第21話 天才の憂鬱
福岡県福岡市にある高校にその男はいた。受験を控えた生徒たちの話題はもっぱら大学入試ばかりで、青年はその中心人物でもあった。
「すげえなあ金田、また全国模試一位だってよ」
「あいつ勉強してる素振りなんて全く見せてねーのに」
聞こえるような声で話をするクラスメイトに金田と呼ばれた青年は一瞬だけ視線を向けてすぐに参考書に目線を戻す。雑誌のページは全く進まず、どれを見ても同じに思えた。
勉強?そんなの出来てなんになる?それが出来た所で本当に立派な人間になれるのだろうか。金田真吾は小さい頃からあまり勉強しなくてもテストではいつも満点を取っていた。スポーツも人並み以上にできる。親や親戚は彼を自分のことのようにまつりあげ、騒いでいた。行く大学は東大しか認めてもらえず、最終的にはアメリカやイギリスの留学を視野に入れた両親の期待に辟易しつつも応えてきた。
東大?そんなところに行って何になるんだ?行ったところで本当にやりたいことは見つかるのか?合格判定の基準にするためだけに書いた志望校一覧はどの判定もA評価。普通なら泣いて喜ぶはずなのに金田の表情は変わらない。そのまま成績表をグシャグシャに包んで鞄に突っ込み、窓の外を見つめた。
大半の人間は何事もないように与えられた道を生きていく。大多数が歩むであろう道で順位を競いながら。その道から外れるには勇気と運が必要で無難な幸せを掴むには不要な道。そう思っていた矢先に悪魔と言う者が金田の前に現れた。
あまりにもオカルトな存在、しかしそれは本物だった。
学校から近いと言う理由で借りたマンションに金田は一人で暮らしている。彼の両親は勉強のためならと言う理由で快く許可してくれた。そのおかげで得体のしれないものを飼うことができた。
『ツマラナイ学校ハ終ワッタノカ?』
「あぁ、どいつもこいつも馬鹿ばかり。嫌になるよ」
投げられた鞄は音を立てて床にたたきつけられ中身がこぼれる。それすらも無視してベッドに沈んだ金田を悪魔は笑っている。
『生キル希望ノ持テナイオ前ノ方ガヨホド馬鹿デ愚カシイト思ウガ?』
「内面ではな。表面だけ見たら、俺ほど完璧な奴はおらんやろ?」
あくまで表面的は、だが……
『オ前ハ変ワッタ人間ダ。私ヲ見タ時モ恐レルコトヲシナカッタ』
「だってお前、見た目だけならただの馬やん?」
なんて生意気なガキ……悪魔がそうこぼしたのを見て金田は笑った。的確な表現だと。自分でもそう思う。やりたいこともない。生きてる実感もわかないし、だからと言って死にたくもない。そうやって今まで過ごしてきた。
ただ一つを除いて……
「今日も頼むな」
『イイダロウ……』
21 天才の憂鬱
「ここが福岡……すげえな。初めて来た」
マンションから戻ったストラスに明日福岡に行こうと言われ、後日、俺はセーレ達と福岡に来ていた。シトリーは他のバイト先の面接があるとかで今回は来ていない。
俺とセーレとヴォラクとストラスは福岡県の博多を歩く。天神ってところは博多駅から遠いようで地下鉄で行くのが一般的らしいが、街中まで出た方がいいのかな?しかし思った以上に都会でなんだかびっくりだ。そして女の子が可愛い。これが福岡か!めんべい買って帰ろうかな。
「で、ストラス契約者見つけたとか言ってたけど、どいつなのさ」
事情を詳しく知らないセーレとヴォラクは首をかしげたままストラスに問いかけた。
しかし人の行き交う街の中でフクロウが喋れるはずもなく……
「うん、金田真吾って奴らしいけど」
「なんだ。名前まで知ってるのならすぐ見つかるんじゃないか?」
「いや、名前しか知らないから誰かわかんなくて…」
「はぁ?」
セーレとヴォラクはなんで?というように顔を歪めた。
天使に教えてもらったなんて言ったら、なんか面倒くさいことになりそうだから、適当にその場をやり過ごす。
「いいけどさ。でもどこにいんのかね?顔もわかんないの?」
「あぁ全く」
「拓也って本当に使えないよねー……また片っ端から探すの?」
まあ、たしかにこの広い福岡県から名前だけで探し出せるとかは思えないけど、でもあの天使が他に情報をくれなかったのだから仕方がない。笑ってごまかした俺をヴォラクがため息をついて後ろを振り返った瞬間、高校生とぶつかった。相手は女の子だけど、ヴォラクは子供の姿、体格負けしてるわけで当然の如く、ヴォラクはその場で少しよろめいてしまった。
「ヴォラク、君もう少し体鍛えたほうがいいよ」
セーレがその状況を少し憐れむように見ているが、そういう問題じゃないと思うけど。
女の子は落としてしまった雑誌のようなものを拾っており、自分の足元にも散らばっていた紙をしゃがんで拾う。
「すいません!」
なぜか知らないが尻拭いは俺。慌ててその女の子の落とした雑誌やら広告やらを拾うのを手伝った。
広告は大学案内。どうやら大学説明会の帰りらしい。散らばった雑誌は全国模擬試験の順位結果だった。
え?金田真吾?
その雑誌を拾おうとしていた少女に話しかけた。
「あの……この金田真吾って」
「ああ、ウチの学校の天才よ。バリ頭のいい奴でね、模試もいっつも一番なんよ」
うわぁ初めて聞いた博多弁。なんか感動……!っていうか、これは人違いなのかな?でも他に情報もないし。
「すごいですね。その制服は?」
「海星よ」
海星……どっかで聞いた事あるな。多分有名な進学校なんだろう。
俺はその子の荷物を拾い、挨拶を交わし、セーレ達の元へ戻った。
「拓也、君は女の子には随分優しいじゃないか。シトリーと実は同類か?」
「失礼な。ヴォラクのしりぬぐいしただけなのに。それより今、拾ってたら金田真吾の名前が載ってたんだ」
「それって本人〜?」
「いや、わかんないけど……他に情報もないし、海星の生徒らしい」
「海星?」
「多分、有名な進学校だよ。名前聞いた事あるし」
「でもそれがわかったとこで、見つけれるって訳じゃないよね」
「進学校は大体、夏休みには補習ってもんがあるんだよ。だから明日学校あるだろ」
「でも拓也、今は日本はお盆って行事なんだろ?学校は休みなんじゃないか?」
……そうだった。
セーレ、なんでお盆なんて言葉を知ってるんだ?
「お盆ってそっか。確かに学校ないな」
「だろ?こないだ太陽の家に行った時、高校生の子たちがお盆は学校がないってはしゃいでたからさ」
「じゃあ捕まえられないの?ちょー無駄骨じゃーん」
ヴォラクはなんだそれとでも言うように欠伸をする。でも、あの女の子は制服着てたんだし、もしかしたら学校あいてたりする?でもそれで行ってあいてなくてヴォラクに文句言われるのすげえやだな。ヴォラクたちはもう行かないモードになっており、もはや何か食べて帰ろうなんて言ってるし。
「情報が入らないなら動けないなぁ…こんな時、シトリーがいれば便利だったのにな」
「なんでそこでシトリーなんだよ?」
「こういう時こそシトリーの力だよ。恋愛面で好きにできる力って言うのは強いよ。好きな相手からのお願いはできる限り叶えてあげたいだろ。シトリーがさっきの子に力を使って金田と会いたいって言えば、連れてきてくれるさ」
あ―――なるほど確かにな。あいつの能力って確かにそう考えると滅茶苦茶強いじゃねえか。それにあいつの軽さなら何らかの情報を聞きだしてくれそうだし。でも盆までは絶対に何もできなさそうだなぁ。悪魔を探すのは盆明けにして、これを機に宿題をやってしまおうと思った。
***
結局、金田真吾を探すのは盆明けとして、家に戻った俺は宿題を再開した。ストラスはクーラーのついた部屋が涼しくて快適なのか、そのままベッドに横になった。いいよなフクロウは宿題なんか必要ないし、勉強なんかもする必要ない。誰か勉強教えてくれないかなー
勉強にも疲れてしまって気まぐれに携帯をいじる。
光太郎はお盆を利用し、家族でハワイに行くそうだ。流石金持ちはやることが違う。盆明けにはもちろん塾の夏期講習。ゆっくり休めるのは八月の終わりしかないらしい。
SNSにハワイの景色の写真が上がっていたので、とりあえずいいねをしておく。俺なんかお盆に家族でどっかに行ったことなんてほぼ皆無。たまに兵庫に住んでるじいちゃん家に行くくらいだ。今年はじいちゃんの方が盆過ぎに来てくれるから俺たちが行くことはない。
中谷も野球ばっかで暇なのは夜しかないしなぁ。上野や桜井達も別に頭いいわけじゃないし。前あいつ等と勉強会したとき、途中から遊びだして全く進まなかった記憶がある。暇つぶしに電話帳を見ていると、森岡の名前が出てきた。
森岡……元気になったんかな。
あれから時々、森岡とは連絡を取り合うけど、文章じゃ本当に元気になったのかなんて確認できない。
そうだ、森岡に教えてもらおう。森岡は頭いいし、何より直接会った方が情報も手に入るし!
そうと決まればさっそく連絡。俺は森岡に明日、宿題教えてくれと連絡をいれてみた。
二十分後、森岡から返事が返ってきた。返事はOK。その後、早速明日の場所と待ち合わせ場所と時間を決めた。明日教えてもらうし勉強は明日すればいいか!そのまま勢いよくベッドにダイブするとストラスはそのまま寝ていたので、俺がダイブした時の反動でベッドから落ちた。またか、というような目で俺を睨んできたが、眠気の方が強いのか何も言わずにベッドによじ登り、そのままもう一度、瞳を閉じた。
その様子を確認して、俺もベッドの上で目を閉じた。
***
「よぉ!森岡久し振り!」
駅の改札口で俺と森岡は待ち合わせた。
「久しぶり。えっと元気そうだな」
「おう、お前の方はどうだ?あの後」
「相変わらず。集団下校だし、全校集会ばっかだし……」
森岡は困ったように苦笑いを浮かべ、少し俯く。それ以上聞くのは何か悪いと思ってしまったので、俺達はそのまま近くのファミレスに向かった。ファミレスは昼前なので混んでいたが、あんまり待たずに席は取れた。
ドリンクバーを頼んでジュースの準備が終わったらテキストを広げて、昨日の段階でまとめておいた質問個所を森岡に質問していく。
森岡の教え方はハッキリ言ってうまい。光太郎よりも全然。光太郎は元の頭がいいからどんな問題もできて当たり前的な感じで、逆に人に教えるとなると上手く言葉にできないそうだ。でも森岡は公式からちゃんと教えてくれるし、応用問題も順序よく教えてくれる。森岡、先生に向いてるんじゃないか?
着々と問題を解いていき、十四時間過ぎた頃には宿題が半分終わっていた。
「疲れた〜なぁ、何か食おうぜ。もう十四時だしさ」
「え?本当だ。じゃあ一旦休憩な」
テキストをしまい、ファミレスのメニューを開く。どれもこれも上手そう〜!でも魚系は昨日食ったしなぁ……今日は肉だな。
森岡が決まったことを確認してボタンを押し、店員にオーダーをし、そのままメニューが来るのを待つ。
「なぁ池上、その、今は大丈夫なのか?悪魔とか……」
頼んだものが来るのを待っている間、聞いていいのか分からなかったのか、ずっと何かを言いたそうにしていた森岡は気まずそうに、遠慮しがちに質問してきた。相手は元契約者で、俺のことだって理解してくれているので隠す必要もなく、今の状況を正直に打ち明けた。
「あぁ、今また一人契約してるかもしれない奴がいてさ。探してるんだけど中々見つかんなくて。福岡に住んでる金田真吾っていう奴なんだけどさ〜」
「金田、真吾。聞いたことあるな」
「え!?福岡の奴だぞ!?」
芸能人とか俳優と間違えているんじゃないのか?しかし森岡は頭をひねって考えてけどやっぱりと頷いた。
「うん、やっぱり聞いた事あるよ。もしかして全国模試一番の人?」
「そうだよ、それそれ!いや、その人って確定はしてないんだけど、今調べたい人なんだよ!なんで知ってんだ?」
「俺の通ってる予備校が同じでさ、塾内の全国模試でいつも一番なんだ。塾の先輩があいつには叶わないって言ってた。一回あったこともあるよ」
「会ったこともある!?」
「うん。東大も首席で行けるんじゃないか?って言われててさ。東大のオープンキャンパスに来てたんだ。その時、塾に寄ってもらったんだよ。でも、全然ガリ勉って感じじゃなかったし……無理して勉強してますって感じには見えなかったな。多分本当に天才なんだと思う」
森岡はウェイトレスが持ってきたネギトロ丼を箸を割って食べだして、俺も自分の元に届いたホットペッパーハンバーグをフォークでかきこんだ。
その後も勉強を教えてもらい、なんとか残り三分の一程度までに減った。
「マジでありがとう〜〜〜!俺一人だったら終んなかったからねマジで!」
「いやそんな……池上が頑張ったからだよ」
相変わらず森岡はなんつーか謙遜するよなぁ。
教え方とかマジで上手かったんだからもっと胸張ってもいいのに。
「でさ、話変わるけどさっきの金田真吾のこと……」
「あぁ金田さん。俺も詳しいことは全く知らないよ。だってあの人は福岡の人だし交流がないから」
ですよねー
「でも聞いただけなんだけど金田さん、勉強できるけど別に大学に行きたいってわけじゃないらしいんだ」
え?塾にまで通っているのに?進学する気ないのに通う意味って何だろう。
「東大の模試も親に言われて仕方なく受けただけらしいし。そこまで受験とか勉強とかに興味ないって聞いたよ」
へぇ、理解できない悩みだな。多分一生。
別に俺もまだこの大学に何としても行きたい!とかいうのはないけど、それでも高校三年生になったら、漠然と大学進学を視野に入れて勉強するだろう。
「天才には天才の悩みがあるんじゃない?あの人、スポーツも芸術も何やらせても人より秀でてて……そのせいで挫折を全く知らないでさ、逆にやりたいことがないみたい。先輩が怒ってた。自慢かよ!って」
「そう聞こえるよなあ。天才の悩みかあ、一般人の俺には羨ましいくらいだよ」
「俺たちには理解できないよね。なんでもできるなんてこと……あったことないから」
森岡はジュースを飲みほし、コップを置いた。最後の発言には言葉以上の意味が込められているように感じて俺も頷く。
そして時間も来て、俺たちはそこで解散した。
「今度四人で遊ぼうぜ。暇な日、連絡する」
「わかった。待ってる」
軽くなった宿題の中身に若干テンションが上がりながら、帰路についた。
***
「拓也、お帰りなさい」
家に帰ると澪が出迎えてくれた。あぁ、なんて今日はついてるんだ。宿題はかなり片付いたし、澪には会えるし、俺は澪にただいまといい、鞄を置きに自室に向かうと、澪もストラスに会いたいのか、俺の後をついてきた。
「ただいまーストラス」
『拓也、宿題は片付きましたか?』
「おう。大分な」
『そうですか。では早くポテトを出してください。今日は厚切りなのでしょう?』
「ちょい待ち」
ポテトチップスにもかなりのこだわりを持っているストラスは週に一度の厚切りを心待ちにしているようで早く出せと急かしてくる。自分で机の引き出しもあけられるし、袋だってあけられるだろうに、俺を待っているところはなんだか律儀で可愛くなってくるよなあ。
鞄を置いて、机の引き出しを開けると中には大量のポテトの袋。全部、ストラスの為だ。ドラッグストアなどが安売りしている時に大量に購入したもので、その中の厚切りを選び、澪の膝の上に座っているストラスに開けて渡した。
ストラスは袋を受け取ると、机に飛び移り、ポテトを食べ始めた。あまりの勢いに本当に好きなんだなと実感するも健康状態が少し心配だ。なんだかこいつ少しデブになってねえか?それを感じているのは澪も同じで中から一枚を抜き取ろうとすると、それに気づいたストラスが紳士のように一番大きい奴を澪に差し出した。
「ありがとう。あ、美味しいかもこれ。今度買おう。ストラス、ポテトばっかじゃ栄養偏るよ〜」
『わかっていますが、実際この部屋にはポテトしかありませんから』
「俺のせいにすな」
だって野菜とかカップ麺とかはゴミ箱に証拠残るから面倒くさいんだよ。今だって毎日ポテトチップスの袋が出るのを母さんが怪しまない様にまとめてマンションに捨てさせてもらっていると言うのに。カップ麺とかゴミになってもかさばるものは臭いも残るし、俺の部屋にあまり置いておきたくはない。お湯の調達だって面倒だし。
そういう俺の苦労を知らないストラスの頭にチョップを一発かましてやるも、やはり手加減したせいで、あまり堪えてないのかケロリとした顔でポテトを食べていた。
『そういえば、セーレが今日、大量に食材を買い込んだので明日食べに来いと言っていましたよ。ご馳走を作ってくれるとかなんとか。あそこに行けばまともな物も食べられますからね。行きましょう』
まともな物って……確かにポテトしかやってないけどさぁ
『澪も是非来るように言っていましたよ。セーレは料理がうまいとヴォラクも言っていましたし期待してもいいと思います』
「え?じゃあお邪魔しようかな。え、本当にいいの?」
『是非そうしてください』
いやいやお前が仕切んな。でもいいか、宿題もかなり終わったし。とりあえず母さんに言っとかなきゃな。澪と一緒にリビングに向かうと台所からはいい匂いが漂ってくる。今日はあんかけチャーハンか!はやく食いて〜!!
匂いに引き寄せられるようにリビングに入った俺と澪にお盆休みの父さんと一緒にテレビを見ていた直哉が振り返る。
「兄ちゃんお帰りー。兄ちゃん早くテレビみてよ!兄ちゃんの好きなお笑い芸人出てるから!」
「マジか!そりゃ一大事だ!!」
俺はテーブルまで走って向かい、澪はその光景をクスリと笑い、母さんの手伝いに台所に入った。
あんかけチャーハンは俺の好物の一つで俺はペロリと食べきった。俺はおかわりをよそってもらいながら明日は夕飯が要らないと伝えた。
「母さん、明日友達と飯食い行くから夕飯いらない。澪も一緒に行くから」
「そうなの?わかったわ。気を付けてね」
***
次の日、俺は夜、澪とストラスと一緒にマンションに足を運ばせた。夕飯ならきっと大丈夫だろうと中谷にも連絡を送る。マンションに着いたときには既にある程度料理が出来上がっていたのか、玄関を開けた瞬間いい匂いがしていた。
何品かはできているらしく、テーブルには既に料理が並べられており、あまりの豪華さに目が輝く。
「おう池上。久しぶり!すげーよなーこんなの見たことないし!」
中谷はもう着いてたらしく、ヴォラクと料理をしげしげと眺めていた。確かに凄い、レストランにでも来たみたいだ。セーレは料理をするのが好きなのか、鼻歌を歌いながら野菜を切っていた。
「セーレすごい手つきだな。慣れてるし」
「ね、いっつもあんな感じだよ。今日は特に豪華だけど」
ヴォラクは感心したように唐揚げを一つつまみ食いし、それを見た中谷も唐揚げを一つ口に放り込んだ。
「お金足りる?」
「んー拓也からもらったのはなくなったけど、セーレとシトリーいるから大丈夫」
あーまああれから数週間たってるし、こんなに豪華なの作るくらいだ。俺の渡した分はとっくになくなっているだろう。しかしそれでもこれだけ作れるのだからお金の面は本当に心配ないのかもな。シトリーもバイトしてくれているっていうし。
「セーレ、すっごい安いとこで買ってるよ。俺、超荷物持ちさせられるもん。まあこんなおいしいもの食べられるのならいくらでも俺を使ってくれちゃっていいけどね~!こないだセーレがさ、ホールケーキって奴も作ってくれたんだ!甘くて美味しくて、生クリームって奴はフワフワしてて……あー俺本当にこの時代に召喚されてよかったな~。あ、話し戻すけど、電気代とか、なんかそんなのは勝手に光太郎が払ってくれるから心配いらないって」
それって引き落としになってるってことか?あっさりそれをやってのける光太郎に感服。親父さんにばれても問題ないのかな?元々ここは光太郎が好きに使ってたって言ってるし、しかしいきなり使用量が高くなってるところを疑問に持たないんだろうか。
「あとシトリーのバイト代から貰うんだって」
「シトリーってどこでバイトしてんのー?」
ヴォラクはわからなさそうだから俺は少し声を大きくしてセーレに話しかけた。
「居酒屋とバーだよ。週二か三で夜ずっとやってるんだ。かなりハードだよ。十九時から二十三時まで居酒屋で働いて、二十四時から朝の四時までバーで働いてるんだ。帰ってくるのはいっつも朝だよ。時給も居酒屋は千三百円以上で、特にバーは自給が三千円だからいいんだって。シトリーは元契約者がバーテンダーで自分もお酒の知識があったのが助かったみたい」
「一日で二万近くか。すっげー荒稼ぎ」
「しかも居酒屋は研修期間が一か月で終わったら自給が千五百円にあがるらしいよ」
おそるべしシトリー……
それを週二か三でやるのなら単純計算で月にマックス15万程度は稼ぐわけだし、家賃光熱費いらず食費だけなら三人でも平気か。つかお釣りきそう。セーレも太陽の家でお手伝いのお礼という形で少しだけお金もらってるらしいし、とはいっても月に二~三万程度みたいだけど、それもあわせたら余裕だろうな。
「今日はバイトの日なのか?」
「今日は違うよ。セーレのおつかいに行ってる」
おつかい〜〜?
「醤油がなくなっちゃったからって。ぶーぶー言ってた」
噂をすればなんとやら、玄関が開き、話題の中心人物が帰ってきた。醤油を買いに行っただけのはずなのに、手には紙袋も持っている。
「お〜い、買ってきたぞ〜って澪ちゃん!!今日はラッキー♪」
シトリーは澪を見て若干テンションが上がったのか醤油をセーレに渡してこっちに来た。澪が毒牙にかかったら困る!慌ててシトリーの前に立ちふさがった俺を見て、シトリーが唇を尖らせる。
「なんだよシトリー、澪に近づくんじゃねーよ」
「んだよナイト様ぶってさ。えっらそーに」
シトリーはぶつくさ言いながらヴォラクに紙袋を手渡した。
「はい、ワンピース十巻まで。読み終わったらまた貸してくれるって」
「やったー!ありがとうシトリー!!」
ヴォラクはピョコピョコ飛び跳ねて漫画を手にとってソファに勢いよく腰かけて読み始めている。
「ワンピース?ヴォラクそれ好きなのか?」
ヴォラクは「うん」とだけ答えて、椅子に座って漫画を読み出した。
その代わりにシトリーが答えてくれた。
「こないだコンビニに行ったときにジャンプの立ち読みしたんだ。そしたらあいつはまっちまってさ。でもアレ単行本じゃかなりの数でてんだろ?買ってやるのは無理だからバイト先の奴に聞いたら持ってるから貸してやるってさ」
「ヴォラクーその巻あれだろ。アラバスタの奴までだろ。クロコダイルって最後さ~、あーそこまで読んでない?じゃあゾロが出てくるときさ~」
「止めて止めてネタバレ駄目!!!!」
必死になって中谷の口をふさぐヴォラクを中谷は楽しそうにからかっている。中谷は大の漫画好きで大体の少年漫画は網羅しているくらいだ。ワンピースも最新話まで読んでいるんだろう。毎週ジャンプを立ち読みしているくらいだし。
しかしシトリーの奴、バイト仲間とか……こいつエンジョイしてんな。
「完成!できたよ〜」
セーレが料理をどんどん持ってきた。何品あるんだ?軽く十品はある。ストラスの目がすでにギンギンだ。食い尽くしてやるって言う野生のオーラを感じる。
「バイキングみてー」
俺と中谷は感心した。セーレ料理うますぎ。俺たちはテーブルについて料理を食べた。
「うま!マジで美味い!やっべーコレ!!」
「マジでレストランみてー!コレならいくらでも食えるし!」
俺と中谷は感動してガツガツと料理を食べた。ストラスも皿に大量に取り、ハムスターのように頬を膨らませ、ヴォラクは喉がつかえるんじゃないかという勢いで食べており、運動部の中谷はまるでダイソンの掃除機かというレベルの吸引力で食事が口の中に消えていく。
シトリーは缶ビールをセーレに一本渡し、食べながら飲んでおり、澪も美味しそうに食べている。俺たちの食べっぷりにセーレは嬉しそうにしている。本当にうまい!やばいなんか感動!
俺たちはかなりの量を食べて、最後にはすべての料理が無くなった。
「食った食った〜〜!」
セーレと澪が洗い物をしている間、俺たちは大きく背伸びをする。ヴォラクは相変わらず漫画を読んでいるし、シトリーはついでに買ってきたのかメンズの雑誌を読んでいた。ストラスも興味深そうにヴォラクの漫画を覗き込んでいる。
『ルフィ、詰めが甘くありません?私ならここで顔面を殴っていますね』
「分かる。つか敵が待ってやるの優しいよね。俺待たない」
『確かに。先手必勝』
漫画に突っ込むなって。お前らみたいにリアルの戦いじゃないんだからさ。
シトリーは雑誌で携帯の広告を見たのか、いいなぁ〜と呟いた。
「あ〜俺もほしい〜」
「なんだよシトリー、お前バイトしてんのなら買えばいいじゃん」
「馬鹿、身分証が必要だろうが。新規加入者には」
あれ?そうだったっけ?あーでも機種変とかも必要だったような。
「ないと色々と不便なんだよな〜。今時いえ電?てバイトの時言われたわ。そういうの作ってる奴ら力使ってたぶらかして偽の身分証作ってもらおっかな~」
止めろマジで。
しかし見れば見るほど本当に人間みたいだな。こいつ等を見る限り、悪魔だなんて信じられない。
どこからどう見ても、しっかり者の長男、おちゃらけた次男、わがままな三男、ペットのフクロウ……とでもいった感じだ。なんかホームドラマが作れそうだなと呑気に三人を観察しながらそう考えていた。
時間も二十二時を過ぎたので、俺たちはそのまま解散した。中谷と別れて、澪を送って家に帰る。
母さん達にただいまと言い、自分の部屋にあがって窓からストラスを部屋の中に入れた。お盆も明日で終わりか。
あさってはまた福岡に行くんだよなぁ。一か月前までは考えられなかった生活。現実離れした日常。でもそれが当たり前になって自分でもビックリする。人間って適応能力があるって言うのは本当だったんだなぁ。悪魔と戦うのは怖いのは今でも変わらない。それは多分ずっと変わんないと思う。
でもきっと俺はこういうのに憧れてたんだと思う。小さい頃見たアニメで正義の味方が敵を倒していくのを……いつか自分もあんな冒険ができればいいって、あの頃は思ってた。でも実際の冒険は本当に命がけで……
「普通の生活に戻りたい」
72匹いる悪魔のうち、まだ66匹が残ってる。マルファスとの戦い以外はそんな危ない目には遭っていない。でもまだそれ以上の危険な奴に会うんだろうなぁ。
俺はなんだか疲れてしまい、軽く目を閉じた。
一か月前に思ってたことをもう一度思い出した。
また今までのような生活に戻れたらいいのに……そんなことを思ったってもう意味なんてないのに。