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第28話 継承者の条件

 「おぉ!?」


 空間を落ちていくと一番下まで落ちたのか、マットの上に落ちたような感覚がした。

 全く痛みはなかったので、すぐに立ち上がり周囲を確認しても、一寸先すら見えないような歪んだ空間が広がっているだけだった。



 28 継承者の条件



 周りには何も存在しない、真っ暗だ。パイモンはまだ現れておらず、不安が顔に出ていたのだろう俺をストラスが大丈夫だと安心させてくれる。


 「……ここがパイモンの空間?」

 「ぎゃ!!」「うわ!」


 その時、後ろから中谷と光太郎の声が聞こえて慌てて振り返ると、光太郎は尻から、中谷は顔から転落したらしい。顔って……大丈夫なのか中谷。

 流石に顔から転落したのは痛かったのか、中谷は中々起き上がれず地べたにへばり付いている。慌てて光太郎が中谷を抱えると鼻を真っ赤にした中谷が痛みに耐えるように歯を食いしばっていた。

 俺も二人の所に駆け寄り、怪我がないか確認する。


 「大丈夫か!?特に中谷」

 「鼻の骨が粉砕骨折した」

 「へーきへーき。でも痔になったかも」


 そんなことは言われても対応できないわ。その後すぐにヴォラク達もきちんと着地したことで全員がそろう。ヴォラクとセーレは辺りを警戒し、シトリーは文句をブチブチいいながらキョロキョロ首を動かしている。


 「ったく……やりすぎだぜ。パイモンの奴」

 「お前、算段があるんじゃなかったのか」


 流石にこの状況で温厚にできるはずもなく、若干の苛立ちをにじませたセーレの問いかけにシトリーは気まずそうに頭をかいた。


 「いやーもっとシトリーに会えてうれしい!って言ってくれると思ったんだよ!!あいつってあんな冷たい奴だったのか!」

 『知らねーよ。俺とセーレは引き返そうって話をしてたんだよ』

 「追いかけてくるから無理~っつったのもお前らじゃねえか。ぜーんぶ俺のせいにしやがって。俺だってなーまさかここまでされるとか思ってなかったんだよ!あいつ馬鹿みてえに強いけど、喜んで自分の手を下すような奴じゃねえから、話し合いでどうとかできると思ってたのに……拓也たちは人間だぞ?こんな大人げないことしなくても。こんな凡人の何を確認すんだよ」

 「お前フォローしてんのか貶してんのかはっきりしろ」


 俺の突っ込みを完全無視してシトリーは天井を見上げる。どこまでも広がる暗闇は音も光も外部から通さず、静寂が空間を包み込む。それが怖くて、これから先をどうしたらいいのか分からない。

 それはヴォラクたちも同じで、どうやってパイモンを倒して空間から出るかを話し合っている。


 「しっかしこの空間から出るのってかなりめんどくさいぞ。出口隠しやがった」


 やっぱり出口を隠されてるんだ。あ、でも待てよ。サミジーナの時と状況が同じだ。じゃあこの空間、壊せるんじゃないか?

 指輪に剣を出してくれと願うと手に現れた剣を握りしめ、シトリーたちの方に向かう。


 「あ、それならこれで……」

 『なんだ、見つけてるじゃないか。すくなくとも奴らに使い捨てにされてないようで安心した』


 突然腕をひかれて顔を上げると、微笑んでいるパイモンの姿があった。

 艶やかで美しいその笑みは全てを凍らせるように冷え切っており、腕を握る手の力があまりに強く、筋肉を締め付けられているような圧迫感と痛みに蹲った。


 『この剣を持っていて俺と戦えないとはどういうことだ?』

 『パイモン!拓也を放しなさい』


 ストラスはパイモンを睨みつけたが、パイモンはストラスを一蹴する。


 『なぜ俺が命令されなきゃならない?お前ごときが俺に命令を下せると思うな』

 『拓也はまだあなたと戦えるほどの力はありません。それに賢い貴方ならわかるはず。悪魔がこの地上で暴れまわることの恐ろしさを……本来なら貴方も協力するべきはずでしょう。ルシファー様は干渉を望んでいるのですか!?』


 その言葉にパイモンは声をあげて笑った。しかし笑った後に上げた顔は殺意が宿っていた。


 『ストラス、お前ルシファー様の名を語り、俺を懐柔するつもりか?気に食わないな。お前ごときがルシファー様の名を使い己の願望をまるで最適解であるように振舞っている。一度目は警告で終わらせてやる。もう一度、ルシファー様の名を出して己の願望を正当化してみろ。その図体を真っ二つに切り裂いてやる』


 あまりの殺気にストラスが息をのみ、言葉を噤む。言葉だけでストラスを追い詰めたパイモンは今まで見たどの悪魔よりも強くて恐ろしい。絶対に勝てない、こんな奴を倒せるはずがない。しかしセーレがパイモンの腕を掴み、俺から離れろと告げた。


 「俺の契約者だ。乱暴に扱うのは止めてくれ。君は人間界の関与を望んでいるのか?俺はマルファスのような事件がこれ以上起こるなんて耐えられないよ」

 『俺個人の意見としては人間界への関与に興味はない……だが』


 パイモンはそこで言葉を区切り、シトリーに視線を向ける。


 『そこから先はあいつに聞くといい。色々嗅ぎまわってるんだろう?』


 その言葉に今までひょうひょうしていたシトリーの表情が崩れ、見たこともない真剣な目つきになった。こいつが調べようとしていたことを、パイモンは知っている?


 「ああ、そうだ。俺には調べ物があるからな。パイモン、お前さ、そこまで分かってんのなら、なんで俺がここに来たかも理解してくれたっていいんじゃねえの?」

 『理解しているさ。お前は指輪の継承者を連れて悪魔を一掃したい。大方の理由も分かっているつもりだ。俺はルシファー様の命を遂行したいだけだ。お前こそ、俺の性格など、とっくに理解していると思っていたが』

 「まあ、ここまで話が通じねえとは思ってなかったがな。俺の目的の達成には拓也が必要なんだよ。拓也がいなきゃ、為すべきことも為せないしお前に渡すつもりもない。お前だってわかってるだろ?」

 『ふん、俺に何を聞きたかったか知らないが、目星はついているんじゃないか。そこまで分かっていて、そいつの味方をしているのならばお前の気持ちは決まっているんじゃないのか?』


 なんの、話をしているんだ……?

 俺の表情を見て、パイモンは「知らなかったのか」とわざとらしく声を出す。それが馬鹿にしているみたいで、お前はシトリーに利用されているだけだよ。と言われているみたいで、悔しくて歯を食いしばる。


 『俺の目的はお前に沈黙を救えるかどうかの力があるか見極めること。指輪の力にお前が馴染めそうかどうかを確認したい。お前が使い物にならなければ、次の継承者は見繕っているからな』

 「沈黙……なんの事だよ?」


 光太郎たちは目を丸くして話を聞いているが、セーレ達は何かに気づき、シトリーに問いかけた。


 『シトリー、お前まさか俺たちを召還した人間を知ってるんじゃないのか?』


 無言、それは肯定を意味するものだった。そうだ、パイモンからは聞かれなかった。他の悪魔からは俺が召喚者かって聞かれたのに、パイモンは何も聞いてこなかった!

 この事件の全容を、パイモンもシトリーも知っている?知ってて今まで黙ってたのか!?


 『お前……なんで今まで言わなかったんだ!?』

 「言ったところで俺の望むことは起きねぇ!拓也が強くならない限り沈黙は防げない!」

 「なんなんだよ。沈黙って……なぁ!?」


 腕を掴まれたまま、シトリーに大声で呼びかける。


 「お前にはまだわからない。いや、わからない方がいいんだ」

 『悪魔の内情に首を突っ込むのはお勧めしない。知っても後悔しかしないぞ。この男が信用に足るかは俺の口からは言えないがな』


 くつくつとパイモンは笑い、俺の腕を放して剣を向ける。


 『だから拓也君、俺とサシで勝負しようか。俺が負けたら仲間にするなり、殺すなり好きにしてくれて構わない。売り込むようでなんだが、俺は戦力になるぞ。仲間にしておいて損はない』


 サシなんて……そんなの勝てる自信なんて全くない、冗談じゃねぇ!!

 俺は頭をブンブンと首を横に振った。パイモンは拒否されたにもかかわらず薄い笑みを浮かべている。


 『力づくでいくと既に宣言はしている』


 パイモンが呟いた瞬間に放たれた黒い霧のようなもの。それはみるみる姿を変え、化け物たちが一斉に襲い掛かってきた。


 『少々手荒な真似してもかまわない。人質は大勢いた方がいいからな』


 まさかストラスたちを殺るつもりか!?

 中谷と光太郎は竹刀とバットを握りしめる。しかしパイモンの冷酷な言葉と共に、悪魔たちは一斉に中谷と光太郎をめがけて行った。


 『人間二人を狙え』


 中谷は自分の肩を掴んできた悪魔の脳天にバットを思い切りぶつける。お前意外とガッツあるな。

 光太郎も剣道で鍛えた反射神経を生かして、悪魔の脳天や横腹に竹刀をぶつけて何とかその場を乗り切った。


 「やるぅ」

 『拓也よりも剣の才能全然あるんじゃない?』


 ヴォラクは感心したように口笛を鳴らし、剣を使い敵を切り刻んでいく。これなら、何とかなるか?乱戦になってしまっているけど、ヴォラクがきっと助けに来てくれる!

 しかしパイモンは自分の部下がやられたはずなのに、今だに余裕そうだ。


 『行け』


 パイモンがそう発した瞬間、中谷と光太郎のいる地面?から手が出てきた。


 「な!」

 「うお!」


 中谷と光太郎は足を掴まれ、その場に倒れて尻もちをつく。

 そしてパイモンの使い魔はそれを見逃さず、二人を囲みこむように移動した。中谷は身動きできない状況に舌打ちをして悔しそうに歯を食いしばる。


 「くっそぉ……」

 『動いたら殺す。死にたくなければ動かないことだ……それと』


 パイモンは冷たい目でヴォラク達を見据えた。


 『お前たちも武器をしまえ。一切手を出すな』

 『はぁ!?』

 『継承者、この状況わかってるよな?俺の言うことを聞かなければ……』


 やばい。やばいやばいやばい!

 勝てる自信なんてない。そんなことはわかりきっている。でもなんとかしないと中谷と光太郎が!

 パイモンは俺の答えがわかっているのか、何も言わずに微笑んでいるだけ。なんて憎たらしい奴なんだ!


 『決めるんなら早くしろ。俺は待つのが嫌いだ』


 パイモンがそう言った瞬間、悪魔たちが中谷と光太郎に近づいていき、光太郎は竹刀を振り回そうとしたのを中谷に止められた。


 「ひっ……気持ち悪い、よんなよ!」

 「馬鹿、むやみに刺激すんなって!逆上したらどうすんだ!?」

 「だってよぉ!」


 駄目だ、逃げられる状況じゃない。泣いて頼んでもパイモンは逃がしてくれないだろう。もう、どうしようもないのか?

 どうしていいか分からず、戦う覚悟も勇気もないのに剣を握るしか選択肢を与えられずに泣きそうになる。でも、ここで立ち上がらなきゃ光太郎と中谷は殺されてしまう!


 『拓也本気かよ!?パイモンの強さわかってんの!?』


 分かってるよ!!そんなの嫌でも分かってる!でも他にどんな選択肢があるんだ!!

 セーレを使っても逃げられないだろうこんなの!じゃあ、戦うしかないじゃないか!


 「光太郎と中谷は俺の親友だ!見捨てるなんてできるか!」

 『ふふ。そういう所、素直に好感が持てるよ……池上拓也』


 訳が分からないまま、剣を構えた。頼む、どうか上手くいってくれ!

 剣は俺の気持ちに比例するかのように薄く輝きだし、その光景を見てパイモンはますます笑みを深くした。


 『あの光……浄化の力』


 パイモンはそう呟き、俺に斬りかかってきた。

 一瞬で距離を詰めてくるパイモンはマルファスなんかよりもずっと早くて、突然の事態にどう対処していいか分からない。


 『拓也しゃがめ!』


 後ろからのヴォラクの声に従い、身をしゃがませると剣は頭上を空振りする。それと同時に頭が真っ白になった。

 こわいこわいこわい!

 どうしていいか分からず、とっさにパイモンに剣を向けた。


 「行け!」

 『なるほど。魔法は使えるのか……でも剣技がな』


 剣から出た竜巻にパイモンは一瞬怯んだが、いとも簡単にそれを避けた。

 避けられたら次はどうすればいい?パイモンを倒すビジョンがわかない。どんな魔法を使えば、当てられる!?避けられたことに焦り、また剣にイメージを膨らませた。


 壁を作ってくれ!


 『まだ少々時間がかかるのか』


 パイモンは呟き、また俺に斬りかかってきた。剣が頭上に振り下ろされたとき、なんとか光りだした剣に頼むように声を出す。


 「守ってくれ!」


 炎の壁が俺を包み込む。熱いけど、そんなこと言ってられない。しかしパイモンは距離をとり、炎が消えるのを待っている。


 『そこから?お前は何もできないのか?いくらでも待ってやるぞ。どうせそんな魔法、十秒も持ちはしない』


 炎の壁はパイモンの言う通り長時間持たず、手は震え頭もガンガンと鈍い痛みを訴えだして炎が消えていくと同時にその場にしゃがみ込んでしまった。


 「……頭いてぇ」

 『長期戦も短期戦もダメか。本当にお前何もできないんだな』


 どうやら剣にイメージを流し込むのは思った以上に脳を使うみたいだ。頭がずきずきするよ。それなのになんだよこいつ、さっきからぶつぶつ言って余裕な顔しやがって!!どうやったら倒せるんだよ!!

 蹲っている俺に一瞬の慈悲も見せず、パイモンが剣を握りかえた。


 『次で最後。でも次は殺すつもりで行く』


 へ、今までは違ったと?確かに決定的なことはしてこなかったけど、それでも手足軽く斬られてるんですけど。めちゃくちゃ痛いんですけど。パイモンはそう言うや否や俺めがけて走ってきた。

 スピードもさっきと違う、本気で殺すつもりだ。


 「わあああああああ!」

 『空振りしすぎなんじゃないのか?』


 パニックになり剣を振り回してもいとも簡単に受け止められ、目の前で剣と剣がすれる。その光景で思い出すのはマルファスとの悪夢、死への恐怖。


 「嫌だああぁぁあああ!」


 目の前が真っ白になり、夢中で剣を振り回した。しかしパイモンは呆れたように俺を見て頭上に剣を振りかざす。振り下ろされた剣を咄嗟に体を捩ってなんとか回避したがバランスを崩し、そのまま倒れてしまった。

 死んでしまう、このままじゃ死んでしまう!


 「池上前だ、前見ろ!」


 中谷の声も何も聞こえない。目の前で再び剣を振り下ろそうとするパイモン。このままじゃ俺は……!


 『情けない。我らの希望がこのざまか……』


 また頭に聞こえてきた声。そしてそれはウリエルの声だった。その時、指輪の光とともに何かが切れる音がした。俺の体は咄嗟に反応し、パイモンの剣を受け止めていた。突然の動きにパイモンも眉をしかめる。


 『何だ?』

 「そんなに相手がほしけりゃ俺がなってやるよ」


 ウリエルが俺の体を乗っ取ったんだと理解した。


 ***


 光太郎side ―


 「拓也?」


 どうなってんだ?拓也は急にニヤリと笑って、パイモンの剣をはじき返した。


 『……指輪か。やはりお前は不完全のようだな。指輪に操られるなど』

 『黙れ下郎』


 指輪が操る?拓也を!?

 拓也は怪しく笑い、パイモンに剣を向ける。


 『ミカエルと神を裏切った堕天使が。マルコスアスと仲良く地獄でじゃれ合ってりゃいいのによ』

 『その声……ウリエルか。お前こそ変わらないな。短絡的で衝動的、力だけの無能者。いつだって気に食わなかったが、人間まで利用する下衆になったのか。お前にはお似合いの汚い役だな』

 『俺を馬鹿にしたその口、削ぎ落してやる』


 ウリエル!?なんのことだよ!ウリエルと呼ばれた拓也はパイモンの剣を向けて走っていき、パイモンもそれに応戦する。漫画のような剣技に俺と中谷、ヴォラク達も言葉を失っていた。なんだこれ、レベルが違いすぎる。これが本当の戦いなのか?こんな相手に拓也が勝てるわけがない。剣がぶつかりあい、パイモンと拓也の顔が近づく。


 『腕が鈍ったかウリエル?言い訳なら聞いてやるぞ』

 『こいつの体が使いにくいってのは間違いねえな。だが、そんな俺相手にこのざまじゃお前は救いようがないレベルだがな』

 『ほざいていろ。自分の能力の低さを正当化するな。こんなに時間をかけて、もうそろそろお前も耐えられなくなるだろうがな』


 パイモンがウリエルの剣をはじき、距離をさらに詰めるが、それをなんとか受け止めて二人の戦いはヒートアップしていく。しかし小さな切り傷が拓也に増えていき、もう見てられない。このまま時間がたてば間違いなく負けるのは拓也だ!


 「お願いだ止めてくれ!拓也を傷つけるな!!」


 その瞬間、拓也が苦しそうに息を吐き、膝をついて蹲る。


 『げ、マジかよ。拒否反応が起きやがった』

 『拓也!!』


 ウリエルがそう呟いた瞬間、光に包まれ、拓也が肩で息をしていた。ウリエルって奴を追い出したのか?ストラスが心配そうに声を荒げる。拓也……すっげー汗だ。大丈夫なのか?近づきたくても周りの悪魔が邪魔で動けない。でもなんだろう、さっきまでこっちを食ってやるとでも言うくらいの勢いだった悪魔がなりを潜める。中谷が恐る恐る悪魔の顔をバットでグイグイ押してみても攻撃されない。中谷マジで怖いもの知らずだな。

 蹲った拓也にパイモンが近づく。とどめを刺す気かと思ったのは俺だけじゃなくてヴォラクが飛び出そうとしたけどパイモンの表情を見て、それを止める。含み笑いなどではなく、もっと優しそうな……


 ***


 拓也side ― 


 やっべえ頭いてぇ。でもなんとかウリエルは抑え込んだみてーだ。パイモンが目の前に立つのがわかる。なんだよ、もう戦えねーよ。

 そう思って命乞いするしかないと覚悟を決めた瞬間、パイモンが膝をついた。何なんだ一体?パイモンは俺に頭を下げてくる。ヴォラク達も何が何だかわからない顔をした。


 『及第点だ。我が主』


 及第点?ってことは合格?俺何にもしてないけど。


 『もう少し時間がかかるかと思いましたが、ウリエルを追い出した。指輪を未熟だが貴方は物にしようとしている。主の帰還をお待ちしていました』


 主って俺?とにかく俺もう大丈夫なんだよな?向こうは斬りかかってくる気配はなく、さっきまでの対応が嘘のように親切だ。


 「えっと……じゃあとりあえず光太郎たちを助けて」

 『仰せのままに』


 パイモンはパチンと指を鳴らし、使い間たちを消した。

 中谷はパンパンとケツを叩き立ち上がった。


 「ひぃ〜キモかった」


 光太郎が俺の側に走り寄り、泣きそうな顔で無事を確認してくる。この状況をどうすればいいんだろう。なにかを話さなければいけないと意を決して出した声は、相手により遮られた。


 「あああ、あの!」

 『主、私の任務は貴方を守ること。いかなる災難からも貴方をお守りしましょう。』

 「あの……俺達、悪魔を倒すんですよ?俺を守るってことは、貴方も戦うってことで」

 『無論、そのつもりです。貴方は私の主。私達の主だ。貴方に害をなすもの全て、殺して見せましょう』


 う、うえ、怖い……でも正直言って、この強さ、欲しくないかと聞かれたら超ほしい。だってマルファスを一瞬でボコボコにしたウリエルと対等以上に戦っていた。マジで強いのは本当なんだろう。


 「拓也、俺からも頼むわ」

 「シトリー?」

 「……今は何も言えない。でもパイモンの力は必要になる」

 「何言ってんだ?そういやさっき沈黙がどうとか」

 「お前はまだ知らなくていい。嫌でも知る時は来る、もう逃げられないとこにいるんだ」


 シトリーの真剣な声に何も言えなくなってしまう。

 いっつもチャラチャラしているだけあって、こういう顔をされると、状況を嫌でも理解してしまう。


 「……わかった」


 俺が頷くと、パイモンは指をパチンと鳴らした。すると空間が歪み、俺達は鈴木の部屋の中にいた。

 ソファに座って居心地悪そうにしていた鈴木は慌ててパイモンに駆け寄る。


 「お、おいパイモン無事か?」

 『ええ、私の目的のものがやっと見つかった。以前にも話したように、お目当てを見つけたので、私はここを去ります。契約石を返していただきたい』


 淡々と告げるパイモンに鈴木の表情が曇る。


 「俺はお前がいないと……」

 『案じなくとも貴方なら務めを見事果たして見せるでしょう。もう私の力は不要です。中々に楽しい時間でしたよ』

 「……わかった。お前も、達者でな」

 『ありがとうございます』


 鈴木はパイモンにブレスレットを手渡し、受け取ったパイモンは振り向いて、俺の手にブレスレットを手渡した。緑色の石が輝いており、宝石に疎い俺でもわかるくらいメジャーな宝石がつけられたブレスレットが手に乗せられる。


 『エメラルドのブレスレット、私の契約石です。どうかお納めください』

 「うん」

 「さぁ帰るぞ〜〜!」


 中谷は背伸びして俺の腕を引っ張り、光太郎と中谷に囲まれながら鈴木に話しかける暇もなく家を後にした。


 ***


 「拓也ごめんな。結局足引っ張りだった」

 「そんな!俺心強かったもん!」


 帰り道、少し落ち込んだ声で中谷と光太郎が頭を下げてきた。何もできなかったと言っているが、とっさに襲われて戦えた二人を尊敬すらしてしまう。しかし二人はもっと活躍できる算段があったのか、足を引っ張ってしまったと意気消沈していた。

 それを見ていたヴォラクが振り返り、手を腰に当てて偉そうに仁王立ちする。


 「中谷と光太郎は俺が鍛えてあげるよ」


 その言葉に二人は目を丸くしてヴォラクを見た。その反応にヴォラクはニヤリと笑い、中谷の手を取る。


 「さっきの戦い、なかなかだった。ちょっと剣技を学べば強くなるよ。もう、足手まといにはさせないよ」

 「……おう!」


 中谷はヴォラクと手をつないで前を歩きだし、光太郎はその光景をボケッと見ていた。


 「中谷はヴォラクと仲いいな〜」

 「中谷は契約者だったし」

 「そうだけどさ」

 「それより」


 シトリーの言葉が気になる。崩壊って何なんだ?

 それを聞こうとした瞬間、ストラスに話しかけられて思考が途切れる。


 『拓也』

 「どしたぁストラス?」

 『私は今日ヴォラクの元に泊まります。パイモンに聞くことがありますから』

 「俺も行く!」

 『貴方は休みなさい』


 なんか強制的。有無を言わせない声に俺は思わず頷いた。


 「なんか隠してるな」


 でも光太郎の言葉は俺も感じる。もしかしてはめられてる?いや、そんなはずないよな。

 俺はそう思いながら、光太郎と中谷と別れ、家に帰った。


 ***


 ストラスside ―


 さて、話を聞くべくマンションに来たもののシトリーとパイモンの空気は重い。私はソファに腰掛けると、シトリーが話し出すのを待つことにしました。セーレが話を切り出すと、シトリーは頭を掻きながら声を出しました。


 「シトリー、パイモン。知ってることを全て話してくれ」

 「まず俺たちを召還した奴からだ。俺たちを召還したのは恐らく人間じゃない」


 それはどういう?

 ヴォラクの言葉にもシトリーは首を振った。


 「人間じゃない?悪魔の中に召喚者がいるってこと?」

 「おそらくだ……まだ確定はできてないけど天使のどいつかだ」


 シトリーの言葉に私たちは声が出ませんでした。


 「うそ。天使がなんで?」

 「わからない。ただわかることは」


 まさか彼がここまで急ぐ理由。あれが起こるというのですか?

 でもそれが杞憂に終わることはありませんでした。


 「このままいったら……近いうちに最後の審判が行われる」


 やはり恐れていた事態は起ころうとしているのですね。


 「人類の滅亡、ハルマゲドン」

 「自然の大災害、召喚門の消滅、人類の滅亡、悪魔と天使の出現、死の七日間……そして世界は沈黙に包まれる」


 ヴォラクも乾いた笑いを浮かべた。


 「何万年ぶり?」

 「すくなくとも数十万年くらいか」


 パイモンの的確な答えにヴォラクはソファに埋もれました。もう、そんなに時が経ってしまったのか。


 「それなら悪魔が人間を殺せば殺すほど、優秀な人間ならば天使の兵として招待される。俺達は踊らされているのか?」


 確かにその可能性もあります。しかし……


 「今はともかく指輪の力なしに世界を調停することはできない。あいつの力がまた召喚門に封印をかけることができる唯一の手段だから。召喚門への再封印、それが審判を防ぐ方法だ。それには指輪の力がいる」


 だからパイモンは拓也が指輪を使いこなせるかをテストしたのですね。ですが、パイモンは何も語らない。他にも思惑があるのか ― どちらにせよまだ彼を完全に信じない方が良さそうだ。


 「だがまだ暫くは時間がある。急いで情報を集めないとな」

 「戦力は多い方がいい。俺が中谷と光太郎をみっちり鍛えないとね」

 「俺も協力しよう」


 パイモンはそう申し出ました。


 「一対一の方が伸び率はいい。俺は光太郎と言う少年の方を見よう」

 「OK。じゃあ俺は中谷ね」

 『パイモン、教えてください。ルシファー様は審判の開廷に肯定的なのですか?』

 「……こちら側の準備が整っていない。今は反対だ。状況次第で覆る。だが、人間の世界に召喚されて浮かれて暴れまわる馬鹿がいるせいで、世界の歪みは大きくなっている。天使共はさっさと審判を行いたいのさ」

 『そういった輩が拓也を狙っているかもしれない、と』

 「シトリーやパイモンが知ってるって事は他の悪魔が知ってても不思議じゃない。少なくともバティンは知ってんだよね。あいつもルシファー様の腹心だし、情報通だしね」


 パイモンはそれに返事をしなかったが、間違いなく知っているだろう。ソロモンの悪魔であるバティンはパイモンと同じでルシファー様の側近を務める悪魔。情報通で悪魔にしては珍しい策略家の一面を持っている。彼とパイモンがきっと裏で悪魔を調整していたのかもしれない。だからこそ、パイモンは拓也を守ると言いながらも、きっとバティンと結託している。おそらくダブルスパイのような役割をしているのかもしれない。

 それでもパイモンを戦力として手元に置けるのは有り難い。今は、お互いにだましあいをするしかない。拓也を狙う悪魔が出てくるのは間違いない、そんな悪魔から拓也を守ってもらうために。

 これでは拓也から目を放すことができませんね。しかし……


 『なぜ天使が事を起こす必要があるのでしょうか』


 私の質問にシトリーは首をかしげた。


 「どういうことだ?」

 『前の戦いでの勝者は天使でした。そして今この地球は天使の管理下。天使の思うとおりに事は進んでいたはずです。我ら悪魔が反旗を翻さない限りは。それを自ら混沌の中に突き落とすとは……何を考えているのでしょう。我らが望むならともかく、なぜ天使が我らを召還したのでしょうか?今回がどうなるかはわからないのに』

 「それがわかったら苦労しないよ。天使の手の内がわからない。しかし拓也を利用して俺たち悪魔を地獄に戻そうとしてるのはわかる」

 『なぜあえて戻させるのです?訳が分からないではありませんか』

 「だからそれはわかんねぇんだって」


 “何者かに召喚された” ― その言葉では片づけられない状況になっていたのですね。

 しかし我らが悪魔の王ルシファー様はパイモンが言う限りには、今のところは何も行動は起こさないとしている様ですが。


 私が、私たちがやらねば、拓也を支えなければみんな死ぬ。

 拓也の家族も、澪も、友人も、何もかも。

 彼はなんと酷なことに巻き込まれたのでしょう。

 いつも笑っている拓也の顔が急に思い浮かばれて少し悲しくなりました。


 あの笑顔が消えてしまうかもしれない。


 悲しみに染まり、憎しみで動かされ、断罪の剣をふるう。

 そうなった時、私は何を思い、何を起こすのでしょう。


 先の見えない現実に少しだけ眩暈がしました。


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