第203話 色欲と純愛3
「昨日カルロスの家どうだった?ジニーとカルロスの子ども可愛いよね」
サラはいつも以上にマシンガントークだ。中々こちらから話しかける事が出来ない。
飯はいつも以上に豪華だ。メチャクチャ美味い。でもお互いの空気はかつてないほどギクシャクしていた。
203 色欲と純愛3
サラのマシンガントークに話す隙が無い。こいつまさか俺が今日出て行く事を気づいてるのか?いや、それは余りにも自意識過剰か……
でもなんでそんなに無理して明るく振る舞う必要がある。辛いなら奥の部屋で寝とけばいいのに。
聞いていいのか分からなかったけど、間違いなく原因はサラの父親だろう。俺は思い切ってサラの父親の事を聞いてみる気がした。
「なぁサラ、お前父親と何かあったのか?」
サラの手が止まる。そして明るく喋っていた表情が嘘のように暗い物に変化した。やっぱりビンゴか……
話したくない事なら無理に話さなくてもいい。でもこんな状態のサラを1人の残して出て行く訳にはいかない。こんなの我侭だと分かっているけど、ちゃんと笑顔で見送ってほしい。
カルロスに言われて必死で考えた。そして結論を出した。
惹かれている。間違いなくサラに。
人間に恋をするなんて愚かの極みだ。現に地獄にだってグレモリー様を筆頭に容姿が美しい悪魔は沢山いる。それこそサキュバスなんかは格好の性の捌け口だった、お互いに。でも別にサラに対して、そんな欲求は湧かず、ただ側にいたいと思う。
サラはこの町では美人で有名だった。その話は沢山聞いた。そんな女性に恋をするなんて馬鹿げてる。色欲の悪魔とまで言われる俺が……
でも認めてしまった今はどうでもいい。サラの為に最後に何かをして帰りたい。アスモデウスとしてではなく居候だったダリルとして。
でもサラの口から飛び出してきた言葉は衝撃的な物だった。
「私ね、結婚しなくちゃいけないの」
返事が出来なかったし、まず理解が出来なかった。サラが結婚する?誰かの物になる?
いや、そうだ。それで正しいんだ。何を驚く必要がある。サラは結婚したいと言っていたじゃないか、結婚して子供を産んで幸せに暮らしたい、と。その願いが叶うんじゃないか、祝福しろ。でも声は出なかった。
返事をしない俺にサラの表情はどんどん歪み、零れそうな涙の膜がサラの目一杯を覆っている。何で泣くんだよサラ……
「パパが……ラグエルって資産家の家に嫁げって。お互いの利益が一致したからって」
「い、いつ?」
「来週よ。酷いでしょ?初めて会う相手と初めて会った日に結婚よ?そして早く跡取りを残せ、だって」
このご時世、資産家の娘は政略結婚に使われる。自分自身で理解していた。だって俺が殺してしまった前契約者の妻も政略結婚で嫁いできた。契約者の男を殺意の篭った視線でいつも睨みつけていた。自分の子どもも愛する事が出来なかった。
サラもそんな風になってしまうんだろうか。
サラは泣きながら俺に縋りついて来る。でもその腕を握り返す事が出来ない。サラの腕を掴んでしまったら最後、押さえが効かなくなる。サラを手に入れたくなってしまう。それだけはしてはいけない。
「お願いダリル助けて……私結婚なんてしたくない。一緒に逃げて」
「サラ……」
「私、前に言ったでしょ?好きな人と結婚するって。こんなの嫌っ!」
サラの言葉に胸が痛んだ。俺が幸せにしてあげたい。そんな未来は来ないけれど……サラの事を守ってやりたい。そいつの事を殺せればっ!
でもそれをサラはきっと望まないだろう。
サラは若い、まだ十七歳だ。もしかしてラグエルと結婚したら幸せになれる可能性だってある。結婚してみたらいい奴かもしれない。でもサラは涙を流して嫌がっている。
「ねぇダリル、私ね」
サラが何かを決意した様に泣きはらした目で俺を見上げて来る。それと同時に頭の中に響いたのは警鐘。これ以上はいけない、俺もサラも後戻りできなくなってしまう。
駄目だサラ、それ以上は言うな。
遮ろうと口を開けたけど遅かった。サラの言葉は口から放たれ、俺の脳全てを支配した。
「私、ダリルが好きなの。ずっと一緒に居たい。貴方がいれば、他に何も要らないの」
身体が勝手に動き、サラを抱きしめていた。もう駄目だ、俺は禁忌を破ってしまった。それでもいい、サラを守れるのなら何だって。
でもサラは俺の本当の姿を見ても、そうやって笑ってくれるのだろうか。
「サラ、俺の本当の名前、教えようか?」
「え?」
ゆっくりと足先から自分を悪魔の姿にして行く。サラがそれを凝視している。信じられない物を見る様な目で。
「ダリル……?」
『違う、俺の本当の名前はアスモデウス。7つの大罪が1角、色欲を司る悪魔だ』
サラの目が見開かれた。あぁ、もう終わってしまったのかもしれないな。サラの愛してるはダリルに向けて言った言葉であって、俺に向けて言った言葉ではない。
でもサラの腕が俺の背中に回されたのを感じて身体が震えた。
サラは俺の肩口に顔をうずめていて、どんな表情をしているのかは分からない。でも次に聞こえてきた声は、いつものサラの声だった。
「あはは、そっか……私は悪魔に恋しちゃったんだね。色欲の悪魔にそそのかされちゃったのね」
『サラ……』
「そんなのどうでもいい。私はダリル、いやアスモデウスを愛してる。貴方に全てを捧げたい」
サラはそう言って真っ直ぐ俺を見つめた。意味分かってるのか?俺に全てを捧げると言う意味を。
でもお前がそう言うのなら、俺もお前に全てを捧げよう。
『サラ、俺と契約するか?』
「ダリルと?」
『あぁ、お前がその気なら俺がラグエルを初夜の晩に絞め殺そう。そしたらお前は自由の身だ』
「素敵ね、とっても素敵……それで貴方と一緒にいられるのなら悪くないわ」
俺の提案をサラはうっとりとした表情で何度も頷いた。契約は成立した。自分の指にはめていたラピスラズリの指輪をサラの指にはめる。指輪は鈍い光りを放ち、サラの指で輝いている。
サラは自分が大事にしていたペンダントを代わりに俺の首にかけた。
「なんだか結婚指輪みたい」
『そんなもんだろうな。これで俺達は1つだ』
「この日をずっと待ちわびていた。愛してる人とずっと一緒にいられる日を……」
『あぁ……俺の全てをお前に捧げるよ』
哀れなサラ、俺に愛されたせいで少しずつ狂って行く。でもそれをお前自身が望んだ。そしてその現実を俺も望んだ。二人で一緒に堕ちて行くのも悪くない。どんな世界でも、お前が側にいてくれたのなら素晴らしい世界になるだろう。
来週、サラはこの村を旅立ち、ラグエルの元に向かうだろう。でも契約した状態なら契約石を通じてサラの居場所を感知できる。後はラグエルを俺が殺すだけ。そうすればサラはまたこの場所に戻ってこれる。そしてまた平和な日常を過ごせる。
いつの間にか、そんな世界を夢見ていた。カルロスとジニーみたいに幸せな家族になりたい。
神よ、俺はどんな罰でもうける。この先、数千年、数万年の間、地獄が待っていたとしても構わない。
今、彼女と共にいる時間を許して下さい。