。


 「いって!てめぇなにしやがんだ!」


 シトリーはボケとか死ねとか言ってきたけど、こいつに言われても怖くないんだよな〜。悪魔も様々だ。ただの口の悪いチンピラだろこれ。ただ、手を出さないから怖くない。

 俺達はそのまま道端で井戸端会議をしていた。


 「拓也?」


 不意に声が聞こえて、後ろを振り返って頬が引きつる。視線の先には母さんが立っていた。

 やばい、そういや母さんにばれかけてたんだった。これ完全な証拠になるわ。固まって何も言えない俺に声をかけることなく母さんは品定めするようにシトリーを見ていた。

 シトリーの外見、金色の髪にオレンジのメッシュ。片耳三個ずつのピアス、眉毛は細く切りそろえられ、つり上がった目……見た目だけなら完全なチャラ男かヤンキー。母さんは絶対にシトリーを俺の友人だとは認めないだろう。

 案の定、母さんは怪訝そうに眉をしかめた。


 「誰だよこの熟女」

 「俺の母さん……」


 シトリーがボソっと聞いてきたので、俺もボソっと答えた。

 シトリーは目をぱちくりさせ、母さんを眺めた。


 「お前のおばさん美人じゃね!?まじ許容範囲なんですけど――!!」


 もう突っ込む余裕もないから無視。

 母さんは俺が抱いているストラスを見て眉間のしわを深くする。


 「拓也、話があるから家に帰りましょう」

 「はぃ……」


 消え入りそうな声で頷いた。シトリーに挨拶をして、俺は母さんの後ろをついて行った。

 うぅ……気まずすぎる。そして会話がない。俺は横を向いたり、上を向いたり、そわそわしていた。母さんはストラスをチラッと見て非情の言葉を放つ。


 「拓也。その鳥は何?お友達のなら返してきなさい」

 「それは無理。だって俺のペットだし……」

 「母さんに黙って飼ってたのね。そのこともゆっくり話しましょう」


 鳥を飼ってたなんて知らなかった。とブチブチ文句を言っている。ストラスは母さんが俺の部屋を掃除する時は外で待機していたし、言葉がわかる分、無駄に鳴き声なども出さない。トイレだって外でしてくれてたし、どうしてもってときは俺がトイレに連れて行っていた。完璧に隠せていたと思う。

 母さんが玄関を開けると、澪が出てきた。


 「あ、おばさんお帰りなさい。直哉君がおなか減ったみたいだから勝手に夕飯作っちゃったんですけど」

 「あら澪ちゃん。どうもありがとう。拓也、はやくリビングに行くわよ」


 肩を落とし、ショボショボとリビングに向かう俺を見て、澪は何があったのかという顔をしていたが、ストラスが肩にとまっているのを発見すると顔を青ざめさせた。

 リビングのソファに腰をおろした俺と母さんの間の空気は重く、直哉は何のことかとドアから顔をのぞかせ、澪も心配そうにこっちを見ていた。


 もうごまかせないな……


 シトリーはごまかせるけどストラスはなぁ。

 うーんと首をひねって考える。あ、光太郎のマンションにストラス置けばいいじゃん!

 ちょっと寂しくなるけど本当の事バレるよりかはずっといいよな。俺はそう決めて、適当にその場をやり過ごすことにした。とりあえず母さんが捨てろと言ったらストラスはマンションに預けよう。


 俺はそう決めてストラスに目くばせをした。


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