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第23話 夢の中の決闘

 『この時間だから人はいないな。これならどこについても平気そう』


 深夜の住宅街は閑散としており、人は歩いていない。上空から状況を見ていたセーレは人がいないことを確認し、金田のマンションの前に着陸した。オートロックではないため玄関の前に辿り着いたが、インターホンを鳴らしても金田は反応をしてくれなかった。



 23 夢の中の決闘


 

 最初は無視されているのかもしれないという淡い期待があったが、何度鳴らしても一向に反応がなく、やはり何かが起こったのだと確信して背筋が凍る。周囲の人間の迷惑も考えず、扉をたたき大声を出してしまった。


 「金田頼む!出てくれ!!」

 『無理でしょう。あの指輪の映像が本当なら、サミジーナに取り憑かれているのです。自分の意思で目を覚ますことは不可能と思います』

 「これ、壊しちゃう?」


 ヴォラクは扉をぺシぺシ叩いた。それだけはならん。終わった後のことも考えてくれよ!


 「駄目に決まってんだろ!もっと温厚な手段を考えろ!」

 「だけどさ〜どうすんのさ」

 『俺に任せて』


 セーレはどこから取り出したのか、ヘアピンを手に持った。なんだこのMIミッションインポッシブルのようなノリは……本当にそれで開けれたらセーレ、スパイとかで活動できるぞ。

 セーレは器用に鍵穴にピンを突っ込み、たいして時間もかけずに上手く鍵を開けたのだ。どうだ?というように少し自慢気に振り返ったセーレに思わずみんな拍手してしまう。


 「セーレ、芸達者だな」

 『あは、そう?』


 褒められたことが嬉しかったのか、恥ずかしそうに頭を掻いて懐にピンをしまい、ドアを開けると、金田を覆う黒い影、そして影の中には妙な空間が広がっていた。サミジーナの姿は見当たらず、ベッドで眠っている金田の目は固く閉じられている。


 「金田!」

 『駄目です拓也。サミジーナを倒さない限り、金田が眠りから覚めることはありません』


 金田を揺すったが全く目を覚まさず、顔を歪め苦しそうに呼吸を荒げている。軽く叩いてみても駄目だ。どんだけ深い眠りについてんだよこれ……

 しかもサミジーナを倒せと言っても、肝心なサミジーナの姿はどこにも見えない。


 「サミジーナはどこにいるんだ?」

 『おそらく金田の夢の中では……?』


 夢の中!?そんなの手の出しようがないぞ!一緒の夢に行くとか、そんなこと流石に指輪の力を借りてもできるとは思えない。というか、この状況で寝るとかもできないし。


 「じゃあどうするっていうんだ!」

 「拓也、あれ見てみて」


 ヴォラクが指さした先には、妙な紋様と空間。空間は黒くよどんでおり、人を飲み込むように渦を巻いている。もしかして、あいつはこの中にいる?


 『これはサミジーナの召喚印。サミジーナはこの中かもしれないですね』

 「多分、金田の夢とリンクしてるよ」


 ヴォラクは力を溜め、悪魔の姿に変身した。まさか、この中に入れってことなのか?

 中に何が待ってるかもわからないのに?何の策もなしに?


 『さ、討ち入りといこっか』

 「本当にこんな中にはいんのかぁ?」


 だってこんな危ないとこ、入りたくないじゃんか……

 足が動かず、気持ちが表情に出ていたのだろう、俺の顔を見てヴォラクが面倒そうに溜息をつく。あ、呆れられた。


 『始まった。拓也のヤダヤダ病が』


 病気じゃねえし!失礼なこと言うなよ!

 強がってヴォラクを睨みつけたが、足が動かない。澪もセーレの背中に隠れてのぞき込んでいるし、少なくとも飛び込めそうな気配はない。しかし中谷だけは好奇心の方が勝るのか、穴をジロジロと覗き込んでいる。よく考えればヴォラクと契約していたくらいだし、好奇心あるに決まってるよな。


 「なぁこれって入ったら帰ってこれるのかな?」

 『わかりませんね。サミジーナを捕まえてみないことには』


 そう、それ問題。帰ってこれないなら絶対入りたくない。そこを確約してくれない限りは入りたくない。ストラスも中がどうなっているか分からない状況では入れと簡単には言えず困っているが、そんな状況を打ち破るようにヴォラクが空間に足を突っ込む。


 『とりあえず入ってみないと始まらないってこと。行こう中谷』

 「わ!池上達も早く来いよ〜」


 ヴォラクは全く恐怖心がないのか、中谷の手を取って中に入ってしまった。

 中谷、お前は怖いもの知らずだな。俺チキンだから無理。


 『拓也、行きたくないならここで待っててもいいよ。多分、契約石のリンクが遮断されることはなさそうだから、最悪俺とストラスだけで中に入るのもアリだ』


 セーレは俺に気を使ってくれて嬉しいことを言ってくれたが、それはそれで罪悪感。というか俺と澪だけ残されて、あいつがこっちに出てきたときにまともにやりあえない。シトリー連れてくればよかったあ!向こうも仕事だから抜けれないだろうけどさあ!!仲間は多いに越したことないのにい!


 「いい。行くよ」

 『そう?無理しないでね。澪も無理ならここで待っててもいいよ』

 「一人で待ってる方が怖いもん。あたしも行く」

 『なら絶対に離れないでね』


 澪はセーレにしがみついて中に入ってしまい、俺とストラスだけが残される。俺もセーレに手をつないでもらえばよかった。ストラスと一緒とか心もとねえええ!!でもいないよりかはマシなんだよなあ!!


 『拓也、私達も行きましょう』

 「わかった。お前俺から絶対に離れるなよ」

 『拓也に言われるとなにか頼りないですね』


 ですよねー。ここは言い返さないよ。

 俺はストラスを抱え、空間の中に飛び込んだ。


 空間の中は重力がないのか、ふわふわしてる。宇宙にいるような感じ。行ったことないけどさ。

 目の前にはセーレの腕にしがみついてる澪とヴォラクと手をつないでる中谷がおり、追いつこうと足を動かすも距離は縮まらず、色々歪んでいるような、奇妙な空間に辿り着いた。


 「ここどこなんだ?」

 『彼の夢の中みたいだけど、よくわからないんだ。静かで、何もない……』


 これが金田の夢の中だと言うのなら、一言でいうと無だ。こんな空間の中に一人でいる金田が心配で一刻も早く見つけなければいけない。しかしヴォラクが何かを感じたのか、急に剣を抜いた。


 「ヴォラク?」

 『なんかくる……』


 ヴォラクがそう言った瞬間、化け物が飛びかかってきた。

 俺たちは驚いて、そのまま動けなくなってしまったが、ヴォラクは剣を振り回し、その化け物を一刀両断でたたっ斬った。化け物はその場に倒れ、砂のように崩れていくが、いきなりの展開に心臓が止まりそうだ。


 「なんだこいつ……こんなの初めて見た」

 『こいつはサミジーナの使い魔。やっぱり彼はここにいるみたいだな』

 『夢の中なのに随分と安らぎのないことです』

 『レベルの低い悪魔なら召喚門の漏れから召喚できるのかもね』


 ヴォラクの言葉にセーレは頷いた。サミジーナの使い魔ってことは部下なんだよな?じゃああいつが悪魔を召喚して使役してるって言うのか?


 『確かにこの悪魔たちはサミジーナの使い魔の中でも下の下の悪魔だからな。』

 『それって俺達もじゃあ部下呼べるってこと?』

 『試したことはないけど多分ね。ただ、この状況で呼べると思う?』

 『まあ、無理ですね』


 意味はよくわからないけど、とりあえずヤバいことを話しているってことはわかる。シトリーの言っていた召喚門、それが緩くなったら一体どうなるっていうんだ?

 セーレやストラス達は何か感づいてたみたいだけど、俺にはさっぱりわかんない。ついていけない話に無理に入る必要もなく、あたりを眺め、セーレ達の手まねきに頷いて足を進める。

 俺たちはそのまま異次元のような世界を歩いていった。


 「歩いても何も見えないし、たどりつかない。本当に夢の中なのか〜?」

 『もしこれが夢なら、彼の心の闇がうかがえますね……』

 「あっ、おい!アレ何だ?」


 中谷が指さした場所には一つの家があった。

 周りの空間とはまったくかけ離れた綺麗な光景。近づくとそこだけが光っていて、それは庭に囲まれた小さな家だった。そこには一人のおばあさんとその膝で眠る子供の姿があった。おばあさんは子守歌を歌いながら、少年の頭を優しく撫でており、子供は安心しているのかグッスリと眠っている。

 まさか金田と……金田のばあちゃん?


 『これは夢の中の彼の記憶でしょうか……?』


 ストラスもこの光景をマジマジと眺めている。金田のばあちゃんは俺達が見えないのか、近づいてもなんにも反応しない。しかし空間が歪んでいき、足場が崩れていくような光景にバランスを崩しながらその場に踏みとどまるち、家はグニャリと崩され、また別の場所の光景が浮かんできた。


 「学校?」


 それはどこにでもある小学校だった。学校が終わったのか、子供達はみんな公園に行こうだの、家に行こうだの楽しそうに盛り上がっている中、リュックを背負って俯いて歩いて行く一人の子供をクラスメイトが呼び止めた。


 「真吾ー今からサッカーしよう!」

 「ごめん。俺、今日塾だから……」

 「またかよ。いっつもじゃん!」


 よくある子供の非難を受け、幼い金田は小さな声で謝罪を入れるも、断られた少年は不満そうに唇を尖らせた。


 「真吾誘っても無駄だって。あいついっつも断るもん。俺たちだけでやろ」


 子供の一人が金田を誘った子供を引っ張って、金田を中傷する。それに対して何も言い返さず、俯いたまま、金田は教室から出ていった。今日、金田が言っていた。友人と遊んでみたかったと。あんな幼い時期から予定ぎちぎちのスケジュールを組まれ、友人と遊んで帰る時間すら与えられなかったんだ。


 『この世界……彼の光と闇を映しているのかな?』


 セーレは同情しているのか、眉間にしわを寄せて、その光景を見ている。塾に向かっている金田はクラスメイト達がグラウンドでサッカーをしている姿を見てつぶやく。


 「いいな。俺も皆と一緒にあそびたいな……」 


 金田がそうこぼした瞬間、またも空間が歪んだ。今度は何だよ!?

 再び空間が歪み、ハッキリと周りが見えないまま、叫び声だけが聞こえた。


 「塾もサボって何やってたの!?」

 「ごめんなさい!ごめんなさい!」


 叩かれる音と泣きながら謝る声、怒る母親の怒声。どうやら塾をサボって友人と遊んだことがバレて母親に怒られているようだった。金田は泣きながら勉強をちゃんとするから、友達と遊びたいと訴えているのに、母親はそんな金田の言葉を無視するようにノートで思い切り頭を叩く。


 「馬鹿なこと言わないで!あの婆のせいで、有名私立に受験できなかったのよ!?あんたはこんなに頭がいいのに、今の小学校じゃ進学校の子に遅れをとるわ。あんな子供と遊んじゃダメ。貴方が遊んでいる間に、他の子はどんどん進んでいるのよ!」

 「う、ううう……でも、俺、ちゃんと頑張るから」

 「だったら私の期待に応えて!!恥をかかせないで!!私の言うことを聞きなさいよ!!!」


 ヒステリーを起こした母親が辞書を投げつけて、それが金田の顔に当たり痛みでうずくまる光景に、相手が過去の映像だとしても耐えきれず飛び出しそうになった。


 「これ虐待じゃん……」


 中谷も顔を真っ青にさせ、その声を聞いている。駄目だ、金田を助けないと。こんな場所から一刻も早く連れ出さないと……!

 そしてまた空間が歪み、新しい光景がでてきた。金田のばあちゃんだ。


 「真吾、本当に勉強がしたくないんなら無理にいい中学に行かなくてもいいんだよ。あんたの好きなことをやればいい。ばあちゃんはいつだって真吾の味方だよ」


 その光景はさっきまでの光景とは違い、明るくて暖かい物だった。

 金田はそのまま涙を流しながら、頷いてばあちゃんに抱きついていた。期待され過ぎることがどれだけ重荷か。やりたいことをできないことがどれだけ苦痛か……この光景でハッキリとわかった。


 そして空間が再び変わっていき、今度は病院の映像が映し出された。

 

 「すみません。私たちの力が及ばなかったばかりに……」


 医師たちは金田たちに頭を下げている。

 しかし金田は医師に掴みかかって声を荒げた。


 「簡単な手術って言っとったやないか!?なんで死なせたん!!」

 「真吾やめろ!」


 父親が金田を医師から引き離し、泣き崩れた金田を見て、医師は申し訳なさそうに顔を伏せたまま再度謝罪をした。しかし父親と母親は極めて冷静で医師に頭を下げ、お世話になりました。と挨拶をしている。

 ここだけを切り取ったら、理解のある親族と思われるだろう。父親も母親も泣いて頭を下げているのだ。しかし二人は悲しい気持ちともう一つの気持ちを持っていた。


 「でも母さんがいなくなってくれて少しだけ楽になったよ。母さんは真吾に大学に行かなくてもいいとか言ってたからな。本当に余計なこと言ってくれるよ」

 「本当ね。真吾もそのこと真に受けちゃって……その件に関しては、いい迷惑だったわ」


 葬儀の最中の父親と母親の会話だ。

 大切な人が死んだってのに……そんなこと思ってたのか!!?


 『哀レナ少年ダロウ?誰モ信用デキナイ世界ニ一人取リ残サレタ…』

 『この声は……サミジーナ!』


 ヴォラクが声が聞こえた方に走っていくも、姿は見えない。この空間自体があいつのテリトリーなら、好きに移動できるのかもしれない。


 『ダカラナノカ……私ヲ見テモヒトツモ驚カナカッタ。面白イ少年ダ。ソレ故ニ興味深イ。コノ世界ニ取リ残シテモ可哀想ダ。私ガ連レテ行ッテヤルノダ』

 「天国ならまだしも地獄なんて行っても嬉しくねーぞ!!」

 『コノ純粋スギル少年ニコノ世界ハ酷ダ。ソウハ思ワンカ?』


 金田の言う誰も味方がいないと言う発言の意味は分かった。両親との仲も悪く、唯一の心安らげる場所だった祖母の死から立ち直れていないことも。それでも、お前なんかと一緒に地獄に落ちることを、あいつが望んでいるわけがない!!


 「だからって、お前が金田を好きにできる権利なんてねえだろ!!」

 『別ニ構ワナイダロウ?アノ少年モソコマデ生ニ執着シテナドイナイ』


 確かに金田は死んでもいいって言ってた。これは金田の思いが巻き起こしたものなのか?


 『いい加減にしなさいサミジーナ。貴方に人の生を左右する権利は持ちません。金田に全て任せておけばいいのです』

 『ダガモウ遅イ。コノ少年ハ地獄ニ送ラレル。オ前達ガコノヨウナ幻影ヲ見テイル間ニネ』

 『まさかこれって時間を稼ぐために!?』


 いそがねえと金田が!!

 セーレはジェダイトを召還し、飛び乗った。


 『拓也!ジェダイトで探すぞ!!乗ってくれ!』

 『セーレ。急いでください。我々はまずこの近辺を探してみます』

 『わかった。行くぞ!』


 何とかジェダイトによじ登り、俺とセーレは二人で金田を探しに向かった。ていうかヴォラクいてくれないと心細いんだけど、もう言うには遅い。風のようなスピードでジェダイトは夢の中を駆け抜ける。しかし行けども行けども外には暗い空間が広がっているのみで、金田らしき人物は見つからない。


 『くそっ……どこにいるんだ?急がないと……』

 「セーレあそこ!何か見える!」

 『あれは逆さ十字!?』

 

 真っ暗な暗闇の中に巨大な逆さに飾られた十字架が立っていた。いや、そびえたつと言う方が正しいだろうか。俺たちは近くに行き、逆さ十字を調べた。

 不気味で禍々しいのに、なんだか神々しいような、妙な逆さ十字の下に探していた人物はいた。


 「金田!」

 『なに!?』


 逆さ十字の下で倒れている金田を発見し、ジェダイトから降りて駆け寄る。気を失っている金田はいくら揺すっても起きる気配はない。


 「金田しっかりしろ!金田!」

 『ソノ少年ハ今カラ私ノ世界ニ放リコマレルンダヨ』


 頭上から響いた声。上を向くと、そこにはサミジーナが立っていた。


 「サミジーナ……」

 『久シブリ、トデモ紡グベキナノカナ?継承者ヨ。遅カッタヨウダナ』


 思い切り後ろ足で蹴飛ばされ吹き飛んだ俺は腹部に感じた猛烈な痛みに咽る。セーレが駆け寄りサミジーナを睨み付けるも気にもせず、金田の頬に顔を寄せた。


 『コノ少年ハ地獄ヘノ穴ニ引キズリ込マレル。モウ目覚メルコトハナイ。ナニ、モトヨリコノ少年ハ生キル意志ヲ持ッテイナカッタノダ。悲シムコトモナイ』

 「ふ、ざけんな!金田を返せ!」


 大声で怒鳴ってもサミジーナは俺を小馬鹿にしたように笑い、空間を広げた。ただでさえ真っ暗な空間にいるってのに、新たに出現した空間は淀んでいて一瞬先の景色すら見えないくらいの暗闇が広がっている。


 『見ロ、コノ空間ヲ。カルタグラヘトツナガル世界……入ッタラ二度ト出ラレナイ』


 金田の体が宙に浮き、走り出そうとした俺をセーレが止める。金田は意識を失ったまま、サミジーナの空間に引きずり込まれてしまった。

 嘘だろ……俺は、助けるって言ったのに……こんなの納得できるか!こんなの認めねえ!!!

 手を振り払い空間に向かって走り出した俺をセーレが大声で止める。


 『止せ拓也!!』


 セーレの制止も無視して俺は穴へ顔をのぞかせた。


 「金田、聞こえるか!?金田、頼む!返事してくれ!!」

 『無駄ダ、地獄カラ生還シタ者ハ今マデ一人モイナイ。堕チルンダヨ』

 「そんな事させてたまるか!!」

 『ナラ貴様モ堕チルガイイ。ソシテ地獄ノ淵カラ連レテ来イ!』


 サミジーナが叫んだ瞬間、空間から吸い込むような風が吹き出てきた。


 「え?ちょっまっ……!」


 思いっきり穴を覗き込んでいた俺は、当たり前の如く穴の中に吸い込まれた。セーレが俺を呼ぶ声が聞こえ手を伸ばすも、全て塗りつぶされていくようにセーレの姿は一瞬で見えなくなり、暗い世界に閉じ込められた。


 『自ラ突ッ込ムトハ……馬鹿ノスルコトダ』


 ***


 「何だよココ!?くそおおお出せええええ!!」


 俺は訳の分からない空間でフヨフヨ浮かんでいた。吸い込まれたからどこかに叩きつけられるとか、バラバラになるとかの最悪の未来を想像したけど、今のところは何も起こらない。


 <苦しい。助けて……誰か>


 なんの声だ?声のする方へ平泳ぎのように体を動かして前に進んだ。重力を感じないこの場所は足が地面についている感覚もなく、走ってもあまり前に進んだ気がしない。しかし声がどんどん大きくなるから、確実に近づいているってことは分かるんだけど。

 そして俺は前に進んでいると、横になって倒れている金田を発見して、慌てて呼びかけた。


 「金田!」


 呼びかけにやっと目を開けた金田を見て安堵の声が漏れた。


 「ん、んぅ……お前は……」

 「よかった!目覚ましたか!お前、こんなとこに吸い込まれちまってたんだぞ?」

 「ここはどこだ?地獄か?」


 地獄みたいなことをあいつは言っていたけれど、実際問題ここはどこなんだろうか。返事ができない俺に金田は巻き込んでしまって済まないと謝罪を入れて、辺りを確認する。


 「なんかそうらしいけど……でもお前の夢の中から来たんだ。本当の地獄かどうかは」

 <助けて誰か……>

 「またこの声!?」


 先ほどの声は金田にも聞こえていたようで二人で辺りを探してみるも、声の主は一向に見つからない。


 「こんなとこで時間潰してらんないのに」


 ていうか早くセーレと合流してストラスたちに会わなきゃいけないのに。ここは嫌だよ。

 そう思った瞬間、俺と金田はいきなり足をつかまれた。


 「うわ!」

 「ぎゃ!!」


 何が起こったのか理解できずに足元を見てみると、全身肌のただれたもう男だか女だか分んない奴らが足を引っ張っていた。

 ぎゃ――――――!バイオレンス!!

 俺と金田は足を振り回し、必死になってその手から逃れた。しかし前を見ると、そこにはゾンビのような人間がワラワラ立っている。もしかしてさっきの声ってこれ??ちょお、これ怖いんですけど!早く逃げなきゃ!


 「金田こっち!」

 「お、おう!」


 俺は急いで、来た道を反対方向に走った。でも先ほども感じていた通り重力がないのか、走っても走っても体がそんなに前に進まない。こんなに走ってんのに!これじゃ体力だけを消耗してしまう!

 必至で足を動かして、とにかく前に進んでみるが、どんなに走っても俺を吸い込んだあの空間の入口 が見えない。そんな状態が数分も続けば息が上がりペースも落ちてくる。


 「なんで?もうかなり走ったのに……」


 後ろには未だにあの化けもの達が追いかけてくる。しかし出口は見つからない。


 ***


 ストラスside ―


 『ストラス、いた!』


 私たちが金田を探していると、血相を切らした顔のセーレがっ戻ってきました。しかしジェダイトに拓也は乗っていない。


 『セーレどうしたのです?そのように急いで……拓也は?』

 『サミジーナにしてやられたよ。異空間に連れて行かれた』

 「なんだってぇ!?」


 中谷は唖然とし、澪は顔を真っ青にしました。

 これはいけない。早急に手を打たねば……しかし異空間に連れていかれては……


 『まだ時間が立ってないならこっちに引きずりだすこともできるよね?サミジーナを急いでとらえなきゃ』


 ヴォラクの言うとおり。それしか手がありませんね。頼りになって頼もしい。彼が拓也を守る契約を立ててくれてよかった。私たちはジェダイトに乗り、サミジーナのいた場所までジェダイトを走らせました。

 ジェダイトを走らせて二分弱、目の前に逆さ十字が見えてきました。


 『あそこにサミジーナはいた』

 『逆さ十字かぁ。薄気味悪いもんつけてんなぁ……馬鹿じゃん』


 ヴォラクはうへぇ……と嫌そうな顔をした。十字架を持ち出す等、何を考えているのか。それは天使の道具であって我ら悪魔の道具ではないはずなのに。しかし逆さ十字は悪魔には好都合のアイテム。

 サミジーナはこれを使って力を蓄えているのでしょうか?

 私とヴォラクはジェダイトから降りて辺りを散策しました。


 「俺も探す!」

 『駄目だよ。いつサミジーナ出てくるか分んないもん。ジェダイトに乗っててよ』


 中谷も探すことを申し出ましたが、ヴォラクは首を横に振りました。それが正解です。これ以上異世界に連れていかれては堪りませんからね。しかし異世界に通じる扉など、どこにも見当たりませんね。

 ヴォラクも不思議に思ったのか首をかしげています。


 『懲リモセズニヨクモマァ』


 その時、私たちの頭上から声が聞こえました。

 上にはサミジーナの姿。どうやらここで間違いはないようですね。


 『サミジーナ、拓也返せよ。そうしたら半殺しで許してやる』


 ヴォラク、やる気満々ですねぇ。しかも返しても半殺しですか。


 『ククク……否ト言エバ?』

 『ぶっ殺してでも返してもらうよ!!』


 ヴォラクはフォモスとディモスを召喚し、剣を構えた。


 『私ヲ殺セバ継承者モ契約者モ二度トコノ世界ニハ戻レナイ』

 『なんだって?』


 サミジーナはクククと笑いながら私たちの目の前に降りてきた。


 『異世界ハ異世界ダガ、私ノ異世界ハ私ノ空間ダ。私ヲ殺セバ門ハ二度ト開カナイ』

 『まさか貴方は』

 『私ガ連レテ行ッタノハ死ノ世界。死者ノ国ダ』

 『あぁ、そういえばあんた水死した人間を降霊する力があったね。悪趣味』


 ヴォラクは反吐がでるよといい、サミジーナを睨みつけます。これでは迂闊に攻撃ができません。

 拓也と金田を人質に取られたようなものです。まったく拓也は何をしているのでしょう。


 ***


 拓也side ―


 「くんなくんな馬鹿やろー!散れ、散れ!」


 そうすればいいかわからず、段々と混乱していき言葉も通じないのに、手で追い払うジェスチャーをするも、あいつ等はこっちに向かってくる。もうどうすりゃいいんだよこんなの―――!!!


 「言葉が通じるわけないやろ!もっと逃げんね!」

 

 金田が服を引っ張って先に進む。でもやっぱりなかなか先に進まない。こっちはどんどん体力を消耗していくのはあっちは全然平気でどんどん追いかけてくる。これって急いで出口探さなきゃ絶対捕まっちまうよな……そんなの想像したくない!捕まったら絶対食われる!!そんな感じがする!くっそぉ!いい加減腹たつなもう!もうこの際何でもいいわ!またこの指輪が奇跡を起こしてくれるのを期待するしかない。

 天使が監視していると言っていたならば、今の俺のこの状況を見て助けようとか思わないのかよ!?


 「なんとかしてくれよ!こいつ等やっつけてくれよ!」

 「お前そんなもんに話しかけて大丈夫か?」


 指輪に声をはりあげて懇願するも、全くと言っていいほど反応を見せない。それでも他に方法がなくて何度も同じことを訴える俺を金田はついに頭がいかれたかとでも言うように見てくる。

 その同情の視線に突っ込む余裕もなく、指輪にしつこくお願いを続けると指輪がかすかに光った。反応したんじゃねえの!?


 「頼むって!なぁウリエル!お前また出てくれよ!」

 『うっせーなぁ……少しは自分で何とかしろよバーカ』


 ウリエル!って、てめえはいきなりそれかい!?自分で何とかしろとか、俺はお前とは違うんだぞ!!何偉そうなこと言ってんだよ!


 「お前、この状況わかんねえのか!?危険なんだよ!」

 『知るかよ。そんな奴ら頭切り殺せ。それでおわんだろ?』

 「できるかボケ―――!」


 漫才じゃねえんだぞ!!頭切り殺せって俺ら丸腰なのに??意味わかんねえこと言うな!!

 しかし指輪ごとウリエルを怒鳴りつけると、向こうも俺の相手をするのが煩わしくなったのか溜息をついて、仕方がないとつぶやいた。


 『注文の多い奴だな。しょうがない、いっちょ力貸してやるか。おいお前、使いたい武器か何かあるか?』

 「そんなんあるか!どれも嫌だよ!」

 『ゴタゴタ言ってんじゃねーよ。じゃあ俺と同じので行くぞ。念じろ』

 「念じるって何を!?」

 『剣の形だ。念じた剣がお前に出てくるはずだ』


 そんな……ていうか結局俺が戦うのかよ!?

 とりあえず今は言われたとおりにするしかない。流石に丸腰はまずいので、ウリエルに言われた通りに念じてみた。形なんて思いつかないから、とりあえずゲームの剣の形を頭に思い浮かべると、指輪が光り、宝石がちりばめられた剣が出てきた。


 「なんだこれ……すげぇ」

 『早く持てよ。それがこれからのお前の武器なんだからな』


 恐る恐る剣を手に取ってみると見た目結構ゴツいわりに意外と重くない。これなら振り回せそうだ。

 いきなり現れた光輝く剣の登場に俺だけじゃなく、金田もその光景を呆然と見つめていた。しかしこれで仕事終わりとでも言うように、ウリエルの次の言葉に頭に冷水をかけられた気分になる。


 『それをとにかく振り回せ。あいつ等見たところ素手だし?余裕だろ。じゃあな、もうしばらく連絡してくんじゃねえぞ』

 「おい、おい、お―――い!」


 ウリエルはそう言うと、面倒くさくなったのかそのまま連絡を切ってしまった。それ以降はこっちが何度呼びかけようが怒鳴ろうが返事がない。完全に切りやがった。こんちくしょうめ!ええい、もうやるしかない!!とにかく、あいつらをどうにかしないと逃げ回ってばかりで既にヘロヘロだ。


 <浄化の剣……浄化の剣だ>


 これってそんな有名な剣なの?剣を持った瞬間にゾンビたちがざわめき後ろに後ずさった。なんかあいつ等引いてくぞ?いや、これならこれでいい。戦いたくなんかないし。そのまま威嚇するように剣を振り回すと、さらに後退していく。よし、これで時間を稼ごう。

 しかし世の中そんなに甘くない。ゾンビたちはこちらを向き直ったと思ったら聞くに堪えない声をあげてこっちに全速力で襲いかかって来た。


 「わわわわわ!」


 何これ怒らせたのか!?慌てて俺と金田は逃げ出すも、ゾンビの速度が今までと段違いで速い。なんでこんなに速いの!?こっちはへとへとなのに、向こうは速度を増して、ゾンビたちはどんどん俺たちと距離を詰めてくる。


 「うわっ!」

 「金田!」


 ゾンビの手が金田をとらえ、体勢を崩して倒れた金田は振り払おうと必死に腕で相手を振り払うように動かしたが、相手の数は半端じゃない。わらわらと集まってきたゾンビは金田にどんどん迫っていく。今にも食いかからんばかりに。


 「くそ!金田を……放せぇ!」


 思い切り、剣を振り上げゾンビの手を叩き斬った。ゾンビが悲鳴をあげた隙に金田は覆いかぶさっていたゾンビを蹴りあげ立ちあがり、なんとか群れから脱出する。とっさに行動してしまい、冷汗がでたがどうにかなったようだ。この剣は使える。俺の腕力一つで相手の腕をたたっ切れたんだ。いざというときは戦える。

 ゾンビたちは俺を睨みつけ、怒りの咆哮をあげた。


 「怒らせちゃった……」

 「逃げろ!」


 金田と俺は疲れた足を引きずって再度前へ走りだし、ゾンビ達も逃がすまいと必死で追いかけてくる。剣を握り締めながら必死に走る。死にたくない!こんなところで死にたくない!


 『お前、まだそんなとこでウロウロしてんのか?』


 え?またウリエルの声。向こうはまだケリがついていない状況に呆れているようだった。


 『その剣は浄化の剣。俺たちの力の結晶でもある。お前は俺たちの力の一部も使うことができるんだぜ?その力を使え』

 「そういう説明は前もってしろよ!!んで、その力って!?」

 『あーそうか。お前は俺たちの力を知らないんだな……これだから無宗教の奴は面倒くさいんだよ。とりあえず風のイメージを剣に向けろ。剣が光を帯びてきたらそれをあいつ等にぶつけてやれ』


 そんな事、急に言われても……でもこのままじゃ俺たちジリ貧だ。ここは嘘でも何でもやるしかない。生きてここから出るために。

 俺は剣を見つめて風をイメージする。こいつ等を倒せるほどの風……俺の中ではそれは竜巻のような物しか思い浮かばない。剣を見つめて竜巻を頭の中に思い浮かべた。


 「おい池上?」


 金田は逃げないのか?とでもいうような目で俺を見つめてくる。

 ゾンビたちはどんどん距離を縮めていく。それに心臓がドキドキしているが、それでも風をイメージし続けた。


 「あ!?」


 光った!剣が光り輝きだした!!あとはこれをぶつけるだけ!!

 ウリエルに言われた通り、剣をゾンビたちに向けた。剣の光はどんどん大きくなっていき、ゾンビに狙いをつけて剣に大声で命じた。


 「頼む!行ってくれ!」


 その瞬間、剣から竜巻のような風が吹き荒れ、ゾンビたちに直撃した。

 ゾンビたちは風の強さに耐えきれなかったのか、吹き飛ばされたか、そのまま風に体をボロボロに壊されていき、目の前のゾンビ達が全ていなくなったことに力が抜けた金田が座り込んだ。


 「すげえ……」


 これ、本当に俺がやったのか?俺が魔法を……?

 金田もこの光景を驚いて見ている。ていうか口が開いてる。やっとゾンビから解放されゆっくりと出口を探せる。


 「でも、どうやって出るんだろ……?」


 剣を握り直し、空間の天井を見上げた。どこを見ても、出入り口なんて見つけられない。ストラス達も来てくれない。多分向こうも探してくれているとは思う。セーレがサミジーナから逃げていてくれれば。多分大丈夫だろう、セーレのあのスピードにきっとあいつは追いつけるはずがない。問題はどのくらいかかるか。もし一週間とかかかったらどうしよう。


 「自分でなんとかするしかないのか……?」


 ヤダよ、誰か助けてよ。俺マジでどうすればいい?

 泣きそうになってしまい、項垂れていたけれど、金田の声に現実に引き戻された。


 「お前のその剣……」

 「あ、なんかよくわかんないけど……」

 「それ、お前の契約悪魔の加護的なやつなんか?まあいいよ、これのおかげで助かった。その剣でこの空間ごと壊せんか?」


 この空間を壊す?金田の言っていることが分からなくて首をかしげる。


 「どういうことだ?」

 「俺たち、この空間のどこかからここに来たやろ?入口があって出口がないなんてことはあり得ない。やけんサミジーナは出口隠しとると思うんよ。お前のその魔法なのか?それでこの空間自体を攻撃したら出口が出てくるかも」


 あー確かにサミジーナが出口を隠しているってのはありそう。入り口だったあの妙な渦みたいな場所だって消えてしまったんだ。でも問題はこの空間を壊すほどの魔法なんて使えないと言う事。


 「俺、魔法なんて他に使えない」

 「竜巻が出せたやん。同じ風ならカマイタチも出せるやろ。竜巻みたいに一点集中攻撃より無差別に攻撃できる方がいい。カマイタチを大量に出せんか?」


 カマイタチ……そんなすごいもん出せるんかな?金田はこんな状況なのに、頭が回って凄すぎる。一人じゃなくて本当に良かった。とりあえず俺は再び剣に祈ってみることにした。

 剣は再び輝きだす。これ指輪で魔法使うより簡単だな。眩しい光を発している剣を天井高く掲げた。


 「行っけぇ!」


 剣からは大量のカマイタチが現れ全方向へ向かっていく。これでいいか!?カマイタチがどこかに激突している音が聞こえる中、一か所から他の音とは違うガラスが割れるような音が聞こえた。

 音が聞こえた方へ走って向かうと、空間に割れ目ができていた。


 「これ……」

 「池上、きっとこれとや!剣で思いっきりぶん殴れ!」


 そう言うことなら遠慮せず!!俺は剣を頭上に高くかざし、そのまま勢いよく剣を振り下ろした。

 再びガラスの割れるような音と同時に俺と金田はその中に吸い込まれた。


 「わあああああああああぁあぁぁああぁああ!」


 なにコレこわい!大丈夫なんだよな!そうなんだよな!?

 ぐるぐるぶん回されるように振り回され目が回ってきたとき、目の前に一瞬光が見えた。


 「ぐぉ!」

 「のわ!」


 俺と金田は思いっきり顔面から着陸した。ここいったいどこだ!?でも多分出られたっぽい!!


 『拓也!金田!!』


 あ、ストラスの声……ってことは俺たちちゃんと元の世界に戻れたんだ。よかった。

 起き上がり、驚いている顔のストラスたちを見た。目の前には逆さ十字があり、元の場所に戻ってこれたことを理解した。金田は大丈夫なのか!?

 慌てて振り返ると、鼻を抑えて起き上がっている金田を見て安心した。


 『馬鹿ナ!ドウヤッテアノ空間カラ……ソノ剣ハ!』

 『浄化の剣!』


 セーレは目を丸くして俺の握っている剣を見つめる。これってそんなにすごい剣なのか?なんかあんま良くわかんないけど。


 『まさか拓也がその剣を持ってるなんて……これで空間を壊したってわけか』


 理解できない俺に何の説明もないまま、ヴォラクは感心したように、うんうんと頷き、サミジーナに向き直る。


 『さ、どうすんの?サミジーナ、もう逃げらんないよ』

 『クッ……』


 サミジーナは後ずさるも、ヴォラクはそれを逃がさないように滲みよる。

 こいつ許すもんか。俺たちをこんな目に遭わせやがって!本当にさっきの竜巻でもぶつけてやりたい気分だ。姿を現したサミジーナを見るとマグマのような怒りがたまっていき、一発お見舞いしたい欲求がわいてくる。しかしそんな俺の願望を感じ取ったのか、剣が輝きだした。


 「うそ!」


 まさか剣が反応しちゃった?でももうなんかしょうがない!使っちゃうしか。

 キャンセルする方法なんか知らないし、この際いっつも俺を馬鹿にしてるヴォラク達を見返してやるか!

 サミジーナに剣を向けた俺をヴォラクが怪訝そうに見ている。


 『拓也?なにしてんの?』


 ヴォラクは向けるだけじゃ役に立たねーぞ。と言っている。見てろよヴォラク。お前の主人様はとんでもない力をゲットしたんだぞ!


 「いっけぇえぇ!!!」


 剣からすさまじい竜巻が出てサミジーナに襲いかかり、サミジーナはその光景に驚き、そのままモロに食らい吹き飛ばされた。

 悲鳴をあげ地面にたたきつけられたサミジーナは口から血を流している。なんだこれ?もしかして一発KOしちゃったんか?


 『拓也すっごー……』

 『これが剣の力ですか……』


 ヴォラク達はあんぐりとこの光景を見つめる。ふん、少しは見直したか。

 サミジーナは苦しそうに息を荒げており、戦える状態ではなさそうだ。よし、あとはこいつから現実世界に戻る方法を聞き出すだけだ。しかし一歩近づいた瞬間、再び光出した剣が白い光を出した。

 その光は空間に光の跡を残した。


 『拓也、恐らく魔法陣をかけるのでしょう。早く夢から出なければ……』

 「出なければって……どうやって?」

 『さきほどの入口を使えば出れるはず。金田、貴方は自分で目を覚まさなければいけません』

 「自分で……」

 『ここはあんたの夢の中だからね。金田が目覚めればこの空間は消滅する。それまでに俺たちもでなきゃ俺たちも強制消滅だ。まあセーレいるから大丈夫だけど』


 強制消滅!?あまりにも恐ろしいワードに俺だけじゃない、中谷と澪も顔を青くしている。しかしそんな責任重大な状況でもセーレは王子様のような笑みで「任せて」と言いきった。格好いい。

 でも起きるって難しくないか?外部から起こしてもらうならともかく、夢の中から起きろと訴えても簡単には目が覚めないだろう。金田は何かを考えこんで、意を決したようにこっちに振り返る。


 「池上、俺の頬を思いっきりビンタしろ」

 「え!?」

 「早くしろ。時間ないんやろ?」

 「いや、でも……」

 『拓也、早くしなよ。サミジーナ逃げちゃうよ』


 ヴォラク達もせかしてくる。お前、他人に手をあげるのに抵抗なさすぎだろ。

 しかし金田は大丈夫だと言い、ヴォラクたちからも急かされ、仕方なく金田に思いっきり手を振り上げた。気持ちのいい音を残して金田を殴った瞬間、その場から姿を消した。


 「金田が消えた」

 『おそらく目が覚めたのでしょう。私達も出ますよ』


 頷いて慌ててジェダイトに乗った。中谷と澪は安心したようにお帰りと言ってくれた。それがなんか嬉しくて、こそばゆかった。

 俺たちはそのままジェダイトを走らせて空間から脱出した。そこは金田の部屋。金田はやっぱり目が覚めていて、横たわっているサミジーナを見つめていた。俺たちが出た後、空間はみるみる内に歪み、消滅した。こわ……出られてよかった。

 そして消滅した空間の代わりに横たわったサミジーナが残される。


 『拓也、その光で魔法陣を』

 「え?俺が?わかんないからお前やれよ」


 ストラスはジト目で俺を見てセーレに頼んだ。

 セーレは苦笑いして剣を受け取り、光でサミジーナを魔法陣で囲った。いや、だってわからんだろ魔法陣なんて。俺、悪魔学者じぇねえぞ。


 『さぁ、金田。首輪を出し、それを魔法陣の中に入れなさい』


 金田はベッドの近くに置いてあったカイヤナイトの首輪を手に取り、言われたとおりに首輪を魔法陣の中に入れた。サミジーナは未だに喋ることもできないのか、憎しみのこもった眼で俺たちを睨みつけるも、もうどうしようもないのだろう。悔しそうにしている。

 ストラスは金田にあのクソ長い呪文を教えた。


 『そしてこの聖水を体に軽くかけて今の呪文を唱えてください』

 「わかった」


 え!?金田一回聞いただけで覚えちゃったのか!?さすが天才……

 金田はマジで間違えることなくスラスラと呪文を唱えた。え、すごすぎるでしょこれ。

 最後の一言を言い終わった瞬間、サミジーナが光に包まれ少しずつ透明になっていく。


 『グゥ……天使ノ使者ガ……呪ッテヤル、呪ッテヤル!!』


 サミジーナは苦しみながら最後にそう呟き、光の中に消えていった。光で書いた魔法陣は、サミジーナが消えたと同時に消滅し、静まり返った部屋でやっと全てが終わったことを実感し力が抜ける。


 『これでサミジーナは地獄に戻らせることができたね』


 ヴォラクはやれやれと首を振り、元の子供の姿に戻った。

 金田はベッドに腰掛け、未だに信じられないのか頭を抱えている。金田にとっては、こんな形でサミジーナを手放してしまって大丈夫だったんだろうか。ばあちゃんに、言い残したこととかなかったのかな……


 「これで終わったんか?」

 『はい』

 「そうか」


 金田は手元を見つめる。その表情は怒りも悲しみも読み取れない。


 「これで元の生活に戻った、か……現実見ないとな。俺は、なんのために……」


 金田が自嘲気味につぶやき、中谷と澪はよくわからないという顔でお互いを見ていた。

 でも俺とストラスはその意味を知っている。もうばあちゃんにも会えないってこと。悪魔を返すことを間違っていると思ってはいない。しかし金田から逃げ道を奪ったことは確かだ。あの夢で心の平静を保っていたのかもしれない。

 しかし俺とストラスの心配は杞憂に終わり、顔をあげた金田はまっすぐ正面を見据えた。


 「これから頑張るか……」

 「金田……」

 「なんかスッキリした。相変わらず親父とお袋は信じられんけど、俺は俺なりに生きるわ。俺の人生だから、な。有難うな拓也、俺のやりたいことって言うの、これからゆっくり探してみるよ」

 『きっと貴方なら何でも叶えることができるでしょね。十八なら、きっといくらでもやり直しがきく』

 「どうだろうな。でも、もう何もかも無くなっちまえ。なんて、思わねえよ」


 金田の心の傷が言葉から零れて、どうしていいか分からず、金田の手を強く握りしめていた。目を丸くしている金田に何を言っていいかも分からないけど、一人じゃないんだってこと伝えたい。


 「俺、いつでも金田の味方だから!!ばあちゃんの代わりに俺があんたの理解者になるから!だから、えっと、何かあったら俺を呼んで!あー違う、なんて言えばいいんだろう。でも頑張って、なんて言っちゃダメだもんな」

 「……変な奴。初めて見た、お前みたいな奴。拓也、こんな非現実なことが起きて、あの世っての少し信じてるんだ。いつか俺が死んだときにばあちゃんに最高の人生だったってこと、伝えたいんだ」

 「……きっと、ばあちゃんも金田が最後まで幸せだったってことを信じて、あっちで待ってると思う。だから、ばあちゃんのためにも幸せにならないと」


 頷いた金田は全て吹っ切れて、清算したような顔をしていた。良かった、金田は乗り越えてくれたんだ。

 しかしあの空間で金田が何を見たのかまでは最後まで聞かなかった。あの時、金田が一人でサミジーナの空間に落ちかけていた時、ばあちゃんが助けてくれた言葉。


 『真吾、あんたはあんたの好きなように生きなさい。あんたの人生なんだからね。だから、こんな所で諦めてばあちゃんの所に来たら追い返すよ』


 その言葉ははっきりと金田に届いていて、金田はその言葉にきっと救われたんだ。


 でもその言葉を俺たちが知ることはきっとないんだろうけど。


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