第205話 色欲と純愛5
私が初めてアスモデウスにラグエルを絞殺させて暫くの間パパは何も言ってこなかった。その間は幸せだった。いつものようにダリルと一緒に毎日を過ごす。
ご飯を一緒に作って、買い物に行って、一緒にお仕事に行って……とても幸せだった。
でもあの日から三カ月後、パパのお付きの人が急に家に押しかけて来た。
205 色欲と純愛5
「サラお嬢様、旦那様が婚約者を見つけられたので、至急屋敷に戻って来いと仰っております」
事務的に告げて彼はダリルに横眼で視線をよこした。それを慌てて誤魔化して、無理矢理笑みを作る。あぁ、パパは全く懲りてなかったのね。
また私の幸せを己の黒い欲望で塗りつぶして行くつもりなのね。でもそうは行かない、私はもう彼の物なのだから。平気よ、ダリルが私を助けてくれる。ダリルがいる限り、私は誰からも触れられない。
次の結婚相手はラグエルよりも更に歳を召した老人だった。でも考え方はラグエルその物。今まで金に物を言わせて何人もの女を手にかけて、妊娠させていた。
しかし出来た子供を自分の子供とは認知せず、その子供もろとも女を捨てる最低な男だった。
そいつも勿論殺してやった。私がアスモデウスの名を呼べば、彼はいつでもどこでも私の元に現れて、私を助けてくれる。
苦しむ男を見るのは楽しかった。下卑た男が己の欲をアスモデウスによって罰せられる姿を見るのは清々する。そして皆私を見て言うの、化け物を飼いならしている女だと。
でも化け物は貴方じゃない。彼のどこが化け物なの?彼は何か悪いことしてる?元をただせば、貴方が自らを破滅に追いやるのよ。それを人のせいにしてもらっては困るわ。
パパはそれからも諦めずに何人もの男と私を結婚させようとした。
村の村長の息子、有名な騎士の家系の跡取り、商人の息子、医者の男……その全てを私は次々と殺して行った。
次第に私と結婚した者は死に至る……そんな噂が流れ出し、いつしかその噂は私とダレンが済む村まで届いた。その頃からは私は周囲に“悪魔憑きのサラ”。そう呼ばれるようになっていた。それでも構わなかった、全然寂しいだなんて思わなかった。だって私にはダリルがいる。
事情も何も分からない他人が私を貶める罵声を浴びせても、ダリルさえ私を理解してくれれば、何も問題はなかった。
カルロスとジニーは私達の味方だった。彼らは頻繁に私達の家に訪れて、色々世話を焼いてくれた。とっても優しいのね……
カルロスとジニーの子どもは最近言葉を話すようになったらしい。最初の言葉はママ、次の言葉はパパ。羨ましいな、私もそう言う事をこんな嬉しそうに語れるようになりたい。
でも再び懲りていないパパは使者を私の元に寄こした。
「サラお嬢様、結婚相手が決まりました」
「またなの?もう嫌よ、悪魔憑きとまで言われて……これなら一人でいた方がマシよ。私には彼がいる」
私は遂にダリルの腕を抱いて使者を睨みつけた。ダリルがいるから結婚なんてしたくない、そう言い放った。でも使者は眉1つ動かさず私の腕を掴む。
「サラお嬢様、我侭を言われては困ります。御父上にこれ以上恥をかかせないでいただきたい。まったく……母も母なら子も子だ」
「……そう」
私の事はどうでもいい、でも今この男はママを侮辱した。ママはパパのせいで自分の人生を台無しにされた。それなのにママを悪者にした!
ギリっと歯を食いしばり、使者に連れて行かれる。ダリルは何も言わず、私を遠くから眺めているだけだった。でも大丈夫よ、まだ大丈夫。
次の結婚相手は私よりも少し幼いあどけなさが残る少年だった。彼は富豪の家の子供なのだけれど、末っ子で兄達よりも優れていないこの少年は家の跡取りにはなれず、婿養子を探していたんだそうだ。
可哀そうな子……貴方も父親と母親に見捨てられたのね。
でもその子は私を見て作りものだけど、頑張って笑みを浮かべた。そして手を伸ばしてくる。
「至らない所だらけだけれど許して下さいサラさん」
心配ないわ。貴方はもうお終いなのだから……
その日の夜、私はもう慣れてしまった作業を行おうとする。そう、この子を殺そうとした。その子はベッドで横になって眠っていた。私が側に近づいても起きやしない。
可哀そうに、こんな幼いのに私のせいで殺される。
少年の首に手を回す。眠っているのなら私が手にかけてもいい。なんだかアスモデウスを召喚してまで、この子を殺す必要なんてないと思ったから。
でも力を込めた瞬間、その子が目を覚ました。
「っサラさん!?」
「ごめんね、でも死んで……」
力を込めた私を相手に少年は必死でもがく。歳の差はあっても、やはり男と女。力は互角ぐらいだ。でも上に乗っている私の方に分がある。
その子も必死の抵抗をするから中々上手く首を絞められない。
「どうしてなんですか?僕が何をしたんですか!?」
「何もしてない……してないわ。でも貴方のせいで私の幸せが崩れるのよ。私は道具なんかじゃない」
自然と涙が零れ、少年の顔に落ちる、少年は目を丸くして抵抗を止めた。何でかは分からないけど、チャンスだ。私が更に力を込めたら、その子は小さく笑った。
「僕と一緒ですね……僕も父上と母上に利用されてるだけだ」
その言葉が聞こえた瞬間、手の力が抜けた。動かずに私を眺めている少年に少しずつ恐怖が湧いてきた。この子は私の全てを見透かしている。なんて恐ろしい子なの……
顔を手で覆って隠すけど、少年の目からは逃れられない。
「僕達は一緒です。でも分かりました、貴方が悪魔憑きと言われている理由が……貴方と結婚する夫は初夜の晩に命を落とす。この町でも有名でした。でも父上と母上は貴方の父親の財産が欲しくて、僕を寄こした。僕は捨てられたんです。殺すなら殺せばいい。どちらにせよ父上と母上にせめてもの恩は返せそうです。僕をここまで生かしてもらって、感謝しています」
どうして、どうしてどうしてどうしてどうして!?どうしてそう思える!?
貴方は生贄同然の扱いを受けた。血の繋がった家族に!私に殺される事を見越して渡された。なのになぜそう思いきれる!?
駄目だ、この子を見たらいけない。この子とこれ以上一緒にいたら私は……
再び少年の首に手をやる。その子は今度こそは暴れたりしなかった。ただ、私の全てを見透かすような目で私を見ている。
止めて、見ないで、その目に私を映さないで。
手に力を込めて気道を塞ぐにつれて少年の顔が少しずつ苦しそうなものに変わっていく。お願い、早く死んで……早く死んでよっ!
「死んで、死んでよ!」
「可哀そうな人……」
うるさい、同情なんてするな!私を憐れんだ目で見るな!お前だって一緒じゃないか、なんで私だけ……!
「悪魔に憑かれているんじゃない、貴方自身が悪魔だ」
「うるさい!死ねぇ!!」
力を込めれば、少年の目が見開かれたまま動かなくなった。ダランと垂れさがった腕を見て、この子が死んだんだと確認する。
悪魔……私はもう悪魔なのね。そうね、こんな残酷な事を平気でするんだもの。こんな幼い子供ですら絞め殺すんですもの。
「う、うぅ……」
涙が止まらない。いつから壊れてしまったのか……それすらも分からない。もうどうでもいい、そんなものどうでもいい。
愛する人と一緒に居たいと思って何が悪いの?幸せになりたいと思って何が悪いの?他人に私の人生を左右させる権利があるの?ねぇどうしてなの?
なんで私はこんな目に遭ってる、なんでこの子は死んでる。もう嫌だ、もう嫌……
また初夜の晩に夫が死に、悪魔憑きの女というレッテルを完全に貼られた私。でもあの少年の両親は婚約破棄をしなかった。だから私は未亡人の状態だ。
パパも結婚したけれど子孫を残せない私に嫌気がさしたのか、もう何も言ってこなかった。今度こそ私は本当にパパに見捨てられてしまったのだ。
戻った村では私を恐れた様に見る村人しかいなかった。何とも思わなかった視線なのに、それが酷く恐ろしく感じる。その視線を逃れるように顔を隠し、走って家まで逃げた。
そして私の帰りを待ってくれている愛しい人に泣きながら抱きついた。
「サラ、どうしたんだ?どうして俺を呼んでくれなかった?」
「ねぇダリル、私もう分からないの。本当に貴方は私でいいのかって」
「どう言う事だ?なぁ……」
ダリルの悲しそうな目が私を捕える。だって私はもう……貴方の知っているサラじゃないのかもしれない。ただの化け物なのかもしれない。
愛に飢え、人を殺して歩く化け物。あの子は私を悪魔に憑かれているんじゃない、悪魔だと言った。そう、もう私は悪魔なんだ。
ダリルはサラを愛してくれた。でも人を殺していく私なんかを愛してくれるの?
泣き崩れる私をダリルはずっと抱きしめてくれた。この腕が亡くなるのが何よりも怖いの。ねぇお願い、私を捨てないで。
「サラ、何があったか知らないが、俺は一生お前を守る。俺は一生お前の物だ」
その言葉だけで生きていけるわ。ダリルさえ愛してくれているのなら……もう彼だけに依存している。彼がいなければ生きていけない。
どうか、これが最後でありますように。明日からは普通のサラとして生きる事を許して下さい。
でも神は本当に無常だ。
***
「こんにちはトビア」
「アゼリア、どうしたんだ?」
「トビア、お前に予言した運命の女が悪魔に憑かれている。助けに行こう」
アゼリアがチグリス川のほとりで休憩していたトビアの隣に腰かけて人のいい笑みを浮かべた。
トビアは父トビトと世界を回っている商人だ。裕福な暮らしなどしていないが、でも苦しい生活もしていない。それなりに楽しい日々を過ごしていた。
そしてこのアゼリアと言う青年はトビアに予言していた。美しい女が悪魔に憑かれ、その女とトビアは結婚する運命だ、と。
嫌そうな顔をしたトビアを尻目にアゼリアは槍を手渡した。
「何するんだよ」
「ここの魚の内臓をいぶすと悪魔を追い出す事が出来る。彼女を救わなければ」
「興味ないよ。なんだよ預言の女って……」
そう言われながらもトビアは慣れた手さばきで川の中の魚を1匹槍で突き刺し釣りあげた。それを袋の中に生のまま入れ込む。大丈夫なのかこれ。
首をかしげて未だに分からないままのトビアをアゼリアは笑顔で見つめている。
「ここからはメディアの街に向かおう。そこの片田舎に預言の子がいる」
「はぁ……別にいいけどさ。メディアの特産品欲しかったし」
トビアは少し離れた場所で休憩している父、トビトの元に向かう。どうやら次の目的地をメディアにする事を伝えに行くようだ。
トビアを送り出した後、アゼリアは空を見上げた。
「……悪魔憑きの女、ね」
さぁ最後の宴を始めよう。
永遠の憎しみに取りつかれるような悲しい結末を。愛を追い求めた女への鉄槌を。
自分の欲だけを綺麗事で着飾り、正当化し、何人もの人間を殺した哀れな女。その女に神からの天罰が下る。そしてその女を罪の道に走らせた愚かな悪魔、無傷で返す訳にはいかない。それなりの罪を償ってもらわなければ。
「神よ、貴方の導く先に永久の栄光があらん事を」
――― ほら、バッドエンドはすぐそこ…… ―――