第207話 色欲と純愛7
あの日、ダリルは戻ってこなかった。ずっと待っていたのに戻ったのはアゼリアと言う悪魔祓い師とトビアと言う青年だけ。
そしてアゼリアの口から聞いた言葉にショックしか感じられなかった。
そう、私が愛したダリル、いやアスモデウスは彼らに殺された。
207 色欲と純愛7
アゼリアはトビアと私の婚姻を勧めてきた。結婚を既にしている私にはもう関係の無い事だけれどアスモデウスの話しは瞬く間に広がり、パパが屋敷から私の家に来た。
涙を流して私を抱きしめるパパ、この腕に何度憧れた?この腕を手に入れるために幼い頃、どれだけ頑張ってきた?それなのに何も感じない。ねぇ、なぜ喜んでいるの?私の愛している人が殺されたのよ。なぜ彼らを恩人と言うの?彼らは私の愛している人を殺したのよ。
でも言葉が出ない、涙しか流さない私を皆が怖かったね、もう怖がらなくていいんだよ。そう言うだけだった。ジニーもカルロスもジェシーも皆。
誰も分かってくれなかった、私の気持ちなんて誰も……
パパはアゼリアの話を聞いて、是非ともトビアに私を貰ってほしいと懇願した。私が殺してしまった少年の両親とも話を付けて、私はトビアと結婚をさせられる事になった。
ほらね、結局誰も分かってないでしょう?誰が望んだ?私はただ彼とあの村に静かに暮らしていたかっただけなのに。こんなドレスを着て堅苦しい式に参加する気なんてなかったのに。
トビアは顔を赤くして私の事をずっと守る、そう言ってくれた。確かにトビアは優しい、ダリルと出会う前ならば貴方の事を好きになっていたかもしれないわね。
でも違う、私は貴方が憎い。
貴方さえ来なければダリルは死なずに済んだ。聞いたわよ、貴方が放った矢が致命傷だったのでしょう?貴方が彼を殺した。私が愛していた彼を!
もういらない、こんな世界いらない。
誰も私の事を理解してくれない、こんな世界なんていらない。
結婚が決まって皆があれこれ騒いでいる間に私はある物を調べるのに熱心になっていた。それは聖書と呪術書。聖書に書かれていたのは最後の審判。これが起これば私は彼にまた会えるのね。私は彼に罪を償わなければいけない。
その内容は決まってるの。
「私の最後を貴方にあげるわ。永遠に貴方に捧げる」
引き出しを開けた場所にはアスモデウスの契約石、ラピスラズリの指輪が入っている。私の大事なペンダントと引き換えに。
あれはママの形見だった。それと引き換えにこれを貰った。
ごめんねアスモデウス、でも大丈夫。呪いを解けるのは貴方だけ……
私はアスモデウスがくれた契約石を呪った。これをトビアの結婚指輪として渡すから。永遠に呪われればいい、トビアの一族も何もかも……
トビアの父トビトは今回起こった全てを書に記すんだそうだ。そうね、貴方によって脚色されてアスモデウスは悪者にされてしまうのね。でも大丈夫、私だけが分かっていればいい。真実は私が墓までもっていく。何も知らない哀れな一族は滅んでしまえばいい。彼の手によって……
ねぇアスモデウス大丈夫。私がトビアと私自身を永遠の螺旋に縛り付けるわ。貴方にトドメをさした憎いトビアと貴方を結果裏切ってしまった私を。もし最後の審判が始まった時、私とトビアの子どもを貴方が殺せばいい。それで貴方は私への憎しみから断たれるはず。
でも殺す人がいっぱいいるのも大変でしょう?だからね、私は子どもは1人しか生まない。勿論私以降の子どももずっとよ。
貴方の契約石でずっと、ずっと貴方に殺されるまで守ってもらう。
でもごめんなさい。呪いが不完全だった場合、女の子が産まれたら呪いは切れてしまう。呪いをかけるのが女の私だから、解除できるのも同じ血族の女でなければならないの。でも私はすぐに死んでしまうから何の問題もないわよね。
呪いの代償は私の死なの。子どもが生まれて5年後に私は死ぬ。でも何も怖くないわ。私はきっと地獄に落ちる、そうしたら貴方に会えるもの。
そして私とトビアの結婚式が始まる。トビアは私の指にサファイアの指輪を、そして私はトビアの指にラピスラズリの指輪をはめた。
これで全て整ったわ。呪われろ、皆呪われて死んでしまえばいい。
そしてそれから2年後に双子の子どもが生まれた。トビアにそっくりの子どもを私は最後まで愛する事が出来なかった。でも双子の片方が突然死した事に悲しみながらも嬉しさが勝った。そして次に生まれた女の子も死んで本当に呪いが成功したんだと実感した。この子たちも、こんな最低な母親の元に生まれるよりは自我が無いうちに死んだ方がいいわ。生まれ変わって優しいご両親に囲まれてね……
そして子どもが産まれてから5年後、私は命を落とした。
「サラッ!サラ!!」
「ままぁ!!」
泣きそうな顔で私に呼び掛けるトビアと最後まで愛する事が出来なかった息子、そんな2人に声をかけたかったけれど、声が出なかった。
トビアは優しかった。最後まで私に優しくしてくれた。でもトビアが憎かった、愛せなかった。もうどうしようもないわ。
だって私はもう悪魔だもの。人間を愛せるはずがないわ。
その結論が出た時、ストンと胸のつっかえがとれた感じだった。そうね、そうだったんだわ。じゃあねトビア、いつかまた地獄で会いましょう。
あぁ、アスモデウスは一体どうしているかしら……
***
フワフワした空間だった。真っ暗な空間の中にずっと浮いている。何も考えなくていい、ここは居心地が良かった。
そのままずっと眠っていたら声が聞こえた。男の怒る様な、泣きそうな声が。
『アスモッ!』
懐かしい声に意識が浮上して、瞼を開けた先には緑色の髪をした男が視界一杯入ってきた。
何も言う事が出来ない俺はただそいつを見つめるだけ。そいつは怪訝そうな顔で顔を更に覗き込んできたけど、何かに気づいたのか安心した様な顔になった。
そいつが口を開いて何かを言おうとした瞬間、そいつが視界から消えた。
『何すんだよルシファー!相変わらずうぜぇな!』
『サタン、顔が近すぎるぞ。起きた時にお前の顔がアップで視界に入るのはアスモデウスも不快だろう』
『んだとっ!てめえの顔よりマシだっつーんだよ男女野郎が!』
『私が男女?粗雑な奴は真の美しさと言う物も理解できん。そんな事、初めて言われたよ』
『けっ……何を偉そうに』
言い合いが終わったのか、横に綺麗な長い黒髪の青年が隣に腰かけた。駄目だ、ボーっとして未だに意識がはっきりしないし焦点も定まらない。
『おはようアスモデウス、随分と長い間寝ていたな。君の心臓に付いた傷の手当ては大変だったみたいだ。デイビスに礼を言う事だ』
『おいルシファー!アスモは大丈夫なんだろうな!?』
『心配するな。だがデイビスが言うには銀の矢で撃ち抜かれていたそうだ。完全に傷が癒えるには時間がかかるだろうな』
『なっ……おいアスモ!お前ちゃんと息出来んのか?おい!』
『だから顔が近いぞサタン。暫く安静にしておけば問題ない。それより、もうお前は入るな。やかましくて適わんよ。デイビスもお前がいたら邪魔だろう』
『うっせえ馬鹿!』
そうだ、ここは地獄だ。俺の住むべき世界だ。真っ暗な光が当たらない世界。可笑しいな、故郷に帰ってきたんだ、あんなに最初は帰りたいと思ってたんだ。
サタンに会いたいなって思ってたのに……
シーツを強く握りしめて、まだ上手く頭が回転しないままだけど、ルシファー様とサタンに頭を下げた。
『すみません。俺の不手際で迷惑を……』
『そんな事は思っていない。仲間を案ずるのは当然だ。礼なら私とサタンではなく君を診たデイビスや君を発見したパイモンに言う事だ』
そうか、パイモンが俺を見つけてくれたんだな。彼は俺の事を嫌っていた。そんな彼が助けてくれたって言うのが少し意外だった。
その時、扉が開いてパイモンとマルコシアスが中に入ってきた。この二人は俺が天使で天界にいた時から仲が良かった。主天使でも最強のコンビって言われてたから。
パイモンはルシファー様を確認し、頭を下げた後、こっちを見て不快そうに眉を動かした。
『なんだあんた起きたのか。随分遅い御目覚めだな』
棘の含んだ言葉に言い返せなくて苦笑いしかできない俺を見て、サタンがパイモンを諌めた。
『おいおい、仮にもこいつは病人だぜ。少しは優しい言葉かけてやれよ』
『甘やかすのはあんたがいれば十分だろう?むしろ発見してデイビスの所まで送ったんだ。感謝こそされ、俺が気を遣う必要なんてないな』
『何言ってるんだ。お前俺に運ばせただけじゃねえか』
『狼は背中に人を乗せる物じゃないのか?』
『そんな訳あるか!!』
そうか、発見してくれたのはパイモンで運んでくれたのはマルコシアスなのか。確かに細身のパイモンに俺を運ぶのは少しきついかもしれないな。
言い合いながらも二人はどこか楽しそうだ。パイモンがこんな表情をするのは多分マルコシアスの前だけなんだろうな。
『こらお前達、ここは院内だぞ。騒ぐのは御法度だ』
ルシファー様が優しく咎めれば、二人は頭を下げた。でもなんでパイモンが病院に来たんだろう。俺の事を嫌っているパイモンが見舞いに来るはずがない。
ルシファー様に何か用があるんだろうか。
『ルシファー様、バルマとバティンとで捜索しましたが、見つかりませんでした』
『そうか……これだけ探して見つからないんだ。間違いなく向こうにあるだろうな』
『はい、その可能性が高いと思います』
『まぁいいだろう、地獄では不要な物だ。再び召喚されない限りは向こうに行けば気配から探れるさ』
『ではお伝えください』
『君から伝えないのか?』
『はい、奴と話すのは少々骨が折れるので。スムーズに会話がいくルシファー様がすべきかと』
何の話をしてるんだろう。
ボーっと会話をしてる二人を見ていたら、不意にパイモンがこっちを睨んできた。本当に俺は彼から嫌われてるんだな。俺は結構パイモンの事を好きなだけに少し残念だ。
パイモン達は出て行くようだ。やっぱりルシファー様に用件を伝えに来ただけみたいだ。それもそれで少しだけ寂しいけど。
『アスモデウス様、無理はなさいませんよう。貴方の死は地獄で大きな損害になる』
『これ以上ルシファー様にご迷惑をかけない事だな。全くあんたは手が焼けるよ』
部屋を出て行く前にマルコシアスとパイモンがそれぞれ一言ずつコメントをして出て行った。パイモンは手厳しい一言だったけど、彼には感謝しかない。
二人がいなくなって再び静かになった室内で、ルシファー様がさっきパイモン達と話していた事を教えてくれた。
『アスモデウス、どうやら君の契約石は人間界にある様だ。パイモンとバティン、バルマで探させていたんだが、見つからなかったみたいだ』
『そう、ですか……』
『向こうで何があったんだ?』
ルシファー様とサタンには言うべきなんだろう。でも言えなかった。
人間の女性に恋をしたとか、悪魔なんか止めて人間になりたいって思ったとか、地獄に帰りたくなかったとか、天使にやられたとか。
情けなくて言いたくなかった。自分を心配してくれたルシファー様に言うには愚か過ぎるから。
『今は、言いたくありません……』
『そうか、ではまた今度でいい。傷が癒えた時に聞こう。さて私達も行くか』
『おう。アスモ、次来る時になんか欲しい物リストでも作っとけよ。持って来てやっからよ』
『何だよそれ』
軽く笑った俺にサタンも笑い返して出て行った。静寂に包まれると、孤独を改めて再確認して一人で泣いた。俺はサラと一緒に生きたかった、あの村で2人でのんびりと。
初めて心から愛した人だった。全てを捧げても惜しくないって思った。誰にも渡したくなかった。それなのに……
どうして俺はここにいるんだ。寂しい、辛い、一人は怖い。サラが側にいてくれないと何もできない。
サラがいなくなっただけで、これだけ弱くなる。もう七つの大罪もサタネルの名も名乗れないくらい弱い。それでもサラが側にいてくれたら……
そう有り得もしない事を望んで、また泣いた。
それからは毎日誰かが見舞いに来てくれた。一日目はマモンやマステマがからかいに来て、二日目はベルフェゴールとベルゼバブが本と大量のお菓子を持ってきた。三日目はサタンが来たから欲しい物リストを伝えて、四日目はレヴィとベヘモトが見舞いに来た。からかうベヘモトをレヴィがいさめて、色々世話をして帰って行った。五日目はアザゼル、ラハグ、アバドン、モレクが来てくれた。俺の怪我を見てビビるラハグをアザゼルがからかっていた。
他にもバティンとバルマに強制的に連れて来られた不機嫌マックスのパイモンとか、同じサタネルの称号を持つアスタロトやベリアルなんかも来てくれた。
皆が来てくれるのは嬉しかった。だけど……止めとこう。望んだ所で叶わないんだ。
それから暫くして傷も癒え、普通の生活に戻る事が出来た。
サラから貰ったペンダント、これだけがサラが唯一くれた物だ。残ってくれたもの……これしかもう宝物がない。
あれから何年も月日が流れ、人間界に召喚された72柱の悪魔にこっそりサラを探してもらった。でもそこで知ったのはサラが既に亡くなっていたと言う事。
子どもが生まれて五年後、まだ二十前半だったらしい。そうか、サラは死んでしまったんだな……トビアと結婚してトビアの息子を生んで……凄く悲しい。
また俺は悪魔として生きて行くだろう。でももう前の様にはなれない。人間に愛着が湧いて理解したくなる。もうどうしようもない……
最後にもう1度だけ、君に会いたかったよ。
***
契約石は渡り続ける。サラとトビアの息子を呪いで守りながら。一人の男性が現れるまで……
その男は魔術結社に所属していたが、一人の日本人女性と恋に落ち、魔術結社から縁を切る。逃亡生活は楽な物ではなかったが、日本に逃げのびた二人は静かな暮らしを始める。
二人の間に男児が生まれ、男は家宝として大事に受け継がれてきた指輪を疑問に思ってきた。そして研究に研究を重ね、指輪に呪いがかかっている事を知る。
その時、もう既に老齢で妻も失くし、孫が出来ていた。その孫が結婚をすると報告をしてきた時、男は思った。呪いを解かなければ、と。家宝として受け継がれる宝石。この呪いを解かなければ永遠に未来は無い。
男はたった一人で儀式を始める。上手く行ったかも分からないながら懸命に儀式をした。そして生まれてきた女児を見て、自分の儀式が成功したのだと感じた。それと同時に恐らくこの女児は何らかの悪魔に呪われる、それを感じた男は警告をした。悪魔に憑かれている、と。
サラの呪いは強力だった。まるで呪いを解いた男を呪うかの如く縛り付けた。そして女児が産まれて二年後、男は死んだ。
男が女児に伝えた言葉を女児の両親は最初は恐れたが、次第に記憶も薄れ、女児は普通に育てられた。
澪と名付けられ、幼馴染の少年といつも手を繋いで歩いていた。
そして少年は指輪を継承する。決められていた事なのか偶然なのか分からないまま、少年は絶望だけを突きつけられていく。そんな少年を支えようとした少女にも絶望は待っていた。
悪魔アスモデウスが再び人間界に召喚された時に。悪魔は必死でサラの子孫を探した。だが見つからなかった。そんな時に地獄に連れて来られた少年を知る。
再び全てを捨てて少年と共に人間界に向かった悪魔に、悪魔の友は涙を流した。一生許さない、と言う言葉を残して。
悪魔は少女と再び出会う。少女にサラの面影を重ねて、少女も悪魔に何かを感じ、二人は再び出会った。
「ねぇアスモデウスのさ、ダリルって名前どうしてつけられたの?」
「えー言わなきゃいけないのか?」
「うん、気になるから」
「……ダリルって愛しい人って意味の人名なんだよ」
「ロマンチックだね……ふふっ」
「あー笑った!澪今笑っただろ!」
「笑ってないよ!アスモがそう言うから可笑しくなるんだよーあはははは!」
「ほら笑ってるじゃん!澪に話した俺が馬鹿だった!」
「嘘嘘、ほら行こうダリル、ふふ」
「なんだよも~……」
――― 色欲と純愛
出会ってはいけなかったのに ―――
長い話ながら、ここまで読んでいただいてありがとうございました。
次作もよろしくお願いします^^