第20話 平穏からの不穏
「あ、拓也!」
玄関の前に立っていた澪がこちらに気づいて笑みを向ける。普段見慣れている制服姿とは違い、私服の澪は普段よりも何倍もかわいく見える。家に迎えに行く時間としては五分ほど早いが、どうやら待ちきれずに外で待っていたらしい。
暑いから家にいればよかったのにと告げると、嬉しそうにしている澪は待ちきれなかったと返事をした。
「だって、早く行かないと開園に間に合わないもん」
20 平穏からの不穏
シトリーとの契約も終えて、ドイツの殺人事件はさっぱりと止んだ。結局シトリーの力が働いているせいなのか、契約者の男は暴行を加えられた被害者という報道はされていたようだが、記憶が綺麗さっぱり抜けているらしく、事件の犯人だとは思われていないようだ。
その件に関してはストラスから、もうかかわる必要がないと言われ、少しだけ心に引っ掛かりを残しながらも解決した。
そして今日は澪とディズニーランドに二人で行くことになったのだ!!これってデートだよね!?
漫画とかでデートに行く服が決まらないと言って遅刻する少女漫画を読んだことがあるが、しょうもねー。そんなのあるわけねーだろ。と思っていたが、いざ自分が澪とデートとなると、確かに変に思われない様に普段の何倍も気を遣う。ちょっとした皴すら気になって、アイロンまでかけようとした俺を呆れた母さんが澪を待たせるな、と家から叩き出し、なんとか時間に遅刻することなく迎えに行けた。
隣にいる澪は待ちきれないのか、既に楽しそうにしており、以前行ったときに購入したのだろうポップコーンのキャラクター容器を持っている。
「今日、人多いかなー」
「んーネットで見たときは、大混雑って感じではなかったけど……夏休みだしなー」
遅れることなく電車に乗れて、はしゃいでいる澪があまりにも可愛くて携帯で写真を撮りたい衝動にかられるも何とか抑えて平静を装う。端から見たら俺たちはカップルに見えるんだろうか?そんなことばかり気になってしまう。
乗っていた電車はディズニーランドに近づくにつれて、服装や荷物がキャラのグッズを持っている人たちで溢れていき、駅に着くと一斉に降りていく。その流れに乗って電車を降りて、澪がどこに行きたいのか伺う。
「俺、別に何でもいいよ。澪はどこがいいん?」
「え?いいの?じゃあランドいこ!」
周りは親子連れ、友達同士、カップル、様々な人で溢れている。その中を歩きながら目的の場所に向かった。
「ストラスは大丈夫なの?」
「あーエアコンつけっぱキビいから、マンションに行けって言ったんだよ。本人も気兼ねなく動き回れるから」
「確かに拓也の部屋にしか居られないもんね。ストラスも連れてこれたらなー」
澪はストラス達のことを大分受け入れられるようになっており、今ではもうペットのような感覚でストラスを可愛がっている。あいつも俺よりも可愛い澪の膝に乗っている方がいいのか、デレデレしており、その度に悔しくて歯ぎしりしそうになる。澪の太ももに腰掛けるとか、俺もフクロウになりたい……!
チケットカウンターが見えてきて、既に長い行列になっている場所の最後尾につく。正直暑さも相まって既に涼しい室内が恋しいが、それでも澪が楽しそうにしているのなら我慢しようという気持ちになるのだから不思議だ。
チケットを購入してパーク内に入ると、着ぐるみと写真を撮る人で列ができていた。運がいいのかパークのメインキャラクターで、頭にリボンを付けたキャラクターが可愛らしい動きで順番に写真を撮って手を振っている。
澪は羨ましそうにしているが、こちらを一瞬だけ見て足を進める。俺に気を遣ってるのかもしれない。
「撮らなくていいの?」
「ん?うん。列長いし、暑いから」
「俺、別に待ってもいいよ?澪、撮りたいんじゃねえの?」
「撮りたい、けど……でも暑いし拓也もきついと思うし……後でキャラクターの家に行こ!そこなら室内でマシと思うから、それに付き合って!」
なんだかお互いに譲り合ってしまったが、澪の提案を受けて、ここでは写真を撮らず、ファストパスを取りに行こうという澪について行く。正直パークなんて以前、光太郎と遊び半分で行ってから二年は行っていない。何となくは覚えているが、澪の方が詳しいので今日は澪に全部お任せだ。
一刻も早くチケットをゲットしたいのか速足になる澪の隣を歩き、園内を闊歩した。
チケットを取って、アトラクションに乗って、またチケットをって、アトラクションに乗って、を繰り返しているだけなのに、時刻は十九時を回り、パレードの場所取りをする人たちがチラホラ出てくる。昼のパレードはあまり興味がなかった澪だが、夜のパレードは見たいと言ったため、最前列を確保し、それぞれ夕飯を調達し、二人で始まるまでの時間を潰す。
一日中歩き回って足が痛いが、澪はずっと楽しそうにしていた。
「すごい楽しかったね!今度はさ、裕香と広瀬君も誘おうね」
澪の笑顔を見ただけで、今日来れてよかったと嬉しくなる。あの日、徳岡達とはちあったのは最悪だったけれど、どう転ぶか分からないものだ。澪は、俺となら二人で来てもいいって言ってくれた。幼馴染だからかもしれないけど、それでも他の男子よりも一歩リードできているように思えてしまう。
「橘さん、止まらなさそう」
「裕香のパワー凄いから振り回されるかも」
容易に想像できるから困る。そんなに交流ないけど、少し会っただけで強引な性格なんだろうというのを察したから。
俺の反応を澪が笑い、他愛もない会話をしているとパレードが始まる音楽が響く。辺りは既に暗くなっており、幾分か暑さもマシになっている。
「拓也、今日ありがとう。拓也と来れてよかった」
「あ、俺も……すげえ楽しかった。あのさ、また、行こうよ」
勇気を出して何とか言えた。でも言った後に図々しく感じられていないかとか、いろんな感情がごっちゃになり、言い訳をしてしまいそうになった時、澪が頷いた。
「今度は、拓也が行きたいとこ行こっか。拓也となら、お父さんもお母さんも許してくれるし、遠くでもいいよ。なんだろう、楽しそう!」
「あ、はは。行こ!俺、行きたいとこ超あるから、澪が一緒に行ってくれたら、きっとすげえ楽しい!」
まるで恋人のような会話だ。お互いに付き合うとか、そういうわけではないんだけど。いや、俺は付き合いたいんだけど、今の澪があまりにも嬉しそうで、幸せそうで、この状況を崩すことができない。けど、今はこれでいいのかもしれない。
パレードの山車が近づいてきて、俺と澪の会話は途中で中断された。
パレードが終わり、閉園が近づいてくる。澪はキャラクターグッズ探しに余念がなく、橘さんのお土産を探している。俺は今回お小遣いをくれた家族と、ストラスやヴォラクたち、中谷、光太郎にもお土産を購入する。
レジは行列になっており、澪はまだ選び終わっていないため自分の分を先に購入して澪を待つ。待っている間、店の隅に移動したが、そこにあるアクセサリーが目に入る。
ペアの恋人同士のキャラクターを模したストラップで、控えめなデザインだが、目を引いて手に取る。ふと澪と自分でつけられないかなとか思ったが、そこまで彼氏面するのも駄目だと思い留まる。
「あ、可愛いねこれ!」
急に横から現れた澪に驚いた俺を無視して澪がストラップを手に取る。
「これペアなんだ。拓也、買うの?」
「あ、いや、俺、もう自分の買ったし」
本当は澪と使いたかった。とは言えず、無難な回答をした俺に澪は安心したような複雑そうな表情をしてストラップを未だに手に持っている。もしかして、澪は欲しいんだろうか。だとしたら橘さんにあげるのか?それとも、あげたい人がいるんだろうか。
「澪は、買うの?それ」
「え?あ、可愛いけど……一人で二つつけるのもね」
だから、いいや。
そう言って元の場所に戻そうとしたのを止めた俺に澪の視線が上がる。
「可愛いなら買えばいいだろ」
「でも二つあるし、二つはいらないから」
「俺が使うから!」
澪の目が丸くなり、その反応に心臓が冷える。ペラペラと言い訳のようなことを言ってごまかしてしまう。本当は澪とおそろいのものが欲しいだけなのに。
「いや、俺もストラップあったらリュックとかにつけれるし。これならディズニー行ったのも皆わかるしさ、派手じゃないし、いいかなって!俺とお揃いなのばれるの嫌なら学校に持ってく物には使わないし」
澪の反応が怖い。どうすればいいんだろう。もう相手の反応を待つ。
「鞄、つけていいよ。学校に行くやつにつけて。あたしもつけるから」
澪は嬉しそうに笑いストラップを手に取り、他にお菓子やグッズをいくつか手に取って、かごに入れてレジに向かう。
「澪、ストラップは半分払うから」
「拓也今日お昼とかおごってくれたでしょ?だからこれはお礼。ストラップ、そんな高くないし大丈夫」
奢ってくれたって言うけど、これは母さんからもらった小遣いだし、俺の手出しではない。しかしレジに並んでいる澪は頑なに俺の支払いを拒否し、結局ストラップは澪に買ってもらうと言う形になってしまった。
早速中身を取り出した澪は女の子の方のキャラクターを手にとり、男の子の方のキャラクターを渡してくる。
「拓也と一緒に行ったって記念。皆に自慢しちゃお」
「ディズニー行ってきたのいいなーって言われる奴?俺も澪と行ったって言ったら羨ましがられそう」
澪はモテるから、もしかしたら他の男子に嫉妬で殺されるかも?まあいいや、澪とお揃いとか幸せすぎる。ストラップを大切そうに持っている澪は振り返って釘を刺してくる。
「ちゃんとつけてね」
「家帰ってつけるよ」
閉園の時間になり、皆がパークから出ていく流れに乗って、俺と澪も出口に向かう。幸せな時間はあっという間に過ぎていき、幸福感と疲労感で満たされている。家に帰ったらこのストラップをつけて、補講が始まったらみんなに自慢してやろう。そう心に決めて、俺は帰りの電車に乗り込んだ。
***
澪とデートしてから数日が経過した。シトリーはバイト先を見つけたようで、来週からシフトに入るんだそうだ、他にもいくつか掛け持ちするとか無謀なことを言っていたため止めたが、悪魔だから体力があるとあしらわれ、好きにさせることにする。俺の呼び出しにちゃんと応えられるんだろうな……
シトリーと契約して今のところは平和な状態だけど、いつ何が起こるか分からない。夏休みもあともう半分だ。
「宿題やってない!」
今、俺は宿題に追われていた。
だってシトリーやらセーレやら、悪魔のせいで家にすらあんまりいなかったんだ。当然ながら宿題も全くやってないし!半泣きになりながらテキストと顔を向き合わせているけどまだ五分の一しか終わってない、もし終わんなかったら光太郎に頼むしかない。
そう思いつつ焦りながらも元からキビキビできないため、ダラダラと宿題をやっていった。
「拓也ーお昼できたわよー」
母さんに呼ばれてリビングに向かう。もうそんな時間になったのかー少ししか進まなかったなあ。
リビングでは直哉が昼ごはんの素麺を食べていた。また素麺かー……もう最近お中元の残り物ばっかじゃんかーたまには素麺以外も食べたいよー
でもそんなことを言えるわけもなく、大人しく席につき素麺をすする。母さんは洗い物を一段落終えると、夕飯の買い出しに行くのか鞄を持った。
「母さんどっかいくん?」
「買い物よ。今日特売だから」
「あっそ」
別にさして興味もなく、そのまま素麺をすする。直哉はお菓子を買ってほしいのか、母さんについて行こうと急いで素麺を食べていた。俺も小学生の時はお菓子買ってもらおうと絶対について行ってたな。
食べ終わった皿をかたづけ、自分の部屋に上がる。ストラスはエアコンのきいている俺の部屋でのびのび本を読んでいた。ハリーポッターも既に四冊目だ。読むのが異常に早いが、マジで頭はいいのかもしれない。それを横目に再び机につき、宿題を再開すると、本から顔をあげたストラスが感慨深そうにこっちを見ている。
『拓也が机に座っているのを初めて見ました。なんだか私、感動しています』
「なんだよそれ……普段の俺は真面目な男子高校生なんだよ」
『口だけなら何とでも言うことは可能ですからね。貴方のどんくささでやっていけるか、心配していたのですよ』
「てめっ!」
ストラスは飄々と失礼なことを言ってのけ、そのまま本に目を戻した。俺はしばらくストラスを睨んでいたが諦め、再び教科書に顔を向ける。しばらくやっていたが、段々煮詰まっていき、俺はついに放棄した。
「もう無理だぁ!疲れた!!」
『あきらめの速さは天下一品ですね』
だってこんなの解けるわけないじゃん。俺、頭悪いんだし。あーてか宿題多すぎ。終わるわけなくね?これ。
「気分転換にどっかに行きてえな」
『ならセーレに頼めばよいではないですか。どことなり連れて行ってくれるでしょう』
「お前……そんなセーレを自分勝手に連れまわせるかよ」
そりゃーセーレがさ、気分転換に北海道とか沖縄に連れて行ってくれるのなら喜んでついて行くけど、向こうだって予定があるわけだし。しかし俺の反応が意外だったのか、ストラスは丸い目でジッと見てきた。
「何だよ?」
『拓也、貴方は変わった人間ですね。悪魔の力を手に入れたのなら普通は使いたくなるはずではないのですか?特にセーレの力は人間からしたら魅力的でしょう?』
「いや、まあそうだけど……そんな物みたいに扱えるかよ。セーレはいい奴なのに」
ストラスは何かを考えるように視線を下に落とした。
『そうですか。いや、そのような考えの人間は珍しいので少し驚いただけです』
「そんなもん?好き勝手にするの申し訳ないだろ。セーレだって予定があるだろうし」
『どうでしょうね。私たちと契約者は利害が一致している契約なので、割り切っていますが。それよりも早く宿題をしなさい』
そんなもんなのかな?セーレやヴォラクだって機械じゃないんだ。思うことはあるだろうし、好き勝手するのが嫌だって思うんじゃないのか?でも契約って確かにその力を目当てでするんだから、好きに使っていいもんなのかな?
色んな考えが交錯して指輪を見つめる。この指輪にもウリエルの力が宿っていた。それを自由に使えるんだとしたら……
そんな俺の考えに反応したのか指輪は薄く輝きだし、眩しさに目を細める。
「なんだ!?」
『拓也、何をしたのです!?』
「何もしてねぇよ!こいつが勝手に!」
『うーん、今日は僕がお目付け役だからあまり話しかけないでほしいんだけどなあ。それにしても、ここが人間の世界か。あの事件以来から随分変わったこと……』
指輪から聞こえる声はウリエルの物ではない。この指輪は他の天使とも連絡をとれるのか!?ミカエルとウリエルだけじゃなくて?じゃあ今度は誰だ。俺がネットで調べて知ってる天使はもうラファエルとガブリエルくらいしかいないぞ。
『君が継承者……ウリエルが見込みあるって言うからどんなのかと思ったら、なんか平凡〜』
「てめえ喧嘩売ってんのか!大体指輪ごしで俺が見えんのかよ!」
『ああ、それはちゃんと分かってるよ。ご心配なく。僕の名前はラグエル。今日の君のお目付け役だよ』
「お目付け役だとぉ?」
少年期特有の高いけど、少女とは思えない声でラグエルはその通りだと指輪越しに言う。
大体なんでお前が出てくんだよ。別に困ってないし、さっさと引っ込めよ。
『そ。そしたら君がガン飛ばしてくるだろお?反応してあげないとと思ってね』
「頼んでねえわ馬鹿!さっさと引っ込めよ!」
『あれれ?いいのかい?とっておきの情報もついでにあげようと思ったのにさ』
とっておきの情報だと?その言葉に反応した俺とストラスがわかるのか指輪越しにラグエルの笑い声が聞こえる。勿体ぶらずに早く言えってんだ。
『福岡県に住む金田真吾。探してみてごらん。君が探している人間の一人だと思うよ』
もしかして、契約者って言うことなんだろうか。
ラグエルは言いたいことだけ言って反応がなくなってしまい、指輪の光も消えていく。それを伝えるためにわざわざ出てきたのか?でももしこれが本当なら、悪魔の情報をゲットしたんだよな。
「なんなんだ?」
『やはり、今回の事件、天使が絡んでいるのは本当のようですね』
ストラスの表情は険しい。天使が絡んでるって……こいつらが俺にお願いしてきてるのに、どういうことだ?絡んでるっちゃ絡んでるけど。
ストラスは険しい表情のまま、窓を開け、マンションに行くと言って家を出て行った。残された俺はどうしていいかわからず少しだけボーっとした後に宿題に再び視線を戻すことにした。
指輪から声はもう聞こえない。
登場人物
ラグエル…「神の友人」を意味する天使であり、他の天使達を監視・監督する役目を担う。
トランペットを持った少年。
確定していない栄光の7天使の残りの3人の有力な候補の1人。
*天使は悪魔と違い、見た目の設定がありません。
なので、ラグエルの姿は作者の捏造です。(笑)