第25話 光太郎の災難
「夏休みも終わり今日からまた学校が始まります。夏休みの余韻に浸らず、気持ちを切り替えていきましょう。特に三年生はそろそろ推薦入試も始まるので気を引き締めるように」
なんで三年の話に俺たち一年も付き合わなきゃいけないわけ?
クーラーの効いてない蒸し暑い空間の中はひどく不愉快だった。
25 光太郎の災難
やっと教室に戻って、下敷きをバタバタと仰がせる。皆それぞれ暑そうに団扇や下敷きを仰がせている。
そんな中、光太郎だけが浮かない顔をしている。今日は授業がないから後はHRだけなのに、なんでそんなにテンション低いんだ?
光太郎は名前順のこの席では大体隣の席の立川と後ろの席の藤森といつも話しているのに、今日の光太郎は全く会話に参加せず、憂鬱そうに顔をしかめている。
「光太郎、なにかあったんか?」
「あー広瀬か。あいつ今日機嫌悪いよな〜宿題でも忘れたんじゃねえか?」
俺の呟きは後ろの席の上野にも聞こえており、的外れな返事をされる。いや、そんな理由であそこまで落ち込まんだろ。結構来てるぞあれ。藤森たちも関わらん方が吉みたいになって聞きそびれてんじゃねえか。
でも本当にどうしたんだろ。学校終わったら聞いてみよ。ちなみに結局光太郎は宿題をちゃんと持ってきていた。
HRも終わり、午前中に学校が終わったので、皆はそれぞれ部活に行く生徒は行き、帰る生徒は帰っていた。部活に向かう中谷と挨拶を交わし、光太郎の席まで歩み寄る。いつもは帰る準備を早く済ませている光太郎が珍しくノロノロと教科書を鞄に詰めていた。
「光太郎、どうかしたのか?今日なんかおかしいな」
「そんなにおかしい?俺」
うん。まあみんなが機嫌悪いなって思っちゃう程度には。
そう答えると、光太郎はやはり何かあったのか乾いた笑いをした後にため息をついた。
「どうしたんだよ。何があったんだよ」
「親父が機嫌悪いんだよ」
光太郎の親父さんが?
「なんで?お前何かやらかしたの?」
「俺じゃねえっつの。業績が悪いんだとよ。なんか色々あって株価もライバル社に取られて下がってるとかなんとか」
う〜ん……俺は株の話は分んないから、どれほどそれが会社に損失を与えているのかも分からないけれど、仕事でのストレスを家に持ち帰るくらいだし、かなりのことがあるんだろう。
「しかもその会社がでかいプロジェクトを計画してるらしくてさ。それでまた株価が下がるんじゃないかってピリピリしてて我が家はお手上げ。兄貴も家にいたくないのか友達ん家に、ここんとこずっと泊ってて帰ってこないしさ。母さんと俺が奴あたり食らうわけよ。家に帰りたくないとか、なんかもう離婚間近の旦那の気持ちってこんな感じなのかな」
それは多分、絶対に違う気がする。けど、俺の家は父さんは疲れたと言うことはあっても俺達や母さんに仕事のストレスで当たってくることはない。確かに父さんに八つ当たりされたら嫌だなあ……
母さんがブチ切れて修羅場になっちゃう奴じゃん。
う〜ん……想像しただけで怖い。こりゃ大変だな。
「だから帰りたくないんだよ」
「帰りたくないならマンション行けばいいじゃん」
そうだよ、光太郎にはマンションがあるじゃん。いつでも逃げ込めるところが。
しかし光太郎は首を横に振った。
「いや~兄貴が帰ってこない時点で親父も察しちゃってんのよ。避けられてるって。ただでさえ気まずいのに俺まで逃げたら余計気まずくなるよ。俺も同タイミングで逃げてりゃよかったよ。大体大学生ってだけで無断外泊が許されていいんか!!」
「知らんがな」
最終的には兄貴に対する不満をぶちまけだした光太郎をいさめる。結構意外だが、光太郎はあんまり兄貴と仲良くない。と、言うと語弊があるけど、あんまり二人で遊んだりとかはしない。大学生の光太郎のお兄さんは、友人と遊ぶことがほとんどで、元々大学も一人暮らしをしていて家にほとんど帰っていないらしいし、良く言えばドライなのだ。
光太郎もあんまり自分の兄と遊びに行くとか飯を食いに行くとかいう考えはないようで、兄弟でつるむよりかは俺たちと遊ぶ方を普段から優先しているくらいだから。
俺は結構直哉と遊ぶの好きだけどなあ。
でもそんなピリピリ味わいたくもない。俺、一般家庭でよかった。家庭内の緊張感なんて入試の年だけで充分。
光太郎は力なく笑い、鞄に荷物を詰め終わり、席を立ちあがる。
「だから拓也。遊ぼう。俺まだ家に帰りたくないよ〜」
「あーね……そういうこと。いいよ、俺も遊び行きたいし。お前にとことん付き合ってやるよ」
「さすが拓也!話がわかる!!」
光太郎は俺の手を取って、感動していた。え、何この状況?
とりあえず俺はそのまま光太郎と一緒に教室を出て、校門に向かう。途中でグラウンドで部活をしている生徒達を横切っている時に、走りこみをしている野球部を見つけた。全員、帽子をかぶっていたのでどこにいるか分んなかったが、この中に中谷はいるんだな。
がんばれよ〜中谷〜俺たちは遊ぶけど〜
心の中で中谷にエールを送り、そのまま光太郎と校門を出た。
***
その後、俺たちは買い物に行ったり、カラオケやゲーセンに行き、時間を潰し夕飯時が近くなるころ、することがなくなりマンションに立ち寄ることにした。
「あ?拓也、光太郎」
あれ?シトリー。
オートロックの玄関の前でシトリーと鉢合わせした。内側から鍵をあけ、ドアを開けてくれたので、中に入ると相手はマンションから外に出るようだった。
「どこか行くのか?」
「おう、今日はバイトの日だ」
あーそういや今日はバイトの日か。この時間からってことは帰ってくるのは朝方になるんだろう。悪魔だから普通の人よりかは体力あるにしてもきつくないのかな。
時間もそんなにないのか、シトリーは立ち止まって話をすることもなく手を上げて横を通り過ぎ、俺と光太郎はそれを見送りエレベーターで十階に上がった。
玄関のインターホンを鳴らすと、バタバタと走る音が聞こえヴォラクが玄関から顔をのぞかせた。
「あ、拓也と光太郎だ。なんでここまで来れてんの?」
「シトリーとすれ違って開けてもらった。お前は元気か?」
「元気だよ。今は俺だけだよ〜」
あれ?ヴォラクだけなの?
確かに部屋を見てもセーレが見当たらない。
「なんで?セーレは?」
「またあの家に行ったんだよ」
あ、太陽の家か。沙織さんの所に行ってるのか。向こうは孤児院だし、そんなの遅くはならないだろうけど、まだ帰ってないんだな。
そのまま家に上がらせてもらい中に入ると、ヴォラクは夕飯を食べていたのか、テーブルの上には数種類の料理があった
「これお前が作ったん?」
「そんなわけー。セーレが温めて食べろって。シトリーが温めてくれたから一緒に食べてたの」
バイトの時間までシトリーと夕飯食ってたってわけか。
ヴォラクはフォークでウインナーを突き刺し、そのままほうばった。料理はすごく美味しそうだけど食い意地のはっているヴォラクは分けてくれる気配はなさそうだ。
のんびりしている環境が落ち着くのか光太郎は勢いよくソファに座って背伸びをする。
「やっぱいいな〜ココ。マジで帰りたくねー」
「光太郎なんかあったの?」
ヴォラクはパチクリと目を瞬かせながら俺に尋ねてきた。どうせ言ってもヴォラクにはわかんなさそうだから適当に相槌をうっておいた。ヴォラクは「そっかー」とわかっているのかいないのか適当な返事を返して、サラダを食べる。
光太郎はそのままパソコンを開き、株価のチェックをしだした。お前はマジで高校生か?
「げ、また下がってる」
「マジかよ?どこに取られてんだよ」
パソコンの画面を覗き込んだはいいが、ハッキリ言って見方がさっぱりわからん。でもグラフが上がったり下がったりしているのは分かる。右肩下がりしているから、良くないってことだけは分かるんだけどな。
光太郎はライバル社と言っていた会社を指差した。
「ここ?」
「そう。またこの会社の株価が上がってる」
「へぇ……なんだってまた急に」
「なんか数年前に入社した社員がすごい発言力持ってるみたい。若い世代の企画がヒットしてんだろうね。柔軟な会社ってのはわかんだけど」
「すげえな」
よくわからないけど、若手がすごいってことだな。
未来ある若者が育っていいことじゃないか。と、おっさんみたいな視線で見てしまう。
呑気な俺とは対照的に光太郎はため息をつき、ソファに寝転がった。
「やっぱ今日は帰んねえ。今帰ったら絶対八つ当たりされる。俺は忙しいのに、遊び惚けやがってとか言われる」
「親父さん?んなこと言わないっしょ」
「言うのがうちの親父なんだよ!もう今日はここに泊まってやる」
光太郎はお手上げと手を挙げた。できれば付き合ってあげたいけど、母さんから夕飯の準備ができていると連絡も来ているし、今日はそのまま帰路についた。
***
家に帰った俺はまず、自分の部屋に上がり、ストラスにポテトを渡してかじるのを見ながらスウェットに着替えた。
「そういやさ。今日光太郎の会社の株が下がってさ。親父さんが機嫌悪いみたいなんだ」
『株?』
ストラスは聞きなれない言葉にポテトを食べるのをやめ、こちらに向きなおった。
そっか、地獄に株なんかないもんな。ストラスはフクロウのくせに頭いいし、好奇心旺盛だ。聞いたことのない事や見たことのない物を知りたがる。でも俺もそんな上手く教えてあげられないんだよなあ。
「うん。俺もよく知らねえんだけど、それで会社の価値が決まるんだって」
『他人が評価するものなんですか?』
「そうそう。なんかその会社に投資する?的な?」
『ああ、なるほど。投資者が減ったと言うことですか?』
「多分そんな感じ。ンでさ、ライバル会社が株を取っちゃってさ。光太郎の会社の利益が下がってんだって」
『ビジネスには山あり、谷ありですよ。仕方のないことです』
「そうなんだけど。なんかライバル会社は新入社員が上の役員よりもすっげー発言力持ってんだって。そいつ、立場的にも下なのにメチャクチャ待遇いいんだってさ」
『ふうん。なんだかきな臭いですね』
「まさか。ただ単に優秀ってだけだろ。んじゃ俺メシ食ってくるから」
ストラスにそう言い残しリビングに向かうと、既に皆は箸をつけており、割り込む形で席についた俺に父さんが顔を上げた。
「拓也。光太郎君の会社、苦戦してるようだね」
飯を食おうとした瞬間に父さんの口からその言葉がでた。あ、父さんも知ってんだ。
「父さん知ってんのか?」
「光太郎君のライバル会社はうちと取引しててな。今日行ってきたんだ。なんでも入社六年目なのに一大プロジェクトを手掛けてる社員がいてな」
海老フライを食べるのをやめて、父さんの話に参加した。
父さんの会社でもすごいって言われてるんなら、本当にすごい人だな。光太郎の親父さん、そいつを引き抜けば無敵なんじゃね?
「そいつの話、光太郎がしてた。プロジェクトが成功したら株がまた下がるって」
「光太郎君の会社は大企業だ。あのくらい下がったところですぐに盛り返すさ。でも今日会った青年は、なんだか不思議な感じでなぁ」
「不思議?」
「なんだかすごい威圧感というかな、逆らえない様な雰囲気があったんだよ。ああ言うのを威厳って言うんだろうな。しかし若いのに立派だ。彼、業績はもとから優秀だったが、会社の方針が不満でよく上司と問題を起こしていたらしい。業績が優秀だからクビされなかったらしいんだがな。でも最近、急に彼の言った案が通りだしたらしくてな。そのおかげであんなに株が上がったんだが」
「急に……」
最近とか急にとかは悪魔に関係してるような響きだ。
俺は海老フライを口に含みながら、少し考えた。
「もう貴方、拓也にそんな難しい話をしなくてもいいじゃないですか。せっかくのご飯なのに、もっと盛り上がる話をしましょう」
母さんはこの話題が不満だったのか、話題を変えろと言ってきた。
父さんは笑って軽く肩をすくめ、この話はいったん終わりになった。
でも俺の中じゃ始まりだけど。
***
「ストラス、やっぱり悪魔が関係してるのかも」
飯を食い終わった俺は自分の部屋に上がり、ベッドに横になった。
ストラスは枕元で俺を覗きこみ、首をかしげた。
『さっきの会社の話ですか?』
「おう。なんかその社員が力を持ち始めたのが最近らしいんだ。別に悪い事じゃないんだけどさ、なんか、急に全部そいつの思い通りになってるっていうか……父さんが言ってたんだ。逆らえないような妙な威圧感があったって」
『そう申されても調べてみないことには……』
「でも調べるっつってもなぁ……大企業の人間なら会うのも難しいし、知り合いじゃないし」
『会えないのですか?』
「うん。多分入れてくんない。ていうか会わしてくんない」
『それでは調べようがないではありませんか。まったく不便な世の中ですね』
ほんとにね。
一般人だけど有名な会社の人間なら会うのって難しそう。残業って当たり前にあるんだよな。となれば何時に帰るかも分んない。そもそも張り込みたくても会社のボディーガードに追い払われそうだよ。これってどうすりゃいいんだろ?
俺はストラスと頭を捻ったが何も思い浮かばない。
『拓也、とりあえず明日行ってみましょうか』
明日ぁ?もう普通に学校あんだからそんなに夏休みみたいにできねえよ〜。それにここから丸の内までってかなり遠いじゃん。
俺はともかくストラスはそこまで飛んでくのって無理じゃね?
「無理。明日学校あるし」
ストラスはジト目に見てきたがそんなことされてもしょうがない。だって無理なもんは無理なんだし……学校サボるわけにはいかないよ、俺優等生だから。とりあえず光太郎にそのことを教えるべく連絡をすると、返事はすぐに帰ってきた。思った通りかなり慌てている。
《マジで!?悪魔がやったのかよ!じゃあちゃっちゃと片付けようぜ!》
光太郎、親父さんのこと怖がってんな。
でも何も策なんかないので、俺はパソコンでその会社のことを調べてみた。
「なんにもわかんないなぁ」
やっぱHPなんかじゃ社員のことも載ってないし、細かいことわかんないな。この会社が何の会社かすら知らんし。企業概要見ても理解ができなかった。行かなきゃダメかこりゃ。
しかし夜に行かなきゃいけないのならまた母さんキリキリだろうなぁ。
ため息をつきながらパソコンの電源を切り、自分の部屋に移動した。
***
「拓也。その会社に殴りこみに行こうぜ!もう俺も頭にきてさ!マジでとばっちりばっかだよ!俺昨日電話かかってきて怒られた!!早くなんとかしてくんないと!」
翌日、学校に着くと、光太郎はカンカンになって俺の机を叩いてきた。こわっ!
あまりの威圧感に返事ができず、とりあえず落ち着かせようとしたが光太郎の怒りは収まらない。
「まだ確定した訳じゃ……」
「ちょっとでも怪しいなら調べるべきだろ!!」
光太郎さん目が据わってますよ。
「おーなんだよ広瀬。今日はテンション高いなー」
「中谷、今は光太郎を茶化さないほうがいいって」
事情を知らない中谷がヘラヘラ笑いながら俺の机にきた。中谷に一応忠告しておいたが、この程度の忠告じゃ理解できないだろう中谷は頭に?を浮かべて、光太郎の肩を叩いた。
「なんかあったんか?広瀬」
ああ……俺はちゃんと忠告したのに。
光太郎は中谷をギッと睨み、自分の今までのことをマシンガントークで話した。
「なんつーか……大変だったんだな」
中谷は半ばその勢いに引き気味になって曖昧な笑みを浮かべた。多分途中からナニイッテンノカワカンネーって顔してたから半分も理解できてないだろう。そんな中谷の適当な反応に真面目に聞けとか言う余裕もないのか、光太郎は握り拳を作りながらいまだにブツブツ言ってる。
よっぽどムカつくんだろうなぁ。かわいそうに……なんとなくいたたまれなくなって軽く光太郎の肩を叩いた。
とりあえず、光太郎に押されて今日その会社に行ってみることにした。
***
放課後、ストラスを連れて俺と光太郎は会社の前にきた。
改めてみるとすごいデカさ。本当に一流企業って感じだ。
「なんかトイレ行きたくなるな」
「ちびんなよ拓也」
ちびんなっつったって……俺こんなでかい会社をこんな近くで見ることなんか初めてだし、ちびるに決まってんじゃん!
ちゃんと入口の前にはボディーガードが立っている。中には美人な受付嬢がいるんだろうなぁ〜。
にやける頬を引き締め、会社をまじまじと見つめた。
「でも入れそうにないなぁ……あんなごついおっさんが立ってんだぞ?俺とおまえの二人が力ずくで行ったって跳ね返されそう……」
「拓也、指輪で何とかしてよ」
もちろん常識から考えてそんなことしないけど、でもこのままじゃ入れないし。
光太郎までもが当てにならない俺の指輪に頼ってくる。何とかしてよって何すんのよ。これに何お願いすればいいわけ?
おまえ相当だな。
「そんなこと言われても、どうしようもないし……あ、こんな時こそ!」
俺はポンと手を打った。
光太郎とストラスが俺の顔を覗き込んでくる。
「そうだよストラス!シトリーだ、シトリーに頼もう!また呼び出してくれる!」
『ほ、ほう』
ストラスは多分肯定してんだろうな。頷いてる。
俺は急いでマンションに電話した。
『はいは〜い。誰ですか〜?』
「あ、ヴォラク?俺」
『おれおれ詐欺はお断りでーす』
「馬鹿!違うよ!拓也だって!!てかなんでそんなの知ってんだ!?」
『なんだ拓也かぁ〜。だってセーレがそう言いなさいって言ったから』
セーレどんだけしっかりしてんだ。電話の取り方も教えこんだのか。
「シトリーいる?ちょっと力貸してもらいたいんだけど」
『シトリー?いるけど今日バイトの日』
なに?そうだったっけ?昨日もバイトだったのに?不規則にやってんなよ〜
受話器からはシトリーの声がかすかに聞こえる。
たぶん今は出れないっつってんだろうな。シトリーだけが頼りなのに……
「じゃあ明日は?」
『明日?シトリー大丈夫?』
シトリーは無理といった。
『無理だって』
「ちょっと変わってくれ」
なんか腹立ってきた。
ヴォラクの声が聞こえ、シトリーが電話に出た。
『なんだよ〜。時間ないんだから手短にな』
「お前、今日はバイトだからわかる。それはわかるけどな。でもなんで明日も無理なんだ?」
『明日はバイトの奴らと合コンなんだよ。かわいい子がいたらお持ち帰り〜♪なんちゃって』
なにぃ!!?
「バカたれ!こっちはそんな状況じゃねぇっつうのに何やりたい放題してんだ!」
『なんだようるせーなぁ。なんかあったのか?またこないだみたいに俺をこき使う気か?』
「ああ、なんか多分悪魔が関係してんじゃないかなぁって」
『肯定すんな。ふーん。多分だろ?確信を持ってから連絡してくれぃ』
「ちょちょちょ、ちょっと待ってくれよ!!なんか怪しいんだって!!」
『はぁ……状況は?』
俺は状況をすべて報告した。
『ふーん……でもそれが悪魔かどうかもわかんねぇし?それにそういう種類の力を持つ悪魔ってかなりいるんだぞ?やだよめんどくせぇ。誰がやるかい』
このやろ―――――――――!
ストラスが俺の携帯によってきて小声で声を出した。
『シトリーもしかしたらパイモンかもしれません』
『パイモンだって?』
シトリーの声が急に変った。
パイモンって……たしかストラス前に名前だしてたよな。よく覚えてないけど。
シトリーは少し無言になって意外な言葉を発した。
『わかった、明日はキャンセルして付き合ってやるよ。ありがたく思え』
あれ?なんだ急に?
「お、おう。助かる」
『あと一々取り次ぎめんどいからこっちにかけてくれ。番号は080−xxxx−xxxx』
「え?お前いつスマホかったん?」
『あー二台持ってるやつが使わないからって理由で貸してくれてんの。金は俺持ちだけど』
すごいな友達。俺だったら貸さないね、こんな奴に。
俺はあわてて鞄からメモ用紙とペンを出し、番号をメモった。
「わかった。サンキューな」
『おう。じゃぁ俺もう行くから』
「はーい」
切れた。俺は紙切れを制服のポッケに入れて光太郎たちに向かい合った。
「今日は来れないから帰ったほうがいいかも。明日シトリー来てくれるって」
「え、明日……わかったよ」
光太郎は一瞬戸惑ったが頷いた。
俺は光太郎と別れ岐路についた。人通りのない住宅街でストラスに話しかける。
「なんで急にシトリー協力するって言い出したんだろ?」
『おそらくパイモンだからですよ』
「パイモンだから?」
『パイモンは絶世の美貌の持ち主ですから。そこら辺の女性よりも美しいですからね』
合コンに来る女より絶対そいつの方が綺麗だからってことか……あいつらし。
「でも前、お前パイモンのことなんか言ってなかったっけ?」
『パイモンは悪魔の王ルシファー様の腹心中の腹心。ルシファーが最も信頼を置く家臣の1人です。それゆえにその力も悪魔の中では群を抜いています。サミジーナやマルファスよりも遥かに強いですよ』
「え?」
そんなに強い奴がもう来ちゃうの?ヴォラクの言葉が思い出される。
“マルファス以上に危険な悪魔なんてまだまだいるんだよ!”
もしかして今回その悪魔に当たっちゃう?
なんか背筋が寒くなってきた。嫌な予感がするよ、危険でこわい……
***
?side ―
― その探し物は、案外近くにあるのかもしれない。
『お前がこんなところで丸くなっているのは意外だな。そんなに居心地がいいか?』
少し手狭な部屋は、お前には窮屈だろうな。パソコンに書かれている文字を目を細めて眺めている。もう少しで、探し物が見つかりそうな気がする。案外、向こうから来てくれるのかもしれない。
「悪魔が次から次へと地獄に戻されている」
『ああ、その話か。悪魔祓い師が活動でもしてるのか?』
「さあな。ただ、全て日本で起こっている」
世界各地に散らばっている悪魔のうち、討伐されたと言う話を聞いたのは日本のみだ。つまり、そういうことなんだろう。
「おそらく日本に指輪の継承者はいる。まあ、ゆっくり炙り出すさ。案外、向こうから来てくれるかもしれない」
『……気をつけろよ。指輪の力は俺達の天敵だ。いくらお前でも、最悪があるかもしれん。必要なら呼べ。援護してやる」
「お前の手を煩わせるまでもないだろう。ただ、ルシファー様の命だけは遂行しなければならない」
『お前とバティンが受けている奴か。無理はするなよ」
「ああ、わかっている」
その返事をしたと同時に気配を感じ、相棒は背を向ける。
『じゃあな。俺は戻る。お互いに武運を』
「……気を付けてマルコシアス。今この世界、何があっても不思議じゃない」
『大丈夫だ。お前は命令を遂行することだけを考えろ。俺の力が必要なときは呼んでくれ。すぐに駆け付ける』
「ああ、頼りにしている」
悪魔の気配が消え、代わりの気配が室内を満たしていく。バタバタと足を取を立て、勢いよく扉を開けた奴は、高揚が隠しきれていなかった。
「お疲れ様。今日の調子はどうでした?」
「最高だ。俺の意見はすべて通った。課長もおれにヘコヘコしてやがる」
青年は上着を乱暴にソファに投げ捨て、その隣に腰掛ける。その表情は嬉々としており、自分の実力を世間が認めたことに喜び震えている。
俺は、その手伝いをしたに過ぎない。元々の実力は備わっていたのだろう。ただ、やり方がまずかった。
「これもお前のおかげだ」
「いいえ。交換条件ですから、お互い様」
「お前の探しているものは見つかったか?」
「いえ、残念ながらまだ……なんとなくなら」
「ふぅん……まぁゆっくりやれ。このプロジェクトが成功したら俺は一気に昇格だ!このまま出世街道を駆け上がってやるぜ!」
「なるといいですね。コーヒー飲みます?」
「頼む」
青年はそのままソファに腰を掛けて握り拳を作った。この会社を立て直す!腐りきったあいつらに目に物見せてやる!その声を背中に受け、小さく笑った。独り言はどんどん大きくなり、勝負をかけないと会社は大きくならないんだ!俺は平凡な生活を送るために大学を出てここに入ったんじゃない!と会社の文句をBGMにコーヒーを淹れる。
全く、熱くなれるものがあって羨ましいことだ。熱血で、自分の信じる道を疑わない。他人に歩調を合わせることが苦手だが、妙なカリスマがある。先ほどまで側にいた相棒にどこか似ているこの男に好感を持っているのは確かだった。
― 俺の力でこの会社を日本一にしてやる!お前さえいたらその願いは叶うんだ!
そう目を輝かせて言われた時、自分の能力をこの男に与えてやってもいいと思った。こういう野心家は嫌いではないから。事の顛末を見守ってもいいと思えたのだ。
「コーヒーどうぞ」
「ありがとな」
俺の手からコーヒーを受け取り、口に運ぶ。その姿を確認して、再び作業に戻った俺の背中に言葉が投げられた。
「探し物が見つかったらいなくなるのか?」
「そのつもりです。目的がありますから」
「そうか、じゃあそれまでにプロジェクトを成功させて信頼を得とかないとな」
「貴方ならできますよ。一生懸命ですから」
このドライな関係が楽でいい。お互いに目的達成するまでの止まり木程度にしか思っていないからこそ、妙な情が生まれず、やりやすい。
お互い利害関係が一致しただけだが、それが今はとても有難い。
浅い関係の方が後が怖くない。
「お前がいてくれてよかったよ。パイモン」
その男の最大限の感謝の言葉に、俺は小さく笑った。