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第26話 一人じゃない

 次の日、運悪く日直だった俺は放課後も日誌を書かなければならないため教室に残っていた。

 光太郎は俺の代わりに黒板を消して、今か今かに日誌が出来上がるのを待っている。理由は簡単だ、例の件に悪魔が関与しているかもしれないからだ。とばっちりを食らっている光太郎からしたら、さっさと事件を解決したいんだろう。



 26 一人じゃない



 「なぁ拓也まだ?」

 「まだ。もうちょい待ってくれよ〜。そんな早く書けないって」


 光太郎は鞄をブンブン振り回し、暇そうに俺の前の席に座る。日誌って書くことが本当にない。特になしとか書くときちんと書けって次の日に怒られるし、何か書こうと思っても本当に特筆すべきことが無いんだからどうしようもない。

 うんうんと唸っている俺の横では部活までまだ時間があるらしい中谷が苦笑いして見ている。理由がわかっている手前、からかうこともできずにどう対応していいか分からないんだろう。


 「なんだよ広瀬。随分機嫌悪いな」


 その光景を黙って見ていた上野と桜井と立川がからかうように近づいてきた。なんでこんなにワラワラ集まるんだよ!集中できないから散れよ!!


 「だって拓也が遅いからさ〜」

 「池上のトロさはみんなが知ってることだろ?諦めろ」


 人の邪魔をしているくせに言いたい放題言いやがって。

 敢えてそれを無視して、日誌を書くことに集中するけど外野がうるさい。もはや俺への悪口みたいになってるし。いじめられてるって泣いて担任に訴えるぞ!


 「おし、できた!」


 出来上がった日誌を閉じ、職員室に持っていこうとドアを出ようとした瞬間……


 「拓也!」

 「うぼ!」


 何者かが俺に突進してタックルを仕掛けてきた。

 奇妙な声を上げ、その場に膝をついた。な、なんなんだ!?何が起こったんだ!?意図的としか思えない衝撃に整理ができず、反応ができない。しかし首元に巻き付いている腕と視界の端に見えるつやのある黒髪。待て、俺この女見たことあるぞ。まさか……なんで??


 「もう、拓也遅いから心配しちゃった」


 シトリー女版!

 俺と光太郎と中谷は呆然としてしまった。まさかこんな所に侵入してくるなんて思わないじゃないか。

 しかし上野たちは顔を赤らめさせ、シトリーを眺めている。何も知らない人から見たら、シトリーはもの凄い美女だ。それにスタイルも滅茶苦茶いい、巨乳だしくびれあるし、ボンッキュッボンだ。今も豊満な胸が俺に当たっている訳で……澪より大きいこれ。

 ラッキースケベができているわけだが、今の俺にとっては嫌がらせ以外の何物でもない。


 「なんだよ!池上、誰なんだよこの美女!!」

 「紹介しろよ!」

 「えーっと……」


 回らない頭で必死に考え、何とか声を振り絞る。


 「なぜいる?」

 「なぜって?拓也を迎えに。それにここ、警備員も何もいないんだもの。すぐに入れるわ。私ったら卒業生に見えてるかな~!うふふ!」


 もっとセキュリティ強化してよ学校!簡単に変質者入ってますよ!?なーにが卒業生だ、実際は数千歳の婆のくせに!!

 なんだかこのままここにいても面倒ごとしか巻き込まれそうになかったので中谷と光太郎に後は丸投げして職員室へ向かった。日誌を出して教室に戻ると、シトリーと上野たちが仲良く話しており、俺を見つけると上野たちに手を振り、光太郎と共にこっちに向かってきた。


 「じゃあね。また会いましょ。中谷練習がんばってね」

 「あ、うん」


 シトリーだとわかっている中谷はひきつった笑顔で頷いた。中谷のあんな顔、ヴォラクと契約していた時以来だ。

 上野たちは手を振り、頬はだらしなく鼻の下が伸びている。あまりにも分かりやすい好意に上野の頭にチョップをかましてシトリーを連れて教室から急いで出た。


 「何でいるんだよおまえ」

 「なんでって?どっかの誰かさんが遅いから仕方なく来てあげたのよ。感謝なさい」


 おい、さっきの可愛らしさはどこに行った。なんでこいつはこんなふんぞり返っているんだ。


 「今日は日直なんだからしょうがないじゃん!変な噂立てられたらどうすんだよ!!」

 「あら、私と噂が立つなんて光栄じゃない。あんたみたいな凡人が」

 「ああ!?こんな噂が澪の耳に入ったらどうすんだよ!一生恨むからな!」

 「澪はちゃんとわかってんだから大丈夫でしょ。それに澪はあんたのことこれ〜〜〜っぽっちも思ってないから無駄な心配する必要ないわよ」


 なんだと!?確かにそうかもしれないけど……他人に言われるとムカつく〜〜!!

 わなわなと握り拳を作り、ここで暴力沙汰を起こしたら駄目だと言うことも分かっているし逆に返り討ちにあうため、怒りを抑えて校門を出ると、少し離れた所にセーレとヴォラクがいた。セーレはあきれた顔でシトリーを見ている。


 「本当に学校の中に入ったのか?常識のない行動はするなよ」

 「だぁって〜拓也があんまりにも遅いんだもん」


 そうだよセーレ、もっと言ってやって!!というか止めてよ!

 シトリーは舌を出して笑い、可愛こぶったが、男の姿を知っている俺たちは素直に可愛いと思えない。てゆうか男が女言葉喋ってんだよ。普段の口も性格も悪い女好きのシトリーがこんなキャラを演じていると言う事実が気持ち悪い。


 「もういいよ、おまえはそういう奴だから」

 「ごめんあそばせ。でも上野君たち可愛かったわ〜お姉さん、可愛がってあげたくなっちゃう」


 おまえは女の姿だとそういうことも言っちゃんかい。こいつあれか、なりきっちゃう奴か。女になったときは男が好きになるんか。こいつの能力も相まって怖すぎる。

 全く反省の色を見せないシトリーにセーレはお手上げとでも言うように溜息をつき、いさめるのを止めた。光太郎はずっと黙っていたが、何かを決心して顔をあげる。


 「なぁ、シトリーって結局女なの?男なの?」


 あまりにも純粋な質問に妙な沈黙が空間を包む。え?男じゃないのシトリーって。これ、演技だと思ってた。

 シトリーはう〜〜ん……と考えたが首を横に振った。


 「わかんない」

 「はぁ!?自分の性別も分かんないのかよ!お前おバカキャラか!」

 「うっせーなカス。私とシトリーって人格違うのよ?言ってなかったかしら」 

 「どういうこと?」


 説明不足だったらしい光太郎は詳しく内容をきいてきた。つかこいつカスって言ったよ俺のこと。ガチで本性出てんじゃねえか。俺、一応契約者なんすけど。


 「私はね、一つの体に二つの人格が宿ってるの。この体が男のとき私は内面に引っ込んでるの。で、あんたたちがよく知ってる男は私の今の姿だと、中に引っ込んでるの。上手く説明はできないんだけど、この世界に存在した時から両方の性が宿ってて、どっちが本物かどうかなんて私達も知らないの。本当の姿である豹に戻るときは雄だから、もしかしたら男なのかもね。私の姿だと悪魔の姿に変身できないから、基本は男の状態でいるんだけどね」


 え、そんな複雑だったんだ。馬鹿にしてた……一人二役じゃなく二重人格的な感じで一つの体に二つの人格を持ってたんだ。そんでそれぞれの人格で見た目も異なるってことなのか。シトリーは首をかしげながらそんなとこ?と説明を終了した。

 光太郎は何かを考え、納得したように頷いた。


 「じゃあ男が女に変身してるってわけじゃなくて女の人格が出てるってだけなんだ」

 「そういうこと。物分かりのいい子は大好きよ」

 「あはは、どうも」


 今の姿のシトリーが本物の女とわかったので光太郎は照れたように頭をかいた。

 まぁ本当に女なら可愛く感じるけど……ていうか可愛い。現金だと思われても構わない。可愛いものは可愛いんだ。


 「さ、話は歩きながらでいいだろ?とりあえずその建物に行ってみよう」


 セーレが話をいいところで切ってくれて、俺たちは例の会社へ向かった。


 ***


 「ここがその会社?おっき~フォモスとディモスよりおっきいや」


 ヴォラクは自分の住んでいるマンションよりも遥かに大きい会社に目を輝かせた。確かにこれ何階建てだろ。三十階以上はありそうだけど……

 場所は都内でも有数の企業が立ち並ぶ場所で、平日の夕方にもなれば周囲はサラリーマンとOLが足早に通り過ぎていく。こんな大企業、どこの大学に行けば入社できるんだろうか。やっぱり旧帝大レベルが必要なのかな……金田さんなら余裕で入れそう。

 入り口は警備員が立っており、簡単に中に入れそうにない。

 

 「本当にガードマンがいるね。このままじゃ入れそうにないよ」

 「だから私を呼んだんでしょ?見てなさい。今回調べたい男の名前は?」

 「あ、そうだそうだ」


 光太郎は鞄の中から紙切れを出した。印刷されている用紙には写真や経歴、功績などが載っている。多分雑誌のインタビューみたいなのを印刷してきたんだろう。


 「え〜っと鈴木(すずき)貴彦(たかひこ)かな。うん。そう読む」

 「OK〜」


 シトリー(女)は名前を聞いただけで大した準備もせず、さっそうとガードマンの元に歩いて行った。おいおい大丈夫なのかよ。

 話している声は全く聞こえないが、警備員の表情は硬く、シトリーが首をかしげながら何かを話しているが、首を横に振り、手でここからは通せないとでもいうような仕草をした。

 警備員の反応から、やっぱり駄目だったかと諦めた瞬間、シトリーが警備員の胸元を人差し指で突く。その瞬間、一瞬で警備員の表情が変わり、頬を赤らめて頷いた。あ、こういう反応、見たことがある。シトリーが力を使ったときの……


 「相変わらず怖い力だな」


 セーレがしみじみと呟き、シトリーの様子を眺める。やっぱり、力を使ったのだろう。しばらくするとシトリーがヒールを鳴らして戻ってきた。表情を見て成功したのだと分かるが一応確認してみる。


 「シトリーどうだった?」


 その質問に相手は艶やかな笑みを浮かべてOKサインを出す。


 「私が失敗する訳ないっしょ~?でも私の名前を知らないから今は呼び出せないって。その代り、その男が仕事終わりに出てきてくれたら引き止めてくれるらしいわ。そいつがここを出る時間は大体二十二時ぐらいだから、その時に来てくれって。まったくあいつ使えるんだか使えないんだか。行くの面倒くさーい。あとは任せるわ」


 収穫じゃないか!

 いやいや、そこまでやってくれるんなら十分だって!!


 「そんなことないって!俺達だけだったらそこまですら行かないし!」

 「うーん、まあご主人様がそれでいいのならいいんだけど~」


 いやぁ……なんか俺めちゃくちゃ甘くなってんなぁ。デレデレしてる俺を冷ややかに見つめるヴォラク。


 「なんか拓也って相手が女になった瞬間でれるよね」


 ヴォラクの痛い突っ込みはさておき、俺たちは二十二時にここに集合することにして一度解散した。


 ***


 「拓也、お帰りなさい」

 「ただーいまー」


 家に帰ると、母さんが訝しげな顔をしてリビングのソファに座っていた。隣に座っている澪は困ったように眉を下げ、少しソワソワしている。なんかあったのか?


 「ちょっと座りなさい」


 母さん目が据わってる……え、俺何かしたっけ?これ結構怒りレベル高いぞ。とにかくここは逆らわない方がよさそう。早く自分の部屋に行ってストラスにポテトチップスあげなくちゃいけないのに……仕方ないので澪に小さい声でお願いして、頷いた澪は俺の部屋に向かう。

 それを確認してリビングのソファに腰かけた。


 「あなた変な人と付き合ってるんじゃないでしょうね?」

 「へあ!?」


 いきなりの質問に声がひっくり返った。母さんは苛立ったように組んだ腕に指をトントンと叩き、足を組んでいる。変な奴って……そんなの覚えがなさすぎるんだけど。そんな不良とつるんだりしていないのに。一体何のことを言っているのかさっぱり分からず、首を傾げたのを誤魔化していると思ったのか、母さんが詳しく教えてくれた。


 「今日、母さんの友達が教えてくれたの。あなたが髪の長い男の人と金髪の子供と男性と歩いてるのを見たって。年齢がバラバラでどう見ても学校の友達じゃなさそうって聞いたの。誰なの?」


 うわああああ!!!そういうことかああああ!!!

 だから澪はオロオロしてたのか。澪はヴォラクたちのことをちゃんと知ってるからなぁ……ってそんなこと呑気に考えてる場合じゃなかった。これってどう切り抜ければいいわけ!?


 「そんな訳ないじゃん、気のせいだって!大体俺がそんなのとツルんでる訳ないじゃん!」


 ごめんな皆、馬鹿にして……

 しかし母さんの疑いの目は晴れない。それでも俺の言うことを信じたいのか頭を抱えて再度確認をしてくる。


 「本当に、ほんっと――――――――に貴方じゃないのね?」

 「違うって、俺じゃないって!」

 「ならいいけど。拓也を信じるわ。だから、変な人とツルんだらダメよ。薬とか売られたらどうするの?」

 「はぁい」


 気にしすぎと思うんだけど、ていうか見られてるとなると、迂闊に外も歩けねえな。

 母さんは聞きたいことを終え、スッキリしたのか夕飯作りを再開したのを見て、俺は慌てて自室に逃げ込んだ。


 「やっべーやっべー。マジ危なかった〜」


 自分の部屋に着くと、心配そうな澪と若干苛ついているストラスがいた。ストラスは俺の大変さを知ってか知らずか、偉そうにいちゃもんをつけてくる。


 『拓也、遅いではありませんか。澪がポテトを出してくれなければ腹いせに窓を割ってやるところでしたよ。一体何をしていたのです?』

 「物騒なこと言うな!フクロウに窓割られたとか面白ニュースでテレビ出るわ!それどころじゃなかったんだよ。澪、母さんいつからあんなんだった?」

 「あたしが来た時からすっごいピリピリしてて……違うって言っても本人に聞くまでわからないからって」


 否定はしたんだけど、庇えなくてごめんね。そう申し訳なさそうに謝った澪に気にしないでと告げる。そっか、澪はフォローしてくれたんだ。話のわからないストラスは小首をかしげた。


 『どういうことです?』

 「母さんの友達がヴォラク達と歩いてるとこ見たんだってさ。それが母さんに伝わったんだよ。それで問い詰められてたってわけ」

 『なるほどそれで……まあ確かに同年代ではないですしねえ。兄弟と言うには外見も違いますし』


 そういうこと。友人とか兄弟には見えなかったってことだろう。セーレだけなら学校の先輩とかで通せそうだけど、シトリーとヴォラクはヤンキーと外人の子供って感じだ。あの二人は誤魔化せないと思う。

 ストラスは何かを考え、思いついたように提案してきた。


 『拓也。もうこの際本当のことを言ってしまったらどうです?』

 「はぁ!?馬鹿言うなって!こんなこと言ったって簡単に信じられるかよ。俺だって中々信じられなかったのにさ」

 『しかし、このままでは色々と不便でしょう?』


 確かに不便は不便だけどさ。お前自分が好き勝手移動したいからじゃないのか?


 「母さんや父さんと……直哉だけは巻き込みたくない。母さんと父さんはわかってくれるかも知れないけど直哉はまだ十歳だぞ?こんなのトラウマになるかもしんない。家族まで危険に晒したくなんかない」


 俺の言葉を聞いていた澪はポツリと呟いた。


 「隠し事、されてるほうが寂しいと思うけど……あたしは、そう思うな」

 「澪?」

 「いや、どうするべきかなって言っただけ。拓也着替えるんでしょ?あたし行くね」


 澪はいつものように笑い、部屋を出ていった。


 ***


 リビングでは母さんが料理を作って澪と直哉がそれを手伝っていた。

 まぁ直哉はもっぱら皿や料理をテーブルに持ってくだけだけど。

 

 「あ、拓也。もうできるから席に着きなさい。直哉もありがとう」

 「うん」


 直哉は頷いて、たこのカルパッチョを一つつまみ食いして俺の横に座った。暇なのか、俺の腕をつついて遊びながら、自慢げに今日あったことを話してくれる。


 「兄ちゃん、俺今日のテスト満点だったんだぜ!すげーだろー!」

 「満点〜?お前が満点なら俺だって満点とれるわ」


 後ろの方で拓也は高校生なんだから当たり前でしょと言う声が聞こえるが無視しておこう。しかし俺に褒めてもらえなかった直哉は頬を膨らまし足を蹴ってくる。


 「そんなことねーよ!兄ちゃんだったら60点だよ!」

 「うわ!中途半端にリアルな点数だなーそれ」


 にししと笑う直哉の頭をガシガシとなでると、痛がりながらも手を振り払おうとはしなかった。五歳年下の弟は正直言って可愛い。世界で一番大切だ。父さんと母さんに何かがあっても直哉がいれば苦しいけど頑張れると思えるほど、俺の中で一番大切な存在だ。

 だからこそ巻き込ませるもんか。絶対に直哉だけは。俺はこの嘘を隠し通す、絶対に何があっても知られるもんか。こうやって普通の家族でいるのが一番いい。今のままで過ごせる。いや、過ごしてやる。

 料理の準備も整ったので夕飯に箸を伸ばし、母さんは直哉の皿に料理を取り分けてやっている。今日はしないといけないことがあるため、自分の分を素早く平らげて手をあわせた。


 「ごちー」

 「あら、拓也早いわね」


 いつも以上に食い終わるのが早い俺に母さんが箸を止める。見たいテレビでもあるのかと聞かれて首を横に振る。


 「今日は腹減ってたからさ」

 「あらそう。直哉と澪ちゃんはゆっくりたべなさいね」


 母さんはそういったけど、澪は心配そうにこっちを見ている。たぶん澪は悪魔が関係してるってこと感づいてんだろうなぁ。でも今回は連れてくわけにはいかない。だってパイモンって奴メチャクチャ強いらしいし。

 皿を片づけ、自分の部屋に向かう。ストラスはまだ食い終わっていないらしく、ポテトをつついており、その中からデカイのを一枚引っこ抜いて口に入れると、もう一枚でかいのを差し出された。


 『私からの餞別のポテトです。お食べなさい。粉が沢山ついているのを選びましたよ』

 「お、おお、有難うな」


 こいつ、なんかソムリエみたいになってやがる。


 『今日は早いですね』

 「うん」


 ストラスの言葉を生返事で返しつつ、右手を見つめた。


 ― 出てきてくれ。


 そう願った瞬間、剣が俺の右手に現れて、マジマジと見つめる。

 ストラスは急に剣を出した俺を不審に思ったのかポテトを食うのを止めて声をかけてくる。


 『一体どうしたのです?』

 「今回は俺も戦わなくちゃいけないんだろ?」


 ストラスは俺が何を言いたいのかを分かったらしく、無言の肯定を示した。


 「わかってるよ。もう逃げらんねぇってことくらい……指輪を上手く扱えないからだのなんだので理由つけられないってことも……でも怖いよ」

 『拓也』


 ストラスは食べるのを止めて、隣に腰掛ける。


 「これで俺は戦える。悪魔を倒すことができる。もしかしたら殺すことも……誰かを殺しちゃうんじゃないかって思うと怖いんだ」

 『貴方はよくやってます。それは私が一番わかっている。貴方が誰かを殺す必要はない。汚いことは私たちの仕事です』


 ストラスは俺に凭れかかり、ゆっくり言葉を紡ぐ。でもストラスたちの手を汚させたくない。話し合いで解決できるのなら一番いいんだけど。パイモンはそういうわけにはいかないのかな?


 『貴方は少し周りに気を遣いすぎる。光太郎も中谷も貴方にもう少し己の心の内を話してほしい。そう思っているはずです。勿論私も』

 「心の内?」

 『貴方は怖い怖いと言っている。そのせいで感じたこと全てを表現しているように見えますが、本当は違う。澪も光太郎も中谷も巻き込みたくない。挙句には私やヴォラク達にも傷を負ってほしくない。そう思っているでしょう?』


 否定できない問いかけに答えることができない。だって、皆が傷つくのは嫌だ。

 ストラスはそのまま穏やかに話しかける。


 『貴方は私達をもう少し信用しなさい。貴方が思っているより私たち、いや光太郎達は強いですよ。だから逃げずにこの現実を真っ向から受け止めた。薄情な奴ならば、貴方と距離を置き下手したら言いふらす可能性だってあるのに貴方の力になりたいと言ってきた。その気持ちに少しは応えてあげなさい』

 「俺って無神経なのかな」

 『そんなことはない。ただ、もう少し甘えてもいいのではないかと思うときはありますよ』


 泣き言はよく言いますがね。そう言って笑ったストラスに胸のつかえが少しとれた。


 『拓也。時々、時々でいいのです。心の底からの弱音を吐きなさい。言葉を選ぶ必要はないし、相手が私でなくても構いません』


 出会ったばかりは腹の立つことばかり言われたが、側にいるとこんなにいい奴はいない。他の契約者の気持ち、少しわかるんだ。いきなり現れてストラスを取り上げるなんて言われたら、俺もきっと金田や沙織のように抵抗するし、許さないと思う。

 俺はストラスを持ち上げて抱きしめると、ストラスも俺にすり寄ってくる。


 「俺さ、こんな事に巻き込まれて嫌だってずっと思ってた。ううん、今でも思ってる。でもお前やヴォラク達に会えたことは本当に嬉しいんだ」

 『私も召喚された場所が拓也の元でよかったと思っていますよ』


 その言葉が嬉しくて、本当に自分を認めてもらえたような気になって、ストラスを抱きしめているとノックの音が聞こえて慌ててストラスを隠した。誰だ!?母さんか!?


 「拓也、あたし。入っていい?」


 相手が澪であることに安心して、ストラスを開放し、ドアを開けると、澪は少し戸惑いながら部屋に入ってきた。


 「拓也今日どこかに行くの?」

 「え、いや……別に特には」


 いつもの癖で嘘をついてしまった。

 たぶん澪は気づいてた。でも笑いかけてくれた。これ以上は俺が話したがらないのを察して。


 「そっか。ならいいんだけど……」


 胸が一瞬音を立てて痛む。澪は俺の力になりたいと言ってくれた。そんな澪に嘘をつくってことは澪からしたら信用されていないと言う気持ちを抱かないか?怪我をしてほしくないだけなのに、きちんと言葉にしないと伝わらないんじゃないか?このままじゃ澪に信用されなくなっちまう。

 グルグル回る頭の中で出した打開策、それは打ち明けことだった。


 「ごめん澪!」


 勢いよく頭を下げた俺に、澪は突然のことで目をパチパチさせている。


 「今日悪魔を倒しに行くんだ!澪に言ったら心配かけちゃうんじゃないかって……だから」

 「よかった、本当のこと言ってくれて」


 澪は嬉しそうに笑って俺の前にきた。


 「拓也が本当のこと言ってくれたら何でもいい。あたしは足手まといなんでしょ?」

 「え!?そんなことじゃ!」

 「あ!そういうことじゃなくってね。ごめんね言い方悪かった。あたしがいたら集中できないもんね。あたし待ってるから……ちゃんと帰ってきて」

 「うん、大丈夫。絶対に」


 根拠はないけど、力強く頷いた。

 時計の針が二十一時を指す。そろそろ行かないとな。待ち合わせは二十二時前だ。


 「じゃあ行ってくる」


 窓からストラスを出し、澪に笑いかけた。悪魔に会うっていうのに心からうまく笑えた気がした。

 澪に見送られ、母さんたちに大声で出かけると言う言葉だけを残して家を出た。外で合流したストラスを鞄に入れて、駅まで走る。


 ***


 駅には光太郎と中谷がいた。


 「中谷!なんで!?」

 「水臭いぜ池上。今回は俺も力になれる!」

 

 中谷は野球のバットを振り回す。どうやらこれを武器にするみたいだ。使い方は違うが、物理的にはとんでもない破壊力だろう。中谷いわく小学生の頃に使っていたものらしい。ああ、どおりでなんかバット小さいと思った。

 光太郎も竹刀を片手に持っている。今でこそ帰宅部だが、光太郎は中学の時に剣道部に所属していて大会にレギュラーで出場するほどだった。これを武器に使うつもりなんだろうな。

 二人なりの気遣いなんだろう。俺は笑って肩を叩いた。


 「がんばるぞ!」


 中谷と光太郎は笑って頷く。

 そして俺たちは電車に乗った。


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